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令嬢は嗤う  作者: バーン
43/63

変遷

時は遡り、アルメリー達の救助が終わり数日たった頃、月明かりを背に男が一人街道を歩いていた。その者の名は第六の眷属(シジエム)。彼の者はかつて魔王を崇拝していた『黒曜の黄昏』教団の中の分派の一つであるシジエム派『薄闇の森宮』教会がかつて拠点を置いていた町を一路目指していた。


人の足で歩けば数日は掛かるであろう距離を、彼の者はたった1日で踏破する。


そこは木々が生い茂る深い森の中にあった。明かりの届かぬ暗い森の奥を大木の枝から枝へ飛び移り、まるで一陣の風のごとく彼は進む。

辺りには魔物の発する声や獣の遠吠えが響いている。目的の場所近くまで到着するが、流れてくる音の中に人の発する声が無い。


そのまま黙々と暫く進み、やがて目的地へとたどり着く。……が、その先に見た風景に思わず絶句する。


「……!」


かつて数百もの人々、雑多な種族が暮らす隠れ里であったこの場所は、今は見る影もなくうち捨てられ廃墟と化していた。

町の中心部だったであろう所に大きな石造りの建物が見える。基本的に建物は石造りで作られていたが、大半は崩れている。中には原形を留めたものも幾つかあるが、その残った建物にしても木や草木の蔓がびっしりとはびこり、すでに町全体は森に飲み込まれつつあった。

中央の大きな建物に近づいてみると、それはどうやら教会のようだった。入口には朽ち果てているとはいえ大きな門扉がまだ辛うじて残っていた。


「もうココには誰モ居ナイのダナ……」


その誰も聞いていない言葉に応えるように、乾いた音と共に風が吹き抜ける。


軽く一走りして町外れまで来てみると、近くに小川があるのかどこかからせせらぎの音が聞こえてくる。

彼の者は鬱蒼とした風景から適当な木を選び、そのまま見上げて少し腰を下ろすと足に力を入れ一気に跳躍する。その木を軽々と飛び越え自由落下し、器用に頂上付近に直立する。そして周囲を見渡すと、ここから少し離れている所に川を発見した。


彼の者は木の頂上から飛び降りると、一路川を目指して移動するのだった。




川のほとりに出ると、少女が水を汲みに来ていた所へ出くわす。

歳はまだ十代前半だろうか、まだ幼さの残る顔立ちをしている。肩にかかるくすんだ赤褐色の髪、瞳は深い緑色で森の中の若々しい葉のような色彩、その眼差しには知的好奇心が宿っており、肌は健康と活気のある自然な肌色をしている。服は森で採れる自然由来の素材で作られた簡素なものを着ていた。


「人間ノ娘よ、ここデ何ヲしてイル?」


不意に声を掛けられた少女は、怯えながら答える。


「み、水汲みです……。あ、あなたはどちら様ですか……?」


「ふむ、水汲ミか。我ノ事は良イ……。人間ノ娘よ、我が質問二答えよ」


男の鋭い眼光に怯えた少女は顔を強張らせ、思わず叫ぶ。


「ひっ!?お、おばあちゃーーん!」


そう言って手に持っていた木桶を投げ捨てて逃げ出す。


それを見た男は瞬く間に回り込む。後ろを振り返りながら逃げる少女は何かにぶつかり足を止める。

怯えながら正面を振り向いて見ると、そこにはさっきまで後ろにいたはずの黒ずくめの男。

少女は泣きながら懇願する。


「ごめんなさい!許してください!!どうか、殺さないで!!」

「……命ハ取らヌ。我が質問二答えよ」


それを聞いて少女は安堵の表情を浮かべる。だがそれも一瞬のことで、いつの間にか抜かれた短剣を首筋に当てられ、再び恐怖に歪む。


「……コノ近くニ、廃墟ノ町がアッタ。住民ハドコへ行った?娘、知ってル事がアレば、話セ」


そう言われ、少女は少し逡巡して恐る恐る口を開く。


「わ、私は昔の事は知らないです。で、でもおばあちゃんなら何かしってるかも知れません……」


それを聞いた男は再び黙考すると短剣を納刀し、投げ捨てられた木桶を拾い上げて川で水を汲む。


「分かっタ……人ノ娘よ。我をソノ者ノ所へ、案内セよ。仕事を邪魔シタな……コレは次いでダ」

「わ、分かりました」


少女はその男の前に立ち、歩き出した。

道中、二人は一言も言葉を交わさなかった。


暫くしてようやく老婆の住む家に到着する。中に入ると室内は質素ながらも綺麗に片付いており、ベッドやテーブルなど簡素ながら家具類も揃っていた。


「おばあちゃん、た、ただいま~」

「おかえり……」


少女の声に返事をして、奥の部屋から杖をつきながら老婆が出てくる。老婆はゆっくりと少女に近づき頭を撫でると、その背後に立つ黒ずくめの男に気が付き、視線を上げると目が合う。


「これはこれは、珍しいこともあるもんだねぇ……こんな辺鄙な所へお客様かえ?」


その言葉に男が頷く。


「……おやまぁ、これは随分と鋭い眼光のお方だねぇ」


老婆は男の全身をジロジロと見回す。


それから少女は事の経緯と、自分が聞かれた事を全て話した。それを静かに聞いていた老婆が口を開く。


「……あんた、あそこの町の事が知りたいのかい?そうさねぇ……これは私も曽祖母から聞いた話だけどねぇ。あそこには、大昔にとある宗教団体の共同体(コミューン)が住んでたらしいねぇ……。なんでも魔王が倒されるか封印された数十年後に、あの町はついに見つかって邪教徒狩りにあって滅ぼされたそうだよ……その時に住民はみんな逃げちまったらしいねぇ……」

「逃ゲた民はドコヘ行ッた?」

「さあねぇ……どこに行ったのやら……」


男はボソリと呟く。


「……『薄闇の森宮教会』……知っテいるカ?」

「あ、あんた……どこでそれを!?」

「我ヲ崇メる教会ゾ。我ガ知ラヌでどうスル……?」


それを聞いた瞬間、老婆の顔色が変わる。


「我ガ『第六の眷属 大甲虫 スカラビー・ガント=シジエム』でアル」

「そ、それなら、しょ、証拠を見せて貰えないかい?」


男は袖をめくり腕を露にすると力み出す。するとみるみるうちに腕が変形し、やがてその腕は身の丈ほどになり、黒い外骨格に覆われていく。腕の先端にはクワガタのような巨大なハサミが現れた。

それを見た老婆はその場に崩れ落ちる。


「ま、間違いない……ずっと聞かされ続けてきたお姿そのもの……。本物……本物のシジエル様……!ようやくお目覚めになられたのですね……!我が一族はずっと、ずっと……」


そこで言葉に詰り、老婆は目に涙を浮かべ慌てて平伏する。


「そ、そのお姿だけで十分でございます……!」


男は異形に変形させた黒い外骨格の腕を元に戻すとゆっくりと歩み寄り、嗚咽と共に歓喜に震える老婆を見下ろす。


「よい……面ヲ上げよ」


老婆が顔を上げると、状況を理解していないのか、少女は老婆を守ろうと二人の間に立ち塞がり手を広げる。しかし老婆は「おやめ!」と言って少女を抱き寄せ、


「こ、この方は本物の御方だよ!!お前も跪くんだよ!」


と、少女を座らせると老婆は口を開く。


「シジエル様、よくぞおいで下さいました。先程のご質問、逃げた民が何処に行ったかという事についてですが……わしは、曽祖母からは多数の者がここから北にある国に行ったと聞いておりますじゃ。時々ココを訪れる猟師に聞いた話では確か……イグニス王国だか共和国だかという名前の国だそうですが……」

「ソウカ……大義デあっタ。では、我はソコヲ目指すとスル」


それだけ言うと、踵を返し出て行こうとする。その時、老婆が引き止めるように叫ぶ!


「お待ち下さい!シジエル様!!どうか、孫を一緒に連れて行ってくだされ!お願いしますじゃ!孫はわしより魔力も高く、魔法の素質もありますじゃ。こんなところで燻っていていい子ではないのですじゃ。一通りの家事もできるので、身の回りの役にも立ちます!そ、そうじゃ、お金も差し上げます。道中路銀も必要でしょう、どうか、どうか……厚かましいお願いですが……道中、孫娘の庇護を……」

「え?おばあちゃん……何言ってるの?」


突然の提案に困惑する少女。


「コレット!お前はシジエル様にお仕えしな!こんな機会は二度と無いよ!一族の宿願が叶った今、こんな土地に縛られる必要なんてもう無いんだよ!それにお前は魔法の才能があるんだから、こんな森の中で燻っているんじゃないよ!それに、私の事は心配いらないよ!自分のことは自分でできるさね。ああ、ちょっと待っておき」


老婆は一度奥の部屋へ引き込み、暫くして水袋や短刀、リュックサックのような背負い袋をもって出てきた。


「シジエル様、これをお納め下さい……」


老婆は巾着袋を男に手渡す。男が袋を開けて中を確認すると銀色の硬貨が数十枚入っていた。

その後老婆は少女へ振り向くと、背負い袋と水袋を渡す。


「コレットよ。イグニスまでどの位の日数が掛かるか、わしにはわからぬ。とりあえず、この中には1週間分の保存食と別に今有るだけの干し肉、数日分の着替え、火打ち石や旅で必要になるだろうと思う雑貨を入れておいたからね」


そして実用一辺倒の短刀を少女に渡し、


「それでも食糧が足りぬなら、コレを使って現地調達するのじゃ」


老婆はニヤリと笑う。


「あと、売ればお金になりそうなモノも何個か巾着袋に入れておいた。もし生活に困ったら売るんだよ。これで向こうについても暫くは喰っていけるだろうて。呉々もなくすんじゃ無いよ?」

「おばあちゃん……」


少女が目に涙を溜めつつ戸惑っている所へ、男は声をかけてくる。


「老婆ヨ、其方の願イ、聞き入れヨウ。娘ヨ、来たケレば付いて来ルがイイ……」


それを聞いて頷く少女。その様子を黙って見つめる老婆。


男と少女はイグニスを目指し、北へ向かい旅立つのだった。




                         ◇



ザール王立学院、席替えの翌日。

登校すると、始業式の時ほどではないが掲示板に人だかりが出来ていた。それをパッと見て興味ない人は素通りしていく。どうやら何か張り出されているみたいだ。


私は気になって掲示板の方へ行ってみる事にした。人混みをかき分けて前へ前へと進むと掲示板の前にたどり着く。そこには後期に生徒会入りした十二名の名前が書かれていた。


知らない人の名前が続いていて、まんなか辺りにリザベルトの名前。……そのリストの最後に自分の名前が書かれている。


なんか、一日経って本当に生徒会に入ったんだって実感が込み上げてきた……。


それを噛みしめていると、後ろから声をかけられる。


「おはよう……アルメリー」

「あ、おはようリザベルト。見て、あそこ」


掲示板に貼られている紙を指し示す。それを見たリザベルトは少し驚いていたようだ。その様子を見て少し得意げになった私は言葉を続ける。


「ほら、私と貴女の名前が載って……」


リザベルトの方を向くと、その向こうの人達の何人かが私達を見てヒソヒソと話をしている。

私はなんだか恥ずかしくなり、そこから離れようとした。だけどリザベルトが私の手を掴んで止める。


「ねぇ……待って……」


彼女は真剣な目で見つめてくる。その瞳にドキッとした私はその場に立ち尽くす事しかできなかった。


しばらく沈黙が続いたあと、リザベルトは口を開く。


「逃げること……ない。誇っていい……私達の努力が……ちゃんと……評価された……だけ、だから」


リザベルトが振り向き、ヒソヒソ話をしていた人達を見つめる。普段大人しい彼女が厳しい眼差しを向ける。その視線に気付いて居心地が悪くなったのか彼女達はそそくさと逃げ出していく。


そこへ元気な声が近づいてきた。


「アルメリー様ぁ!」


ティアネットだ。人垣があるためここに辿り着くまで僅かに時間がかかりそう。


リザベルトは手を絡めてくると、私を引き寄せてこう言った。


「これからも……私達、頑張ろう……ね?」


その言葉を聞いて胸が温かくなるのを感じた私は、笑顔でこう返す。


「うん、そうだね!一緒に頑張ろう!」


私達はお互い見つめ合う。それから微笑み合った後、彼女は絡めた手をするりと離す。そこへティアネットが合流してきて三人一緒に教室に向かうのだった。




教室につくと、早速クラスメイト達の噂話が耳に入ってくる。


「ねえねえ、掲示板見た?」

「何かあったの?」

「この学級からニ名も、後期から生徒会に入った子がいるのよ!」

「なにそれ、凄くない!?」

「あ、入り口見て?来たわ!あの子達よ!」

「え!?」


丁度教室に入った私達に、クラス中がざわめいたのが分かった。

みんなの視線がこちらへ集まっているのがわかる。

前期の嫌な記憶が頭を(もた)げてくるが、ぶんぶんと頭を振ってその記憶を振り払う。


……やっぱり慣れないなこういうの。


そんなことを考えていると数人の女生徒が話しかけてくる。


「おはようお二人さん。生徒会役員に選ばれたんでしょ?凄いわね!どんなお仕事をするの?」

「ありがとう。お仕事っていっても昨日生徒会室で内容を少し聞いただけだけど、主な仕事は学院内の雑用よ?」

「そうなんだ~。でもいいわよねぇ、あんな美形の男子達に囲まれて過ごせるんだから……」

「そう言えばティアネットさん……私、前期あなたと同じ学級だったの。覚えている?実技試験のあと、表彰されてたわよね?あんな立派な実績があったのに生徒会に入れなかったとか……ホント残念ね~クスクス。あら、お友達二人は生徒会に入れてるし、一緒にいると貴女の所為でお二方の格が下がるっというものではなくて?」


それを聞いたティアネットは一瞬眉をピクピクッと動かすと、直ぐに笑顔を浮かべる。


「え~っとぉ、どちら様でしたっけ?ちょっと私、これといった特徴の無いあなたの事なんて覚えてなくてぇ~。ごめんなさいね?それに、殆ど関わりの無かったあなたがお二人の何を知っているというのですかぁ~?そもそも、お二人ともそんな程度の事で付き合い方を変えるような方ではありませんし。あなたなんかと違ってねッ!?」


ティアネットは普段通りの笑顔に見えるけど私にはわかる。絶対これ怒ってるやつじゃん!!


「……あんた達、朝からなにやってんのよ?」


声のした方を振り返ると、スリーズ達が頭に怒りマークを付けたような様相でツカツカとこちらに近寄ってくる。


「お~こわ。なんでもないですわ?ごめんあそばせ」


スリーズが睨みつけると、彼女はふっと鼻で笑う。


「あんたねえ!?」


そこにリザベルトが仲裁に入る。


「みんな……落ちついて……」

「生徒会役員のリザベルト様にそう言われたら仕方ないですね~。私達は退散しますわ~。うふふ」


そう言って彼女達は踵を返すとスタスタと歩き去って行く。


「ふんっ!」


サントノーレは彼女達の背に向けて下まぶたを引き下げ、赤い部分を出し、同時に舌を出して上下に高速で動かし侮辱する。


「学級が変わったのに嫌なヤツはいるものね?」


フェーヴは溜息を吐くとそう呟く。それを聞いて頷くティアネット。


私達がそんなことでティアネットを邪険にするはずないじゃない。なんなのよアイツ!


心のイライラが思わず顔に出てたのか、リザベルトが諭してくる。


「やめとこう……?ここで喧嘩しても……しょうがない……でしょ?……それよりも、早く……席につこう……授業……はじまるし……」


言われてハッとした私達は、いそいそとそれぞれの席に着きその後の授業を受けるのだった。


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