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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
12/20

駐屯地の医療施設の話①

 グランドールが赴任してから、駐屯地は大きく変わったところがあった。それは医療施設が怪我の症状で分かれたことだ。


 前までは軽傷者も、体の一部を失くした重傷者も同じ施設にいた。それを軽度、中度、重度でそれぞれ施設を分けたのだ。


 医師も看護師も三倍になるこの提案に、最初アレグロは渋い顔をした。医師も看護師も集まるかが不明だったからだ。


 だが、グランドールの考えを聞いて、アレグロは彼の提案を飲むことにする。


「この間、医療施設を訪問した時、一人の兵士が泣いていた。〝俺だけ生き残って、すまない〟とな……」


 影を落としたグランドールの顔を見て、アレグロは息を飲んだ。彼はアレグロを真っ直ぐ射ぬくように見据える。


「戦い抜いた者が、生きていることを恥じないようにしてやりたい。剣を取れなくなった者に、戦い以外の道を教えてやりたい」


 そう言って彼は自嘲とも、祈りとも言える笑みを口元に浮かべた。


「まぁ……これは、傲慢な俺の願いだけどな」


 兵士は残酷だが使い捨ての駒だ。退役したら、恩賞金をだしておしまい。だが、グランドールの言うことは、退役した兵士のその後の人生までも案じたものだ。


 そこまでする必要はあるだろうか、とも、思う。兵士は剣を握った時に、覚悟はできているはずだ。命を捨てる覚悟も、剣を握れなくなる覚悟も。


 ――――だが。


 目の前の若い君主の小さな祈りは、尊いものだとアレグロは感じた。


 アレグロは限界まで肺に息を溜めて、細く長い息を吐いた。


「……殿下の気持ちは分かりました。それで、戦えなくなった者と、復帰の見込みがある者とで、医療施設を分けるのですな」


「あぁ。剣を振るえなくなった者を、次の戦いへ意気込む者の側に置けない。痛みが深くなるだけだ。それに、治療方法も違う。重度の怪我の者は、専門の医師を配属させたい」


 アレグロはわかりましたと言った。


「医師が集められるか、つてを頼ってみましょう。しかし、期待はしないでください」


 アレグロは少々うんざりした顔をする。


「私は貴族の間では嫌われ者でしてな。友人が少ないのです。王都の医師を引っ張ってこられるかは分かりませんぞ」


 嫌そうに言えば、グランドールは口の端を上げる。


「くっ。確かにお前は嫌われてそうだな。貴族どもの化かし合いに付き合ってられんのだろう?」


 からかいを含んだ図星に、アレグロはふんと鼻を鳴らす。


 王都は、国王のお膝元とあり、この土地よりは進んだ医療がある。


 それを支援しているのは、国という場合もあるが、政務に携わる王都の貴族たちも詳しかった。


 彼らは貴族らしい貴族で、意見交換と称しては華やかなパーティーも開催していた。そのパーティーに乗じて、自分の子供の嫁ぎ先を見つけようと、地方の貴族もでてくる。


 結果として、パーティーは大規模になり、規模が大きくなれば華美になり、それが貴族間のステータスになっていた。


 人が集まれば、噂も飛び交う。嫁ぎ先を見つけたい地方貴族は、あえて違う貴族のあら探しをして、悪い噂を流した。それを扇で口元を隠して、貴婦人はおもしろおかしく笑っていた。


 そんな貴族のくだらないやり取りに、アレグロは辟易していた。


「言えぬ本心なら、墓場まで持っていけばよいのです。トゲのように本心を出して相手を惑わすなど、悪趣味もいいところですな」


「それは同感だな。まぁ、暇なんだろ」


「暇なんでしょうね。全く……」


 色々思い出して、うんざりして肩をいからせると、妙に生暖かい視線に気づく。

 グランドールは意味ありげな笑みを浮かべていた。


「……なんですか」


「いや……初めて意見が合ったと思ってな」


 アレグロの耳がひくりと動く。むず痒い気持ちになって、席を立った。


「……つてをあたってみます。失礼」


 踵を返すと、背後から笑いを噛み殺した声で「頼む」と声をかけられた。



 ***



 屋敷に戻ったアレグロは仏頂面で、手紙を書いていた。彼は今、医師の派遣について陛下へ嘆願書を書いているところだ。


 王都にいるムルソーという医師を、水の領地に引っ張ってこれないかと考えていたのだ。


 ムルソーは、まだ有効な治療法が見つからない病気の研究者だった。それと同時に、患者の心に重きを置く医師だ。難病の研究をしているうちに、薬に頼らずその人の生命力を引き出すような対話や、環境の調整ということをしていた。


 専門的すぎるので、彼の存在は政に携わる貴族にしか知られていない。二人の弟子と共に細々と研究をしていた。


 アレグロがムルソーの存在を知っていたのは、王からお願いをされたからだ。王はムルソーの研究を支持したかったが、王妃がそんな地味な研究に予算を割けないと言ったのだ。


 それならば、怪我に広く対応する医療施設を建てる方がアピールになる。その方が支持が受けやすいと言われたのだ。国の政を携わる貴族たちの反発も強く、表立っては支援できなかった。


「お前の名前を使わせろ。お前は貴族に嫌われているから、今さら嫌われても大したことはないだろう?」


 そう言われて、アレグロは二つ返事で了承した。王のすることは間違いではないと感じたからだ。


 だから、会ったことはないが、自分の名前でムルソーに支援金を送っている。それで貴族に嫌味を言われたが、アレグロはどこ吹く風であった。


 表立っては王妃の顔を立てるためにアレグロを非難した貴族が、実は自分の体のことを心配し、こっそりムルソーを訪ねていると聞いたときは、開いた口がふさがらなかった。



 ムルソーのしている心の対話というものは、戦いに傷ついた兵士の癒しになるのでは?とアレグロは考えていた。だから、王に意見を求めたのだった。



 グランドールにからかわれて、妙にムカムカしながら手紙を書いていたアレグロの元にカノンがやってくる。


「お仕事、お疲れ様です。薬草茶をお持ちしましたわ」


 疲労回復の効能があるお茶は、カップから草の匂いがした。それをしかめっ面で、アレグロは見つめる。カノンはふふっと笑って付け加えた。


「大丈夫ですよ。苦味は抑えたわたしの特製ブレンド茶です。あなたも飲めますよ」


 そう言われてアレグロは、無言でカップを口にした。大地の匂いがして、舌に苦味はあるが飲めないほどではない。それを一気に飲んで、一息つく。


 カノンは微笑んでカップを下げる。彼女の柔和な笑顔を見ていると、グランドールへ募らせていた怒りも和らいでいくようだ。


 挫かれた怒りのやり場を探すように、アレグロは今日あった出来事を口にした。愚痴のようにグランドールとのやりとりを言うと、カノンはまぁと、言って、彼と同じように意味ありげに笑った。


「ふふっ。意見が合うなんて珍しいことですの」


 からかうように言われてしまい、アレグロの耳が無意識に動く。妻にまで笑われ、面白くないアレグロは、ふんと鼻を鳴らした。


「たまたま意見があったというだけだ……」


「そうでしょうね。でも、なんだかんだ言って殿下の意見を最も支持しているのは、あなたですよね?」


 なんでもお見通しの妻に言われて、アレグロの耳がまた動く。そうだな、とかは、悔しいので、絶対に言わない。


「……陛下に頼まれているからな。それをしているだけだ」


「そうなのですか?」


「あぁ……」


 尋ねられ、アレグロは王の言葉を思い出す。


『――あれは、上に立つには気持ちが優しすぎる。無情になれない。だから、お前があれにできないことをしてやってくれ』


 グランドールには見せようとしない父親の顔をして、王は願いを自分に託した。だから、力になりたいだけだ。


 それに、アレグロの目から見てもグランドールは危うい存在だ。


 医療施設の話もそうだが、兵を駒と見れない彼が戦に直面して、心を痛めないわけはない。


 それに度々の体調不良も気になる。バロックに医師に見せろと言ったが、疲労がたまっているだけとのこと。


 それはバロックも腑に落ちないようだったが、彼も自分も専門ではないため、グランドールには強く言えなかった。


(――ムルソーならば、殿下の体調不良の原因が分かるかもしれないな……)


 そんな思いもあり、彼をこの土地に呼びたかった。


 手紙を書き終えたアレグロは、ある男にそれを手渡した。ジンと呼ばれたその男は王の密偵だ。そして、王と密かに連絡を取り合う連絡係だった。


 大切なものが欠けた道化のような男にそれを託し、アレグロは椅子に深く腰かけた。


 彼の脳裏に過るのは、どうやって医療施設を作り上げるかということだ。医師はムルソーを筆頭に育てられるかもしれない。しかし、サポートする人間が足りるか……


 難しい顔をしたアレグロは、ぼやきのようにカノンにその事を話した。


 すると、カノンはパチンと両手を叩いて、声を出す。


「それならば、なんとかなるかもしれません」


 アレグロは驚いて言葉を失った。だが、太陽のように笑う妻の顔をみれば、道は開かれるのではないかと思った。


 この笑顔に自分は何度も救われた。


 だから、今度もきっと。

 よい道が築かれることだろう。


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