魔法
昨日は彼が目を覚ますまで付き添っていたため遅くなり、結局生徒会室の方へは行けなかった。
今日はその分早く行って会長にそのことを謝らないと……とそればかり考えていて授業に身が入らなかった。放課後になり、教室を出た所ですぐにこちらへ向かってきているフェルロッテと出合った。
「テオドルフ様から話は聞いたわ!」
「あ、フェルロッテ様」
「あなたの顔を最近見ないと思ってテオドルフ様に問い詰めたら……私との約束守ってくれて嬉しかったわ。あの方、なかなか教えてくれなくて……やっと聞き出せたのよ」
彼女はずっとニコニコ顔で嬉しそうにしている。
「あ、そうそう。ヴィルノーの一件聞いたわ。看病してくれたんでしょう?同じ執行部のよしみで一応礼を言っておくわね」
「私を庇ってヴィルノー様が火傷を……それにその後も看病というか付き添いで傍にいただけですし……」
「彼ったら、これは名誉の印だ!って痕を見せつけてくるもんだから見たけど、周りの皮膚よりそこだけ綺麗だったのよ。フフッ」
その時のことを思い出したのか、おかしそうに笑う。
実際治っていくところを直接見ていたが痕が残らなかったのは本当によかった。
「それで……あなた、どうするつもり?このままやられっぱなしでいるのか、己の矜持を守るため反撃の牙を研ぐのか」
「やられっぱなしは……嫌です!」
「良い返事ね。ウフフ……。明日、魔法の実技の授業でしょう?もしよかったら一緒に授業を受けない?分からないことがあれば教えて差し上げますわ」
正直、魔法については分からないことだらけだし聞きやすいかも……。
これは渡りに船ってやつね。
「では、明日は宜しくお願いしますフェルロッテ様」
「決まりね。ではまた明日、研究棟で会いましょう」
◇
翌日、研究棟のエントランスで待っていると約束通りフェルロッテが現れた。
「ごきげんよう、アルメリーさん」
「こんにちは、フェルロッテ様」
お互い挨拶を交わすとそこへ三人の教官が現れる。一人は見覚えのあるリリアナ教官だった。教官たちはエントランスでたむろしている生徒に教室への移動を促す。
彼女が教室の中央辺りに座ったのでその隣に着席する。予鈴が鳴り、生徒が全員着席したのを確認した教官が出入口のドアを閉め、教壇に立ったリリアナ教官が授業を始める。
「世界は土、水、火、風の四つの力で構成されていると言われていますぅ。この四大属性とは別に、光、闇、生命、精神という四つの属性も存在しており私達人間はこの八つの属性を合わせ形作られているとされていますぅ。そのため魂も大なり小なりどれかの属性の影響を強く受けこの世に誕生しておりぃ、その影響を受けた属性の魔法を使う際には簡単に使うことができたりぃ、強力に操ることができたりぃ、少ない消費魔力でより多く発動できたりしますぅ。個人により差がありますが、それが才能と言われてますぅ」
「また、それとは別に信仰心により祈りが神や天使に届いた者が加護を受けることで使えるようになる魔法もあるそうですぅ」
この教官のゆるりとしたテンポのやさしい声を聞いてるとやはり段々眠く……ねむ……。
「世界には魔力が満ち、万物には精霊が宿っている」
「これは世界的に有名な魔導書の一節ですぅ。そもそも魔法の歴史とは神話まで遡ること……」
「……メリー?起きなさい、アルメリー……」
小声でフェルロッテが囁きながら目立たないように軽く手を揺さぶってくる。
「あっ!?すみません。私寝てました?」
「幸い教官方には気づかれてないようだけど……。授業中よ、もっと集中しなさい」
「はい……」
「……魔法とは、触媒として自身の魔力を使い、精霊の力を借り世界に満ちている力を導き励起させ世界の理を己が望むように書き換え発動させる。その事象の事を指しますぅ」
またやってしまった……思わず顔が赤くなる。私が寝てる間に授業は大分進んでしまったみたいだった。教官の声が眠気を誘うとはいえ、今日はフェルロッテが一緒なのだ。彼女に呆れられないようしっかりしないと。
「ここまでで何か分からない事や質問などありますかぁ~?」
生徒の誰も手をあげたり質問をする者がいなかったのが不思議だったが、その理由はすぐにわかった。
「では、質問も無いみたいなので私の受け持ちはここまですぅ。ここからはオテル教官の属性診断の時間になりますぅ。自身の得意属性がわからない方は、彼に調べてもらいましょ~」
教室が生徒の歓喜で沸いた。
「え!?なんでみんなこんなに興奮してるんですか!?」
「生まれつき大きな魔力を持った者しか魔法を使うことができないのは知ってるわね?それを王国全土で調べて集めるのが王国教会の役目の一つ。でも地方の小さな教会にはまともに調べられる人材がいないから、『判定が出来る人材を王国全土に巡回させる方が早い』という考えが生まれ、国も活動資金を援助するとして『聖教導巡礼使節団』が誕生したの。でも都市部にある大きな教会などがその使節団へ優秀な人材の供出を拒み、能力の低い人達しか派遣されず、魔力があるかどうかの最低限の判断しか出来ない組織が出来あがり……そのまま現在に至るらしいわ」
「はぁー、なるほど。詳しいですねー」
「セドリックが前に話してくれたの。彼はこういう話に詳しいから」
「話を戻すわね。だからより詳しく調べるには専門の鑑定士がいる大きな教会か魔術師ギルドに鑑定料を払う必要があるの。それを支払えない子の方が多いのはわかるわよね?自分の事なのにわからないモヤモヤ感を彼らはずっと感じてたと思うわ。それが今無料で分かるんだからそれは嬉しい事なんじゃないかしら?」
なるほど。それなら喜ぶのも分かる気がする。私も自分の事がよく分からないので見て貰らおっと。
「私もちょっと並んできますね」
「え!?あなた貴族の出よね?自分の得意な系統の属性がわからないの?」
「ええ、まぁ個人的なモノというか何というか色々ありまして……」
頬をかき言葉を濁しつつ席を離れ、列に並びに行く。
それぞれの生徒がまだ確定してない自分の得意属性の希望を語っている。
一人また一人と判定が済み、やがて自分の番がきた。
オテル教官は自信に満ちていて恰幅がよく黒髪に白いものが交じっているいかにもベテランといった感じの人だった。机の上、教官の手元に近い所に台座に置かれた大きい水晶球がある。これで魂の色を見て貰えるらしい。教官は私に座る様に指示すると早速呪文を唱える。
「アルメリー君……君の中には二色の色が重なり合ってるようにみえる。火と水か?……これはかなり珍しい。ワシもこの仕事を長いことやってるが初めて見るな。……そういえば昔何かで読んだことがある。偉業をなしとげて歴史に名を残した魔術士達の内、その半数ぐらいが複数属性持ちだったとかいう説があるとか……」
「話が逸れてしまったな……普通の生徒の場合、もっとこう具体的に見えるもんじゃ。水属性なら水か氷とか、攻撃系か、防御系か、強化系か、弱体系か、等々…。具体的に見えると言うことはそれだけその能力が高いということじゃ。 君の場合じゃが……抽象的すぎてのぅ。よく言えば万能、悪く言えば器用貧乏というやつじゃ。……相反する属性がお互いを打ち消し合って突出した力を出しにくいのかもしれん。せめて火と風とかなら相乗効果も期待出来たんじゃが。こうなると片方の属性を集中して伸ばして特化した方が良いじゃろうな。それでもどこまで伸びるかは……正直わからん。まぁ昔の文献を当たってみよう。何か分かれば教えてやろう」
なんなのこれ。普通に考えれば二属性持ちってすごいんだろうけど、相反する属性の所為で打ち消し合って力が出しにくいとか器用貧乏とか……いや、これは火と水属性に限ってだけど広くカバー出来る才能よ。万能なの。万能って言われたのよぉお!アハ、アハハハ……。
やがて全員の判定が終わり教官達から隣の教室へ移動するように告げられ、全員揃って移動する。
移動した先の教室は実験棟の一番奥のとても広い教室でどちらかと言えば倉庫のような空間。壁は採光用の窓を除き全て石で出来ている。奥の方には木製の人型の人形が等間隔で一列に並ベて立ててある。
「まずお前達に言っておくが、ここでは実際に魔法を行使するため多少の危険があると思っておくんじゃ!そのためここは天井も壁も多少の爆発程度ではびくともしないよう分厚く作られているし、結界も張っておる。命中精度の低いひよっこ達のためにわざわざ他の部屋に比べかなり広く空間を取っているから安心してぶっ放していいぞぃ!」
その言葉に男子生徒から笑い声や調子に乗ったヤジが出る。
若いおだやかな雰囲気の緑色の髪をした教官がオテル教官に注意しながら、進み出て手を鳴らす。
「はい皆さん静かにして下さいね。ここからは実技指導担当の私、パルレ・リュエマ・レデリートが進めていきますね」
「皆さんは普通の人より非常に多いマナが体内を巡っています。その魔力を訓練をすることにより体外に放出し、魔法を使うことが出来るようになるんですね。呼吸をするように自然に……水差しに入っている水をコップへ注ぐように魔力を移動させるのですね」
「体から魔法の発動体に移した魔力に具体的なイメージと共に「力ある言葉」をかける事で術式が構築され、その術式により己の魔力という触媒を使って精霊の力を借り世界の理を己が望むように書き換えるだけの魔力を世界から紡ぎ出し形を与えるのです。水面に投げ入れた小石によって波紋が広がるように言葉そのものが鍵となり力を励起させ魔法を発動させるのですね」
「では実際にやってみましょう。私が今からあの奥にある人形に向かって魔法を発動させてみますので良く見ていてくださいね」
パルレ教官が標的となる木人形にむけ手を突き出し、呪文を唱え始める。
「渦巻く風よ!我に敵なす者に疾くゆきてその刃を振るい給え!」
手の先に埃や塵を巻き込みながら空気が集まり回転しつつ段々と大きな球体になっていき
人の頭部位の大きさに成長したそれは手綱から解き放たれた猟犬のような獰猛さで空間を一気に駆け抜け標的の木人形に食らいつく。
だが木人形は微動だにしなかった。室内は静寂に包まれる。
……数秒の間を置き木人形の頭部は達人に斬られたかのように鋭利に両断され斜めにゆっくりとずり落ち、甲高い音を室内に響かせる。
生徒から一斉に拍手があがり、パルレ教官も照れくさそうに喜ぶ。
「最初は焦らずに自分がどんな魔法を発動させたいかより具体的に想像してくださいね。私の場合は真っ直ぐに進む高速で回転する風の刃をイメージして考えました」
「また頭で考え、口に出し、耳で聞く、という三段階を経ることにより自身のイメージを補完する役割も兼ねています。この時に唱える呪文自体は精神を集中させるのに役立てばよいのですから自分に合うよう好きなようにアレンジしてもかまいませんからね。慣れてくれば詠唱を短くするのもありですね」
「良く使われる魔法については魔法の教導書に表記されていますからね。最初はそれを使い、のちのちアレンジを加えていくというのでも構いませんね。説明は以上ですね。では具体的な練習に入りましょう。すでに魔法を使えるという方はオテル教官の方にあつまってくださいね」
経験者と初心者に分けられ授業が進む。フェルロッテとは別の班に分かれる事になってしまい少し不安になる。
「では、こちらの班は基本からやっていきましょう。アルメリーさん、ちょっとこちらへ来て下さいね」
机と椅子のある所まで移動し、そこに座るように促される。
「まずあなたに魔力の認知や認識が出来るようにしますね」
「はい、教官お願いします」
教官は奥の金庫からから紫色の水晶のクラスターのようなものを取り出してきて丁寧に机の上に置いた。
「アルメリーさん、これは感応石という宝石の一種で人の魔力に反応して触れただけで淡く光ります。軽く触れてみて下さいね」
大小様々な尖った六角柱が乱雑に集まっているような原石が目の前にある。指先で触れていると何かが体から抜けて行く感覚があり、結晶体が淡く光り出した。指を放すと光は段々暗くなっていき、消える。また触れると何かが抜けていく感覚があり、結晶体が淡く光り出す。
そう、あれだ。電池と豆電球を使った実験みたい。
「魔力が吸われる感覚が分かったかしら?」
「とても不思議な感覚です。ちょっと初めての体験なので……何かが吸われるというか抜けていくというか。はい、確かに感じました」
初めての感覚にドキドキする。
「では次に応用にすすみましょうね。魔力のコントロールです。先程の感応石を触ったときの感覚を思い出しながら、今度は逆に自分から少しづつ魔力を送り込んで下さいね」
感応石に触っているだけで少しずつ魔力が流れて行っているのが分かる。その流れを強くするため力んでみたりイメージを浮かべてみたりする。何度かの試行錯誤の後、それは成功し感応石が応えるように魔力を送り込めば送り込むほど輝きを増していく。中からあふれ出る光が幾つもの六角柱にキラキラと乱反射してとても綺麗で思わず見惚れてしまう。
教官に何度か繰り返すように言われ、魔力を送り込む感覚を体に覚えさせる。
「いいですね。順調ですね!では次の段階に進みましょうか。アルメリーさん感応石に魔力を込めた状態で自分の得意属性の球を空中に作ってみましょうね。あなたは確か「火」と「水」の両方いけるのでしたね?では今回は……火でいきましょうか。頭に火のイメージを思い描いて「 我は願い奉る火よ出でよ 我が前で円環を作り給え 」と唱えて下さいね。力を貸してくれる精霊に感謝を忘れないようにね」
「我は願い奉る火よ出でよ 我が前で円環を作り給え」
一言一句間違えないように丁寧に何度も唱えてみるが上手くいかない。感応石に魔力を送り込む所までは問題なくできるんだけど……。
「どうやら頭の中でうまくイメージできてないようですね……」
教官は近くの戸棚から蝋燭のついた燭台を取り出し机の上へ置きそれに火を灯す。
「この蝋燭に灯った火を見ながらやってみましょう。そうすればイメージがしやすいはずですからね」
教官のいった通り、蝋燭の上で静かに燃えている火を見ながらそれをそのまま頭に思い浮かべ唱えると、さっきまで出来なかったのが嘘のように目の前に火球が生まれた。吹けばすぐに消えてしまう蝋燭に灯った火のようなかわいい火球が空中にふわふわと漂っている。
「先せ……教官!出来ました!」
初めての成功に興奮し集中力を乱してしまった所為で火球は火の粉を散らして形を失い跡形も無く消滅してしまった。
「おめでとう!次はもう少しそのままの状態を維持出来るようにしましょうね」
その瞬間、深い眠りから覚めたように二つの瞳がゆっくりと開くようなイメージが脳内に浮かび、背後になにか視線を感じた気がして振り向いたが何もいなかった。
「アルメリーさんどうかしました?」
「いえ……その、なんでもありません」
その後、何度か練習して確実に発動でき、さらに十秒程度その状態を維持することも可能になったため次の人に交代する。
集中と興奮状態から解放され一気にどっと疲れがきた気がする。
この授業は教官の側も重要視していたようで初心者班の者が最初で躓かないように一人一人に時間をじっくり割いて行っていたために、時間内に全員の指導は終わらず初心者班の残り半分、十五人ほどは今日の放課後に補習という形で引き続き行うことになったらしい。
あとからフェルロッテに聞いた話によると経験者班の皆は現在の時点での威力(範囲)、射程、何回発動出来るのか、どの程度連続して発動できるのか、等々の実力測定をしたとのこと。
こうして初めての魔法の授業が終わった。