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令嬢は嗤う  作者: バーン
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顔合わせ

月曜日(ランディ)

一日の授業が終わり、放課後になった。私は教室を後にして生徒会室へ向かう。


廊下を歩いていると、学級替えのお陰か、同じ学級の女の子が声を掛けてくる。


「アルメリーさん、リザベルトさん!今日から生徒会ですか?頑張ってね」

「うん、ありがとう!」


私達は軽く会釈をして彼女に返事をする。


ティアネットは学級に置いてきた。彼女は捨てられた子犬のような目で見つめてきたが、まだ何も話が進んでないから連れて行くことは出来ない。それにもしダメだったとしても、後期に精霊祭のような大きなイベントでもあれば委員会を紹介するのもありね……。


そんなことを考えながら、そのまま生徒会室へ向かって歩いていく。


階段を上り、三階へ着く。暫く廊下を歩いていくと生徒会室の前に到着する。扉を開ける前に一度深呼吸をし、気持ちを整える。そしてゆっくりと扉を開く。

部屋の中には既に三人の生徒がいた。

部屋の中に入ると、皆一斉にこちらを見て、少し驚いた表情をしている。


「おや、もう来たのかい。早いね。君たちが後期組で一番乗りだ」


そう声をかけてきたのは、一番奥に座っている生徒。金色の髪に薄い青い瞳。整った顔立ちに、長い手足。まるでモデルのように綺麗な男子生徒がそこに座っていた。


「今日からお世話になります。よろしくお願いします!」

「……よろしく、お願い……します……」


私達は、生徒会長に向かってカーテシーをする。すると、生徒会長の横にいた背の低い女子生徒が立ち上がり気軽な挨拶をする。

黒い瞳で、艶やかな長い黒髪をツインテールにしている、笑顔が魅力的なエルネット先輩だ。彼女には勉強会などで、とてもお世話になったわ。


「そこの壁際に椅子を並べておいたから、皆が揃うまでそこに座っててね。あ、端から詰めて座ってね?」

「分かりました」


エルネット先輩の言った通り、左右の壁際に六つづつ椅子が配置されていた。私たちは右側に配置されている椅子に並んで腰掛ける。

リザベルトは緊張しているのか、俯いてずっと黙っている。


リザベルト、大丈夫よね……?


これから会う後期の他の新メンバーは知らない人ばかりだし、彼女は人見知りなので、少し彼女のことが心配だわ。

どうやって彼女の緊張をほぐしてあげようかと考えていると、私達が入ってきた扉が開き、一人の生徒が入ってくる。

その生徒は茶色の髪を三つ編みにした女生徒だった。


彼女は挨拶をすると、私達と同じように椅子をすすめられる。彼女はキョロキョロと周りを見渡した後、私達とは反対側の壁際に並んでいる椅子にちょこんと座る。


その後、時間が経つにつれて次々と人が入ってくる。その中には、見知った顔もいた。


「おっ、アルメリーにリザベルトじゃないか!久しぶりだな!元気してたか?」

「おかげさまで」

「は、はい……」

「後期からは一緒に活動出来そうだな!これは楽しみが増えたぜ!へへっ」

「お、お手柔らかにお願いしますね。あはは……」


紫の髪に、薄い赤い瞳。少しはだけたシャツから覗き見える(オール)のネックレス。兄の生徒会長に負けず劣らずのイケメン男子生徒、テオドルフ。彼は広報を担当している。普段のチャラチャラした姿からは想像も出来ないけど、生徒会に在籍してるってことは成績もそれなりに優秀っぽい。ファンクラブまであるとかないとか。人気者である。


それからしばらく待っていると、プラチナブロンドの縦ロールを靡かせたフェルロッテ様と可愛らしいマルストンが生徒会室に入ってきた。


意志の強そうな眉に、釣り目の濃い紫の瞳。すらっとした鼻筋に、小さな唇。閉じた扇子を片手に握り、腰に手を当てて仁王立ちしている姿はまさに威風堂々といった感じだ。


マルストンの方はと言えば、精霊祭の頃は茶色の髪を肩まで伸ばしていた髪をザックリと散髪したのか襟元がスッキリしており、深い緑の瞳は一夏を越えてより知的に見えた。

また、顔も身体もちょっとぽっちゃり系で丸みがあったため、髪の長さと相まって女の子のようにも見えていたが、ちょっと痩せたのと髪が短くなったことで印象が変わり、少し男らしさが出たようにも見える。


「ちょっと遅れちゃったかしら?テオドルフ様ったら、いつの間にか居なくなるんですもの。探してたら遅くなりましたわ!」

「へへっ、悪いな!」


テオドルフは悪びれずに、舌先をちょっとだけ出してお茶目にウィンクする。


「ぼくも、手伝わされました。結局、ぼくが止めなかったら延々探してたかもしれませんよ……?」


と、マルストンは精神的に疲れた顔をしながら言う。


「大丈夫だ、まだ新人たちは殆ど来ていない。自分の席について待っていてくれたまえ」


私とリザベルトは椅子から立ち上がって、彼女達に挨拶する。


「お久しぶりです、フェルロッテ様。マルストン君」

「……こんにちは……」

「あら、貴女たちでしたのね?こんにちは。今日から本格的によろしくお願いいたしますわ」

「はい、こちらこそよろしくお願い致します!」

「……よ、よろしく……お願い……します……」


私は元気よく返事をするが、隣のリザベルトは小声でボソッと呟くだけだった。


マルストンは呼ばれ方にちょっとショックを受けたようで、落胆してる。


私が『マルちゃん』と呼ばなかったせい?でも、今日は初顔合わせの日だし、他の新人さんの目もある。先輩、後輩の関係としてちゃんとしてた方がいいよね?


廊下を走る音がどんどん近づいてくる。どうやら誰か来たみたい?足音はそのままこの教室の前で止まり、勢いよく扉が開く。


「はぁ、はぁっ!……す、すまない!遅くなった!!」


息を切らしながら入ってきたのは黒髪、黒い瞳をした爽やか系の好青年。背が高く引き締まった身体をしている。彼は呼吸を整えると、姿勢を正してこちらを向く。


「これは、アルメリー嬢!リザベルト嬢も!お久しぶりです!」


彼は歯をキラッと輝かせる。


「ヴィルノー。自分の席について待っていてくれたまえ」

「ああ、分かった」


彼は会長に敬礼をして自分の席に座る。


そのあとも、ぽつぽつと人が入ってくる。

私は入ってきた人達に会釈をしながら、一人一人の顔を確認していく。


何人か入ってきた後に、青い髪、青い瞳のクール系イケメンが入室してきた。


「ん、遅れたか……」

「珍しいな、そなたがヴィルノーやテオドルフより遅いのは。まぁ、まだ集まってないので問題はないが、先任組(せんぱい)として、新人達に見本を見せてやってほしい。では、自分の席について待っていてくれ」

「フッ、了解した……」


こちらをチラッと見る。だけど興味なさそうに視線をもどすと自分の席に座る。


何よそれ!なんかイラッとするー!


そんなこんなで暫くすると用意された椅子も埋まり、全員集まったところで会長が立ち上がる。


「これで、前期、後期の生徒会役員全員が揃ったようだね。では、まずは自己紹介から始めようと思う。では、まず私からだな。知っていると思うが、私はこの学院の生徒会会長のアルベールだ。皆よろしく頼む」


拍手が起きる。

会長が席へ座ると、副会長が立ちあがる。


「次は私ね。生徒会副会長のランセリアです。新しく入ってくれた皆さんの働きに期待しています」


パチパチパチパチパチパチ!


私は盛大に拍手した。周りからはちょっとどん引きされちゃった。あはは……。


恥ずかしい……。(ノ∀\〃)


「では次は私かな~?庶務のエルネットです。何を隠そう、そこのヴィルノー君のお姉さんです。分からないことがあったら何でも聞いてね~!」

「ちょっと、姉さんッ!?」


小柄だが、腰に両手を当てて胸を張っているその仕草には自信が溢れていた。

そして挨拶が終わった人が座り、次の人が立つということを順に繰り返していく。


「次は俺か?テオドルフだ。俺は広報を担当している。まぁ、無理せず仲良くやろうぜ?」


ニコッと笑う顔に、新しく入った女子達の目がハートになる。


「私の番ね。初めまして、フェルロッテ・リベルテ・サンドレイです。執行部を代表してご挨拶させていただきますわ」


フェルロッテは優雅にお辞儀をする。


さすが侯爵家の令嬢というべきか、気品に満ちているわ。


「セドリックだ。生徒会では書記をしている。宜しく頼む」


セドリックは新人達を値踏みするように見回した後、キリッとした表情で挨拶をする。


やっぱりセドリック様もかっこいいわ~! ……これで婚約者のリザベルトにもう少し優しければ、好感度上がって言うことないのに。


「生徒会執行部副部長、ヴィルノーだ。卿らも学院の治安を維持するのに協力して欲しい」


柔らかい笑顔を浮かべて自分の挨拶が終わると着席する。


新しく入った一部の男子がガッツポーズしたり、頬を染める男子もいた。


「マルストンです。ぼくは会計ですので、必要な物が何かあればお申し付けください」


ぺこりとお辞儀をする姿が可愛らしいらしい。母性本能がくすぐられるのか、新人の女子の中には頭を撫でたくなる衝動に駆られている者もいた。


「では、私達の紹介は終わったので、新しく入った君達の自己紹介を始めてくれ。……では、そちらのアルメリー嬢から順にたのむ」


いきなり指名され、慌てて立ち上がる。そして、スカートの裾をちょこんと持ち上げ、カーテシーを行う。


「あ、あの、はじめまして!私、アルメリーと申します!6月に行われた、精霊祭の実行委員として活動を行いました。その際、暫くの間生徒会の方々とは一緒にお仕事をさせて頂きました。至らない点もあるかと存じますが、皆様どうぞよろしくお願い致します!」


深々と礼をすると、パチパチパチ……とまばらな拍手が起こる。顔を上げると、みんなの視線が集まっていることに気付き、顔が熱くなるのを感じた。


私が着席すると、隣に座っている親友のリザベルトが立ち上がり、自己紹介を始める。


「……私は……リザベルト、と……申します。……生徒会に……入れて、嬉しい……です。……これから、よろしく……お願い……します」


そして、一人づつ自己紹介を済ましていく。全員の自己紹介が終わると、会長が話し始める。


「さて、これで一通り自己紹介が終わったな。ではこれより、生徒会役員である事を示す徽章(きしょう)の授与を行う」


会長と副会長が手元の小箱を持って立ち上がると、エルネット先輩とマルストンが続いて立ち上がる。マルストンは何やら装飾が施された宝箱のようなものを持って、エルネット先輩の後に続いている。


会長と副会長が私達、新人の前に立つ。会長は男子の制服の襟に、副会長が女子の制服の襟に金色に輝く襟章を一人づつ付けていく。

副会長にそれを付けて頂いた瞬間(とき)、体の内から湧き上がる熱と共に頬が紅潮し、とても自分自身が誇らしく思えた。


他の皆もきっとそうだったに違いないと思う。だって私と同じ顔をしてたもの!


続いてエルネット先輩が、マルストンが持つ箱の中から記念品を取り出す。


それは、クリスタルを加工して作られたペンスタンドだった。クリスタルの透明な台座にペンを立てるためのスペースが設けられ、その部分が多角形にカットされ光を美しい虹色に分解してキラキラと輝いていた。台座には専用に意匠された魔法陣が彫刻されていて、思わず声が出そうになるほど綺麗な代物だった。


「がんばってね」という応援の言葉と共に、私達一人一人に渡していく。


「これで君たちは晴れて生徒会役員となった。生徒の代表として恥ずかしくない行動を肝に銘じてくれたまえ」

「「「はい!」」」


彼らが自分の席へ戻り、一息入れると会長は徐ろに両肘を机に突き、意味深に顔の前で手を組む。そして真剣な目でこちらを見回す。


「セドリック、進めてくれたまえ」

「了解だ」


セドリックは立ち上がると、新入生達を見回してから話始める。


「まず最初に言っておく。生徒会を辞めたければ、いつでも申請すればいい。止めはしない。それが将来どういう結果になるか、各々よく考えて己で判断するがいい」


皆、セドリックの放つ言葉を真剣に聞いている。


「生徒会に入ったからには我々の役に立って貰わなければ意味がない。よって君達に役職を与えて仕事を遂行して貰うわけだが……まず配属について君たちの希望は聞かない。意味が無いからな。実務を経験した半年後、もし配属先に何か異議があれば申請してくるがいい。無ければそのまま続行だ」


なにそれ?どういうことかしら……?


私は意味が分からず首を傾げた。


「つまり、会長から君たちの人事権は我々先任のテオドルフ、フェルロッテ、エルネット、マルストン、そして私……に委ねられていると言うことだ」


名を上げられた五人が、一瞬黒いオーラの化身になり目のみが爛々と輝いているように見えた。しかしそれも一瞬の事で、すぐに元の落ち着いた雰囲気に戻ったので気のせいだったのかしら?と思い直す。


「まぁ、新人の君たちはこのまま楽にしておいてくれ。……奥へ行こうか諸君。誰が誰を獲得できるか、真剣勝負と行こうじゃぁないかッ!?」

「負けませんわ」

「絶対、勝つ!」

「皆さん、お手柔らかに……あはは」


などとそれぞれ好きなことを言いながら、五人は普段執行部員達が控えている奥の部屋へ移動する。


奥の部屋は壁で仕切られており、中の様子はこの席からでは分からなかったが、隣の部屋から聞こえてくる声は阿鼻叫喚の地獄のような様相で、大変な盛り上がりを見せているみたいだった。



                        ◇



それからしばらくして五人が部屋から出てくる。その顔はやりきったと言わんばかりの満足感に満ちている人もいれば、悔しさに涙を堪えてる表情を浮かべている人もいた。


「それでは、結果を発表する!選抜権一位獲得、庶務エルネット嬢から二名のご指名、どうぞ!」


セドリックが恭しく発表し、それを受けてエルネットが立ち上がって答える。


「はい、庶務のエルネットです!私の補佐にはアルメリーちゃんとカロルちゃんを指名します!」


指名された二人が立ちあがる。庶務の補佐に選ばれた向こう側の壁際にいた彼女は、「え?私!?」という様子で驚いていた。


「アルメリー・キャメリア・ベルフォールです。エルネット様、よろしくご指導お願いします!」

「カロル・オーギーです。エルネット様、よろしくお願いします!」


私はカーテシーをして、着席する。彼女も私と同じような所作をぎこちなく行ってから着席した。


「選抜権二位獲得、書記の私から二名の指名をする。リザベルトと、ローランスだ。リザベルトには記録係、ローランスには文書管理をやってもらう」


指名された二人が立ちあがる。記録係に選ばれた彼女は少し嬉しそうに微笑んでいた。


「リザベルト・シャルール・マディラン……です。……セドリック様……よろしく、ご指導……お願いします……」

「ローランス・バスチューです。自分を選んで頂き光栄です。以後、よろしくお願いします」


セドリックが頷くと、二人は着席する。


「次!選抜権三位獲得、会計マルストンから一名の指名、どうぞ!」


セドリックが発表し、それを受けてマルストンが立ち上がり背を伸ばして答える。


「会計のマルストンです。私の補佐にはジェレマン君を指名します!」


指名された彼がスッと立ち上がる。


「ジェレマン・プレシアンスです。俺……いえ、僕は、お役に立てるよう頑張ります。よろしくお願いします」


彼は会釈をして着席する。


「次!選抜権四位獲得、広報テオドルフから一名の指名、どうぞ!」


セドリックが発表し、それを受けてテオドルフがめんどくさそうに立ち上がり発言する。


「広報のテオドルフだ。俺、補佐には本当は女の子がよかったんだけどなー。誰かさんの視線がおっかなくてね、へへっ。俺の補佐にはヤニクを指名するぜ」


もう!とばかりにフェルロッテは頬を膨らませている。


「ヤニク・ティストンです!あの女子達に大人気のテオドルフ様の側で働けるなんて光栄です!色々教えて下さい!よろしくお願いします!」

「色々ってお前、範囲広すぎだろ~?くっは!正直なヤツだな。おもしれー。気に入った!色々教えてやるよ、ははは!」


彼は目を輝かせながら着席する。


「シャメル、ティアーヌ、レナルイ、ファビアン、ヴィクシム、トリストル、六人とも起立!」


ガタタッ!っと椅子の動く音が響く。


「お前達は全員執行部入りだ。わかったな?」

「「「はい!」」」

「よろしい。では着席!」


全員が一斉に座る。


みんな真剣な表情だった。もちろん私も、いつになく緊張している。なんだか怖い……ドキドキする……不安で胸が押しつぶされそう……。


そんな私の様子に気が付いたのか、エルネット先輩が私に声を掛けてくれる。


「大丈夫よ、アルメリーちゃん。生徒会に入って良かったって思えるように、私がフォローしてあげるからね♪」


「あっ、ありがとうございますっ!」


優しい言葉に私の心は少し和らいでいくのを感じた。私は小さく頷く。


エルネットは手を叩き、皆の注目を集める。


「はい、みんなお疲れさま!楽にしていいよ~。じゃ、ここからは新入生歓迎会といたしますか!お茶でもいれるね~。さっそく仕事よ、アルメリーちゃんとカロルちゃん!」

「「は、はい!」」

「アルメリーちゃんは、催事準備室に待機してもらっている執行部の人達呼んできてくれる?カロルちゃんは私の手伝いね。実はね、今日のために美味しい物を仕入れてたのよね~~!ふっふっふ♪」

「わかりました!」

「はい!」


こうして、私は執行部の方々を呼びに行き、戻る頃には生徒会室は芳しい紅茶の匂いにつつまれていて、エルネット先輩の出してくれたスイーツを囲んでお喋りしながら、ゆったりとした一時とともに、皆と親睦を深めていくことになったのだった――。




                        ◇




魔法によって宙に浮かぶ、闇夜の帳に包まれた小さな人影。 その瞳は深い魔力を秘めており、月明かりがその姿を幻想的に妖しく照らしている。


眼下に広がる街の光は、まるで夜空の星のようだ。

立ち並ぶ建物の窓からは暖かい灯が洩れており、その輝きの一つ一つは人々の営みと希望の輝きを物語っている。

広大な空の下で、夜風が心地よく肌を撫でていく。

彼女はその高みから見下ろす王都の景色を眺めながら、都市の息吹を感じている。活気に満ち、夜でも人々が行き交う様子がその目に映る。それは田舎とはまるで違う世界であり、その違いを感じるたびに、私の心はワクワクと踊り出す。王都の刺激的な日々を背中に感じることができるのは、やはり心地よいものだった。


彼女の心は貪欲な野心にあふれていた。この煌びやかな都市の底辺で暗く渦巻く欲望、その欲望を餌にして、罠に掛かった獲物から採れる熟した果実を、啜り、搾り取る、非合法の世界(モンド・イレガル)に思いを馳せる。今手にしているのは小さな建物たった一つだけだが、やがてその全てを手中に収める事、それが今の彼女の目指す場所……いや、そこすら彼女の思い描く計画の踏み台でしかない。

月明かりの下で、彼女は手を伸ばす。まるで夜空に広がる星々を掴むように。


「うふふっ……。やっと、ここへ帰ってきたわね……」


目を閉じると、田舎の風景が私の心に鮮やかに映る。月明かりに照らされる果樹園と風に揺れる麦畑、深い森の闇。

都会で見るものとは異なる、深い闇の中に光る星たち。

一度目に目覚めたときは、部屋の様子が違うことに驚き、一瞬(ジュルネ)が拉致誘拐でもされて怪しげな部屋に囚われたかと思った。すぐに状況確認のため、その部屋を飛び出して魔法で空へ上昇し周りを見渡すと、そこは辺鄙な田舎町だった。

皆寝静まっているのか、明かりがついている建物も僅かしかない。辺りは暗く夜の闇に覆われ、これといった見所も見当たらない。遠くの方をぐるりと見渡すが、王都の方角も分からない。

軽く町の周辺を回ってみて確信した。


ここは、(ジュルネ)の故郷であると。


二度目、三度目の目覚めとなると、やることも刺激も何も無い田舎に拘束されていることは、癒されるどころか、まるで精神的な拷問のように感じた。田舎の長閑(のどか)さも穏やかな風景も、性に合わなかった。

一日も早く王都に帰るため、我儘(わがまま)癇癪(かんしゃく)をおこして帰還を強行する事も考えたが、(ジュルネ)が自身に対する違和感を芽生えさせる事を(いと)い、時が過ぎ去るのを大人しく待つことにした。そして、それからは目覚めても起き上がることすらなくベッドに横たわったまま、目を閉じた。

数週間に及ぶ長い夏休みが終わり、新学期が始まるため、(ジュルネ)はまた王都に戻ってきた。


ゆっくりと目を開けると、移動を始める。上空から軽く流す程度に飛び、暫く前に手に入れた『隠れ家』の前に静かに降り立つ。


ここに来るのも、何日ぶりかしらね……。


彼ら(・・)がここを定期的に掃除をしてくれているようで、一階の周辺は手に入れたときに比べ見違えるように綺麗になっている。

魔法で明かりを灯すと、その明かりを頼りに鍵を開けて扉を開き、そのまま建物の中に入る。


足元でクシャッと音がした。


床を照らして見ると、紙切れのようなものが落ちている。それも何枚も。扉の下の隙間から入れたのかしらね?


適当に一枚拾い上げると、そこにはエクリプスノワールから催促の旨が記されていた。さらに床を照らして他の紙も見てみると、多少文面は違うがどれも同じような内容だった。


「もう、ディナルド(おじいちゃん)ったら、きっと私の顔が見れなくて寂しいからこんなにもたくさんの手紙を寄越したのね?そんなに私の事好きだったなんて照れちゃうわぁ~。ウフフフ……」


手を妖しく首元に置き、指を立てるようにして、扇情的にゆっくりと手を下へ下へと動かしていく。


「でも、ここの所、ずっと寝てばかりだったから、ちょっとのんびりし過ぎて身体が鈍ってるのも事実よね。王都に戻ってきたお祝いに、どこかぱぁ~っと燃やしたいわね……ウフフ」


彼女は前回の襲撃の時の、燃え盛る建物や魔法で焼け焦げていくゴロツキ達を思い出しながら、恍惚な表情を浮かべる。下へとおりた片手はいつの間にか自身の太ももを撫で回しており、もう片方の手は自然と胸の方へと移動して服の上から己のささやかな胸を揉みしだいていた。


「ハァ……ンンッ……!」


……自身の身体を慰めながら、甘い吐息を漏らしてしまう。


「あっ……!んっ……。あ、あんまり激しくやるのは、ダメだって言われてたっけ……」


スカートの中へと滑り込みそうになっていたその手を、慌てて止める。

ふと我に返ったように首を振ると、気を取り直して再度口を開く。


「そうと決まれば、早速行ってあげないとね。ウフフフ……」


手に持った紙をクシャクシャに丸めると、適当に投げ捨てて、建物を出る。


そして、再び扉を閉め施錠する。


「ディナルドの所へ行く前にあの子達(・・・・)を呼んで連れていきましょう」


そこまで言うと、手を顎に当て少し考える。


「……。一々私が呼びに行くのって、間違ってるわよね?本来、彼らが来てしかるべきよ……そうだわ!あの子達の溜り場をここに移させましょう!」


思いついたようにそう虚空に呟くと、彼女は悠々と鼻歌交じりにデポトワール区へ歩いていくのだった。


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