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令嬢は嗤う  作者: バーン
49/63

喜劇

寝巻きに着替え、ベッドに入り消灯しようとしていた私に、先にベッドへ入り横になっていたお嬢様がこちらへ身体を向け、何やら心配事があるのか、おずおずと質問を投げかけてきた。


「アン、私……夜中にこっそり何かしてるかしら?」

「お嬢様が起きられたら、普通は気付くと思い……」


はっと何かが脳裏に浮かぶ。

だが確信が持てない。


私は、少しの間動きが固まってしまう。


「え?アン?今の間は何?私に何かあった?」


今のいままで何故(・・)か忘れていた。

普段のお嬢様なら決してなさらないであろう、妖艶な笑みを浮かべていたあのお嬢様の事を。


その得体の知れない何かに対して胸の奥底で恐怖心が湧き上がっていた。


思い出そうとしても、頭の中が霧の中へ入って行くように曖昧になってしまい、まるで本能が危険を察知し、それ以上の記憶を忘却の彼方に……思い出す事を拒んでいるような……そんな感覚に陥る。


「……い、いえ、何もなかったと思います」


私の反応を見て、不安げな表情になるお嬢様に、私は慌てて取り繕う。


「そうよね!変なこと聞いてごめんなさい。でも、最近なんだかおかしい気がするのよ」


私がお嬢様付きのメイドになって随分と経つが、こんな風に意味不明なことを尋ねられるのは初めてだ。

お嬢様は私の言葉を聞いて、ほっとしたように微笑んだ。


「良かった……。じゃあ、明日もよろしくね」

「はい、かしこまりました」


だけど……気づいてしまった。その表情とは裏腹に、心の中ではこのままにしておくべきではない、と警鐘が鳴る。


お嬢様に気付かれず、誰かに相談しなくては……。


アンは自らのやるべき事を胸に秘め、あくまでも普段通りの自分を演じる。


「明日も授業があります。先日、授業中に倒れたばかりです。もう寝た方がよろしいかと」

「そうね。普段から体調を整えておかないとね。おやすみなさい」

「お休みなさいませ、お嬢様」


私は、お嬢様が横になるのを見届けてから消灯し、自分もベッドに潜り込み頭の中で考える。


何やら良からぬ事がお嬢様のお体に起きている可能性がある。旦那様の愛娘、アルメリーお嬢様をお側でお守りできるのは私だけ。受けた御恩、今こそ返す時よアン。


そう心の中で思いながら眠りにつくのであった。



                  ◇



それから一週間ほど経った夜。煌々と月が夜の闇を照らす。風一つない穏やかな夜だった。


魔女の魅惑の工房アトリエ・ド・ソルシエール・アンシャンテに、数人の見張りを外に立たせて、彼女が地下室へ部下達を集める。


「皆、首を長くして待ってたかしら?ブロワールから提示されていた三つの組織の内、次に潰す組織を……『カッコバルクルー』に決めたわ」


彼女は、集まった部下達に向かって告げる。


「おおっ……!」

「ようやくですね、待ちくたびれましたよ」

「腕がなるぜ!」

「まってました!」

「へへへ、また暴れてやんよッ!」


彼女の前に集った男達は、それぞれ返事をする。



彼らは、全員が全員、揃って赤色の布を付けている。口と鼻を隠すように付けているもの、首に襟巻のように巻いている者、腕に赤い布を縛って付けている者、それぞれだ。


それは、魔女の工房を守る番犬達の証である。

彼らを見渡して、問い(ただ)す。


「用意は出来ているかしら?」

「「「へいっ!」」」


部下達は声を合わせて聞く者にとって気持ちの良い返事をする。


「いただいた地図を全部頭に叩き込んで、姐さんにどの組織を指定されてもすぐに行けるように現地の下見も終わらせてまさぁ。案内はお任せくだせぇ」


彼女は頷くと、皆に発破をかける。


「さあ、今日もあなた達に頑張ってもらうわよ!」


「おうよ!」

「やったります!」

「ガッテンだ!」

「うっす!」


部下達は気合を入れながら、思い思いの返事をする。


返事を統一させた方が良いかしら?まぁ、まだそこは気にする所でもないかしらね。


「ただ、ここからだとちょっと遠いッスね?」


現地を確認した部下の発言だ。確かにその通りなのかもしれない。


「ボスの根城を通り越して反対側ッスよ」

「そう?今夜は楽しい遠足になりそうね♪」


部下達は「ハハハ……」と、困ったように笑う。


「姐さんがここに襲撃(する)と決めたんだ、お前ら男を見せてみろ!」

「「「ウッス!」」」


彼女は腕を振り上げ、高らかに宣言する。


「これより私達『ファイエルブレーズ』は、『カッコバルクルー』を殲滅しに向かうわ!」

「「「おおーーー!!」」」


男達の雄叫びが地下倉庫に響き渡るのだった。



                  ◇



「……そろそろ、目的地の近くです姐さん」


一行は、とある貧民窟の一角の路地裏に到着した。


「……やっと到着?ホントに遠かったわね。たまには一緒に行くのも良いかと思って歩いてきたけど、脚が棒になるかと思ったわ。やはり飛んで行けば良かったかしら?」

「俺らとしては感激でした!姐さんと一緒に出撃するなんて初めてで、なんか嬉しかったです!」

「そ、そう?なら、こういうのもたまには良かったわね」

「そうだ、担架に椅子でも括りつけたけたものでも新しく作って、姐さんに乗って貰おうぜ!?」

「いいな、それ!」

「後で廃材集めてこようぜ!?」

「うっしゃー!任せろ!」


彼女がパンパンと手を叩いて彼らの話を中断させる。


「あなた達の気持ちはありがたいわ?だけど、今は目の前の襲撃(しごと)に集中して頂戴。……あと、お金は出してあげるから廃材じゃなくて良い素材で作りなさいよね?どうせ乗るなら綺麗なものに乗りたいわ」


カルクールは自分の仕事の機会が来た、と目を輝かせる。


「ガッテンだ!」

「そういう事なら!」

「おまかせくだせえ!」


「あと、あなた達……目的地近くなのよ?声が大きいわ。気付かれたらどうするの。もっと静かにしなさい」


彼女が睨みつけると、皆、一斉に口を(つぐ)む。


周りを見回すと辺りは飲み屋街で、店の名前を書いた看板が立ち並び、呼び込みが張り上げる声や、己を飾り立てた女性達が自身の働いている店の前に立ち、媚びた嬌声で男性を誘いこもうとしている。また、彼方此方で安酒に酔っ払い叫んだり笑ったりしてる者など、賑やかな光景が広がっている。

人通りもそこそこあり、夜にも関わらず活気に満ちているため、多少大声を出した所で特に目立たないだろう。


「すいやせん、一言いいスか?」

「何かしら?」

「俺ら、この人数ですし……客の中にヤツらの仲間(いぬ)が紛れていたら、俺らが来てる事なんて既にバレてるかもしれやせんね?流石に、目立つ荷車の連中は少し離れた所に待機させてやすが……」

「ふぅん、そう」


と、彼女は意に解した様子もなく、そっけなく答える。


「……それで、あの門番がいる建物がそうね?」

「へい、あそこで間違いありやせん。客のフリをして中に入り何回か賭けた事もあるんですが、負けてスッカラカンになりましたわ。わはは!」

「「わははは!」」


彼は仲間の笑いを誘い、自身も笑いながら頭を搔く。


彼女はその部下から視線を逸らし気持ちを切り替えると、脇道から堂々と正面の道へ歩み出る。そして腕組みしたまま二つの魔法を順に唱える。


一つはいつもの炎の槍で、たちまち彼女の背後に煌々と燃え上がる五、六本の炎の槍が出現する。

次の魔法で出現したのは、眠たげな仕草をしているかわいらしい火精。宙に顕れ、ふわふわと浮き、彼女の肩の辺りへ移動する。


それに気が付いた周りにいた客達はよくある何かの上演かと振り向き、近くの者達と話し合い、囃し立てる。


「破ッ!」


彼女が掛け声を放つと、炎の槍は我が意を得たりと猟犬の如く正面の建物を目指す!


炎の槍の射線上にいた客達は驚き、混乱して飛び避ける。

避け損なって髪の毛や服の袖、背中が少し焼けた者、転倒し溝や店に突っ込んだ者などが相次ぎ、辺りは一気に混乱の坩堝と化した。


「うわぁああー!?」

「あっ、あっつー!」

「ヒェええッ!?」


建物の前に門番らしき筋肉ダルマが立っていたが、彼らの数歩手前の宙で弾かれ、炎の槍はかき消されてしまう。


「うわわぁっ!?」

「ま、魔法!?」


突然、目の前まで迫った炎の魔法に、彼らは驚愕の声を上げる。


「はぁッ?何?結界でも張ってあるの!?」


彼女の顔が不機嫌そうに歪む。


「何者だ!?」


気を取り直した門番達が誰何(すいか)する。


周りにいた客達が叫びながら蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、ごった返していた正面の道が嘘のように綺麗に空き、そこへ部下達が飛び出して彼女を守るように周りを囲み、立ち塞がる。


「「「俺達は、『ファイエルブレーズ』だ!」」」


「何ッ!?その名前ッ!最近噂になっている例の奴等(やつら)か!」

「エクリプスノワールに喧嘩ふっかけたとかいうバカ達だな!?」


門番達はそれぞれ声を張り上げる。


「そうか、わかったぞ!?その火の魔法!最近、貧民窟を燃やして回っている集団がいるっていう噂があるが、お前らだな!?」

「ええ、そうよ」


彼女は断言する。


不審火やボヤ、全ての火に関わる事件は私達がやったと思わせておけばいい。そう印象付けられるなら、これに勝る事はないわ。後は噂が勝手に広がって私達の知名度が上がっていく。フフ……。


そうこうしていると、建物の中から仕立ての良い服を着た偉そうな人物が複数の護衛を引き連れて現れ、口を開く。


「まさか、全てこんな可愛らしい魔女()の仕業だったとはな!」


遠巻きに見ている客達も同じような事を近くの者と言い合っている。


男は自信に溢れた仕草で髪をかき上げ、言葉を続ける。


一月(ひとつき)前の火事の時はまさか?と思ったが。組織(あいつら)に喧嘩ふっかけたそうじゃねーか!剛気だねぇ。俺ぁ、そう言うヤツらは好きだぜぇ~。なぁ、俺らと組まねぇか?そんでよ、邪魔なエクリプスノワールぶっ潰して裏の世界でのし上がろうぜ?どうよ?」


「上昇志向を持っているのね。夢を語る男は好きよ?ウフフ……。でも、その話……私達には利得があまり感じられないわね?」


「こんな所では大っぴらに言えないが、俺らの裏にはさる高貴なお方がついている。権力はいいぜ?多少ヤンチャな事をしても軽く握りつぶしてもらえるしな?」


「ふう~ん。そう……」


「悪いようにはしねえって……なぁ、俺らの下(・・・・)につかねえか?」


男はにこにこと、笑顔を浮かべて勧誘してくる。


「下につくですって?それはつまり、手下になれって事かしら?」


彼女は小首を傾げつつ質問を投げかける。


「まぁそんな所だな!お前だって一人でここまで来るのは大変だっただろ?手下もそれだけしかいないなんてよぉ?寂しいもんだよなぁ?俺達ならお前の力になってやれるんだぜ?だからよ、俺と手を組もうじゃねえか!一緒にやろうぜ?」

「……あなた、勘違いしているわね?」


彼女の声のトーンが少し下がる。

周囲の気温が数度下がった感覚を覚え、空気がピリピリとする。


「随分と見くびられたものね。私は誰の下にもつかないわ。いえ……あのお方(・・・・)以外、ね?ざーんねん」


男は、初めて苦虫を噛み潰したような顔をする。


「交渉決裂か。しゃーねーな!あんたらの噂は最近初めて聞いたばかりで、先週にも火事があった。ははっ、警戒しててよかったぜ……。まぁ、あんたらを上手く取り込めれば御の字、端から上手くいくとは思っちゃいなかったが、念の為、準備していて正解だったぜ。俺は用心深いんでな!」


男は軽やかに指を鳴らす。


「『警戒が後悔を遠ざける』って昔から言うだろう?」

「先生!お願いします!」


男が声を張り上げると、建物の中からいかにも『魔法使い』という風貌の二人が出てきた。ローブを纏い、太く長い杖を持ち、二人共その表情に自信が満ちている。

彼らは自分達こそ正義であり、その邪魔をする悪を打ち滅ぼすのだと信じて疑わない目をしている。



一人の頭上には三角帽子がそびえ立っていた。その帽子の鍔は広く、ローブと同じ深く濃い灰色の生地で作られている。その帽子を目深にかぶり、白髪混じりの長く伸ばした髪と鼻の下にはふさふさとした口髭、もう一人は輝く頭頂と、口元に白く豊かなあご髭を蓄えている男だった。


「ワシらは宮廷魔導師団にこそ入れんかったが、魔法兵団を定年まで勤め上げた。退官後も、名誉と報酬を求め冒険者として活動してきた!今回の依頼を聞いてどんな強力な魔術士と魔術比べができるかと勇んで来てみれば、ただの小娘ではないか!こんな幼いはぐれ魔女ごとき、捻り潰してくれるわ!」


その魔術士は長年積み上げてきた経験に裏打ちされた自信から、尊大に言い放つ。


「あらぁ、言うじゃないの。でもね、見た目で判断しちゃダメよおじいちゃん達?フフ……。現代(・・)の魔術士がどの程度やるのか、この私が直々に見てあげるわ。クスクス」


「ほざけ、小娘の分際で!我が魔法の極意、受けるがいい!」


彼が魔法を唱え始めると、それでも遠巻きに建物の陰から見ていた好奇心旺盛な客達も、ついに逃げ出す。


「準備する時間はあったんでな、この対火属性結界を張らせて貰ったわ!この内におるかぎり、小娘!貴様の魔法はワシ達には届かぬ!ガハハ!この戦い、勝ったも同然よ!そして食らえ、研鑽して極めた我が水魔法を!」


『我は命じる 水よ出でよ 水よ珠となり 我が意に従い 眼前の敵に集い纏え |纏粘水球《オーサント=ニール・ア・フェール》』


結界の外に生み出した宙に浮く豚一頭と同じくらいの大きさの水球から、拳大の幾つもの水球が速度はあまり無いものの、連続で射出され彼女の顔目掛けて飛んでいく。


彼女は瞬間的に何かに気づいたのか、咄嗟に躱す。


後ろにいた部下の顔に水球の一つがぶつかると、バシャッ!と弾けた。だか、それは飛び散ることなく顔の一部に張り付いて覆っていく。周りに漂っていた水球達が急に慣性の法則を捻じ曲げたような不自然な動きを見せる。顔に張り付いた水めがけ、次々とぶつかっていく。

集まった水球は互いに同化しあい、あっという間に大きな水塊となり頭を丸ごと包み込んでしまう。


そいつはもがき水塊を顔から剥がそうと手を突っ込むが液体である水は掴みどころがなく、その度に変形を繰り返すだけ。はたから見ると変な踊りを踊っているようにも見える。

そのうち我慢の限界を迎え、白目を剥いてゴボッ……ゴボボ……という音と共に口から空気を吐き出すと、その場に倒れこんでしまった。


「チッ!小娘め、ワシの必殺魔法を躱すとは!勘が良いのう!ワシは考えたのよぉ、敵に魔法を撃たせないようにする為にはどうすればいいか?その考察の果て、ある結論に辿り着いたのよ!そもそも敵に発声させなければ良いのだ!それを実現するためにワシは水属性魔法を授かったに違いない!ワシとこの魔法は最高の相性よォ!おまけに敵を窒息させて倒せるしのぅ?ガハハ!」

「ああ、ネチッこい魔法ね。これだから水属性の術士はイヤだわ。……。攻撃的な魔法自体それほどないものね水属性には。だからどうしても使う魔法がネチッこくなるのかしら……?フフ」


かつての私がいた時代(ころ)より魔法が進化、発展してるのかと思っていたけど、とんだ思い違いだったかしらね?


そこへ輝く頭頂部の白髭の魔術士が割り込み、喚き散らす。


「おのれ、ディオンの魔法をかわしたか!発声さえ出来なければ、貴様は魔法を封じられた只の小娘に成り下がったものを!だが、隙ありじゃ!死ねぃ!」


輝く頭頂部の白髭の魔術士が魔法を唱える!


『我は願う 土よ出でよ 地より礫を飛ばし 眼前の敵を貫き給え 石礫(ガレット=エール)


中央の舗装された石畳のその両脇の踏み固められただけの土の地面から、無数の石がボコボコと浮き上がり、次々と彼女の方へ襲いかかる。


「この連射では、貴様も魔法を撃つ暇が無かろう!カカカッ!」


部下の中で一番大柄な男が、縦長の大きな木製の盾を前方に翳し、彼女の前に踊り出る。


「姐さん~、オデの後ろへ~~」


ガガッ!ガッ!ガンッ!ガガガッ!ガンッ!


盾で石礫を防ぐが、激しい連射の衝撃音が鳴り止まない。礫によって削られた木屑が次々と宙に舞い上がる。


「この盾、大丈夫なの!?」


状況は切迫しているが、そいつはのんびりとした口調で言う。


「暫くは、持つと思う~」


輝く頭頂の魔術士が自慢の白髭を一撫ですると口を開く。


「フム、正面が駄目なら、コイツでどうじゃ!」


石礫を止めると、手に持った杖を高々と掲げて次の魔法を唱える。


『地よ 我が呼び声に応え出でよ 鋭き岩の牙よ 我が敵に襲い掛かれ |地裂鋭牙襲《デファンタック=グラン・フィール》!』


地面から膝の高さ程の牙が生えたかのように鋭角な岩が次々と隆起し、勢いを増して大柄の男へ向けて一直線に襲いかかる!

それは瞬く間に盾を構えていた部下の足元まで到達すると、大人の男より一回り大きな特大の岩が爆ぜるように飛び出し、周りの数人を巻き込み吹き飛ばす!


「グワーッ!」

「ギャーッ!」

「うわーーッ!?」


「カカカッ!どうじゃ!小娘!これでもう身を隠すものはないぞ!?」


輝く頭頂の魔術士が自慢の白髭を撫でながら、ニヤリと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「貴方達、魔法陣を消して!ここからじゃ良く見えないけど、きっと建物を囲むように地面に描いてあるハズよ!線を傷つけるだけでいいわ!」

「「はっ!」」


彼女の指示に従い、数人の部下達が建物へ向けて我先にと駆け出していく。


「させるか!」


三角帽子の老魔術士が魔法を唱える!


『水よ 精霊の踊り手よ 仮象に宿りて礎となし 創成せよ強固な界面を 我に授けよ舞い踊る水の鞭! 水流創鞭舞踏ダンスフーエクーランドリエーション!』


魔術士の右手に水がまとわりついたかと思うと、すぐ球状になり、その水球から指二本か三本程の太さの水が一筋、流れ落ちる。地面に着くかつかないという所まで伸びると、急に生を得たようにグネグネと動き出す。


「こいつはな、表面張力を魔法で超強化し、水の質量を持ったワシの思うように動く鞭よ!短いと思ったか?ククク、こうやって水を加えればのぅ、長さも思うがままよォッ!」


魔術士は新たな魔法を唱え、喚び出した水を鞭に注ぎ込む。そして長く伸びた水の鞭を振り上げると、近づいてきた者達を打擲(ちょうちゃく)する!


ビシィッ!!


打ち付けられた鞭が、乾いた音を辺りに響かせる!


「ギャッ!?」

「ま、マジで痛そうだな……大丈夫か!?」


近くにいた仲間が声を掛けるが、鞭で打たれた者はあまりの痛さに返事も出来ず、動きも止まってしまう。


「ガハハッ!ガキ共が!そう簡単にやらせはせんよ!」

「姐さん、どうしやす!?」


彼女は必死に考えを巡らせる。


炎の剣を召喚して水の鞭を斬りながら接近戦をする?

結界を貫ける程の火力の魔法を使う?

それ以前に、私が長い詠唱を唱え出したら絶対に阻止しようと敵の攻撃がこちらに集中するわ。詠唱を唱える時間をどうやって確保する!?

目眩しの魔法を放ってウチの子達を突撃させて魔術士のどちらかでも倒す?

少なからず犠牲が出る……まだ戦いは始まったばかりだし、それは避けたいわね?


くっ、何をするにしろ、時間が欲しいわねっ!


「来ないなら、こちらからいくぞぉ~カカカッ!」


『我は願う 土よ出でよ 地より礫を飛ばし 眼前の敵を貫き給え 石礫(ガレット=エール)


無数の石がボコボコと浮き上がり、こちらに勢いよく飛来する。今度は効果範囲を広げて発動させたようで多数の部下達が巻き込まれ、被害が格段に増える。


「くっ……!」

「ぎゃーーッ!」

「いってーーーッ!」

「あがっ!」


盾(といっても腕周辺ぐらいしか守れなさそうな円形の小型の盾、標準的寸法の木製の盾、鍋の蓋や酒樽の蓋など、てんでバラバラの物である)を装備している数人は比較的被害を免れているが、立っている場所が散らばっていて負傷者が増える一方。

それ以外の部下達は身を守る術もなく、身体中にアザが出来ていたり、尖った石に傷をつけられている者もいる。身につけている赤い布以外、統一された装備は無い。


彼女は傷つく部下たちを見つめ、冷静に思考に耽る。


思ったより被害が大きいわ。これが終わったら、人も装備も整える必要があるわね……。


そして思考を切り替え、現状打開の糸口を探る。


近距離は水の鞭に(さら)され、遠距離だと土属性(ハゲ)の魔法が飛んでくる。こちらの魔法は火力が低いものだと結界で弾かれる……。炎の精霊(サラマンダー)でも召喚(よん)でおけばよかったかしら?それは今更ね!


……よし、決めたわ。


「バル!耳を貸して!」

「はっ!」


彼女はバルナタンに耳打ちする。


「まず、盾持ちを最前列へ集中させ、前衛を厚くして石礫に耐えて時間を稼いで欲しいの。盾役が前に揃ったら、私が目眩しの魔法を撃つわ。貴方達は絶対に見ないように」 

「へい」


わざとこちらへ聞こえるように、敵の魔術士が大声を出す。


「おいおい、戦いの最中に内緒話か~?感心しないねぇ。近頃の若いモンは全くこれだから……。どれ、年長者である私が躾をしてやらんとな。カカカッ!」


『土よ 我が呼び声に応え出でよ 集え 質量を備えし岩塊 眼前の敵へ疾く放て |重岩砲《ロシュ・マシーヴ=カノン》!』


地面から浮き上がった土と小石が輝く頭頂の魔術士の頭上に集まり、岩塊を形成していく。それは瞬く間に人の頭程度の大きさになると高速射出され、避け損なった部下の腹にまともに当たり、そのまま後方へ吹き飛ぶ!


「デュドニーッ!」


バルナタンが叫ぶ!


「豪快に飛んだのぉ!カーッカッカッカッ!」


デュドニーと呼ばれた彼は、倒れたままの姿でバルナタンに向けて親指を立ててみせると、そのままガックリと項垂れる。


バルナタンは涙を目尻に浮かべながら振り向き、敵の魔法使いを睨みつける。


「盾を持ってるヤツ、前へ出ろッ!」

「「「応ッ!」」」


それまでバラバラにいた盾を持っている者が前に並び出る。それまで烏合の衆だった彼らが、歪だが戦闘集団として機能し始めた。


「カーッカッカッ!そんなしょぼくれた盾など、持っとる意味すらないわーッ!」


『土よ 我が呼び声に応え出でよ 集え 質量を備えし岩塊 眼前の敵へ疾く放て |重岩砲《ロシュ・マシーヴ=カノン》!』


発射された岩の塊が鍋蓋を構えている部下にぶちあたり、その速度と質量の衝撃で鍋蓋は一瞬で砕け散る。

また、それだけでは衝撃を打ち消す事ができず、胸で岩塊を受けたそいつは土煙を上げながら盛大に後方へと転がっていく。


「グハッ!」

「大丈夫か!?」

「なあに、鍋蓋が壊れただけですよ……」


彼はニヤリと笑う。だがその顔色はみるみるうちに悪くなっていく。口ではそう言っているが、かなり深刻な損傷を受けたようだ。


「あぁ、お前は昔から身体が頑丈な事が取り柄だった!だから大丈夫だな……!」


目尻に涙を浮かべ、そいつに優しく声をかけ終わったバルナタンの耳に、彼女が魔法を唱え終わるのが聞こえた。


「お前ら、伏せろーッ!」


部下達は何が起こっているのか分からなかったが、兄貴の叫びに咄嗟に反応する。


彼女が二つの魔法をほぼ同時(・・)に放つ。


『火よ 我が頭上に白熱の光球を顕現させ 須臾にして世界を眩光で満たせ!閃光(シュミエール)!』


『火よ 火の舞台を開け 舞い踊る火球と煌めく火花の尾 縦横無尽の煙の宴よ 宙を黒煙で覆い隠せ! |黒宴炎舞《ダンス=フランノワール》!』


彼女の頭上に、白熱した燦然と輝く光球が出現する。それがカッ!と弾けると凄まじい光量をとき放つ!世界をかき消さんばかりの勢いを持った強烈な光が、辺り一面を真っ白に塗り潰す!

それは星明かりの夜に慣れた目には過激すぎて、見た者の視力を一時的に奪い去ってしまった。

同時に放たれた縦横無尽に飛び回る火球が、濛々(もうもう)と黒煙の尾を引いてさらにこの空間の視界を奪っていく。


「め、目がぁーっ!」

「視界を奪うとはおのれ、小癪な!」


ボロボロと涙を零す目を保護するように腕を顔の前にあげ、ローブの袖で押さえる魔術士二人。


「小娘の先程のアレ(・・)は同時詠唱かッ、ディオンよ!?」

「あぁ、確かに!ワシが昔、古文書を読み漁った時に散見した今では使い手のおらん(いにしえ)の詠唱法かもしれんッ!」

「のぅ……ディオンよ、先程、たしか小娘の肩の辺りに火精がおったじゃろう?あれが魔法を放った可能性はあるか?」

「火精が魔法を……?術者が同期支配して繋がっておれば、離れた所でも火精などの小精霊に魔法を使わせる事が出来るが……。それでもかなりの集中力がいるぞ?その魔法に必要な魔力も供給してやらにゃならんし……」


ここから老魔術師は口の中で小さくつぶやくように考察していく。


「……術者本人が魔法を唱えている最中だぞ?分割思考をやったとでもいうのか……?こんな小娘が!?」


その己のたどり着いた結論に激昂し、叫ぶ!


「ありえんッ!ありえてたまるかッ!!」

「どうしたディオン?何を怒っている!?何か分かったのか??えぇい、くそ!まだ目がッ……!ディオンよ!お主はどうじゃ!?」

「取り乱してすまぬ。ああ、目はワシもまだ回復しちゃあおらん!だが、この結界の中におれば問題無かろう!アデラースよ!ちゃんと中におるか!?」

「端から動いちゃおらん!安心せい!カカカッ!」


まともに閃光を見てしまった魔術士二人は、視力を奪われてしまっていた。さらに辺りには煙が充満しており、たとえ視力が戻ったとしても、煙の所為で視界が阻害され、暫くは状況がわからないままだ。


彼女は火精の召喚を解いて還らせると、再度バルナタンに耳打ちする。


「上手くいったわ、バル。これでヤツらは視力が回復するまでの間、取れる手段は限られたわ。いい?ここからが勝負よ、ヤツらに回復する時間は与えないわ」

「流石ッスね!で、ここから俺達は何を?」

「貴方達は『この機会に乗じて突撃する』とヤツらに錯覚させるのよ。ここから一斉に大声で叫びながら、私達とヤツらの途中まで行って。私は横道に入って回り込み、ヤツらの横へ出るから。あいつらは自身や結界を守る為に、貴方達との間に岩の壁か何かを出すはずよ。ヤツらが壁を出したら、それを蹴るなり、武器で叩くなりしてとにかくヤツらの気を引き付けておいて。その間に、私は結界ごとぶち抜く強力な魔法を唱える。私がヤツらに気付かれなければ、私達の勝ちよ」

「突撃して、叫んで、何かが出てきたらソイツをどついてヤツらの気を引き付けておけばいいんですね?」

「まあ、そんな所よ。ヤツらが壁を出しても出さなくても、途中で止まって大声と足音は出し続けなさい。充満してる煙が貴方達の姿を隠してくれるわ」


バルナタンはそこで大声を出しそうになった自分に、ハッと気がつき慌てて口を(つぐ)み、真剣な面持ちで頷く。


「しっかり頼むわね?まあ、煙に隠れても、でたらめに振り回される水の鞭の攻撃に晒される事になるだろうけど、頑張って避けなさい。貴方達の根性が試されるわ?私の声と足音が貴方達の出す音にうまく紛れれば、それで作戦は成功よ。私が魔法を唱え終わるまで、ヤツらの気を引き付ける事、出来るわね!?」

「根性ならお任せくださいッ。やってみせまさぁ」


バルナタンは拳を握りしめ、ドン!と胸を力強く叩くと部下の方へ振り返り、声を潜めて近い者達に告げる。


「姐さんが、何か仕込みをしたいらしい。だからやつらの注意を俺らに向かせる。ここからあの魔術士達まで少しだけ距離があるが、何でもいいから叫びながら半分位まで進め。出来るだけ足音を立ててな?そこまで行ったら足を踏み鳴らせ、声を張り上げ続けろ、いいなっ?もし、地面から壁が出てきたら、叩けっ、蹴れっ。わかったら周りのやつらにも小声で伝えろっ」

「「へっ、へい!」」


バルナタンはその様子を見守り、皆に伝わったと確信すると、声を張り上げる!


「おらッ!手前ェら、俺に続けッ!突撃ーーーッ!!」


大声を上げドカドカと足を踏み鳴らしながら部下達は敵陣へ向けて駆け出す。

それを見届けた後、彼女はフードを被り直して足早に離れていく。


「う、うぉおおおーー!」

「どぉっせぇーーー!」

「わぁああああああーーッ!」

「おんどりゃーー!」

「魔法陣をこわせぇーーーッ!」


その他大勢の怒声と叫び声、集団の足音はうねりとなり、聞く者に畏怖を感じさせた。


「むっ!何じゃっ?奴等が突撃して来るのか!?ええぃ、クソッ!目さえ見えれば!」

「ションベン臭いガキ共がッ!させるか!結界は消させんぞッ!魔力を追加消費して範囲を拡大する!ディオン、岩壁を三枚出して道を塞ぐぞ?」

「ああ、構わんッ!その方が守りも堅くなる、やってくれぃ!」


『我は大地に求め訴える 顕れよ大岩の障壁 我が敵に立ちはだかり 連結せし防壁を築け! |励起連岩陣《タイルロッシュ=エキシ・レプリーズ》!』


結界から少し前方に離れた舗装されている石畳の部分が振動し、盛り上がったかと思うと、石畳を吹き飛ばし、大人の背丈を優に超える高さの堅牢な大岩が連続で三枚爆ぜるように地面から飛び出す!それが横に連なって弧状に防壁を作る。出来上がった防壁は道をほぼ塞ぐほどの幅を持ち、前方からの侵入を阻む!


「これで正面は塞いだぞいッ!越えれるもんなら越えてみぃ!カカッ!ディオンよ!やつらは人数が多い、目が見えんでも音がする方へ出鱈目に鞭を振っても当たるだろうよ!カカカッ!」

「まかせろぃ!」


部下達の足音にまぎれ、彼女は正面へ聳え立つ岩壁の位置を確認すると一つ裏の通りへと走る。

客が粗方逃げたあとで彼女の移動を妨げるものはない。

敵に気づかれないよう細心の注意を払いながら脇道を進み、数軒の建物の横を走り抜けると、目的である建物が見える物陰に身を隠す。


そこから敵の魔術士がいるかどうか確認する。


見えた!

正面を向いているが、まだ視力が回復してないのか出鱈目に水鞭を振るっている。


ここなら射線が通る!


彼女は身を潜めて詠唱する機会を伺う。


岩壁に部下達が張り付いて大声を上げ、岩壁を登る者や、そこら辺で拾ってきた瓦礫などを振りあげ岩壁に叩き付け、少しでも壊そうとする者など、さながら篭城戦の様相を呈してきた。

岩壁の内側からは水の鞭が出鱈目に打擲され、運悪く当たった部下達を叩く!

肉に当たった瞬間の心地よい響きと、犠牲になった者の悲痛な叫びを聞くたび、彼女は口角があがり、頬が朱に染まり、小刻みに身体が震えていた。


「アデラースのいった通りじゃ!見えんでも入れ食い状態よ!そこかしこで、いい声がしよるわ!うわーっはっはっはっ!」


彼女はそこから、目の前の光景を意識の外に追いやると深い精神集中状態に入り、静かな声で魔法を唱える。


『我は願い奉る 偉大なる四大精霊の一角 猛き尊き荒ぶる火焔の化身よ 御身のその力の一端を貸し与え給え 繋げ異界への門 門よりその力を解き放たん 大いなる一条の光 宙を切り裂く火炎の激流をもって我が敵を焼き尽くせ』


彼女の魔法が発動する。


轟音と共に極太の一条の眩い光が、堅固な『結界』をまるで紙きれのように容易く貫いて男のシルエットを掻き消し、そのまま大の大人がゆうに通れるほどの孔を何棟か向こうの建物まで一瞬で開通させてしまう。

建物に開いた巨大な穴の縁は焼け焦げており、ブスブスとくすぶり所々から白煙が立ち昇っている。


「被害を出来るだけ抑えるために詠唱だけ(・・)にしたけど……対人に使うには強力すぎるわね、これ。ウフフ……」


魔法の光が消えると、巻き込まれて掻き消えたように見えた魔術士は依然としてそこに立っていた。だがその姿は、半身を抉られるように失っていた。


「な、ん、じゃ……と?」


本人は何が起こったのかすらわからないまま、ゴフッと大量に吐血しその場に倒れる。


「ディオーーン!?どうしたッ!大丈夫かッ!?返事せい!」


振り向き、うっすらと視力が回復してきたその目で見たものは、かつての同僚であり、友だった者の変わり果てた姿だった。


「ひっ、ひぃいいいーーーッ!?」


半身が抉られ、驚愕の表情を貼り付けたままの凄惨な亡骸を見た土魔術士は、すぐにそれが魔法による攻撃だと察し、その余りの威力に先程までの余裕が消し飛び、誇りも何もかもかなぐり捨て、彼女に背を向け全力で逃げ出す。


「うわぁ!先生がやられた!?もう一人の先生は!?」

「い、居ねえ!?」

「マジか?」

「もう姿がみえねえ!野郎、にげやがった!」

「高え金払ったって聞いたのに、なんてやつだ……」

「先生でも無理なら俺らが倒せるわけねーッ!に、逃げろー!」

「ま、まて!」

「俺達は死にたくねぇッ!あばよ!」


仕立ての良い服を着た幹部とおぼしき男が制止するが、護衛として雇われていた男達は我が身かわいさに我先にと逃げ出す。


「くっ、クソッ!」


男は悪態をつくと、自身の本拠地である建物に逃げ込んでしまう。


それを見送った彼女は、ひと仕事済んだかのように優雅に髪をかき揚げ、サアッと後ろへと流す。

口角を上げ、余韻に浸る彼女の元に鞭の攻撃が止んだ事で岩壁を乗り越えてきた部下達が次々に集まってくる。


「姐さん!逃げるヤツらがいますぜ!?」

「いいのよ?わざと逃がしてあげるんだから。彼等が私達の噂を勝手に広めてくれるわ。フフッ」


彼女は冷たく笑いながら話す。


「『友達の友達から聞いた話なんだけど』……なんて信憑性の低い噂話より、死にそうな目にあった本人が語る話は、真に迫ったモノで説得力や真実味が段違いに違うものよ?分かるでしょう?」

「さすが姐さんでさぁ!」


バルナタンをはじめ、部下達は口々に彼女を褒め称える。彼女は満足げな表情で頷くと、そのまま暫くたたずむ。


「そろそろ一分(アンミニュット)経ったわね?……こいつらが何人居たのか知らないけど、私は優しいから猶予をあげたわ。抵抗する気のないやつはもう逃げた頃合いよね?残ってる者はあくまで私達に対する抵抗勢力と見なすわ。後々集まられて組織的に私達の邪魔をされても鬱陶しいし、残りは綺麗に掃除しておきましょう♡」


彼女は自身の魔法を阻んだ結界に近づくと、そこへ向かって詠唱のみの火球を放つ。


結界は弱体化しているのか、その火球を掻き消すことは出来なかったが、結界はかろうじてその火球を弾き、自身の存在を証明する。


「ふ~ん。まだ、これ生きているんだ?」

「消してしまいますか?姐さん」


少しの間、腕を組んで考える彼女。


「……使えるかもしれないから、そのまま触らないでおいて?」

「わかりやした」


バルナタンは部下達の方へ向き直り、


「お前ら、魔法陣には触るんじゃねーぞ!皆にも言っとけよ!」

「「へい!」」


そうこうしてるうちに、健在な部下があらかた集まって彼女の次の命令を待っていると、建物の陰から挙動不審な怯えている男が現れた。ヤツらの構成員の一人だろう。


「た、助けてくれぇ!」


開口一番、男はそう叫ぶと、勢いよくタックルするかの如く低い姿勢で彼女の脚に縋りつこうとする。

気が付いた部下の一人が、咄嗟に男の腹を蹴り飛ばして引き離し、彼女と男の間に割り込んだ。


「なんだぁ、コイツ?」

「姐さん、コイツどうします?」

「そうねえ。ホント言うと私達の集団(ファイエルブレーズ)、まだ人数は増やしたくはないのだけど……ねえ?」


彼女はその男を醒めた目で見下すと、口を開く。


「……一応、聞いてあげようかしら?」


地べたに這いつくばっている男の目を、彼女は腰を曲げ、上から覗き込むようにして質問する。


「あなたは、私達(ウチら)に対して何が貢献できるの?」


男は這いつくばったままペコペコと頭を下げ、必死に自分の事(・・・・)を訴える。


「い、生命だけはぁー、お助けくだせえ!家にかえれば嫁と、娘が待っているんでさぁ~!」

「……私は、あなたが何が出来るのか聞いているの」


彼女の眼と声に、若干の怒気が含まれている事に男は気付いていないのか、憐憫を得ようと自身の訴えをそのまま続ける。


「娘はまだこんなに小さくて……俺の帰りを待っているんでさぁ~!」


両手で娘の背の高さを身振り手振りで一生懸命に表現しようとする。


「そう、私の質問に答える気は無いのね?バルナタン。こいつ、要らないわ。始末しておいて」

「……お前、対応を間違えたな」


バルナタンは哀しそうに呟くと、男に近づき鞘から剣を引き抜く。


腰を抜かした男は手だけで後ろに下がろうとする。


「ひ、ひぃいーーー!あ、あんたには人の心ってモンがないのかーっ!?」

「あなたが嘘を言ってないと誰が証明できるの?少なくとも私は、チャンスをあげたわ?あなたはそれを棒に振った。ただそれだけ」


「フンッ!」


バルナタンは剣を握る手に力を込め、男を袈裟斬りにする。


「ぎゃあああー!い、いでぇーッ!死、死ぬぅー!」


斬撃が浅かったのか、男が上手く避けたのか、致命傷には至らず、大袈裟に喚き散らし、地面に血を撒き散らしながらバタバタと転がりまわる。


「あらあら、駄目じゃない。バル。このくらい一撃で仕留めないと。クスクス」

「すいやせん……」


そう言いながら彼は離れた男に再度近寄り、逃げれない様に強く踏みつける。


男は涙を流しながら命乞いをする。


「ひッ、こっ、殺さないでくれーーーッ!」


彼は強く目を瞑ると剣を下向きに持ち替え、両手で真下へと全力で突き刺す。


「ぐぅッ!あがッ……」


男は暫くピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。


その状況を見ながら、彼女は思いに耽る。


この子の剣、我流で素人の域を出てないのよね。これからの事を考えると、誰かに鍛えてもらった方がいいかしらね?


そして思考を切り替えると、部下に告げる。


「みんな、無理に戦わなくていいわよ?でも、かっこいい所を見せたい、っていうならそれを止めるほど私も野暮じゃないわ?だけど、少しでも強そうなやつがいたら無理せず私の方へ追い立てて頂戴?こんな所で怪我するのは損よ?ああ、逃げる振りをして釣り出すのも有りね?ふふっ」

「「「ガッテンだ!」」」



その後すぐにお調子者の部下の一人が「一番乗り~!」と、建物に突入していき、ふざけた様子で挑発する声が聞こえた。やがて「うわぁあ~!たぁすけてぇ~?」と煽るような、少しも緊張感のない声をあげながら逃げ出してくると、頭に血が登った男達がまんまと入り口におびき出され、両脇の壁に張り付くように待ち構えていたバルナタン達の剣の錆になっていった。

それを逃がれて出てこれた者も、炎の槍に貫かれ火だるまとなり倒れていく。


入り口付近の面倒事が落ち着くと、部下達が建物の中に残党や財貨がないか調べに入っていく。


探索していた部下達が彼女の元へと戻り、報告する。


「この階や上の階も探しましたが、めぼしいお宝はありやせんでしたッ!」

「……さっきいた幹部らしき男の姿も無いのよね?どこにいったのかしら?」


部下の一人が彼女を呼ぶ。


「姐さん、ちょっとこちらへ来てくだせえ!」


ニ、三部屋を通過し、声の主の方へ行く。


「見てくだせえ、絨毯の下に……」


部下が捲り上げた絨毯の下に、両開きの扉が姿を現す。


「へぇ、こんなとこに……」

「さっきからこの扉を開けようとしてるんですが、固く閉ざされていて、びくともしませんッ!」


彼女は顎に手を当て考える。


「この階と上の階には、めぼしいお宝は無かったのよね?」

「へいっ!有りやせんでした!」

「わかったわ、貴方達、一部屋ほど下がりなさい。この扉を吹き飛ばすわ」


部下達は脱兎の如く駆け出す。


『我は命じる 火よ火球となりて出でよ その猛る力を解放し 爆ぜよ 爆裂火球(エクスプロジオン)


彼女は魔法でその扉を吹き飛ばす。


扉がまわりの床板ごと跡形も無くなると、その奥に地下への階段が姿を現す。


爆風で巻き上がった埃が部屋の中で濛々(もうもう)と立ち込める。その埃を暫く観察する。地下から空気がゆっくりと流れ出て行くのが見て取れた。


「空気が流れている……どこかに通じてる?」


結界を利用して蒸し焼きに……なんて思ったけど、どこかに通じてるなら逃げられる可能性が高い。それじゃ意味がない……残念だけど、今回は諦めるしかないわね。


「貴方達、もう来てもいいわよ」


彼女は手を軽くあげ、招くように動かす。


おっかなびっくり、部下達がこの部屋に戻ってくる。


部下の一人が扉のあった場所まで慎重に近づいて、その先の様子を不安げに覗う。


それを見て彼女は『戦意覚醒(レヴェイ=リコン)』の魔法を唱える。


「「「うぉおお!」」」


この部屋にいる部下全員から恐怖心が消え、彼等は雄叫びを上げる。


「バルナタン、貴方は前へ。私の左右に一人ずつ付いて。後は建物の周りに何人か見張りを残してついて来なさい。さあ、敵の本丸に乗り込むわよ!」


彼女を守る様に周りに三人がつく。他の部下達はゾロゾロとその後をついていくのだった。



                  ◇



階段を降りると、優に二人の大人が横に並んで通れる広さの通路が真っ直ぐに奥へと続く。

通路の壁には等間隔でランプが設置されており、地下通路を照らしている。


通路に面した扉から、時折残党が襲いかかってくるが、警戒して進んでいる一行に奇襲が成功する事はなかった。逆に出てきた所を炎の槍に貫かれ、命を燃やし尽くして倒れて行く。


やがて正面に大きな両開きの扉が現れる。

室内側でガッチリと閂がかけられているようで、多少の体当たり程度ではビクともしない。


扉の向こう側の喧騒や、複数の店員の誘導する声が隙間から洩れ聞こえてくる。


「こちらの非常口から……できます!」

「押さないで!……足元が……なので、走らないで……」

「……共の手練が……」

「皆様を安全に……為、時間を稼いで……」

「……安心して順番に……」


彼女の口角がニイッと上がる。


「あなた達、下がってなさい」


部下達が十分距離を取ると、魔法を唱える。


『我は命じる 火よ火球となりて出でよ その猛る力を解放し 爆ぜよ 爆裂火球(エクスプロジオン)


頑丈な扉が粉々に吹き飛び、室内は恐慌状態になる。


「きゃあああああ!?」

「な、なんだぁッ!?」

「ひぃぃいいいいっ!!」

「お前、賊がもう来てるじゃないか!手練(てだれ)が時間を稼いでるんじゃなかったのかッ!?」


地下闘技場を観覧に来ていた客が喚き、悲鳴を上げながらこちらの入口とは別の非常口の方へ殺到する。


地下室へ入り辺りを見回すとそこはかなり広く、何段もの長い座席が備え付けられており、部屋の中央へ向けてすり鉢状になっている。中央に観覧席からさらに一段低く掘られた八角形の闘技場がある。

この中で死闘が行われ観客達はその勝者を予想して賭けるのだろう。

一番下の観覧席の端から闘技場の底までは、ほぼ垂直な高い壁になっており、ここで戦わされる闘士がよじ登って逃げる事が出来ないような作りになっている。

床には予想が外れた券だろうか、数多の投票券が散らばっておりその活況ぶりが伺えた。


……こんな立派な施設があるなら、さすがにそう簡単に拠点を変えたりはできないわね。


「どけぇ!」

「こんな所、来るんじゃなかったーー!」

「邪魔だぁ!」

「いったーい!誰よ!私の足を踏んだの!」


彼女は詠唱のみの威力を抑えた『爆裂火球』を非常口の近くの壁面に放つ。派手な見た目の爆発と音を出し、埃を巻き上げる。

爆発の振動で、壁面からパラパラと欠けた破片が落ちる。

それだけで十分効果があった。

皆、それが警告である事を察し、その場に固まって口を噤む。騒がしかった空間が一瞬で静かになる。


「はぁーい、みなさん注目~!」


客の視線が一斉に声の主、彼女に注がれる。


「ここを仕切ってる人がこの中にいたら、手を上げて出てきてくださ~い!♡」


誰も一言も喋らず、固唾をのんで状況を見守っている。誰も行動を起こさず、返事すらない。


彼女はわざとらしく大袈裟な仕草で耳に手を当てて、


「あらあら?お返事が無いわねー。なら公平にみんな殺しちゃおうかな」


陽気な声から段々とトーンを落としていく。

見る者の背筋が凍る様な見下した目を客達に向ける。

だが、客たちの反応は鈍い。

どうやら言葉で言っても分からないようなので、彼女は彼らの背中を押す事にした。


「バル、私の魔法で焼いたヤツらの死体、どれでもいいから持ってきて」

「一体何をするんですかい?」

「あいつらの中に投げ込むのよ。自分達にどんな未来が待っているか、これ以上分かりやすい見本は無いでしょう?」

「確かに、そうですね」


バルナタンは部下達に声を掛ける。


「姐さんの魔法で焼けた死体を一体持ってこい、今すぐにだ!」

「ウッス!」


部下の数人が駆け出し、身近な焼死体を探しに行く。『戦意覚醒(レヴェイ=リコン)』のお陰か、彼らに一切の戸惑いや迷いは無い。


それを見送った彼女がぶつぶつと魔法を唱える。

魔法が発動すると、彼女の前に宙に浮かぶ炎の塊が現れた。彼女はさらに続けて次の魔法を唱える。


『精霊界にたゆたう火の精霊よ 古の契約に基づき我が呼び声に応えよ! 精霊界より炎を導に顕界し我が前に顕現せよ! |火精石竜召喚《アンザール=ヴォリット》!』


隙が出来たと思った客の一人が、


「こんなところにいられるか!ワシは帰る!」


と宣言し、堂々と非常口の方へ逃げ出そうとする。


「馬鹿ッ!」

「テメェ、黙ってこっそり動けよ!デブ!」

「この状況で大声あげるとかありえないわ?!」


他の客から非難する声があがる。


「誰が動いていいと言ったかしら?」


そう言うと、彼女は魔法を唱える。放たれた火球が壁に炸裂し、地下室が振動する。


「ひぃいいいっ!」

「お、お助けぇ……!」


行動を起こそうとした客は逃げる意思を喪失し、その場にへたり込む。


『あそこに非常口があるの。あそこに行って誰も出入りできないように守って頂戴。入ってこようとしたやつは叩き潰して』


喚び出した炎の精霊(サラマンダー)に命令を出し、指で目的地を指し示すと、精霊はまっすぐ闘技場の上を飛んで通り抜け、非常口の前に鎮座する。


客達は炎の精霊(サラマンダー)を恐れ、非常口からあとずさる。


ほどなくして、部下達が一体の焼死体を持って帰って来た。


「そのまま投げ入れろ」


バルナタンがそう命じると、部下の二人が手と脚をそれぞれ持って振り子のように振り、勢いをつける。


「「いーち!」」「「にーの!」」「「どっせーい!」」


放物線を描き、数段下のあたりに重量物の重苦しい着地音ときたならしい水音をさせて転がり落ちる。その着地の衝撃に皮膚から流れ出た汚れた体液が周りに飛び散り、周囲の客の服に付着し、異臭を放つ。


「いやぁああああっ!?」

「きゃーーーっ!」

「いやーーっ!死にたくないーー!」


室内に女性客達の半狂乱になった金切り声が響き渡る。


「もう、一度しか言わないから皆良く聞いてね?♡。ここを仕切ってる人……そう、支配人の顔、皆知ってるでしょう?捕まえてここ (・・)に引きずり出して。連れて来てくれた人にはご褒美として、ここから出してあげる。こちらの出入り口を通ってね。安全は保証するわ?どうする?☆」


客の眼の色が変わった。

皆、必死になってキョロキョロと探し始める。

先ほど投げ入れたモノが、よほど効いたようだ。


直に声があがる。


「居たぞ!コイツだ!」

「逃すな!」


そいつは客達に直ぐに追い詰められ、羽交い絞めにされる。


「クソッ!誰かいないのか!俺を助けろ!雇ってやった恩を忘れたのか!」


荒事担当の者はもはや残ってないのか、圧倒的な彼女の魔法に恐れをなしたのか、先ほど避難誘導をしていたはずの店員も客に紛れたまま、誰も助けにこない。


「このっ、抵抗するな!お前を差し出して俺らは帰るんだ!」

「お、お前達、俺にこんな事をしてただで済むと思ってるのか!?俺の背後にはあのお方がついてるんだぞ!い、今なら許してやる!手をどけろッ!放せッ!」

「うるせーっ!お前、少し黙ってろ!」


興奮した客が、羽交締めにされた男の頬を殴りつける。


男は項垂れ、数人の客達によって連行されて行く。


客達が自発的に動き、連行される男の前を開けていく。人込みを割って道が出来、ついに彼女の目の前に突き出される。


「バル、こいつ縛っておいて。聞きたい事もあるから殺さないでおいてね?」

「了解しやした」


彼女は客に向き直り、


「よく出来ました!えらいぞ、君たち♡」


仮面の下に覗く口元だけでも、上機嫌なのが見て取れる。


「あなた達、この素晴らしい働きをしてくれた方々をお通しして?」

「ウーーッス」


入り口を塞いでいた部下達が両脇に移動し、その数人が通れるよう道を開ける。


そいつらはビクビクしながら通り過ぎ、少し離れると全力で走り出し悲鳴と共にすぐに姿が見えなくなった。


「ここから先は別料金よ。身につけている金目のもの全て置いて行きなさい。……なんて三下の盗賊みたいな事は言わないわ。一人、トロン銀貨十枚(店にもよるが、王都にある高めの宿で二〜五泊は宿泊可能な金額である)でいいわ?それで命が助かるんだから、安いものでしょう?」

「ふ、ふざけるな!誰が貴様なんぞに!一フォイユ銅貨すら払うか!」

「これは私の金だ!出すわけないだろう!いいから早くここから出せ!」

「あ、貴女に、なんで払わないといけないのよッ!」


彼らは、彼女に金を払う気はなさそうだった。

彼らの抗議を無視し、彼女は演説を続ける。


「あ、そうそう。殺して奪うのだけは無しね。私、汚れたお金なんて欲しくないし。それに、そんなのは人じゃないわ。私が見たいのは、そんな事じゃないの。人が織りなす悲喜交々の即興劇(見せ物)が見たいのよ」


彼女は彼らに殺し合いを禁じ、人間らしく振る舞うことを求める。


「誰か一人でも殺されたり、死んだりした時点で……そんな白けた事をされたら、舞台は閉幕、脱出の為の即興劇は終わり。連帯責任ね。残りの皆、まとめて焼き殺すわ」


彼女は、単純で分かり易い制裁内容と警告を発すると、さらに続ける。


「わかったら皆、知恵を絞って私を楽しませて頂戴。ウフフ……」


その場にいた客達は皆、彼女の笑顔に戦慄する。


彼女が話を終えるや否や先程の身なりの良い男が人込みを掻き分けて出てくる。


「わ、ワシを出せ!トロン銀貨十枚なんてケチなことは言わん、金貨を出す!」


男は、懐から巾着袋を取り出し、その中からアルブル金貨を1枚取り出す。


「いいわ、バル、この人からお金を受け取って、ここから出してあげて?」

「了解ッ!」


最初の男が金を払って逃げるように出て行くと、それをきっかけに客達は手のひらを返したかのようにワッと群がってきた。


「私を出して!」

「いや、俺を先に出してくれ!」

「いったーい!また私の足踏まれたぁ、もういやぁ!」


客達は口々に喚き立てる。


「バル、通す順番はあなたに任せるわ。ただし、お金以外は受け取ってはダメよ?お金に限定する事こそが、皆が織りなす劇を盛り上げる為に必要な本質なのよ。ウフフ……。大人しく払わないヤツは男だろうと女だろうと殴って後回しにしていいわ。分かりやすい印がついていいでしょう?」

「わかりやした」


バルナタンは声を張り上げる。


「トロン銀貨十枚が通行料だ。それを支払えばここは通す。が、より高い金額を提示した者は優先してやる!!」


あちこちで、早速交渉する声が聞こえ始める。

この機会を商売の好機ととらえた者もいる。


「なぁ頼むよ、金を貸してくれ!今日は負けてスッカラカンなんだ!」

「は?知るかよッ!俺もぎりぎりなンだ!もってそうな他のヤツに頼みな!」


「ね、ねえ、あなた?私、手持ちがあと少し足りなくて……私の身体、触らせてあげるから、銀貨四…いえ、二枚でいいわ?どう?」

「……こんなオジサンでもいいのかね?ぐへへ」


「あんた、身なりが良さそうなのに並ばねーのかい?」

「先ほどの試合で手持ちのお金が無くなってしまってね……ハハハ」

「そいつはお困りだな?」

「実は困っていた所だ……どうしたものか」

「……あんたいい首飾りしてるな。俺それ気に入ったわ。よかったらその首飾り、買ってやってもいいぜ?」

「本当か!?今、現金が手に入るのはありがたい!」

「俺の見立てでは、その首飾り、トロン銀貨三枚ってところだな?」

「は!?安すぎる!冗談じゃない!!そんな端金で売れるか!」

「俺はいいんだぜ?オッサン。かわいそうなあんたを見捨てて、すぐに出て行っても。だが、見てみろよ?金持ってるやつは並んで次々出て行ってるぜ?渋ってるとあんた、ここから出られずに残る連中の仲間入りだろうな……残ったらどうなるんだろうな?やっぱあの死体みたいに焼き殺されるのかなぁ?」

「ぐぬぬ……な、ならせめて銀貨十枚!」

「しゃーねー、なら銀貨六枚にしてやるよ?これで売らないなら、俺は他のヤツの所にいくぜ?今すぐに決断してくれ」

「し、しかし……」

「皆、出るのに金が要るんだぜ?赤の他人に銀貨六枚も出せる余裕のあるやつ、俺以外にいるのかなぁ~??」

「はわわ……た、確かに……」


「君ィ、この指輪、買わないかね?本来ならアルブル金貨三枚以上の価値がある指輪だ。今は手持ちがない。交渉したのだがね……お金以外は受け付けてくれなかった。だから銀貨十枚でいい。買ってくれたまえよ」

「確かに、いい指輪に見える。だが、こっちもそんなに余裕は無い。銀貨五枚なら買ってもいい」

「ならせめて銀貨八枚!」

「7枚!」

「ふぬぅ……背に腹は代えられぬ、銀貨七枚で売ろう、これが限界だ……どうだね?」

「……分かった、それで買おう」


早速、色々な劇があちこちで生まれ始めている。


お金に余裕がある客は我先にと銀貨を払い、次々と出ていったのだった。



                  ◇



やがて時間が経ってくると、残った客たちの間で問題が起き始める。


「テメェの有り金寄越しやがれ!あと五枚あれば俺は出られるんだ!」

「ええ……、いや私も足りなくて……許してください!」


「俺は逃げてやるッ!」

「じゃあ、俺も」

「あぁ!ズルいぞ!」


バルナタンと部下達が激昂して暴れる客達の相手をしている隙に客の一人が出口へ駆け寄る。それを見咎めた部下が、その客を取り押さえようと飛びかかるがすり抜けてしまう。


『我は命じる火よ出でよ 火よ 汝は炎槍の姿を持つ猛り狂う獣の顎 触れたもの全て 貪食せよ! |炎獣喰尽槍《サーヴァランス=フラーマベットプレンドル》!』


だが彼女の魔法の餌食になり、一部屋すら逃げる事はできなかった。


最近、昼の私(ジュルネ)が疑問を持ちだしてるから、あまり長くは夜遊び出来ないわね。もう少し人の織りなす喜劇を見ていたいところだけど、そろそろ潮時かしら……?


彼女は愁いを帯びた瞳で、ここではないどこか遠くを見つめている。


「姐さん、どうしました?」

「え?ああ、何でもないわ?フフフ……」


出入口付近にはもう並ぶ者はおらず、もはや手持ちの金が足りない者しか残っていないのだろう、みな絶望感や疲労感が顔に浮かんでいる。


「こんな状況、残っても碌なことがねぇって相場が決まってんだ……俺がここから出るにはもう、他人から奪うしかねえ……。なぁに、殺さなきゃいいんだよな……へへッ」


若い男はそういうと、落ち込み、震えながら壁と話している様に見える壮年の男に、後ろから襲い掛かる。壮年の男は若い男の放ったその拳の一撃で、いとも簡単に倒れてしまう。


「へへっ、悪りぃな。老い先短いあんたが金を持ってても意味ねーだろ。これは若い俺がありがたく貰っておいてやるぜ?」


腰紐に巻きつけられた巾着袋を力ずくで奪うと、いくら入っているのか手に入れた獲物を物色する。


「よし、これであと三枚ありゃぁ出れる!次も弱そうなヤツを狙って稼いでいけば……すぐに出られそうだぜ!」


壮年の男は倒れた姿勢のまま、口をパクパクさせ右手をその若者に伸ばす。左手は苦しそうに心臓の辺りをつかんでいる。顔色もみるみる悪くなり、ブルブルと震えていたがやがて動かなくなってしまう。


「お、おい、オッサン!?」


壮年の男は突然巻き込まれた状況で極度の緊張状態を強いられていた。さらに持病を持っていたのか、突然の攻撃を受けて容体が急変し、限界を迎えてしまったのだった。


それを彼女が見逃すはずがない。


そろそろ闇の精霊を介して弱そうな者を自殺に追い込むか、火の魔法で人相の悪そうなヤツを凶暴化させようかしら、と思っていたのだけど……これは好都合ね。


「バル、あそこの壁の近くに立っていた人が倒れたわ。見てきて」

「了解ですッ!」


バルナタンが駆け寄って確認すると、男は苦悶の表情を浮かべ、すでに息を引き取っていた。


「姐さん、コイツ、死んでますッ!」

「ああ、何てこと……ッ!とても、とても悲しいわ!私、皆に言ったわよね!?『殺して奪うのだけは無しね』って!」


わざと大げさに身振り手振りを交え、あくまで哀しそうに悲痛な声を上げて言い放つ。


「いや……ちが……俺は、俺は殺してな……」

「私は、言ったことは守るわ(・・・・・・・・・)。ここで即興劇は終わりよ。十トロン銀貨すら用意できない人間なんて、社会にいても必要ないでしょう?みんな、さようなら……ね?」

「い、嫌だーーー!」

「あ、あと一枚なんだ!少し待ってくれ!」

「許してください、なんでもしますから!」

「お助けください、大地母神テラ・メーラよ!」


残った者達は口々に泣き叫ぶ。


中には無謀にも炎の精霊(サラマンダー)の守る非常口に一縷の望みを賭けて駆け込む客もいたが、叩き潰され、その挑戦は無駄に終わっていた。


彼女が魔法を唱えると、彼女の背後に煌々と燃え上がるニ十本近い炎の槍が出現する。それはまるで、天上より人々を救いにきた女神の後光のようにも見える。その槍の数は残っている人数より明らかに多い。


「出血大奉仕よ。でも……あなた達、燃えちゃうから血は出ないわね?あはははははっ!」


もはや、しおらしい演技すら無く、愉悦に浸る彼女。


残った客達はその背に浮かぶ多数の炎の槍と、投げ入れられた焼死体を交互に見て、己が行く末を察し、恐怖に打ち震えるのだった。


彼女は残った客達の方を向いたまま、部下達に向かって優しく告げる。


「見たくなければ下がってなさいね?フフフ……」


彼女が腕を振り上げ前方へと指し示すと、炎の槍は獰猛な猟犬のごとく、それぞれの獲物へ向かって勢いよく飛んでいく。


客達は、断末魔の叫びを上げながら皆全て燃える造形物へと変わり果ててしまった。


「はぁ、もう魔力が空っぽだわ。今日は大きな魔法を使い過ぎたかしら。ンフフ……」


彼女は心地よい疲労感に酔いしれながら微笑むのだった。



                  ◇



「……用心深いと言っていたあなたが、すぐに分かる所へお宝を置いておくわけが無いわよね?」


上の階にはそれらしいものはなかった。売上や、宝飾品、借用書など貴重品を保管する安全な部屋が必ずどこかにあるはず。案内させようと幹部らしき男を引き立てるが、地下闘技場に入るや否や、頑として動こうとしない。


「……」

「いい加減、何かしゃべったらどう?私達が綺麗に掃除したし、もうここには部下はいないんでしょう?それとも何?何か待ってるの?援軍でも来るのかしら?」


言い終わると、彼女はボソボソと魔法を唱える。

すると彼女の人差し指の指先からほんの少し離れた宙に、親指と人差し指をくっつけた時にできる輪より小さい黄色の火球が生まれる。


「あ、それは……!?」


バルナタンが気づく。その魔法は彼が彼女を守った時に、受けた傷の出血を塞ぐ為に使った魔法であることを。


男の首筋に、指先の黄色い火球をあてがいつつ脅す。それはかなりの高温を持っているのか、周辺の皮膚から小さな汗の玉が一粒、また一粒と湧き出していた。


彼女は微笑みながら尋ねる。


「さあ、言いなさい。あなたなら知っているんでしょう?どこなの?」

「……」


彼女は黄色の火球を首筋に強く当て、そのまま引きずるように動かす。


「ぐっ!?ぐぁああぁッ!?」


辺りに肉の焼ける音と、嫌な匂いが漂う。


「……私もね、ホントはこんな事したくないのよ?」


口ではそう言っているが、仮面の下の眼は愉悦に浸り嗤っている。


「へっ、俺と一緒にベッドで寝たら、寝物語にうっかり口が滑るかもしれねえな?」


男は痛みに耐え、精一杯の強がりを吐く。


「え~?どうしよっかな~」


彼女は艶っぽい声を出し、悩むフリをして、再度指先の火球を首筋に強く当て、先ほどの倍ほどの長さを動かす。


「がぁああああああああああッッッ!!」


黄色の火球が首筋から離されると、額には大粒の汗がにじみ出し、男は荒い呼吸を繰り返す。


「はぁっ!……はぁっ!……ふぅっ!……はぁっ!……このクソアマめ……」

「ウフフ……ごめんなさい?私のせいであなたの肌が赤くなってしまったわね?」

「ハッ、『肌が赤くなった』だと?笑わせる。焼け焦げて真っ黒だろうがよッ!?」

「あらあら……ほんとだわ?」


彼女がクスリと笑う。


「あなたが正直に話すか、案内してくれるなら、すぐにこの魔法を消して……私、あなたと交わっても(・・・・・)いいわよ?ウフッ。嘘はつかないわ?」


あざとい仕草を交えながらそう言い終わると、指を優雅にクルクルと動かす。小さな火球もその動きに追従し、くるくると回る。火球と少女が戯れているその様子は、ただそれだけをみていると幻想的で美しい光景だと錯覚してしまう。


「「「姐さん!?」」」


一同に戦慄が走る!


「……くっ、ははは!!こんな俺好みのお宝が手に入るなんてな!?今夜、俺は最高にツイてるぜ!こりゃーいい。クックック。ははは!今から躾りゃ、数年後はどんないい女になるのか楽しみだぜ」


ひとしきり笑うと、男は観念したように立ち上がる。


「あんた処女だろう?俺が貰うぜ?」


その言葉に対して、彼女は指先の火球を消しただけで、特に肯定も否定もせず、仮面の下に見える口元は微笑したままだった。


男は縄で縛られたまま先頭に立ち、非常口を目指す。


「こっちだ、ついてきな」


しかし、男が向かった先は非常口ではなく、そのそばにある構造物のさらに奥まった所にある通路だった。


「これは気付かなかったぜ……」


バルナタンが小声で漏らす。


「ただでさえここは地下で暗い。照明の光りも届かねえ所はいくらでもある。それに加え構造上、ここは影になってるからな。さぁ、さっさと入ってくれや」


男は振り返ってニヤリと笑う。


「まぁ、その人がそう言うのだから行くしかないじゃない。進みましょう」

「へ、へい……」


部下たちは罠でもあるのではないかと訝しむが、彼女が進めと言うので仕方なく男についていくことにしたのだった。



                  ◇



ここ(・・)だ」


そこは一本道の袋小路。積み上げられた煉瓦の壁以外、特におかしなところは見当たらない。


「ここでちょっとあることをしないと開けられない仕組みになっている。この縄を解いてくれないか?なぁに、こんなに囲まれてちゃ、逃げたくても逃げれんだろう?それにこの後、お楽しみも待ってるからその気もないがな?」


男はへらへらと笑い、たまに首筋の痛みに顔を顰めるが、全く逃げる様子をみせない。彼女も頷いて許可を出したので部下たちは渋々、男を縛っていた縄を解く。


「ありがとよ」


男は自由になると、構造物がある側の壁に手をつき、いくつかの煉瓦を決まった順番で押しこむ。


するとどこかから機械的な駆動音がして、暫くするとゴゴゴ……という振動音と共に、正面の壁が割れるように開いていく。


隠し扉の奥には螺旋階段があり、さらに地下へと続いていた。


男は慣れた足取りで先陣を切って降りていく。彼女と部下達も続いて階段を降りるのだった。

階段を降りきると、少し広い場所に出る。そこにはたくさんの棚やいくつかの机と椅子があり、棚には沢山の物が置いてあった。

大量の帳簿、荒事があった際に使うのか各種ポーションの備蓄や、火屋で囲われた携帯型のランプがいくつか、それに借金の形に回収したであろう何だかよくわからない物まで。

そして部屋の正面の壁あたりに、大きな金庫の扉があった。


「こんな所にあったのねウフフ……。あれが目的のものよ!」

「「おぉ……!!」」


部下達は感嘆の声を上げ、期待に満ちた眼差しを金庫に向ける。


「さぁ、開けて頂戴?今更『開ける事はできない』とか白けることは言わないわよね?」

「これを開けたら最後、俺は組織の裏切り者として追われる事になる……あんた、なんとかしてくれるんだろうな?」

私達に(・・・)降りかかる火の粉は、払うだけよ?」


彼女のその言い方に男は何か引っかかるものを感じたのか、少し眉が動いた。だがすぐに飄々とした表情に戻り、金庫に手をかける。


男は金庫に近づき、何度か慎重にダイヤルを回していく。やがて鍵が解錠されたのか、おもむろにレバーを回す。重厚な音を響かせ分厚い金庫の扉が開く。


バルナタンが携帯型のランプに火を灯し、近づいて中を覗く。


袋の口から沢山の硬貨が覗く中身の詰まった革袋の山、ランプの明かりを反射してキラキラと輝く貴金属や宝飾品、貸し出した借金の証文等々。


「こ、こいつはすげえ……」


思わず生唾を飲み込むバルナタン。


「さあ、みんな!お楽しみの時間よ。お宝を運び出して!」

「「「おぉーー!」」」


部下達は喜び勇み、両手にお宝を持てるだけ持ってお互いに笑いあいながら鷹揚に外に向かって歩いてゆく。近くまで荷車を持ってきているのだ。それに載せるつもりなのだろう。すこし離れたところに待機させていると言っていたので、荷車をこの建物の近くまで寄せてこの部屋へと戻ってくるまで少々時間がかかるだろう。


部屋には彼女と男だけが残された。


「へへ……二人だけになったな」

「ええ、そうね」

男は下心丸出しで彼女の肩に手を回し抱きしめる。


「なら……いいだろ?」

「誰か戻ってくるかもしれないし、ここじゃ恥ずかしいわ……」


そう言い、仮面越しでも分かる上目遣いで恥じらう彼女。


男の眼がいやらしく光る。


「ハッ!何言ってやがる!外でやるって方がよっぽど恥ずかしいだろうが!いいからこっちに来い!」


男は肩を抱いていた腕を離し、そのまま強引に連れて行こうとする。


「ちょ、ちょっと!?」


彼女は抵抗する素振りを見せるが、男は力ずくでそのまま彼女を引きずっていき、隣の部屋にあるベッドに押し倒し、覆い被さろうとする。


「きゃっ!?」


不意を突かれ、押し倒されてしまった彼女は咄嗟に手で防御しようとするが、それすらも掴まれて両手を頭の上で固定されてしまう。

男は興奮した様子で舌なめずりをし、組み敷いた彼女に顔を近づける……。


彼女は小声で何やらブツブツと呟いている。


「ん?ブツブツと何言ってんだ?」

「両手を掴まれたままでは私、奉仕ができないわ……」

 

あ、っという顔をして男は片手だけ解放する。


解放された片手を男の股間に這わせ、愛おしそうに撫で回す。


「やっぱりお前もその気になってんじゃねーか……へへへ……」


そう言いながら、男は彼女の首筋に接吻し、そのまま舌で舐め上げる。


「はぁ……んっ……!」


彼女は甘い吐息を漏らす。


「な、なんだこれ……」


男は恍惚とした表情を浮かべ、ビクン!ビクン!と全身が脈動する。


「いいわ……。あなたの精気が流れ込んでくるわ。ウフフ……あなたも気持ちいいでしょう?」

「何だ、これ……!まるで、舌がとろけるようだ。素肌に舌で触れただけでコレとは……まるで天上の甘露を舐めてるみてぇだ……たまらねえぜ……。はぁ、はぁ……他のことなんざもう、どうでもいいとさえ思えてしまう……もっと、もっとだ……もっと舐めさせてくれ……」


男は彼女の首筋から鎖骨あたりまで舌を這わす場所を変えつつ一心不乱に舐め続ける。


やがて、彼女はそれを優しく振り払う。


「ウフフ……駄目よ。これ以上私に触れると……」

「……それは一体、どういう……?」


男が困惑していると、突如、その身に異変が起き全身がガクガクと痙攣し始める。自身の身体すら支えられなくなり彼女の上に崩れ落ちる。


「が……はっ!?何、だっ……これ。はぁ、はぁっ……!一体何だっ……!?」


男はこめかみに血管を浮き上がらせ、額に脂汗を大量に滲ませながら苦しそうな苦悶の表情を浮かべる。


「ゴホッ、おっ……お前、はぁっ……俺のっ……女に、はぁっ、はぁっ、なるんじゃ……なかったのか!?」


口の端から涎を垂らしながら、男は必死に言葉を絞り出す。


「あら、私……そんな事言ったかしら?貴方がどう解釈したのか知らないけど、私は『あなたと交わっても(・・・・・)いい』と言ったのよ?」


「はあっ、ハアッ……。一体、な、何が違うってんだ……」

「この私の一部になれるのだから、……それはとても幸せな(最高にツイてる)ことだと思うわ?貴方が言った通りね?クスッ」


言葉の意味がよく理解できず困惑する男だったが、まるで長距離を限界まで全力で走りきり、精も根も尽き果てたかのような疲労感に苛まれ、己の意志ではまったく身動きができなくなっていた。



彼女は拘束されていた手を振りほどき、両手で男をなんとか横に転がして覆いかぶさられていたその下から抜け出すと、ベッドから降りる。


彼女はベッドの横に立つと仰向けになった男の頭を両手でこちらに向けて持ち、額に優しく長い接吻をする。


男の股間……膨らんでいた部分から何かが吹き出す音と共にその周囲が濡れ始め、じわりじわりと染みが広がっていく。その染みは脈打つ度に広がり、膨らみはまるで最後の一滴まで絞り吐き出すのが己が使命だと言わんばかりに、萎える事なく更に起立する。


「あ、あぁ……うぇ……ひゅーっ、ひゅー……」


男はうわごとのような言葉にならない声をあげ、やがて一際大きく震えると息絶える。


「……あなたの精気、なかなか私好みだったわよ?フフッ」


笑みを浮かべた彼女が見下ろす視線の先には、精気を根こそぎ吸いとられ、老人のように枯れ果てた男の亡骸があった。


部屋を見回し、ベッド近くの物置台の上になおざりに放置されていた短剣を目敏く見つけると、自身の身に着けているスカートを裂く。その短剣を男の遺体に握らせてから、魔法で男の死体を燃やす。


そこへガヤガヤと声が聞こえてきた。部下達が戻ってきたのだろう。


隣の部屋から飛び出すと、彼女は部下達に訴える。


「あなた達がいなくなって二人きりになったとたん、あの男がいきなり襲い掛かってきたのよ。無理やり隣の部屋へ連れ込まれて服も破かれちゃって……。だから私、隙を見つけて燃やしてやったわ」


一同に動揺が広がる。


部下の数人はすぐに気を利かせ、お宝に被害を及ぼさないようにと隣の部屋へ駆け込み遺体の消火に当たる。


「あ、姐さん……!よくご無事で!」

「くっそ、宝に眼がくらんでしまって、姐さんすいやせんッ!」

「俺は……ヤツを端から信用してなかったが、そんな暴挙にでるなんて……!」

「いいのよ、あなた達。私も彼は組織を裏切って仲間になると思っていたから、つい油断しちゃってて。まさかこんなにすぐに襲われるなんて思ってなかったわけだし……」

「し、しかし……」

「もうこの話は終わり。こんな所には少しも長居したくないわ!早く帰れるように、みんな急いで運び出してちょうだい?」

「「「ウッス!」」」


それから彼女は地上に出る。

月明かりの下、建物の正面に横づけした荷車に部下達が戦利品を高々と積み上げていくのを、悠然と笑顔で見守るのであった。


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