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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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第三王子の変調①

 不穏な影が忍び寄っている頃、アレグロとグランドールの仲もぎこちなくなっていた。


 グランドールが連れて帰ってきたメロという少女の処遇を巡って、二人の意見が対立したのだ。


 グランドールは、メロが持つ不思議な唄の力を利用して、ムルソーたちが管轄する重度の医療施設の慰問を考えていた。彼女の唄は心地よく、歌うと空に光を差し込む奇跡を持っていた。兵士の癒しになるだろうと彼は言った。


 それは一理あるかもしれないが、グランドールが他に隠し事をしているように感じたアレグロは、彼の真意を探るべく反対の意見を言った。


「メロという少女の唄の力は素晴らしいですがね、ムルソーたちだけでも医療施設は成り立っています。魔術みたいなものを取り入れんでも、兵の力になれます」


「あの唄は人に光を見せる。利用しない手はない。あれにも、その為に金を積んだと言ってある。これは決定事項だ」


 人を思いやれるグランドールにしては、冷たい言い方だ。メロのことをあれと呼んで突き放すところも妙だ。かえってグランドールがメロに特別な思い入れがあるのでは、と勘ぐってしまう。


「命令ならば仕方ありませんが……」


 確かめるようにアレグロはグランドールを見据えた。


「殿下のお心が、今まで通り、兵や民に向くことを望みますぞ」


 グランドールが小さく息を飲むのを見て、アレグロは彼の心の変化を感じ取っていた。



 ***


 アレグロは心の中にモヤモヤを抱えたまま、屋敷に戻り寝室のソファに腰かけて窓の外を見ていた。


心がざわつく夜。こういう日は、自分の心を楽にする人が近づいてきてくれる。


「まだ、おやすみになりませんの?」


 夜寝に着替えて、寝る準備を整えたカノンが声をかけてきた。視線を窓から外さず、相づちをうつと、彼女は隣に座ってくる。膝に置いていた左手を何気なく掴まれた。そのあたたかさに、随分と自分の手が冷えていたことに気づく。風呂に入ったというのに、あたたかさがなくなるほど、茫然としていたらしい。


 カノンは大切なもののように冷えた手を両手で包み込んだ。はぁと、あたたかい息をかけられ、揉みほぐされる。


「こんなに冷えたら眠れなくなりますよ」


 指先に血が通うのを感じて、アレグロは静かに息を吐いた。自分よりも細い指に、自分の太い指を絡めて、グランドールに対して思うことをカノンに話した。


「まぁ……では、殿下に特別な人ができたというのですか?」


 カノンは興奮して前のめりになってきた。てっきり自分と同じように苦言をいうかと思ったが、正反対の反応に困惑する。


「……まだわからん。ただ、殿下の心がメロという少女にうつっているような気がするだけだ」


「まぁ、まぁ。それはよかったじゃないですか」


 興奮しきった声に、アレグロはポカンと間抜け面をした。カノンは夫の反応も意にかえさず、頬を染めてにっこりと笑う。


「殿下は領主の仕事ばかりなさって、色事もたしなまれる様子もありませんし……心配しておりましたのよ。殿下も十七歳になりましたし、そのぐらいのハメは外していただけませんと」


 ふふっと笑うカノンに頭痛がしてきた。


「相手は村娘だぞ……身分が違いすぎるではないか……」


「あら、わたしとあなたも平民と貴族ですわよ」


「……平民とはいっても、お前は商家の娘。裕福な家ではないか」


「そうですが、それでも身分でいえば、平民と貴族ですわ。それとも、わたしがただの村娘なら、あなたは妻にしてくれませんでしたか?」


「………………その言い方は……卑怯だぞ……」


 そんなことはないとは言えなくて、憮然とした言い方をした。カノンは気にすることなく微笑む。


「わたしはアレグロ様の妻になりたかったのです。たとえ、辺境伯爵じゃなくても、鍬を持つ平民でも、好きになったはずですわ」


 惜しげもなく好きを口にするカノンに、年甲斐もなく照れてしまう。こそばゆい気持ちがあらわれてしまい、眉根をひそめた。


「……俺たちの話はいい。だが、殿下はいづれ国を背負う方だ。王妃教育もしたことがない村娘など寵愛したところで、二人の行く末など見えておる」


 幸せな未来が描けそうにない二人だ。なら、傷が深くないうちに離れた方がよいとさえ思ってしまう。


「でも、殿下が誰かを思うことは、やっぱり良いことですわよ。殿下は戦にのめり込みすぎていますし、安らぎが足りないように感じますわ。その方が殿下の心を和らげてくれる方だとよいですね」


 カノンの言うことも理解はできる。グランドールは戦バカと呼ばれる自分から見ても、戦にとりつかれているように思えた。できうるなら、彼を支えてくれる人がでてくれればよいと願ってしまう。


 自分にとってカノンがそうであったように。


 ちらっと視線をカノンへ向ければ、目が合いにこりと微笑まれた。年甲斐もなく抱擁したい気持ちが高まり、そんな自分が恥ずかしくて視線を逸らした。


「殿下が他の方に目を向けるようになれば、バロックも少しは回りを見れるかしら」


 ポツリと呟かれた言葉に、アレグロは首をひねる。カノンは大きくため息を吐いて母親の顔をした。


「あの子ったら、二十六にもなりますのに、いい人の話を聞かないんですよ。殿下の家庭教師を始めた頃から、殿下のことばかり」


「忠誠心があってよいではないか」


「そうですけど。他の息子は子供がおりますのに……あの子ったら……はっ! まさか……あの子、女性に興味がないとかありませんよね?」


 それはないだろうと、アレグロは否定する。が、カノンは真剣な眼差しでアレグロに強く言った。


「もし、そのような話がちらっとでも出たら、受け止めてあげてくださいね。そして、わたしは受け止めるから言ってと、伝えてくださいね!」


 それはないだろう、とやはりアレグロは思う。それに、仮にそうだったとしても、母親には言えないだろう……とも。


 しかし、カノンがあまりに真剣に言うので、「わかった」と、言ってしまった。


貴賤結婚(平民は平民に嫁ぎ、貴族は貴族に嫁ぎ、王家は王家に嫁ぐ)の考え方はないのか?と思われる方へちょっと補足します。水の領地は、独特の文化を持って、恋愛結婚がメインです。


王都の貴族は貴賤結婚の考えがあり、その風習が残っています。カノンもそこら辺の事情は知っておりますので、グランドールの妻にメロを、とまでは考えておりません。


念のための補足でした。

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