接点2
「アン~~!ここの料理美味しくないのー!」
(今の所)私の唯一の理解者、アンに料理に対しての不満を涙目になりながら訴えたのだった。
まず、味付けがおかしい所から始まって見た目と想像してた味が全然違うということや、サラダがシャキシャキ感少ないし、ぬるいし、きっと食材の保存がなってないんだわ!等々まくしたてた。
「昨晩の頭を打った拍子にお嬢様の味覚に異常が……?ですが、お嬢様はお屋敷で食べられた朝食は完食され何も不満を申されてませんし、昼に出したクッキーも美味しいと頂かれてました。それは私も一緒に食べたので味の確認もしております。味覚異常の可能性は低いと思われますが……」
アンは私に起きた可能性の検討を独り言のようにつぶやく。それを聞いてはっとする。これ以上愚痴ってアンを混乱させる訳にはいかない。今の私はアルメリーなのだから。
ああ、元の世界の調味料の数々が恋しい。それがあれば大分(料理の味付けが私好みに)改善されると思うのに……。無いものねだりしてもしょうがないけど。
料理の味付けについてはある程度、私の方が慣れるしかない。「はぁ……」と大きくため息をついて諦める。
暫く俯いて黙っていると「もうよろしいのですか?」とアンが聞いてくる。
私はコクコクとうなずく。
「お嬢様がお食事に出られている間に明日のご用意をしておきました。いつもご就寝される時間まで余裕がございますが、これからどうなさいますか?」
「今日は色々頑張ったしもう休むわね……」
食事という楽しみを奪われた私は意気消沈し、寝室のベッドに向かおうとするがアンに「せめてネグリジェにお着替えください。お召し物が皺になってしまいます」と止められた。やる気の無くなった私はアンに着替えを全て任せ、着替え終ると即座に寝室のベッドに潜り込み眠りにつくのだった。
翌朝、宿舎の食堂であまり美味しくない朝食を摂り、部屋に戻り準備を整え宿舎のロビーに出る。
ロビーでは寮長が校舎へ向かう生徒一人一人に挨拶をしている。私も他の人の真似して挨拶をし、学生の流れに乗る。
この流れは大講堂とは別の方向、王立学院の敷地の中央へ通じている並木道を通り、校舎に向かっていた。
中央校舎は3階建ての石造りの立派な建物で、歴史を感じる重厚さがある。
この校舎を中心にそれぞれ用途が違うのか色々な姿形の建物が建っている。
校舎に着くと玄関の前に臨時に設置された掲示板があった。各クラスの位置を描いた見取り図が貼ってある。それを確認すると私の教室は1階の真ん中辺りにあった。大きく開かれている校舎の玄関を通り抜け他の生徒が点在している廊下を通り目的の教室に入ると、木の香りが鼻腔をくすぐる。室内には木の机と木の椅子がずらっと並んでいた。
金属製パイプと合板の組み合わせの量産された工業製品じゃない「手作りの家具」がこれだけ揃っている。ちょっと感動モノだわ。
教室にいる生徒はまだ数人で、いずれも立ち話をしている。席は決まってないので窓際の適当な所に座る。窓の外の雲の流れや空を飛ぶ鳥、登校してくる生徒をボーッと眺めて時間を潰す。
やがてチャイムが鳴り、クラスの担任であろう教師が入室し、教壇に立ち学院の説明が始まる。授業方針、教科の種類、授業の受け方、各校舎の解説や用途について、席の決定など次々とこなしてゆく。
平民出身者の為に宮廷マナーの授業や、社交ダンスの授業などもあるのね。折角授業があるのだから付け焼き刃の私も受けた方がいいかしら……。
教師の説明によると、授業は単位を取得していくタイプのもので生徒の自主性を尊重しているらしい。ちゃんと習得できているかどうか一応どの教科も月ごとに試験があり、目標として設定されているラインをクリアできているかどうかが試されるみたい。
優秀な成績を修めた者には特典としてスキップ制度もあり、特定の教科を早々に終わらせ、好きな授業を多めにとることも可能らしい。
出席日数で自動的に進級できるわけではなく、年度末の進級試験で1教科でも落とせば留年らしい。優秀な者は学業を最短で修めた場合2年で卒業、最長で5年間までは学院に留年が可能とのこと。
……宿舎棟が学生に対して多いように思えたのはこの制度のためだったみたいね。
在学2年以降は授業料、寮費、その他必要経費が自己負担になるらしい。教師が黒板にそうなった場合の自己負担金額を書きなぐり手で黒板をバン!と叩きつけ強調する。
その結構な金額を見た周りの平民出身の生徒は体がこわばり、表情が引き閉まっていた。
一通り説明が終わったところでクラスの生徒一人づつ自己紹介をする事になり、私も他の貴族の令嬢・令息に倣い名前や爵位、当たり障りのない事を述べ、やがて全員の自己紹介が終わる。
やや間を置いてチャイムが鳴り休憩時間になる。一、二限ぶっつづけだったためやっと一息つけるかなと思っていたら教師が退出すると私の机のまわりに男の子が群がってきた。こんなことは初めての体験なのでちょっと顔がにやけてしまう。
「君、すごい可愛いね!」
「どこ出身?」
「好きな食べ物は?お昼一緒にどう?」
矢継ぎ早に質問がきて返す余裕もない。仕方なく引きつった愛想笑いを浮かべる。
「あ、あはは……」
そこへ一際大きい声が割り込んできた。
「どけ、平民の下郎共!」
その声と共に群がっていた男子の群れが割れ、ちょっと偉そうな男子が割り込んでくる。
「俺の名はキャスパー子爵。其方はあの伯爵家主催のパーティに出席していたアルメリー嬢ではないか?お前ほどの麗しい顔、忘れるわけがない。あれ以降、他の舞踏会でそなたの顔を探してはいたがついぞ見かけることはなかったが……」
「あの時言葉を交わし、こちらに向けられた笑顔で俺は惚れてしまった!この教室で一緒になったのは、もはや運命!……どうだ?私と婚約するつもりはないか?男爵の娘を子爵家の将来の正室にしてやるというのだ。悪い話では無いだろう?」
なんなのこの人……。折角の良い気分が台無しじゃない。うん、記憶喪失を理由に断ろう。
「私、昨夜家の階段から落ちてその時に頭を打ったみたいで記憶が色々思い出せないの……あなたの事もわからないし、ごめんなさい。それに、私はまだ異性と付き合うとか婚約なんて考えてないし……」
彼は反論など予想してなかったのか ぽかーん とした表情で固まってしまった。やがて我を取り戻し、頭から湯気が出そうな勢いで顔を赤く染め私の腕を掴みまくしたてる。
「何故だ!?なぜ断る。子爵家の長子である俺のモノにしてやろうというのだ!素直に言うことを聞け!」
周りを見渡すが、皆黙って状況の推移を唯々見守っているだけ。誰も私を助けに入ろうとしてこない。
「放して!あなたみたいなデリカシーのない人は大っ嫌い!」
思い切り力を込めて掴まれていた腕を振りほどきスカートをたくし上げ廊下へ逃げるように駆け出す。教室から出来るだけ離れて予鈴が鳴るまで身を隠す。
……次の授業が終わる。先ほどの休憩時間のようなことはお断りなので、チャイムが鳴ると同時にさっと教室を出る。丁度お昼休みの時間でお腹も減ったし行くところは一つね。
中央校舎からほど近いここ『大食堂』は白い石で建てられた1階建ての横に広い綺麗な建物で何棟かある他の校舎とは明らかに異彩を放っている。元々この建物は使われなくなった王家の別荘の一つを移設して改装したものと前の授業で教師が説明してたっけ。
入ってみると室内はかなり広い空間になっており、長机が何列も用意されて一度に100人ぐらいは余裕で座れそうだった。中庭もあり、そこにも5~6人が掛れそうなテーブルと椅子がいくつも並べられている。
厨房の受付で掲げてあるメニューの中から適当に料理を頼む。この世界の料理なんてまだよくわからないし。
できれば口に合う料理に出会えますように……。と祈る。
今朝アンから「お嬢様にも在学中に金銭感覚を養ってもらいます。無駄遣いしないように」と言い含められ、本日分として渡されていたお金の中から支払いを済ませ料理を受け取り席を探す。中庭に面した空いている適当な席を見繕いそこに座ろうとした瞬間、三人組の女生徒に絡まれてしまった。
「ちょっとそこどきなさいよ!そこ、これから私たちが座ろうとしてたんだから!」
振り向いて彼女達を見ると特徴的な髪の色をしていた。左の子から順に、青みがかった緑色の髪、金髪、赤髪である。思わず信号機を連想してしまった。
「ふふっ」
「あんた今なにか変なこと考えたでしょう!?」
妙に鋭いわ、この赤い髪の子……!
「あらあらよく見ればこの子、先ほどキャスパー様に対して無礼な口をきいたアルメリー様ではないかしら?ねぇスリーズ様」
「ホホホ、生意気な田舎貴族には都会の教育が必要ね。そうでしょう?ねえフェーヴ、サントノーレ」
「そうだそうだ!やっちゃえ!」
……なるほどそういう事。さっそくめんどくさいのに絡まれてしまった……。
なんとか関わらないようにしようと席を譲る。
「では私はあちらの席へ移りますので、どうぞこちらでごゆるりとお過ごしくださいスリーズ様、フェーヴ様、サントノーレ様」
「ちょっと待ちなさいよ!あなた、折角キャスパー様がお慈悲で手を差し伸べてくれたのにそれを振るなんて、どういうつもり!?」
「可愛いからって調子にのってんじゃないわよ!」
「そうよそうよ!」
……この席が欲しかったんじゃないの?ああ、そっちが本題なのか……そんなに好意をもってるなら貴女から彼に告ればいいのに……。
「私にだって、選ぶ権利はありますので」
「なっ!?」
「!?」
「そうよねー」
スリーズとフェーヴがサントノーレをキッと睨み、サントノーレはサッと横を向いて口笛を吹いてごまかす。
「なんだなんだ?」
「女子同士の喧嘩か?」
などと野次馬が集まってきて急にまわりがザワザワと騒がしくなる。
そこへ不機嫌そうな女性の声が聞こえてきた。
「いったいこれはなんの騒ぎ?あなたたちどきなさい!」
プラチナブロンドの縦ロールを揺らしながら制服に腕章をつけた女性が男女二人の護衛を引き連れて人混みを掻き分けて姿を現す。その目立つ姿は昨日の入学式で挨拶をしていたその人、フェルロッテだった。
現場を見た彼女が濃紫の瞳で三人組に真っすぐ見つめ詰問する。
「ちょっとあなたたち。一人に対して寄ってたかって何をしているのかしら?」
「あの、ちがうんです。私達は少しこの田舎者に常識を教えて差し上げようかと……」
「あのね、この子がキャスパー様にね……」
「あっ、そんな風に言ってはだめよフェーヴ!ちょっと黙りなさいサントノーレ!」
フェルロッテが黙って睨みを利かせていると……。
「し、失礼しましたーー!」
耐えられなくなったサントノーレが我先にと、一目散にその場から逃げ出す。
「「あ、まってよ~~!!」」
残り二人もハモリながら逃げ出していってしまった。
「さ、あなたたちも解散なさい。見世物ではなくてよ?それともなにかペナルティが欲しいのかしら?」
彼女が腕章を見せつけそう言うと、怖じ気づいた野次馬の人混みは一人、また一人と散っていく。
「それで?何があったか説明してもらえるかしら?」
三人組がいなくなったので質問の矛先が私に向かう。
私は、フェルロッテに教室でキャスパーという男子にされたことを説明し、さっきの三人組が多分その男子に好意を寄せていたので言いがかりをつけてきたのでは?という推察を話した。
「……なるほど、そういうこと。では本日は私が隣で食事を摂ります。私が近くにいれば
あの三人が近づくこともないでしょうし。いいですね?」
「はい、お気遣い感謝します。フェルロッテ様」
フェルロッテが護衛の男の方へ料理を持ってくるようにと指図する。女性の方は直立不動で視線でのみ周囲を警戒している。
「そう言えば貴女、私は名乗った覚えはなかったのだけど、どうして私の名前を?」
「入学式のフェルロッテ様の挨拶、とても格好良かったです」
「ああ、それで知っていたのね。……貴女、お名前は?」
「キャメリア男爵の娘、アルメリー・キャメリア・ベルフォールです。フェルロッテ様」
テーブルに肘をついて笑顔を向けてくるフェルロッテ。
「私、貴女が気に入ったわ!」
「あ、ありがとうございます……?」
「では私もお返しに自己紹介しなくてはね。サンドレイ侯爵の娘、フェルロッテ・リベルテ・サンドレイよ。それでね、もし貴女が良ければだけど……」
フェルロッテが続けて何か発言しようとした瞬間、それを掻き消すように「キャー!」という黄色い声が上がるのが聞こえた。
声の方へ振り向くと、制服を着崩した紫色の髪の男子がこちらへ颯爽と近づいてくる。
「よっ!フェルロッテ!」
「あっ、テオドルフ様!どうしてこちらに?」
フェルロッテはわたわたと髪の毛を整えたり制服のリボンが曲がってないか弄ったりして身嗜みを整えているが、明らかに落ち着きが無くなっている。
「なーんか面白いことがおきてそうだったから寄ってみたんだがすぐ終わったみてーで、つまらないなーと思いつつ人混み見てたらよ……解散した中心にお前が見えたからな、一応何があったのか聞いてみようかな-なんて思ってさ」
完全に私のすぐ側まで近づいてきて人懐っこい笑顔を浮かべているテオドルフ。
思い出した……フェルロッテ嬢は第二王子ガチラブ勢だったのよ!そう、第二王子ルートに入るとライバルとして立ち塞がるのがフェルロッテ嬢。先ほどの彼が現れてからの彼女の仕草・行動、これは明らかに恋する乙女のそれ。彼に手を出せば彼女から何をされるか……。
このままではいけない……私は第二王子に気づかれないよう俯いて気配を殺し、背景のモブの一人になりきろうとした。だが、流石に隣に居られるとそんな簡単なことで見逃されるハズは無かった……。
「おっ、凄い可愛いじゃんこの子。誰々?フェルロッテ、この子の知り合い?どこのクラス?」
彼は顔を近づけまじまじと私の瞳をのぞき込んでくる。そんなに近づかれたら、その気がなくてもドキドキしちゃうじゃない!
先ほどまでにこやかに会話をしていたハズのフェルロッテの表情がおかしい……引きつった笑顔で方眉がピクピクしてらっしゃる……。このままじゃ、私がヤバイの!お願い離れて……!
「テオドルフ様、そちらの子はアルメリー・キャメリア・ベルフォール嬢ですわ。先ほど同じクラスの子に絡まれてた所に私が通りかかり、お助けいたしました」
「フェルロッテ、やるじゃないか!」
褒められたフェルロッテは、耳と尻尾があれば思いっきり振ってそうなぐらい喜び、テオドルフに先ほどのやり取りをかいつまんで説明する。
説明が終わった辺りで先ほどの護衛が料理をフェルロッテのテーブルにスッと優雅に置く。
「……ぉふたりは仲が良いのですね~?」
「幼なじみだしな。フェルロッテとは」
「とってもお似合いだと思いますぅ~」
この言葉に機嫌を良くしたのか、フェルロッテの表情が柔らかくなってモジモジしだす。
「ささ、料理が冷めてしまうわ。早く頂きましょう」
テーブルの上の料理に気付いたフェルロッテが勧めてくるので、私も一緒に食べ始める。
テオドルフが周りを一瞥し声を低くして提案してくる。
「……でもよー、アルメリーがこのあとクラスに帰ってもそのキャスパーってヤツに付きまとわれるだろ?俺が偽の恋人になってそいつに一発ぶちかましてやってもいいぜ?そうすりゃそいつもすぐ諦めるだろ?」
「テオドルフ様、すぐそうやって可愛い子と見たら口説こうとする!」
「いやいや、そうじゃねーって!ここで俺たちが分かれたらクラスで同じことの繰り返しになるだろ?元凶を絶たねーと!」
フェルロッテは指を口に当て、少し考えテオドルフに合わせて声を低くして答える。
「確かにそうですわね……では条件があります。恋人の偽装は私の目の届く範囲でのみ、ということならいいですわ。あと……できるだけその期間は短くして下さいね?」
「……しゃーねーな!アルメリーもそれでいいな?」
「あ、ハイ……」
当事者本人抜きにどんどん話がすすんでいく……。
「なら、さっそくスキンシップをしないとな!」
テオドルフは笑いながら私の皿からおかずをつまみ食いする。
『ホントに付き合ったら殺すわよ?』
とでもいうような、フェルロッテの鋭い視線で私は貫かれた。
心の中で泣き笑うしかない。あはははははは!!
食事中、笑顔だけど目が笑ってないフェルロッテから終始恐怖を感じるオーラを浴び続け、料理の味は結局分からないまま、いつの間にか食べ終わっていたのだった。
「二人とも食い終わったみてーだな。じゃ、さっそく教室いこうぜ!」
なんとか接点を持つことには成功したのかな……私。だけどこれ悪い予感しかしないんですけどーー!?