第三王子の赴任①
アレグロとカノンは夫婦二人三脚で、その後も領地を守っていった。そんな二人に転機が訪れるのは、二人が四十代となり、末息子のバロックが、王都の学園を卒業したときである。
マグリット家の習わし通り、十五の年で学園に入り、十七歳で領地に帰ってくるはずだったバロックが、そのまま王都に残ることになった。
それは、今年、十歳になる第三王子の家庭教師をすることになったからだ。それをアレグロから聞いた時、カノンは名誉なことね、と素直に喜べなかった。
第三王子のグランドールといえば、不吉な予言をされた子供とさえ、表に出てこない王子だった。彼は今の国王の息子ではあるが、父親とも母親にも似ない黒い髪を持っていた。それが不吉な予言と合わさって、不幸を呼ぶ子供ではないかと噂されていた。
そんな王子の家庭教師をするのは、バロックの待遇もよいものとは言えないだろう。
カノンは眉尻を下げて、そのことを話してきたアレグロを見た。
彼はカノンの心情をわかっているのか、厳しい表情のまま話を続けた。
「殿下の家庭教師の話は陛下から内々に頼まれたことだ」
「まぁ、そうなのですか?」
「あぁ。お前も知っておると思うが、殿下は、妃殿下より嫌われておってな……よい環境にいるとは言えない状況だ」
妃殿下といえば、力のある公爵家の娘だ。一人娘の彼女は父親に溺愛されていると聞いたことがある。
「陛下は表だってグランドール殿下を庇護できないということですか?」
「あぁ……長引く戦に民の不満も募っている。表だって妃殿下の反感をかえば、公爵家が黙ってないだろう。内政を乱しかねん……」
ならば戦を止めればよいとも思うが、それができたら、戦は長引いてなどいない。水の領地と小競り合いを続けているのは、隣のグリッド国であるが、その国自体が宗教の考えの違いから、内部分裂していた。
一部の過激派思想の連中が、水の領地と小競り合いを続けている。グリッド国の治世の安定がなければ、戦いは終わらなかったのだ。
問題は国同士。さらには宗教も絡み合い、複雑な問題を抱えていた。
この国の行く末を案じているアレグロに、カノンは落ち着いた声で尋ねた。
「妃殿下に、グランドール殿下が嫌われていても、陛下自身はそうではないのですね」
そうじゃなければ、マグリット家から家庭教師を出そうと思わないだろう。
アレグロと陛下は王都の学園時代に知り合い、交流が深い。年に数度の謁見では、戦の報告もしているが、息子自慢も互いにしていると、酔っぱらったアレグロから聞いたことがある。
陛下はアレグロと同じように厳しい表情しかを出さない人だが、きっと、二人は似た者同士なのだろう。
カノンは我が家から家庭教師を出すことは、陛下もグランドールへ期待していることなのでは?と思っていた。
アレグロは珍しく口元に微笑を浮かべて、目を伏せた。
「陛下は殿下に期待はしているだろうな。まぁ、互いに末息子が一番、可愛いということだ……」
その言葉に、カノンはふふっと笑う。そういうところも二人が気が合う理由なのかもしれない。
カノンは肩で小さく息をして、わかりましたと答えた。アレグロは意外そうな顔をした。
「どうしました?」
「いや……反対するのかと思った……」
腑に落ちないアレグロに、カノンは微笑む。
「母親としては心配でもありますが、そういう御事情でしたら、バロックが一番いいですわ」
「あの子は、学園でもずっと主席でしたし、剣の腕は兄弟の中で最もよいです。なにより、神経が図太いですからね。わたしに似て」
ふふっと笑うと、アレグロは小さくため息を吐く。
「……そうだな。あれはお前そっくりだ。打たれ弱くはない」
「そうですよね。あなたがわたし、そっくりのバロックを可愛いと思うのも仕方ありませんわ。わたしのこと、大好きですもんね」
からかうように笑うと、アレグロは耳をひくりと動かし仏頂面になる。
「……話をすり替えるな、馬鹿者……」
「あら、ごめんなさい。でも、バロックが一番、適正だとわたしも思いますよ」
笑いが堪えきれずに、くすくす笑うと、アレグロはそっぽを向いてしまう。当然、耳はとっても動いていた。
こうしてバロックは、第三王子の家庭教師として赴任する。
季節の変わり目にバロックは手紙をよこしてきたが、そこにはグランドールのことばかりだった。
意気揚々とグランドールの成長記録を語るバロックに、カノンは恋のひとつも書かない息子のことが、やや心配になった。
バロックは家庭教師の役目を終えても、そのままグランドールの補佐役となり、彼が帰ってくるのは、五年後となる。
そして、久しぶりに帰ってきた時、隣にはグランドールもいた。
十五歳になり成人した彼は、王都から新たな領主として赴任してきた。
成人した王子のうち誰かが赴任することは予期できていたことだ。
戦の経験し、戦歴を重ねた方が、この国の王として民の支持を得やすい。だから、この土地にくるのは、次期国王ともいえた。
てっきり第一王子がくるかと思っていたが、きたのは第三王子。闇色の髪を持ち、鋭い眼差しをした彼は、成人したとはいえ、幼さが残る面立ちをしていた。
彼は駐屯地に近い、マグリット家の改装した別宅に住まうことになった。
二人揃って、初めて挨拶に行った日、グランドールは挨拶もそこそこに、さっそく水の領地の改革案を提示してきた。
「治水工事は今しているところを最後に中断してもらう。最も水害がひどい川の工事が終われば、後は細かい箇所だ。大きな問題は解消される。その分の予算を兵に回せ」
用意された晩餐にも手をつけずに、さっそく仕事の話をしだしたグランドールにアレグロは慌てて反論した。
「しかし、殿下。治水工事は、領民の生活を守るためのものです。工事を中断すれば、細い川とはいえ、氾濫が起きる場合があるでしょう」
グランドールは憮然とした態度でいいきった。
「確かに民の生活は大事だ。それは理解している。……が、俺は戦を終わらせにきたんだ」
その一言に、二人はひゅっと息を飲んだ。グランドールは顔立ちには似合わない意思の強い眼差しをした。
「俺は戦を終わらせたい。そのために手をかせ、マグリット」
若干、十五歳。なんの後ろ楯もない王子の言葉だ。しかし、彼は頷きたくなるほどの意思の強さを二人に見せた。
彼と対面を終えたアレグロは、怒っていた。
「戦いがそうやすやすと終わるものか。できるなら、とうに陛下が手を打っておる」
肩をいからせて、大股で歩いていた。カノンは早歩きでその隣を歩いていたが、彼とは違って、グランドールには好印象を持った。
「でも、戦を終わらせたいなんて、言葉にするだけでもよいことですわ」
カノンの言葉に、はんとアレグロは鼻を鳴らす。
「言うなら誰にでもできる」
「それはそうですけど、あの方は何かをしてくれそうな気がしますわ」
そう言うと、アレグロは歩みをとめて怒りを孕んだ瞳でカノンを見る。
「……随分と殿下の肩をもつではないか……」
その言葉にカノンは片方の頬に手を添えて、少女のように微笑む。
「ふふっ。だって、殿下は若い時のあなたに似ているんですもの」
「…………」
「厳しい眼差しも、正論しか言わなそうなところも本当にそっくり。髭がないのもいいわ」
昔を思い出して、うっとりとするカノンにアレグロは複雑な気持ちになる。威厳の為に伸ばした髭を手でさわって、神妙な顔をした。
それを見て、カノンはおかしくて笑ってしまった。
「それに、わたしも戦はだいっ嫌いですから。終わるならそれに越したことはありませんわ」
カノンが笑顔でそう言うと、アレグロは怒りを挫かれ、大きく息を吐き出す。そして、無言で歩きだしてしまった。今度は、カノンが早歩きしなくて済むスピードになる。
それにカノンはまた笑って、彼の隣を歩いた。




