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わたしの愛しの頑固ジジイ  作者: 黒椿りすこ
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第三王子の赴任②

 アレグロとグランドールは、とにかくぶつかり合った。顔を合わせれば、意見の対立を繰り返した。


 アレグロにしてみれば、息子よりも若い領主に頭を下げるのは、プライドが許さなかったのだろう。


 だが、それ以上に、二人は似た者同士だったのだ。同族嫌悪。喧嘩するほど仲良し。と、言葉は色々だが、二人は似ているところが多かった。


 不遜な言い方も似ていれば、絶対、自分の意見を曲げない頑固者同士。対立するのは仕方なかった。


 間に挟まれたバロックは、心の中でため息を吐きながら、張り付いた笑顔で二人の怒号を聞いていた。


 バロックはカノンに似て、頑固者の扱いは心得ていたので、中間ポジションでもなんとかやっていたが、彼は一度だけ、途方に暮れてカノンに助けを求めてきたことがあった。



 それは、深夜遅くの出来事だった。


 寝ていたカノンは、バロックの突然の訪問を侍女に言われて飛び起きた。ガウンだけを急いで羽織り、息子の元に向かう。


「バロック……こんな遅くにどうしたの? お父様は? 殿下は? 駐屯地で軍事会議をしているのでは?」


 ここ二日ばかり、隊列の話し合いでアレグロは駐屯地に缶詰だ。常にグランドールの側にいるバロックが、二人を置いてここにくるなんてあり得ない。


 バロックは「母上……」と弱々しい声を出した。その悲壮感たっぷりの顔を見て、ただならぬ事態が起きたのでは、とカノンは緊張する。


「……父上を……連れて帰ってください」


「え?」


 その言葉に、カノンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。



 息子のヘルプは酔っぱらったアレグロをなんとかしてくれという、ある意味しょうもないものだった。しかし、グランドールも酔っぱらい、ヒートアップした二人は誰も手がつけられなくなったらしい。


(……なんでお酒なんか……全く……)


 カノンは眉間の皺を伸ばしながら、駐屯地へ向かった。



 到着した部屋にいたのは、魂が抜けた参謀と、獅子と龍のように噛みつきあう二人だった。


 アレグロは小さいガラス製の小瓶に入った酒を一気に飲み干して、真っ赤な顔で唸るような声を出す。


「殿下は防衛、防衛と言いますが、攻撃こそが最大の防御とも言いますぞ? あまりに前に出ないのは敵の士気を上げるだけです」


 グランドールも顔を赤くして負けじと言う。


「俺たちは敵国へ侵略行為をしたいわけではない。不用意に前に出ても、兵を無駄死にするだけだ。今は時期ではない」


「しかし、時期がきますかな? 殿下の指示通り捕虜を捕まえていますが、やつらは狂信者です。全員、人の言葉を発しないで自害。今のところ有益な情報は得られていませんぞ?」


「だからといって、前に出る理由にはならない。打ち崩す策はあるはずだ。生きて勝機を待て。俺は命を散らすことを美徳だとは思わん」


 二人とも酒を煽りながら一歩も譲らない。


 カノンは大きく鼻で息をはいた。そして、疲れ果てた息子に声をかける。


「バロック……あの酒、四十度はあるわよ? なんであの酒を出したの?」


「ははは……ごめんなさい……」


 謝るだけで何も言わない息子にため息を吐く。あの酒は強すぎる。二人はまともなことを言っているように見えるが、食事もとらず、眠りもせず、二日間もこの状態らしい。


 要するに、周りの状況が見えないほど二人は泥酔していた。


 カノンは大きくため息を吐くと、自分に気づかない二人に近づいた。


「お二人ともそこらへんにしてください」


 声をかけると一斉に睨まれる。


「控えておけ、カノン」

「そうだ。女が戦に口出しするな」


 二人の言いぐさにカチンときて、カノンは笑顔になった。くるんと、反転した彼女はバロックににっこりと微笑みかける。


「バロック。大切な書類はまとめて避けておいてくれる? それと、バケツにお湯をたっぷり張って、二つ持ってきて」


 母の静かな怒りにバロックは無言で頷き、指示通りに従った。



 ばっしゃーん! ばっしゃーん!


 カノンは容赦なくお湯の入ったバケツを二人にぶっかけた。これには二人も唖然としてカノンを見つめた。彼女は二人が対峙していた机の上に、ダンダン!と、バケツを二つ乱暴に置く。


「カノンお前……失礼ではないか!」


 アレグロが立ち上がって非難したが、カノンは目を据わらせて言う。


「二日も風呂に入らずそのままでしたので、匂ったのです。お風呂の代わりです」


「カノン……!」


 アレグロが詰め寄るが、カノンは意見を曲げない。


「だいたいなんですか。この様は。兵のことを思うなら、身近にいる周りの迷惑を考えてください! 二日間も食事もせず、風呂にも入らず、お酒を飲んで! 体を壊したいのですか!!」


 カノンの言葉にアレグロはぐぬぬっと歯噛みする。二人の争いを裂くように、くくっと笑い声がした。


「確かにな……ハメを外しすぎた。悪かったな、カノン」


 何がおかしいのかグランドールが笑っていた。そんな彼を見るのはカノンも、アレグロも初めてで、驚いて言葉を失った。


 グランドールは妙にすっきりした顔をして、立ち上がる。


「……お湯をかけられるとはな」


 カノンははっとして、頭を下げる。


「出過ぎた真似をいたしました」


「いい……マグリット。この様では話はできん。今日はしまいにしよう」


「はぁ……」


 グランドールの一言で、カノンへのおとがめはなかった。むしろ、これを機会にグランドールはカノンへの印象をよくした。



 アレグロとグランドールは、その後も顔を合わせれば時間を忘れて話し込んでしまうので、顔を合わす機会は徐々になくなっていく。


 アレグロと同じようにカノンも彼と会う機会が減ったかと思いきや、意外な接点を持ち続けていた。


 それは、グランドールが熱を出したときの見舞いだ。


 グランドールは、体が丈夫ではなく度々、熱を出した。本人は大したことはないと意地を張る上に、体調不良を悟らせようとしない。


「弱い者の下に誰が立ちたいと思うんだ?」


 というのが彼の言い分で、アレグロと同じく頑固な彼は、熱でふらつくようになって、ようやくベッドに横になった。


 アレグロやバロックの話では、いつ寝ているのか、あれでは体調を崩すのは当たり前だというほど、彼は任務に熱中しすぎていた。


(殿下はまだ若いのに……生き急いでるようだわ……)


 カノンは母親のような気持ちで心配になり、お見舞いをしたことがあった。



 バロックからため息混じりにグランドールの不調を聞かされたカノンは、お節介と思いつつも、彼の見舞いにやってきた。


 グランドールは臥せっているのが嫌らしく、ベッドの上で書類を見ていた。寝着にガウン羽織り、紙を見る横顔はどことなく痛々しい。


(……まだ十五歳だというのに……)


 何がそんなに彼を駆り立てるのだろう。心配になってしまう。


「殿下……」


 そっと近づくとグランドールは、書類から視線を外し、カノンを見ると嫌そうな顔をした。


「……バロックに呼ばれてきたのか? あいつめ……」


 憎々しげに息子の名を呼ぶ彼は、先程までの鋭さはなく年相応の顔をしていた。それに穏やかに笑う。


「いいえ。わたしが心配で来て参りました」


 カノンはそう言うと、グランドールが目を通していた書類をさっとベッドの横にあるチェストに置いた。そして、彼を寝かせる。


「おいっ……」


「殿下は充分にお仕事をなさってますよ。少しぐらい寝てもバチはあたりません」


 熱で力が入らないのか、グランドールは不機嫌ながらも横になる。布団をかけて、ポンポンとあやすように叩いた。


「おい……」


「あら、つい。申し訳ありません。子供たちにしていたので、勝手に手が動いてしまいました」


 図太い神経でそう言えば、グランドールはため息を吐く。


「こうやって叩くと子供たちはよく寝たんですよ。殿下もきっと、幼い頃はそうだったと思います」


 そう言うと、グランドールはカノンから視線を逸らして、まっすぐ天井を見つめた。


「……母にそうしてもらった記憶はない」


 その一言にカノンの手がとまる。見つめた横顔は何かを諦めながらも、受け入れているようだった。


 カノンはぐっと言いたいことを堪えて、またゆっくりと彼を寝かしつける。


「では、わたしのことをおばあちゃんとでも思ってください」


 グランドールが怪訝そうな顔でこっちを見た。


「……そこは母じゃないのか?」


「あら、嬉しいですわ。こう見えて孫が8人おりますのよ? いいお祖母ちゃんです」


「見えないな……」


「もう四六ですからね。それくらいはいますよ。十八の年には長男を産んでいますし」


 グランドールは息と共に「そうか……」と呟いた。


「お疲れが取れないのなら、後でこの土地特産の薬草茶を届けさせますわ。バロックに持たせますね」


「……あの草の匂いしかしないやつか? あれは……まずい」


「まぁ、ふふ。なら、ブレンドしたものを贈ります。うちの人も味が苦手で、わたしの特製ブレンドなら飲めますのよ」


 笑っていうと、グランドールは嫌そうに肩をすくめ、年相応の顔をする。


「……マグリットと同じとはな……」


「嫌ですか? 殿下とあの人は似てるってわたしは思いますよ」


 ふふっと笑うとグランドールは、ますます嫌そうな顔をした。


「俺はあそこまで頑固ではない」


「そうでしょうか? 耳が動くか動かないかの差だと思いますよ」


 なんの話だ?と片方の眉を上げるグランドールに、カノンはアレグロの耳が照れて無意識に動くことを話した。グランドールは笑いのツボに入ったらしく、珍しく声を出して笑った。


「マグリットにそんな癖があるとはな……」


「内緒にしててください。気づかれて意識されると、つまらないですもの。あんな可愛いしぐさを見れないなんて、嫌ですわ」


 愛しさを込めて言うと、グランドールは笑うのをやめて、神妙な顔をした。


「カノンは……」


 そこで彼は、言葉をやめてしまう。彼の表情はどこかすがるような儚げなもので、カノンは息を飲んだ。沈黙が訪れたが、グランドールは天井を向いて目を伏せてしまった。


「……寝る」


 それを聞いてカノンは静かに声をかけた。


「おやすみなさいませ、殿下」


 グランドールの眉間に刻まれた皺がなくなっていく。あどけない少年の顔になったのを見届けて、カノンはそっとその場を去った。


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