工房
姐さんが『工房』から離れ空に飛び去った後、後を任されたバルナタンは壁を背に座り込み、改めて皆を見渡す。
出撃した全員の内、半分程が大なり小なり何かしらの傷を負っている。中には重症の者もいる。
酷い者は水の鞭で裂傷を負っている者や、内臓をやられている者までいた。
この様子では、暫く戦闘などは不可能だろう。
「今日は疲れたな……」
「そうっすね……」
「……あいつは、その後、容態はどうだ?」
「多分だめじゃないスかね……。大岩マトモに腹に食らってましたからね……。口から血、吐いてましたし、連れて帰ってから何回か声かけましたが……もう、マトモな反応も返してこねーですよ……」
「そう、か……」
「ウチらにマトモな防具でもあれば違ったんすかね……?」
「どう、だろうな……」
そう言うとバルナタンは立ち上がり、外に向かう。
「兄貴、どちらへ?」
「まだ、荷卸しがまだ終わってない荷車もあっただろう?少し手伝ってくる。……お前は怪我しているからな。とりあえず、今は休んでいていいぞ……」
「兄貴……すみません」
「何、気にするな……」
バルナタンは軽く手を上げ、笑って返すのだった。
◇
ジェレマンと生徒会長が生徒会室で二人だけで会話をした、その日の夜。
目を覚ますと、見慣れた天井が視線の先に広がっている。私はゆっくりと体を起こし、周りを見渡した。
ああ、ここは寮の『私』の寝室ね……。
寝ぼけ眼のまま、ぼんやりとした意識の中で独り言ちる。
「あれから何日たったのかしらね……」
「……お嬢様、お目覚めですか?」
となりのベッドでアンが起き上がろうとしている。
「……ええ、ちょっと。それよりアン。今日は何日かしら?」
ベッドから起き上がると、彼女は柱に掛けてある学院から支給されている暦をちらりと確認する。
「今日は8月17日でございます」
「そう……」
彼女はアンに背を向けたまま指を鳴らすと、彼女の瞳から光りが消え虚ろになり、まるで人形のように意志が見えなくなる。
アンは己の意識を失い、言われたまま動く傀儡人形と化す。
「外出したいわ。着替えを」
「……はい。かしこまりました、お嬢様」
そして着替えを済ますと、バルコニーに出て軽く周りを確かめる。誰にも見られてない事を確認すると室内へ戻り、アンにベッドへ戻って寝るように指示する。
そのまま彼女を横目で観察し、ベッドに潜り込むのを確認すると、仮面を付け、再びバルコニーへと出て魔法を唱え、暗い夜の空へと飛び立つのだった。
◇
彼女は自身の『工房』の近くに降り立つ。
『工房』に近づくと、門番をしている部下が彼女に気付き、挨拶する。
「姐さん、お疲れ様でございます!」
彼女は片手を上げ、その挨拶に応える。
彼は扉を開け、中に彼女の到来を告げる。
「あっ、姐さん、ご到着でございます!」
「『です』、でいいのよ?ございます、はいらない。いいわね?」
「はい!姐さん!」
「んふふ。いい子♡」
工房の中に入ると、奥からバルナタンが出てきた。
「姐さん、お疲れ様です」
「バルも、おつかれさまぁ~」
彼女は両手を広げ、彼に抱きつく。
彼の胸板に顔を埋め、甘えるようにすり寄る。
「ははは……何をされているのですかい、姐さん」
「あら、別に構わないじゃない。あなたは私の物なのよ?」
「ええ、確かに俺ら皆、そう言われればそうなのかもしれませんがね……?」
バルナタンは全く動じないままだった。
彼女はつまんなそうに顔を上げると彼に質問する。
「私がいない間、何かあった?」
「まずはコレを見てやって下さい」
バルナタンはカルクールが書き上げた目録を手渡す。
「この前手に入れた財貨の目録です。カルクールが書き上げました。俺達の中、誰も専門の知識は無いんですが、何も無いよりは格段にマシでしょう」
彼女はその中身をパラパラとめくり、確認する。
「あら、へぇ……。割と良く出来てるじゃないコレ。写しはあるかしら?」
「いや、それは……無いんじゃ無いかと思います。俺らの中で字を書けるやつ、あんま居ない無いんで……」
「ふぅ〜ん……」
顎に手を当て、少し何かを考える彼女。
半分は組織へ、残り半分は私の取り分、とあの男と約束はしたけど、具体的にどう分けるかは実は悩んでたのよね……。大まかな感じでは伝えてるけど……。まぁ、あの男に任せっきりでもいいかもだけど、出来れば、このお宝達の価値くらい、ちゃんと知っておきたいしね……?
価値……鑑定……宝飾品……?あっ、そうだわ、いいこと思い出したわ!学院の、あのころころしてかわいい男の子。マルストンっていってたかしら?あの子、たしか大きな商会の子だったわよね。商会ならその関係でちゃんとした鑑定士の伝手はあるだろうし……。でも、どうやってあの子に頼もうかしら?……そうだわ、アンに上手いこと頼めばいいわね。うふふ……。
……それに、そのままあの子の商会に売るっていうのもありかしら?でも、いくら私が仮面をつけて、髪の色と長さが違ってるとしても、何度も取引をすれば誰かに不信に思われるかも知れない。いつか何かから『私』だとバレるかもしれない。そもそも、最初の段階でお宝の出所を問い詰められると返答に困るわね……。やはりあの子を使うのは、やめておく方が賢明かしら……?なら、どうしようかしら……。
少し間をおいて、彼女は口を開く。
「コレを書いた子は何処かしら?」
「これ書き上げた後、奥で寝ています」
「あら、そうなの。じゃ、起こすのは可哀そうね。次は合わせてね?」
「はっ!」
一度敬礼をして姿勢を戻すと、バルナタンは懐から蝋で封印された封筒をとりだす。
「次なんですが……こちらを。数日前に『工房』へ届いていたモノですが……」
封筒とナイフを机の上に置き姿勢を正す。
彼女はそれらを受け取り、封を開けると中に入っていた手紙を取り出し読み始めたと思ったら、そのまま封筒の中にしまいこむ。
「あなた達、数人でいいわ。すぐ動けるかしら?」
「「「へい!」」」
「なら、着いてきて」
バルナタンをはじめとするその場にいた数人がすぐに動く。
彼女は目録が記された紙束を持って、彼らを引き連れ工房の出口に向かうのだった。
◇
彼女は部下数人を引き連れ、組織の根城に到着する。
門番が仮面をつけた彼女を見ると、太々しい態度を改め、とたんに背筋をシャキッと伸ばし彼女に対し敬礼を行う。
彼女に対する礼儀を叩き込まれたおかげだろう。彼女は顔パスで誰に咎められる事なく建物の中に入る。
ロビーに入ると、側近の彼はソファーに深々と座っており、これまで見た事ない者達と談笑していた。話に割り込み、気安く話しかける。
「はぁい。元気?」
「それ程でもないな」
「あら、つれないわね……?」
「まぁな……こっちも色々あるんだ。まぁ、ここではナンだ。奥へ行こうか」
彼は仲間達に軽く手を振って立ち上がり、奥へと進む。
「じゃーねー」
彼女はそう言ってロビーに残っている者達に手を振り、彼について行く。
後ろで彼らの話す声が聞こえる。
「仮面つけている所以外、どう見ても普通の女の子にしか見えないけどな?」
「アレが噂のヤバい嬢ちゃんか……」
「割と仕立ての良さげな服着てるし、そんなにヤバい感じには見えないが……?」
「あんまりジロジロ見るんじゃねーよ。魔法で燃やされんぞ?」
「あと数年経ったら、魅力的な女になりそうだな?」
「おいおい、関わらない方が身の為だぜ……」
「『龍の巣窟に踏み入れぬ者、災厄より遠ざかる者なり』って言うしな?」
「あ~怖い、怖いねえ……へへっ」
背後で交わされる会話を華麗に無視しつつ奥へ向かう二人。
例の部屋へ通されると、早速彼女は口角を上げて話を始める。
「『カッコバルクルー』、潰してきたわ。コレ、あそこから回収した戦利品の目録よ?」
紙の束を彼の前の机の上に放り投げ、上から目線で話す彼女。
その紙の束を拾い上げ、パラパラとめくって書かれている内容を確認する彼。
「……ほぅ、この目録あんたが書いたのか?」
「うちの部下の子よ?」
「へぇ〜……アイツらの中にか。いい拾いモンがいたな。なぁ、そいつ、暫く俺に預けてみねーか?素人が書いたにしちゃあ、コレは中々良い出来だが、書き方がまだまだ甘ェ……」
「だめよ?ふふ……」
「そーかい。そりゃ残念」
彼はその紙束を持ち上げると、聞く。
「で、コレは貰ってもいいのか?」
「……困った事にそれ、今はそれ一つしか無いのよね?」
「……それは困ったな?」
「でしょう……?」
「……コレと同じモノは用意出来るか?」
そう言って、彼は手にもった紙束を揺らす。
「んー……。そっくりそのままって訳にはいかないと思うけど、書いてある内容が同じで有ればいいのよね?これを書き上げた子に、ちょっと頑張って貰うわ」
「まぁ……それもいいんだが、最近、巷に出回り始めている、ちょいとイイものがあるんだ……」
彼はニヤリと笑って立ち上がると、奥の部屋へと行く。
そして何やら黒い用紙と、見慣れた羊皮紙より薄い用紙を持ってくる。
「これはな、書いた文字なんかを別の紙に写し取ることが出来る優れモノさ?」
彼はその用紙に黒い用紙を挟んで、上の紙に文字を書き殴る。
黒い用紙を外し、上下の用紙を隣同士に並べ直す。
「まあ、見比べてくれ」
言われるまま、彼女もその紙に書かれた文字を見比べ驚く。
「まぁ、まったく同じ字がそっくりこちらの紙にも……!?」
「な、すげえだろ?」
彼女も興味深げに頷く。
「でも、今回は使えないわね?」
「そうだな……。まぁ、今回の分は……頑張ってくれ」
彼女は軽くため息をつく。
「出来上がったら貰えるか?無理言うようでワリィが、出来るだけ早く頼む」
「ええ、わかったわ」
「約束の半分の納品は『写し』の後でいい」
「あら、助かるわね」
「それと、次、あんたが来るまでに専用の台帳を用意しておこう。表紙には金属の装飾のついた見栄えもいい重厚なヤツだ。これからも毎回、紙の束じゃお互い大変だろう?」
「……これ、次は貸してもらえるのかしら?」
「台帳と一緒に、あんた用に新品のヤツを一式用意しておこう」
「ありがと。んふふっ♪」
彼女は微笑むと、彼の持つ紙束を指さす。
「それ、返してもらえるかしら?」
「ああ、すまないな」
ブロワールから紙束を受け取り、パラパラとめくって目的の頁を出し、彼にも見えるように机の上に置く。
「それで、この証文についてなんだけど、そっちで……」
「わかった。それは約束通りこちらで引き受けよう」
彼女は二コリと微笑む。
その後は戦利品の話が次々とすすんでいく。
それがひと段落つくと、彼は話を変えてきた。
「フフフ……。ウチにこれといった人的、物的損害が無く、悪くない速度で目障りな組織を順調に潰せていけている。これにはオヤジも喜んでいる。アンタの実力、俺の想像以上だ。それにはとても感謝している。……ただな、ここに来て悪い話がある」
彼は顔を曇らせる。
「なにかあったのかしら?」
「三日前、モグラがここから少し離れた用水路に浮かんでいたそうだ……。ウチのモンが確認した」
「それ……この手紙にも書いてあったわね?」
彼女は懐から封筒を取り出す。
「ああ、『レ・ゾンブル・モーディット』がどこかに姿をくらましやがったようだ。モグラの遺体が見つかった後、部下にヤツらのアジトを調べに行かせたが、既にもぬけの殻だった。新しいヤサを探し中だが……流石に向こうも警戒してるだろうし、もしかしたらこの近くから離れたのかもしれねえ……。見つけるのは少々難しそうだ」
「あらあら、それは残念ね」
「俺としてはここを最優先に……いや、まぁ、今更だな。潰す順番はアンタに任せたんだ。責任は俺にある。気にしないでくれ」
「殊勝な心掛けね。あなたのそういう所、好きよ?」
「ははは……」
そこまで言うと彼は何か思い出したのか、話を変えてくる。
「話はかわるが、この前頼まれていた工房、見繕っておいた。あんたの好みに合えばいいが。これが紹介状と地図だ。だが、こいつは……ちょっとアレな……クチュリエール……だ。オヤジも妾に何着か作らせて気に入っているし、腕の方は確かだ。まあ、気が向いたらいってみてくれ」
「わかったわ?」
彼女はそう返事をして、渡された地図と紹介状を懐にしまい込む。
「あとね、こちらも話があるの。『カッコバルクルー』の襲撃で、私の部下達に多数の負傷者がでたわ。な・の・で、補充として、人を増やすわね?♡」
「そいつは大変だったな。それで、ツテはあるのか?なんならウチが声かけて集めてもいいが……?」
「ああ大丈夫、こっちで適当に集めるから。もし、最悪集まらなかったら、その時は頼むかもしれないわね?」
「ちなみに、どの程度集める気なんだ?」
「んー。十人〜二十人程度?」
「……。まぁ、分かった。そのくらいなら問題無いだろう」
「うふふ。ありがとう」
彼女は暫し彼を見つめる。
「今日は三つ目の組織を潰すつもりだったのに、そこが綺麗さっぱり無くなってるなんてねー。思わず時間が空いちゃったわ?このまま手ぶらで帰るのも何だし、紹介してもらった『ここ』に行ってみようかしら?」
先ほど渡された地図を懐から取り出し、ヒラヒラさせる。
「それはいいかもな。そいつは俺らみたいに生活が昼夜逆転してるからな。今なら多分起きてるだろうよ。フフフッ」
「んふふ……。わかったわ。では早速いってみる事にするわ」
彼女はそう言うと、軽く手を振って部屋を出ていくのであった。
◇
組織の根城を出ると、外で待機していたバルナタン達が立ち上がり、集まってきた。
「お疲れ様ッス!」
「はぁ〜……大きく肩透かしを食らった感じねぇ……」
手をひらひらさせて気楽に言う。
「ブロワールさんは何と?」
「ちょっとこれから潰しに行こうと思ってた組織が、綺麗さっぱり消えてなくなったって言ってたわ。……まぁ、貴方達も見るからにボロボロだし、皆が回復するまで、ちょうどいいお休みが出来たってところかしらね?ふふっ」
それを聞いて部下達は心底安堵した様子だった。
「予定が空いちゃったから、私、今からここへ行く事にするわ」
バルナタン達に、先程もらった工房の地図を見せる。
「……ここは多分、商業区の裏通り辺りですね?」
「あ、場所分かるんだ?じゃあ、連れて行って頂戴?」
「デュドニー、お前俺よりそこらへん詳しいよな?」
「へ、へい」
「え?デュドニーって確か、あの時けっこう吹き飛んだ子よね?もう大丈夫なの?」
彼女は少し驚いてデュドニーを見る。
「うっす。もうあれから何日経ったと思ってるんスか姐さん。この通り大丈夫ッスよ!回復力だけは自信があるんで。ですが、盾代わりに鍋蓋持ってたあいつは……」
デュドニーとバルナタンは暗く俯く。
「……そう、残念ね」
彼女はそこで気持ちを切り替えるように力強く言う。
「じゃ、あなた。道案内頼むわね」
「へ、へいッ!」
辺りが静かなため、皆が一斉に歩き出すと、余計に足音が気になる。
「ゾロゾロ人数連れて行くと、先方にも迷惑かしら?」
「そうッスね……あそこら辺は治安のいい所なんで、大勢だと警邏中の兵士や騎士なんかに不必要に警戒されて、声とか掛けられるかもしれないッスね?だから、行くなら少人数の方がいいかもです」
「わかったわ。あ、そう言えば……ちょっと思い出したわ。どうせならついでにアレを取りに、一回先に工房へ帰りましょう。持って行きたいものがあるの。バルナタンとデュドニー以外は工房で解散ね?」
「「「ウス。分かりやした!」」」
「じゃ、行くわよ」
「「へいッ!」」
彼女は手をひらひら振ってその声に応え、部下達と共に工房へ向けて歩いていく。
バルナタンとデュドニーは彼女の後ろに付き従い、歩き出すのだった。
◇
工房から忘れ物を回収し、他の部下達と分かれて商業区の方へ向かう三人。
特に何事も無く商業区に到着し、各種商店が軒を連ねる大通りから一つ二つ裏の通りに入り、少し奥まった場所にその建物はあった。
デュドニーが建物に向けて指を指す。
「姐さん……地図だと、この建物がそうみたいッス」
ブロワールから紹介された建物は、どうやらここのようだった。大通りにも割と近く、近隣の建物もお洒落な外観の建物が多い。この建物自体、三階建ての割と大きな建物で、上流階級の邸宅と見紛うような華美な装飾的なデザインが施されている。また、夜であるのに建物内には照明が明々と灯っており、その光が窓から外に洩れ、近くの道を照らしていた。
「姐さん。今更なんですが、一つ聞いていいですかい?」
「何かしら?」
「こちらへはちょっと俺ら到着が遅くなったと思うんですが、その何とかいう方は、夜も遅くまで起きてるんですかい?」
「その人、生活が昼夜逆転してるって聞いたわ?それに、ほら、建物に光が明々とついてるし、起きてるんじゃない?」
「ああ、確かにそうですね……」
「じゃ、行くわよ」
彼女は二人を引き連れ、大きな玄関に向かうのだった。
◇
玄関をノックすると、執事のような身なりをした者が中から現れる。
「夜分に失礼。私の主が会いたいと言うので、我々はここまで来ました。こちら、紹介状です。ご確認ください」
バルナタンは自身が思う丁寧さを出来るだけ心掛け、紹介状を執事に手渡す。
執事は紹介状を開き、中の文を確認すると口を開く。
「ようこそおいでくださいました。お三方、どうぞ中の方へお入り下さい」
中に入ると、屋敷の中にすぐ中庭があった。中庭の周囲は壁が蓋っていたが、そのまま上を見ると中庭は吹き抜けで天井は無く、綺麗な星空が見える。
「護衛のお二人はこちらの部屋でお寛ぎください」
彼はバルナタン達を中庭近くの部屋に案内する。
私は彼らに頷くと、二人は案内された部屋へ入っていく。
中庭に執事が戻って来ると、次に私の案内を始める。
「イスティス様でいらっしゃいますね?どうぞこちらへお願いいたします」
二人が入った部屋とは別の部屋に案内される。
「こちら、当工房を代表するクチュリエールでございます」
紹介されたそのクチュリエールは、長身かつ筋肉質で、洗練された体つきをしていた。顔は鼻筋が通り、整った顔立ちをしているが、何故かそれを隠すように鮮やかな化粧が施され、目を引くようなカラフルなアイシャドウや口紅を塗り、剃った顎髭が青光りしてとにかく派手である。
髪は長いカールがかかった髪型で、カラフルな髪色が化粧に負けず劣らず目を引く。
服装も豪華な生地に異素材を組み合わせ、そこへ特徴的な大小様々な刺繍を施した着想に富んだ奇抜な衣装を身に纏い、さらにゴージャスなアクセサリーや装飾品を身につけていた。
また、豊かな表現力と笑い声を持ち、現れてからは常に笑顔をふりまいている。
「あら〜、いらっしゃ〜い♡ 私の工房にようこそ!」
彼の背後に見える部屋の中には棚や机の上に所狭しと生地が並べられ、多数の木製の人形が何体も並んでおり、人形にはそれぞれ奇抜な衣装が着せられていた。
執事の男は恭しく紹介状を主人であるらしいその人物に渡す。その人物は紹介状を読むと、青光りする顎をこちらに向け、舐めるような、微笑むような、良くわからないねっとりとした視線と共に、嬉しそうな猫なで声で話かけてきた。
「まぁ、まぁ、まぁ!貴女、あそこの関係者なのね?いつもウチをご贔屓にしていただき、ありがとうございますわぁ〜♡」
流石にコレだけは生理的に受け付けられず、鳥肌が隠せない。『これ、化粧を落とした方がマシに見えるのでは?』という疑問が頭を埋めつくす。
返事も出来ず暫く固まっていると、カッカッカッ!と苛立ちを足音に表した女性が奥から現れた。
その女性は中背で上品な体つきをしていた。落ち着いた雰囲気を持ちつつも、洗練された顔立ちと、先ほどの足音は気のせい?……と思わせるような、明るい笑顔で好印象を受ける。
髪は暗めのチェスナットブラウンで、ショートヘアを軽くウェーブさせている。髪型もシンプルでありながら洗練されている。
簡素でありながら上品なファッション。穏やかな色合いを好むのか、統一感のある色合いの衣装で、繊細なディテールや質感にこだわりを感じ、そこに彼女の美意識を強く感じる。全体的に貴族のような上品な様式を保ちつつも、独自のオシャレ感を漂わせている。
また、控えめながらも洗練されたアクセサリーを身につけており、これが彼女のセンスのよさを際立たせている。
「もう!お兄ちゃん!お客さんが固まってるじゃない!レオポールも私を呼んでよ!新しいお客さんがお兄ちゃん見て引いて帰っちゃったら、どうするのよ!?」
執事はニコニコと笑い、右手を腹の前に置き、軽く頭を下げる。
「はじめてのお客様の反応は、いつ見ても楽しいものですから、つい私も出来心といいますか……ふふふ」
「もー、お兄ちゃんはやめてよ~!ルナぁ〜!」
ぷんぷんと不貞腐れているが、大人しく彼(彼女?)は紹介状を妹に渡す。彼女はざっと紹介状を読むとすぐに営業スマイルをうかべる。
「失礼致しました。私はルナディットと申します。この工房『アトリエ・ド・ラ・モード・ブリアント』を、ヴァリアンと二人でやってますの。いつもお世話になっております。この工房も昼間はお針子さん達も何人かいるのですが……ヴァリアンがその……正直言って気持ち悪いでしょう?……えー、兄がこうなったのにも色々ありまして……あはは。でも腕はすごく良いんですよ!?」
「ルナちゃん、ひど〜い!」
女の子のように駄々をこねる。筋肉質の露出した手を腰と共に振る仕草がキモい。ああ、ブロワールが『クチュリエール』って言った意味がようやく分かったわ……。
「それで、イスティス様、本日はどのようなモノを……あ、すみません。そちらにお持ちのモノは何でしょうか?ちょっと気になってしまって……」
「ああ、これね。ちょっとこの前暴漢に切られてしまった服なのよ……」
ふと、彼女はその時の事を思い出し、口角を上げる。
・・・・・・・・・・・・。
「こんな破れた衣服、着て帰るわけにはいかないでしょう!?ちょっと女物の服、今から用意しなさい!」
彼女は部下たちに命令する。
「今からですかぃ!?」
「母親でも、姉や妹でも、行きつけの酒場の娘でも誰でもいいから頼んで服をもってきなさい!」
「ええー!?俺ら大体孤児っスよ!?」
「いいから行く!」
「「「へ、へいっ!」」」
部下たちの苦労の果て、どこからかなんとか調達してきたその服を着て、彼女は学院に帰る。その服は用が果たされると、学院の敷地内の目立たない所で焼き捨てられたのであった。
・・・・・・・・・・・・。
「それは大変でしたね……その時、お怪我などは?」
「この通り、なにも無いわ?」
「御無事でなによりです」
ルナディットは軽く会釈をすると、微笑みながら口を開く。
「少し拝見させていただいても、よろしいですか?」
「どうぞ?」
彼女は手に持った袋から、その衣装を取り出す。
ルナディットはその服を受け取ると机の上に軽く広げ、その衣装を確認する。
「イスティス様が言われたように、この部分が裂けていますね……」
彼女は兄にもそれを確認するように促す。
「ヴァリアン、これ直るかしら?」
「う~ん、これねぇ……」
彼(彼女?)は服を確認すると、服を机に置いたまま、生地を大量に保管してある棚へ行き、何かを探し始める。
そこから服の裂けた所と同じような生地を数枚もってくると、衣装をバラし始め、持ってきた生地を思い切りよく裁断し始める。そしてあっという間に縫い上げ、元通りにすると衣装の肩の周辺を両手で軽く摘まんで持ち上げ、満面の笑みで見せびらかす。
「ジャジャーン!☆どうかしら?」
「……これは凄いわね。縫い目が残るかと思っていたのだけど」
「生地ごと全部変えてしまえばハイ、元通り♡」
「あなた、本当に腕がいいのね。驚いたわ」
「ウフフ、ありがと♡ 嬉しいこと言ってくれたから、お直しのお代は無料にしてあげるわ♡」
「もうヴァリアンったら~~。生地だってタダじゃないのにぃ……」
ルナディットは俯いて首を振り、悲しんでいる。良くわからないが、ここでは彼(彼女?)が言ったことはなかなか覆せないのだろう。
しばらく時間が経ち、彼女がようやく復活すると、元の笑顔に戻り話を始める。
「イスティス様、本日はどのようなモノをお求めですか?」
「そうね、今持っている衣装はどれもヒラヒラしてる物ばかりだから、丈夫で、着替え易くて……ドレスは動きにくいから、動きやすいものがいいわ?あー、そう!……軽い戦闘ぐらいは耐えれるモノが欲しいわね?」
「これは、珍しい注文ねん?」
「色とか、ご希望はありますか?」
兄の発言に被るようにして、さらに要望を聞いてくる彼女。
「そうね、色は鮮やかな赤か、光沢のある紫か、女を美しく魅せる黒かしら?」
「ちょーっと待っててね。んほーーーッ!」
羽根ペンを掴み、先をインクに浸すと、羊皮紙にガリガリと描き込んでいく。ザッとラフを描き上げると、彼(彼女?)はこちらの希望を聞きつつ、羊皮紙に描いた箇所の変更部分を削り取り、修正を進めていく。
「こんなカンジでどうかしらん?♡」
「ええ、いい感じね。これはいつ頃出来上がるのかしら?」
「他の仕事も受けてるし、そうねぇ。二日ぐらいあればできるかしらん?」
少しの間、考える彼女。
「私にも用事があってね……。次に来れるとしたら一週間後ぐらい後になると思うわ?それに、モノが二日で出来るのならその間に他にも頼みたいことがあるのだけど、可能かしら?」
「出来るかどうかは、内容次第かしらん?とりま、いってみてちょ~だい♡」
「私が今つけている仮面だけど、これも新しくしたいわ。やっぱりもっと高級なモノにしたいのよね。意匠も私に似合うような高尚な感じのモノが欲しいわ?出来るかしら?」
「貴金属や宝石加工になると私の専門じゃないんだけど……。意匠だけ今ここで詰めてから、知り合いの彫金師に頼んでもいいかしらん?」
「ええ、それでいいわ」
「それで、どんな意匠がいいのかしらん?」
「いま着けているコレと同じような、顔の上半分のみを覆う仮面で、毒蛇……いえ、竜……ドラゴンを題材にして頂戴。それか、炎でもいいわね?」
「まぁ、『ドラゴン』ね!?んんー!『炎』もカッコいいわね!!私、どちらも好きよそういうの!♡」
羽根ペンを掴み、羊皮紙にガリガリと意匠を描き込んでいく彼(彼女?)。
「ちょっとまってね?んんんーーーーーーー!!」
何枚かラフを描きあげると、その中から自身の納得した意匠であろう三枚を選び、それを私の前に提示する。
「へえ……。流石ね。どれも良くて捨てがたいわね……」
描かれた意匠を、一枚ずつ手に取ってそれそれじっくりと見る。
「使う素材は何にいたしましょうか?宝石が良いですか?それとも貴金属になさいますか?何かお好みのものなどございましたら、仰ってくださいませ」
完成の印象をより具体的に想像させる為か、ルナディットが柔らかい口調で希望する素材を聞いてくる。
「そうねえ、一枚目ならオブシディアン・リュストレがいいかしら?……二枚目なら、白銀鋼が合いそうだし……三枚目なら金もありよね?」
「イスティス様の美しい菫色の長い髪には、どちらかと言えばお色的には、黒く美しい光沢を持つ宝石のオブシディアン・リュストレを使ったものや、金色の仮面がお似合いかと思いますが……?」
「悩むわね……そうね、確かにあなたの言う通りね。じゃ、二枚目のものはやめておくとして……」
選択肢の中から排除された一枚を離れたところに置き、残り二枚の意匠が描かれた羊皮紙を自身の近くの机の上に並べ、暫く熟考した後……ゆっくりと口を開く。
「……三枚目の意匠でお願いするわ」
「かしこまりました」
ルナディットは恭しく礼をする。
「ヴァリアン、ではこちらで頼んでおいて下さいね」
「はーい。ルナちゃん♡」
「知り合いの彫金師に頼むのなら、時間的にまだ余裕があるわよね?」
「はい、そうですね……?まだ、何かご依頼などございますか?」
「今日連れてきた私の護衛達に合う防具も欲しいのだけど、ここで頼めるかしら?」
「防具自体はやってはおりませんが、既存の完成品の防具の意匠を多少変える程度で良ければ出来ますわ。何せ、『出来ないものは何も無い、昨日には無い新しいモノを今の世へ』が私共の旗標ですから。カタチにしてみせますわ」
「なら、赤く染めた革鎧を用意して貰えるかしら?」
「一から染めるとしたら早くて数日、長かったら数週間はかかると思ってねん?気候や季節によっても染色の速度はかわっちゃうからん」
「最終的にはある程度の数を頼む予定だから、準備は進めてもらいたいのだけど……いけるかしら?あー、もしすでに染めている既存の皮鎧とかあれば、取り合えずそれでもいいわ?少しぐらいならあるでしょう?」
「んー、知り合いに聞いてみないと分からないけど……一つか二つぐらいなら、多分なんとかなると思うわぁ♡」
「御贔屓にしていただいてる所の方の頼みとはいえ、ある程度の数が必要なのでしたら、やはりその必要な正確な数と……前金で半額程お願いしたいのですが……」
ルナディットは困ったような表情で答えた。
「あいにく、今日は持ち合わせが無いのよね……」
妹のその様子を見て、彼(彼女?)は少し悩んだ様子を見せながらも口を開く。
「とりあえず、大量の方は一旦置いとくしかないわねん?一応、あたしが話だけは通しておくわぁ?既存の染めてある皮鎧は必ず用意しとくわねん」
「大量に鎧を染めるっていうのもいきなりの話だし、先立つモノを私も持ってきてない訳だし、仕方ないわね。あなた達、無理言ってごめんなさいね?私の方もまだちょっとゴタゴタしたことがあって……」
「いえいえ、仕方が無い事も、仕方がない時もございます。できるだけ早くご希望に沿うものが出来るように、私共も準備しつつお待ちしております」
「ルナちゃん、もういいかしら?」
「あ、はい、いいですよ。ヴァリアン」
彼(彼女?)は打って変わって楽しそうに話しかける。
「イスティス様。その鎧、ついでにちょっと改造して背中に真っ赤なマントなんて、どぉかしら♡」
「いいわね。あー、でもまだマントは暑くない?」
「そうは言っても、もう八月も終わりですしぃ~、じきに寒くなるわよぉ〜?あ、でも脱着出来るようにしておこうかしらん?」
「そうしてくれると助かるわね。でもマントの色は黒か焦茶がいいかしら?両方見てみたいわ?」
「分かったわ〜。レオポール、二人を、呼んできて?んふふ〜♪」
執事が別室から二人を連れて来ると、ヴァリアンは早速、二人の身体を必要以上に触りまくりながら測り始める。
彼(彼女?)が一通り身体の各部位を測り終わると、妹は兄と相談をしつつ頭の中で計算したのか、羽根ペンを持って所定の様式に整えられた羊皮紙にカリカリと何かを書き込んでいる。
「では、イスティス様、費用の見積りですが、現時点ではこのくらいになると思います。完成時、使用した素材などで金額の差は出るとは思いますが、いかがでしょうか?」
「……そう、このくらいかかるのね?大体分かったわ。それで、支払いはいつ頃持ってくればいいのかしら?」
「一週間後、依頼品はほぼ全て出来上がっていると思います。普段であれば、前金として半額ほど本日お支払い頂く所ですが、今回は紹介状もありますし、前金は不要です。次に来られた際に商品と交換にてお支払い頂ければ、と」
「分かったわ。では、楽しみにしているわね」
「ありがとうございます。今後とも御贔屓にお願いします」
ルナディットは深々とお辞儀をする。
「完成、まっててね~ん♡」
彼(彼女?)は何度も投げキッスを飛ばしてきた。
彼女は手を上げてそれに反応すると、席を立つ。
「イスティス様、少々お待ちを……」
執事の言葉に従って少し待つと、執事が火屋で囲われた携帯型のランプを持ってきて、それに火を灯す。
「お待たせ致しました。それでは、お帰りはこちらになります」
彼がランプで足元を照らしながら玄関先まで先導する。
彼女は口角をあげ、そこそこ上機嫌な様子である。それを見てバルナタンとデュドニーもつられて笑顔になる。
「では、また一週間後にお立ち寄り下さいませ」
「ええ、またね」
そうして、三人はこの工房を後にするのだった。
◇
三人が彼女の『工房』に戻ると、彼女は部下達を広間に集め、話しかける。
「あなた達、『ファイエルブレーズ』の名前が巷にどれだけ広がってるか、次に私が来るまでに調査しておきなさい。ふふっ。ちょっとした宿題よ?いい?自分達の眼と耳でちゃんと確認してくるのよ?それで、カルクールだっけ?彼に話して皆の聞いてきた話の内容をまとめてもらい、それを書いて貰って、私に提出できるように用意しておきなさい?」
「「「!?」」」
「姐さん、それで、俺ら……どこに行けばいいんで?」
「自分で考えなさい、と言いたいところだけど、ヒントをあげるわ。お酒を客に提供してるお店ならどこでもいいわ。そこでは客達が勝手に酒のつまみに色んな事を話してるでしょうよ。例えば、冒険者ギルドや、宿泊できる宿の食堂、客の多い夜もやってる人気の食堂……とかね?店の中に入って聞き耳立てるだけでも、色んなことが聞けるんじゃないかしら?」
彼女は部下たちを見回すと、一言付け加える。
「一応、自分たちが『ファイエルブレーズ』の一員ってことは隠しておきなさいね?変な連中に絡まれても困るでしょう?」
「「「へ、へい」」」
「じゃ、またね。あなた達」
「「「姐さん、お疲れさまでした!」」」
彼女は彼らに手を振って工房から出ると、少し離れた所まで歩く。
周りに人がいないのを簡単に確認すると、彼女は魔法を唱え、夜空に勢いよく舞い上がり飛び去るのだった。
◇
翌日の晩から、彼らは数人ずつの集団に別れ、手分けして彼女に言われたように酒を出す店にそれぞれ向かう。
バルナタン達も適当な飲食店に入り、料理を幾つか注文して他の客達の会話に聞き耳を立てる。
客達は酒を酌み交わしながら、至る所で笑い声が上がっていた。
「ティアナちゃーん、今日も可愛いいねぇ♡」
「ありがとうございま〜す!まぁ、私が可愛いのはあってますけどぉ~!」
女給がお客に笑顔で返す。
「キャッ!?」
とあるテーブルの近くを通ったその女給が、急に悲鳴を上げる。
「もう!お尻触らないで下さい!」
その女給が、触ったであろう客に対してプンプン!と怒る。
「ハハハ!すまん、すまん。ん~でさぁ~?ティアナちゃんは一晩幾ら?」
「ウチはそういうのはやってませんから!イーッだ!」
「おいおい、ティアナちゃんが機嫌損ねたぞ!?お前、何か頼んどけ。わはは!」
「すまんのー!じゃあ、串焼き5本とエール頼むから機嫌直してくれよぉ〜?」
「ご注文ありがとうございまぁーす!店長、兎豚栗鼠の串焼き5本とエール一杯入りまーす!」
彼女はニコニコと営業スマイルを浮かべる。
「ティアナちゃんには敵わないなー。はははっ!」
多分あのテーブルは常連の客だろう。客も女給も楽しそうにやり取りしている。声が大きいからつい見てしまった。
彼は他の会話を探すため、違うテーブルの方へ意識を向ける。
「なあ、お前知ってるか?『カッコバルクルー』がどこかの誰かに潰されたらしいな?」
「あー、あの地下賭博の……?」
「お前、どこかの誰かって誰だよ、わはは!」
「そういうお前、そこで負けが込んで『借金がー!』ってこの前言ってたよな?」
「ハハハ!組織ごと潰れたんだろ?そんなん誰が回収しにくるんだよぉー?あっはっは!きっとチャラになったに決まってるさー?」
「ほんとかー?わはは!」
そう言うと、その男は木製のジョッキに口をつけ、並々と注がれたエールをゴクゴクと喉を鳴らして流し込む。
隣に座ってる男が串焼きを齧ると、口を開く。
「誰か知らねーのかよー、その潰したヤツらの名前ー?知ってるヤツがいたらエールを一杯奢ってやるぞー。うははは!」
「お、奢ってくれ……」
その男の背後に幽霊のように男が立つ。眼は落ちくぼみ、髪もぼさぼさで、髭は伸び放題のままだ。
「……お、おう……。ティアナちゃーん!エールを一杯こいつにくれてやってくれ!」
「はーい!店長!エール一杯、入りましたー!」
少しして、木製のジョッキになみなみと注がれたエールを彼女が持ってくる。
「エールお待たせしましたー!それではごゆっくり~!」
男はそれを引っ掴んであおり、一気に半分ほど飲み干すと、ゆっくり口を開く。
「俺は、あそこの門番をしていた。あいつらは『ファイエルブレーズ』と名乗っていた……」
そして勝手にテーブルの上の串焼きを喰らうと、エールを流し込む。
「ウチのボスも、最近火事が増えてたんで、その主犯は火属性の魔法使いか何かだと踏んで、ベテランの冒険者の魔法使い達を雇っていた。その魔法使いが火属性魔法を防ぐ結界をアジトの周りに張ったって言っていた。そのお陰で俺は炎の槍で死ぬ事なく、ここに生きている……。うぅぅ……あ、あいつらのボス……あれはヤバイ……」
震えを酒で誤魔化そうとするかのように、残りのエールを飲み干す。
「お、女だ。女の魔法使い……いや、あれは魔女……そう、魔女だ!仮面をつけて顔は良くわからなかったが、菫色の長い髪をしてた。そいつが目くらましの魔法を使ったと思ったら、暫くして横からの物凄く強力で真っ直ぐな光と炎……分からんが、多分魔法だ!一撃……たった一撃だった!その一撃でこちらの雇ってた魔法使いはやられ、そのまま直線上の何軒もの建物が貫かれていた。もう一人の魔法使いのじーさんはその魔法を見て何もかもを見捨てて逃げやがった。……まぁ、今ならわかる。あんな次元の違う魔法なんか……戦いにもならねぇよな。……俺も心底恐ろしくて、その場から逃げ出したんだ!」
男は当時を思い出したのか、ガタガタと震え出している。
「おぉー、あんた当事者か……!?にいさん、他には何かねーか!?ティアナちゃーん、コイツにエールもう一杯やってくれ!」
「はーい、少し待ってねー!」
バルナタン達は頭を寄せて話す。
「アイツ、あん時の門番か……」
「あの時点で逃げたヤツならもうこれ以上、大した話は聞けそうにないな……」
「帰りますか……?」
「そうだな」
バルナタンは手を上げ、近くの女給を呼ぶ。
「会計を頼む」
「はーい、ただいま!」
「残り物、お包みいたしますか?」
「あ、そうだな。頼む」
支払いを済ませ、残った串焼きを薄い木材で出来た箱に詰め直して貰った物を持って店を出る。
だが、その際にすれ違いで入って来た見るからに荒くれ者らしい連中と、肩がぶつかってしまう。
「おい、にーちゃん。肩がぶつかって挨拶なしかよ?」
「それは済まなかった」
バルナタンが軽く頭を下げて店を出ようとする。
「ああん、それで済むと思ってんのか?」
顔を赤く染め、お酒の匂いを漂わせたそいつの仲間の連中がさらに絡んでくる。
「よくみたらよー、こいつらまだガキじゃねーか!ヒック……」
「ガキが、夜にこんな所うろついてんじゃねーぞーぉ?へへへ……」
「ママの所に戻っておっばいでも飲んでろぉ~!ギャハハ!!」
「なんだと、てめぇ!」
バルナタンの部下が、カッと熱くなってその酔っ払いに殴りかかる。そいつは油断していたのか、左頬にいい一撃が決まる。
「おめぇよ、手ぇ出すってことはよ……やられる覚悟はあるんだろーな!?」
言葉と共に、そいつの素早い蹴りが部下の腹に決まる!
「ゴハァッ……!?」
「ハッハァー!!」
その酔っ払い連中が次々とバルナタン達に襲い掛かる。応戦するが、相手の人数は倍。さらに喧嘩慣れしているのか、連中は酔っているはずなのに、こちらの繰り出す攻撃は難なく躱され、防戦一方になっていく。
「オラ! オラ! オラッ!!ああん?どぉ〜したァ、ガキどもォ〜。最初の一発だけかぁ!?」
殴る蹴るの暴力が止まない。店員や客が見守るなか、カウンターに座っていた一人の男が立ちあがる。
「オジさんは悲しいねぇ。いい加減やめねーか?ガキ相手に弱いもの虐めとは……大の大人がよぉ?……そう言うのは……酒がぁ、不味くなるだろーがよッ!」
腰から鞘ごと剣を引き抜くと、目にも止まらぬ速さで酔っぱらいの顔面を思いっきりぶっ叩く!
「ぶっ、ほげぇええぇぇッ?!!」
ぶっ叩かれた酔っぱらいは、錐揉みしながら店の外に吹っ飛んでいく。
仲間の男たちが動揺して口々に叫ぶ。
「だ、誰だ!?」
「て、てめぇ、何しやがる!?」
リーダー格の男がそいつを指さして叫ぶ。
「くそっ、おめーら、ガキは後だ!まずはコイツをぶっ潰せぇ!」
「オーレッドさん!」
先程まで固まっていた女給のティアナが嬉しそうに名前を呼ぶ。
呼ばれた男は彼女に人差し指と中指の二本の指で敬礼しウィンクをする。
ティアナは両手を頬に当て、嬉しそうにくねくねする。
「こっちを見ないなんざぁ、余裕だなぁ!?色男さんよぉ!」
オーレッドと呼ばれた男は最小限の動きで上から殴りかかる男を躱すと男の顎に一撃をいれる。
男はその一撃で意識を刈り取られたのか、そのまま膝をつき前のめりに倒れる。
彼は男に一撃を入れたあと流れるように身体を沈め、次の男の繰り出してきていた蹴りを躱し、振り向きざまに回し蹴りを一閃。蹴りを繰り出していた男を転倒させ、その回転を活かしそのまま鞘ごと剣をリーダー格の男の首に叩き込む!
「がはっ……」
ドサッという音と共に、白目を剥いたリーダー格の男が床に倒れ伏す。
荒くれ者たちは、彼には敵わないと悟り、無事な仲間達が倒された者を引きずって店の外へと逃げて行く。
店内はワッ!!っと一気に盛り上がり、まるでお祝いのような騒ぎになった。
「オーレッドさん、ありがとう!これウチの奢りです!」
女給のティアナはいつの間にか持ってきていた、なみなみと注いだエールのジョッキを差し出す。
彼はそれを引っ掴むと、旨そうにゴクゴクと喉を鳴らして一気に半分ほど飲み干す。
「かァーッ!店の奢りで飲む酒はうめぇーッ!格別だなっ!最高の気分だぜ!わはは!!」
そこへ、バルナタンが近づいていく。
「ありがとう。あんたのお陰で助かった。礼を言わせてくれ……それとティアナさんだっけ?この人にもう一杯、俺の奢りでエールを……ってあんたは、あん時のーッ!?」
バルナタンはオーレッドの顔をまじまじと見つめ驚愕する。
「んー?えーと……お前には見覚えねーなー?」
「冒険者四人組と、女二人組と一緒に、当時俺らの縄張りだった所に何かしに来ただろう!?俺らは何人も倒されて……あんたがすげー強かったのは、はっきり覚えてるぜ!?」
「どーだったかなー?わはは!」
ジョッキをあおり、オーレッドは口を開く。
「そんで、お前らは……まだあそこら辺で同じような事してんのか?」
「い、いや、今は俺ら別ん所に……。てか、ある人の部下になって……」
「ほほう?じゃ、今はまともな仕事についたのか?」
「いや、それは……。でも今は俺ら、昔みたいにゴミ溜めで腐ってたようなチンピラじゃない」
バルナタンは顔をあげ、力説する。
「直属のボスになってくれたあの人……ホント、マジ、スゲェ人で!……あの人の部下にして貰ったことで、俺は自分に誇りを持てたっつーか、あの人のためなら体張れるし、やることも立場も断然マシになった……と、思うんス」
「……じゃ、そん時やられた仲間の仇とかは、もういいのか?」
「そん時やられたやつは……そこまでのヤツだったんだ。殺した相手を一々恨んでられねえっス。運が悪いヤツは死ぬ。ただそれだけ。生き残ったヤツは前に進まなきゃならねえ……。それに、あんたには今回助けて貰った訳だし、もうそれでチャラでいい……。文句を言うヤツがいたら俺が黙らせる!」
「へ~、そうかい……」
そこへティアナがなみなみと注がれたジョッキと、焼きたての香ばしい香りを漂わせる串焼きセットの皿を持ってきた。
「こちら、そちらのお兄さんの奢りの分です。串は店長の奢り。オーレッドさん、もー、かっこよかったー!♡」
「ははは!ティアナちゃんにそう言われると嬉しいねえ!」
「もぅ、やぁだぁ!」
バシバシと彼女はオーレッドの肩を叩く。
バルナタンは姿勢を正し、彼に深々と礼をして、そのまま話し出す。
「お、俺、バルナタンって言います。オーレッドさん!いきなり、こんな事頼んでいいか分かんないんスけど、俺らに稽古付けて下さい!あの人の役に立てるようになりたいんです!お願いします!!」
「ん~~~。俺も忙しいしなぁ……?」
「オーレッドさん、いいじゃない、この子達に稽古ぐらい付けてあげてよ~!?」
「どうしようかな~~。あ、そうだ……お前らさ、ちょっと聞いていいか?」
オーレッドは口角を上げ、何を考えてるのか分からない怪しい笑みを浮かべる。
「な、なんでしょう?」
「なぁ、お前らのボスって、性別はどっちだ?」
「え?あー、女……ですけど」
「そっか、そっかー。女か……え?マジで?」
バルナタン達は真顔で頷く。
「よっし、お前らに俄然興味が沸いたわ!……お前らのボスに合わせろ。話はそれからだ」
「すいませんオーレッドさん……。俺らのボスは今日はもう帰ってしまって……」
「帰る?え?お前らのアジトにふんぞり返ってるんじゃねーの?」
「何か、色々忙しい方のようで、俺らも週に一度くらいしか会えねーんスよ……」
「はは……。そうなのか……。なら来週の夜、ここに連れてくるように。俺も色々と忙しいし、な?連れてこれなかったら、この話は無しだ。いいな?」
「「「う、ウッス!」」」
「じゃ、お前ら気を付けて帰れよ?ははは!」
「「「ありがとうございました!」」」
皆で彼に礼をすると、バルナタン達は追加分の会計を済ませて店を後にするのだった。




