班組
予鈴が鳴り、全員が着席して教室に教官が入室し、朝礼がはじまる。
「起立、礼。おはようございます」
「おはよう諸君、今日は実技試験について話そう。この試験は君たちの『即応性、計画性、実戦力』を計るために行うものだ。君達には初めての郊外学習となる」
教官が教壇に立ち、皆に話し始める。
ざわざわ……。
「王都の外に出るのか!?」
「どこに行くんだろう……」
「そこ、私語は慎むように」
教官のその一言で生徒達は黙りこむ。
「毎年、実技試験は違う内容が行われる。今年の実技試験は遺跡の探索だ。だが、個人で探索させたのでは時間がいくら合っても足りない。そこで下級生全員に集団を作って貰う。これは下級生全ての教室で、他の教官達が同じ事を伝えている筈だ。いいか、今日中に一集団辺り五~七人の班を作れ。班が組めた所から申請に来たまえ。申請が済んだら今日中に必要だと思われる物を用意しろ。ここまでで何か質問のある者はいるか?」
生徒の一人が手を上げ、教官がその子を指名する。
「あの、必要と思う物を入手するために学院から外出しても?」
「学院からの外出も許可する。また必要なら、班単位で学院に借り入れの申請が可能だ。だが注意することだ。借り入れをした場合、返済が終わるまでその班は解散を認めない事とする」
生徒の数人が手を挙げる。教官がその内の1人を指名する。
「試験の内容が分からないと必要だと思う物も分からないのですが」
「当然の質問だな。試験内容は至って単純。新学期直前に発見されたばかりの遺跡の探索だ。すでに騎士団や魔導師団が先行して一通り罠や怪物等、脅威の除去と一通りの調査が終わって一応の安全は確保された。だが、何処からか沸いているのか未発見の道筋から入って来ているのか分からないが、上層階ではゴブリン等の亜人種や多少の魔物の目撃例が未だに報告されている」
生徒達が次々と手を挙げる。教官がその内の1人を指名する。
「そいつら、倒せるなら倒してしまってもかまわないんでしょう?」
「ああ、構わない。だが上層階で目撃されている魔物はそれほど強くないとはいえ、無謀な行動や突撃は勇気とは言わん。無理をする必要はない。引き際を見定めるのもまた才能だ」
「試験中に倒した魔物から剥ぎ取った素材はどうなりますか?」
「え、やだ剥ぎ取るの?気持ち悪い……」
「魔物に関する授業で習っただろう?いい素材なら高く売れるかもしれないんだぜ?」
教官はわざとらしく咳をする。
「えー、それは班のモノだ。話合って分配方法を決めるといい。また試験のため、学院が遺跡の中に宝箱をいくつか設置している。試験中は中身を毎日補充する。これは早い者勝ちだ。見つけた班は宝箱の中身を好きにしてよい。君達には役に立つ物が入っているだろう。また他に遺跡の中で入手したモノは学院が買い取りも行っている。借り入れをした班はそれで早めに返済を済ますのが良いだろう。こちらの想定より早く返済できれば計画性を評価し、加点をしてやろう」
ガッツポーズする者、にやける者、魔物が出ると聞いて怯える者。生徒によって反応は様々だった。
「遺跡までは遠い。王都から馬車で何日もかかるそうだ。下級生全員ともなるとその輸送手段の確保や移動時間など色々な問題が浮上したため急遽、別の移動手段が検討され交渉の結果、街壁の外に宮廷魔導師団が遺跡調査用に設置した門魔法陣を彼らの好意で使わせて貰えることになった。明朝一の鐘で学院の門前に集合し、全員で街壁外の門魔法陣へ向かう。門魔法陣は一般国民には禁呪扱いの秘術、軍事的用途に使われる我が国の重要な魔法技術である。下級生全員ともなれば魔法陣の発動、維持に掛かる魔力も膨大になる。彼らの好意で使わせて貰う以上、遅刻など身勝手な行動は許されない!遅刻者の為にわざわざ門を開けて貰えると思うな!遺跡に行けないものだと思え!」
教官は教室の生徒を隅から隅まで見渡し、睨みを利かせる。
「……遺跡に入るのは一日辺り五、六班程度、計5日間を予定している。上層の地下三階に到達すべき目標点を設けている。そこにいる教官から印を貰い、遺跡の入り口に帰還するまでの道中で得点の合計を競って貰う。加点対象は次の三つ。一.目標点への到着順位、二.宝箱の中身の収拾、三.魔物の討伐数、である。遺跡に入れない残りの班は遺跡周辺での野外訓練だ。これも評価の対象になるのでしっかり取り組むように。実技試験の結果は五段階評価で行う。試験結果によって後期の学級分けが決まる。より良い結果が残せるよう、班のバランスを良く考えるように。上級生に頼むのは禁止とする。誰と組むかは自由だ。他の組の者と組んでも良い。解散!」
早速、クラスの中で話し合う者、廊下に出て他のクラスの有望そうな子をスカウトに行く者、おろおろしながら声がかかるのを待つ者など、様々である。
さぁ、私も外にでてリザベルトとティアネットを班に迎えにいかないと。
廊下に出ると、他の教室も教官の話が終わったのか、すでにかなりの人がごった返していた。
「あ、アルメリー様ぁ〜!」
元気な声を上げてティアネットが駆け寄ってくる。私も手を振って応える。
ティアネットが近づくなり手を握りしめて言う。
「一緒の班になりましょう!」
「ええ、元からそのつもりよ?後はリザベルトを誘わないとね?」
「ですね!」
暫く歩く。……重い。
「いい加減、手を離しなさいよ、ねえティアネットさん?」
「アルメリー様の手、すべすべで私の手が離れたくないって……はぁはぁ……」
ティアネットに拳骨をお見舞いする。
「いったぁーい!」
両手で頭を押さえるティアネット。
気を取り直してリザベルトの教室は……と。
彼女の教室の方へ近づいていくと目的の教室の前に少し人が集まっていた。
「……あなた、たしか防御系の魔法が得意だったわよね?なら、もし戦闘になったらとても頼もしいわ。それに同じサロンの仲間でしょう?だったら何も問題ないわよね?うふふ。私達と班を組みましょう?ね?」
「すみ……ません。私……あなた方、とは……一緒に……行け……ません……」
え?何!?リザベルトが他の班へ誘われてる?
「すみません、ちょっと通して下さい!」
野次馬を掻き分けてすすんで行く。
人の壁を越えると、同じサロンの下級生の顔ぶれが数人、リザベルトを囲んでいた。
「リザベルト様、大丈夫!?」
「……あっ……アルメリー……!」
「あらあらあらあら。これはアルメリー様、ご機嫌よう」
「ごきげんよう、皆様」
お互いにカーテシーを交わす。
「それで、一体何事ですか?」
「私達は同じサロンのよしみで、彼女を私達の班に誘っていただけですわ?こういう事は早い者勝ちですもんね?」
「いえ、それこそ本人の意志が大事では?」
「リザベルト様、私達の中には火属性が得意な子もいますから魔法の火力も強いですし、魔物が出てもきっと楽に試験がすすめられますわ。ね?班に入って下さらない?」
彼女達は、にこにこと謎の自信に裏打ちされた笑顔でリザベルトを勧誘する。
私はリザベルトの方へ向きなおり、彼女に問う。
「リザベルト様、あなたはこの人達の班に誘われていますが……、入る意志はありますか?」
あえて他人行儀に、彼女達にも声が届くように明確に聞く。
リザベルトは首をフルフルと振り、
「私、……貴女と一緒が……いい……から……」
こちらをまっすぐに見て、彼女達の班に入る意志がない事を伝える。安心させるように彼女の肩に手を置いて頷き、彼女達の方へ向く。
「この通りリザベルト様はあなた方の班に入る意志がないようです。すみませんが、他の方を当たっていただけないでしょうか?」
「……くっ!屈辱だわ!」
「せっかく私達が誘ってあげたのに、憶えてなさい!」
「後悔するといいのだわ!」
捨て台詞を吐き、彼女達は踵を返し去っていく。野次馬のように集まっていた生徒たちもばらばらと離れていく。
暫くすると廊下に誘ったり誘われたりと賑やかな喧騒が戻り、彼女達の姿が見えなくなった頃改めて誘う。
「お嬢様、私達の班に入っていただけないでしょうか?」
ちょっと戯けた風にカーテシーをして片手を伸ばし彼女を誘う。
リザベルトは左手を頬に軽く添え、少し上気した満面の笑みを浮かべて、差し出された手を軽く取り返答する。
「……喜んで」
これで三人揃ったわね。回復、防御、火力。明らかに後衛ばっかりね……。実際、魔物に襲われたら普段通り魔法が発動出来るかしら……?この前のあの時だって魔法が使えなかった。次こそはきっと使ってみせる……。そのためには盾役の人が欲しいけど……。他の二人にも班の面子、希望聞いてみようかな。
「あの人達が、同じサロンの方々ですか……。アルメリー様も大変ですね」
「……サロンではいい人達なのよ?多分」
あの人達、この前の『フルールの庭園』にはいなかったわよね……。
「それでなんだけど、二人は班にどんな人が欲しい?」
「やっぱり肉の盾が必要なんじゃないですか~?魔法の詠唱中は無防備ですし」
「……アルメリーだけ……では……魔法の火力が……不足すると……思うの……。もう一人、いれば……交代できる……し、……班の戦力が……安定すると……思う」
「ティアネット。肉の盾って……あなた、騎士の家柄でしょう?前衛もできるんじゃないの?」
「いや、まあ、父からはしごかれてたのでそこそこ剣は使えますが……。やっぱり痛いのって嫌じゃないですか、てへへ……」
「……。ま、まあ前衛の人は欲しいわねー。私が声をかけられる下級生の男子はピエロ君ぐらいだけど、彼はどちらかと言えば後衛だったと思うし……。他に知ってるとすれば生徒会の人達?でも、あの人達は人気あるし引っ張りだこだから無理よね。そうだわ!セドリック様に声をかけてみたら?リザベルト様」
「セドリック様は……生徒会の人と……組む、だろう……から……」
「うん、ごめん諦めよう。あはは……」
「どこか募集してるところへ声かけてみます?」
「そうねえ……」
三人とも良い案が浮かばず考えこんでいると、背後から声がかかる。
「やっぱりここにいた。探したわよ?」
「私の言った通りでしょうー?」
「あなた、さっきまで違うこと言ってたじゃない、サントノーレ」
「この学級が目的地か?」
振り向くとそこには例の三人組と彼がいた。
「どうせ貴女達、いつもの三人から班の人数増えてないんでしょう?」
「え?ま、まあそうだけど……」
「私達と一緒に組まない?あなたたち三人と私達四人。あわせればちょうど七人。どう?」
「どう、と言われても……あなた達なら他の級友でも簡単に誘えたのでは?」
「スリーズ様が他の子を威嚇して勧誘が上手くいかなかったのよ……」
「キャスパー様を取られるとでも思ったのかしらー。ねー?フェーヴ様」
スリーズがサントノーレをキッ!と睨み、サントノーレはサッっと横を向いて口笛を吹いてごまかす。
「そのー、ほんとに……?スリーズ達が私達と一緒に?嫌じゃない?大丈夫?」
ちょっともじもじとして恥ずかしそうに頬を染め、暫く黙っていたが決心したのか彼女は口を開く。
「まぁ、貴女とは色々あったけど……。この前は、その、ありがとう。感謝してるんだからねっ!?それにアレは借りよ借り。私、借りを作ったままでいるのは性に合わないの。だから借りを返しに来たのよ。こんなの、今回だけなんだからね!?」
「スリーズ様はあなたが班を組めなくて困ってるんじゃないかと心配してたの。でも、『もしかしたらあなたを入れてもいいという奇特な人達と組んで班を作ってしまうのでは?やっぱり早く見つけないと……』という普段見れないちょっと焦ったスリーズ様が見れて良かったわ。それはもう可愛いくて可愛いくて。ふふ……」
恥ずかしさから顔を真っ赤にして叫ぶ。
「フェーヴ!!あ、あな、あなたね!」
私はポカーンとした表情でスリーズを見る。
「ただ、私は借りを返したかっただけなんだからね!?あっ、あなたも早く街へでて準備が出来る方が良いでしょう!?」
そこへティアネットが助け船を出してくれた。
「アルメリー様、スリーズ様方の班の役割だけでも聞いてみましょうよ?私達の不足してる所を補うことが出来るかも?」
「確かにそれもそうね……。では、スリーズ様。そちらの役割を教えて貰えますか?」
「私達の班と言えばまずはキャスパー様ね。風属性の魔法で空気の壁を対象に当てて吹き飛ばしたり、自身に当てて普通の人より遠くまで跳躍出来る、と伺ってますわ。それにキャスパー様の剣の腕は確かよ。私、お屋敷で年配の誰かと稽古をされているのを見ましたもの」
「スリーズ……ま、まあな。剣術は貴族として当然の嗜みだからな」
なぜか、スリーズが得意げである。
「そして私、あなたも知っての通り火属性の魔法が得意ですの。私の手に掛かれば魔物なんかすぐに燃やし尽くして差し上げますわ!」
……たしかに前、彼女が火球を使って脅してきたこともあったわね。
次に、フェーヴに手を向け紹介する。
「彼女、フェーヴは四大属性系の魔法ではなく、魔力付与が得意なのですわ。一時的に武器や防具に魔力を付与して、耐久度や攻撃力、防御力などをあげる事ができますわ。明日行く遺跡に出るという魔物に対してもかなり有効だと思いますわ。それから彼女……」
サントノーレに手を向け紹介する。
「サントノーレは土属性の魔法が得意ですの。今は石礫を飛ばしたり、足元に硬めの土壁を盛り上げて不意打ちで対象を転ばせるくらいですが、きっと成長の暁には大の大人くらいの岩の塊を飛ばしたり、瞬時に人の背丈ほどの石壁を地面から生やして敵の攻撃から味方を守るような頼もしい術者になりますわ!」
その紹介にサントノーレはドヤ顔である。
魔法火力と前衛の男子。うん、たしかにバランスはいいわね……。それにキャスパーは彼女が出来たばかりだから他の子には迫らないわよね?
「リザベルト様、ティアネット、二人はどう思う?」
「アルメリーが、……いいなら……」
「私はいいと思います~!」
軋轢があったこの三人とも、あの合コン以来、明らかに向こうの態度が変わって、特にスリーズがもはやツンデレになっている。ここまで軟化したならもう被害を受ける事はないと思っていいのかな?それに試験はもう始まっているし、教官は即応力がどうのと言ってた気がする。これは渡りに船。二人とも賛成の様だし、ここは了承すべきね。
「分かったわ。一緒に班を組みましょう。それで、私達の方の紹介はいる?」
「一応聞いておいてあげるわ。あ、ティアネットは騎士の家の出だし、前衛よね?」
「痛いのは嫌なので、出来れば後方で支援に回りたいです」
「何言ってるの!あなたには家の誇りとか無いの!?ガチガチに装備を固めてきなさい!」
「ひゃいっ!?」
「スリーズ。その位にしといてやれ。前衛は私が担当する。それでいいだろう?ティアネット。代わりに殿を頼めるか?」
「そのくらいなら……やってみます」
コホン。
わざとらしく咳をして、注目をこちらに集める。
「えー、ティアネットは他にポーション等を作る才能があるの。彼女の作る薬は貴重な回復源になるわ。これは他の班にはない有利な点になるわ。私達も作るのを手伝うし、一日あればある程度の数が用意できるんじゃないかしら?」
「確かに回復系魔法って、土属性か水属性の中級以上にしかないと授業で聞いているし、何よりまだ中級魔法は授業で習ってないから下級生には使えないものね」
「神聖魔法なら最初に覚える回復魔法もあるみたいだけど、神殿の神官ぐらいしか神聖魔法使えないしねー。治療室の治癒術師の人って神殿から出向してる神官なんでしょー?」
そうだったんだ……確かに神官っぽいイメージの服装だったわね。
「次に私ね。私は氷属性の魔法が使えるわ。氷の針で相手を攻撃したり、身体の一部や床を凍らせて対象の動きを制限させることができるわ。そして彼女、リザベルト様は四大属性系魔法ではなく、防御に特化した魔法が得意で、対象が一人の強固な対物理魔法障壁や、彼女を中心にした数人程度の範囲を護る対魔法用結界が使えます。結界の方は固定範囲なので結界から出てしまうとその護りの庇護が受けれなくなるの」
「流石はリザベルト様ね。シャルール家のご令嬢と言うだけありますわ」
「この面子、もしかしてかなり安定性が良いのでは?」
フェーヴが感心したように呟く。
「あとは班の班長を決めないとね?元々人数が多い私達の方が権利あるわよね!?私はキャスパー様がいいと思うわ!」
「いや、俺は遠慮する。色々と面倒くさそうだからな。だからスリーズ、お前がやるといい」
「そうなのですか?なら僭越ながら私がこの班の班長を務めさせていただきますわ。おほほ。そちらもそれでよろしくて?」
一応、念の為に釘を刺しておかないと。
「教官は危険はあまり無いって言ってたけど、班を危険にさらすような無茶な命令や行動は控えてね?」
「なら、そちらの誰かが副班長になって私の歯止め役になれば良いのですわ」
頷き、リザベルトの方へ向く。
「リザベルト様、副班長如何ですか?」
「私、喋るの……苦手だし……、戦闘に……なったら……指示が……きっと……間に合わない……。だから……アルメリー……お願い……」
「わかったわ。では、私が副班長をさせていただきます。反対意見のある方はいますか?」
一同を見回す。みんな頷いたり、親指を立てる仕草をしたりして反対する人はいなさそうだ。
「では、申請に行きますわ。皆様ついていらして♪」
教室に戻ると教壇に教官が待機していた。
「おっ、キャスパーではないか。ほほう、班はお前以外全員女子か。他の男子生徒の羨望の的になるな。……それでこの中の誰を狙ってるんだ?」
「からかわないで下さい」
「すまん、すまん。ははは!」
「教官、班が組めたので申請にまいりましたわ」
ちょっとイラッとした口調でスリーズが割って入る。
「おお、早かったな。喜べ、お前達の班はこの学級で二番目の申請だぞ。で、誰が班長だ?」
「それはこの私です!」
ドヤ顔で胸を張って答えるスリーズ。
「ほう、キャスパーじゃないのか」
教官は班の顔ぶれを見回し、
「これは意外な組み合わせだな?アルメリーとはあまり仲が良くないと小耳に挟んでいたのだが、班を組んだのだな?」
「昨日の敵はなんとやらですわ。教官」
「そうか。仲直りしたのなら大いに結構!副班長は誰だ?」
「私です」
「なるほど。アルメリーか。スリーズは危なっかしい所があるからしっかり手綱を握っておけ。頼むぞ?」
「わかりました」
「なんですの!?その私の評価は!もう!」
「ははは!許せ。ではお前達の班は『フリュイ・ルージュ』班だ。試験中は班名で呼ぶ事も多いだろう。覚えておけ」
「「「はい!」」」
教官は手に持った書類挟みに何かを書き込んでいた。そして教壇の上に積んである羊皮紙を一枚差し出してくる。
「ではこの用紙に各自名前と必要事項を記入して提出しろ。それが終われば自由行動だ」
その後、全員が申請書に書き終わり、試験に関する幾つかの注意事項を聴いて申請は終わった。
「準備のための自由行動だ。街へ出ても良いが、くれぐれも羽目を外すなよ?これも授業の一環だからな」
「「「わかりました!」」」
班全員で揃って教官へ挨拶をし、私達は街へ繰り出すのであった。
◇
「班で行動と言ってもそれぞれ必要なものは違うじゃない?だから皆、ここからは別れて行動しましょう?」
繁華街の入り口辺りで、先頭を歩いていたスリーズが突然言い出した。
「……確かにそうね。後で合流すれば良いだけだしね。三時頃を知らせる神殿の鐘の音が聞こえたら、ここに集合でいいかしら?」
「いいんじゃないかしら?さ、あちらのお店へ行きましょうキャスパー様」
これには当のキャスパーも苦笑い。サントノーレとフェーヴはスリーズの後ろからゴメンネとジェスチャーを送ってきている。
たしかに別れて用事を済ませた方が効率もいいし、皆も概ね賛成みたいだから特に反対する必要は無いわね。スリーズに至っては自身が班長である事を忘れて、早くお店へ行きたくて仕方が無いみたい。仕方ないから副班長の私が号令をかける。
「では皆さん、教官も言ってた通り羽目を外さない様にね。解散!」
スリーズ達四人は先程目を付けていた店に突撃していく。
「私達も行きましょうか」
「……ええ」
「はい!」
歩きながら何が必要か話していると遺跡探索より、野外訓練の方が期間が長くなりそうなので、先にそちらに必要な物を揃えることになった。
「教官の話だと、天幕と毛布、食料や食器は現地で支給してくれるみたいな話だったけど、それ以外って何が必要かしら?」
「野外訓練っていうぐらいですから、キャンプみたいな事をやるんですかね?なら、虫除けとか?夜は灯りとか要りますよね?水筒や、着替え、外套とか。火はスリーズ様がいますから心配無いとして……」
「ティアネット、さん……キャンプって……何かしら……」
「えーと、あの……。そ、そう!昔、家によられた旅の吟遊詩人の方から聞いた話なのですが、泊まれる町や村が無い時はあの人達って野宿されるらしいんですよ。動物の皮や厚手の布、ロープと木を使って上手い事簡易天幕を作って、火を熾して……星空の下で食事したり……。誰にも邪魔されず 自由でなんというか……救われてなきゃダメらしいんです。独りで静かで……。そんな一連のことを言うらしいです。多分そんな感じだった気がします、うろ覚えですけど……」
上手くボカしたわね!と思わず心の中でガッツポーズ。ティアネットに向けてウィンクとこっそりサムズアップする。
彼女の顔がパアッと輝く。
「虫除けは必要な薬草がそろえれば自分がつくれますが、呪符の方がいいですか?」
「嵩張らないし、そっちの方が良いかな?」
「……それ、私に……作らせて……一枚で半日……保つモノを……目指して……頑張る、わ」
「リザベルトは字が綺麗だものね!じゃ、呪符制作はリザベルトにお願いするわね!」
流石の王都にも、ホームセンターみたいな大規模店舗は無いので歩きつつ相談しながら、雑貨を取り扱っているお店や服屋などを何軒か梯子する。
歩いていると向こうから生徒会の二人と偶然出会う。
「生ヴィルノー様、生マルストン様!」
「生って付けるのやめなさいよ、もう」
「だって~!」
ティアネットを優しく嗜めると、彼らに向き直ってカーテシーをする。
「ヴィルノー様、マルストン様、ご機嫌よう」
「これはリザベルト嬢、アルメリー嬢、と、そちらは?」
「ティアネットと申します。お見知り置きを。ふふ」
「生徒会執行部のヴィルノーだ。よろしく頼む」
「ぼくは生徒会会計のマルストンです。よろしく!」
「貴女とこんな所で会うのは奇遇ですね。準備は進んでいますか?」
「私達も先程来たばかりで準備の方はこれからですね。ヴィルノー様方はお二人のようですが、他はどなたと組まれたのですか?」
「いつもの生徒会の面子だね。断るのが大変そうだと思ったから、事前に生徒会の面子で組もうって話をして決めてたからね。教官の話が終わった後すぐに『是非一緒に!』って、やっぱり殺到してね。『生徒会の面子で班を組む約束してるんだ、ごめんね』って断って切り抜けてきたんだ。はははっ。マルストンももみくちゃにされてたよな。ははは」
「そ、そうなんですね。生徒会の皆さんは大変ですね……。あ、他の方々がいらっしゃらない様ですが、別れて行動されてるのですか?」
「ああ、そうなんだ。テオドルフは面倒くさがって準備は自分たちに丸投げさ。セドリックは何か調べ物があるとかで……。会長と副会長、姉は上級生だからね、今回は参加できない。フェルロッテは執行部の二人を連れて自由行動してるかな。個人的には誘いたい人もいたんだが……」
言葉と共にヴィルノーは私に熱のこもった意味深な視線を投げかけてきた気がした。
「そうだ、ねえ?よかったらこの後一緒にお昼でもどう?ぼくが奢るよ!」
「アルメリー様、ヴィルノー様とマルストン様とお昼ですよ!奢りですよ!?ぜひ行きます、行きますよね!?」
「ティアネットったらもう!リザベルト様はどうですか?」
「……彼女が、とても……行きたそう……だし……大勢で……食べるのは……きっと……楽しいわ……」
「では、お店が混まないうちに早めにお昼にしますか」
「はーい!」
◇
近くの美味しそうな店に入って各々が好きなものを頼み昼食に舌鼓をうち、食べ終わる頃に食後の紅茶が運ばれてきた。
「ねえティアネット。そう言えば、ポーションの瓶とかはどうしてるの?」
「学院の購買で、空の瓶が1瓶辺り十フォイユ銅貨で購入できるのですが、洗って返却すればお金が返ってくるんです。私は家からの仕送りが少ないので、この学院の制度はすっごく助かってるんです。割ったり紛失したら返って来ませんけど。てへへ」
「そんな感じの仕組みになってるんだ?じゃ、ここで瓶を買う必要ないのね?結構荷物が重くなったり、嵩張るんじゃないかと心配してたのよ」
「ええ、大丈夫です。それに先程寄ったお店でちらっと値段見たのですが、ここら辺で空の瓶を買うと価格が十倍もするんでビックリしました!」
そこへマルストンが話しかけてきた。
「もし良ければ、是非ウチの商会も使って下さい。色々と取りそろえております。アルメリー様のご友人とあらば、特別割引もしますので……」
「本当ですか!?では、素材のこれとアレ、それとあれとかも有ります?」
「それはですね、ええ確か……」
マルストンとティアネットの会話が盛り上がったのを見ていたら、ヴィルノーが話し掛けてきた。
「貴女が歴史の授業を熱心に受けていると小耳に挟んだので、興味ありそうな話があるんですが……」
「なんでしょう?」
「リリアナ教官は知っていますか?」
「ええ、地理とか歴史を担当されてる背の低い可愛らしい教官の方ですよね?」
「ええ、そうです。今回の試験は遺跡探索ですが、その遺跡を発見したのは彼女の叔父にあたるバルナルド教授と、その調査団だそうです。彼は宮廷魔導師団第三隊隊長を引退後に博士号を取得して『勇者と魔王とその眷属』に関連する各地での遺跡調査を長らく続けた結果、研究の第一人者となり、活動が認められ国からの支援を受けて調査団を作り、今回の発見に至ったそうです。調査団の調べによると、今回探索する遺跡はエドゥアール王朝末期に魔王を信奉する邪教徒達が建立した地下神殿だそうです」
「エドゥアール王朝といえば、この前授業で習いました。かつて魔王を倒した勇者が建国した王国で、約千年ほど昔にこの地一体を治め栄えていたという国ですね?」
「そうです。よく勉強されてますね」
「ありがとうございます」
「話を戻しますが、下層に十眷族のかなり大きな像が建っていたらしいのですが、地震の影響か損壊が激しいらしく誰を祀っていたのかはまだ特定出来てないそうです」
「そうなんですか」
前の世界でやりたかった遺跡のフィールドワーク。この世界でも歴史の授業は興味深かった。その古い遺跡が盗掘に遭ってない状態で見つかったわけで、楽しみでないはずが無い。というか私も調査に参加したかった……。
「あの、もっと詳しく聞けますか?」
「すみません、私が知っているのはこの位で……。今度、リリアナ教官へ貴女が教授に会えるよう計らってみます」
「ありがとうございます!」
彼に対してペコリとお辞儀する。
「よければこの後は是非ウチの商会へお寄り下さい。案内しますので」
「アルメリー様、マルストン様が安くしてくれるんですって!結構品揃えも豊富だそうですし、行ってもいいですか?」
「ではこの後そちらへ行きましょうか。リザベルト様もそれでいいですか?」
リザベルトはコクコクと頷く。
「よろしくお願いします。マルストン様!」
「ええ、よろしくです。ではぼくは支払いを済ませてきますので、外で待っていて下さいね」
その後、マルストンの商会へ行きビックリした。他の個人商店の敷地面積が何倍もある広さの店舗を構えており、彼の言っていた通り品揃えも豊富で、彼の紹介で色々と割引してもらったティアネットはホクホク顔。予定の時間までまだ余裕があったので私達も残りの買い物をゆっくりと済ませて彼らと別れると、集合場所でスリーズ達に合流して学院に戻るのだった。




