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令嬢は嗤う  作者: バーン
36/63

要求

前回のお茶会の後、フェルロッテ様に『できる限り早く何とかしなさいね?』と言われてしまったので、マドレリア様に誠意を示すべく菓子折を持っていこうと思いつき、それっぽいモノをアンに頼んで王都の繁華街を探して貰ったのだけど、そういう文化が無いのか、手に入れる事が出来なかった。


日々の授業に放課後の自主勉強会と忙しく過ごしているうちに、あの後も(テオドルフ)と一緒に過ごせたのだから至福の内に私の事なんてもう、どうでもよい扱いになってしまっているのでは?明日こそきっとやろう、と思いながら先送りして行動を起こさないまま、時間が流れるのに任せすぐに一週間が過ぎてしまった。


たまたま廊下を一人で歩いているとサロンのメンバーから声をかけられ、急遽お茶会が開催されると教えて貰った。


「明日ですか!?えらい急ですね?」

「あなたも知ってますわよね?『フルールの庭園』。そこの予約にキャンセルが出て、私達がそこを抑える事ができましたの。マドレリア様もそれはお喜びで!」

「本当ですか!?」


フルールの庭園。そこは、この学院内でも屈指の人気のスポット。手入れが行き届いた一年中、色とりどりの花達が咲き乱れる華やかな庭園。

その庭園の中に建てられた華麗な彫刻の施された石造りの東屋。風通しがよく、近くに噴水もあり、暑くなってきたこの季節でも涼やかに過ごせる場所とあって誰もが一度はここでお茶会を、と女生徒の皆が憧れる場所なのである。

この季節は特に人気で一~二週間先まで予約が常に埋まっており、中々利用する事が出来ない。


「アルメリーさん、あなたよかったわね!クジに当たったみたいよ!時間は五の鐘(午後二時半頃)からだから、授業を入れてはダメよ?予定を空けておいてね?」

「えっと、どういうことですか?」

「庭園の東屋、座れる席が少ないから参加者は公平になるようクジで選ばれたそうなの。あ、リザベルト様なんだけど、残念ながら今回は外れたそうなの。もし知ったら悲しまれるでしょう?だからわざわざ伝える必要も無いと思うの」

「そうなんですか?そういう事なら……分かりました」


なんだか釈然としないものを感じながらも、ひとまずは納得する。


「それでは、また。ごきげんよう」

「ご連絡ありがとうございました」


彼女は軽くカーテシーをして去っていく。


そろそろ覚悟を決めないと……いけないわね。




               ◇




翌日。お昼より前にどうしてもやらないといけないことがあるので二限目まで授業を受けたあと、一路|個人用の戸棚(施錠付)を備え付けた部屋ロッカールームへ向かう。


今日は三限目には授業を入れていないので教室移動とかは気にしなくても良いのが救いね。


到着すると自分用の戸棚から今朝持ってきた蓋付きのバスケットを取り出し、急いで大食堂へ向かう。

大食堂へ近づくにつれ、厨房で調理される料理の香ばしい匂いが漂ってくる。

ここでは貴族の子息、令嬢にも食事を提供するとあって、学院も一流の料理人達を雇っていると、前にリザベルトに聞いた事があった。


大食堂へ入ったところでちょうど三の鐘(十二時頃)の音があたりに響く。周囲にはすでに上級生の姿がチラホラ見えている。


下級生の昼休憩は混雑を避ける為に四の鐘(午後一時頃)が鳴ってからと学則で推奨されている。

そのため、四の鐘が鳴ってから大食堂に向かったのでは、人気のスイーツは数量限定ということもあり、上級生の買ったあとの、残りのわずかな数を下級生達が取り合うスイーツコーナーでの獲得戦に間に合わない。即売り切れて空のトレイを虚しくみるのがオチなのである。


私以外には、一目で下級生と分かる同じ色のリボンをしてる者がほとんどいないため、大食堂内ではかなり浮いている感がある。

上級生方から咎められる事は無かったが、先輩方の奇異の目に晒されながら行列に混ざること数分、やっとスイーツコーナーの前に立つ。

お昼休憩に合わせ焼き上がったばかりの、見るからに艶やかで、良い香りが鼻腔をくすぐる美味しそうなモノたちが、それぞれのトレイに鎮座して並び、まるで自らが買われるのを今か今かと待ちわびているようだ。


こうして私は、数点の人気スイーツをいくつか奮発して購入し、持参したバスケットに丁寧に入れて、大食堂を後にする。


ふたたび|個人用の戸棚を備え付けた部屋ロッカールームへ舞い戻り、自分の戸棚へバスケットをしまいこみ施錠をして、お茶会の手土産の用意を済ませる。


普段なら授業を受けているはずだなぁと思いながら、大食堂の周辺をぶらぶらしながら時間を潰す。暫くすると四の鐘(午後一時頃)の音があたりに鳴り響いてきた。


「ついでだし、今日は私が席を確保しちゃおう!」


三限目の授業が終わり、校舎の方から大勢の生徒が教室から出てきてガヤガヤと喋る声が聞こえてきた。


再び大食堂へ入り、いつもリザベルトとティアネットと三人で良く座る辺りへ座り、二人が来るのをそわそわしながら待つのだった。




               ◇




今日は、お昼のあとの四限目、五限目にも授業を入れてないので、時間だけは十分にある。心に余裕を持って出来るだけ優雅にフルールの庭園に向かおう。

あそこでのお茶会は私も初めてだし、マドレリア様に用意した手土産を早々に渡して許しを頂いて、楽しいお茶会にしたいし気持ち良く過ごしたいものだわ。


フルールの庭園につくと既にお茶会が始まっていた。


あれ……?聞いていた時間と違う……?


「あらあら、大遅刻ですねアルメリーさん」

「アルメリー様は寝るのが大好きな方ですもの。大方、寝坊していらしたのではなくて?」

「「うふふふふ……」」


マドレリアの取り巻き達が囀る。


くっ、この前の事の当てつけね……。


「……遅れて申し訳ありませんでした。ですが、私が伝えられていたのは確か五の鐘だったはずで……」

「この場所でのお茶会は、なかなかできませんのよ?念の為に同じサロンの方々に確認しなかったのはあなたの落ち度ではなくて!?」


ここぞとばかりに取り巻き連中が詰問してくる。


「いえ、何分こんな事は初めてなものですから……いつもなら、リザベルト様とお話する時にお互い確認……」


はっ!?


『リザベルト様なんだけど、残念ながら今回は外れたそうなの。もし知ったら悲しまれるでしょう?だからわざわざ伝える必要も無いと思うの』


そう言われて私、伝えるのを控えていたわ。教えてすらいなかった……。


「……あ、いえ、他のクジに当選された方のお名前を聞きそびれて、聞く事が出来ませんでした。申し訳ありません」


違和感を感じて参加メンバーを見まわす。

確かに今回は人数が少ない……あ、あれ?フェルロッテ様や、連絡に来てくれたあの方の姿が見えない。


「クジ……あ、そうね。今回は厳正なるクジで選ばれた方だけの参加ですものね?次からはちゃんと聞いておく事ね。ですよね、マドレリア様」


マドレリアのまるで刺すような視線が、発言した取り巻きの子に突き刺さる。


もしかして、クジという話そのものが嘘!?やられたわっ!……とりあえず、冷静になるのよ私。今日、ここに来た目的をまず果たさないと。


「……これ、お口に合うか分かりませんが、よかったらお召し上がりください。せめてものお詫びです」


マドレリアの座っているテーブルの近くへバスケットを置く。

カーテシーをして後ろへ振り向いて下がろうとしたら、取り巻きの一人が足を伸ばしていて躓いて転んでしまう。


「くすくす。あらあら、アルメリー様、意外とどんくさいのねー」


周りの同調する嘲笑が聞こえる。


くっ……悔しいッ。


地面に手を突いて立ち上がろうとした所で、取り巻きの一人が嬉しそうに声を上げる。テーブルの方を見ると、その子がバスケットを空けたみたいだった。


「まぁ、これは大食堂で人気のスイーツ盛り合わせですわ、マドレリア様」

「下級生のあなたには、これを手に入れるのは大変だったでしょう。ええ、とてもいい心掛けね。気持ちが良いわよ、アルメリーさん。ふふっ。これに免じて許してさしあげます。……そうだわ。ねえ、アルメリーさん、ここからはお願い(・・・)になるのだけど、お金は出して差し上げますから、これから平日のお茶会の日にはこれ(・・)を用意して頂けないかしら?平日はメイド達って学舎の方には入れないでしょう?……。私のお願い、聞いてくれないかしら?」

「アルメリー様、よかったですね。許されましたわ。ささ、ここはマドレリア様の『お願い』を快く引き受けては?」

「……事前に、ですか?」

「……スイーツがないとお茶会は始まらないでしょう?」


これは屈辱的な要求に等しい。……要はパシリをしろってことなのね?


本人が「許す」と言った以上、当りは丸くなったと思う。でも根本的にはまだ許されていないという気がするわ……。


はぁ……。何だかめんどくさくなってきたわ。いっそ、このサロン抜けてしまおうかしら……。


でも、勝手に私の一存でここを抜けてしまったら、私と仲が良かったリザベルトがイジメの標的にされたりしないかしら?

親の爵位のおかげで表立って危害は加えられないとは思うけど……。

それにここを紹介してくれたフェルロッテ様の立場とか考えると申し訳が立たないわよね……。


では、貴族の令嬢としての一般的な誇り(私にはそんなものは無いけど……)を優先して突っぱねる?

マドレリア様は怒るかしら?結構根に持つタイプみたいだから、今の段階で許して貰わないと後々エスカレートしそうよね。

今回は時間を間違えて恥をかかせられる程度で済んだけど……。


イジメが始まれば、その噂はすぐ広まるだろうし、便乗して例のあの人達がまた絡んでくるかも知れない。その時、たとえサロンの人達の目の前で私が何者かにからまれたとしても、被害が出るか出ないかのギリギリの瞬間まで動いてくれないかも知れない……。自分たちの評判を気にして最終的には保護してくれるだろうけど……。


憂鬱だけど、色々考えた結果、元々そんなに高くないサロン内の立場が一段と低くなるのを甘んじて引き受けるしかない……。


「……分かりました。平日のお茶会の時だけでよければ、引き受けさせて頂きます」


彼女は満面の笑みで手を差し伸べて来たので、その手を支えに立ち上がる。


「嬉しいわ。それでは、これからのお茶会よろしく頼むわねアルメリーさん」


そこからは手のひらを返したように、皆にこやかな雰囲気に変わり、取り巻きの一人が『さっきはごめんねー。いいからここ座ってー』と、無理やり席を譲ってきた。このやり取りに皆の視線が集中しては断る事も出来ず、仕方なく空けてくれた席に着き軽くお茶を飲んで暫く過ごしていると、次のグループが挨拶に来たのでお互い挨拶を交わす。マドレリアがお茶会の終了と解散の宣言をすると、皆揃って席を空ける。ごく一部の者が後片付けをしてから彼女達に譲り、私達はその場を後にしたのだった。




               ◇





あれから2週間、私達3人は毎日放課後に図書館へ集まって自主的な勉強会を行っている。

なぜかというと、勉強会の後に出るご褒美のスイーツのため、なのである。

モノに釣られてというのがアレだけど。でも、モチベーションの維持は大事よね。


最初の勉強会での帰り際に、アルベール様にこう言われてしまった。


「このスイーツ達は本来なら全て、教師役を引き受けてくれた彼女(エルネット)のもの。今回、君達にも提供したのは特別だ。もし次からも欲しいのならば、次の模擬テストを最低+15点取る事だ。合計得点であるから、それほど難しい事ではあるまい?それで1品私から提供しよう。もし全教科で彼女から『A評価』をとれたなら、それ以降の勉強会で好きなだけ食べれる様に手配しよう。君達には期待している」


彼から課されてしまったルールのお陰で、私達がスイーツを食べる為には点数を上げざるを得なくなってしまった。

うーん。よく考えたら今この期間が、この学院に入ってから一番猛勉強してるのではないかしら?


まあ、それにあの方も生徒会の仕事をこなしながら、わざわざ時間を割いて教師役と模擬テストを作ってくれている訳だし、アルベール様にも期待されているんだもの、それに応えれるよう頑張るしかない。


そんなことを考えていると、リザベルトが申し訳なさそうに伝えてくる。


「私、ちょっと……お手洗い……行ってくる……」

「あ、そうなんですね?いってらっしゃい~!」

「ちょっとティアネット!声が大きいわよ!」

「あ、すみません……てへっ」


舌を出していたずらっぽく笑う。


もう、ティアネットったら、恥ずかしいじゃない。ここが個室じゃなきゃ、他の生徒に笑われているところよ?


「いってらっしゃい」


私も優しく声を掛けると、リザベルトは我慢してたのかゆっくりとした動きで立ち上がり、たたたっと小走りで部屋から退出する。


彼女の足音が遠ざかると、ティアネットが思い出したように話しかけてくる。


「勉強つかれました~。ちょっと休みませんか~?」

「……仕方ないわねー。では、10分ぐらい休憩入れましょう」

「わ~い、ありがとうございます~!」


目を瞑り、少し物思いに耽る。

ここ2週間の間、ちゃんと睡眠をとっているはずなのにもかかわらず、週に一度くらいの間隔で睡眠不足を強く感じる日がある。

幸いというかなんというか若い身体なので多少の無理はどうとでもなるが、こうも定期的にあると「体」か「精神」に何か異常があるのではないか?と心配になってくる。

では一体、誰に相談すればいいのかしら?医務室の術士?そこまでいって「異常は特に発見できなかった。気のせいではないか?」と診断されたら、なんか恥ずかしい。

そうだ、もし夜中に私が異常な行動などしていたら、アンが気づいてるかもしれない。今度それとなく聞いてみよう。


自分の中で解答のようなものが一応導けたので思考をそこで中断し、私は本棚から持ってきていた『建国王物語』というタイトルの本を開いて読み始める。


暫くすると、沈黙に耐えられなくなったティアネットは机に突っ伏してダラけた様子で話してくる。


「……そう言えば、そろそろアレがあるんじゃないですか?」

「え?何の事かしら?」

「悪役令嬢の強制イベントですよ。確かゲームだと期末試験の前ぐらいになかったですか?数人引き連れて、こかされたり言葉で辱められるヤツ」


……一瞬、背筋がぞくりとした。

この前のマドレリア様のお茶会が似たようなシチュエーションだったわ。まさかね……。


「そ、そんなの起きないわよ。私、ランセリア様とは今のところいい関係を築けてると思ってるし、それに攻略対象の方々にもこちらからは積極的なアプローチなんてしてないから強制イベントのフラグがあったとしても、立ちようが無いでしょう?」

「ちぇー。私達二人だけが知ってるイベントがこちらでも同じようなタイミングで起きれば、ここがゲームの世界だって証明できると思ったのに~」

「まだそんな事いってるのね。はいはい、そんな事よりリザベルトが帰ってきたら勉強再開よ!」



               ◇



私達が使用してる個室に戻ると、あの時急いでいたのか閉めたはずの扉が少し空いていた。中の会話が漏れ聞こえてくる。


「……私達が知ってる……同じ……タイミングで……、ここがゲームの……証明……と思ったのに~」

「まだそんな事……るのね。はいはい、……な事より……帰ってきたら……再開よ!」



私達二人だけが知っている……って、二人とも私に隠している事があるの?

それに、ゲームの……証明、ってなにかしら?聞きたい、知りたい、教えて欲しい……アルメリーが話してくれるのを待つ?……あ……私、結局待ってばかり。こんなだからセドリック様も私にあまり興味を示さず相手にして貰えないのかしら……。

ん……。私も少し変わらないと……。ここは勇気を出して聞くのよ、私。


個室の扉をガラガラと開ける。


「あ、おかえり~!」

「おかえりなさい」


二人とも笑顔で出迎えてくれる。


「……あ、あの……!」

「ん?どうしたのリザベルト?」

「え、えと……」


上手く話そうと頭の中でまとめていると、アルメリーが話かけてきた。


「今すぐに話せない、もしくは話しづらい事かしら?ならまた今度、話してくれるのをゆっくりと待つ事にするわ。だから今は、あなたも帰ってきたことだし勉強を再開しましょう?」

「は~い」

「……う、うん」


聞こうと決意したつもりだったが、また今度ゆっくり……というアルメリーの言葉につい甘えてしまう。


次の機会に……か。うん……今は、それでいいかな……。


そのまま私は、自身の意志が弱い事を嫌に思いながらも好奇心(それ)を押し殺し、勉強を再開するのだった。


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