邂逅
「お嬢様、しっかりしてください……!」
アンは震える声で呟きながら、アルメリーの体を抱き上げ、慎重に部屋の中へと運び入れた。彼女の顔は蒼白で、呼吸は浅く荒い。アンは急いで彼女の着ている服を全て脱がし、乾いた浴巾で彼女の体を拭くと、持ち上げようとする。
意識の無い身体は重かったが、そのまま勢いをつけて持ち上げると、ベッドまで運んで寝かせる。そしてその体の上に暖かい毛布をかける。
夜の冷たい空気がまだ残る部屋で、彼女は何度もアルメリーの額に手を当て、熱の高さを確認した。
朝日がまだ昇らない暗い時間帯、窓の外では雨がようやく上がりそうな気配を見せ、夜が明ける兆しが感じられた。しかし、アルメリーは依然として意識不明のまま。
「このままでは、お嬢様の症状が悪化して……」
彼女は震える声で呟いた。
彼女は考え込み、ふと思い出した。たしか、体温を上げる為には人肌で温めると良いと聞いたことがある。
ならば……。
アンは、自分もまた服を全て脱ぎ全裸になる。彼女は勇気を奮い起こして毛布の中に滑り込み、彼女の体に身を寄せた。二人の体が密着し、肌の温もりが伝わり始めると、少しずつではあるがお嬢様の冷え切った体が温まっていくのを感じた。
アンは彼女をしっかりと抱きしめ、体温が逃げないように毛布で二人を包み込んだ。
身を密着させた為、自身の双丘の桜色の先端が、お嬢様の慎ましい双丘に触れる。
「……こんなに身体が冷え切るまで、一体どこで何をしていたのですか?お嬢様……」
彼女の返答はない。
質問の答えは彼女が目覚めるまで待つしかないだろう。そう思いながら目を閉じようとした時、彼女が身じろぎをした。
その拍子に彼女の膝が、私のふとももの間の大事な部分に触れる。
(ひゃぁ!?んっ!)
彼女は声にならない悲鳴を上げ、慌てて足をずらしたのだが……それが更なる刺激を生む事となった。足を動かす際に無意識のうちに大事な部分が擦られ、偶然にも私の小さな割れ目を押し上げる形となった。
そして、そのまま割れ目の上端にある突起に触れた。
瞬間的に強烈な電流が流れたような感覚に襲われた私は反射的に身を仰け反らせ、その衝撃により更に強くアルメリーお嬢様の体を抱きしめてしまう結果となる。秘部から継続的に与えられる甘い刺激が脳をとろけさせ、更なる刺激を、もっと強い刺激を、と身体が求めてくる。
その甘美なる指令に私は抗う事ができず、その瞬間、私の心臓は一層速く、激しく鼓動し始めた。
心臓が高鳴る音が頭の中で反響し、息をするのも忘れるほど緊張していた。まるで胸の中で大きな太鼓が鳴り響いているかのようで、その音が相手にまで伝わってお嬢様が起きてきてしまうのではないかと恐れた。
……だが、お嬢様はいまだ深い眠りの中にあり、起きてくる様子は微塵もなかった。
その様子に安堵すると、お嬢様の手を取り、自身の顔に近づけると、その華奢で人形の様になめらかな美しい指を一本ずつ丁寧に舐め始める。
綺麗に舐め終わると、熱い吐息を漏らしながらその手を自身の腹部の下の方へ誘う。
お嬢様の甘い香りに包まれる中で、その手に私の手を重ねて誘導する。それが、自身の一番敏感な部分に触れる。
(んんっ、お嬢様ぁ、お嬢様ぁぁん、)
私は心の中で何度も主人である彼女のことを叫び、その手を秘部の露出している表面や入り口の周辺を動かし擦り続けた。既に濡れている私の花弁からは、粘液質の液体が溢れ出し、私の動きを助けて潤滑油となる。
くちゅ、ぐちゅ、といやらしい水音が部屋に響き、それに合わせて私も声を上げながら腰を動かす。
しかしそれでも物足りなくて、私はついに、お嬢様の手を私の大切なところの少しずつ奥へ、奥へと擦り付けるように動いた。最初はゆっくり、ゆっくりと前後に動かしていたが、やがて速度を上げていく。その動きに合わせて、口から漏れる声や息も荒くなる。
(お嬢様ぁ、お嬢様ぁ……!)
快感で頭が真っ白になり、意識が遠のいて行く感覚があった。もうこれ以上は我慢できない、と思ったところで、彼女は最後の力で一際大きく腰を動かした。そして、その勢いのまま倒れこみ、彼女の胸に顔を押し付ける形で意識を手放した。
翌朝、私が目を覚まし、身体を起こすと、毛布がずれて、お嬢様の肢体が露わになる。お嬢様は服を着ておらず全裸で、私もまた服を着ていなかった。どうやら私はお嬢様と一緒のベッドに横になっていたのだった。
お嬢様はいまだ眠っているようで、呼吸は少し穏やかなものになっていた。
昨夜の事を思い返すと同時に、自分の顔に熱が集まっているのを感じた。恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。
出来心とはいえ、仕えるべき主に対して私は何という事を仕出かしてしまったのだろうか?しかも相手は女性だというのに……自分がとても恥ずかしい存在であると感じた途端、涙が溢れ出てきた。でも同時に胸の奥底では満たされるものがあり、それがより一層悲しくさせるのだった。
それからしばらくの間、私は放心状態でいたが、ふと我に帰ると慌てて起き上がりベッドから降りる。乱れた服を畳み、いつもの正装に身を包み身なりを整えると、意識の無いお嬢様に少し苦労しながら服を着せる。
その後、寮長に治療術士を呼んで貰うため、部屋を後にするのだった。
◇
微睡に揺蕩う中、どこからか私の事を呼ぶ女性の声が聞こえる。アルメリーは重い目蓋を開けようとする。
ゆっくりと目を開く。……が、そこは深遠なる闇の中であり、見渡す限りには誰の姿も見えない。ただ静かな夜の海のような深い闇が広がっているだけ。身体の感覚はほとんどなく、まるで夢の中の夢にいるような気分だった。
「ここは……どこ?」
どこからか黒い霧が漂ってきて、急に冷たい風が吹きつけてきた。すると突然、目の前に鮮明な光景が広がり、彼女の最近の記憶が映し出された。それはまるで、見知らぬ者によって操作される映写機のようだった。
「これは……私の記憶?」
アルメリーが戸惑っていると、背後から低く囁く声が聞こえた。
「ようこそ、アルメリー……」
驚いて振り向くと、そこには異様な存在が立っていた。漆黒のマントをまとい、男をすぐにでも虜にしてしまいそうな、とても美しい美貌を持つ女性。冷ややかな目で彼女を見つめるその瞳には不気味な光が宿り、まるで彼女の全てを見透かすかのようだった。
彼女はいきなり勢いよくマントを跳ね上げる。マントの下に隠されていたその胸は豊満で、くびれた腰つきに、すらりと伸びた美脚。
艶めかしい全裸のその肢体は、見る者を魅了する……まさに私の思う理想ともいえるプロポーションがそこにあった。その姿に私は強い印象を受けた。
「あなたは……誰?」
「私は……あなたの中に存在する者よ?そうね、あなたも私で、私も”私”だと、あなたも混乱するわね……。では、私が昔名乗ってた名前でも教えてあげましょう。『イスティス』それが……かつて私が名乗っていた、幾つかの名前のうち、一番お気に入りの名前よ……」
アルメリーは息を呑んだ。心の中で感じていた違和感が、一瞬にして現実のものとなった。
彼女はまた手をかざし、再びアルメリーの記憶を再生し始めた。それは学院に入学した以降の映像であり、早送りされた彼女の記憶の断片が次々と現れる。
「あなたの見たり聞いたりしたことは、全て私の手の内にあるわ……」
「これを……全部見ていたの?」
「……まぁ、そうは言っても私も寝ている間は見る事が出来ないし、つまらない部分も多いわ。……私も暇じゃないから、重要そうな所をザッとしか見てないけどね?フフッ」
「あなたが……私の中に?私のプライバシーは無いってこと?」
「プライバシーって何かしら?初めて聞く単語ね……」
彼女は腕を組んで上の方の虚空を見ている。何を考えているのか、何かを読み取っているのかわからないが暫くすると手を下ろし、口を開く。
「……ああ、なるほどそういうことね。概念は分かったわ」
「あっ、あなただけ私の事が分かるなんて狡いわ!?」
「そう言われてもねえ……?私達が一緒になることができれば記憶も共有される可能性は高いんじゃないかしら?ンフフ……」
あくまで”自分の方が上位の存在、主導権を握っているのだ”という余裕を崩さない彼女。そのまま彼女は話を続ける。
「そう。本来なら”私”が……私こそが、この体の持ち主なのよ?あなたは入学前までの記憶を一切持っていないでしょう?それが証拠よ。……来訪者さん?いい加減、出て行ってこの身体を私に返して貰えないかしらね?」
彼女のその物言いに、私は抗議する。
「そんな事いってもやり方もわからないし、もし仮にそれができたとした場合、私はどうなるの?」
「さぁ?この身体の中で眠り続けるのかもしれないし、体から出て次の転生先に行くのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。その時にならないとわからないわぁ?あははははははっ!」
「……笑い事じゃないわよ!ここで、せっかく友達になれた子もいるし、私もこの世界に愛着が出来てきたわ?私だってここでこの先も過ごして、普通に人生を謳歌したいわ!?」
「普通に人生を謳歌するですって!?そんなのありきたりの一般人と同じじゃない。本当につまらないわ!!私にこの身体を譲れば、将来的に……わたしの『名前』を、いつかは滅ぶザール王国の歴史なんてちっぽけなモノの中で語られる有象無象の一人ではなく、『人類史』という歴史に燦然と刻み込んで残してあげられるわ?どう?その方がよほど素晴らしいでしょう?そうに決まっているわ!?」
私は、その言葉に肯定も否定もできず、何も言えなかった。私もかつて生きていた前世では、いつか何かの大規模な歴史的に重要な研究調査に参加して、そこで大きな発見をして、自分の名前を後世にまで残したいと思った事が確かにあったからだった。
アルメリーは恐怖と驚愕に包まれながらも、自分の心と身体の中に、この異様な存在がいることを初めて理解したのだ。
「あなたの目的は何?」
「それは…いずれわかることよ?あははっ!ウフフフフフフフ……♪」
彼女の声が次第に遠ざかってゆく。周囲の空間に多重に映し出されていたアルメリーの記憶を元にした映像が一つまた一つと次々に消えていき、意識は再び暗闇の世界に引き戻された。
……暫くして目を覚ました彼女は、汗でびっしょりと濡れていた。胸の中に強く刻まれたのは、自分の精神の中に潜む彼女の存在だった。
「……お嬢様!お目覚めになられましたか?」
専属メイドのアンが、目を開けた私に声をかけてきた。彼女はベッドの横まで駆け寄り、心配そうな面持ちで見つめている。
「ええ……。私、どうしたのかしら……?」
ゴホゴホと、少し咳き込む。頭も熱っぽい。
あれ?寝る前までなんともなかったはずなのに、なんで私、調子が悪いのかしら?この症状、風邪かな……?頭がボーッとする……。
「……お嬢様、覚えておられないのですか?夜明け前にびしょ濡れの服を着たままバルコニーに倒れておられたのですよ?」
「……私が?昨日、ベッドでアンと一緒に話してた事は覚えているのだけど……いっつッ……!」
急に頭に痛みが走る。
「お嬢様!?だ、大丈夫ですか!?」
「え、ええ……多分、この風邪が原因じゃないかしら……あはは……」
……二人分の精神・意識があるから、それが脳に負担をかけているのかしら?でも、今までは特に何もなかったハズなのに……。
「寝てる間に汗をかいたみたい。アン、悪いけど着替えを手伝ってくれる?」
「かしこまりました」
アンは普段よりてきぱきと動き、あっという間にアルメリーの着替えを終わらせ、話しかけてきた。
「寮長には連絡しておりますので、そろそろ術士の先生が来てくれる頃だと思います。それまで、お嬢様は安静になさっておいてください……」
「……そうね、そうさせて貰おうかしら」
私は毛布を肩まで引き上げ、目を瞑る。
はぁ……早く良くならないかしら……。
それからしばらくすると、扉からノックをする音が聞こえた。
「私が対応してきますので、お嬢様は横になっておいてください」
そういってアンが立ち上がり、扉の方へ向かう。
ここからは見えないが、扉を開ける音が聞こえ、会話が少し聞こえてくる。彼女がこちらの部屋へ戻ってくると、誰かを連れて来ていた。
彼女がつれてきたのは寮長だった。
「あら、貴女、起きていたのね?気分はどうかしら?」
私は上体を起こして答える。まだ少し目眩がするが、動けない程でもない。
「あ、はい……少しなら大丈夫そうです……」
「朝、彼女が血相を変えて呼びに来るもんだから、本当にびっくりしました。容体が落ち着いてきているし、これなら先生の診察を受けれそうね?先生、入ってきてください」
廊下で待機していた、治癒術士の先生が部屋へ入ってくる。
「やぁ、調子はどうだい?」
「熱があって、頭も痛くて、ぼーっとします。それに時々、咳も出ます」
先生は一通り私の様子を見ると、何か分かったのか、詠唱を唱え始め、魔法を二つほど発動させる。
その魔法を受けると、私の体の症状は嘘のように軽くなった。
「神聖魔法で、”体力の回復”と”身体が本来もつ病気に対抗する力”を高めておきました。夜までには、ほぼ症状が治まるでしょう。ですが、無理はしないように。二,三日は念の為に授業を休んでいただき、しっかり休養と栄養を摂ってくださいね」
「ありがとうございました」
私とアンは深々と礼をする。
先生は診察を終えると、寝室から少し離れて寮長と二言三言話して帰っていった。
その話が終わった後、寮長がまた寝室の方へ戻ってきて私に話しかける。
「アルメリーさん。中央校舎の方には私の方から連絡を入れておきますので、本日を含めて三日間は自室待機です。いいですね?食事の方も、その間は部屋の前まで運ばせるように手配しておきます。それからアンさん。今日明日の二日間は、お友達が訪ねて来ても部屋には入れないようにしてくださいね?」
「かしこまりました」
寮長はそう言って部屋を後にする。扉が閉まりきると、私は思わずベッドに倒れるように突っ伏す。緊張から解放されて力が抜けたのだ。そんな私をアンが慌てて起こしにかかる。
「ああ!お嬢様!まだ寝ていてください!!」
私は上半身だけ起こしてアンに向き直り返事をする。
「大丈夫よ、ちょっと疲れて力が入らないだけだから……」
そして、一息つくと今度はアンから私に向けて質問を投げかけられる。
「……バルコニーに倒れられていたお嬢様が、私も見たことが無い高価そうなモノをお持ちになられておりました。……一体どこから持ってこられたのでしょうか?私にも分かるように説明をおねがいします」
そう言って彼女はプラカール(クローゼット)の奥をごそごそと探し始める。
だが、実は他にもプラカールの奥には、本来そこにあるべきでないものである”芸術的価値の高い精巧な彫刻が施された小さな箱”もあったのだが、それについては視界に入らないのか、意識の外なのか、以前からそこにあったという認識なのか、彼女はまったく気に留める事は無かった。やがて、”大きな赤い宝石と金の飾りが付いた杖”と”重厚な金の指輪”を取り出す。
いずれも一目見るだけでかなり高価な一級品だとわかる。とても私達学生が持つような代物ではなかった。
だが、今の彼女に目の前に出されたそれらの品については思い出すことはできなかった。むしろなんでそれがあるのかすら、覚えがないのだ。
私は困惑した様子で答える。
「……いえ……分からないわ……?どうしてこんな物が私の元にあるのか分からないの……。これは一体何なのかしら……?あ、これが”杖”と”指輪”という事はわかるのだけど……」
私が知らないという事は……これはきっと、私の中に眠る彼女がどこかから持ってきた物だということに間違いない……。
その答えを聞いたアンは納得したような、してないようななんともいえない表情をする。彼女はそれについて何も詮索しなかった……というかできなかったのだ。
私の回答を聞いて、アンが何やら難しそうな顔をしていた。
(お嬢様だけではなく、私自身にも何か抜け落ちた記憶があるのでは……?)
暫く黙っていたあと、彼女は別の質問を私に投げかける。
「……分かりました……。あと……もう一つお聞きしたいのですが、お嬢様は明け方にずぶ濡れになって戻られたような様子でした……。何故そんなに濡れていたのでしょう……?雨が降っているのならばバルコニーから早々に室内へ入ってお着替えをなされれば、風邪をひくこともありませんでしたし……」
「それも覚えていないのよ……記憶にあるのは、ベッドの上であなたと話していたら、いきなり嵐の海に浮かぶ船から暗い海に投げだされたように意識が暗転して……」
はっ……!?これは言っても良かったのかしら?私の中に私とは別の意識がいるって事を暗に漏らしてしまった……アンは何かに感づくかしら……?いえ、私でさえ、つい先ほど知った事なのだし、それに証明のしようの無いことだわ?アンがいくら勘が良くてもこれだけでは推測も何もできないわよね?
それを聞いたアンの顔が一瞬強張る。なにか心当たりでもあるのかしら……?
「……これらが盗品でなければ良いのですが。……お嬢様がそんな事をする……いえ、できるとは少しも思ってはおりませんが」
アンはいつもの表情で言い放つ。でも今の私にはそれが空恐ろしく感じるのだった。だけど、私は恐る恐る聞いてみる。
「ねぇ、アン。あなたはどう思う?」
「……と、言いますと?」
「これらの私達の知らない品物がここにあるという事は、これを無くして探してる人がいるかも知れないわよね?アンは一体どんな人物だと思う……?」
「うーん……わかりませんね……。見るからに高そうな品ですし、貴族の方、もしくは財力のある商人の方でしょうか?」
私は続ける。
「……もし仮に、この二つの持ち主が貴族とかじゃなく、犯罪者だとしたら……?もし私がこれを持ってると誰かに知られたら、私、命が狙われるのかもしれないのよね……?これって突飛な考えかしら?」
「いえ……。では、念の為にも一旦、私がプラカールの奥の方へ……ぱっと見では見つけられない所に隠しておきましょう」
アンが強い意志を瞳に宿し、頭を下げる。
「これがここにあるのは……わ、私達二人だけの秘密ね!?」
「かしこまりました。何があろうと秘密は漏らしません」
私はほっと胸を撫で下ろす。
「安心したら眠くなっちゃった。私、少し寝るわ」
「それがよろしいかと。後はお任せ下さい……」
こうして私は目を瞑り、ベッドの中で安静に過ごすのだった……。
◇
夏の柔らかな陽光が海面に煌めきを投げかける中、ポール・ド・リュミエールの港に一隻の巨大な外洋船がゆっくりと入港した。船体は黒と金の華麗な装飾で飾られ、帝国の象徴たる紋章が風にたなびく旗に誇らしげに描かれている。港の住民たちはその豪華な船に目を見張り、ささやき合いながらその到着を見守っていた。
「あれはどこの船だ?」
「お前、あの紋章がみえねーのか!あれはたしか、北のノルデン帝国の紋章じゃねーか?」
「へぇ~……。あれがそうかぁ……でけぇ船だなぁ……」
やがて、船の梯子が降ろされると、帝国の外交交渉官を筆頭にした使節団が船上に姿を現した。彼らは豪奢な衣装に身を包み、威厳ある態度で船を下りてくる。
交渉官は鋭い眼差しで周囲を見渡し、その後ろには数人の護衛と従者が従っている。彼らの顔には、長い歴史と伝統を持つ帝国の誇りが滲み出ており、若いザール王国に対する微かな軽蔑が見て取れた。
「ふん!帝都の港に比べたら雑然としすぎておる!区画整理もまともに出来ておらんのではないか?まぁ、歴史の浅い国ならこの程度であろうよ……」
「左様でございますな、タルコラス特使殿」
二人は視線を上げ、港を見る。
ポール・ド・リュミエールの港は、常に賑わいを見せている。商人たちは商品の積み下ろしに忙しく、船乗りたちは酒場での一時の休息を楽しんでいる。港には様々な香りが漂い、遠くの市場からは商人たちの呼び声が響く。貿易の中心地として栄えるこの港は、活気と豊かさに満ち溢れていた。
見上げると、湾の周辺にそびえる山や丘の中腹に壮麗な城が建っていた。
その石造りの城は、周囲の自然と調和しながらも、確固たる存在感を放っていた。
「あの城は誰の城だったか?」
「あの城は、ザール王国の四大貴族の一つ、アルエット公爵家の城にございます特使殿」
後から降りてきた豪商がいつの間にか側に立ち、解説する。
城は公爵家の威信を象徴し、その高台からは一帯の景色が一望できそうだった。帝国の使節団の中には、この若い国にもこれほどの建築物があるのかと驚く者もいたが、それを口に出す者はいなかった。
「特使殿。たしか王都へ向かわれるのでしたな?では、こちらへ」
「うんむ。良きに計らえ」
使節団一行は、豪商の後についていき、港に待機していた大型船に乗り換えた。
この船は使節団を乗せ、シルヴェーヌ川を遡上するために特別に用意されたものであり、帝国の商人達の期待を一身に受けている。
船に乗り込むと、交渉官たちは甲板に立ち、ゆっくりと流れる景色を眺めながら王都への旅に思いを馳せた。
シルヴェーヌ川は水面が穏やかに流れる美しい大河である。両岸には緑豊かな丘陵地帯が広がり、遠くにはアルエット公爵家の城がそびえ立つ。
川面を滑るように進む船の上で、使節団は寒冷な気候で僅かな収穫しか期待できないやせ細った帝国の畑や作物の風景と比べ、温暖で緑豊かなその風景に目を奪われながらも、自身の帝国に対する誇りを維持するために、使節団の皆はお互いザール王国の歴史の浅さを嘲るしかなかった。
建国140年程という歴史の短さゆえに、ザール王国は帝国の使節団にとって若く未熟な国と映る。しかし、その発展と、時折見える畑にたわわに実り、風に揺られる黄金色の作物の穂達を目の当たりにし、使節団の中には微かな驚きとともに、これからの交渉に向けた緊張感が生じ始めていた。
これから始まる王都への旅路、その先に待ち受ける交渉の行方は未知数であったが、この日の穏やかな陽光は彼らの前途を祝福するかのように、柔らかな光を投げかけていた。
◇
昼を過ぎた頃、学院の鐘の音が辺りに響き渡り、澄み切った青空が広がっていた。アンは専属メイドとしての日課を終わらせると、最近のお嬢様の奇妙な行動に心を悩ませていた。
どこからか持ち帰った杖や指輪、一緒に寝たはずのお嬢様がびしょ濡れでバルコニーに倒れていた事実が、彼女の不信感をさらに募らせていた。
お嬢様がお休みになられた今、手の空いたアンはこの謎……違和感を解くために行動をする決意をした。
寮長に外出届を提出し、一路繁華街へと向かう。
歩きながら、誰に相談しようかと悩んだ彼女の心には二人の顔が浮かんでいた。
一人は「王都のキャメリア男爵家のお屋敷にいる執事」、もう一人は「前に助けてくれた傭兵のオーレッド」。
悩んだ挙句……最終的に、オーレッドの元を訪れることに決めた。
繁華街に向かう途中、アンの心は不安と期待で揺れていた。彼女は彼が贔屓にしていると以前教わった『雲雀の踊り子亭』を目指し、通りを歩き回った。商人たちの声が飛び交う中、アンの目は忙しなく看板や店先を探していた。
広場のような場所に差し掛かると、群衆が集まっていて、その中央に美しい女性神官が立っているのが見えた。彼女の後ろには見習いや神官達が控えていた。
彼女は、その透き通るような声で辻説法をおこなっており、それに耳を傾ける信者達が集まっていた。その女性神官は、優雅な動きと慈愛に満ちた表情で、周囲の人々に語りかけていた。
アンはその神々しい姿に惹かれていき、彼女が後光を放っているような幻覚が見え、その瞬間目が釘付けになり、自然と足が止まった。
アンが見とれていることに気付いた一人の信者が、彼女に優しく声をかけた。
「初めてエルミーユ様をご覧になられたのですね?」
その声にハッとしたアンは、小さく頷いた。信者はにっこりと微笑み、
「せっかくです聖女様……いえ、エルミーユ様にご挨拶なされてはいかがですか?よかったらどうぞこちらへ……」
と言って、アンを神官の元へと案内した。彼女はそれに大人しくついていく。信者に導かれて進むうちに、アンはますます緊張を感じていく。
エルミーユと呼ばれる彼女の周り控えている見習いや神官のうちの一人の所までいくと、その信者は神官と二言、三言言葉を交わす。信者はスッと下がり、代わりに神官が少し待つようにジェスチャーをしてアンをその場に留める。
彼女の説法がひと段落した処で、神官はアンに笑顔を向けると、そのまま案内をしてくれる。
「ささ、どうぞこちらへお越しください。エルミーユ様、この者はあなた様を初めて拝見して心を打たれたそうです。この者のため、なにかお言葉をかけてあげてくださいませ……」
アンは心の中で、この女性に助けを求めるべきか、それともオーレッドを探し続けるべきかを考えながら、一歩一歩を踏み出していた。
「……初めまして。私はエルミーユと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか?」
そう尋ねられて、アンは緊張した面持ちで、
「アンリゼット・ペルーシュと言います……」
と答えた。
「あなたに大地母神テラ・メーラ様の祝福とご加護がありますように……」
アンは返礼とばかりに手を合わせて深々と彼女に礼をする。
「エルミーユ様ありがとうございます……。エルミーユ様、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……えぇ、もちろんですとも。何なりとお尋ねください。私で分かる事であれば答えましょう」
その言葉でアンの気持ちは落ち着いたのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「私は、とある貴族の御令嬢に仕えるメイドをしております。しかし、最近そのお嬢様の行動に不審な点がございまして、それについてお嬢様に聞いても記憶が無いとかで答えてくださらないんです。……時々まるで人が変わってしまったような時もありまして、その時はなぜか私の意識がすぐに途切れて、起きたら朝になってる事があります。一体、お嬢さまについて何が起きているのでしょうか……?」
そう言ってアンは不安そうに彼女を見上げた。すると、エルミーユは少し考えた後、アンに手を差し伸べた。
「それは心配ですね……。ですが、その方にも何か事情があるのでしょう。直接聞き出せないのなら、別の方向から解決を図るというのはどうでしょうか?」
「別の方向……?」
「例えば、占い師の方に見て頂くというのも良いかもしれませんね?この王都には良く当たるという占い師の方がいると信徒の方から聞いたことがあります。もちろん有償だとは思いますが……。そういった方に貴女の心配事を伺ってみるというのはどうでしょう?」
アンはその言葉に頷き、視界が開けた気がした。
「……もし、よろしければ今度その方もお連れくださいね」
優しげな表情で、彼女はアンに語りかける。
「分かりました……。今回はありがとうございます、エルミーユ様」
心から感謝の言葉を口にすると、彼女は微笑みながらこう言った。
「どういたしまして。女神様の思し召しのままに……」
その後、見習いの方が違う信徒の方を連れてきて、私がその場を譲ると彼女はその信徒の悩みを聞き始める。その集団から離れ、私は歩きながら考える。
今日はオーレッド様はどこにいるのだろうか……?
占い師のことも気になるけれど、先にオーレッド様のところへ行ってみようと思う。彼はこの街の事について詳しい。きっとその良く当たるという占い師の事も知っているのではないか?と、アンは内心期待してたのだった―――。
◇
アルメリーの住む女子寮の建物は古風な石造りで、その寮の周りには季節の花々が彩る庭が広がっている。その庭の一角に草むらがあり、その中に何かが落ちていた。
学院に五の鐘(午後15時20分頃)が鳴り終わり、暫く時が過ぎた頃、授業の終わった下級生の二人の女子生徒が、友人が失くした貴重なビジュー(アクセサリー)を探しにこの女子寮の周辺に来ていた。
実は彼女たちもこの寮で生活をしている二人で、中央校舎から帰ってきたばかり。
二人とも短く髪を切り揃えたショートヘアの平民の子である。
片方は栗色の髪を短く切り揃え、元気いっぱいの表情をしている。もう一方の女子生徒は黒髪のショートヘアで、目を細めて周囲を観察している。
「本当にここで失くしたのかな?」
栗色の髪の毛のマガリシーが疑わしげに言った。
「たぶんね。もう一度しっかり探してみよう」
黒髪のレネが真剣な表情で答える。
二人が草むらに目を向けると、そこに見慣れない仮面が落ちているのに気づいた。マガリシーが一歩近づいて、その仮面を見下ろした。
「これ、誰かの落とし物かな?」
マガリシーが問いかける。
「なんか、汚れてるし、気持ち悪いよ。やめとこうよ?」
レネはすぐにためらいを見せた。
だが、マガリシーはその仮面に微かに”力”を感じた気がした。それは十分に彼女の好奇心を刺激した。
それにこんな所に落ちている仮面。一体どこからだろう?
寮の上の方を見る。上には各部屋からバルコニーが出っ張り、連なっていた。
上から落ちてきた物だったりして……?
上階に行くほど、親の爵位の高い令嬢が暮らしているのだ。
その推測がさらにマガリシーの興味を引き、その仮面に手を伸ばす。
仮面に触れたその瞬間、彼女は驚きの表情を浮かべた。
「待って!?これ、何か魔力を感じる……この仮面ってちょっと安っぽいけど、ただの代物じゃないかも?もしかしたら、魔道具ってやつかも……まぁ、こんな所に落ちてるんだから、まさか魔導遺物……なんて事はないわよねぇ~?あははっ!」
マガリシーはそう言うと、仮面を手に取り、自分の顔にかけようとする。
「ねー、止めとこうよー?」
レネは彼女に対し、一応止めるように声を掛ける。
「ちょっとだけ、先っちょだけだから……」
そういって、マガリシーはそのまま自分の顔に仮面をかけてしまう。
すると魔法の光が瞬く間に髪の毛と顔を覆い、マガリシーの髪の色が菫色に変わり、短かった髪が急速に伸び始め、唇に艶やかな菫色の口紅が施される。レネはその光景に目を見張り、驚愕の声を上げた。
「マガリシー、大丈夫!?」
「え?レネ、一体何が起きてるの!?」
「貴女の髪の色が菫色になって、髪の毛がすごく伸びているわ!?口紅だってついてるの!」
マガリシーは最初こそ驚いていたが、次第に面白がり始めた。
「これ、すごいおもしろい!レネ、あんたも試してみなよ!?」
レネはためらいながらも好奇心に勝てず、仮面を受け取って自分の顔にかけた。すると、レネの髪も変色し、長く美しい髪になり、唇も同様の菫色に変わった。
「これ、すごくない?魔道具なら、高く売れるかも!?」
マガリシーが笑いながら言った。
「うん、確かに。でも、ちょっと怖いね。……教官に届けた方が、良くない?」
レネも困ったように笑いながら同意した。
「えーでも、学院にある物なら、危険な物ではないわよね?それにさー、せっかく私達が見つけたのよ?なら、もうこれは私達の物じゃない?」
彼女はレネの伸びた髪に触ろうとする。
「あっ!?何この髪、伸びた所さわれないの!?これ、幻術ってやつかな?あははっ!おもしろーい!それに、良く見たら仮面の奥のレネの目の周りアイシャドウとかすごい、口紅だけじゃないんだー!?ぱっと見、貴女だとわかんないよー?あははは!」
その後も二人は、お互い交互に仮面をつけ合う。その度に変わる姿に二人は夢中になり、友人のビジューを探すことをすっかり忘れてしまっていた。
結局彼女達はそのまま興奮冷めやらぬ状態で仮面を懐に仕舞って持ち去ってしまい、自分達の寮の部屋へと戻ってしまったのだった。
◇
大神殿の夕方を知らせる鐘が街に鳴り響くころ、”ファイエルブレーズ”の仲間達は、前日の襲撃で亡くなった仲間達の葬儀を行うために、”工房”や”溜まり場”から少し離れた空き地に集まった。そこに幾つかの大きな穴が掘られ、その穴の側に簡素な木の棺が並んでいる。
静寂の中で手を合わせ皆、思い思いの祈りを捧げる。
祈りを終えた頭領のバルナタンがゆっくりと前に立ち、重い口調で語り始めた。
「……昨日、俺達はガスパールを始めとする尊い仲間達を失った。しかし、彼らの死は無駄にはならない!俺達は彼らの遺志を継ぎ、前進しなければならない……!」
綺麗な法衣を着て偉そうな説法をする神官は俺らには必要ない。だから、端から呼んでいない。それにこんな薄汚れた貧民窟まで来るような、物好きな神官はそもそもいないだろう。だから、ただ、皆が揃って俺達の為に散った仲間の為に黙祷を捧げる。
仲間の中のガタイのいい連中が数人で一つの棺を持ち上げ、静かに掘った穴の中に入れていく。全ての棺が穴の底に安置されると、先日保護を求めて来た年端もいかぬ幼い子達が、”工房”の近くで咲いていた花を摘み集めた物を、それをそれぞれの棺の上に投げ入れていく。
その後、一人づつ、棺に土をかけては次の者に交代してゆく。
ギャブリスと、その弟分や元”ドン・ブ・リガーズ”の仲間達の棺の穴の周りには、彼らの元部下達が集まり、皆涙を流していた。
葬儀が終わると、一度”工房”へ皆を集める。
そこでバルナタンは、生き残った者に論功行賞を行うと宣言する。
彼は腹の底から声を張り上げる!
「これから、我々の集団を再編成し、さらなる戦力に整え直す!俺はまず、『ファイエルブレーズ』を五班に分けるつもりだ。どの班に誰が所属するのか、それは後で班長になった者と相談して決める。その後、一覧にして皆にも回す。皆、承知しておいてくれ。それでは、各班のリーダーを発表していく!」
バルナタンは仲間達を前に、黒装束の連中との戦闘で生き残ったオーレッドの稽古を受けた四人をまず指名した。そして五班それぞれの班長の名前を順に読み上げていく。
「第一班の班長は俺、バルナタンがやる。副長にグラシアンを任命する!」
バルナタンが一人目を指差した。
グラシアンは一歩前に出て、敬礼をした。
「第二班の班長には、モーリストを任命する!」
モーリストも前に出て、同じく敬礼をして親指を立てる。
「第三班の班長には、ブレソールを任命する!」
ブレソールも前に出て、敬意を示し胸を張る。
「第四班の班長には、リュシェルを任命する!」
リュシェルも同様に前に出て、敬礼をして髪の毛を掻き上げる。
「第一班から第四班までは主に最前線での戦闘を受け持つのが任務になるだろう。危険と隣り合わせだがウチの主力、花形になるだろう!……そして第五班は、戦闘で傷ついたの仲間回収及び救助、各種連絡、物資の管理に調達などの兵站を専門に行う班だ。デュドニー、お前に第五班を任せる!副長にカルクールをつける!裏方で地味に感じるかもしれない。だが、これも『ファイエルブレーズ』にとって大事な仕事だ!」
デュドニーは前に出て、落ち着いた表情で敬礼をした。
カルクールも前に出て、深々とお辞儀をする。
バルナタンは手持ちの巾着袋から五トロン銀貨を2枚取り出し、各班のリーダーにそれぞれ手渡す。
「これは俺からの班長就任祝いだ。少々少ないかも知れないが受け取ってくれ。これは俺の身銭を切ってるからな?何に使ってもいいが、無駄遣いだけはしないでくれよ?はははっ!お前達、これからも『ファイエルブレーズ』をしっかりと支えてくれ!」
グラシアン、モーリスト、ブレソール、リュシェル、そしてデュドニーとカルクールは、それぞれ感謝の気持ちを込め、銀貨を受け取った。
バルナタンは皆に向かって強く言い放つ。
「これからも厳しい戦いが待っているだろう……しかし、我々は団結し、仲間たちの遺志を胸に戦い続ける。『ファイエルブレーズ』の名に恥じぬよう、共に進むぞ!」
その言葉に、全員が力強く頷き、新たな決意を胸に前進するための準備を始めるのだった。
◇
エルミーユと別れた後、アンは一路、繁華街にある『雲雀の踊り子亭』を目指す。
アンはそこそこ賑わっている繁華街の大通りでふと足を止める。
先ほど大神殿の鐘の音が響いていたので、今の時刻は四時過ぎ辺りだろうか?もう一時間もすれば夕食の買い出しをする客も増えて来るのだろう。
暫く歩くと、やがて『雲雀の踊り子亭』に到着した。入口には古風な看板があり、その看板には明るい文字で『雲雀の踊り子亭』と書かれているので、ここで間違いはないと思う。
繁華街の表通りに位置するその居酒屋は繁盛しているようで、暖かく活気溢れる様子を見せていた。
その酒場の扉を開けると、調理中の香ばしい料理の匂いが漂い、客たちの笑い声や歓声が混ざり合って流れ聞こえてくる。
店内のテーブル席やカウンターには、地元の農民や商人、冒険者達といった様々な客が集まっている。各テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。
アンは店内に入ってきょろきょろと見回す。だが、どこにもお目当ての人物はいなかった。
仕方なく、そのままカウンターに向かう。
アンはカウンターに行くと、早速料理を作ってる男性に声をかけた。
「すみません。ちょっと人を探してるんですが、オーレッドさんという方はご存知でしょうか?」
アンの言葉を聞いた料理人は作業の手を止めて振り返った。
「ああ!オーレッドさんかい?あの人は面白れーし、ウチにも良く来てくれるんで良く知ってるぜ?」
そう言って嬉しそうに料理人は顔をほころばせる。
「はい。実はその、ここに来ればオーレッド様に会えるかな……と思って来たのですが、こちらには来られていないですか?」
「残念だったなー、お嬢ちゃん。今週はずっとオーレッドさんの姿は見てねえんだよ……ウチとしても来てくれると嬉しいんだがなー……」
申し訳なさそうに頭を掻く料理人。
どうやらここ最近は、オーレッドはこの店に来ていないようだ。
アンは残念そうに肩を落とす。
「いえ、こちらこそいきなり失礼しました……。すみません、今日はいらっしゃらないみたいなので帰ります。また今度、お料理食べにきますね」
「おう、そんときはよろしくな!腕を振るうぜ!」
アンはペコリとお辞儀をすると、そのままお店を出ようとする。その時、お店の外で何か騒ぎが起こっているのか、大きな声が聞こえてきた。
何の騒ぎでしょうか……?酔っ払い同士の喧嘩?
何となく気になったアンは、そのまま店を出て声のする方へ足を向ける。
そこには大勢の人が集まっていた。何人かの衛兵もいるみたいだ。野次馬達も集まりだしていてちょっとした騒動になっている。
人混みをかき分けて前に出て、その先を見てみると……そこで、一人の女性が集まった衛兵に保護されていた。
女性は最初は怯えていたが、少し安堵の表情を浮かべていた。彼女の目の前には背筋のピンと伸びた一人の老紳士と、その周りを取り囲むように倒れこんでいる男達の姿があった。
男達はすぐには立ち上がれそうになさそうだ。かなり酔っているのだろうか?それともただ眠っているだけなのだろうか? 倒れて動かない者達と比べて、老紳士は優雅に服についた埃を払っている。彼の方は見たところ、全くの無傷だった。おそらく彼女が無事なのは、この老紳士のお陰なのだろう。
それにしても……この人、凄いですね。一人であのならず者達を全員倒したのでしょうか?
彼女は改めて老紳士を観察する。老紳士もこちらを見て何か気が付いたのか、声を掛けてくる。
「おやおや、これはアンではないですか。今日は一人で繁華街へ?」
「セルジャン様!?」
温厚そうな笑顔を向ける老紳士。彼はお嬢様のキャメリア家の王都にある屋敷を維持管理している老執事であった。
「ところで、一体何があったのです?」
アンは改めて彼に詳細を伺う。するとセルジャンは簡潔に説明してくれた。
「そこの衛兵に保護されている彼女が、数人の暴漢に襲われている所に私が出くわしましてな……。ちょっと彼らを撫でてあげたら地面に延びてしまってな……?年甲斐もなく激しく動いてしまったので、体の節々が少々悲鳴をあげてますな……ふふふ」
ニコニコと笑顔を浮かべている老執事。
「まぁ、でもこうして彼女が無事だったのですから、良いではありませんか」
「そ、そうですね……」
周りでは衛兵達が暴漢達を縄で縛り上げ、連行しようと作業を開始していた。
「あ、そうです!私、これからセルジャン様の所にお邪魔しようと思っていたのです。良い所で会う事が出来ました!聞きたいことがあるのです!」
それを聞いた老紳士も嬉しそうに微笑む。
「……それなら、どこか近くのお店にでも入ってお話を聞きましょうか。私の奢りです。立ち話は老骨にはちと厳しいですからな?」
「そういうことでしたら、ごちそうになります、セルジャン様」
二人は近くのお店に入るとテーブル席に座る。そして飲み物を注文する。暫くして給仕によって運んでこられた飲み物を飲んでひと段落ついた頃、老執事が話を切り出す。
「ところで、私にお話があるとの事でしたが、どういった用件でしたかな?」
話を聞こうとするセルジャン。
「実は、お嬢様の様子が、ここ最近おかしい気がするのです……。お嬢様に話を聞いても記憶にないと言われるので……。誰かに相談しようと繁華街の方へ来たのです」
「なるほど……」
「それで先ほど、繁華街を歩いていたら街の広場で説法をされていた女性神官がいらしていたので、その方にお嬢様の事を尋ねてみました」
老執事は頷きながら、先を話す様に促す。
「そうしたら、彼女は『その方にも何か事情があるのでしょう。直接聞き出せないのなら、別の方向から解決を図るというのはどうでしょうか?』と、要は占い師に見て貰うのも良いのでは?と言われたもので、もし、セルジャン様が良く当たる占い師について何かご存知でしたら教えて欲しいと思いまして……」
「……成程、そういう事ですか。しかし、その様な占い師については残念ながらわかりませんな……。私も普段はお屋敷の維持管理等で屋敷の中にこもりがちであるからな。外出するとしても週に一、二度ほど消耗品や食料など、何かが必要になった時に出かけるぐらいしかない……。そうですね、贔屓にさせて貰っているお店に行くついでに店主から噂話など聞いておくとしよう。だが、あまり期待はしないようにな……?」
「そうですか、セルジャン様にも今は心当たりは無いのですね……それと、お心遣いありがとうございます」
座ったまま礼をするアン。それを見た彼も微笑んでくれたのだった。
「……セルジャン様。この後私は、繁華街の別の所を探してみることにします。本日はごちそうさまでした」
席から立ち上がり、老執事にカーテシーをして、アンは店を後にする。
その後、大神殿の五時を報せる鐘の音が街に響くまで、アンは繁華街を当てもなく探すのであった。
◇
月の光が闇を薄く照らす夜、伯爵の館の一室には緊張感が漂っていた。
『死神の鴉』の暗殺者達が静かに集まり、伯爵への報告の準備を整えている。
彼らの黒い装束が、室内の蝋燭の光に浮かび上がり、不気味な影を作り出していた。
暗殺者達は、子爵の館での”魔女”との邂逅の際に、彼女自らが魔法の首輪を我らの首につけている事を披露し、我々は魔女から逃れられない事を悟った。
子爵邸で”魔女”との戦闘を凌いだ後、魔女はどういう訳か我々に対し興味を失ったのか、子爵の方を追いかけて行った。我々はその隙に子爵邸から脱出したが、その後首輪を頼りに居場所を探り当てられ、襲われるかどうか確認するために一日様子を見る事にしたのだった。
しかし、警戒していた魔女の襲撃も無く、何の動きすら無かった為、その後、子爵がどうなったのか確認するため、昼間、少数の人員を子爵の館に派遣した。
派遣した者達が焼け落ちた屋敷を確認し、子爵の遺体は確認できなかった等々の情報を持ち帰ってきた。
その後、意を決して伯爵への報告に向かうのだった。
優雅な装飾が施された高い石造りの壁に囲まれた、とある貴族の古い邸宅。その外観は、重厚で不気味な雰囲気を醸し出していた。夜になると尖塔から漏れる灯りが、暗闇に浮かび上がる。
その邸宅の一室で、暗殺者達は伯爵の前に跪き、深々と頭を垂れていた。
『死神の鴉』長が静かに口を開き、報告を始めた。
「……伯爵様、我々は二度、魔女と交戦致しました。一度目の交戦ではその魔女が操る魔法により多くの者が負傷し、魔女が呼び出した魔物にその負傷者達の命が奪われてしまいました。二度目は子爵邸で魔女と交戦を行いました。魔女はその交戦の後、どういう訳か、我々に対する興味を失った為、我々は子爵邸から撤退致しました。部下の話によると魔女は二階に逃げた子爵を追ったそうです。その後、時間を開けたのち、子爵邸の様子を確認するため、我が手の者を子爵の館に派遣しました。その者が手に入れた情報によると、子爵邸は全焼していたそうです。離れにいた使用人達は無事だったようですが、その館跡には我々が子爵様にお会いした部屋に焼死体が一体、主である子爵様の遺体は未だ発見されておらぬそうです」
伯爵は重々しく頷き、その報告を受け止めた。
『死神の鴉』の長は続けた。
「伯爵様、『ファイエルブレーズ』の魔女は激しい雨が降る中、子爵邸を全焼させました。我らも最初に対峙した時に半数を失っております。……”灼熱の魔女”は非常に強力であり、我々にとっても大きな脅威なりましょう。これ以上、魔女との対峙を行うのは非常に危険を伴うと愚考いたします。どうか手をお引きいただけないでしょうか?」
伯爵の表情は険しいが、長の言葉には理解を示す。
「それに、我々が伯爵様の側にいると、伯爵様に魔女による危害が及ぶ可能性があります……」
長は慎重に言葉を選びながら続けた。
「……ですので、我々は一旦共和国の方に身を隠し、向こうで”力”をつけ、また戻ってまいりますッ!」
伯爵はしばし黙考し、深いため息をついた後、静かに答えた。
「お前たちの判断は正しいのであろうよ……。だが、無事に戻るのだぞ?行け、『死神の鴉』よ」
暗殺者達は、伯爵の許しを得て、再び頭を垂れた。
「感謝いたします伯爵様。必ずや、強力な”組織”を手に入れて戻ってまいります!!」
その言葉を最後に、暗殺者たちは静かに部屋を後にし、闇夜に溶け込むように消えていった。伯爵はその背中を見送りながら、再び深い思索に沈んだ。
静まり返った城の中で、伯爵の決断と決意が、夜の闇に刻まれていくのであった―――。
◇
アンはここ数日、お嬢様がお部屋でお休みになった後、占い師を探しに王都の繁華街を歩き回っていた。
現在の時刻は午後四時頃だろうか?少し前に大神殿の時刻を報せる鐘の音が街に響いていた。
占い師の足跡を追い続けるも成果はなく、疲れた体を癒すために彼女は賑やかな繁華街の一角にある茶屋に足を踏み入れた。
陽光が優しく店内を照らし、そこには温かな空気が満ちていた。
茶屋の中は常連客たちの笑い声と話し声で賑わっていた。木製のテーブルや椅子が並び、壁には古びた絵画や地図が飾られている。
香ばしいお茶の香りが漂い、アンはホッと一息つける場所を見つけたと感じ、少し嬉しくなった。彼女は空いている席に腰を下ろし、注文を済ませると周囲の会話に耳を傾ける。
常連客たちの話題は多岐にわたり、商売の話や最近の噂話が飛び交っていた。その中で、アンの耳に”占い師”という言葉が引っかかった。彼女は一瞬耳を澄ませ、話し手の方に目を向けた。
「この間の占い、よく当たったよ。あの占い師、本当にすごいよな!?」
「そうだな、でも最近はなかなか見かけないんだよなー」
アンは意を決して話し手の一人に声をかけた。
「すみません、その占い師について教えていただけませんか?」
常連客たちは一瞬驚いたが、親しげな笑顔を浮かべて答えた。
「ああ、あの占い師の事か。確かに良く当たると評判の占い師がいるんだが、最近はあまり姿を見ないよな?」
「でも、彼女がよく占いをしてる場所は知ってるよ?」
と、別の常連客が続けて話す。
「中央広場の近くにある大きな木の下で占いのブースを設置してるのを、前はよく見かけたもんだよ。少し涼しくなる夕方辺りに行ってごらん。もしかしたら占いをしているかもしれないよ?」
アンは感謝の意を込めて微笑みながら、
「ありがとうございます。本当に助かります!」
と、常連客達に礼を言うと席に戻り、一口飲み物を飲む。
常連客の話では夕方辺りに占い師は出没することがあるらしい。それなら今から急いで現場にいっても肝心の”占い師”がいない可能性がある。
そこでもう一杯、飲み物を追加で頼む。それが運ばれてくると、できるだけゆっくりと優雅に時間をかけて飲み干し、茶屋を後にした。
再び繁華街の喧騒の中に戻り、彼女は教えてもらった場所へと向かうのだった。
彼女の足は軽やかだった。中央広場に向かう道すがら、「今日こそは会えるかも!?」と、アンの心には希望が芽生えていた。その場所に向かう彼女の背中には、疲れが軽く吹き飛んだような期待に満ちた力がみなぎっていた。
アンは先ほど茶屋で聞いた情報を頼りに、中央広場の近くにある大きな木の下を目指していた。夕方の陽射しが柔らかく差し、広場には賑わいが溢れている。
人々の間を抜け、ついに目的の場所に辿り着くと、大きな木の木陰に占い師らしき人物がブースを設置していた。
占い師は華やかな布地で囲まれた小さなブースの中に座り、その前のテーブルの上には占い道具が整然と並んでいる。すでに数人の客が列を作り、それぞれ順番を待っている。
アンは少し緊張しながらも、その列の最後尾に並ぶ。
待っている間、アンは他の客の様子を観察していた。占って貰ったある若い女性は涙を流しながら去り、別の男は満足そうな笑みを浮かべて立ち去った。
占い師の言葉が人々にどれほどの影響を与えているかを見て、アンは期待と不安が心の中で交錯するのだった。
そして、ついにアンの順番が来た。彼女は深呼吸をしてから占い師の前に座った。
占い師は年配の女性で、鋭い目と優雅な動作が印象的だった。
アンはまず、心配だった費用の事を聞く事にした。良く当たるという噂から、もしかして法外な料金が請求されるかもしれない、という不安があったからだった。
「まず、料金についてお伺いしたいのですが?」
とアンが尋ねると、占い師は微笑みながら答えた。
「料金は一回の占いで銀貨2枚です。お代は後で結構です、まずは質問をどうぞ?」
それを聞いてアンは内心安心すると銀貨2枚を取り出してテーブルに置くと、次の心に決めていた質問を投げかけた。
「……私の仕えているお嬢様の様子が、最近おかしいのです。……お嬢様に何かあるのでしょうか?」
占い師は目を閉じ、アンを安心させるように大らかに手を広げた。
「占いに必要になりますので、よければそのお嬢様のお名前を教えていただけますか?」
アンは最初戸惑っていたが、やがてポツリポツリと話だす。
「……私が仕えているお嬢様の名前はアルメリー様といいます。『アルメリー・キャメリア・ベルフォール』というお名前です……」
お嬢様の名前を話すと、占い師は水晶に手を翳し、占いを始める。
「……重なり合う影が揺らめいています。光と闇の狭間に漂い、一つは馴染みの中に溶け込み、もう一つは深淵に消えています。波のように姿を変え、太陽と月が空に舞うように、影が交錯し、何かが……見えない力が……動いているようです……」
アンは少し緊張しながらも、二つ目、……最後の質問を口にする。
「夜、お嬢様と一緒にいる時、時々記憶が曖昧でハッキリしないことがあるんです……。私自身に、何かをされているのでしょうか?」
占い師は深く目を閉じ、しばらくの間静かに水晶から何かを感じ取るように手を広げた。そして、ゆっくりと語り始めた。
「……あなたの周りには、ぼんやりとした霧が漂っているように見えます。暗き影が時折その霧を撫で、微かに囁くように響いています。霧の中では、無形の力が働き、あなたの思考に影響を与え、心の奥深くに揺らぎを生じさせています。目に見えない糸のようなものが、あなたの影を編み込んで真実を揺さぶり、意識の流れを変えているのかもしれません……」
アンは占い師の言葉が抽象的でその意味を半分も理解できなかったが、その言葉からは深い洞察と神秘性を感じたのだった。
残りの料金を払うと、彼女はその言葉を胸に刻み、深くお辞儀をしてそのブースを後にした。
彼女は力強い足取りで、お嬢様の待つ学院の寮に戻って行くのだった。
◇
シルヴェーヌ川を遡上して約1週間、帝国の使節団を乗せた大型船がついにザール王国の王都の港に近づいてきた。川沿いには、緑豊かな木々と小さな村々が点在し、風景が徐々に王都の雰囲気へと変わっていく。川幅が広がり、城壁が見えてくると、船内の空気が一層引き締まった。
船長は甲板に出て、甲高い声で命令を飛ばした。
「皆、接岸準備に入れ!」
船員たちは素早く動き出し、錨の準備や帆を畳む作業に取り掛かった。甲板では、護衛兵たちが武器を点検し、外交交渉官達はローブの襟を整え、船から降りる準備を整える。
船がゆっくりと港に近づくと、ザール王国の王都の全景が見えてきた。広々とした港には、大小様々な船が停泊しており、活気に満ちていた。
商人たちが声を張り上げて取引を行い、労働者たちが荷物を運ぶ姿が見える。港の背後には、遠くに見える壮麗な城と手前に市街地が広がっており、石畳の道が迷路のように続いていた。
「投錨!」
船長の号令で、重々しい錨が水面に投げ込まれ、大型船がゆっくりと停泊位置に固定された。
船員たちは素早く舷梯を降ろし、甲板にいた使節団が舷梯に近づく。
船の接岸が完了すると、船内の騒音は次第に収まり、代わりに港の喧騒が耳に入ってきた。
金糸で縫われた豪華なローブをまとった外交交渉官が、最初に威厳を持って舷梯を降りてきた。
彼の後ろには護衛兵や補佐官たちが続き、一行は港の石畳に足をつけた。石畳は日中の太陽に温められ、暖かい感触が彼らの靴越しに伝わってきた。
港には、帝国の幾つかある商会の中から使節団の宿泊先に選ばれたモーガス商会が、早船の連絡で一足先に使節団が到着する事を知っていたので、ザール王国での商売を任されて赴任している商会長の息子が、使節団を迎える為に部下達と共に、朝からその到着を待っていた。
帝国の使節団は周囲の活気に溢れた光景を観察する。
商人や労働者たちが忙しそうに働いている中、帝国の使節団はゆっくりと石畳を踏みしめる。
外交交渉官のタルコラスは、港の風景を見渡すと鼻で笑いながら、一瞬立ち止まり、同行の使節団の一人に向かって皮肉を込めた声で言った。
「ふむ、これがザール王国の王都か。帝国の帝都の荘厳さには遠く及ばないな?」
「……新興国としては中々の発展ぶりの都市だとは思いますが、左様、仰る通りででございますな」
その言葉に、護衛兵や補佐官たちは同意するように頷き、静かな笑い声を上げた。彼らの顔には、帝国に対する誇りと、ザール王国に対する軽蔑がはっきりと浮かんでいた。
「ようこそおいでくださいました。お初にお目にかかります、タルコラス特使殿。我々モーガス商会一同、特使殿の到着を首を長くしてお待ちしておりました」
一同は、一斉に深々と礼をする。
外交交渉官はそれを見て満足げに微笑む。
「特使殿。長旅、さぞお疲れでしたでしょう?まずは私共の商館の宿泊施設に荷物を下ろし、ゆっくりと羽根を伸ばし、疲れを癒されては如何ですかな?」
「うんむ。確かにそうであるな?」
「皆様が乗るための馬車を用意しております。ささ、こちらへ……」
「うんむ。大儀である」
帝国の交渉官の背中を見つめる港の労働者たちは、帝国の使節団の傲慢さに戸惑い辟易しながらも、すぐに視線を戻して目の前の仕事を再開する。
そんな視線を知ってか知らずか、帝国の使節団一行は、商会の用意した馬車に次々乗り込んでゆく。使節団の皆が乗り込み終わると、ゆっくりと馬車が出発し、揺られながら港を後にするのだった。




