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令嬢は嗤う  作者: バーン
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逆襲

王都の貴族の館が立ち並ぶその地区は静寂に包まれていた。石畳の道が整然と続き、街灯の温かな光が柔らかく辺りを照らしている。


その光が、見上げるほどの豪奢な館を浮かび上がらせていた。そこはタヴィエ子爵の館であった。

最初に目につくものは堂々とした門構えであり、それが訪れる者を威圧する。

高い石壁に囲まれた敷地に入ると、そこまで広くはないが美しい庭園があり、手入れの行き届いた樹木や花々が夜風に揺れている。

中央には噴水があり、月明かりに照らされて煌めく水滴が優雅に舞い踊っていた。


館は周りの建物より少し低い二階建ての建物ではあるが、訪問者に思わず嫌味を感じさせるほどの華美な造りをした建築物であった。

館の正面には、二階まで届く大きなアーチ型の窓があり、内部から漏れ出る暖かな光が外の暗闇を照らし出している。 その光の中で揺れるシャンデリアの影が、豪華さを一層際立たせる。窓辺には美しい刺繍のカーテンが垂れ下がり、豪華な室内をほのかに覗かせていた。


門の両側には、常に警戒を怠らない衛兵が立っており、その鋭い眼差しはまるで訪れる者を拒むかのようだ。 衛兵たちは鎧を身にまとい、手には槍を携えている。その姿は、この館がただの住居ではなく、権威と力の象徴であることを示していた。


”影の手”の者たちは、その視線を避けるように、塀の影を縫って進む。 彼らは子爵邸の裏手にある隠し入口へと向かい、その存在を知る者だけが通ることを許される門へと到達する。隠し入口は蔦に覆われた小さな扉で、一見するとただの装飾にしか見えない。


長は手早く鍵を開け、仲間たちと共に静かに館内へと忍び込んだ。足音をたてないよう、細心の注意を払って屋敷の裏手に進んでいく。


長の合図に一行は立ち止まり、目の前の重厚な木製の扉を見上げた。そして、懐から取り出した細い鎖を取り出し、首にかけてある鍵をつかんだ。鎖の鍵穴へそれを入れ回すと、かちりと音を立てて錠が外れた。扉はぎしぎしと軋みながら、ゆっくりと開いていく。


夜の静寂が支配する子爵邸の裏手にある、とある一室。厚いカーテンに遮られた窓からは、わずかな月明かりも差し込まない。室内は漆黒の闇に包まれ、その中でただ一人、下男が照明を手に持ち待機していた。


下男の手元には、古風なランテルヌが揺れている。

真鍮で作られた堅牢なランテルヌは、内部に蝋燭が灯されており、ガラス窓越しに柔らかな光が漏れ出している。その光は、下男の顔を照らし出し、部屋の隅々に影を踊らせていた。


「へへっ。お待ちしておりやした……」


下男は深く一礼しながら、ランテルヌを高く掲げて”影の手”達を迎える。淡い光が暗い部屋の中を浮かび上がらせる。質素な室内にはこれと言った家具は置かれていない。


ランテルヌの揺れる光が、静かに彼らを照らし出し、その影を際立たせる。


「では、あっしは皆様方の来訪を上の者に伝えてきますので、ここで暫くお待ち下せえ……」


下男の言葉に、闇の中に立つ暗い色合いの衣を纏う集団が一斉にうなずいた。

下男はそう告げるとこの部屋から退室する。

”影の手”の者達は、顔を半ば隠していたスカーフを引き下げ、顔を露出させて静かに待つ。


暫くすると、ランテルヌを持った執事が室内へ入ってくる。


彼の髪は、丁寧に撫でつけられ、額から後ろへときっちりと整えられている。黒い髪は銀糸のような白髪がところどころに混じり、経験と歳月を感じさせる。

端正な顔立ちは鋭い眼差しを持ち、深い皺が眉間に刻まれている。その皺は、長年にわたり邸宅を切り盛りしてきた証であり、貴族の要求に常に応え続けてきた苦労を物語っていた。


身に纏う服装は一分の乱れもない黒い燕尾服。白いシャツの襟元には、洗練されたソワのネクタイが結ばれており、細部にまで気を配るその姿勢がうかがえる。

背筋は真っ直ぐに伸び、その立ち居振る舞いはどこか軍人のような厳格さを感じさせ、その鋭い眼差しは一瞬で周囲を静寂に包む。


”影の手”の者達は彼の姿を見ると一斉に動く。床に片膝を付き、軽く頭を垂れる。執事はその姿を見ると静かに語り掛けた。


「……ギリギリ、と言った所です。報告が本日でよろしゅうございました。あと一日遅ければ子爵様もお怒りだったことでしょう」


そう言いながら執事は分厚い木の扉を音を立てずに開き、その扉の向こうに控えていた人物を招いた。


子爵は明るく照らされた廊下に立っていた。その姿には、貴族特有の優雅さと傲慢さがにじみ出ていた。彼は堂々とした態度で室内に控える”影の手”の者達の前まで進む。


彼の髪は短く整えられ、年齢を感じさせる白髪が混じる。髪はいつも完璧に整えられており、威厳を保っていた。顔立ちはふくよかだが、切れ長の目は常に冷徹な光を帯びていて、高い頬骨とへの字にきつく結ばれた薄い唇が、彼の内面にある無慈悲さを表していた。


服装はダークブルーの高級なヴルール(表面が緻密な、けばのある織物)で仕立てられたヴェストに、白いシュミーズ(男性用シャツ)。ヴェストには、金の刺繍が施され、その富を誇示している。白いソワのシュミーズの袖には繊細なレースとマンシェット(カフス)が見える。彼の手には重厚な金の指輪が、執事の持つランテルヌの淡い光を受けて柔らかな輝きを帯び、それぞれが彼の地位と財力を象徴していた。


子爵の貴族としての贅沢な食生活が、そのままみっちりとした肉体に現れていた。だが、その背筋はまっすぐに伸びており、堂々とした姿勢が貴族としての風格を漂わせている。彼の右手には柄の頭部分に大きな赤い宝石があしらわれ、金の飾りがついた杖が握られている。


「ご苦労だったな……”影の手”の者達よ。挨拶は良い。早速報告を聞こうか……」


子爵の声には一切の感情が感じられない冷淡なもの。だが、その声は低くよく通り、部屋全体に響いていく。

彼の足元にいる”影の手”達は執事が入室した時より深く頭を垂れ、そのまま身動き一つしない。その中で長は報告を始める。


「貧民窟を四つの区域に分け、それぞれの区域を調査をしてまいりました。その為報告が遅くなり申し訳ありません」

「良い……許す。報告を続けよ……」


子爵は口元に笑みを浮かべ、続きを促す。


「は。最初、我々は事前に入手した巷の『ファイエルブレーズは反社会組織エクリプスノワールの下部組織を一つ潰して反目している』と言う噂話を元に判断し、エクリプスノワールが支配下に置いている北区域の調査を最後に回しましたが、結局その噂は根も葉も無いただの流言であると判断致しました」


子爵は鷹揚に頷き、”影の手”の長に続きを促す。


「……最後に回した北区の調査中に、我々は割と新しい手書きの地図を発見いたしました。その地図を良く確認すると、そこには()()()()()()()が書かれていました。我々はその二文字が『ファイエルブレーズ』の頭文字ではないかとの推測をし、さらにその地図には文字が書き記された()()()()()()()()()が引かれており、その矢印が示す目的地が書かれた場所が、部下の調査した建物の位置と大まかに合致していたため、確認の為に現地へと調査に赴きました。するとそこには『どこにでもありそうな大きめの飲食店、もしくは倉庫だったと思しき建物』がありました。ですがその建物は、貧民窟にある建物にしては割としっかりとした造りの建物で、二階の窓には人影が見えました。大方、北区域の治安が悪くなっている為、周辺を監視していたのでしょう。我々の『推測』がここで『確信』に変わりました。その為、北区域の調査をそこで打ち切り、急ぎ報告にまいりました。奴らの拠点は()()でまず間違い無いでしょう」


その報告を聞いた子爵は満面の笑みを浮かべ、両手を広げて、興奮を抑えきれないように声高々に笑う。まるで舞台俳優のような大げさな身振りだ。そして喜びを隠し切れないような声色で彼らに語りかける。


「フハハハハハ!お前達よくぞ突き止めた!!褒美をとらすぞ!」


興奮した様子でそう叫ぶ彼は、執事に顎で合図をだす。すると、執事は懐から重そうな革製の小袋を取り出す。執事は手に持ったそれを、”影の手”の長に手渡した。


長は縛られた袋の口を開き、受け取った袋の中身を確認する。

”影の手”の長は、子爵から予想以上の金額の硬貨が詰まった革袋を受け取ると、その瞳には喜びが宿ったようで、微かに満足げな表情を浮かべた。


その様子を子爵は満足そうに眺めている。

”影の手”の長はゆっくりと立ち上がると恭しく頭を下げた後、


「閣下、ありがとうございます。また、何かありましたらお呼び下さい。では、我々はこれにて……」


長がそう言い終わると彼らは一斉に立ち上がり、恭しく頭を下げた後、そこから退室していった。


「フフフ……明日から少々忙しくなるぞ?」


と言いながら子爵は執事の方に向く。


「かしこまりました」


恭しく礼をする執事。子爵は不敵で気味の悪い笑みを浮かべて高笑いする。笑い声が屋敷中に高らかと響き渡るのだった。



                  ◇



九月二十八日 日曜(ディマンシュ)


朝の陽光が王都に立ち並ぶの貴族の館を優しく照らす。

子爵邸の堂々とした門構えがその陽光を浴びて黄金色に輝き出す。門の両側には、鋭い目を光らせた衛兵が通りすがりの者に威圧感を与えていた。


高い石壁に囲まれた敷地内では、夜露に濡れた庭園の花々が朝の光を受けて一層鮮やかに色づいている。美しく手入れされた庭園には、鳥のさえずりが響き渡り、朝の静寂を和らげていた。


二階建ての館は、朝日を受けてその華美な装飾が一層際立ち、見た者の目を引く事だろう。館の正面にある二階まで届く大きなアーチ型の窓は、夜明けの光を反射してきらめいており、美しい刺繍のカーテンがその窓辺に優雅に垂れ下がっている。カーテンの隙間からは、邸内の優雅な生活を垣間見ることができそうだった。


庭園の中央には噴水があり、その水音が朝の静けさを一層引き立てていた。館の前には石畳の道が続いており、そこに二頭立ての豪華な馬車が停められており、馬を手入れする使用人達の姿が見える。彼らは無言で手際よく仕事をこなし、常に完璧な状態を保つために細心の注意を払っていた。

また、数頭の馬が鞍をつけられて厩舎から連れてこられていた。その馬車を護衛する騎士が乗る為の馬たちだ。その馬たちも馬丁による丁寧な手入れをうけながら出発を待っていた。


朝の光が子爵邸全体に柔らかな光を投げかけ、貴族の華やかな生活の一端を垣間見せていた。


屋敷の前に停められているその馬車に、ようやく現れたクタヴィエ子爵が執事を連れ、優雅に乗り込む。


出発する子爵を見送るため、屋敷の前に立ち並ぶ使用人達。


「行ってらっしゃいませ。クタヴィエ様」


と、一同が声を揃えて、深々と一斉に頭を下げる。


子爵は御者に出発するように指示を出す。それを受け、御者は連絡窓を閉めると御者は前を向き、ゆっくりと馬車を進め始めた。


護衛の騎士達も馬に乗り、それぞれ速度を合わせながらその馬車を囲むような配置へとゆっくりと移動していく。


子爵は馬車の中で背もたれに深く身を預け、窓の外を流れていく風景をただ眺めていた。

石畳の道を滑らかに進む馬車の振動が、心地よいリズムとなって彼の思考を刺激する。


町の景色が次々と変わっていく中、子爵の頭の中ではさまざまな考えが巡っていた。特に、貧民窟周辺の衛兵詰所への根回しについての策を練っていた。


日曜に業務を行っている王都の行政組織はそれほど多くない。

城門を守る”門番”、王都内を巡回し、治安を維持する”衛兵”、その衛兵では対処できない凶悪な事件、犯罪に対処する為の武力組織”警備隊”。せいぜいこの三組織くらいであろう。”門番”は貧民窟と直接的な関係が無いので早々に思考から排除する。


貧民窟の周辺の詰所に顔を出し、いつものように”貧民窟の方で何かあっても一切関知しないように”と手付を渡し、()()()をするだけ……。


……本当にそれだけで良いのか?


と、子爵は心の中でつぶやく。


そして、向かいに座っている執事の方へ向き、計画の一部を話す。


「……奴らの拠点を叩けば『灼熱の魔女』が出て来るに違いない。魔女の魔法で貧民窟が燃え、火災等で被害が多少大きくなると、夜警や警備隊も出張ってくる可能性もあるし、彼等の出動はできるだけ遅くさせる必要がある。まぁ、その魔女も、強力な魔法はだらだらと長ったらしい詠唱を唱えぬと、魔法を発動できぬだろうて。『死神の鴉ラ・モール・ド・コルボー』ならその間に打ち倒してくれよう。そして、奴ら『ファイエルブレーズ』を完全に叩き潰せるのはよいとして、後腐れがないようにする為には、襲撃の現場検証の証拠を回収、即紛失はいきしてもらわないとな。……多少の賄賂も必要になるだろうが、彼等とも知らぬ仲ではない……さて、今この馬車に金子(きんす)()()()()()ある?」

ある程度(いつもと同じ)ならば、馬車にご用意がございます……」


その返事に子爵は頷き、計画を具体的に詰めていく。


道端の露店や市場を眺めながら、子爵の考えはますます明晰になっていく。豪華な貴族街から遠ざかるほどに、彼の表情は引き締まり、眼差しには鋭さが増していった。やがて、窓の外には貧民窟が見え始める。


「ここからよ……見ておれ『ファイエルブレーズ』……!」


と子爵は呟き、馬車が目的地へと到着するのを揺られながら待つのだった。



                  ◇



朝を告げる大神殿の鐘の音が王街に鳴り響く頃、冒険者ギルドの裏にある練習場には、早くから木剣を打ち合う音が響く。

バルナタン達六人は、オーレッドという凄腕の傭兵から受ける稽古の最終日を迎えていた。

実際、稽古二日目からは、バルナタン達は少しでも『稽古の時間を増やせないか?』と考え、オーレッドに対し、自分達から待ち合わせ場所を冒険者ギルドの方にして貰うよう提案し、受け入れてもらったので直接ギルドの方へ出向く様になった。


冒険者ギルドが業務を開始すると共に、すぐ裏の訓練場を借りる。昨日の稽古が終わる際にオーレッドから、『明日は一旦最終日だ。みっちりしごいてやるから冒険者ギルドが開く時間に来い!』と言われていたからだ。今日が最後の稽古であり、次の稽古は彼の予定次第なのでいつになるか分からない。その為、皆の気合いは一層高まっていた。


「次はバルナタンお前だ、来い!」


オーレッドが鋭い目で命じる。バルナタンは息を整え、木剣を握りしめて一歩前に出た。


「よろしくお願いしますッ!」


バルナタンとオーレッドの間に緊張が走る。周りの仲間たちはその様子を見守りながら、次は自分の番だと気を引き締めていた。バルナタンが木剣を構え、オーレッドに向かって一気に斬りかかる。

木剣の激しく打ち合う音が辺りに響く。


「もっと腕に力を入れろ!体全体を使え!」


オーレッドが声を上げる。バルナタンはその言葉に従い、全身を使って斬撃を繰り出した。しかし、オーレッドはその一撃を巧みに受けると、次の瞬間には反撃に転じていた。


木剣が鋭い軌跡を描いて交錯し、連続して木剣がぶつかり合う音が響き渡る。バルナタンは必死に防御しながらも、オーレッドの動きを観察し、自分の技を磨くことに集中していた。『今日が最終日だからこそ、全てを出し切らなければならない』と、心に決めていた。


「いいぞ、バルナタン!今度はもっと素早く動いてみろ!」


オーレッドは攻撃を止めずに指示を飛ばす。バルナタンは全力で応じ、素早い動きで反撃に出る。


暫く打ち合うと、僅かに出来た隙を突かれバルナタンの木剣が弾き飛ばされる。


「よし、次ッ!ガスパール来いッ!」

「はいッ!」


バルナタンが飛ばされた木剣を拾いに行くと、オーレッドはすかさず次の者の名前を呼ぶ。すぐに次の者が彼の前に立ち、打ち合い稽古を始める。そうして周りの仲間たちも代わる代わるオーレッドに一対一の打ち合い稽古をつけて貰っていた。その間も彼らはお互いに励まし合い、自分の番がくるまで空いている者同士で打ち合い稽古を行い、競い合いながら技を磨いていく。


オーレッドはそんな彼らの熱意を感じ取り、厳しいながらも的確な指導を続けた。


午前中の稽古が終わりに近づく頃、バルナタン達の顔には充実感と達成感が浮かんでいた。


「次の稽古がいつになるか分からないが、己が自ら学んだことを忘れるな。暇があったら剣を振れ。鍛錬を続けろ。お前達ならもっと強くなれる」


と、彼は本日最後の助言を送る。


「「「ありがとうございましたッ!!」」」


彼らはオーレッドに向け、深々と頭を下げる。彼の指導に感謝しつつ、次の稽古の日を楽しみにしながら、その場を後にする。そんな彼らをオーレッドは眩しそうな目で見つめるのだった。



                  ◇



天気は快晴で、もう数日で十月になろうかという時期にしては、やや汗ばむほどの日差しが降り注ぐ中、アルメリーと友人たちはカロルの誕生日を祝うため、繁華街に向かっていた。


アルメリーは、手に持ったバスケットに丁寧に入れた贈り物(プレゼント)を大切に抱えている。

カロルの喜ぶ姿を想像して、彼女の表情には笑顔が浮かんでいた。


他の二人、リザベルトとティアネットも、それぞれ袋に入れた誕生日の贈り物(プレゼント)を手に持ち、楽しげな雰囲気に包まれていた。

ティアネットは軽やかにステップを踏み、リザベルトも時折、柔らかな笑い声をあげながら、みんなで楽しそうに話している。当のカロルも、誕生日を皆に祝ってもらうことに期待と興奮を隠しきれない様子で、歩みを早めたり遅めたりしながら、心を躍らせているようだった。


繁華街は日曜日ディマンシュということもあって、大勢の人々で賑わっていた。市場の屋台からは賑やかな呼び声が聞こえ、様々な商品が並ぶ露店には家族連れや恋人達が集まっていた。行き交う人々の笑顔や、楽しげな会話が街全体に活気を与えているようだった。


カロルたちも、その賑わいの中に溶け込み、楽しげに会話しながら歩いていた。


予約してた店(ジルエット)”の店先が見えてくると、四人の間に一層の期待感が広がる。カロルは繁華街へ来る事があっても、横目で見る事しかできなかった(自身が使える範囲の僅かなお金では普段は入る事ができなかった)お店を見て、感激の表情を浮かべる。アルメリーは微笑み、


「今日は特別な日だから、みんな楽しもう!」


と三人に声をかけ、店内へと足を踏み入れる。

入る際に、リザベルトがカロルに対して、


「今日は……私達が……払うから……。安心して……好きな物を……食べてね?」


と、告げると、カロルは目をうるうるさせて頷く。


入り口のカウンターにいる店員に予約をしていた事を伝えると、店員が帳簿に目を通しアルメリーが二度目の利用ということが確認されたので、男性によるエスコートは不要となり、そのまま四人揃ってテーブル席に案内される。

それからは楽しい時間を過ごし、料理に舌鼓を打つ。暫くして皆が一通り料理を食べ終わると、店員が食べ終わった皿を下げに来る。卓上が空いて広くなった頃、リザベルトがアルメリーに囁く。


「……そろそろ……カドー(プレゼント)を……渡そう?」

「そうね!」


私たちはこの日の為に用意した贈り物(プレゼント)をカロルに向けて順番に渡す。ティアネットは透明な容器に入ったそれぞれ効能の違う綺麗な色をした自作ポーションを幾つか笑顔と共に贈り、リザベルトは繁華街を巡って選んだ可愛らしい衣服が数着ほど入った袋を手渡し、最後にアルメリーが自分のプレゼントを机の上に出す。


「これ、私からね!」


と、照れくさそうに微笑みながら、そっと手渡す。

私が彼女に贈ったモノは、フレステールという家畜の毛を使用して織り上げられた、柔らかく、高い吸水性と耐久性に富んだ高級な浴巾(セルヴィエット)の三枚セットと、宝飾品店でじっくりと選びに選んだ、華美すぎず、カロルの持つ雰囲気にぴったりな美しい腕輪(ブラスレ)だった。


「こんなに高そうなモノ、いいの?」

「もちろんよ!貴女の為に用意したのだから!」


彼女は早速その腕輪に手を通すと、嬉しそうに微笑んでくれた。そんな姿が、私の目にとても可愛らしく映ったのだった。


「それに、そのお店で私も気に入ったのがあって…色違いなの!見てこれ♪」


懐からカロルに贈ったモノと色違いの宝石があしらわれている腕輪を取り出し、腕に装着する。


その腕輪はシンプルながらも上品な意匠(デザイン)で、滑らかな銀のバンドにいくつかの小さな宝石があしらわれている。

バンド部分はしっかりとした幅があり、裏側に名前を刻み込むスペースも十分にある。宝石は一粒一粒が淡い色合いを持ち、光を反射して微かに虹色に輝いていた。意匠(デザイン)が少し前の流行はやりのモノだったので”二つ買う”という条件で交渉し、店頭で値引きをしてもらう事に成功した。お陰でカロルの腕輪と二つ合わせても(アンに手渡されていた)アルメリーの予算内に収まったのだった。


「カロルの腕輪には、持ち主が誰かすぐわかるようにお店で裏(内側)にカロルの名前を刻印してもらっておいたわ!」


私は笑顔でそう告げると、カロルは喜んでくれて、自分の腕に巻かれた腕輪を見つめ、うっとりとしていた。そして大事そうに腕輪をそっと撫でると、


「大事に使うわね。ありがとう」


そう言ってニッコリ微笑む。その姿につられて、私たちも自然と笑みが浮かぶのだった。

そんなやり取りをした後、私たちは再び食事を楽しむ事にした。今度はこのお店が力を入れているスイーツを注文してデザートを頼むと、その運ばれてきたスイーツに舌鼓を打つのだった。


その後、私達は支払いを済ませて店を出ると、ちょうど良い時間になっていた。


「おいしかったわね!これで明日からの授業を頑張れるってものだわ!?」

「そうですね、アルメリー様!」

「みんな、今日は素敵な贈り物と、祝ってくれて……ありがとう。うふふ♪」


リザベルトは笑顔を浮かべ、カロルは嬉しそうに軽やかにスキップをしながら、私たちは学院への帰路につくのだった。



                  ◇



夕方を告げる大神殿の鐘の音が王都に鳴り響く。その鐘の音が沈みゆく夕日と重なり、なんだか物悲しく聞こえる。


夕陽の明かりが貧民窟の狭い路地をぼんやりと照らしていた。風に乗って漂ってくる夕餉の煙と共に、遠くから犬の吠える声が響く。この荒れ果てた場所では、わずかな明かりでも心を落ち着かせる一瞬の安らぎをもたらしてくれる。しかし、ここに住む大半の者は収入やまともな仕事が殆ど無く、その晩の暗闇を灯す蝋燭すら買う事が出来ない。

陽が落ちて来ると、外に出ている者の姿も一気に減り、辺りは静かになっていった。


……その静寂を破るように、若者たちの足音が聞こえてくる。


”フォルフーカス”の構成員達が集まっていた。彼らはまだ幼さの残る顔立ちだが、目には決意が宿っている。数日前の入団拒否から状況は一変していた。貧民窟の治安が悪化し、彼らの生活はますます厳しくなっていた。

この数日で、他所から流入してきた浮浪者との小競り合いも何度か経験し、この区域に何が起こっているのか確かめようと友好関係のあるチンピラ集団『メンヘラエリート』の拠点を訪ねた時、彼らが何者かに皆殺しにされていたのを目にした。


その光景は彼らに強烈な恐怖を植え付けた。”フォルフーカス”の構成員達は大いに狼狽し、頭であるゴーチアスに「このままじゃ、俺たちもやられる!なぁ、やっぱり『ファイエルブレーズ』に頼ろうぜ?頼るしかねえよッ!?」と迫った。


彼は一度は断った”ファイエルブレーズ”の門を叩くという、苦渋の決断をしたのだった。




バルナタンに書いてもらった地図を頼りに”工房アトリエ”の建物の前に到着すると、ゴーチアスは一瞬立ち止まり、深呼吸をしてから自身の名を名乗り、扉を叩く。

暫くすると扉はギシギシと音を立てて開かれ、中から出てきたのは”ファイエルブレーズ”の構成員の一人だった。その冷ややかな視線にひるむことなく、ゴーチアスは毅然とした態度で言った。


「俺達は『フォルフーカス』だ。……先日はわざわざ俺らの所にバルナタン自身が来て誘ってくれたのに、断わったりして済まなかった。……だが、状況が変わった。お前らの団に……い、入れてくれ……」


と、ゴーチアスは悔しそうに言う。

対応に当たった彼は一瞬ためらった後、中へ案内した。薄暗い工房の中は、いくつかの明かりが点在し、大きな部屋の中央には円形の机と、それを囲むように椅子が並んでいる。

彼らを見たバルナタンが椅子から立ち上がり、さらに頭である彼だけを見つめた。その眼差しには、怒りも失望も見えなかった。ただ静かに、状況を理解しようとしているようだった。彼は、代表のゴーチアスに向かって椅子に座るよう手を差し伸べ、口を開く。


「……話を聞かせてもらおう」


ゴーチアスは深々と頭を下げ、周りの仲間たちも同じように頭を下げると、彼はバルナタンに進められた対面の椅子に座る。


「この数日で、俺らは他所から来た浮浪者たちと何度か小競り合いを経験した。さらに、この一帯に何が起こっているのか情報を集める為、友好関係にある団の『メンヘラエリート』の拠点を訪ねた。そこで俺らは何を見たと思う?……あいつら全員、皆殺しにされていたんだッ!ああ、だが……不思議だったのはあいつらが抵抗した様子があまりなく中が荒らされた様子がなかった事だ……。クソッ!俺達が知らないだけで、何かが周りで起こっているのは間違いないんだッ!!」


そう言いながら、彼は興奮して机を叩く!そして立ち上がり、訴える!

後ろの仲間達も、腕を後ろで組んで同じように頭を下げる。


「……状況が変わったんだ。もう、俺達は自分達だけではやっていける自信が()ぇ……。だから、お前達『ファイエルブレーズ』に助けを求める為にここまで来たんだ。この前は強がりを言って拒否したが、済まなかったッ!この通りだッ!お前らの団に……入れて……くッ、俺たちを団に入れてくれッ!!」


彼は机に額が付きそうなほど、深々と頭を下げる。


バルナタンはしばらく黙ったまま考え込んでいたが、やがて頷いた。


「わかった。お前たちを試してみよう。ただし、覚えておけ。『ファイエルブレーズ』に入る以上、俺達の規律(きめごと)を守ることが条件だ」

「わかった。お前たちの規律に従う……」


”フォルフーカス”の仲間達は顔を見合わせ互いに頷くと、顔にはほっとしたような安堵の表情が浮かぶ。そして彼は再びバルナタンに向き直り、もう一度深く頭を下げる。

バルナタンは彼の肩をポンポンと軽く叩くと、奥に向かって声をかける。


「カルクールちょっと来てくれ!」

「はい!」


バルナタンはカルクールを呼ぶと、彼はタタッと小走りで走ってくる。


「お前達に紹介しとこう。こいつはカルクール。ウチの金庫番だ。金庫っつっても今は中身を別んトコに移動(うつ)してて、空っぽだがな。ハハハ!」

「カルクールです。皆さんよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ……」


緊張気味に返事をするゴーチアス。他の者も同じような反応だ。


「……しかし、ここら辺がそんなに治安が悪化してたのか。気付かなかったな……」

「まぁ、これだけ立派な建物だ。状態のいい建物は大体()()のモノだしな。浮浪者も避けるだろうよ」

「そうか……。なら、俺らも今日から周辺を交代で警戒するとするか……!」


彼は室内を軽く見回し、剣を手入れしていた部下に声を掛ける。


「ガスパール、ちょっと『ドンブ・リ・ガーズ』の連中を呼んできてくれ」

「うっす、呼んできます頭領」


彼は剣を鞘に戻すとそれを腰に履き、”工房アトリエ”から出ていく。


()()を聞いたゴーチアスは驚き、目を見開く。


”ドンブ・リ・ガーズ”とは、この周辺で縄張り争いをしていた四つの集団の一つである。それぞれの集団が”フォルフーカス”、”メンヘラエリート”、”ドンブ・リ・ガーズ”、最後に旧名”ダボンバーズ”という名の集団名を持ち、それぞれが十人~二十人程度の小さな集団を構成していた。その中でこの”ダボンバーズ”と”ドンブ・リ・ガーズ”は数か月前まで、特に激しく火花を散らしていたのはここらでは有名な話だった。


「……ッ!!お、お前らどうやって!?お前ら、前はあんなにバチバチにやりあっていた仲だろう……?」


驚いたゴーチアスが、両手を振って興奮する!

それに対して、バルナタンは落ち着いた様子で答える。


「落ち着いてくれゴーチアス。何、俺らが提供出来る”利”をヤツらに提案しただけさ。あいつらの頭『ギャブリス』は利に聡いやつだからな。二つ返事でOKしてくれた。ま、ウチは規模はそこまで大きくないが、『姐さん』のお陰で最近、資金繰りが良くなってな……?」

「まぁ、それはお前らの着てる服や、この拠点の建物見りゃ分かるけどよ……。『姐さん』って誰だ?」

「『姐さん』はな、俺らの一つ上にいる御方よ。強く、可愛く、美しいお人だ。あの人は……」


と、彼はゴーチアスの疑問に応えていると、入り口の方が騒がしくなった。


「話は後だ。ちょっと見て来る」

「お、おぅ……」


バルナタンはとりあえず彼らをそこに置いて入り口の方へ向かう。


そこには、年齢の低い孤児の子達があつまってきており、部下が扱いに困っていた。


「あ、おにーちゃんだ!」

「とーりょ!とーりょ!」

「な、なんだぁ!?」


バルナタンはその人数に驚く。数日前に一度集めた孤児たちが、不安げな表情で他の孤児達を引き連れて入り口の前に集まっていた。中には小さな子も混じっている。彼らの目には、明らかに恐怖と切実な思いが浮かんでいる。


「バルナタン、お願いだから、私たちを入れてほしい……」


最年長と思われる少年が震え声で訴える。彼の顔には打撲跡があり、口元から流れた血の跡や腕にできた新たな傷が生々しく残っていた。

彼らの話を聞くと、最近の殺害事件や他所から流入してきた浮浪者による乱暴狼藉の話が孤児たちの間でもかなり広まっているのだという。それがさらに恐怖を煽っているというのがわかった。


また、その子達の近所に住む優しく世話好きの元気だった少女が、その流入してきた浮浪者達によって暴行に遭い、心の傷を負って引き籠ってしまったという。その時彼女を守ろうとした孤児の数人は、重傷を負って生死の境にいるらしい。


「頼むよ、バルナタン。僕たちを……いや、せめて小さい子達だけでもいいんだ。守ってくれるところが他にないんだ……」


もう一人の孤児が泣きそうな顔で訴える。その言葉には、庇護を求める切実な思いが詰まっていた。孤児たちは皆、怖がりながらも一縷の望みをかけて、ここに集まってきたのだ。


バルナタンは深くため息をついた。

彼の心中では、(ここは託児所じゃねーんだけどなぁ……)と困惑の色が浮かんでいた。だが、目の前に立つ孤児たちの怯えた様子を見ていると、彼も心を動かされてしまっていた。


「分かった……一応、お前達を守るために動いてやる。そうだな、周りの危険度が前と同じ程度ぐらいに下がるまで、ここに居ていいぞ。その代わり、約束のジェルム硬貨は無しな?」


「うん!それでいい!」


背の低い子が勢いよく同意する。


「……それに、俺達も無限に手を貸せるわけじゃない。忙しい時もある。自分で出来ることは自分でやるんだぞ?あと、誰かに言われたらちゃんと手伝いもするんだ。できるな?」

「で、できるわ!?」

「はい!ボクがんばる……」

「「「はい、はーい!!」」」


バルナタンの言葉に孤児達は素直に答え、少しだけ安堵の表情を浮かべた。

彼は内心、これ以上孤児達を受け入れることに不安を感じていたが、目の前の幼い子供達を見捨てることはできなかった……。




                  ◇




九月二十九日 月曜日ランディ


子爵は早朝からその身を起こし、準備に取り掛かっていた。豪奢な寝室から広間へと歩を進めると、筆頭執事が恭しくお辞儀をし、本日の予定されている日程を報告する。子爵はそれを聞き、頷きながら貴族らしい優雅な仕草で朝食を摂り、それが終わると早々に着替えを済ませ、出かける用意をする。重要な根回しを行うためだ。


馬車に乗り込み、最初の目的地へと向かう。王都の行政機関は月曜日の朝ということで混雑していた。子爵は関係者と面会するため、爵位を笠に喚きたて、自身の順番を優先させる。


役人達に対しては、権力を盾に、より上の階級の者を呼び出し、その者の個室で、厳しい口調で貧民窟の騒動についてこれまで同様によほどの事が起こらぬ限り関わらぬよう釘を刺す。また所管する下級貴族の元へ行っては恫喝の言葉を投げかけ、「貧民窟の問題には目を瞑れ」と念を押す。役人や下級貴族達は恐怖の表情を浮かべ、子爵の言葉に従うしかなかった。


そこでの目的を果たすと子爵は馬車に乗り込む。次に指揮命令系統に関わる自身と同等の爵位を持つ貴族やそれ以上の爵位を持つ貴族達の元を訪ねて回った。


彼らに対しては一転して笑顔を浮かべながら、優雅な態度で接した。訪れる先々で、子爵は事前に用意していた豪華な贈り物や金銭を差し出し、賄賂として手渡してきた。


移動中の馬車の中で「これも一つの投資よのぅ……」と呟き、子爵は不敵な笑みを浮かべる。

カッコバルクルーが潰された怒りを晴らすため、そして次の組織を立ち上げ、その組織が勢力を伸ばす際に邪魔となる行政組織を引き続き骨抜きにする為、その指揮命令系統に関わる貴族たちとの関係を維持するため、この()()()は欠かすことができない。


訪問を受けた貴族達は賄賂を受け取りながらも、表向きは『我、関与せず』という態度を貫くが、その仮面の裏で便宜を図るための根回しや、その手に持つ許認可の裁量や権限による圧力を(特に王都内の警備や犯罪対策を行う)行政機関にかけてゆく。事が面白いように子爵の望む形で進んでいくのは明白であった。




九月三十日 火曜日マルディ


空は澄み渡り、鮮やかな青が広がっている。太陽の光はまだ力強く、建物の陰を少しずつ長くしているが、その光は心地よい温かさを保っていた。石畳の通りは、午前中の喧騒が一段落し、静かなざわめきが漂っている。


子爵は前日の根回しの成功を確信し、伯爵邸へ向かう馬車の中で笑みを浮かべていた。伯爵邸に到着すると、子爵は悠々とした足取りで伯爵の邸宅に入る。前日に先触れを出していたので、すぐに面会する事が叶った。応接室に通された子爵は、伯爵に意気揚々とカッコバルクルーの拠点を発見したことを報告する。


「伯爵様、ついに彼奴らの拠点を見つけましたぞ!」


伯爵は驚きと共に微笑みを浮かべると、子爵の手柄を称賛し、ねぎらう。


「おお、それは重畳である……。これで我らの懸念も多少減るというモノ……。子爵よ、大儀であった」

「ははぁっ!!ねぎらいのお言葉、ありがとうございます」


子爵は深く頭を下げる。


「よい。(おもて)をあげよ……」


子爵は顔を上げると、伯爵の目を見つめ口を開く。


「では、伯爵様。お約束通り、『死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』をお貸し戴きたく……」

「良かろう……其の方の本懐、果たすがよい……」


子爵は深く頭を下げ、感謝の意を表す。


子爵の胸には、自分の計画が順調に進んでいるという確かな確信が広がっていた。彼の怒りと復讐心は、着実に現実のものとなろうとしていた……。




九月三十一日 水曜日メルクルティ


夜の帳が降りると共に、王都の空には重たい雲が広がり始めた。街灯の明かりがかすかに届く空は、まるで墨を垂らしたかのような暗さを帯びている。遠くの空には、微かな雷鳴が低く響き渡り、雲の中で光が瞬くのが見える。


風が少しずつ強まり、冷たく湿った空気が肌に触れると、まるで雨が降り出す前の合図のように感じられた。通りを行く人々は、その予兆を感じ取り、足早に家路を急いでいる。

静かな夜の中で街路樹の葉がざわめく。それは、これから起こる事をまるで予言するかように囁いているようで、ひどく不気味に感じられた。


遠くで犬が吠える声が一瞬聞こえ、その後は静寂が支配する。雲の厚みが増し、星の光も月の光も遮られ、夜の街はさらに暗さを増していった。


そんな夜の静けさが広がる王都の貴族の邸宅が立ち並ぶ地区の中で、ひときわ目立つ子爵の屋敷。その屋敷の裏手に、とある一室があった。

その部屋は家具が一切置かれておらず、厚いカーテンに遮られた窓からは、わずかな月明かりも差し込まない。そんな暗い部屋だった。

執事が持つ古風なランテルヌの放つほのかな光によって、室内にいる人物たちの影が床に映し出されていた。そして、その影に執事が彼らに何かを手渡す様子が映し出されていた。


その部屋の中央には、館の主である子爵が立っていた。彼の顔には深い陰影が落ち、目だけが鋭く輝いていた。彼の前には、黒いマントに身を包んだ暗殺集団『死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』の者達が(かしず)く。彼らはフードを目深にかぶり、片膝を付き(こうべ)を垂れ微動だにせず、その貴族の話を聞いている。その姿は闇と一体化し、まるで部屋の一部であるかのようだった。


子爵は冷たい目で彼らを見渡し、ゆっくりと口を開いた。


「お前達に命じる。『ファイエルブレーズ』の拠点にいる奴らを皆殺しにせよ……。今宵で奴らの名を世界から消し、闇に葬り去るのだ……!」


その言葉が部屋の中に響くと、彼らは一斉に頭を下げ、暗黙のうちに任務を受け入れた。子爵はその姿を満足げに見つめ、薄暗い光の中で不敵な笑みを浮かべた。


「これは、私の怒りを晴らすための第一歩だ。そして、次なる計画の礎となる……!」


部屋の中には再び静寂が戻り、子爵の声だけが闇に溶け込んでいった。暗殺集団は音もなく動き出し、夜の闇に消えていった。子爵はその後ろ姿を見送った後も、しばらく暗闇を眺め続けていた。

彼は自身の輝かしい勝利を確信し、口角を吊り上げると、屋敷中に響き渡るほどの高笑いをするのであった。



                  ◇



死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』の暗殺者達は、建物の屋根の上を音もなく進んでいた。遠くで雷鳴が微かに響く。分厚い雲が空を覆い、月明かりすら遮っている。そのため、彼らの黒衣は闇に溶け込み、静かに迫る死の予感を運んでいた。



一方その頃、”工房(アトリエ)”では、バルナタンの求めに応じ、ギャブリス達が与えられた”たまり場”から、顔を出しに来ていた。


「……おい、バルナタンよう。むこう、飯が出ねーぞ!約束が違うぞオイ!」

「こっちにしかまともな調理場がないんだ。すまんな。っと、そうだ。これからお前達にもすぐやって欲しい事がある。だから何か作らせよう。食べていくといい。……あー後、そうだな……。他所とやりあって褒美が出るまでは、俺に声を掛けてくれ。それまで()()での飯代は俺が出そう」

「かーっ!金がかかるのかよ!?」

「まぁ、食材もタダじゃないからな……だが、他所で食べる事を考えたら、かなり格安だぞ?」

「そういう事なら、なぁ?弟者」

「許してやるって、兄ィも言ってる。よかったな!」

「そうそう、そういう事よォ!さすがだな弟者」


まぁ、自分らの団の”頭”張ってたこいつらが偉そうなのはしょうがねえか。ははは……。


バルナタンは心の中でそう呟くと、頭を切り替えて話を続ける。


「で、さっきゴーチアスから聞いた話なんだが……」

「は!?ゴーチアスって、『フォルフーカス』のゴーチアスか!?」


ギャブリスは話を遮るように食いついてくる。


「ああ、そうだ。一度目は断られたがな……ははっ!」

「おいおい……俺らだけじゃなく、『フォルフーカス』も仲間に引き入れたのか……。バルナタンよぅ、おめぇ……こんなに出来るヤツだったか……!?」

「……話を続けてもいいか?」

「あ、ああ……すまん。続けてくれ」


バルナタンは頷き、話を続ける。


「彼の話では、この数日で周辺の治安が急激に悪くなってるらしい。そこで”工房(アトリエ)”の周囲を、念の為ウチの皆で巡回して警戒する事にした。……今、巡回に出てる班がそろそろ返ってくる頃だ。食べ終わってからでいい、交代してやってくれ」


「フン!今回だけだからな!?精々感謝するんだな!」

「うす、兄ィ。食べに行くぞお前ら~!」

「「「へいッ」」」

「食堂に使ってる部屋は奥だからなー?」


ギャブリスはこちらに背を向け、手を振りながら奥へ向かって歩いていく。仲間達もゾロゾロと彼についていく。


暫くすると、外を警戒してた班が”工房(アトリエ)”に戻ってくる。

一行は、テーブルの椅子に座ってるバルナタンに報告する。


「周囲は特に問題ないですね。ただ、空に分厚い雲が広がってます。こりゃぁ、雨が降ってくるかもしれませんね?あと、外には浮浪者達も、殆どいませんでした。どこか雨風が凌げる所へ行ったんでしょうかね。で、この後はどうします?」

「数日は警戒を続けるつもりだ。上がこの現状をどうするつもりなのか、姐さんが来られたら一度聞きに行きたいとは思ってはいるがな……。そうそう、この後はギャブリス達が交代で出る予定にしている。今、奥で飯を食ってるハズだ。一応、声を掛けておいてくれ」

「ウス、分かりました」


じきに、ギャブリス達が奥からぞろぞろと出て来る。


「あー。だりぃ。……が、飯を食っちまったからなぁ!?仕方ないから行ってやるぜ?」

「おう、たのむわ。まぁ、お前らの前に巡回してた班も特に問題ないと報告してきたから何もないと思うが、まぁ……夜だし、一応気を付けてくれよ?」

「へいへい……。じゃ、行ってくるわ」


ギャブリスは手をヒラヒラ振りながら出入口の扉から出ていく。彼の仲間達もぞろぞろと、その後をついていくのだった。




夜空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな重い空気が漂っていた。『死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』の暗殺者たちは、子爵の執事から渡された”清書された”地図を頼りに、『ファイエルブレーズ』の拠点へと向かっていた。目的の建物を視認すると、地面に降り立つ。闇に紛れ、少し離れた建物の影から周囲の様子を伺う。


その拠点周辺の見える範囲では、剣を腰に差した二人組が何組か、あくびをしながら巡回していた。その様子から緊張感は感じられず、むしろ退屈そうに歩き回っている。もしかしたら、もう少し離れた所を巡回している他の組もいるのかもしれないが、この際それは思考の外に追いやる。


暗殺者達の長が小さく合図を送ると、知らずにその建物の影に近づいてきた巡回中の二人組に、黒衣の数人が一瞬の内に近づき、音もなくその命を奪った。影のように動き、彼らは次の標的へと向かう。『ファイエルブレーズ』の拠点へと近づく途中、雑談をしながら巡回している二組の見張りも次々と始末された。最後の組の一人が、最後の力を振り絞って叫び声を上げた。


「兄ィイーー!?しゅ、襲撃だァッ!!ぐぎゃぁあああああ!!!」


止めを刺され、遺体となった体から、とめどなく血が溢れ出て、地面を朱く濡らす。

叫び声が夜の静寂を破り、『ファイエルブレーズ』の拠点は瞬く間に慌ただしくなった。その拠点の中から剣や盾、安物の兜を装備した者達が飛び出してくる。倒れ臥す仲間の姿と、その周りに立つ黒衣の者達の姿を見た彼らの目には驚愕する様子がありありと浮かんでいた。


拠点の外は一気に緊迫した雰囲気に包まれる。オーレッドに直接稽古をつけて貰った数人の者達が仲間達の一歩前に出て剣を抜き、黒衣の者達に向かって構えをとる。


バルナタンは額に汗を滲ませながら、焦りと緊張が入り混じった声で呟く。


「クソッ!!姐さんがいないこんな時に……!」



                  ◇



工房(アトリエ)』に貼っていた呪符の術式が地面に流れ出た血に反応する。経路(パス)が繋がった術者(わたし)の頭に、雷光の如き速さで警告が飛ぶ。


最初は遠くから聞こえる小さな雷鳴のような警告が、次第に近づいてくるような感覚。深い微睡(まどろみ)の中に揺蕩(たゆた)う私の眠りをその警告が引き裂き、覚醒へと導いていく。


そして意識が現実に戻った時、私は既に目を覚ましていた……というよりも、彼女(ジュルネ)の意識が起きている状態にも関わらず、嵐の海に浮かぶ船から海に投げだされた者のように彼女(ジュルネ)の意識が深く沈んでいき、反対に眠りの中にいた私の意識が強制的に浮上させられ、表層意識の主導権が反転したのだ。


「……お嬢様?」


心配して声をかけて来るアンの声も、どこか遠く感じる。

このような事は初めてであり、頭に靄がかかったような……例えるなら乗り物酔いをしたような感じがして不快感極まりなかった。普段聞きなれているアンの声も、なんだか違う人の声のように聞こえて、かなり気持ち悪い。……頭がガンガンと痛む。


……自分の中にあるもう一つの意識を外側から見ているような、気を張っていないと精神が体から零れ落ちていきそうな感覚、私を支えるモノが何一つないような空虚な不安に襲われ、体が強張る。


頭の痛みが少し和らいでくると、その感覚や不安も薄れてきたので、改めて周りを確認する。窓の外は暗い。私はベッドに横になっており、隣には心配そうな表情をしてこちらを見つめているアンがいた。


さらに少し経過すると頭の痛みも薄れ、呪符の警告信号は心臓の鼓動と同じ間隔で若干のピリリとした刺激を感じるだけの、特に気にならない程度のモノとなった。


……この警告、どうやら呪符はちゃんと効果を発揮した様ね。念の為に用意していたけれど、こんなに早く役立つとはね……。警告が来たってことは、私の『工房(アトリエ)』周辺で誰かの血が流れたって事?『ファイエルブレーズ』の誰かが襲われてる?夜に襲撃なんて……手練れの仕業かしら?もしそうなら……バルナタン達だけでは厳しいわね……?


「アン、外套を用意して頂戴。急いで!」

「は、はい!お嬢様!」


ネグリジェの上に用意された外套を急いで羽織ると、指を鳴らす。


彼女の瞳が虚ろになり、まるで意志の無い人形の様になる。


「先に寝てていいわ」

「はい、お嬢様……」


指示だけするとアンの事は放置し、靴を履き仮面を付けてフードを深く被り、魔法を唱える。少し焦っているのか、普段なら誰にも見られていないか周囲を確認してから飛び立っていたが、今日は周りを確かめる事すらせず、勢いよくバルコニーから暗い夜の空へと飛び立つ。


その瞬間を、たまたま外を見ていた同じ寮の生徒に見られていた。彼女の目に、誰かが飛び立つ姿が、確かに映り込んだのだった。

月明りすらない暗闇に包まれた夜空に消えて行ったその姿は、はっきりとは見えなかったが、どの部屋のバルコニーから飛び出していったのかは確かに分かった。


彼女はそれを見た。見てしまった。


「空を飛ぶ魔法……いいなぁ……」


夢見る乙女のような目で、既にその姿が見えない暗い夜空を彼女はずっと見上げていた。

”飛行を可能にする”魔法をその目で見たのは初めてだった。

彼女の周囲でも、この学院の生徒、ましてや教官達ですら「そういった魔法を使った、使われた所を見た」という話は聞いたことも無かった。……その瞬間、彼女は何故か理解した。それは授業で教わる範疇のモノではない、高度な魔法である事を。



                  ◇



バルナタンは人差し指と親指を合わせて輪を作り、口に当て思い切り吹く!甲高い音が周囲に鳴り響いてゆく。


「これが聞こえたやつは、急いで帰ってこいーーーッ!!!」


彼は身体を正面に向けたまま、顔だけ少し振り向き、カルクールに声をかける!


「カルクール、襲ってきた奴らが窓から入れないように全ての雨戸をきつく締めてこいッ!急げッ!」

「はいっ!」

「デュドニー、小さい子供達の事、頼むッ!」

「まかせろい!」


カルクールとデュドニーは、中へ向けて駆け出して行く。


バルナタンはすぐに襲撃者達の方へ向き直り、部下達に命令する!


「おめーら!こいつらを絶対に中に入れるなッ!!」

「「「ウッス!!」」」


部下達を出入口の扉の前に集結させ、そこを死守するように指示すると、

続けて稽古をつけてもらった部下達に向けて叫ぶ!


「オーレッドさんの稽古を思い出せ!俺らになら出来るッ!!あいつらが戻ってくるまでの時間を稼ぐぞ!稽古に行ったヤツだけでいい!俺についてこいッ!!」

「「おおッ!!!」」


剣を振り上げたバルナタンが走り出す。彼の後ろに五人の部下が続く。

敵を睨みつけながら咆哮をあげる!その眼光には鬼気迫るような覇気があった!

後ろで走る部下たちを鼓舞するように(げき)を飛ばしていく!


「奴らに俺らの力を見せつけてやれーッ!俺達を、なめるなァーーッ!!」

「「うおおッ!!!」」


静かに息を潜めていた暗殺者集団”死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の後続が動き出す。建物の影から次々と姿を現し、湾曲した剣を抜き放つ。その鋭い眼光が獲物を捉え、無慈悲に襲いかかる。


先頭を走るバルナタン、その後ろに続く剣の腕に覚えのある五人、襲撃者である黒衣の者達は互いに駆け寄り、次の瞬間には激しい戦闘が始まった。


剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。金属音が夜の静寂を打ち破り、命を賭けた攻防が繰り広げられる。最初のうちは拮抗していた。”ファイエルブレーズ”の者達は必死に戦い、暗殺者たちの猛攻を食い止めていた。オーレッドとの稽古が無ければ、ほんの数合打ち合っただけで命を刈り取られていただろう。


だが、次第にその均衡は崩れ始めていく。

暗殺者たちの攻撃は、稽古で体感したオーレッドの攻撃に比べれば速度、威力共に劣っていた。そのかわり人数を使い、入れ替わり立ち代わり連携で攻撃を仕掛けてくる。その戦術が、じわじわと”ファイエルブレーズ”側の者達の体力と精神を削っていく。激しく戦っていた部下の一人、ガスパールが一瞬の隙を突かれ、深い傷を負ってしまう。


「ぐうッ!?はあッ、はあッ……!」

「ガスパールッ!?」


バルナタンは突然上がった苦痛を伴ったその声を聞き、彼に声をかけたが、目の前の敵が繰り出す攻撃を捌くのに精一杯で、彼の方を見る余裕は無かった。

歯を食いしばる音と、苦しそうな、だが、気合の入った彼の声が聞こえた。


「……大丈夫ッス!まだ……いけますッ!」


……彼らは諦めなかった。彼らの目的は徹頭徹尾、”周囲を巡回している仲間達を安全にこの拠点に収容する”事であり、命がけで彼らが行っている戦闘はそのための時間稼ぎだった。


「頭領!みんな帰ってきました!!」


工房(アトリエ)”から待ち望んだ声が聞こえた!

バルナタンは周囲の仲間に合図を送る。その意図を理解した仲間たちは、さらに激しい抵抗を見せながら自分達も”工房(アトリエ)”で籠城しようと、じりじりと後退していく。

工房(アトリエ)”から、半径5カンヌ(約15m程度)まで下がってくると建物の四隅の内、彼らに近い二か所が急に光り始めた。


「な、なんだ!?」


バルナタンはその光に思わず驚愕する。黒衣の者達もその光に警戒し、素早く後方宙返りをして少し距離を取る。


その光る箇所に、呪符が突如現れた様に見えた。呪符の術式が発動した事により、()()にかけられていた幻影魔法に干渉し、魔法の効果が打ち消されたのだ。そして呪符は記述された魔術の刻印と呪紋に沿って、光を放っていた。それは込められた魔力が開放されている事を示していた。

その呪符の前方あたりの宙に突如、大きな炎の塊が発生し、そこから一体づつ火の精霊が顕れると共に呪符は役目を終え、燃え尽きていく。


顕れた火の精霊は上半身は引き締まった外見をした人型でありながら、その顔は完全に爬虫類のそれであり、爬虫類特有の冷酷な目がギョロギョロと動き周囲を睨みつける。皮膚は鱗に覆われ、全身に炎を纏う。


バルナタンは記憶にある姿を思い出しながら、目の前の精霊の姿と比べつつ呟く。


「こいつは……姐さんがよく呼び出す精霊……?いや、違う……アレはもっと大きくて……もっと筋肉質だったはずだ……」


呼び出された火の精霊は甲高い叫び声を上げると、殺意を放つ一番近くの黒衣の者に向かって槍を振りまわし襲い掛かっていく!

暗殺者達は先程まで剣を打ち合っていた彼らに対する追撃を諦め、新しく現れたその二体の脅威に精神を集中させる。


精霊が手に持った槍は、まるで溶岩のように赤く燃えており、槍の周囲が揺らめいて見えるほどの高温を示していた。

火の精霊はその槍を巧みに操り、常人を超えるような速度で黒衣の者に繰り出す。彼は辛うじてそれを躱すが、身に纏う黒衣が槍の穂先、柄を問わず一部でも触れると、その触れた部分が瞬時に燃え出す。軽業で素早く二、三度後方回転をして飛び退き距離を取ると、燃え始めた黒衣を脱ぎ捨てる。


死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の暗殺者達は数人がかりで火の精霊をとり囲み、連続で攻撃を繰り出す。刃はその体に通るが、「悲鳴」を上げたり、「血や体液」が流れ出たりといった、どんな生物にもある手応えや反応ががまるで無い。火の精霊は彼らの連続攻撃を気にした様子はなく、それどころか彼らの攻撃に合わせるように鋭い反撃を行う。暗殺者達はそれをギリギリで躱すが、槍の軌道に沿って腕や体に少しづつ火傷を負っていくのだった。


暗殺者達は、緊張感が漂う中で対峙していた。彼らに想定外の強敵が立ち塞がっていた。

火の精霊は冷たい目で黒衣の者達を見下し、彼らを”取るに足りない存在”と侮っているのが明らかだった。

暗殺者達は、命令で”ファイエルブレーズ”の構成員を抹殺する為にここにいる。だが、目の前の強力な火の精霊を排除しなければ任務は達成できない。緊迫した空気の中で、暗殺者達は互いに目配せし、次の一手を模索していた。敵を前に、彼らの焦りと決意が交錯する。


暗殺者達は剣を構え直すと、鋭い目つきで精霊を見据え、その一挙手一投足に身構(みがま)える。二体の精霊が放つ炎を反射して彼らの顔は赤く映し出されていた。汗が額を流れ落ちるが、誰も視線を逸らさない。


火の精霊達から放たれる圧倒的なオーラが場を支配していた。



                  ◇



厚い雲が垂れこめる暗い空の中、彼女は”工房(アトリエ)”への最短距離を飛ぶ。背後に姿勢制御用の炎を集めて輪を作り、その出力を一気に上げ、高速で飛んでいく。

額や頬に冷たい何かが当たる。最初は何かと思ったが、じきに雨粒であることが分かった。それは段々と触れる場所を増やしていき、彼女を濡らしていく。


目的地に到着すると、地上では二体の火の精霊と、見知らぬ黒衣の集団が精霊を取り囲むように対峙していた。工房(アトリエ)の正面入り口は固く閉じられ、その扉の前をバルナタンを始めとする五人が守っていた。


雨が降ってきたことで火の精霊は体から蒸気を上げ、苦しそうに呻き声を上げていた。


……どうやら間に合った様ね。うふふっ。


彼女の存在に、まだ誰も気が付いていないようだった。彼女は地上に降りることなく、背後に集めた炎の輪を移動させる。結界の周囲を滑らせ足元に回すとその出力を落とし、宙に浮いた状態を維持すると、そのまま魔法を唱える。


『我が願いに応えよ 炎の王よ 燃え盛る地獄の業火をその御手に包み込み 極小の爆球と化せ その怒れる力よ 爆烈し全てを焼き尽くせ! 業火(エクスフラム)獄爆烈(=アンフェル)!』


雨音に混じるその微かな声に気付いた暗殺者の長が空を見上げ、勘で何かを感じ取ったのか、


「いかん!逃げろ!!」


と叫び、全力で跳躍し後退する。それに反応できた数人だけが、そこから分散するように各方向へと跳躍し、離れる。


ーーー気付くのが遅いわよ?ンフフ。


黒衣の集団の中心に突如発現した光球が、眩い光を放ちながら一気に膨れ上がり、爆ぜるッ!!!

爆発で四方八方へ広がった爆炎が辺りを一瞬にして舐め回し、一瞬遅れて激しい炸裂音が響き渡る。中心部近くで巻き込まれた黒衣の者達はその爆炎と爆裂により燃え弾け、少し離れた位置にいた者は発生した衝撃波と爆風によって吹き飛ばされ、激しく地面や建物に叩き付けられる。


「うわぁあああああっ!?」


工房(アトリエ)の前にいる彼らも爆発による暴風の洗礼を受け、情けない叫び声を上げてしまった。だがその暴風に吹き飛ばされない様、お互い身体を寄せ合ってしっかりとその場に踏ん張る。


その爆心地跡には、今だブスブスと燃え続ける炭化した数体の遺体や、四肢や内臓が飛び散り事切れた数体の黒衣の遺体、空には爆発の名残りとでもいうようなキノコ雲が発生していたが、雨と爆風によって流され小さくなっていく。


その周辺には、魔法の攻撃に対しては特に影響を受けていない火の精霊達と、辛うじて生き残り、地面に倒れてもがき苦しんでいる黒衣の男が何人もいた。そいつらは(ことごと)く火の精霊達が手に持った槍で、物言わぬ躯となるまで何度も突き刺され、その度に悲痛な叫び声と、肉を焼き、血が沸騰する嫌な音が響き渡る。火の精霊は足元の人間が上げる悲鳴などはまったく意に介せず、ただ降ってくる雨に対してだけ、愚痴のような叫びを上げながら次々と機械的に処理していく。


集団同士の直接の怨恨でも無い限り、こういった輩が単独で犯行を起こす事は……まず、ないわ。

必ず命令を下した人物がどこかにいるはず。こいつらは、そう……時期を見計らってきっとその人物の所に戻るわ。んふふ、なら、そのボスまで連れて行ってもらいましょうか。


その最中、彼女はぶつぶつと何かを呟く。


『……霊鎖(フーアンシ)繋縛火(ャ=エスシェーヌ)


彼女の手から通常では見えない、魔力で編まれた菫色の火を纏う鎖状の姿をしたモノが、まるで生きた蛇のように蠢きながら、彼女を中心に何本も無限に伸びていく。

地上には、吹き飛ばされ地面や建物に叩き付けられて苦しそうな声を出しながら、起き上がろうとする黒衣の者達がいた。

鎖状のそれらは己が意志を持つかのごとく、動く黒衣の者達を見つけると、勢いを増して猟犬のごとくその首元へ巻き付いていく。菫色の火は熱を発せず、鎖も感触が無いのか、黒衣の者達は自らの首に()()が巻き付いたことすら、気が付いていないようだった。


やがて火の精霊達は与えられた魔力を使い切ったのか、その存在や姿自体が朧げになっていき、自然と精霊界へ還ってゆく。


火の精霊が消えた瞬間に、それを好機と捉えたのか、集団の長らしい人物が人差し指と親指で輪を作り口に近づけ、指笛を吹き鳴らす。


「空に何かが居るッ!そこまで我らの刃は届かぬッ!一旦引くぞッ!!」


その掛け声と同時に、その場の動ける黒衣の者達が一斉に駆け出し、それぞれが別の方面へと逃げ始めたのだった。


彼らが完全に撤収するのを見送ると、一箇所に集めて輪にしていた炎を散らしてそれぞれで姿勢制御を行いつつ、彼女はゆっくりと地上に降りていき地面にふわりと降り立つ。


「ふふふ……。水も滴るいい女、登場……ってね!」

「あ、姐さんッ!!!」


バルナタンは彼女に駆け寄る。雨なのか涙なのか分からないほど顔をぐしゃぐしゃに濡らし、鼻水まで垂らしていた。彼の発した”姐さん!”という大声を聞いた部下達が扉を開けて一斉に飛び出し、彼と同様に彼女の周りに集まり、その足元で泣き崩れる者もいた。


「あらあら、バルナタンったら男前が台無しじゃない。ウフフ……」


彼女はそう言うと妖艶に微笑み、彼の元へ数歩、さらに歩み寄る。


「ううっ……今回は本当にダメかと思いましたッ……!奴らは手練れで皆強く、連携も見事で、姐さんがあと一歩遅ければ俺ら皆、死んでいたかもしれないッス……ぐすっ」


彼は安堵から崩れ落ちそうになるのを、なんとか堪えながらもそう語った。


「……私の『工房アトリエ』と『ファイエルブレーズ』に手を出すお馬鹿さんがいるとはね?誰だか知らないけど……一体、誰を相手にしたのか、きっちりと教えてあげるわ!!」


そう言うと、彼女はビシッと彼を指さし、命令を与える。


「私はこれからちょっとヤツらの所へ落とし前をつけに行ってくるわ!今日は戻らないかもしれないから『工房(ここ)』をきつく戸締りして誰も入れないようにしておきなさい!」

「俺ら……奴らの正体も居場所もまったく分からないんですが……」

「大丈夫よ?さっきの奴らのまだ元気な子達に『()()()()()』をつけておいたから。たとえどこにいったとしても、私には繋がってる鎖が丸見えだから、良~~くわかるの。ウフフフ……」

「いつの間に!?よく気付かれませんでしたね……?」

「うふふ。()()は呪いに近い、特殊な古い魔法だからね?特に気づきにくいと思うわぁ?」

「……そ、そうなんですね?」


彼女は微笑して応える。


「じゃ、後片付けと戸締りしっかりね?」

「「「うすッ!」」」

「くしゅんっ!」


それだけ言うと、かわいいくしゃみを一つして、彼女は地面を蹴り上げると姿勢制御用の炎を集め輪にしてから結界の周囲を滑るように移動させてその出力を上げながら、空へ上昇していく。周辺の建物の高さをある程度越えた高度まで上昇すると、炎の輪を背後に移動させ、空中で静止した状態から炎の輪を背後に高速で滑らせ、出力を上昇させて一気に飛んでいく。


彼女を見送ったバルナタンが、皆に指示を飛ばす。


「……まだ外にいる仲間を『工房(アトリエ)』へ収容する!息のある奴を優先だ!運び込んで手当をする!手の空いた者は倒れている仲間の遺体を回収してくれッ、明日皆で弔う!!」

「「「うっす!!」」」


工房(アトリエ)』近くで繰り広げられた激しい戦闘は、その幕を閉じた。人肉の焼かれた悪臭がいまだ周辺で漂い、雨が冷たく降り注ぐ。


部下の一人が、重苦しい息を吐きながら周囲を見渡した。雨足が次第に強くなり、細かな水滴が地面に跳ね返り、そこかしこに小さな水たまりを作り出していた。


雨はますます強くなり、静寂と雨音だけが支配する夜の貧民窟に、再び闇が深く降りてくるのだった。



                  ◇



王都の貴族の館が立ち並ぶその地区は夜の静寂と雨音に包まれていた。その中でもひときわ目立つ、クタヴィエ子爵の館。その館の一階にある例の暗い部屋に、一度別の所で集合した”死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の者達が集まり、その館の主であるクタヴィエ子爵と対面していた。


館の外では雨が激しく降り続いていた。

厚いカーテンに遮られた窓の向こうで時折、稲妻が空を裂き、雷鳴が轟く。その度に閃光がカーテンを透過し、子爵の顔が白と黒に浮き上がる。


今の”死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の者達は最初に子爵と会った時とは違い、その数を半分以下に減らしており、何より立ったままでいた。彼らの髪の毛や黒衣の端からぽたぽたと水滴が落ち、床に染みを作っていた。


彼らのその失礼な態度に、筆頭執事が声を荒げる。


「其方達、クタヴィエ子爵様の御前である!頭が高い、無礼であろう!」

「……我々の主は伯爵様である。本来、あの方以外に下げる頭は持ち合わせておらぬ。勘違いされては困るな?」

「おのれぇ、本来なら子爵様のお顔を拝謁する事すら叶わない低い身分の分際でぇ……!」


そこには緊迫した空気が漂っていた。

子爵は軽く手を上げると、二人とも口を閉じる。


「……して、何用かな?『ファイエルブレーズ』を見事討ち果たせた報告か?それならば褒美を出すことも(やぶさか)かではないがな……?」


死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の長が口を開く。


「……我らはこの仕事から手を引く」

「なっ!?」

「子爵の命で『ファイエルブレーズ』を襲撃した結果、我らは半数の仲間を失った。あなたは知っていたのですか?奴らにあれほどの高位”魔法使い”がいると言う事を……!」


その視線の先に獲物を捉えた猛禽類の様に、彼らの目が鋭く子爵を睨みつける。

その視線を受けた子爵の顔に、一筋の汗が流れる。


「……なにもおっしゃらないという事は、”認める”ということですね?」


長は畳みかけるように続ける。


「我らの忠誠、磨き上げたこの力、戦力。それは伯爵様の『力』でもある。それを半減させた責任は……敵の脅威を判断するのに必要な情報を与えなかった子爵殿、あなたにこそある!!この責任をどうやって取るおつもりか!?事と次第によっては、伯爵様にも逐一報告させていただく」

「ぐぬぬぬ……!」


突然、外から雷鳴とは異なる轟音が響き渡った。扉が突然吹き飛ばされ、破片が四方に飛び散る!

部屋の中の全員が驚いて扉の方向を向いた。煙が立ち込める中、シルエットが浮かび上がった。


「こぉ~んな所に、い・た・の・ねぇ~~?」


と、笑いを必死に堪えているような女性の声が響いた。コツコツコツ……と、足音を響かせ、室内の誰よりも背の低いであろう女性が室内に入ってくる。彼女の背には炎の槍が幾つも浮かんでいた。その炎に照らされ彼女の姿が露わになる。その姿はネグリジェに外套を羽織っただけの簡素な恰好をしていた。


服も髪もびっしょりと濡れており、雫が垂れるのは一向に止まらず、床がじわり、じわりと濡れていく。

外套のフードを下ろしたその顔には、目元を隠すような仮面を付けていた。

仮面の奥から覗く彼女の目は冷たく、圧倒的な強者だけが持つ、世の中の全てを見下(みくだ)すような威圧感のある視線で室内にいる者全てを睨みつけており、その瞳の奥には怒りが宿っていた。彼女の怒りに反応して周囲の空気も震えるかのようだった。


「誰だ貴様ぁっ!?」


と、子爵が叫ぶ!


「そちらの黒衣の者達に、私の”部下達ファイエルブレーズ”が大変お世話になったみたいね?」

「『ファイエルブレーズ』だとっ!?きっ、貴様ッ『灼熱の魔女』かっ!?」

「へぇ~。私って今、そう呼ばれているんだ?」


死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の長も、続けて口を開く。


「どうやってここを?なぜ知ることができた!?」

「……()()()()()()()()()案内してくれたのよ?ご苦労様。ウフフ♪」

「は!?何を言っている?一体、どういうことだ!?」


彼女が指を鳴らすと、菫色の火を纏う鎖状のモノが姿を現し、黒衣の者達の半数近くの首に巻き付いているのがはっきりと見えたのだった。その鎖を目で追うと、それらは全て彼女の手首にまで繋がっていた。

チロチロと燃えている菫色の火は熱を出してないのか、彼らは少しも温度を感じる素振りを見せず、鎖も”重さ”も”感触”も無いのか、彼らがそれを首から外そうと試み鎖状のモノを掴もうとしても、その手は空を切るばかり。

もう一度彼女が指を鳴らす。すると、見えていた鎖状のモノがまた、見えなくなる。


暗殺者たちは一瞬にして彼女の存在に恐怖を感じる。子爵もまた、その予期せぬ乱入者に驚愕し、自身が呼び名を付けた”()()”の出現に狼狽する。


「私の『ファイエルブレーズ(おきにいり)』に手を出した事、あの世で後悔するがいいわッ!!」


彼女は黒衣の者達に向け、背に浮かぶ全ての炎の槍を放つ!


死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)”の者達は炎の槍の初撃を躱すが、炎の槍は猟犬のごとく、黒衣の者達を追う。長は即座に”狭い室内で躱す事は不可能”と判断、子爵の背後に見える奥の扉を体当たりでぶち破り、屋敷の中へ転がり込む。部下達も燃え盛る炎の槍を躱しながら続いて行く。

炎の槍は、全てそのままの勢いで真正面の壁に突き刺さると動きを止め、壁をじわじわと燃やしていく。


「き、貴様ら勝手に扉を壊すとは何事かァッ!?貴様ら下郎が入っていい場所ではない!子爵様のお屋敷が穢れるではないかっ!ああっ!廊下の壁が燃えている!?もどれッ!もどれェ~~ッ!!」


筆頭執事が絶叫するが、誰も聞く耳を持たなかった。


「……うるさいゴミね。くしゅんっ!」


彼女はぶつぶつと呟く。……新しく複数の炎の槍を生み出すと、それを背後に浮かせる。そしてその中の一本を、廊下の方へ向けて叫び続ける執事風の男に向けて放つ。


「う、うぎゃぁあああああ!!!」


炎の槍に貫かれ、火だるまになった執事風の男は断末魔の叫びを上げてのたうち回り……やがて事切れる。


「ひ、ひぃいいいいい!!!助けてくれぇーーーッ!!」


と、子爵は恥も外聞もなく情けない叫び声を上げた。火だるまになった筆頭執事を見捨て、彼は大慌てでその部屋から逃げ出す。


『精霊界にたゆたう火の精霊よ 古の契約に基づき我が呼び声に応えよ! 精霊界より炎を導に顕界し我が前に顕現せよ! |火精石竜召喚《アンザール=ヴォリット》!』


彼女は魔法を唱えた後、濡れた髪をかき上げて手櫛でざっと髪の水気を切り、濡れた手を振る。外套からは未だポタポタと水滴が滴っており、ゆっくりと靴音を響かせ廊下の方へ向かう。


彼女が廊下に出かかった瞬間、”廊下の天井”と”扉の脇”、室内から見ると死角になる箇所で待ち構えていた黒衣の二人が、声を出すことなく彼女を急襲する。


突如、扉周辺の壁を突き破る轟音と共に、彼女を守るように突き出された”鱗に覆われた筋肉質の太い腕”と”灼熱の槍”が、二人掛かりの連携攻撃を受け止める。


「フシュゥウウウウ……」


何かを吐き出すような排気音を上げながら奥から姿を現した()()は、優に2メートルを超えた巨体を持ち、筋骨隆々な人型のシルエットの上半身、下半身は足の無い爬虫類のような姿をしており、全身を覆う鱗に蜥蜴を思わせる顔、縦に長い瞳孔を持つ爬虫類特有の冷酷な瞳、片手に灼熱の槍を持ち、全身に炎を纏った宙に浮かぶ精霊だった。


「な、何ッ!?なんだコイツは!?」


暗殺者の二人は素早く後方回転を二、三度行って退(しりぞ)き、距離を取る。


彼女は二人の黒衣の者にそれぞれ二本ずつ、計四本の炎の槍を放つ。


「くッ!?下がるぞッ!」

「おうッ!!」


彼らは体術を駆使し、炎の槍を躱しながら廊下の奥の方へ逃げる。躱された炎の槍は廊下のそれぞれ別の個所の壁に突き刺さり、壁をゆっくりと燃やしていく。


奥の方に仕込みや片付けなどの作業がまだ残っている者がいたのか、暗殺者達の怒鳴り声が聞こえる。


「死にたくなかったら、離れにでも失せろ!!」


悲鳴と、慌てて逃げるような複数人の足音が遠ざかっていく。


廊下の逆の方を見ると、子爵が広々としたロビーの方に逃げていた。そこは、シャンデリアや壁に取り付けられた燭台が煌々と輝き、室内を明るく照らしていた。

大理石の床の上に豪奢な装飾と柔らかなカーペットが敷き詰められた床が、廊下で繰り広げられている騒動にも「我関せず」と言わんばかりに威厳ある雰囲気を醸し出している。

二階まで吹き抜けになっているその空間には、大きなアーチ型の窓があった。外では激しい雨が降りしきり、その窓を叩きつけていた。


子爵は緊張と恐怖の色を浮かべながら、急いで窓の方へ向かっていた。魔女はつい先ほど、彼の筆頭執事を魔法で焼き殺している。その光景が子爵の心に深い恐怖を植え付けていた。

彼は大きなアーチ型の窓の前で一瞬立ち止まったかと思うと、反射的に振り返り背後を確認すると、そのまま階段を駆け上がり始めた。


部屋から出てきた()()()()()は廊下に立ったまま、何故か動いていなかった。


豪奢な階段は中央で一度折り返し、二階へと続いている。子爵はその階段を駆け上がり、後ろを振り返ることなく上階へ逃がれようとしていた。


外の激しい雨音が屋敷の中にも響き、雷鳴が轟くたびに窓が振動する。子爵は濡れた額の汗を拭うことも忘れ、ただ恐怖に駆られて階段を駆け上がり続けた。


彼女は少し迷ったが、黒衣の者達については『()()がついてる限り、あいつ等が()()()()()()()()()()分かるわ』と、()()で追跡することを放棄し、子爵を追いつめる事にした。

ロビーの方へ靴音を鳴らしながら歩いていく。


「……うふふふっ。どこへ行こうというのかしら!?」


大理石の床に彼女の足音が響く。


ゆっくりと、そして確実に階段を上っていく。


二階に到着すると、延びた廊下の先で、ある部屋の扉がバタンと閉まるのが見えた。扉が閉まると続けて「ガチャン」という鍵をかける音も聞こえた。


「うふふふっ。鬼ごっこは終わりよ?」


彼女は優雅に廊下を進み、その部屋の扉の手前まで来ると立ち止まる。

そして、指先でその部屋の扉を指すと、背後の炎を纏った巨体が扉の前に進み出る。それ(・・)が拳を握りしめ、力を籠める。ビキビキと音を鳴らし、右腕の上腕二頭筋の筋肉が盛り上がると次の瞬間、衝撃波を伴うような鋭く重い一撃を放つ。

分厚い扉は蝶番ごと吹き飛び、奥の柱に激しく衝突し、その衝撃で木材がバキバキにへし折れる断末魔を上げて粉砕、もはや鍵など何の意味もなさなかった。


彼女は靴音を響かせ、優雅に部屋に入ってくる。部屋を見渡し、子爵の姿を確認すると立ち止まり、腕を組んで口を開く。


「ここがあなたの居室?終点が主の間とは上出来じゃない?」

「わ、わ、私に何の用だ!?」


子爵は腰を抜かして狼狽し、顔中に大量の汗を浮かべている。


「あなたが黒衣の連中(あいつら)のボスよね?」

「しっ、知らん!私は関係ないッ!」

「さっき、あの部屋であなた達一緒にいたじゃない?そ・れ・に『ファイエルブレーズ』って、自分の口で言ってたわよねぇ~?今更そんな言い訳が通ると思ってるのかしら?」


彼女はぶつぶつと何かをつぶやくと手のひらの上の宙に炎の塊を作り出す。


「……こ、降参だ!たっ、助けてくれ!そ、そうだ!我が子爵家で代々受け継がれてきたこの杖と、わしの嵌めているこの金の指輪をやろう!?だから命だけは助けてくれ!う、売れば、二つ合わせて五十アルブル金貨は下らぬはずだっ!!」


子爵は、指にはめている重厚な金の指輪を外そうとするが、太くなった指から中々抜けない。作り笑いを浮かべ、それならばと、大きな赤い宝石が柄の頭部分に付けられ金の飾りのついた杖を、柄の頭についた宝石をこちらに向けて差し出してくる。


訝しげに、子爵を見下している彼女。


「た、足りんか!?なら、この屋敷の中にある物なら絵画でも、彫刻でも骨董品でもなんでも持っていって良いぞ!?」

「…………」


彼女が子爵に近づき、その杖を受け取ろうとすると、子爵は不敵に笑みを浮かべる。


「かかったな!?死ねぇいッ!『火球(ボー=ディフー)』!」

「しまっ……!?」


杖の頭に付けられた赤い宝石が輝き、眩い閃光を放つと、先端から少し離れた宙に魔法の火球が生まれ、その火球が至近距離で彼女を襲う!


彼女は身を守るように身体をよじり、咄嗟に目を閉じて、両腕を顔の前で交差させる!


だが、その放たれた魔法は彼女には届かなかった。

彼女が恐る恐る目を開けると、その魔法は赤々と燃える鱗に覆われた人型のシルエットをした巨体の精霊によって阻まれていた。

精霊は彼女の前に立ち塞がり、迫りくる火球を弾き霧散させていた。


「ば、ばかなっ!?この至近距離でしくじるなどッ!?」


驚愕の表情で叫ぶ子爵に対し、彼女はその目で見られた者が凍えてしまいそうなほどの冷酷な視線を子爵に向ける。瞳には怒りの炎が燃え盛っていた。

そして、彼女は淡々と子爵を見下(みくだ)して言い放つ。


「……この後に及んで私を騙すだなんて、大したものね?あなたは……いえ、あなたというのもおこがましいわね。お前は、太ってるから”豚”と呼ぶことにするわ?うふふっ。私にこんな事をしたのだもの。普段はあまり使わない、とっておきの残酷な魔法でじわじわと殺してあげる。豚っ!私と、私のモノに手を出したこと、たっぷりと後悔しながら死になさぁい?」


彼女は子爵に向かい、片手を上げると詠唱を始める。


『地獄の門よ 今ここに開け! 業火よ 餓鬼の魂よ 貪り尽くす為に 我が呼び声に応えよ その苦痛と永遠に続く乾いた飢えよ その虚無なる欲求から、今、一度の解放を求める魂よ 汝に我が敵の血肉を与えん! 焔業(アンフェール)飢餓(フラム=ファ・)地獄(アンフェル)!!』


彼女が魔法を唱えると、子爵の()()()()光る円形の門が現れる。その門の中には形容できない冒涜的な何かが蛇の様な緩慢な動きで流れ蠢く場所と繋がり、”門”は全長1カンヌ(約3m)程の、人の唇のような形に姿を変える。

その門からは、この世のありとあらゆる不快な匂いを集めて混ぜたような吐き気を催す腐臭が溢れ、その異臭が刻々と室内に広がっていく。冒涜的な何かの隙間から、この世のモノとは思えないほど暗い漆黒の炎がチロチロと蛇の舌のように姿を現しては消える。


子爵の体は既にその唇に囲まれた()の中にあり、身体の下はもう堅い床ではなく異形のモノ(・・・・・)になっていた。


「う、うわぁあああああっ!?何じゃこれはぁッ!?」


彼は逃げようともがくが、腰は抜けたままで下半身に全く力が入らず、手に力を入れると、その手は柔らかく、ぬるくて臭い蠢く異形の何かの中に重力に従いズブズブと沈み込んでゆくだけで、身体を支える事すらできず、その場から動く事は叶わなかった。


”門”の中で対流し、流れ、蠢く形容できない冒涜的な何かから、人の赤子の姿に似た幾つもの何かが現れて子爵の体にへばりついていく。

腐敗し、所々がどす黒い紫色や赤色に変色した皮膚をもつ()()は、汚泥のような腐臭を放つ廃液を穴と言う穴から垂れ流し、赤子の様な鳴き声を上げながら凶悪で穢れた不揃いの歯を剥き出しにして、子爵の体に噛り付き蝕んでいく。


「ぎゃああああああああ!!!痛いッ!痛いッ!!助けてくれ―――ッ!」

「うふふっ。私の『ファイエルブレーズ(おもちゃ)』に手を出した報いをうけなさい……。うふふっ。アーッハッハッハ!!」


彼女の狂気に近い笑い声が、部屋中に響き渡る。


蠢く冒涜的な何かが対流し、時折覗く隙間から漆黒の炎が子爵の体の一部を舐める様に燃やしていく。


「あっ、あっ、熱ぅい!熱い―――ッ!!はぁっ、はぁっ……もう、二度とあいつらには手を出さ、ア―――ッ!ち、誓うッ!だから、もぅ許してくれぇええええ!!!」


鼻水を垂らし、口の端から涎がとめどなく溢れ、ボロボロと大粒の涙を零し、泣き叫んで彼は許しを請う。


その様子を、鼻で笑うように見ている彼女。


「……ああ、確かその金の指輪もくれるって、さっき言ってたわよね?」


彼女はぶつぶつと何かを唱える。


『……紅円(セルクルージュ)


三日月のような形をした、1マン(約30cm)程度の大きさの剃刀の刃よりもなお薄い、紅く光る円盤が出現する。それは彼女の前で回転を始めると、回転速度を上げていき、高速回転しながら子爵の方へ飛んでいく。

それは心地よい軽快な音をあげて子爵の人差し指と中指を飛ばす。円盤はそのまま弧を描いて飛び、壁に突き刺さると音もなく消えた。


「……わ、私の、私の指がぁあああ!?」


狼狽し、その後言葉にならない声で喚く子爵。


指は”門”から少し離れた床に落ち、二、三度、跳ねた後、転がる。彼女は指輪が嵌ったままの指を拾い上げ、重厚な金の指輪を外すと、残った指を”門”に放り込む。そしてその部屋の彼女の近くにあった布状の物で指輪に付着していた血を軽く拭き取ると、外套に仕舞いこむ。そして床に転がっていた先ほどの杖を拾い上げる。


「この杖は魔道具オブジェ・マジックね?この程度の魔法を放つ魔道具は、昔は人間によって沢山作られていたものだけど、今の時代にはあまり見ないから、案外残ってないものなのかしらね?これって稀少価値っていうの?売る先を間違えさえしなければ、きっと高く売れそうね?んふふっ。私が大事に活用してあげる。もしかしたら豚がさっきいってた金額より、ウンと値が付くかもね?」


先ほどまでの怒りが嘘のように、彼女はニコニコと微笑みながら、子爵を見つめる。


開いた”門”自体の大きさはさほど大きくはない。幅は1カンヌ(約3m)程あるものの、上下の分厚い唇は手を伸ばせばすぐ届く所にあり、その先にはしっかりとした部屋の床がある。


……だが、子爵はすでに身体がでっぷりと肥えた腹の方まで程沈み込み、両腕に至っては肘付近まで既に餓鬼に蝕まれて失っていた。これではその分厚い唇に手をかけてそこから脱出する事も出来ない。


通常、知覚できる激しすぎる痛みに対しては脳が気絶という処理を行い、その痛みを意識から遮断する。が、子爵は気絶する度に、新たな刺激で覚醒を促される。意識を失ったまま、眠るような暗い世界に身をゆだねる……という事すら許されなかった。


彼が今いるのは、”門”により地獄と半ば繋がった虚数空間である。彼のいままで行ってきた所業により、暗い異界の影響力が強く働き、その魂自体が果ての無い深き闇の底に引きずり込まれようとしている。

さらに、この期に及んで”死にたくない”という渇望が、肉体から魂が離れる事を拒み、ショック死して楽になる事もできずにいた。


子爵は度重なる激痛と、嚙み千切られ、そこから流れ出た出血量がすでに危険な域に至っていた。普通ならとっくに死んでいてもおかしくない状態……にもかかわらず、彼はいまだ”門”によって()()()()()()()()()()。すでに子爵の精神は崩壊しかけており、意識は混濁し、その目は何も捉えていなかった。


その状態から暫く過ぎた時、餓鬼の口から一斉に青黒いような暗緑のような半透明の粘液がゴボゴボと吐き出され、子爵の身体を覆い尽くすように広がっていき、そのまま全身が覆われると、ゆっくりとその身体は沈んでいった。


子爵の姿が完全に消え失せると、その門は……開いている口から冒涜的な形容しがたいものが溢れ出し、舌のようなかたちを取ると、唇を舐めるような……まるで舌なめずりをするかのように妖しく動き、それが奥へ引き下がって姿を消すと、ゆっくりと閉じていく。そして、そのままその存在を朧げに消してゆくのだった。


「あはははっ……♪」


それを最後まで見送った彼女は不敵な笑みを浮かべて、その部屋から廊下に出る。

黒衣の男たちの気配は既に消え去っていた。静寂の中で、彼らの首に付けた魔法の鎖が各方面へと延びているのを感じ取った。男達はバラバラに逃げたのだと直感する。


「あら、一人に時間をかけすぎちゃったわね……」


と、彼女は自分自身に対し、あきれた様子で小さく呟いた。


その瞬間、彼女は自分の体が冷えきっていることにようやく気づいた。雨に濡れた服が肌に張り付き、体温が奪われている。頭がぼんやりとして熱っぽく、咳がこみ上げてきて、何度か咳込む。自覚症状から、自身が風邪をひいた事を認めるしかなかった。


くッ、こんな時に……。


と、彼女は心の中で呟き、成長途中の弱い己の体を呪う。何とか気を取り直して冷静さを取り戻すと、廊下を進み、二階から折り返し階段を降り始めた。階段を下りる途中、雨音が屋根を叩く音がますます激しくなり、それがぼーっとしかけた彼女の耳には熟練の奏者らに奏でられた音楽のように届いていた。


やがて一階に降り立つと、一瞬足を止めた。

そこは二階まで吹き抜けになっている見事なロビーだった。


ロビーの正面には、二階まで届く大きなアーチ型の窓があった。彼女の眼はその窓に向けられる。徐に手をかざし、力強く詠唱を始める。


『我は命じる 火よ火球となりて出でよ その猛る力を解放し 爆ぜよ 爆裂火球(エクスプロジオン)


魔法が、彼女の手から放たれた。


次の瞬間、窓が激しい轟音と共に吹き飛び、ガラスの破片が四方に飛び散った。冷たい夜風と共に雨がロビーの中に吹き込み、一瞬で空間は湿り気を帯びた。


彼女は堂々と足を踏み出し、砕けた窓の縁を越えて屋敷の正面の庭に出た。

冷たい雨が彼女の髪や服をさらに濡らす中、体調の悪さを感じながらも、決然とした表情で夜の闇の中に立つ彼女の姿は、まさに威風堂々たるものであった。


建物から少し離れると、彼女は振り向いて真っ直ぐに手をかざし、魔法を唱える!


『我が願いに応えよ 炎の王よ 燃え盛る地獄の業火をその御手に包み込み 極小の爆球と化せ その怒れる力よ 爆烈し全てを焼き尽くせ 業火(エクスフラ)獄爆烈(ム=アンフェル)!』


屋敷の中心辺りに突如発現した光球が、眩い光を放ちながら一気に膨れ上がり、爆烈する!!!

その爆発で”屋根”が、”窓”が、”扉”が、四方八方へ吹き飛び、爆炎が音を追い越す勢いで廊下を突き進み一気に広がった爆炎により燃え盛る炎が部屋と言う部屋を一瞬にして舐め回し、眩い光と共に一瞬遅れて激しい炸裂音が響き渡る。


激しい爆風と衝撃波が一瞬、雨を吹き飛ばし、彼女の羽織る外套もバタバタと激しくはためく。


一部の壁は崩れ、完全に屋根を失った子爵の屋敷の中にも雨は等しく降り注いでいき、やがて燃え盛っていた炎も段々とその勢いを失っていく。


再び頭がぼーっとする。「……チッ!」っと、彼女は自身の身体の不調に対し舌打ちをする。


屋敷に背を向けると、彼女は魔法を唱える。


『我と我が四肢の届く範囲を支配下に 其を領土とし…… 空と風から独立せん』

『万物に与えられし大地と地の精霊との契を 限りなく薄く細く霞と化せ……』

『火よ出でよ…… 我が領土へ火の円環を作れ』

『猛る火よ舞い踊れ 我が意志に従い 力を解き放て……』

『飛翔炎舞《ラント=フラーダ》』


雨が彼女の体温を容赦なく奪っていく。頭が痛い。調子が悪い中、なんとか魔法を唱えきり、飛行するための魔法を発動させる事に成功する。

結界が彼女の周囲を覆う。結界といってもこれは防御的な代物ではないため、雨はそのまま素通りして衣服を濡らしていく。


いつもなら軽やかに舞い上がるはずの彼女の体は、今は力なく空中に浮かび上がる。ぼんやりとする頭で魔力を編み姿勢制御用の炎を必死に操作する。その炎をなんとか一箇所に集め輪を構成し、学院の寮を目指して飛んでいく。


冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、彼女の視界をさらにぼやけさせる。体がとても重く感じられ、飛行する速度もいつものような軽快さとはほど遠く、気力を振り絞り彼女はなんとか寮の自室のバルコニーまで辿り着いた。


バルコニーに降り立った瞬間、彼女の体は限界を迎えた。全身の力が抜け、彼女はその場に崩れ落ちる。そこで彼女は意識を失った。倒れた衝撃で仮面が外れ、バルコニーを転がっていく。

雨は小降りになりつつあったが、まだ冷たい滴が彼女の顔を濡らしていた。



何かが倒れる音がバルコニーに響く。その音に反応して、アンは目を覚ました。彼女は寝起きのうすぼんやりした頭のまま、隣のベッドの方を見るとお嬢様の姿が無い。もしやと思い、先ほど音のしたバルコニーへ急いで駆け寄った。

バルコニーへと続く大きな両開きの扉を開けると、そこには雨に打たれ、ずぶ濡れになった外套を羽織ったネグリジェ姿のお嬢様が倒れていた。

お嬢様はピクリとも動かない。外套のポケットから黄金の指輪が転がり出ていて、その手には見覚えのない大きな赤い宝石と金の飾りが付いた杖が握られていた。


アンは彼女に駆け寄ると、自身が雨に濡れるのも構わずに彼女の体を抱き上げる。その体は冷たく冷え切っており、額に手を当てるとそこは燃えるように熱かった。彼女の呼吸は浅く、苦しそうだった。


「お嬢様!?アルメリーお嬢様ッ!?」


名前を呼ぶと、彼女は一瞬だけ意識が戻り、


「……ちょっとしくじったわね……ふふっ」


と、一言だけ漏らすとそのまま意識を失い、ガクッと頭を垂れて再び深い昏睡状態に陥ってしまった。

アンの心は凍りつく。


「お嬢様!?いやぁああああああっ!!?」


アンは驚きとショックで顔を歪め、涙を浮かべながら悲しみの叫び声を上げる。


彼女の叫び声が、夜明け前の静かな空気を切り裂くのだった。


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