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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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駐屯地の医療施設の話②

 アレグロの話を聞いたカノンは、親友であるマーリンの家を訪ねた。


 看護師の経験を持つ彼女は、夫を戦で亡くし、一人で暮らしていた。彼女は戦争で夫や息子を失った家族に共感し、支え合う女と子供だけのコミュニティを作っていた。


 特に幼い子供を抱えて夫を亡くした若い母親の手助けをした。畑を耕すにも乳飲み子を抱えては不便だろうと、子供を預かったり、看護師だった経験を生かして、子供の怪我や病気を診ていたのだ。


 マーリンのサポート体制は、民をよく見ていると自負してきたカノンの心に衝撃を与えた。


(戦で亡くなった者には恩賞金が出るけど、お金を出せばいいという問題ではないわよね……)


 大黒柱を失った家族はどうなるか。もしアレグロが亡くなったりしたら……自分はただ息をするだけの屍になってしまうかもしれない。息子が亡くなっても、自分は嘆き暮らすことだろう。


 そんな人たちが領地の中にいる。

 それに気づかなかったことをカノンは恥じた。


(わたしったら……民のことをきちんと見れていなかったわ……)


 領地経営は任されているのに、これではいけない。そう考えるといてもたってもいられず、何かしなければと思ってしまったのだ。




 マーリンに会ったとき、最初は援助をキッパリ断られた。お金は貰っている。これ以上の援助は無用だと。しかし、カノンは食い下がった。


「男手がないと困ることもあるでしょう。近くの男性たちに声をかけるわ。警備兵も回しましょう」


 暮らしを良くする提案でも、マーリンは頑なに首を縦にふらなかった。


「せっかくですが、アタシらは自分達で生きようって心に決めたんです。なんとかなってますんで、お帰りください」


 カノンはめげずに食い下がった。一時間経っても帰らないカノンにマーリンはキレた。


「お金は頂いてます! これ以上の援助は無用! 貴族様の気まぐれにすがるほど、アタシらは落ちぶれてませんよ!」


 怒鳴られカノンはひゅっと息を飲んだ。マーリンは、目尻に涙を溜めて、憎々しげに吐き捨てた。


「今さらなんだい! 今までアタシらなんか目もくれなかったくせに! アタシらの夫や家族は立派な兵士だった! アタシらや、みんなを守って死んだ! その誇りを可哀想だからって泥を塗ってほしくないんですよ!」


 マーリンからしてみたら、カノンは貴族で自分達とは、考え方も生き方も違う人種の人間だった。領主であるアレグロは前線にでない。それは彼が貴族だから。優遇される存在だからと思い込んでいた。


 カノンの存在も領主夫人として、何不自由なく温室で育ったお嬢様だろうと思っていた。妬ましい気持ちはない。彼らは別次元の人間と割りきっていた。


 だから、マーリンから見るとカノンの訪問は、貴族の気まぐれにしか見えなかったのだ。甘いことを言っているが、今まで省みられなかった分、信用できない。自分達を可哀想がって、優越感に浸りたいだけだろうと思い込んでいた。


 愛する人を失い、戦を憎みさえした。でも、憎んだら、勇んで出ていった彼らを否定するようで、それもできない。


 マーリンの心は、やり場のない怒りと悲しみに満ちていた。自分一人の足で立つしかない辛さを知っていた彼女は、同じ境遇の人の力になりたかった。



 苦悩の表情を浮かべるマーリンに、カノンはなんと声をかけてよいか躊躇った。深い悲しみの中にいる彼女たちに、守られてばかりいる自分が手を差し伸べられるのか。


(――何ができるのかなんて分からない……それでも、放っておくなんてできないわ!)


 カノンは着ていたドレスをまくりあげた。そして、畑に落ちていた鍬を持つ。その行動にマーリンは仰天した。


 カノンは鍬を振り上げて土をこそうとしてよろけた。ひっと、マーリンが青ざめる。カノンは寸前のところで、尻餅をつかずにすんだ。


「バカ! 何やってんだい!」


 マーリンは怒鳴るが、カノンは平然と言った。


「確かにわたしは貴族様だわ。鍬がこんなに重いなんて知らなかった」


 眉根をひそめてしげしげと鍬を見つめるカノンに、マーリンは言葉を失った。カノンは口元に笑みを浮かべて彼女を見つめた。


「わたしはこの土地を愛しているわ。この土地を守るあなたたちにも感謝している。だから、困ることがあれば助けたいだけなの」


 屈託なく笑えば、マーリンは複雑な思いを抱えた表情をして、視線を逸らした。カノンは鍬をマーリンに渡す。


「また来るわ。今度来るときは、汚れてもいい格好にするわね。あなたと、もっと話をしたい。あなたたちをもっと知りたいわ」


 そう言って微笑むと、マーリンは嫌とは言わなかった。




 その後、カノンは度々、マーリンたちを訪れて、困ったことがないか聞いた。あまりのしつこさに、頑なだったマーリンの態度も緩和していった。


 二人が心を通わせたきっかけは、マーリンたちの畑の作物が病にかかり、全滅しかけた時だった。茫然とするマーリンたちに、カノンはすぐさま行動した。


「食料を持ってくるわ。それにこの病は薬があるのよ。違う土地で発祥した記述があるの。畑も復活する。だから、大丈夫。人手を呼んで、また畑を元に戻しましょう」


 カノンが力強く言うと、マーリンは目を伏せて礼をした。


「ありがとうございます。……どうか子供たちと、乳飲み子を育てる母親を優先してやってください」


 項垂れたマーリンの両肩を掴んで、カノンは顔を上げるように言う。


「あなたも食べなくちゃダメ。あなたはここのみんなの希望なんだから。それに、母親が食べなくて、元気がないと子供だって心配するわよ? すぐ全員分の食料を持ってくるわね!」


 そう言い捨てて、カノンは忙しなく馬車に乗り込んだ。


 一時はダメだと思ったマーリンたちの畑は、周辺の村の人の助けもあり、元に戻った。


 その最中もカノンは様子を見にきた。


「鍬を振る練習をしてきたわ! わたしも手伝えるわよ!」


 と意気込むカノンに、マーリンはギョッとしたが、おかしくて笑ってしまった。


 へっぴり腰で鍬を持つカノンの手から鍬を奪う。


「アンタには似合わないよ。こういう仕事はアタシらの仕事さ。……だけど、ありがとうね」


 マーリンが初めて見せた笑顔に、カノンは太陽のように微笑んだ。


 そんな交流を続けて、二十年。二人は身分の差を越えて、なんでも話せる仲になっていった。



 今回、マーリンの所を訪れたのは、看護師だった彼女に新しい医療施設で働いてもらえないかと思ったからだ。


 その話を持ちかけた時、マーリンは医療現場から遠ざかっているからと断ってきた。


「アタシはもう五十だよ。こんな老体に無理をさせないでおくれ」


「あら。さっきまで鶏を追いかけ回して、さばいていたわよね? 元気じゃない」


「……相変わらず目ざといね」


「ふふっ。褒め言葉として受け取っておくわ」


 マーリンが嫌そうにカノンを見るが、彼女は笑顔のままだ。


 カノンは振る舞われたチキン料理を口にしながら、マーリンにお願いをする。


「今度の医療施設はね。怪我の治療もそうだけど、兵士たちのケアも含まれているのよ。……生き残ったことを嘆く兵士がいなくなるようにって」


 カノンは戦えずに嘆く兵士の姿を、グランドールと同じように見たことがあった。彼らは剣を持つことを誇りにしている。誇りを失い、戦えなくなった自分を卑下する姿は痛々しいものだった。


「グランドール殿下の考えでね。わたしも彼らになんとか立ち直ってほしいと思っているわ」


 その言葉にマーリンは、ふんっと鼻を鳴らす。


「生き残るのを恥だと思うなんて……馬鹿だね。……戦ってやったんだと、堂々と帰ればいいんだよ。生きて帰ってくるだけでこっちは嬉しいんだからさ」


 待って、待って。帰ってこなかった辛さを知るマーリンには、兵士たちの悔しい気持ちは共感できない。


 それを聞いてカノンはマーリンに相談してよかったと思った。


「そうよね。堂々と胸を張って、待っている人のところへ帰ってほしいわ。帰りを待ち望んでいる人がいるって、気づかせてあげたい。マーリン……力をかしてくれない? 彼らに家族や大切な人のことを思い出す手助けを、一緒にしてくれないかしら」


 カノンの言葉は、まっすぐマーリンの心に響いた。グランドールという若い君主のことはよく知らないが、カノンの頼みなら助けようと思える。


 カノンは困ったときに助けてくれた。

 いつか借りを返したいとマーリンは思っていた。


「……ふぅ。お給金は高くつくよ」


 マーリンの言葉にカノンは顔を上げた。そして、ぎゅうと彼女に抱きついた。


「なんだい!? 気持ち悪いよ!」


 四十代になっても少女のように振る舞うカノンに、マーリンは仰天した。カノンはふふっと嬉しそうに笑った。


「ありがとう……マーリン」


 マーリンはされるがままになり、やれやれとカノンの肩をポンポンと叩いた。



 マーリンが医療施設に行くことになって、彼女と同じように行きたいという者が出てきた。マーリンと同じように戦で家族を失い、子供が手を離れた女性数名だ。


「生きて帰ってきたことを誇れるようにしてやらないとね」


 そんな彼女たちの願いをカノンはアレグロに伝え、グランドールにも伝えられた。


「生きていることを誇りにか……ここの土地は強い者が多いんだな……」


 彼は微笑して、独り言のように呟いた。


 彼女たちは医療経験がない者もいたが、研修を受けることで全員が働けることとなった。


 施設の建設の間にそれは行われ、アレグロの頼みを聞いた王の命によって、ムルソーの赴任も決まった。彼の弟子と、新しい外科医も派遣された。


 ムルソーは声色が調べのような男で、いつも微笑みを絶やさない男だった。


「患者に前向きになってもらいたいのに、私が笑ってないと患者も笑えませんからね」


 聞いていると心地のよい声でムルソーはそういった。


 彼の指揮の元、新しい兵士たちの医療施設が作られていく。


 心のケアを取り込んだ今までと全く違う医療は、その土地の医師の基本的な考えとして定着していくのだった。


明日は最終話まで全話アップします。

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