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令嬢は嗤う  作者: バーン
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粗相

土曜日(サムディ)

午前中で授業が一通り終わる。いつものように三人で大食堂へ行き、ゆっくりとお昼を頂き食べ終わる。私はお茶会に持っていく物があるため席を外すことにする。


「ちょっとお茶会に持っていく物があるから一端席を外すね?あ、お茶会はここで開催だし、リザベルトはここで待ってる?」

「私も……一緒にいく……」

「ティアネットごめん、今日はこれからサロンのお茶会なの。貴女はサロンに入って無いから午後から私達、別行動ね?」

「近くにいるのはダメですか?」

「もし、お茶会中サロンに入ってない貴女が近くにいて、私達と話していたら、マドレリア様の側近の方々に貴女が目をつけられて何か文句を言われるかも知れないし、そんな事になっては嫌だわ……」

「そうだ!アルメリー様、私もサロンに入れて貰えませんか?」

「そうね、……ではこの後、マドレリア様に聞いておくわね?でもあまり期待はしないでおいてね」

「入るのに何かあるんですか?」

「このサロン入るのにある(・・)条件があるの。貴女は微妙な所だから……」

「そうなんです?」


そこでリザベルトが軽く服を引っ張る。

リザベルトが指さす方を見ると、スリーズ達が食事を終わらせて席を離れるところだった。

見つけてくれた彼女に親指を立ててウィンクし、感謝の意を表す。


「あっ、そうだわ!スリーズ達、あそこにいるし、一緒に遊んでくるのはどう?」

「そ……そうですね!わかりましたぁ。今日はそうしますね!」

「ごめんね」


この後スリーズ達と合流して帰る彼女を見送ると、私達は『貴族の子息専用ロッカールーム』へ向かった。




今回はお茶会までに時間が多少有ったから、アンに購入してきて貰った。前回、繁華街を探してもらった時は、私が彼女に伝えたイメージが悪かった。それは前世の『お土産用に包装されたスイーツの詰め合わせ』だったのだから。

この世界には、包装用の滑らかで薄い包装紙も、ファーストフードのチェーン店などで持ち帰りに使うような厚紙で組み立てる容器も無いし、食べ物を日持ちさせる為の保存料もないのだから、そんな商品自体あるわけが無かった……。


この世界でも、手作りで一つずつ丁寧に作って店頭に並べて販売している各種スイーツの工房は幾つもあった。それこそ高級店から、庶民向けのお店まで。

今回は、前回の反省を生かし、以前サロンで聞いたオススメのお店へアンに行ってもらい、そこで焼き菓子を適当に、数は多めに詰め合わせて買ってきて貰った。

それを詰め込んだバスケットを朝一に持ってきてここへ入れておいた。自分の戸棚の鍵を開け、それを取り出す。


「……アルメリー、それは……何?」

「食後のデザート……かな?」

「そう……なんだ?……2つも……あるのね?」

「あ、これはこれからサロンで食べるんだよ?」

「なるほど……?」


2つもバスケットがあると持つのも結構大変だった。


「私も……持つわ」

「ありがとうリザベルト!助かるわ!」


そう言って私はバスケットの一つをリザベルトに渡し、戸棚を施錠してから今日のお茶会の場所……大食堂に戻っていく。


眩いばかりに輝く太陽が中天にさしかかる。照りつける陽がじりじりと舗装された外の通路を熱し暑い。これだけ暑いと、直接日に当たるテラス席は避けて建物の中でお茶会をするのかなぁ……などと歩きながらぼんやり考えていると直に大食堂へ到着する。


お昼を取っていた生徒達も、ほぼ既にいなくなっていた。

今日ここで、お茶会をしようとするいくつかのグループが、すでに柱の側や外壁の近くへ集まって何やら楽しそうに会話をしつつ、ガランとした大食堂のホールを大食堂で働く下働きの者達が机を拭いたり床を掃除し終わるのを待っていた。


その集団の中のひとつにマドレリア様といつもの顔ぶれが見えたので、私達はその集団に近づいていく。近くまでくると気がついたのか彼女が声を掛けてきた。


「あら、アルメリーさん……ごきげんよう。もしかして皆さんの為に、それを持ってきて下さったのね?」


彼女の目線の先には、私達の持ってきたスイーツが入っているバスケットが有った。


くっ、わざとらしい……。


「はい、そうです。お茶会にお持ちするよう言付かっておりますので」


私がそう返答すると、彼女は笑みを浮かべ、


「アルメリーさん、お幾らほどかかりました?領収書はあります?」

「はい、こちらになります」


私は巾着袋から二つ折りにした領収書を取り出して渡す。金額を確認した彼女はキリの良い少し多めの金額を出すように側近に指示する。


「うふふ、お釣りはいりませんわ」


側近の方からお金を受け取り、巾着袋へしまってからバスケットを側近の方に渡して、マドレリアに対してカーテシーをする。


「ありがとうございます。それで、あの……マドレリア様、サロンに入れて欲しい子がいるのですが……」

「あら、どんな子かしら?」

「アルメリーさん、その子の親の身分を教えて下さいますか?」


側近の方がスッと間に入り問い糾してくる。


「えっと、彼女の身分は騎士の家系と聞いてます……」

「マドレリア様、どうしますか?身分が騎士の家ですと、その……平民ではありませんが……貴族かと言えば……」

「そうね。う~ん、困ったわ……。出来ればアルメリーさんの希望に応えてあげたい所だけど、次のお茶会までちょっと考えさせてね?」

「分かりました」


私の話が終わると、サロンのメンバーの方がまた一人到着して彼女に挨拶をする。


「マドレリア様、今日もよろしくお願いします」

「ええ、よろしくね。ふふ」

「あの、すみません、お茶会がいつ頃始まるのか教えていただけますか?」


彼女がマドレリア様に質問すると、彼女はクスリと笑いながら、


「掃除が終わるまでまだもう暫く掛かるみたいだし……それに皆が揃ってから、かしらね?」


振り返って見るとホールの中で下働きの者達が未だ忙しそうに動き回っている。これは暫く時間がかかりそうね。


そのままホールの掃除の様子を見ていると、リザベルトが私の手を掴んで引っ張っていく。


「ちょ、ちょっと……!?」


突然だったので、思わずよろけそうになるが、どうにか耐えて手を引かれるままについて行く。少し離れた柱の陰まで行くと、彼女は口を開く。


「さっきのは……何?……私、知らない……」

「あー……、えーと……前に繁華街でお茶会した時があったじゃない?あの時私、ちょっと粗相したじゃない?あの件でその後少し……そのー、色々あって……お茶会のスイーツを用意するように頼まれちゃって……でも、大丈夫よ?代金はちゃんと払って貰えるし……」

「ほんと……?それ……だけ?」

「うん、それだけよ?」

「……そう」


リザベルトには余計な心配を掛けたくない。彼女の気遣いを有難く思いつつも、これは私の引き起こした問題。なにか良い案を思いつくまで、誰にも迷惑を掛けたくない......。


「なら……いいけど、私に……出来る事が、あったら……必ず言って……ね?」

「分かったわ!その時は頼りにさせて貰うわね?」

「……うん」


個人的な信条の所為で彼女に話せないことが少し後ろめたい。


そこでようやく手を繫いでいることを思い出した彼女は、慌てて手を離す。



「ごめん……なんか、ずっと……掴んだまま……だったね?」


そう言って離した手を自分の後ろに回し、少し恥ずかしそうな、ちょっと嬉しそうな表情をうかべるリザベルト。

彼女を見て少し罪悪感を覚えたが、心の内を気取られないように笑顔で誤魔化す。


下働きの者達による掃除が終わり、サロンの皆がようやく全員集まって席に着き、お茶会が始まったのはその暫く後のことだった。



                         ◇



「掲示板見ましたわ。生徒会入りおめでとうアルメリーさん、リザベルトさん。サロンの方がさらに二人も生徒会に入るなんて、なんと鼻が高いこと。うふふ」

「ありがとうございます。マドレリア様」

「ありがとう……ございます」


マドレリア様、今日はご機嫌みたいね。


月曜日(ランディ)から、色々教えて差し上げますわ。しっかり頼みますわよ!」

「お、お手柔らかにお願いしますね、フェルロッテ様。あはは……」

「……よろしく……お願いします……」


月曜日から生徒会役員として頑張らないとね。フェルロッテにも期待されてるしもうー、やるっきゃないわね!!


そんなことを考えながらティーカップの中の紅茶をぐいっと飲み干す。


「あらアルメリー様のカップ、空いてしまってますね?」

「え?いや、いま空いたばかりですし、すぐにおかわりはいいですよ?」

「まぁまぁアルメリー様、そう言わずに……うふふ」


そういうやいなや、今日の給仕係担当として私達が座っている長机の周りを回っていた子がいらない気を利かせて並々と注いでくる。


「あ、ありがとう……」


もう二杯目で、流石にお腹がちゃぷんちゃぷんしてきたわ。うぅ、ちょっとお手洗いに行きたくなったかも。


「暑い時に飲むアイスティーは最高よね。これって魔法で冷やしているのかしら?」

「きっとそうですわ~♪」


向かい側に座るメンバーの上級生の発言に、周りの他の子が当たり障りのない相づちを打つ。ちなみに私にはそんなピンポイントに冷やすなんて繊細な芸当(魔力操作)は出来ないわ。あはは……。


そうこうしていると、隣に座っていた同じ下級生のエミリーが話しかけてくる。彼女はショートヘアーで明るい茶髪をしており、クリアなブルーの瞳と、小さな鼻と口元がとてもキュート。

学校の制服をきちんときこなしていて一見真面目な雰囲気を纏っているが、仕草がどこかあざとい感じがする。


「ねえ、アルメリー様は飲み物は何が好きですか?私はハーブティーとか好きです。たまに珈琲も飲みますけどっ。でもミルクとお砂糖は必須ですけどね。ふふっ」

「ハーブティー良いですね。うーん、私の好きな飲み物ですか……そうですね、私は紅茶全般好きですね。ポミエティーもストレートで頂くのも好きですし、ミルクを入れて飲むのも好きですね」

「まぁ素敵ね!」


両手を合わせてエミリーが微笑む。彼女の方を見るとその背後にいた令嬢達と目が合った。

実技試験の班決めの時、リザベルトを困らせていた子達だ。私はすぐに視線をエミリーに戻す。


「今日のスイーツも美味しいですわ!アルメリー様ももっとお食べになって?」

「あははー……頂きます」


私が用意してきたスイーツがおいしいと喜んで貰えてるみたいで良かった。


エミリーと話していると、先程目があった令嬢方の三人(・・・・・・)が座ってた席を立ち、私の方へ近寄ってくる。


お茶会で興味を引く会話をしている所へ行くのは個人の自由なので、席の入れ替わり自体はよくあること。だけど、彼女達の動きに何かを察した向かい側に座っていた数人の令嬢達が囁きあって席を立ち別の所へいく。彼女達は空いた席に座るとニコニコしながらこちらに声を掛けてきた。


「今日のスイーツ、とてもおいしいですけど、食べていたらお口の中が少しパサパサするでしょう?飲み物と一緒に食すとお口の中が潤されてほどよい感じになりますわ」

「そうですね~」

「よければ私が、お飲み物を注いでさしあげますわ」

「では、私もお返しさせて頂きますね?」

「うふふ……!」

「あはは……!」


余計なお世話だけど、彼女の行動自体に特に問題があるわけではないので断り難い。同じ下級生同士なので、やり返すくらいなら問題ない。でも出来ればここは穏便に済ませたい。

リザベルトに助け船を出して貰おうとそちらの方を見ると彼女達の一人がリザベルトの注意を引くために積極的に話しかけている。仕方なく彼女もその対応に追われていて、こちらを応援して貰うのはちょっと無理そう。


その後、いくつかあるティーポットの一つを持ってきた彼女達と当たり障りのない話をしながら、お互い紅茶とスイーツを勧めあい感想を言いながら焼き菓子をお腹へ納めていく。相手は二人、意地になって張り合うんじゃ無かった。先ほど昼食を食べたばかりなのでお腹もすぐに満腹に。それに……ただでさえ冷たい飲み物をあれから何杯も飲んだので、それだけで体が冷えてきた。


「そうそう私、前期ではティアネットさんと一緒の学級でしたのよ。終業式でフリュイ・ルージュ班、褒められてましたわね?確か彼女の班にあなたも一緒でしたわよね?ああ、そういえばリザベルト様もいましたわねぇ。はぁ~、とても素晴らしい功績ですわぁ~。良かったら実技試験の時の武勇伝など、お聞かせいただけないですかぁ~?」


……ううー……トイレ行きたい……。


私が我慢して震えていると、彼女はニヤァ〜っといやらしい表情を浮かべる。


はっ!?もしかして私をここに引き留めてトイレに行かせないつもり!? マドレリア様の方を見ると、彼女はニコニコと笑顔で周りの方々と談笑している。参ったわね……。


「ごめんなさい。わたし少し離席してくるので、どうしても直ぐにその話が聞きたかったら、同じ班だったリザベルトから聞いてもらってもいいかしら……?」

「あなた?今リザベルト様のこと、呼び捨てに!?」

「……私が、彼女に……許可、しました。……なにか、問題……でも?」


リザベルトが反論するが、ざわざわと周りが騒然としてくる。


「お二人の間で取り決めたことですから、どう呼び合おうとよろしいのでは?」


それを聞いたフェルロッテが離れた席から助け船を出すが、彼女達は引き下がらない。


「たとえそうだとしても、このサロンへ参加されてる皆様方は生まれが尊い方のみ。他の令嬢達にも常に見られているという意識を持ち、お手本とされるように振る舞わなければなりません。その私達が敬称を付けず呼び合うのは見過ごせません。ましてやアルメリー様は男爵家のご令嬢、リザベルト様は辺境伯のご令嬢なのですよ?それなのにアルメリー様が敬称を付けず、リザベルト様の事を呼ばれるのはあまりにも品位を欠くのでは?」


やはり、この場で様を付けなかったのは軽率だったわ……。


「それにもし……お二人に、敬称を付けずに呼ばせると……」

「……なんでしょう?」

「私達も……それなりの対応を、しないと……いけないんじゃ無いでしょうか?ね?マドレリア様?」


サロンの令嬢達の視線がマドレリア様に向く。彼女が頷くと皆が顔を見合わせてコクリと頷く。


「一体、彼女に何をしようと言うのですか!?」


フェルロッテが問いただす。


「わたくしはただ、在るべき姿に戻したいだけですよ?今のままではサロンの秩序が保てませんから。でもそれを自己の都合でなされないというなら、体ば……いえ、分からせるしかありませんよね~?」


彼女は皮肉げに笑う。どうやら私の事が気に入らないから、何でも良いから私を罰するための口実が欲しいらしい。

私は一度リザベルトの方を見た。彼女は悔しそうに俯き、太ももの上に置いた両手を強く握りしめている。


リザベルトは優しいから、相手を口撃して論破するのは得意じゃ無いものね。


そんな彼女にそっと囁く。


「私の所為で、注目されてごめんね……」


サロンのメンバー限定とはいえ衆人環視の中、これ以上何か付け加えて言えば、彼女達の悪意という火に油を注ぐようなものだ。


「分かりました。サロンでは以後気を付けます。リザベルト()もご了承下さい」


彼女は小さくコクンと頷く。


私に突っかかってきていた令嬢もこの結果に気分を良くしたのか「分かっていただけでよろしかったですわ~。フフンッ」と勝ち誇り、自分達が元いた席へと戻っていった。


興味津々だった他の令嬢も、こちらを見続けるよりだんだんと自分たちのおしゃべりに戻り始め、賑わいを取り戻す。


この場はこれで収まり、私も冷静さを取り戻していく。と同時に下腹部の尿意を思い出してしまった。

座ったままだと大事な所を押さえられない……。でも、このままいつまでも我慢できる物でもない……。というか我慢してたせいで限界が近づいてきている。それでも耐えるためか、身体が自然と両足を動かし、もじもじしてしまっている。

淑女らしからぬお行儀の悪い仕草に、思わず恥ずかしくなってしまう。


『ここから離れたい』、『お手洗い』、『早くしないと洩れちゃう』とそれだけが頭を占めている所へ、リザベルトが心配そうに声を掛けてくる。


「アルメリー……?」


もじもじしている私の事を察してか、彼女はスッと立ち上がり、


「お花を摘みに……行ってきます……。アルメリー()……付いてきて……ね?」


と、当てつけのように『様』を強調して言うと、私を立たせるため手を差し伸べてくる。私はこくこくと頷き、その手にすがりつき、ゆっくりと立ち上がる。彼女に少し支えられながら自然と内股になって歩き出すが、内股で足をクロスさせるようにして歩いたため、私の膀胱はさらに圧迫される形になってしまった!


ひぃぃいい!


リザベルトが優しく私の手を掴むと、そのまま引っ張って行ってくれた。


私達が大食堂のホールから出た当りで後ろから、私に突っかかってきていた令嬢の「あっ!しまったわ!ちょっとアルメリー様ぁ~~!?」という情けない声が聞こえてきた。


無視よ無視。ホールで私に恥を搔かせようとでも思ってたんでしょう?残念だったわね!


「お手洗いまで……持ちそう?……もう少しよ……頑張って……」

「うん、うん……」


彼女に支えられながらなんとか渡り廊下を通り過ぎ、お手洗いまで無事に到着できた。

今の私には、冷静に周りを見渡す余裕がない。内股で太ももをぴっちり閉じ、股間に力を入れ必死に出口を締め、己の肉体と限界の戦い(ラストバトル)をしながら個室に入る。

スカートをたくし上げ、ドロワーズを下げ、ショーツに手を……


チョロッ、チョロロロ……。


「……!!」


……ダムが決壊した瞬間だった。

限りなく薄い三角の布地の向こう側に隠された汚れ無き割れ目から、秘められた輝ける宝石のごとき蜜のような琥珀色の生暖かい小水が、勢いのある水音を奏でながら止め処なく吹き出す……。



「うっ…うう……」


終わった……。私は人としての尊厳を守りきれなかった。



                         ◇



「アルメリー……大丈夫……?」


心配して個室の中のアルメリーに声を掛ける。

少し反応を待つが返事がない。


扉を少し引いてみると動く。アルメリーが鍵をかけ忘れた?


返事も無かったし、中の様子が気になって仕方がない。


ごめん、貴女が心配だから……!


私は思い切って扉を開ける。


彼女は何故か便器には座っていなかった。俯いたまま、のそのそと気怠げに、ぐしょぐしょに濡れたショーツを下ろそうとしていた。

ドロワーズも膝下まで下りている。

蜜のような琥珀色の液体が、彼女の太ももの内側に流れたその軌跡を残していた。

そして何故か床に水溜まりができていた。


私はそれを見て全てを察した。


「勝手に入って……ごめん……ね?返事、無かったし……鍵、かかって……なかった……から……心配で……」

「離れて……。リザベルトの服、汚れちゃうよ……」


私は数歩踏み込む。足元でピチャっと音がするが気にしない。彼女の腰を支えるように手を回すとそっと抱き締める。


彼女は当初呆然としていたが、やがて恥ずかしくなったのか顔が真っ赤になる。


「いいよ……アルメリーの……汚くないから……気に……ならない……よ?」


私は抱き締めたままそっと囁く。彼女は呆気にとられていたが、じきに瞳に涙がぼろぼろと止め処なく溢れ出てきた。嗚咽している彼女の頭を、私はずっと優しく撫でていた。


暫くして彼女が落ち着くと、私はアルメリーの瞳に残った雫を拭う。


こんなに弱々しく可愛らしいアルメリーはいままで見た事がない。


リザベルトは内心で戸惑いつつも、アルメリーの儚くも可憐な姿に心を動かされていた。

彼女のその様子を見ているうちに、リザベルトの内には生まれてから抱いた事のない『加虐心』が芽生える。……そう、彼女を辱めることに興味が湧いたのだ。


しかし、リザベルトは同時に不安も感じていた。この状態の彼女にこれ以上の事をしてしまっていいのだろうか?彼女が正気に戻ってきたとき、自分を嫌ってしまうのではないかという心配が頭をよぎった。だがそれより彼女の絹のような滑らかな肌に触れたい、自分の手でアルメリーを征服したいという願望がどんどんと膨らみ募っていく。


その禁断の願望、ゾクゾクとした背徳感によって興奮し、もはやその衝動は抑えきれそうにない。


ここまで弱く儚い姿を見せた、貴女が悪いんだよ(・・・・・・・・)


ゴクッと生唾を飲み込む。


「濡れた所を……綺麗に、拭かないと……いけない、ね。ちょっと……持ってて?」


私は彼女の手を(いざな)うように片手ずつスカートを握らせ、そのままゆっくりとその手を持ち上げる。


彼女はなすがまま、私の言う通りに動いた。


濡れて色の変わったドロワーズ、恥かしいお漏らしの跡をありありと残すショーツが膝の辺りで露になる。


かがみ込み、ショーツすら付けてない彼女の股間を覗きこむ。上をちらっと向くと彼女は目を泳がせ、とても恥ずかしそうに顔を赤らめている。

私は目の前の太股を見据えると、黙々とお漏らしで濡れた所をハンカチーフで丁寧に拭いていく。デリケートな所に触れる度に彼女の身体が敏感に反応してビクンと身体が跳ねる。その度にゾクゾクとした興奮が身体中に迸る。されるがままの状態の彼女を支配してる、そんな錯覚を覚える。


「はぁ、はぁ……。リザ……だめよ……そんな所拭いては……んぁッ!」

「そんな……甘い声を……出しちゃ、だめよ……。こっち、まで……変な気分に……なりそう……よ?」

「貴女が、変な所拭くからよ……。は、恥ずかしいから出来るだけ早く拭き終わってね?お願いよ?」

「ふふ。わかったわ……。こちら側は……大体、拭けたから……後ろを、向いて……くれる?」


その言葉に従い、彼女は後ろを向く。狭い個室の中、便器があるのでどうしても私にお尻を突き出す姿勢にならざるを得ない。


「スカートは……持ち上げた……ままで……ね?」


彼女は片方の手でスカートを持ったまま、残りの手で便器に片手を付き姿勢を安定させる。


視界いっぱいに広がるアルメリーの形のよい張りのあるお尻。きめの細かい白い柔肌は僅かに紅潮し、見る者を官能の渦に巻き込むような蠱惑的な色気がある。


彼女(リザベルト)が性的な知識を得たのは十歳の頃。歳の近い友達もおらず、暇をもてあましていた彼女は実家にあった沢山の本を読んだ。その中で出会った何冊かの叙情詩には色々と恋愛や性に関する逸話があった。表現方法こそ比喩を用いたり詩的であったが赤裸々に書かれており、それを読んだ彼女は持ち前の高い知能でそれを吸収、蓄積していき、同年代の令嬢に比べ性の知識が格段に豊富であった。


視線を上げた先には無防備に晒された秘部。未成熟な淡い桃色の陰唇、そしてその奥に可愛らしく控え目に顔を覗かせる小さな突起物。

まだ未熟で小さいながらも懸命に自己主張をする姿に愛おしさを感じると同時に、これを舌や自分の手で、いじり倒して思いっきり彼女を愛欲に耽溺させたい!という強い欲求が込み上げてくる。


ダメよリザベルト、アルメリーは私の事を信用してくれてるからここまで自由を許してくれているのよ?そんな事をして許されるわけが無いわ。と、自分に言い聞かせるが、興奮しきった心身は鎮まらない。理性と欲求の間で揺れ動く。


私の中で感情が渦を巻くように混沌とし始めてしまい、なんとか踏みとどまっていた天秤が嫌われたくない一心でギリギリで理性が打ち勝つかと思われたその時、そこへ一筋の汗が彼女の背中を伝い、柔らかいふくらみをもった肌の丘、その割れ目を通り下に流れ落ちていく。


それをみた瞬間、自制心という小さな器は僅かに決壊し、劣情が天秤を傾ける。


少しぐらいなら、いいわよね……?


リザベルトの口角が上がる。


「うふふ……。アルメリーのお尻、……かわいい」


リザベルトは両手を上から下へお尻のラインにそってなぞり、そのまま跳ねるようにリフトアップ。ぷるんと桃色の可愛らしいお尻が揺れる。


「ひゃんっ!?」


彼女はびっくりして思わず可愛らしい声を上げる。


「だめよ……じっとして……なきゃ……ね?」


そう言いつつも、直接彼女の肌に触れたことで少し思いが叶い、もっと弄くりまわしたいという自身の欲求をなんとか抑えつける事に成功する。ドキドキと早鐘のように打つ鼓動を隠しながら黙々と目の前のお尻や太股の後ろ側の濡れた所をハンカチーフで丁寧に拭いていく。


「はい……これで、大体……拭き終わった、わ」

「はぁ、はぁ……ありがとう、リザベルト」


彼女は荒い息のまま便座から手を離して立ち上がると、振り向いてよろめくように私にもたれ掛かる。


「ドロワーズと、ショーツも……濡れてる、よね……?それも……私に……渡してくれる?」

「うう、汚いから……自分でするよぉ……」

「いいから……ね?」


私の肩に顎を乗せるようにして体重を預ける彼女を支えながら声を掛ける。


一度は自分で……と、拒みかけたが結局彼女は言われるまま、一旦姿勢を戻し濡れたそれらを脱ぐとまずドロワーズを手渡してくる。私は手に力を込めドロワーズを優しく絞る。ピチャピチャ……と蜜のような琥珀色の液体が便器の中へ滴り落ちる。絞り終わると、そっと彼女の手に戻す。

次にショーツを受け取ると、濡れた部分をつまんでハンカチーフに挟み丁寧に水分を搾り取る。雫が出なくなると、ショーツを顔の近くへ寄せ、恍惚な表情を浮かべくんくんと匂いを嗅ぐ。アルメリーの、アンモニアと蜜が混じり合った芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。


「あっ、ごめん……こんなこと……するの……ちょっと、変な感じ、だよね……」

「ちょっと恥ずかしいけど、今さらそれぐらいの事……気にしないわよ。ふふっ」


顔を赤らめながら私を伺う彼女に微笑む。我ながらとんでもない事をやってしまった……!彼女が彼女が赦してくれたから良いようなものの……うん、今は深く考えたらダメ……!


もちろん、そんなちょっとエッチな雰囲気になったけどそんな事をした自分に、下心なんてないよ?あるのは優しさだけだよ?って心の中で自分に言い聞かせる。


アルメリーは実は恥かしかったのか、掴んでいるスカートをぎゅっと握る。私は安心させるように優しく笑うと、そのままショーツを渡す。


よく見ると彼女は殆ど足に力の入らない状態なのか足腰が震えており、改めて腰を支える。すると、ふと力が抜けたのか私に倒れこんできた。頬を染めた彼女の顔が間近に迫り、唇と唇が軽く触れ合う。


突然の事にお互いビックリする。しかし彼女は一瞬「あっ」と声を出したかと思うと、視線を伏せ少し照れたようにモジモジするだけだった。


私はもう一度、今度は優しく口づけしようとして顔を近づけていく……。


……彼女は拒むことなく、それどころか恋に落ちた乙女のように綺麗な碧かかった薄い蒼色の瞳を潤ませ、じっとこちらを見つめている。

リザベルトは、アルメリーのそんな乙女のような表情に見惚れてしまう。


……静寂が広がり、二人の心臓の音が重なる。二人の距離が近づくにつれて、その鼓動はますます激しくなり、お互いの唇も限りなく近づいていく。


あとほんの僅か……というギリギリの瞬間、


「アルメリー!リザベルト!大丈夫!?」


急にお手洗いの外から聞こえたその声に、二人は心臓が飛び上がるほど驚いた。


軽く身だしなみを整え、個室からリザベルトがそっと顔を出す。


「あ、フェルロッテ様……」

「あなた方の帰りが遅いから心配して来てみましたわ……って、なんでお顔しかお出しになりませんの?……あと、アルメリーはどちらに?」

「えっ、……それは……その……」


おずおずとリザベルトは個室から出る。服の一部や袖、靴を濡らしている姿を見せると、近付いてきたフェルロッテは目を丸くする。


「一体、何がありましたの!?……少し臭いますわよ?」

「アルメリー()が……ちょっと……大変な事に……なってて……皆に、見せられる……状態じゃ、ないの」


「はぁぁ……。まぁ……何となく察しましたわ。では、とりあえず生徒会執行部(わたくし)の権限で、暫くの間ここを立ち入り禁止にさせておきます。わたくしは何か身体を拭くものと、お二人の着替えを持って参りますわ。服の大きさがうまく貴女達に合えばいいですが。ああ、それと床のお掃除も必要ですわね?」

「はい……」

「ついでに管理棟にすぐ清掃に来るように伝えておきますわ」

「サロンの……方々には……上手く、誤魔化して……ください……。それに……今回の事は……秘密に、してあげて……」

「はぁーっ。分かりましたわ。このことは神に誓って秘密を守ります。それから貴女達は、臭いくらい消しておきなさい。確かこのすぐ近くに中庭に水を撒くための井戸があったはずですから、二人ともそこで水を被って綺麗に洗い流しておきなさい。暑いから水でも被って遊んだということにしておきましょう。今が夏で丁度良かったですわね?」

「子供っぽいけど、……いい方法ね。……ありがとう……フェルロッテ様……あなた……いい人……ね」


フェルロッテは頬を染める。


「ほ、褒めても何も出ませんからね!?」


照れ隠しか、くるっと振り向く彼女。お手洗いの外で待機していた執行部の護衛男子二人に

命令する。


「二人共、くれぐれもこのことは口外しないように」

「「はっ!畏まりました!」」


間髪入れず護衛の片方に指示を出す。


「エルヴォン、わたくしは管理棟に連絡入れてくるから、このお手洗いを立ち入り禁止にしておいて。例外は掃除をする為に来る下男だけね。もし何かあれば『文句は生徒会へ言いに来なさい』と言っておいて。中の掃除が終わったら撤収していいから。頼むわね」

「はっ!」

「ロスペール、一緒に来なさい」

「はっ!」


もう片方の護衛にも指示を出すと、彼女は護衛を連れて颯爽と去って行ったのだった。



                         ◇



フェルロッテがリザベルトと会話をしている間、私は持っていたショーツとドロワーズを見つめる。

ずっと手に持ったままお茶会に戻る訳にはいかないし、スカートの下に何も穿いてないのも不安なので身に着けることにした。生地が張り付き穿きづらい。少し時間が掛かったがなんとか穿き終わった。湿っているので気持ちが悪いけど我慢するしかない。

外の話し声が聞こえなくなったので、個室からゆっくりと顔を覗かせる。周囲にリザベルト以外の人がいないことを確認すると、そこから出る。


彼女はお手洗いの出入り口の方を見ており、こちらに背を向けている。あんなことがあったばかりで、恥ずかしくてまともに彼女を見れない。そのため、微妙な距離を取りつつ後ろから話しかける。


「ね、ねえ?フェルロッテ様と何話してたの?少しは聞こえてたんだけど、ドロワーズとか穿くのに集中してて内容の方はあんまり……」

「えと、ね……着替えと……何か、身体を……拭くもの……持ってきて……くれる、わ。……後、お手洗いの……立ち入り禁止、と……清掃を……頼んでくれる……とか。……他は……少し臭うから……水浴びして……おきなさい、って……」

「なるほど。なら彼女の言う通り、早速、水浴びしてこない?」

「そ、そうね……外は、暑いし……気持ち……いいかも……」


少し、沈黙の時間が流れた。


まさか、リザベルトが私に対してこんなに激しい好意の一面を持ってたなんて、意外だったな……。あのままフェルロッテがこなかったら、キス……してたのかな……?う~ん、私流されやすい所あるなぁ……と、改めて自覚する。


……おっと、いまはそんなこと考えるより、水浴びにいかなきゃ。


気を取り直して入り口で警護してる彼に声を掛ける。


「済みません、エルヴォンさんでしたっけ?ここから出たいので通してもらえませんか?」

「これは失礼しました、レディ達」


入り口に不動の姿勢で立ち続ける彼に避けて貰い、私達は井戸を探す。


フェルロッテが言っていた井戸はすぐに見つかった。

井戸には円錐形の屋根がついており、滑車が一つ吊り下げられている。井戸の周りを見ると加工して形を整えた、白っぽい花崗岩のような石をセンス良く放射状に敷き詰めて舗装してあり、緩やかに勾配をつけて排水が側溝に流れ込むような構造になっている。さらにそこから流れた水が用水路まで流れるように構築されているのが見えた。


私は井戸の中へ木桶を放り込む。自由落下によって奏でられる音の後、遙か下方で涼しげな水音がする。木桶に水がなみなみと入ったのを確認すると滑車から下がっている反対側のロープをつかんで思い切り引く。

滑車があると一般的には体感的な負担が二分の一に軽減されるらしいけど、水が入った木桶はそれでもまだそれなりに重かったので、二人で力を合わせて引き上げる。


水がなみなみと入った木桶を引き上げると一旦井戸の縁へ置く。

気合いを入れて木桶を持ち上げ、思い切り頭から水を被った。木桶から注がれる水が私の髪や身体を通り抜けるたびに、不快感と共に漂っていた匂いが次第に薄れていく。

井戸から湧き出る清冽な冷たい水が、身体を優しく冷やす。


「ふぁ~~~!きもちいい~~!」


私は笑顔で水滴を払いながら、新たな活力を感じていた。


「次は……私も……!」

「わかったわ!」


もう一度、井戸の中へ木桶を投げ入れる。

また、二人で力を合わせてロープを引き上げる。


木桶を井戸の上まで引き上げるとリザベルトは思い切り木桶を持ち上げ、頭の上で傾けた。

木桶から頭上に注がれる水は、まるで銀色の滝となって彼女を包み込んだ。


水が流れ落ちると、その心地よい清涼感に彼女は心からの笑みを浮かべた。


濡れて透けた服、あらゆる所からポタポタと滴る雫。そしてその輝く笑顔を見ると、胸がトクン……トクン……と高鳴る。


どうしちゃったんだろう……私……。


「ど う し た の……かな?……アルメリ~?」


物思いに耽っていると、いつの間にか水を木桶に汲んでいたリザベルトがまるで悪巧みをする猫のように目を細めて笑いながら私を呼ぶ。


「えっ……!?」


気がつくと彼女がその木桶を私の頭の上でひっくり返す。


「きゃーーーー!?」

「あははははははっ!!」


私のその反応に、お腹を抱えて笑う彼女。


「やったなー!?」


私も負けじと木桶で水を汲み上げると、彼女にぶっかける。


それからはお互いに水を掛け合ったり、一緒に水を被ったりしたのだった。


「あははは!」

「うふふふっ!」


お互い疲れて座り込む。井戸にもたれ掛かって、ずっと笑いあっていた。



                         ◇



「貴女達、水遊びは堪能したかしら?」


声がした方を振り向くと、いつの間にかフェルロッテが井戸の近くまで来ていた。

彼女は着替えの入った籠を持ち、護衛の男子が折り畳んだバスタオルの様な物が何枚か入っている籠を持ってきていた。


「フレステールの毛を使った大きめの浴巾(セルヴィエット)を持ってきてあげたわ。これで身体を拭きなさい。ロスペール、彼女達に渡してあげて?拭き終わったら着替えを渡すから、ダンスの練習用ホールで着替えるといいわ。あそこなら更衣室もあるし」

「あの、それはどちらから?」

「あなた、そんな事も知らないのね?寮で使われた浴巾(セルヴィエット)は、全て朝に回収されてこの近くにある管理棟に併設されている洗濯場でまとめて洗濯して、また寮に届けられるのよ。だから洗濯場にいけば乾かしてあるものが幾らでもあるの。それに学院が私達学生の為に定期的に大量に購入している物の一つであるわけだし、自由に使いなさいね」

「わかりました。それにしても、フェルロッテ様は学院の事情に詳しいんですね〜?」

「生徒会が暇な時とかマルストンが良く話してくれるのよ。彼の家の商会が学院の一番の大口取引先らしいし?でも寡占はしない方針なんですって。他の商会にも安定した一定の利益を与えて反感を集めすぎないようにしてるとか。上手いやり方よね」

「へぇ~。そうなんですねえ~」


商取引についてはよくわからないけど、取りあえず相づちを打っておく。


「お話中失礼します。浴巾(セルヴィエット)です。お使い下さい」


彼からバスケットを受け取ると私達はその浴巾(セルヴィエット)を取り出し、さっそく髪や顔を拭く。


フェルロッテは自身が持って来ていた籠を、井戸の近くの乾いている所へ置く。


「二人とも、着替えはここに置いておくから。ロスペール、後は頼んだわよ」

「はっ!」

「わたくしはお茶会の方へ戻って報告(ごまか)してくるから。二人も出来るだけ早く戻ってらっしゃいね?」

「わかりました!」

「……はい!」


私達がダンスの練習ホールへ向かうと、彼も付いてくる。


建物へ到着すると彼は入り口で止まり、


「私はここでお待ちしていますので、後で使用済みの浴巾(セルヴィエット)をご返却下さい。濡れた制服もその時にご一緒に預けて頂ければ、管理棟に洗濯を頼んでおきますので後日寮の方へご返却いたします。後でお二人の入られている寮のお名前をお教え下さい。……あと、流石にご令嬢方の下着の類いはお預かりできません。私も我が身が可愛いので。ご了承下さい」


と照れながら言う。


「そのかわり、こちらを用意致しました。これにて下着類をお持ち帰り下さい」


彼は可愛らしい袋を差し出してくる。裏張りがしっかりして中身が透けて見えない生地に刺繍があしらわれているそれを私達それぞれに渡すと、入口前でこちらに背を向けて仁王立ちし、門番のように振る舞う。


早速私達は建物に入り、更衣室で濡れた服を脱いで、バスケットから二枚目の浴巾(セルヴィエット)を取り出して全身を拭いた後、フェルロッテに用意して貰った服に着替える。


……流石フェルロッテ様。ちゃんと制服を用意してくれてた。これならお茶会に戻っても目立たなくて済むわ。若干服の大きさが合ってないけど、採寸なんて出来ない状態のぱっと見だけで、割と近い大きさの物を持って来てくれたフェルロッテ様には感謝ね!


そうだ、これだけは言っておかないと。薄い壁を隔てて隣で着替えているリザベルトへ声を掛ける。


「リザベルト……今回の事、フェルロッテ様に秘密にしてもらえるよう頼んでくれてありがとう!」

「……ふふ。いいのよ」

「貴女も、秘密にしておいてくれる?」

「……ええ、神に誓って。二人だけの……乙女の、秘密ね?」

「ええ!二人だけの秘密!」


お互いクスクス笑いながら、そう約束し合った。


着替えが終わり、ダンスの練習ホールから出る。私達は入り口で門番をしてくれたロスペールさんに挨拶してから濡れた制服と、使用済みの浴巾(セルヴィエット)の入ったバスケットを渡し、それぞれ寮の名前を伝えた。



「アリアンヌ寮のリザベルト様と、ヴィクトワール寮のアルメリー様ですね?かしこまりました」

「よろしくね!」

「おねがい、します……」


彼は荷物を受け取ると、爽やかに去って行った。


「うん、服を着替えて気分転換もできたわ。戻ったら、できるだけ普段通りに振る舞わないとね?」

「わ……わかった、わ」

「冷静に……そう、普通通りに振る舞うだけだもの、できるわ!」

「う……うん!」


彼女は力強く頷く。


「さ、いこう!」


私は彼女に声を掛け、大食堂のホールに向かっていった。




大食堂のホールに戻ると、お茶会の参加者達が思い思いの席に着いて談笑している。私達がお手洗いから戻ってきた事を知ると、すぐにこちらに視線が集まってくる。

「おかえりー」と言ってくれる者や、笑顔や手を振って歓迎の意を示す者、隣と会話して気が付かない者などそれぞれの反応が返ってきた。

私はリザベルトと一緒に空いている席を探す。

皆かなり自由に移動しており席が大分替わっていて、離れる前に私達が座っていた席は、すでに別の子達が座っていた。

仕方ないので、空いていた別々の離れた席に座る事にした。

席に座ると早速、長机の向かい側に座っている令嬢が質問を投げかけてくる。


「アルメリー様……大丈夫?先程フェルロッテ様から説明があったのだけど、リザベルト様のお花を摘みに付き沿った後、急に体調が悪くなったんですって?」

「ええ、そうなの。だからリザベルト様にその後付き添ってもらって、ちょっと治療室へ……治癒術士の方に診て貰ったからもう大丈夫よ!」

「だから戻ってくるのに時間が掛かったのですね?」


近くに座っていた他の令嬢もついでとばかりに質問してくる。


「なぜ、お二人とも髪の毛が濡れてらっしゃるのですか?」

「今日は特に日差しが強くて、外が暑いじゃないですか?体調は治ったのですが、大食堂へ帰り道の連絡通路を歩いていると暑さに我慢の限界が訪れてしまいました。そんな所へたまたま井戸を見かけたもので、つい私達は涼を得るために、出来心で水を被ってしまいましたの。うふふ。井戸の水はとても冷たくて、まさに生き返るような心地でしたわ。そこへフェルロッテ様が通りがかってくれて、着替えを持ってきて下さいました」

「そうだったのですね……」

「あの方、執行部として風紀等の取り締まりを行っているので、生徒に対し厳しく指導されている所をよく見かけると思います。一見恐いように見えますが、それは学院の秩序を守ろうという正義感の強い表れの一面なだけで、今日も帰りの遅い私達を心配して探しに来て下さったのですよ!?実は面倒見のよいとてもお優しい方なのだと、私は思いますわ」

「わ、私も……実は彼女のこと、恐い人だと思ってましたわ。でも、確かに言われてみればそうですわよね!?」


その令嬢の一声を皮切りに、賛同する声が相次いだ。


「フェルロッテ様は、男子の事は顎で使ってるのを良く見かけますが、確かに私達女性徒には面倒見が良いですわ!」

「私も、生徒を指導されてる所をお見かけしたことが有りますが、間違った事はいってないのですよね」

「そうそう!私なんか最初はフェルロッテ様に厳しく注意されちゃって……。『あなた令嬢としての身嗜みがなってないわ!』って怒られたんですよぉ~……その後、指摘された所を手ずから直して下さって……」


どうやらサロンの令嬢達の興味の対象を、私達から逸らすことが出来たみたい。


その後は、余計な事は言わず、同意できる話の内容には相づちをうち、リザベルトの方は出来るだけ見ず、そちらに顔を向けたとしても目が合わないようにして、なんとかお茶会を乗り切ったのだった。


                         ◇


お茶会が終わり、寮の自室に戻ったアルメリーはアンに怒られていた。


「アルメリー様、これ(・・)は何ですか?どうしてドロワーズとショーツが濡れているのですか?」


ひぇええ……。アン、怒ると怖いわ。


「え〜……え〜とね?今日は特に暑かったじゃない?だからつい出来心でリザベルトと一緒に大食堂の近くにあった井戸で水遊びしたら全身濡れちゃって……」

「リザベルト様にもご迷惑をお掛けしたのですか!?」

「いや、あの……リザベルトに迷惑は掛けていないよ?私のワガママで付き合って貰ったんだし。それに彼女も楽しんでたし……」

「アルメリー様。もっと令嬢としてのご自身の行動に、ご自覚をお持ち下さい」

「はい、深く反省してます……」

「それにその制服、身体にあってませんね?ご自身の制服はどうされましたか?」

「この服の事ね?これはフェルロッテ様に貸してもらったの。それにしてもアンは凄いわね!?服が違う事、一目で分かるなんて!」

「まあ、それくらい、毎日見ておりますし?……専属メイドとして当たり前、と言いますか……♪」


ちょっとドヤ顔をしてるアン。かわいい。


「私の制服は管理棟で洗濯してこの寮に届けてくれるって執行部のロスペールさんが言ってたわ?」

「制服については承知いたしました。ドロワーズやショーツについてはこちらで洗っておきますね」

「これからは、びしょ濡れになる事があった場合、いえ、そんな事は出来れば無い方が良いのですが、直ぐに帰ってきて下さいね。お風邪を召されては大変ですから」


アンのお説教はその後もしばらく続いたのだった……。



                         ◇



少し時間は遡り、学院に五の鐘(午後二時半頃)が鳴り響く頃、生徒会室には生徒会長のアルベールとランセリアの二人が残っていた。


他の者はといえば、

ヴィルノーは練兵場に訓練に行き、

マルストンは実家の仕事を学ぶため手伝いに。

セドリックは仕事を終えると家の屋敷の方へ行くと出掛けて行った。

テオドルフは土曜日に生徒会室へ顔を出す方が珍しい。今日も授業が終わると、そのまま女生徒達と繁華街へ遊びに行ったのだろう。

フェルロッテは昼食のあと一旦戻ってきたが、午後から所属しているサロンのお茶会に参加すると言って出て行った。

エルネットは飲み物と軽食を持ち、執行部の一人に大きな日傘を持たせて、友人と練兵所へ弟の訓練を観覧しに出かけた。

執行部の面々も学院の見回り当番の者以外は、すでに寮へ帰るか繁華街へ遊びに行ってるだろう。


「それで、この書類はここに置いておけば良いか?」


アルベールが生徒会室での作業を手伝いながら、尋ねる。


「ええ……そうですわね……その棚に置いておいて下さいまし」


ランセリアは上の空の様子で答える。彼女はさっきからずっとそわそわして落ち着きがない様子だった。心なしか顔が紅潮しているようにも見える。


「ランセリア、何か有ったのか?具合が悪いなら無理せず、早めに寮に戻って休んでいても良いのだぞ?」

「アルベール様……明日は休日ですが、なにかご予定はありますか?」

「……明日は父上に呼ばれているので、城へ登城せねばならぬ。それほど時間は掛からぬだろうが。それ以外は特に予定は無い。どうした?」

「明日、よければ久しぶりに二人でお茶会をしませんか……?」


アルベールは少し考えるそぶりを見せると徐ろに口を開く。


「ふむ、そなたと二人でお茶会など久方ぶりだな……分かった。それで、どこで開くのだ?城でよければこちらで場所を用意するぞ?」

「いえ、殿下からのお茶会のお誘いであれば、お城でも構いませんが、今回は私からの誘い。できれば我が家にて、誠心誠意おもてなしさせて頂きたく存じます」

「確かに。その方に恥をかかせるところであったな。うむ、アルエット家の屋敷なら城からも近い。敷地も広く、他の者の目に触れることもない……か」

「聞き入れて頂きありがとうございます」

「では、午後でよいか?」

「かしこまりました」

「一応、そなたの屋敷へ前触れを出すよう指示しておこう」

「ありがとうございます。では、私は準備がございますのでお先に失礼致しますわ」

「分かった。では、生徒会室は私が鍵を閉めておく」

「かしこまりました。ではまた、明日」


そう言い、ランセリアは優雅にアルベールに向けてカーテシーをすると、身を翻し生徒会室から出ていく。彼に背を向けているランセリアは目を細め、口角を上げる。


生徒会室のドアが閉まると、アルベールはやれやれ……と、ため息をつく。


「城で開くことを拒むとは……ふむ。明日のお茶会、少し用心しといた方が良いかも知れんな……」


お互いそれぞれの思惑が交差し、時は過ぎていくのであった。


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