実技試験1
殺風景な岩山の中にそれはあった。
数年前にこの地域で大きな地震があったらしく、その結果今まで隠されていた秘密の門が露出し、最近になって地元の猟師によって発見される事になった。
その情報はすぐに王都へもたらされ調査団が派遣されたのが三ヶ月前である。
長期に渡る調査のために入り口から少し離れた周辺に医療天幕や何人もが同時に調理できる大きな野外調理場、地位の高い人向けに用意された宿泊施設、各種資材の保管倉庫が建ち並びそこで働く人々がいて、さながら小さな村のようになっていた。
宮廷魔導師団が設置した門はその施設の近くにあり、次々と生徒を吐き出している。
初日は第一日目に遺跡に入るグループと第3グループ。2日目は第二グループと第4グループ。3日目は第5グループ。門自体は帰還する生徒達もいるので1日目から5日目までフル稼働するらしい。
到着の報告が終わった生徒達は遺跡に興味深々で、入口の穴周辺にたむろしてきている。
私達の班は既に到着の報告を終わらせているので、私も他の生徒達と同じように入り口近くで見学をしていた。
彼方此方で、班の面子と挨拶したり呼び合う声が聞こえてくる。
「おはよう!昨日、ちゃんと眠れたー?」
「ドキドキしてなかなか寝付けなかったー!」
「私もー!班は別になったけど、お互い頑張ろうね!」
「そうね!頑張りましょう!」
ふふ。ライバルなのかしら、あの二人。
「アルメリー様、初めての門の体験は凄かったですね!?魔方陣に足を踏み入れたらふわふわした感じがして視界が真っ白になったと思ったらもうここに立ってて……」
「確かに凄い体験だったわね。乗り物酔いの酷い感覚があって、さっきまでちょっと身体がクラクラしてたけど……。もう大丈夫。ティアネット、あなたは身体なんとも無いの?」
「ええ、あー、そういえばそんな感覚あったような……でもすぐに消えましたね?リザベルト様はどうでした?」
「ええ……。私も、アルメリーと……同じ症状だった。……けど。もう、大丈夫……」
個人差があるのかしら?案外タフよね、この子。スリーズ達は臨時救護天幕で休んでるのに……。
「それにしても……街を出る時、……凄かった……大通りを……行列で行進……誇らしかった……ふふ」
「街の人があんなに大勢、大通りに出て来てくれて手を振ったり声援を送ってくれたりして。あんな体験、私初めてだったわ!」
「上級生も、総出で一緒に来てくれてましたね~。なんでも『門』を維持するための魔力提供に協力してくれるんだとか。皆さん儀礼用の制服でとてもかっこよかったですっ!」
「特に……馬に乗って……先頭を、行ってた……会長と……副会長。……素敵だった……」
「確かに!お二人とも凜として素晴らしかったわよね!」
思い返しても顔がにやけてくる。
「スリーズ様達、まだ起きれないんですかねー?」
「体調が回復するにはもう少し時間がかかるんじゃないかしら?個人差有るみたいだし」
洞窟入口前には教官が立ち、生徒が勝手に中に入らないように目を光らせている。
巨漢の大男でも余裕で入れる程の高さがある洞窟の入口左右に、それより少し低い高さの古代語が刻まれたオベリスクがニ柱たっており、その内の一本が中程で折れて無残な姿を晒している。
入り口の穴の中には下に降りる階段が見える。
暫くすると臨時救護天幕から足取りの重いスリーズ達が出てきて私達と合流した。
「待たせたな。スリーズ達も、もう大丈夫だそうだ」
「これはキャスパー様。それは良かったです」
教官達にも動きがあった。
「ブルー・ドゥ・ロワ班、フリュイ・ルージュ班、ヴェール・フォンセ班、ジョウンヌ・ドォール班、ローズ・ヴィフ班、こちらへ集合!」
教官から号令がかかる。
「呼ばれなかった班の班長はこちらへ!」
別の教官達が少し離れた所で声を張り上げる。バラバラと生徒の動きがある。
入り口前に呼ばれた五班が集合する。
「この階段を降りると底に魔方陣がある。まだ稼働する状態で残っており発動に必要なだけの魔力を注ぎ込むと魔方陣に刻まれた刻印が発光し術式が発動して遺跡に飛ばしてくれる仕組みだ。魔力を注ぎ込むのは班の内、誰でもいい。これならば将来に渡って遺跡内部への盗掘の被害や魔力を持たない者の侵入を拒める……よく考えられたモノだな」
教官が自身の主観から感想を述べる。
「おっとすまん、話がそれたな。ここに番号が書いてある巻物がある。各班の班長。好きなモノを選び給え」
教官が蝋で封をした羊皮紙の巻物を差し出してくる。
スリーズが取った巻物に書かれていた数字は『三』と書かれていた。
私達の順番は三番目ということだった。スリーズはその短い巻物をクルクルと巻いて懐に仕舞い込む。
二班目が階段を降りていき、少しして教官の指示があり私達の番になった。何百年も前につくられた階段を降りていく。
底に到着して上を見上げると、多分三階建ての建物と同じ位の高さに入り口の光が見える。底は平らに整えてあり魔法陣が床の岩肌に刻み込まれているのが見える。
魔法陣を挟んで反対側の教官から声がかかる。
「フリュイ・ルージュ班、魔法陣の中央へ!」
「「「はい!」」」
私達は魔法陣の中央にすすみ、班長のスリーズが床に手をつき魔力を注ぐ。
魔法陣に刻まれた何重もの刻印が内側から外縁に向けて順に段々と発光していき、視界が白く染まっていった……。
◇
気がつくと、辺りはうす暗いが、周囲は等間隔で魔法の灯りが灯っていてある程度は見える。部屋は円形で広さは魔法陣より二回りほど大きいようにみえる。
天井は高く、先の方は明かりが届いて無いため見えない。つららのような石柱がいくつも垂れ下がり、先程までいた場所とは違う事がはっきりとわかる。
床はある程度平らにならされており、通路が奥に続いている。それに沿うように等間隔で照明が設置してあり、歩くのには支障が無いと思う。
スリーズはすでに立ち上がっており私に声をかけてくる。
「アルメリー起きたのね。みんなを起こしてちょうだい」
「ええ、わかったわ」
一番近くに転がっている人から順に肩を揺らしたり、頬を軽く叩いて起こしていく。
全員が立ち上がると、スリーズが号令をかける。
「行くわよ!」
「スリーズ、ちょっと待って」
「なによ?」
何を優先するのかは決めておかないと。
「先へ進むのはいいとして、私達の班は何を優先するのか決めとかない?到着順位、宝箱、魔物討伐。皆はどれがいいと思う?」
「宝箱がいいと思う~!」
「あ、私もそれがいいー!」
サントノーレが言うと、ティアネットが賛同する。
「私は魔物討伐だ」
「では、私もキャスパー様と同じく討伐で」
スリーズはキャスパーに追従する。
「私は評価が高い順位がいいと思うわ」
「……私も、順位で……」
私とリザベルトは順位。見事に票が割れてしまった。
皆の視線がフェーヴに集中する。
「……みんな、そんなに見つめないでよ!えっと、えっとね……」
あっち向いたり、こっち向いたり、考えるポーズをとったりして、やっと彼女は口を開く。
「順位……かなぁ?三番目ならまだチャンスがあるんじゃないかなー。先に入った班と、そこまで時間的にも離れてないと思うのよね。急げば追いつけるハズよ?そのどちらかが宝箱を開ける事を重視する班なら、私達が真っ直ぐゴールを目指したら途中で追い越せるだろうし、その方が良いと思うのよね。順位の評価って高い訳だし」
「じゃぁ三票集まったので、ゴールを目指すことでいいわね?」
「なんだか悔しいけど仕方ないわね。その方針で行くわよ。みんな」
私達は奥へ続く道へ踏み出す。
◇
道を進んでゆく。自然にできた空洞に沿って道が整備されており、それがなだらかに下って行く。くねくねと曲がっているが今のところほぼ一本道。これといって隠れる場所も横道もないため、何かに不意打ちされる事も無さそう。
時折天井から滴る雫が首筋を濡らすこと以外、特に何事も無く下の階へと続く階段へ着いた。
そこに待機していた教官に巻物を出すように言われる。スリーズが巻物を差し出すと、教官は印を押して返してくれた。
「ここから先が本番だ。気をつけて行ってこい」
「「「はい!」」」
階段を降りると、周囲がブロックを積んだ人工的な物に変わり、遺跡感が出てきた。
暫く真っ直ぐ進むと正面は壁であり、左右に道が分かれている。
「確か昨日、紙を何枚か買ったわよね。ティアネットすぐ出せる?」
「あはい、確かここに……」
ティアネットが背負い袋の中から紙を二枚枚取り出す。
「リザベルト様、遺跡の地図を作ってもらえる?」
「……任せて」
「スリーズ様。私達はどちらに行くの?」
「ちょっとまって。キャスパー様どちらにいきましょう?」
「こういうのはだな……右手をずっと壁に付けて行けば、ゴールまで辿りつけると言う……何かの英雄潭で読んだぞ。つまり、右だ!」
「流石キャスパー様ですわ!皆さん、右へ行きますわよ!」
それからいくつかの分岐点を通り過ぎ、道中他の班にも会うことなく、また上の階のような自然のままの地肌の岩場の場所に出た。その先は照明が設置されていないため暗く、先はどうなってるか分からない。
「皆ちょっと待って!今、灯りをつけるから!」
フェーヴが自分の杖の先に魔法で『明り』を灯す。
「……ねぇ道を間違えたんじゃないの?一つ前の分岐へ戻って逆のほうに行ったほうがいいんじゃない?」
「待って先のほうで何か音がしたわ?」
「グゲゲ、グゴッ!」
「ナギッ!」
「グァ!」
明らかに人ではない声。しゃがれた咆哮と、足音が近づいてくる。
「囲め囲め魔力の盾よ 我が眼前の者に庇護を与え 外敵の魔手から護りたまえ」
リザベルトが誰に言われるまでもなく、魔法を詠唱し、キャスパーの身体が上から下まで輝いて、光が消える。
フェーヴが灯した明かりの先に、姿が見えてくる。
それは人の子供ほどの身の丈と、醜悪な外見で灰色の髪の毛とあごひげを生やし不揃な装備を身につけた人型の魔物がいた。
「ねぇ、あれゴブリンじゃないの?」
「あー確かにな。授業で習ったやつにそっくりだ」
言ってると、敵が駆け出し走って近づいてくる!
まだ距離がある。私は詠唱が間に合うと判断し、魔法を唱える。
「我は願う水よ出でよ 水よ氷の針と化し 目の前の敵を貫き給え!」
私が魔法の詠唱を始めると、近づく敵に動揺してたスリーズが、対抗心から恐怖を押し殺し詠唱を始める!
「我は願う 火よ出でよ 火球となりて 疾く走り 敵を燃やし給えッ!」
キャスパーは腰につけた剣を抜き、正面に構える。
魔法が発動し、短剣サイズの氷針と手のひら大の炎弾が敵めがけて飛んでいく。
ドスッ! 対象に突き刺さる重い音がして一体が倒れる。
「ゴブッ……」
火球がゴブリンに着弾すると顔全体にメラメラと炎が広がる。火を消そうとゴブリンは火をはたくが、そのくらいでは消えない。皮膚が焼け、苦しそうに藻掻く。表面を焼いていた炎が消えると炎を吸い込んでいたのか、口と鼻から黒い煙を吐き、倒れる。
キャスパーは叫びながら剣を振り上げ走って一気に距離を詰める!
「うおぉーーーッ!」
「ゴブッ!?」
逆に迫られたゴブリンは動揺し一瞬動きが止まり、その隙をつきキャスパーが思い切り剣を振り下ろし袈裟斬りにする。
「ギャッ!」
肩から深く斬り込まれ、ゴブリンはガクリと事切れる。
だが、そこへ奥からもう1体のゴブリンが槍を構え雄叫びを上げながら突撃してくる。
「グギャギャギャーッ!」
キャスパーは袈裟斬りにしたゴブリンの体から剣を抜こうとするが、深く食い込んでいる為なかなか抜けない。諦めて剣から手を離し、向かってくるゴブリンに向けて手をかざす。
「我は願う 風よ出でよ 我が前に集い収束し 敵を弾き飛ばし給え……吹き飛べ!」
キャスパーの掌の前で周囲の空気が圧縮され、ゴブリンに向け一気に解き放たれる!
ゴブリンは背後の岩肌に思い切り叩きつけられ、その衝撃で気絶する。
「……止めを、……刺さ、ないと」
「まて、私が刺そう」
ゴブリンの身体からやっとのことで剣を引き抜いたキャスパーが刺突の構えをする。
生き物の命を奪う行為は魔物とはいえ今回が初めて。しかも相手は気絶し、無防備な状態。卑怯では無いか?と言う思いがふとよぎる。
だが、いまやっておかないと、後から攻撃を受けて誰かが被害にあうかもしれない。
「フーッ!フーッ!」
荒々しく呼吸を繰り返し、自分を奮い立たせる。
足に力を込め、剣を突き出しゴブリンに向け突撃。
胸を突き刺し、緑色した血がドクドクとあふれ出て剣と握っている手甲を緑に染める。ゴブリンはガクリと頭が垂れ下がり、事切れる。
「ハーッ!ハーッ、ハー……」
形で息をするキャスパー。
「やりましたわ、キャスパー様!」
キャスパーは剣を鞘に納め短剣を取り出し、死骸から耳を削ぐ。
「あっ」
「ダメダメ、見たくない、イヤーッ!」
「教官も言っていただろう、申告する際に切り取った部位が必要だと。どうせ他には誰もできないんだろう?私がやるしかないではないか」
キャスパーは削いだ耳を懐の袋にしまう。
「あなた、良くあの瞬間に魔法を唱えられたわね?私、怖くて……貴女がいなければきっと詠唱が唱えられなかったわ」
「もう、後悔はしたく無いから。まだ距離があったし間に合うと判断したのよ」
「ふーん、戦った事がある口ぶりね」
「その時は守って貰うだけで私、何も出来なかったわ。あなたは初めての実戦にもかかわらず、魔法が唱えられたじゃない。私より凄いわ。それにリザベルト様も凄いわ」
「……そ、それほどでもありません事よ!おほほ」
「そうそう!誰より先に防御魔法を唱えていましたね!」
「……え、えへへ」
照れるリザベルトとスリーズ。
「ここから先は多分道が違うと思うわ。引き返しましょう?」
「そうね、そうしましょう。皆さん行くわよ」
そうこうしてるうちに二層にある下へ降りる階段へ到着する。待機してた教官に判を押してもらい、階段を降りる。
地下第三層に下り、通路を暫く進んでいると左側の部屋から音がした。こっそり扉の隙間から覗きみると前の班がいた。宝箱をあける直前みたいでにわかに盛り上がっている。私たちはその姿を横目に先を急ぐ。
ふっふっふ。やっと前の班に追いついた。これで私達の順位は二位にあがったわね!
しばらく行くと、また地肌が岩の部分に出た。道は一本道だから、ここを進むしかないようだ。
進んでゆくとモンスターの死骸があった。現在一位の班が倒したのだろう。その死骸を大型犬ぐらいのサイズをした大きなダンゴムシの様な甲殻虫が漁っている。
「一匹一匹は弱いらしいけど、こいつ集団で襲ってくるらしいわ。仲間を呼ばれると厄介よ?」
「三匹しかいないみたいね、まだ距離があるし、ここは私の魔法で……」
「待ってみんな一人一人ずつ狙って確実に仕留めましょう。私は一番左端を狙うわ。スリーズは真ん中を狙って。リザベルト様は防御魔法を、フェーヴはキャスパー様の武器に付与魔法をお願い、キャスパー様は警戒しつつ残った一体をお願いします」
「なんであなたが指示してんのよ。班長は私よ。まぁいいわ。次から私が命令するからね。じゃあ行くわよ!」
「我は願う 水よ出でよ 水よ氷の針と化し 目の前の敵を貫き給え!」
「我は願う 火よ出でよ 火球となりて 疾く走り 敵を燃やし給えッ!」
「囲め囲め魔力の盾よ 我が眼前の者に庇護を与え 外敵の魔手から護りたまえ」
「汝、敵を断つ剣 我が与える魔力の加護により己が身を研ぎ澄まし 鋭き刃となれ」
魔力の盾がキャスパーを包み、切れ味を上昇させる魔法が彼の剣に付与される。氷で出来た短剣サイズの氷針と手のひら大の炎弾が甲殻虫へ吸い込まれるように飛んでいく。
炎弾は甲殻虫の表面を覆う薄い粘液に引火して全身に燃え広がるが、表面を軽く焦がした程度で鎮火してしまった。
甲殻虫は鋭い牙を噛み合せ「ギチギチギチッ!」とこちらを威嚇し、自身の健在ぶりをアピールする。
私の放った氷針も傾斜して連なっている固い殻に『キンッ!』と甲高い音を発して弾かれてしまう。
キャスパーの上段から振り下ろした剣も甲殻の表面に軽く傷をつけた位で弾かれてしまった。
「えっ!?」
「なっ!?」
「くそッ!」
こちらが驚愕してる間に、甲殻虫はその大きさからは予想も出来ないほど俊敏に一瞬で身体を丸め、攻撃してきたキャスパーに対して突撃する!
「ぐはぁっ!!」
近距離で予想外の早さの反撃をもろに受けるキャスパー。かなりの質量を持った突撃を受け、衝撃で壁面の岩肌へ吹き飛ぶ。
「キャスパー様ッ!?誰か、アイツの弱点知らないの!?」
スリーズが金切り声をあげて叫ぶ。
私の魔法が効かず、無事だった甲殻虫も身体を丸めキャスパーを狙う。
炙られた甲殻虫は警戒して「キチチ……」と様子を見ている。
二体の甲殻虫は順番に突撃した後、後退しては質量に任せた体当たりをするという攻撃を繰り返している。
さすがに二体で来られると片方にしか対応出来ず、防御姿勢のまま嬲られているキャスパー。
「ぐっ!がはっ!」
はっ!そう言えば勉強会の時、読んだ本の中の一冊にこいつの特徴が書いてあったわ!?
「この魔物は、確か腹部が柔らかいハズ!何とかして転がせられないかしら!?」
「そう言うことなら任せなさーい!」
サントノーレが胸を張って宣言する。
「我は願う 土よ出でよ 地より壁を励起し 敵より守り給え!」
キャスパーの足元の地面がボコボコと急に膝ぐらいまで励起する。
甲殻虫はバランスを崩して二体共ひっくり返る。沢山生えている脚をカサカサと動かして必死に姿勢を元に戻そうとする。
私は露出した甲殻虫の腹部を狙って魔法を唱える。
キャスパーは落とした剣を拾いあげ、甲殻虫の腹を思いっきり突き刺す。
氷の針が甲殻虫の腹へ吸い込まれるように飛んで深々と突き刺さり、傷口から青黒い体液があふれ出し暫くカサカサと動いていたがやがてそれも止まる。キャスパーの刺した甲殻虫も体液を流出させ、ピクピクと痙攣してやがて動きが止まる。
「あと一匹よ!」
警戒して様子を見ていた甲殻虫は「ギギッ!?」と鳴き、逃走を始める。
「サントノーレ!」
「まかされたー!」
「我は願う 土よ出でよ 地より壁を励起し 敵より守り給え!」
甲殻虫の足元の地面がボコボコと励起する。それを回避できずそのままバランスを崩し、ひっくり返る甲殻虫。
「我は願う 火よ出でよ! 火球となりて 疾く走り 敵を燃やし給えッ!」
怒りで威力が増したのか、発現した炎弾の大きさが先程に比べ二回りほど大きい。沢山の脚をカサカサ動かしている甲殻虫の腹に向けて放つ!
「燃え尽きてしまいなさい!」
腹部の脚と脚の間に生えている繊毛に引火し、燃え上がり、全身に火が回る。
「ギエエエッ!!」
炎に包まれた中で甲殻虫は脚を盛んに動かすが、火は消えないどころか火球が大きい分、今までより長く燃えている。じきにそいつは動かなくなり、プスプス……という音と共に黒い煙を上げ燃え尽きた。
「いてて……」
「キャスパー様、これをお飲み下さい。私が作った回復薬です」
「助かる」
キャスパーは瓶の栓を開け、一気に飲み干す。
「これは意外と飲みやすいな」
「教官方が授業で作られる一般的なモノはマズ……いえ、飲みづらいじゃないですか?昨日アルメリー様とリザベルト様と一緒に飲みやすいように色々と調合を試行錯誤して試飲など協力してもらい良い物ができたと思います!自信作です」
「体の中で、力が漲るような感じがするぞ!」
「キャスパー様、お体は大丈夫ですか?」
「あー、リザベルト様の防御魔法があったからな、思ったほどダメージはなかった。そのダメージもティアネットのくれたポーションでほぼ回復した感じだ。ほら、顔の傷も治ってきてるだろ?もう大丈夫だ」
キャスパーを見つめていたスリーズが相好を崩す。
「少しだけ手こずったが、ゴブリンや甲殻虫といった遺跡の中の魔物は雑魚ばっかりだな。ハハハ!」
「キャスパー様が強いんじゃないんですか?ふふふ」
「リザベルト様、ティアネット。二人と頑張った勉強会で読んだ本が役に立ったわ!」
「やりましたね!」
「そう……、それは……よかった。ふふ」
笑顔を返してくる二人。
「急げば一位の班に追いつけるかもしれないねー」
「あなたもそう思うよね?サントノーレ」
フェーヴが杖の先に明かりの魔法をかけ直しながら彼女に同意する。
「いくわよ。みんな」
休みなしで歩きづめだから本当は少し休憩したい。けど、もう少しで一位が手に届きそうなのだ。私達は二度の戦闘で疲れた体にムチ打って先を進む。
突き当たりにドアがあり、それが開放されている。ドアの奥には宝箱が見える。まだ開いてないみたいだ。
「宝箱があるわよ。どうする?」
「どうする、ってこれきっと私達の到着を遅らせる一位の班の罠よ!?」
「迷うわね。私たちだって1つぐらい開けてもいいんじゃないの?」
「次の班なら確実に開けるわ」
「1つぐらいなら……そんな時間かからないよ」
目の前に未開封の宝箱があるという事実は相当皆の物欲を揺さぶり、私の意見は結局通らなかった。
「罠とかないわよね?」
「学院が置いてくれてるものだったら罠なんてないんじゃないの?」
「じゃぁ私が開けるー!」
「我が魔力の手よ この鍵を走査し その構造を詳らかに解き明かし 我にその解を与え給え」
暫くサントノーレは宝箱の鍵に触れたまま身体一つ動かさず、その目だけ動く。
「よし、構造がわかったわー」
「無数の閂よ 乱されたその座 我が導きに従い 正しく有るべき座へと その身を戻し給え」
皆が黙ってその様子を見つめていると、
カチ、キリキリ、カチカチ、カチ……カチャリ。
と鍵から音がしてサントノーレは「ふー……」と息を吐き手を離す。
「あんたはそういう系の魔法は習得するの得意よねー」
フェーヴはお手上げのジェスチャーをしてサントノーレをからかう。
宝箱を開けると中には弓と矢が入っていた。
「弓と矢?かなり良い品みたいだけど……」
「誰か使えますか?」
見回すと、ティアネットが小さく手を上げている。
「実を言うと、剣や槍より得意です。父には苦笑されましたが。あはは……」
「では、あなたが持つといいわ」
「分かりました、では預かっておきますね」
そのままそのまましばらく進むと、地下に降りる階段と教官、そしてすでにそこへ着いた班がいた。生徒会のパーティーだ。
「ふふふ残念だったね君達。1位は私達がいただいたよ。ははっ!」
「悔しいですわ!」
「さぁ、印を押してやろう」
二番目の印である印を押してもらい、帰路に着いた。
帰り道、宝箱を探しつつどうせだからと遺跡の地図を埋めるために他のルートを通ってみたが、宝箱の中身は全てからっぽだった。
帰り道は、魔物に出会うこともなく、すんなりと地上に出ることができた。
遺跡から戻り、入り口から出て外の空気を胸一杯に吸い込む。
天気は曇りに変わっていた。




