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令嬢は嗤う  作者: バーン
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計画

限界試験の翌日。十六日の火曜日(マルディ)

学院の大食堂は生徒たちの騒々しい声で溢れていた。お昼時のにぎわいの中、スリーズ、フェーヴ、サントノーレの三人組は昼食を終えた後の心地よい気分に浸っていた。やがて席を立ち、彼女たちは笑顔でおしゃべりしながら、大食堂を後にして、次の授業へと向かうために歩き出した。


そんな彼女たちが大食堂を出てきたところで、同じサロンに所属する上級生が、いつもの少し厳しい表情で彼女たちを探していた。彼女は他の数人のサロンの生徒たちを引き連れており、その中にはめんどくさそうな顔をしている者もいた。上級生の彼女は三人組の彼女達を見つけると、その行く先を見計らって、彼女達の進行方向の先に立つとその歩みを止める。


「ねえ、あなたたち!」


彼女は三人組の方へ歩み寄ると冷たい視線を向け、いつもの威圧的な口調で声をかけてきた。彼女の声は響き渡り、大食堂前のざわめきの中でも良く通った。


スリーズは驚いたように声の方へ振り向き、二人もつられて彼女と同じ方へ向いた。彼女達の顔には上級生への警戒心がにじみ出ていた。しかし、彼女達はそのまま立ち止まる。


「何でしょうか?」


スリーズが堂々と尋ねると、上級生は冷たい笑みを浮かべて言葉を続けた。


「見つけたわよ、あなた達。先週私が調べて分かった事を伝えるわ?」


スリーズ、フェーヴ、サントノーレは驚きの表情を浮かべ、彼女の言葉に耳を傾けた。


「あの方のお名前はエルヴラン・ランソール・カルヴァドス様。私と同じ上級生で、学級はヴィオレット・デクラ・ヴェール学級。入居されている寮はル・パレ・デ・エトワール寮、部屋番号は二〇六号室。寮の名前の意味は『星の宮殿』だ、そうよ?エルヴラン様自身は必要最低限の授業以外、あまり出席してないらしいわ?……まぁ、数年も留年してたらそうなるのかしらね?」

「情報、ありがとうございます」


内心あまり好きではない人物だと思っているが、スリーズは彼女の情報の提供に対してカーテシーをして応える。


「じゃ、私はやる事やったのだから、あなた達も早く動く事ね?」


そういうと彼女達は大食堂の方へ入っていく。


そこで、思い出した様にフェーヴは口を開く。


「ああ、何かと思ったら『ヴィオレット・デクラ・ヴェール』って、あの夜になると淡く光る紫色の花のことね?」

「へー、上級生の学級は花の名前なのかー」


サントノーレはそのままの感想を述べる。


「情報を貰った以上、私達も動くしかないわね……」

「ジェロード様も、期待されてますし……」


目をキラキラと輝かせてフェーヴは応える。


「あんまり授業出てないみたいだし、放課後でいいんじゃなーいー?」

「そうね、そうしましょうか……」

「だ、男子寮ですよね……」

「寮長だっているだろうし、変な事はされない……と、思うわ。……そう、サロンに勧誘するだけだし、用件が終わればすぐ帰れればいいのよ?」

「そ、そうですねスリーズ様」

「男子寮、入ったことないからちょっと楽しみー。ニヒヒっ♪」

「サントノーレはすぐそんなことを……」


そんなことを言い合いつつ、三人は次の授業へと向かうのだった。



                   ◇



放課後、スリーズ、フェーヴ、サントノーレ達は男子寮『ル・パレ・デ・エトワール』へ向かうために、学院の広大な敷地を歩いていた。


現在男子寮となっている建物『ル・パレ・デ・エトワール』は、ここに学院ができる前からこの地にある歴史ある建造物である。その用地と共に権利等が学院に譲渡された際に、現在の名前に変更された。


その後、この寮は優秀な生徒を多く輩出し、入団が難しいとされる『宮廷魔導師団』へと進む者が数多くいたという。現在はかつての輝かしい面影は無く、幾つかある男子寮の中でも、ここに入ると卒業が延びる、借金が増える……等の噂が絶えず、入学の際には出来れば避けたい寮として、ここ数年は顕著にその悪名を轟かせるようになっているのだった。


彼女達はようやく到着した大きな門をくぐると、男子寮の前に立ち止まり、その建物を見上げる。


その外観は、重厚な石造りの建物だった。高い尖塔が空に向かって伸び、夕日に照らされて金色に輝いていた。

窓は細長く、ゴシック様式の彫刻が施されていた。門と共に寮を守るように周りを囲む外壁の側まで林から生い茂ってきた木々に囲まれ、静寂に包まれているような雰囲気が漂っていた。


彼女達の心には不安と興奮が入り混じっていた。男子寮へ向かうという()()は、彼女達にとって新鮮な体験であり、かつ緊張を伴うものであった。

スリーズは心臓が高鳴るのを感じた。男子寮に女子生徒が三人だけで入るのは、なんとも不思議な感覚だった。


彼女達は規則を守っているし、授業の合間の休み時間に許可を得ていたが、それでも胸がドキドキしていた。


フェーヴは手を握りしめ、サントノーレは緊張した笑顔を浮かべていた。

寮の入り口で寮長に目的の部屋の場所を確認すると、彼女達はその部屋を目指す。

足音が石張りの床に響く。若干暗い廊下をゆっくりと進んでいく。壁には古い人物画の絵画が何枚も飾られており、その目はまるで彼女達を見つめているようだった。


「大丈夫?みんな」


フェーヴが聞くと、スリーズが小さな声で返す。


「私達は許可を得ているし、何も問題はないはずよ」


しかし、彼女達の不安は消えなかった。時々どこかから男子生徒達のざわめきが聞こえる。彼女達はその度に女子生徒としての自分達の存在を感じざるを得なかった。

彼女達の足取りは不安定で、心臓の鼓動は速まっていた。


「ねえ、ちょっとドキドキするねー」


と、サントノーレが口にした。彼女の声は小さく震えていた。


「そうね。で、でも楽しみだわ」


と、フェーヴがぎこちない笑顔で応えた。


スリーズはしっかりと手を握りしめ、この雰囲気に立ち向かう覚悟を決めた。


道中、幸運(?)にも男子生徒の誰にも出会うことなく、じきに扉に金のフレームで『二〇六号室』と記された目的の部屋に到着する。


スリーズは数回ノックをしてから、自分の名を名乗り、相手の名前を呼び、暫く反応を待つ。


扉が軽く開き、中から彼女達より年齢が少々上だと感じさせる男性……少し世を儚んでいるような……そんな雰囲気を持つ執事が出てきた。


「おやおや、女子生徒だけでこの男子寮に来るとは……。さて、どのような御用でしょうか?」

「この二〇六号室はエルヴラン様の入居されているお部屋ですよね?」

「左様です。エルヴラン様になにか御用でしょうか?」

「お会いすることはできますでしょうか?」

「ただいま、エルヴラン様はあまり体調が優れなく……」


男性がそこまで言うと、奥から別の男性の声がした。


「何やら麗しい声が聞こえているではないか……。わざわざこんな所まで来るのだ。どのような生徒か、顔も見てみたい。よい、中に入れよ、コンスタン」

「ハッ、かしこまりました」


彼は扉を全開にすると、軽く頭を下げ、ついてくるようにとでもいうように部屋の奥へ進んでいく。



歴史ある寮のせいか、かつては優秀な生徒を輩出してきた寮の実績のお陰か、自分達の寮の部屋とはまるで違っていた。まず、その部屋の広さに驚く。この部屋は、私達の入っている学生寮の部屋と比べてもパッと見でも圧倒的に広く、優雅な造りになっていた。


高い天井は、美しい彫刻で飾られていた。星座や神話のモチーフが織り交ぜられ、知識と魔法の象徴として目を楽しませていた。


大理石の床は、足音を消し去り、冷たく滑らかだった。その上には、厚手の絨毯が敷かれていた。絨毯は、深紅や紺、金色の織り模様で飾られており、足元を暖かく包んでくれている。

壁は、暗い木材で覆われていて室内を静かで落ち着いた感じに調和させていた。そしてその壁に彫刻や古い絵画が飾られ、過去の栄光と謎めいた物語を語りかけているようだった。

石造りの窓から差し込む光は、部屋を幻想的に照らしている。


違う壁には背の高い本棚が並び、その書物の背表紙に書かかれている表題はここからでは分からないが、古い書物や魔法の文献であるだろうことは何となく分かる。

部屋の中央に設置されている大きなテーブルには、銀の燭台が置かれており、近くにある快適そうなソファとクッションが、読書や休息に使われているのだろう。


また、部屋の一角には、大きな石造りの暖炉があったが、季節的にまだ使われてはいないようだった。


その部屋の中には、一人の人物がソファに座って寛いでいた。彼は高貴で優雅な血統を感じさせる繊細で整った顔立ちの一方で、どこか孤独や苦悩を帯びているようだった。

最初、眼には深い悲しみや不安が宿っているような、そんな印象を受けたが、こちらが近づくと顔をあげ、私達の心の奥底まで見透かそうとするようなその青い瞳は、知的で鋭い冷徹な光を放っていた。


髪は、清潔に手入れされている一方で、その髪の毛には乱れた所があり、その不整さが何故か気になった。額には一筋の白髪が走っている。


着ている服は制服では無く、一目で分かる高貴な装いをしていた。姿勢は一見寛いでいるように見えるが、何故か彼の内面を反映しているかのように、身を引き締められるような緊張感が感じられたのだった。


「その方ら、名を申すがよい……」


スリーズはカーテシーを行い、名前を言うと他の二人もそれに倣う。


「スリーズと申します。エルヴラン様」

「フェーヴと申します。エルヴラン様」

「サントノーレだよー。エルヴラン様ぁ」


「くっ……。くく……」


スリーズとフェーヴは彼の発したその笑いに、自分達が何か大変な間違いを冒したのではないか?と身震いする。


彼はゆっくりと立ち上がり、三人の前を行ったり来たりし、二、三往復しながら彼女達の顔をじっくりと眺めていく。


三人にしてみれば彼は長身で自分達より大きく、ただそれだけで威圧感がある。


「それで?その方らは何が目的で来たのだ?」

「あのね、私たちのサロンの上級生が、あなたをサロンに誘えって……もがっ!?」


思わずサントノーレの口を塞ぐスリーズとフェーヴ。

サントノーレは、自分の口に手を押し付けられて黙るしかなかった。


「あははー、この子ったらいきなり何言ってるんでしょうねー……?」

「そうですよー、うふふふ……」


笑顔で返すスリーズとフェーヴ。

しかし、目が笑っていない。

そんな三人を、エルヴランは無言で見ていた。


しばらく沈黙が続き……

やがて、エルヴランが口を開いた。


「私は、『サロン』とかいう()()()()()には興味はないのだが、一応聞いてやろう。お前たちの所属するサロンの主人役は誰だ?」


『サロン』とは本来、貴族達による情報交換をしたり交友関係を広げたりする場である。主人役が自らの邸宅や貸し切った店などに「志」や「目的」、「趣味・趣向」を同じくする同好の同志を集め、その時々により様々な情報交換が行われるのである。


しかし、学院内で行われている『サロン』はあくまで貴族の子供達の遊びとされ、『学院』には正式な活動として認められていないため、生徒主体の『サロン』は実質的に、趣味の会のようなものである。


だが、それでも活動しているサロンについて()が主催者(主人)で、()がそこに所属しているかはそのサロンの大きな評価点であり、その次の評価は所属人数の多寡であり、それで学院内での序列はほぼ決まってしまう。サロンに所属することで得られる最小にして最大の利点といえば、より上位のサロンに属しているだけで、サロン所属の者からの報復や圧力を恐れる心理が働き、虐めの被害に遭うことはまず無いという事。影響力は確実に存在するのだ。


「……上級生のクリュエル様です」

「上級生……。ということは、貴様らはただの使いっ走りの下級生だな……?」

「……はい、おっしゃる通りです」

「クリュエル……聞いたことない名前だな?……ああ、失敬。ククク……。最近の学院の事には、まったく興味がなかったのだったよ。すまないな。ハハハ……」


右手で片目を覆い、乾いたような笑いをする。


……この人は一体何様のつもりなんだろう? ……というか!この人、さっきから態度悪くない!?いくら四大貴族家の生まれだからって…… !!


スリーズは内心ちょっとイラつき始めていた。


「それで~、エルヴラン様?今はどちらかのサロンには入っておられるのでしょうか~?」


口を閉ざしたスリーズに代わり、フェーヴがおずおずと聞いてみる。


少し間があった後に、彼はぶっきらぼうに言う。


「答えてやろう、下級生の娘よ。私は今、どこのサロンにも入っておらぬ、が……」


スリーズはごくりと息を呑む。


「……どこにも入る気は、ない」

「えー! せっかく四人で遊んだりしようと思ったのにー」


サントノーレがまゆを八の字のようにして、残念そうな表情を浮かべながら言う。


スリーズとフェーヴが驚いて、バッとサントノーレを見る!

サントノーレはサッっと横を向いて口笛を吹いてごまかす。


「ククク……。ははは!そなた、なかなか面白い逸材よな?そなたのような者、今まで見たことが無いぞ?」


彼はサントノーレを興味深く見つめて言った。


「はぁ……?それはどうも……」


いきなり何を言ってんだかこの人は……。という呆れ顔でサントノーレは返事をした。


「そなたに興味がわいた。今しばらくここに残って会話を楽しもうではないか。他の二人の娘達よ。これ以上用が無いのなら、もう帰ってよいぞ?」

「え? いやいやいや!? ちょっと待ちなさいよあんた! 女子一人だけ残して何しようっていうのよ!?」


スリーズは危機感を露わにして猛烈に抗議をする。


「何を……とは、どういう意味だ?」

「なっ……ば、バカッ! 察しなさいよ!!」

「そう言われてもな。はっきり言ってくれないと、私にはわからないのだが。だからそなた、教えてはくれないだろうか?」

「うぐぅっ! このぉー……!! 性悪ー!!サントノーレと二人きりになりたいって、何考えてるの?そんなことして一体何がしたいの?貴族の令嬢を不名誉にする気なの!?」


スリーズが地団駄を踏みながら罵声を浴びせるが、彼は全く堪えていない様子だ。


彼が指を鳴らすと、専属の執事であるコンスタンが音もなく現れる。


「いかがなさいましたか、エルヴラン様?」

「……彼女達がお帰りだそうだ。あ、その金髪の子は部屋に残してくれ」

「承知いたしました」


スリーズ達が暴れて抗議するも、体格差か筋力の差か、もしくは何かコツでもあるのか、手慣れた様子でスリーズとフェーヴはあっという間に部屋の外に追い出されてしまったのだった。



                   ◇



「……やっと静かになったな?」


彼がサントノーレに優しく語りかける。


「そ、そうですねー?」


少し緊張した様子で、サントノーレは答える。


「立ったままでいるのも辛かろう。好きな所に座るがよい」


そう言われるとサントノーレはソファにちょこんと座る。彼女が座ったのを見ると、エルヴランは執事に声を掛ける。


「飲み物と、何か甘いものを」

「御意」


暫くして、執事が彼女の前のテーブルへ香り高い紅茶が注がれた高級そうなティーカップと、焼き菓子が並べられた皿を置く。そのティーカップは白い陶器に金や銀の装飾が施されている。その外側には金色や深い紺色の花柄が描かれており、上品で華やかな雰囲気を醸し出していた。

また、それと同じような意匠の皿の上に、いくつかの焼き菓子が綺麗に並べて置かれていた。執事は、その近くにもう一つのティーカップを静かに置くと、二人の視界へ入らないよう、少し奥へ下がり待機する。


エルヴランは彼女に優しく声を掛ける。


「そなたの隣に、座ってもよいか?」

「う、うん。いいよー?」


エルヴランは彼女が座っているソファに近づいてゆっくりと座ると、片手をあげて、彼女をそっと抱きしめる。

すると彼女は顔を真っ赤にして腕の中でモゾモゾと動いて、何かを喋ろうとしたが、言葉にならないようだ。


「……そなた、名は何だったか?」

「お部屋に入った時に挨拶したのに、もう忘れちゃったんですかー?サントノーレですー」

「最初は興味がなかったからな……すまないな。もう、覚えたぞ?」

「なら、いいですよー」


と言いつつも、サントノーレは少し頬を膨らませている。


「許せ、サントノーレ」


そう言ってサントノーレの柔らかな髪を無造作に撫でる。

彼女の顔がまた、みるみるうちに真っ赤になって行く。


「綺麗な髪だな……それに、いい匂いだ……」


そう言って、さらに頭を撫でていると、恥ずかしそうにもじもじと身体を動かし始めた。

彼は、彼女の顎に手を這わせるとその顔を少し上げてみる。すると彼女は、今にも爆発しそうなくらいに赤い顔をしていた。

その顔を見ていたら、なんだかとても可愛く思えて……そのままそっと抱き寄せてみた。

……すると、彼女は身体を震わせながらも私の腕の中で小さく縮こまり……やがて安心したのか、力が抜けていくのを感じた。そしてサントノーレの柔らかさが腕を通して感じ取れた。

暫くの間のサントノーレと触れ合い……また彼女がもぞもぞ動き出したのを感じ、名残惜しかったがそっと手を離すことにした。


すると、サントノーレは真っ赤に染まった顔をあげ、こちらを見る。

エルヴランは鼻で笑うように、


「なんだ? 私に何かされると思ったのか?」


コクコクと正直に頷くサントノーレ。


「安心しろ、別に何もしないさ」


サントノーレを見つめるエルヴラン。


「な、なんですかー?」

「……そなたは、私の事をどう思った?」

「え? そうですねー。かっこいいし、優しいし……まわりの男子より大人だし……。ちょっといいなー、って……」

「私もだ」

「へ?」

「そなたが気に入ったのだ。サントノーレ嬢」

「はい?……あ、えっ!? だめ! ダメよー!」

「何故だ?」

「わ、私なんて、周りの子達と比べてもかわいくないしー?そ、それに、い、いきなりすぎるよー!私達って、今日、出会ったばかりだよーっ!?」

「時間など関係ない、私が気にいったのだ」

「で、でも……」

「なんだ、私の事が嫌いなのか?」

「うっ……。ちょっと、好き……かも……」

「ならば問題ないではないか」

「で、でもっ、エルヴラン様はこの国の四大貴族のご子息の方ですよねー?それなら、もう決まってる婚約者とか、いるんじゃないんですかー?」

「ふむ。確かに今まで何人かそういった相手はいたことはあったぞ?それ以外にも、流行りのお洒落とスイーツの事以外、何も考えてない頭が空っぽの令嬢達の多くも、私の家柄目当てに言い寄ってきたものだ。だが私は、私に過剰に伸し掛かる周囲の期待や、生まれ持った血ゆえにそれが出来て当たり前だという勝手な思い込みによる重圧などに嫌気が差して反発し、留年を繰り返すという『家』への反逆を実行に移した。するとどうだ?勝手に相手の方から離れていったぞ?ククク……ハーッハッハッハ!

その後、私が学院から追い出されていないのも、どうやら家の方が私に何も言わずそのまま金を学院の方へ継続して出しているようだからな。さすがに『学院の中退者』という不名誉な者を一族から出す訳にはいかんと思ったのか、ククク……。私は私だ!貴様ら有象無象の思い通りにはならんぞッ!」


手入れがされている整った髪の中に片手を突っ込んで引っ掴み、歯を噛みしめ、恨むような眼でどこか遠くを見つめながら彼が吐露するその言葉に、一瞬、彼の内面に渦巻いている苦悩や不安が垣間見えたような気がした。


「エルヴランさまー……」

「んっ、なんだ?」

「大変だったんだねー。あ、うーんと、ごめんなさい。別にエルヴラン様の過去を馬鹿にしているとか、そういうのじゃなくてー……」


エルヴランはニヤリと笑みを浮かべる。


「お前は、やはり面白い奴だな」

「えっ?」


サントノーレは不思議そうに首を傾げる。


「ますます気に入ったぞ。やはり、そなたは私と一緒になるべきだろう!」


サントノーレは少し考える。


……うん?何で私、こんなに気に入られてるんだっけ?でも……エルヴラン様は大人びてかっこいいし、少年のようなちょっと拗ねてる所もあってかわいいし……まぁ、お友達になれるなら嬉しいかなー?


執事が、いつの間にかエルヴランの側に来て、少し腰を屈めて耳元で何かを囁いている。


「……そうか、私とした事が結論を急ぎすぎていたのか!ふふ。サントノーレ嬢。では婚約と言う事でどうだろうか?」

「へ!?わ、私なんかを?そんな!早まってはダメです!!」

「君は、嫌かい?」

「い、いえ……。その、あの、それでも婚約も早すぎだと思うのでー!?今はまだ、お互い性格とか分からないじゃないですかー?それで気に入らなければ別れられる段階(ゆうよ)も必要だと思うしー?まず、お試しでお付き合いから始めるということで様子を見ませんかー?」

「うむ!確かにそなたの言う事も尤もであるな。では、これより私達は付き合うという事で、よいな?」

「……あっ」


サントノーレはこの時初めて己のミスに気付いた。


「いやっ、あの……わ、私は……!!」

「んん?嫌なのか!?」

「そ、そうではなくてですねー……?」


エルヴランは片腕を挙げるとそっとサントノーレの頭に置いて、優しく撫でる。


「ふにゅぅ~……⁄(⁄ ⁄•⁄ω⁄•⁄ ⁄)⁄」


サントノーレの顔がまた、段々と赤くなっていく。


「私は、そなたの事が知りたい。まだ、寮の門限までには余裕があるのだろう?」

「は、はいー」

「ふふふ、男子寮は飢えた狼が多い。そなたのような麗しい女の子一人で出歩くには少々危険だからな?帰る際には、私がそなたの寮近くまで送っていこう。……では、時間が来るまでもう少しお互い話をしようじゃないか?ハッハッハ!」

「あ、あはははー……」


エルヴランはそう言って部屋に高笑いを響かせ、執事のコンスタンは祝福する拍手を続けるのだった。



                   ◇


翌日の放課後。

生徒会室。


「え?保存食ですか?」


マルストンの、まだ声変わりしていない丸みを帯びた声が辺りに響く。


生徒会の業務が一段落し、皆でお茶を楽しんでいる所でアルメリーはマルストンの隣に座り、保存食について質問したのだった。


「えっと保存食には幾つか種類がありますが、自分の知ってることでよければ話しますが……少々長くなると思いますが、それでも聞きますか?」

「ええ、お願いね ♪ 」


アルメリーは彼にニコッと微笑む。


マルストンは頭を掻いて、嬉しそうに解説を始める。


「では……いきますね。まず、代表的なものは乾燥させたものです。ライ麦や小麦などの穀物は天日で乾燥させて保存します。果物や野菜は暖かい気候では天日乾燥されたものがあります。皆さんも知ってると思いますが、フリュイセック(ドライフルーツ)ですね。涼しい地域では果物や野菜を薄く切ったものをオーブンなどでゆっくりと乾燥させるそうです。リザベルト様のお家の所領であるマディラン領は確か北の方ですよね?では多分、そういう保存食が主なのでは?」

「あ……。そう、ですね……!」

「次に、塩漬けですね。肉や魚を保存するための一般的な方法です。水分を引き出して、長期間保存できるようにしたものです。船上での長い航海や、長距離の交易をする隊商の交易において重要な役割を果たしていますね」

「おっ、マルストン!なんか面白そうな話してるじゃねーか?」


話の内容に興味を持ったのか、テオドルフが自分の席を立ち、マルストンの側に来て机に軽く腰を掛ける。


「テオドルフ様も聞かれますか?」

「おうよ!将来役に立つかもしれねーしなっ?」

「そうですね」


マルストンは彼にニコッと微笑む。


「他には、肉や魚を燻製にすることで、保存期間を延ばしたり風味を付加したりします」

「漬物もあるよね!野菜や果物を酢や塩水で漬け込むことで、保存が効くようになるの。酢やハーブ、スパイスを使って風味を付けることもあるよね、マルストン君♡」


後期から生徒会入りしたシャメルが、机の向かいから激しく瞬きをしつつ、マルストンを見つめながら答える。


「シャ、シャメルさん詳しいですね。その通りです」

「きゃっ♡マルストン君に褒められちゃった ♪ 」


「あとは、蜂蜜を使ったものですね。蜂蜜は栄養価が高い食品ですが、この蜂蜜に果物を入れて密封することで長期間保存することができます。お役に立てましたでしょうか?」

「ありがとう、とても助かったわ!」


アルメリーはマルストンの手を両手で握り、笑顔で礼を言う。


「いぇ……あの……はい!」


少し頬を赤く染めて、照れくさそうなマルストン。


その隣では、テオドルフがアルメリーの行動に驚いていた。

彼は、アルメリーの行動が信じられなかったのだ。なぜなら、彼女は男爵家の人間だ。貴族令嬢としての礼儀作法や、高い水準の教育を受けている。

異性に対して、女性の側から気軽に手を握るなど()()()()()()()()()なのだ。だが今の状況を見ると……。


まさかいつの間にか何か進展してんのか?!……いや、()()()()()()精霊祭から昨日まで二人には特に何もなかったはずだ。と、テオドルフは頭の中で自問自答する。


そうしている間にアルメリーはマルストンの手をすぐに放す。


「あっ、あっ......!アルメリーさん!?あなた令嬢としての慎みがなっていないのではなくてッ!?」


シャメルは顔を赤くしてアルメリーに抗議する。


「シャメル様、すみません……」


彼女に対し、しょんぼりと詫びるアルメリー。


「分かればいいのです。アルメリーさん。オーッホッホッホ!」


彼女の高笑いが生徒会室に響く。周りにすわっている生徒会の役員達は若干引いている。

それを見て彼女も「あ……不味かった!?」と思ったのか、


「……あ、そろそろ私、学院内の見回りに行ってこないと……。では、失礼いたしますわ。ヴィクシム、トリストル、行きますわよ?ホホホ」

「「は、はい!?」」


などと言い出し、いきなり名を呼ばれた二人は困惑しながらも、同じ執行部の同期だが自分達より遥かに高い爵位の令嬢の言う事には逆らえず、手早く帯剣し準備を終わらせると、彼女の後を追いかけるように生徒会室を出ていくのだった。



                   ◇



九月十九日、金曜日(ヴァンドルディ)


アルベールは本日受講を予定していた授業を全てこなした後、皆より少し早く生徒会室に来ていた。

本日の授業が全て終わり皆が集まって来るまで、まだ1時限ほど時間に余裕がある。

彼は自分の席に深く座り、目を閉じて静かに過ごす。


まどろんでいると、生徒会室の窓をコツコツと何かが叩く音がする。


「ん、なんだ……?」


アルベールが窓に近づくと、鳩が窓の桟に留まって窓をつついていた。足に金属製の足環がついている。


「……プロスランからか?」


伝書鳩を驚かせないように、窓をゆっくりとあける。


鳩を優しく抱きながら窓を閉め、足につけられた足環から容器を取り外すと、容器を開封し、中の手紙を取り出す。


「ふむ……。そうか……」


返事を書いて容器に入れ、その容器を密封し、足環に取り付ける。


「……では、そなた。これをアイツのところに頼むぞ?」


窓をあけ、鳩を空に解き放つ。鳩は大きく鳴くと羽ばたき、大空に向け自由に飛び去って行く。




授業が終わる終礼の鐘が鳴り、暫くすると生徒会の役員が次々と生徒会室に入ってくる。


「アルベール様、ごきげんよう」


「兄貴、今日は早ぇーな?」


「……会長、何か急ぎの案件はあるか?」


「今日は生徒の皆さん大人しいですわ。見回りにいかなくてもいいかしら?なんて、オーッホッホッホ!」


「今日も、ヴィルノーはかわいいですわ♪」


「うっ、姉上……!し、仕事が無いなら、訓練行きますよッ!?」


アルベールは窓の側に立ち、肩越しに振り返りながら室内をみる。


後期から入った役員も次々挨拶をして入ってくる。


「遅くなりました。皆さま、お疲れ様です~」


今日もにぎやかな生徒会が始まりそうだなと、アルベールは微笑する。

顔を引き締め、振り返ると手を大げさに振り、宣言する。


「さあ、皆、今日も着実に業務をこなしていくぞッ!」


「「「はい!」」」


皆のやる気のこもった唱和が、室内に響くのだった。



                   ◇



その日の夜。

日が落ちて辺りはすっかり暗くなっていた。

アルベールの入居する寮の近くにある霊廟の古い石碑が、月光の下で不気味な影を投げかけ、静寂が空気を重くする。

隣に佇む小さな教会。その古びた石造りの壁が、月の薄明かりを反射し静かに輝いている。


その小さな教会に、アルベールが数名の護衛を連れて訪れていた。


小さな教会の扉を静かに開くと、中から微かな光が漏れ出る。

彼が僅かに振り向き、護衛達に声を掛ける。


「その方らは、そこで待て」

「「「はっ!」」」


アルベールは一人、教会の中へ入っていく。


この小さな教会と霊廟は、時折学院の生徒たちの眼にとまるが、その秘密を知る者は極めて少ない。


ブーツの底が規則的にカツ、カツ、カツ……と、床を叩く音が教会の内部に響く。


教会の内部は、いくつかの長いテーブルと長椅子が同じような間隔で並べて置かれている。

奥には薄明かりに照らされた祭壇と、古めかしい聖書が置かれ、室内には蝋燭の香りが漂う。


その薄明りを頼りに、教会内の一角に設けられている懺悔室へ向かうと、信者が懺悔をするために設けられている小さな個室へ入る。

懺悔室は外部からの視線を遮るために、厚い壁で仕切られていた。

個室は人一人が入れるほどの狭さで、聖職者側の個室と壁で仕切られており、その壁には椅子に座るとやや高い位置に、顔と同じ位の大きさの四角い穴が開いていて、その内側は暗い色のカーテンで仕切られ、聖職者側の個室の様子は見えないようになっていた。


「……プロスラン、いるか?」

「はっ、こちらに」


聖職者側の個室から、返事が帰ってくる。


「何があった?そなたの話を聞こう」

「……報告をあげる程の状況ではないかとも思いましたが、やはり念の為と思い、()()()()()ました。御足労頂き、ありがとうございます。では、まずはお膝元の市街における、治安悪化についてのご報告です」

「うむ、続けよ」

「……このところ、王都に幾つかある貧民窟の一つ……ルイン地区(デポトワール区を含む、より広域の区域)においてですが、そこを主な根城にする反社会的組織同士による小競り合いや抗争が活発になってきております。つい先日の十一日にも、『ファイエルブレーズ』と名乗る者達によって、地下賭博を運営していたと思われる反社組織の『カッコバルクルー』が潰されております」

「ほんの数日前ではないか……。私が学院で穏やかに過ごしている間に、まさかそのような事がおきていたとは……」

「私も現場調査に少し参加致しましたが、建物内部の大半の遺体は焼死体で発見されておりました。入り口周辺から地下道にかけての遺体は、その遺留品から構成員だと判断されました。また、地下闘技場で発見された焼死体のうち十数体はその遺留品から賭博に賭けに来た客だと思われます。『支配人』と呼ばれていた組織の代表は行方不明と言う事です。関連する組織などによる報復行為の応酬などが予想され、さらなる治安悪化が懸念されます。ですが、それもルイン地区内で済むのならば、善良な一般市民には被害は及ばず、特に問題はないと思われます……」


プロスランはそこで一度言葉を切る。


「また、先程の抗争の際、市井に逃れた数人の元構成員のうち、逮捕できた者に対する尋問や、王都警備隊の詰所に自身の保護を求めた富裕層の客などの供述もあり、現場に居たであろうと思われるある程度の人数の人物から、当時何があったかの大まかな証言は得られたそうですが……こちらがその報告書を要約したものです」


聖職者側の個室から数枚の報告書が出される。アルベールはそれを受け取りざっとそれに目を通す。


「ふむ……」

「あと、関連があるかもしれない事を一つ。ここ最近、放火や不審火などの事件も増えていますが、魔法兵団の調査によると、その幾つかの火事の内、三件に魔力の痕跡が認められるとのこと」

「何っ!?反社会組織に魔法を使う者がいるのか?」

「おそらく……」

「それは、由々しき事だな……。プロスラン、その者の存在……掴めるか?」

「それは勿論。すぐに調査に入りますよ」


堅苦しい口調に疲れたのか、プロスランの口調が少し砕けた物になる。

その口調を聞いたアルベールは、それがきっかけで何かを思い出したように口を開く。


「……プロスラン。そなたに聞こうと思っていた事がもう一つあったな」

「なんです?」

「市井で活動する時、そなたは何と名乗っている?」

「今は『オーレッド』と言う名で一応通していますが、それが何か?」

「その名前、覚えておく。何、市井で必要以上にそなたに近づくのを控えるためだ」

「了解っと。フフッ」


笑い声と同時に、向かいの聖職者側の個室にあった気配は音も無く消え去った。アルベールはその個室から退室すると、蝋燭に近づき先ほどの報告書を全て燃やす。暫くして灰と化したそれらから目を離すと、懺悔室に背を向け颯爽と教会から出て行く。


「用事は済んだ。皆、待たせたな。帰るぞ」

「「「はッ!」」」


それだけ告げると、彼は護衛を引き連れて寮に帰るのだった。



                   ◇



この前の日曜日(ディマンシュ)に、マドレリア様が中心となって活動するサロンを抜けた私達三人。


マドレリア様のサロンに『参加』するには、()()()()()()()()()という条件があり、サロンはその条件をクリアした令嬢達だけで構成されていた。

それゆえ、学院内でも割と有力な影響力を誇るサロンだった。


サロンを抜けた後で知った事だけど、マドレリア様が卒業された後はサロンの主人役をフェルロッテ様に継いで貰うつもりだったらしい。その彼女が自ら率先して三名もメンバーをサロンから脱退させた事は結構大きい出来事で……。


そもそもマドレリア様のサロンは参加条件のハードルが高く、学院の入学からすでに数ヶ月の時が経ち、もう後期に入っている。既にあるサロンの勧誘などは落ち着いて(おわって)いる状態。貴族の令嬢達は平民に比べその人数自体が少なく、稀少。もうすでに殆どの令嬢がどこかしらのサロンに入っているだろう。


マドレリア様のサロンを抜けた貴族の令嬢三人の中で、男爵家という一番下の爵位の私の家と違い、フェルロッテ様は候爵家、リザベルトは辺境伯という家格の高い令嬢なので、その空いた穴は大きく、埋めようと思っても新たなメンバーを探す事自体、大変なわけで……。


マドレリア様は卒業したら、本人はあまり乗り気ではないが、親が決めたどこかの有力な貴族の夫人になる予定だと、前にサロンのお茶会で小耳に挟んだ事があり、サロン活動に力を入れていたらしいから尚更。


でも、私達が抜けてからたった数日で、その事実はあっという間に全学年へ広まったらしい。……まぁ、あのマドレリア様のサロンだし、みんな興味あったのね。……噂の伝達の早さには私もびっくりだったけど。


あれからここ数日というもの、サロンを抜けた事に対する報復でもあるかと、学院内をおっかなびっくり過ごしていたけど、マドレリア様や、サロンに所属する方達からも特に何の動きもなかった。


「私の心配しすぎ、かな……?」


アルメリーは、そう独り言をつぶやく。


サロンを抜けたあの後の帰り道で、フェルロッテ様にマドレリア様のサロンを抜けたことに対して、「サロンから何かされるのでは?」と、私が不安で心配していることを告げると、彼女からは


「あなたはもう生徒会役員だもの!心配しないで、ね?フフッ。あなたには生徒会(わたしたち)がついているから!何かあったら任せて頂戴?」


と言って貰えた。それから私は、改めて『私は生徒会に入ったんだ』という認識が強くなり、「流石のマドレリア様も生徒会役員に手を出すことはないわよね?」と思えるようになり、抱えていた不安は紅茶に入れた角砂糖のように溶けて消えていったのだった。



                   ◇



そして、土曜日(サムディ)

授業は半日しかなく、明日の休みが今から待ち遠しい。明日はサロンを抜けたことで拘束時間もなく、これからは丸一日自由なのだ。やったー!


大食堂でお昼を済ませた後、生徒会室へ向かう。

机の上を軽く整頓したり、床を掃除してると、後ろから声を掛けられる。


「きょ……じゃなかった、アルメリーちゃん」

「ん?ああ、カロル。何かしら?あなたも来たんだ?」

「実は昨日、エルネット様に言われたこれについて、ちょっとわからないんだけど……」

「あ、そこはね……」


自分が聞いて理解してる範囲で、彼女に教えていく。

そうこうしている間に時間が経ち、いつもの役員達が次々と入ってくる。室内で挨拶が交わされている。

執行部の人達は、土曜日は週ごと交代で、半数の人がお休みしてるみたい。

今日は書類もあまり無かったので作業はすぐに片付いた。


後の時間はエルネット様を手伝ってお茶をしながらゆったりと過ごす。楽しい時間も学院の鐘が鳴って終わりとなる。


「皆さん、お疲れさまでした~!」


元気よく挨拶して、生徒会室を出るアルメリー達。


「あ、カロル。この後時間あるかな?」

「どうしたのー?ふふっ。部屋から出てもう寂しくなったのかなー?」

「もう、違うってばー!」


そんな二人の親密そうな関係を、近寄ってきたティアネットがハンカチをギリギリと噛んで悔しそうにしている。リザベルトも私の側にいるのにも関わらず、どこか寂しそうだ。


「この前の続き、どうかなって。これから図書館にでも……」

「いいわよ?特に用事ないし〜」

「あら~、()()()()は寮の仕事が溜まってるんじゃないんですか〜?」


()()()()というのは、学院内で使われる「平民出身の生徒」を指す、どちらかと言えば、まだ上品な方の俗語(スラング)の一つである。寮にもよるが、掃除・清掃などの雑事など、平民出身の生徒に何かと理由をつけて課される事も多い。ティアネットも大分染まってきてるなーと、ある意味感心する。


バチバチと、二人の間に目に見えない火花が散る。


「ティアったら、もう、なにやってんの」


ティアネットの頭を軽く叩く。


「アンタもくるのよ?リザベルトもこの後用が無ければ、来てほしいな?」

「……あ!……うん。行く……!」


こうして、アルメリー達は学院の図書館へと足を進めるのだった。




四人は図書室に着くと、それぞれ本棚から適当に本を数冊づつ取る。それを持って集まると二階に上がり、その奥にある壁際に並んでいる同じような作りの個室の一つに入る。


「ねぇアルメリーちゃん、言われた通り本を何冊か持ってきたけど、これって何か意味あるの?」

「四人も何も持たずに個室に入ったら、煩くなるの目に見えてるじゃない。そんなの司書に『注意をしてくださいー』って、言ってるようなものよ?だから、『私達は読書をしますよー』と()()()()()ための偽装工作よ」


ティアネットも続いて口を開く。


「あ、あと、ここは結構頑丈な作りと聞いてるので、話し声とかあんまり漏れないと思いますけど、念のためですね?」

「……そう……なのね?アルメリー」

「ええ、そう。だから皆、これからここで話す事は他言無用でお願いするわね?」

アルメリーの言葉に三人がうなずく。


私はリザベルトの方へ向き、彼女に話しかける。


「ねえ、リザベルト。人が死んだらどうなると思う?」

「……人が、死んだら……善き魂なら……神に召されて……新しい……命として……地上に、生まれる……と、司祭様の……説法で……聞いた事が……あるわ」

「うん、そうね。じゃあ、リザベルト。転生って知ってるかしら?」

「……死んだ人の……魂が、生前の……記憶を……持ったまま……生まれ変わる……事?」


やっぱりこの世界でも似た様な考えがあるみたい。よかった。


「うん、そう。その考え方をもっと大きくして、世界がこの世界だけではなくて、似たようで違う世界が並行していくつも存在するって考え方があるの。いわゆる異世界ってことなんだけど……理解できるかしら?」


リザベルトがちょっと理解できてなさそうだったので、彼女に分かるように説明するため、私は持ってきた同じ本の地図の頁を開き、その二冊を立てて並べて置いた。


「リザベルト。簡単に言えば、こういう事よ。本の地図、これを一つの世界と考えてみて?……わかるかしら?」


彼女はこくこくと頷く。やっと彼女の理解が追いついたらしい。


私は説明を続ける。


「……それを踏まえて、右の世界で育った子が、文明も技術も法則もまったく違う発展をした左の世界に転生する……という非常に珍しい事が世の中には起きることもあるみたいなの。つまり、別の世界で生きていた記憶を持った状態で生まれてくる……これが『異世界転生』よ。少なくても私はそう思っているわ」

「異世界……転生?」


リザベルトは興味深そうに私から目を離すことなく聞き入ってくれている。


「驚かないで聞いて頂戴。この『異世界転生』者といえる存在が……この私……」


少し間をおいて、私は口を開く。


「……そして、ここにいるティアネットと、カロルなのよ」


リザベルトは信じられないといった表情で驚きのあまり目を見開いて固まってしまったようだ。

だがしかし、事実なのでどうしようもない。


暫くすると彼女が我を取り戻したので、私は話を続ける。


「いい?続けるわよ?まず、この世界に来るまでの私の経緯と前世の世界を説明するわね?」


そう言って、私は前世の世界や日本の事、自分のこれまでの人生を語り始めた。


そして話が進み、私の覚えている人生の最後の瞬間の事を話していると、ショックを受けたリザべルトが気絶してしまい、私に倒れ掛かってくる。私は「この子にはちょっと刺激が強すぎたかしら……」と反省しながら、そのまま彼女の体重を感じ、優しく頭をなでながらゆっくりと彼女を寝かせたのだった。


暫くすると気が付き、目覚めた彼女。


「ごめんね?リザベルト。刺激が強すぎたかしら?」

「……だい、じょうぶ……耐性が……ついて……ない、私の……方が……悪いから……」


そんな彼女を、皆で暖かく見守る。

なんとか落ち着いたところで、また話を再開させる事にする。


「リザベルトが理解出来るまで、いくらでも話すからね?」

「……うん……!」


先程よりは落ち着いた様子ではあったけど、やはりショックが大きいのだろう、顔色が少し悪そうに見える。


どうやら彼女にとってかなり衝撃的だったらしく、その後しばらく彼女は私の話に出てきた前世の日本の事や、会話の中で気になったいくつもの単語について質問攻めをし、その質問に三人で全力対応したが、未だに半信半疑といった感じだ。


「私も最初は驚いたわよ?向こうの世界で意識を失ったと思った後、気が付いたら高そうなベッドの上で目が覚めて……でも、その目覚める前の記憶はなぜか思い出せないのよ。家の人には階段から落ちて頭をぶつけたらしいとは聞いたのだけど……」


確かにこの世界で目覚めてからの記憶はあるのだが、それ以前の記憶がなぜか抜け落ちていて、思い出せないのだ。そこで話が詰まってしまう。


「ティアとカロルは、前世の記憶が甦る前の記憶はちゃんとあるのよね?」

「ええ、アルメリー様。あの三人と遊んでた事や、お父様にみっちり鍛えられた事など忘れようがないです」

「私も、家に兄妹が多くて兄弟がよく喧嘩したり、食べ物の取り合いになったりして妹や弟を泣かしたり、泣いたりした事なんかをよく覚えてますし……」

「私とあなた達、なにが違うんだろうね~?」


私がそう言うと、二人は困ったように顔を見合わせる。


「でも……。アルメリー……二十七歳……だったんだ?……お姉さま……ね?」

「ちょっと、リザベルト、やめてよ~!もう。フフッ」


ティアネットが机をトントンと指で叩き、脱線した話題を元に戻すために咳払いをする。


私は頭の中で考えを整理する。日本から異世界転生した私達三人の共通点として、『夢色の遥か -Alone with youー』というゲームをやってた事に私は関連があるのだと思う。カロルは記憶が怪しそうだったけど……きっとやってたに違いないわ……多分……おそらく……。でも……うーん……。

ホントにそれだけかしら?……何か……まだパズルの欠片が足りないような、そんな気がするわ……。


私はうんうん唸って考えるものの何も思い浮かばず、ふと顔を上げると皆の視線が集まっており、その視線に耐えられず俯いてしまう。


そんな中、誰かがポツリと呟いた言葉が耳に入ってくる。


「わたし……日本へ帰りたい……」

「……!!」


すかさずティアネットが口を開く!


「カロルさん!向こうで私達、体がどんな状態か分からないし、こっちと向こうの時間の経過だって不明だし、どのタイミングで戻るかもわからないよっ!?そもそも帰還する方法だって分からないんですよ!?無理ですっ!そんなことを考えるより、この世界でこの先どう過ごすかに思いを馳せた方が健全じゃないですかっ!?」

「会いたいのよっ!裕翔(ゆうと)芽依(めい)、私の子供にぃ!!」


カロルが叫び声をあげ、顔をくしゃくしゃにして目に涙を浮かべる。


「一目でいいからぁ……うっ、うっ……」


誰も喋れない沈黙が暫く続く中、急に個室のドアが開く音がして私達は驚いて振り向く。

するとそこには眼鏡をかけ髪をきっちり七三分けにした、いかにも頭が固そうでプライドの高い感じの男性がいた。彼は数人の司書を引き連れており、こちらをジロッと見て口を開く。


「……騒がしいぞ!ここをどこだと思っているんだ!」


私達を怒鳴りつけてくる男性。……あ、思い出した。この人は偉い人だったはず……確か司書長だったかしら?あまりお近付きになりたくないタイプの人だけど、なんでそんな偉い人がこんなところに……。でも、今はそんなこと考えても仕方ないわ……一応謝っておかないと……。


「……はい、騒がしくして申し訳ありませんでした」


私が頭を下げて謝ると、その男性はイライラしたようにまくしたてる。


「ふんっ、学院の中で一際格式が高いこの神聖な知識の殿堂で叫び散らすとはな!今年の新入生は程度が知れるな!あー、嘆かわしいッ!私の大事な図書館で叫び声をあげるような猿達に使わせる部屋は無い!他の生徒にも迷惑だ!即刻、出ていきたまえ!」


そう言われた私達は、司書の人達に図書館から追い出されてしまったのだった。



                   ◇



週明けの月曜日(ランディ)

学院の大食堂でいつもの三人でお昼を食べながら、実技試験の時の事を思い出しながらティアネットと話をする。


「ねえティア、実技試験の時、色々あってひもじかったわよね。……あんな思いはもう嫌だわ」

「そうですね、確かにあれは辛かったです……」

「それで私、この世界の保存食の事を調べようと思ってこの前マルストン君に聞いたら、「乾燥食品」、「塩漬け食品」、「燻製食品」、「漬物」、「蜂蜜漬け」という分類で保存食品がそれぞれあるみたいなんだけど、手軽に持ち歩くには干し肉か、フリュイセックぐらいしか無さそうなのよねー。だからねぇ、ティア。あっちにあったじゃない?カロ……ゴホンゴホン。長期保存できてー、栄養調整食品的なやつー、作れないかしら?持ち運びしやすくて、嵩張らない手頃な大きさのモノ……。ねぇ、分かるでしょ?」


先日、図書館でリザベルトに前世の事を多く話したので、もう彼女が横にいても何も隠す必要は無くなった。お陰で気兼ねなく向こうの事を口にすることができる。まぁ、あまり向こうの言葉を多用すると他の人が聞いたら「何言ってんの、この人達?」みたいな怪訝な顔をされるかもしれないから、あまり大きな声では言えないけど。


「カロリーの友達的なアレですか?こんなブロックの形した……」


ティアネットが両手の指を使って、宙に四角を象る。


「そう、そんなやつ」

「んー。保存に向く原料は何でしょうね?もし作るなら、いっそのこと成形する型も欲しいですね。マルストン君に言ったら作ってくれますかねー?アルメリー様、今度頼んで貰えませんかー?後は、成形した中身を保護する為のフィルムみたいな……代用できそうなモノ、何かあるのかな~?……あー、後、持ち運ぶための外箱もあるといいですよねー?絶対いりますよねー?」

「アルメリー……」

「ん、なあに?リザベルト」

「私も……なにか……手伝いたい……」

「手伝ってくれるの!?助かるわ!……そうね……なら、まずは情報を集めたいわね?この世界に無いモノを完成させるには色々な発想や創意工夫が必要になると思うから、元になる情報は多ければ多いほどいいし、リサベルトは図書館とかで色々な書物を調べてくれないかしら?」

「……うん、わかった……!」


ティアネットがぶつぶつと何かを暗算している。


「ティア、いったい何を計算してるの?」

「この世界だとですね、……パン1つがパン屋さんの店頭で大体、四~八フォイユ銅貨で買えるから……、同じぐらいのレートで単純に換算したらアレってこっちだと1個、十五~二十フォイユ銅貨くらいだと思うんですよね。で、むこうでは何処でも買えたから……。よく考えたら、あっちの大量生産技術や、流通システムって凄かったんだなぁ、と……」

「そうねえ……」

「こっちで同じようなモノを作るとしたら、いくらぐらいかかるんでしょうねえ?趣味で作るぐらいなら、いくらかかってもいいんでしょうけど……」

「あははー。そんなのやってみないと分かんないわよ?それにー、作れるかどうかもまだ怪しいし?」

「ですよねえ~。あはは~。……アルメリー様、「売る」とか言わないで下さいよ?同じようなコストで作って売るの絶対無理ですからね……!?」


ティアネットは真顔になってこっちを見つめる。


「あはははははーそんな、まさかー……」


白々しい引きつった笑顔を浮かべ、顔をあらぬ方向へそらす。

そして、わざとらしく咳をして、話を変える。


「あー、そうそう!原料に使えそうなものは、とりあえずマルストン君に聞いてみよっか?」

「……そうですねー。味も重要だと思いますが……」

「ああ、見た目とか、食感とかも大事よね?あまり離れすぎてると原型(オリジナル)知ってる私達がそもそも食べる気にならないという、本末転倒になってはダメよね?」

「そうですね。あとは保存に関してですが、加熱して殺菌はするとして、その後ですね……保護や保存に関するような魔法とかは教官から聞いた事無いですし……」

「そうそう。そう言った地味だけど、生活に応用できるような汎用性のある魔法って無いよねー?」

「何か魔法付与してみますー?」

「食べたらリジェネ効果のあるレーションとかついでに研究してみたら?」

「アルメリー……リジェネってなに?」

「あー、HP……敵の攻撃などによって体に受けた損傷が、効果時間の間だけ永続的に少しずつ回復していく回復魔法……みたいなもの?」

「なるほど……?」

「あー、それいいかもですねー。魔法の副次効果として効果がある間は保存も効くかも知れませんしー?それが賞味期限にも応用できるかもですし。もういっそのこと、マルストン君を最初から取り込んで研究支援してもらいません?さっきはダメ出ししましたけど、彼の協力が得られるなら話は別になりますし?」

「なるほど、それはありね!?」

「いいものが出来たら、そのまま彼に試作品を提供して、販売を検討して貰いましょう!」

「夢が広がるわねー!」

「……ぉ、おーー!」


三人で手を振り上げ気勢をあげる。


ちょっと大きな声を出しすぎたみたいで、周りで食事をしている他の生徒達から「うるさいな」という視線を向けられる。

そうだった、話に熱中するあまり周りが見えなくなっていたけど、ここは大食堂だったわ。そう思うと急に恥ずかしくなり顔が赤くなるのを感じる。

みんなも同じらしく、お互いに顔を見合わせると、少し顔を赤らめながら席を立ち、食べ終わった食器を返却して、そそくさとそこを立ち去るのだった。



                   ◇



九月二十三日、火曜日(マルディ)


王都にいる、一部の貴族達が密かに集まる会合の場。優雅な装飾が施された、高い石造りの壁に囲まれた、とある貴族の古い邸宅。その外観は、重厚で不気味な雰囲気を醸し出していた。夜になると、尖塔から漏れる灯りが、暗闇に浮かび上がる。


その一室で、会合は不定期に開催され、招待された貴族達が集まる。彼らは陰謀を巡らせ、少しでも多くの権力を握ろうと蠢動し、暗い秘密を共有しては影の中で闇の密約を紡ぐ。


その居並ぶ貴族達の中でも、筆頭は野心家の伯爵である。彼は名声と富を追求する彼らの中でも、その心は一際貪欲であり、権力(ちから)を手に入れることに特に腐心し、自身とその集いに参加する者達を除き、他の貴族達を見下している。


招かれた貴族達は皆黒いローブに身を包み、それぞれが己を主張する特異なアイマスク状の仮面で顔を隠している。彼らは悪辣な企みを巡らせながら不穏な空気に包まれた中で静かに座り、くつろいでいる。


その貴族たちの中でも、特に不満と苛立ちが顔に滲み出ている貴族がいた。

彼は、地下賭博を運営していた組織(カッコバルクルー)を配下に置き、それを動かしていた貴族だった。ごく最近、この組織が別の組織の襲撃によって潰された事で、多額の上納金などを失い、その影響が子爵の行う行動(賄賂に始まる幾多の活動の資金繰りなど)に深く響き、彼はその事実に苛立ちを募らせていた。彼の目は、会合の参加者たちに向けられてはいるが、その裏には復讐の意志が暗く深く滲んでいた。


会合の中心に据えられたテーブルには、銀の燭台が煌めき、その明かりが貴族たちの冷たい笑みを浮かび上がらせる。不穏な沈黙が部屋を支配し、その静けさが緊張感を高める。


頃合いを見計らい、子爵が口を開く。


「私、本日の司会進行役を努めさせて頂きますクタヴィエ子爵です。ようこそ、お忙しい中お集り頂きました皆様……それでは、今回の会合を始めさせていただきます」

「最初の議題はなんですかな?クタヴィエ子爵」

「はい……。我が庇護下にあった『カッコバルクルー』を潰した敵組織の名前が判明いたしました」

「『カッコバルクルー』を失った其方の悲しみ、いかばかりか……」

「伯爵様、痛み入ります……」


子爵は伯爵の方に身体を向け、深々と頭を下げる。

伯爵は「よいよい」と言うように手を振る。


「それでは続けさせていただきます。我が庇護下の組織(カッコバルクルー)を潰した敵組織は『ファイエルブレーズ』を名乗っているそうです。それを率いている者についてですが……どうやら魔女であるらしいとの情報が」


「「「ま、魔女!?」」」


と、別の貴族が口をはさむ。


「ここの所、貧民窟での火事が相次いでいるのも、其奴の仕業と言う噂もある……だが、私がさる情報筋から手に入れた話では、その内の三件は確実に、魔法による火事と言う事らしいぞ?」

「なに、その話は本当なのか!?」

「の、野良の魔法使いの犯行だと?……いや、『()()』が市街を我が物顔で徘徊しているというのか!?」

「我が国で魔法が使える者は全て『宮廷魔導師団』『魔法兵団』『王立学院』『冒険者ギルド』『大神殿』それぞれで管理されているのではないのか!?」

「ば、バカな!?」

「野良の魔法使いなど……おのれ、どこから王都へ入った?城壁の門からか!?門番(サンティネル)達は一体何をしていたのだっ!奴らの目は節穴かっ!?」

「……だが、なぜ宮廷に報告がない?宮廷に情報が上がれば遠からず我々の耳にも届くはず。宮廷魔導師団は何をしていたというのだ!?」


貴族達の間に、ざわめきが起こる。


「お静まり下さい皆様。まずは、この『ファイエルブレーズ』を率いている火の魔法を操るこの魔女に対し、私は『灼熱の魔女』と呼ぶ事を提案するが、皆様如何か?」


「……妥当でしょう」

「うむ……」

「そうですな」

「同意する」

「それで良いのではないかね?」


賛意を示した一同を見て満足そうに頷きながら子爵は言葉を続ける。


「また、組織(カッコバルクルー)の要員の生き残りや、衛兵の詰所に逃げこんできた客から「姐さん」と呼ばれているのを聞いた、と言う報告も入っていると聞き及んでいます」


「……魔女と言うぐらいだ。妙齢の女性なのか?」

「警戒すべき存在だ!その魔女の背格好についての報告は!?」


子爵は一呼吸あけるように少し待ち、口を開く。


「皆さん静粛に……。私の入手した情報では、髪は(すみれ)色で長髪、仮面を被っている、背はあまり高くはない、との事」


貴族達はそれを聞き入れると己の興奮を一瞬で抑え、そのまま子爵の報告を聞き入る。


「さらに驚くべき事にその魔女は、かなりの威力を持つ炎の魔法を行使できるようです。現場調査報告書にて『被害現場周辺の建物にて、一列に空いた被害跡から、数件の建物をまとめて撃ち抜く程の強力な魔法を行使したと思われる』、との記述を見ました」

「馬鹿な!!」

「数人で行う集団魔法の間違いでは!?」

「有り得ないだろう!?」

「信じられん!」

「事実です。王都の捜査や取り締まりを行う王都(エグゼクテゥー)執行官(ル・ロワイヨ)の報告書に、しかとそう書かれておりました」


その言葉を契機に一人の貴族が立ち上がる。居並ぶ者達の視線がその貴族に集中する。その視線を受けた貴族は子爵と同じく、悪辣な企みを好む野心家だった。彼は皆の視線を受けてニヤリと笑い、口を開く。


「諸君……これは好機である!我々を破滅させようとしている何者かがいる事は明白だ!!我々は一致団結し、この危機に立ち向かうべきである!!!」

「そうだ!」「その通りだ」「我らに牙をむいた愚か者に鉄槌を!」「鉄槌を!!」と言う声が次々と上がる。

その様子を満足げな表情で眺めていた子爵はおもむろに言う。


「……わが手の者達で『ファイエルブレーズ』とやらの拠点を調べておきます。少々お時間を。奴らの拠点が判明した暁には、伯爵様、……例の者達をお貸し願えますでしょうか?」

「よかろう、あやつらをそなたに貸し与える。不届き者達を誅するがよい……」

「ははぁッ……!ありがとうございますッッ!」


子爵は、伯爵に向けて深々と最敬礼をする。

最敬礼で他の者からみえなくなった目には憎悪が渦巻き、口角が吊りあがる。


くくく、『ファイエルブレーズ』とやら、貴様らの命運、これで尽きたも同然よ。せいぜい残り僅かな日々をその手にした財貨で浮かれて過ごすがよいわ……。既に処刑の準備は整ったのだからな……!!


その後もそこに集った彼らは、己らの『利益と権力を増やす』為、『自分のほうが優位であることを周囲に示す』為の他貴族達の情報(ゴシップ)交換や、陰謀を巡らせる会合を続けるのだった。



                   ◇



集会の後、子爵は自身の配下に抱えている情報収集等を主な任務とする組織の元に馬車を向けた。


到着したのは、港湾に立ち並ぶ使い古された倉庫の一つ。遅い時間の所為か、辺りには人っ子一人いない。割と短い周期で次々と根城を変える彼らが、現在拠点にしているその倉庫に、堂々と子爵が入っていく。

入り口周辺にいた構成員の一人に、子爵は組織の者達をすぐに集めるよう命令する。

やがて彼らが集まると、子爵はおもむろに口を開く。


「お前たち、『カッコバルクルー』は知っているな?」

「「「はっ!」」」

「私が目をかけ、手塩にかけて大切に育てた組織だった……それを、それを……!」


声のトーンを下げてそう言い放つ子爵の顔は鬼気迫るものがあり、組織の面々もそれにつられるように真剣な顔つきとなる。そんな彼らに視線を向けつつ、子爵は言葉を続ける。


「『ファイエルブレーズ』と名乗る奴らが、我が配下の組織(カッコバルクルー)を襲撃し、組織の者達をなぶり殺し、あろうことか財貨を根こそぎ奪っていったのだ!この屈辱、分かるか!?」


あの地下闘技場、秘密裡の建築や整備等に、ワシがどれだけ財や心血を注ぎ込んだ事か……!あそこにあった財貨は本来全てワシのものだ!取られた金や宝は必ず根こそぎ奪い返してやるぞ『ファイエルブレーズ』めぇええッ!


怒り心頭と言った様子で拳を振り上げて叫ぶ子爵の姿に、周囲を囲む組織の者達から動揺が広がる。


そんな彼らをよそに、子爵はさらに怒りを募らせた表情を浮かべながら話を続ける。


「『ファイエルブレーズ』を探せ!どこかに奴らの巣窟があるはずだ!探せ!」


子爵は握りこんだ手をわなわなと震わせながら、血走った目を周囲に向けると、組織の構成員達は弾かれたように立ち上がり、各々に散って行こうとする。


「待て……」


その地の底から響くような声に畏怖した構成員達は全員その場で静止し、子爵の方へ向き直ると膝をつく。


「念の為ワシの方でも、商業区や居住区などの不動産登記を調べておく……。阿保でもない限り馬鹿正直に自分達の名乗る組織名では登録しとらんだろうがな……。貴様らは貧民窟の方で状態の良さそうな建物を虱潰しに調べろ。根城を構えていれば確実にまともな衣服を着た連中が出入りしているはずだ。……確か赤い布をつけていたという話もあったな?見つけたらすぐに報告せよ。……組織(カッコバルクルー)を潰せるヤツらだ。魔女だけでなく、手練れもいるかもしれん。少なくてもそれなりの人数がいる組織だろう……。手は出すでないぞ?まずは情報を集めよ。拠点の場所、構成人数……正しい情報こそが勝利の絶対条件よ……」


子爵は一呼吸置き、再度口を開く。


「……ああ、ついでに一つ言っておく。貧民窟で『ファイエルブレーズ』の根城と思われる建物を絞り込む際に、候補となる建物に勝手に住み込んでいる薄汚れた浮浪者共は、クソを垂れ流すだけの世の役に立たぬゴミ共だ。調査の邪魔になるなら……殺せ」

「「「はっ!」」」


ふふふ……。候補の建物を一つずつ()()にしていけば、移民どもの末裔の掃除と共に一帯の再開発も可能になるだろう。なぁに、手続きなど書類だけで済ませられる。王都を()()にするのは、ここに住む我々高貴なる貴族の責務であるし、な?まぁ、その際の手柄はワシら反王族貴族派閥のモノになってしまうがな。ハハハ……。


子爵は口角を上げ、ニヤリと笑う。


「それに、今回はさる高貴なお方から『死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』をお借りする事もできた……クックック……」

「裏社会でも恐れられている、あの暗殺集団……『死神(ラ・モール・)の鴉(ド・コルボー)』を!?」


配下の組織の者達が驚愕して声を上げる中、子爵はその笑みをさらに深め口を開く。


「そうだ……これ程、心強いモノはなかろう?こやつらさえいれば、奴らを完全に叩き潰すこともできるというものよ。まぁ、今まで聞いたことのない名前を売り始めたばかりの組織には、ちょっと過剰戦力かもしれんがなぁ!フハハハハ!!」

「「「おぉ……!」」」


子爵の発言に、組織の者達は感嘆の声を漏らす。


「……いいか?最優先の目的はヤツらの根城の確定だ。場所を突き止めたなら、まず報告せよ。ワシも色々と根回しをする時間が必要だからな……」

「「「はっ!」」」


その答えを聞くと、子爵は満足げに微笑みその場を去る。

構成員達は子爵を見送ると、一斉に動き出す。


馬車に乗り込んだ子爵は、一人椅子に腰かけるとふぅ……っとため息をつく。


『ファイエルブレーズ』め、絶対に許さんぞ……。


その瞳には静かな炎が燃え上がり、暗い馬車の中で煌々と輝きを放っていた。


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