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令嬢は嗤う  作者: バーン
35/63

襲撃

……目が覚める。

身体を起こし、伸びをする。

 

「ん〜〜〜!」


窓からは綺麗な三日月が天に昇っているのが見えた。


隣のベッドがもそもそと微動する。

むくりと上半身を起こすと彼女はいつもの挨拶をしてくる。


「……おはようございます、お嬢様……」

「ええ、おはようアン。所で今日は何日だったかしら?」

「今日は二十八日ですが、こんな夜更けに起床されるなど、何か大事な催事でもございましたか?」

「特にそんなものは無いわ?ちょっと眠りが浅くて目が覚めてしまっただけ。……直ぐに寝付けそうにないから近くを散歩してくるわ。アンは先に寝てていいわよ?」

「寮舎の玄関には朝まで警備の方がいて、出入りを監視しているはずです。簡単には外へ出られ無いのでは?」

「心配しないで大丈夫よ。ふふっ」


指を軽やかに鳴らす。


「バルコニーの窓は開けておいてね。後は寝てていいから。頼んだわね」


アンはバルコニーの窓を開け自分のベッドへもどるとスヤスヤと眠りに落ちていった。


あれから何日経ったのか。

壁に掛けてある暦を見つめる。今日は二十八日だから、およそ1週間ぐらいかしら。


あのおじいさんもソロソロ痺れを切らす頃かしら?ふふふ。でも、覚醒(コレ)ばかりは私の自由にできないからね……。ごめんね?クスクス。


ベッドから出て、外出の準備をする。外出用の服に着替え、彼ら(エクリプスノワール)から貰った地図を懐に忍ばせ、仮面をつけて暗めの外套を纏い、颯爽とバルコニーに出る。

皆が寝静まった寮舎。世界に私一人だけと錯覚しそうなほど静かなそこに、魔法を詠唱する私の声だけが響く。

例の(飛ぶため)魔法を発動させ、バルコニーを軽く蹴って跳び上がる。

寮舎から離れたところで背中に集めた火力を全開にして一路、スラム街を目指す。




               ◇




自室のバルコニーから飛び出たあと、私はひとまずデポトワールと呼ばれる地区へ向かう。

そのまま暫く飛ぶと、やがて見覚えのある所へ到着する。


「ここらへんね」


優雅に地面に降り立つと、空に向けて手を伸ばす。


「我は命じる火よ 猛き渦巻く球と現れ 天へと駆けて 空に大輪の華を咲かせよ 散華(フリュー=エクスター)!!」 


猛々しく燃え上がる火炎が手のひらの上に出現し、渦巻きながら人の頭を二回りほど大きくしたような火球を象る。それは垂直に上昇し周囲の建物より一段高く上昇したあたりで爆発音を響かせ火球が弾ける。炎が千々に細かく咲き乱れ、火の華が夜空を明るく照らしたのち、儚く消えていく。


「今ので目が覚めたかしら?出ていらっしゃい。あなたたち、いるんでしょう?」


静寂のスラム街に私の声が響く。


ゾロゾロと、数人のゴロツキ達が暗がりから近づいてくる。


「あ〜ん?なんだてめぇは?」


歩を進め、彼らに近づきながら外套のフードを脱ぐ。月明かりの元でもはっきりとした仮面、長くサラサラと風に靡いて輝く(すみれ)色の髪の少女姿が認識出来ると、彼らの態度が一変する。


「こ、こりゃあ、姐さんですかい!?」

「兄貴!アニキを呼べッ!姐さんが来られたぞッ!?」

「んふふふっ。少しだけ待ってあげる。あまり待たせるようだと、燃やしちゃうぞ☆」


対象をわざと指定しない事で過剰な想像をさせ、畏怖を与える。


「「それだけはご勘弁を!」」


暫く待っていると、彼がでてきた。


「……姐さん、今晩はどういったご用件でしょうか?」

「いきなりで悪いけど、今日、あいつらのアジトを潰しに行くわ。あなたたちも来るわよね?」

「ええ、行くのは構わないんですが、ですが俺らまだ直属の部下というわけでは無いんで……今回の分は、そのタダと言うわけには……何か上に納めるモノが必要でして、すいません」

「後払いなら可能よ。もちろんそれで構わないわね?」

「ええ、問題ありませんぜ」

「これ、奴らのアジトの地図。すぐに覚えて」


懐から地図を取り出し、彼に渡す。


「お前ら、明かりもってこい!」

「へ、へいっ!」


少し待っていると、部下の一人がランタンを持ってきて、流れで一緒に地図を覗き込む。


「兄貴、俺ここら辺ちょくちょく行くんで知ってますぜ。なるほど、ここがあいつらのアジトだったのか!」

「よし、道案内はお前に任せる。頼むぞ?姐さん、これはお返しします」


彼から地図を受け取り、懐へしまう。

「私は先に行って彼らのアジトを叩いておくわ。必要になったらさっきの魔法を打ち上げるから、それが合図よ?間に合うよう急いで来なさいね?間に合わなかったら……お仕置き」

「りょ、了解です!!」

「てめーら、急いで行くぞ!」

「「「オウ!」」」


「顔ぐらい何かで隠してくるのよ?では現地で合流しましょう」


そう言うと、私は軽く足を屈伸させ飛び上がり、ある程度の高度に達すると目的地を目指して飛んで行くのだった。




               ◇




夜の帳が下りたスラム街の一角で、建物達が白煙を上げ炎の舌が這いずり舐めるように(うごめ)く。その様子を周囲の建物よりやや高いところから見下ろす。

時折気まぐれのように吹く風が、外套を撫でては駆け抜けていく。


「さあ、宴の始まりよ。ふふふ……」


私は例の組織から渡された地図を頼りにここへ飛んで来た。辺りは寝静まっているのにも関わらず、アジトらしいこの三階建ての建物だけ煌々と明かりが灯り、ガラの悪い者達が出入りしていたため特定は容易だった。


「お仕事がやりやすくて助かるわ。ふふふ……」


急に周りの建物が燃え始めたことで、逃げ惑う浮浪者の悲鳴が聞こえてくる。周りに漂う大量の煙と焦げた臭いに驚いたゴロツキ達が何事かと建物から飛び出してくる。


「うわぁあああ!?」

「なんじゃこりゃあ!?!何処のどいつの仕業じゃ!?」

「み、水を掛けろ!!」


混乱する彼ら。状況を確認した一人のゴロツキが上役に相談するためか建物に急いで戻る。


「てぇへンです、ボスゥ!周りの建物が燃えとりゃぁすッ!!」

「テメェら、周りから使えそうな荷車かき集めろ!寝てるヤツぁ全員起こせ!早うせぇ!この建物に燃え移る前に銭や証文、高価な商品(モン)、全部ここから運び出せやッ!」


建物の中がにわかに慌ただしくなり、あちこちで怒号が飛び交うのが風に乗って聞こえてくる。


「この前より器も魔力量も大きくなって成長しているのがわかるわ。これは魔法の訓練を表の子(ジュルネ)がちゃんとしてるからかしらね……ふふふ、偉いわ。それに私も自身の器以上の魔力を大量に消費しては街の人達から搾取(きょうりょく)して貰いながら何度も使っているわけだし、あの子も自身の急速な成長を感じてくれてるかしら?……うふふ♪」


……目を閉じて体に意識を集中させると、全身を巡る魔力の量を大まかにではあるが感覚的に認識出来る。以前に比べると魔力を大量に消費する移動魔法(ラント=フラーダ)の使用後でも魔力に余裕ができてきたので、ここに到着する前に辺りの浮浪者からの魔力補充も気絶・記憶が混濁する程度に抑えているので現状、何も問題は無い。


アジトの建物が周囲の熱を受け、いつ発火してもおかしくない危険な状態になっている。中からさらに怒号と悲鳴が響く。


「壁に水ぶっかけろッ!建物濡らして運び出す時間を稼げッ!」

「ボスッ!とりあえず一台、荷車用意できましたァ!他の奴等も周辺を探してますッ!二台目、三台目はお待ち下さいッ!」

「非番のヤツ、たたき起こしてきやしたぁ!!」

「よしッ!動けるヤツぁ荷物をすぐ車に載せろッ!目的地はデポトワール区との境界近くで立ち上げ中の新アジトだッ!」


命令を受け、井戸の方へ向かった数人のゴロツキ達が汗を滝のように流し、水を汲み上げてはアジトの外壁に向けて何度も何度も懸命にぶちまけている。

今のところ建物の延焼はギリギリ防いでいるが、周囲の火の勢いは強まるばかり。水が殆ど届かない二階、三階へ延焼すれば時間の問題、焼け石に水である。


やがて、二台目、三台目と荷車を探して廻してきたゴロツキ達がアジトの入り口へと戻ってくる。

ゴロツキ達が一台目に山と積まれた荷物を落ちないようにしっかりと紐で縛り固定する。


「よし、もういいッ!さぁ、急いで出しやがれ!後からワシも人数引き連れて行くッ!」

「「へい!!」」


一台目の荷車がゴロツキ四人に押され、ゴロゴロと重そうな音を立ててアジトから出て行く。


「次だ次!荷物早のせぇ!置き方はどうでもいい!」


ゴロツキ共が何人も往復して次々に荷車に乗せていく。帳簿や高そうな調度品、お金の詰まった革袋等々。


両隣の建物が燃えて柱が脆くなり、メキメキと轟音を立て崩れていく。


ドドォオオオン!!


建物は丁度、アジトの両側を囲うように倒れ、猛々しく燃え続ける炎の壁が正面以外の道を塞いでしまった。


「ボス、上の階が燃え出しましたッ!ですが思ったより火の周りが早く、もうヤバイですッ!諦めましょう!」

「ぐぬぬ……!」

「ええーい、上の階は諦める!一階と地下の残り、乗せれるだけ乗せろッ!デカいのは捨てておけッ!持ち出し次第ここは廃棄!撤収するッ!」

「「「ウスッ!!」」」


大勢で一斉にかかったので、荷車にすぐモノが積み上がる。


「お前らァ!このアジトもいつ崩れてもおかしくねえ!荷車急いで運べッ!」

「クソッ!こんな事しやがったヤツ、絶対にゆるさねェッ......!向こうに着いたらすぐにでも誰がやったのか調べあげて地獄を味合わせてやるッ!」


荷車が重そうな軋む音を上げ男達のかけ声と共に動き出す。


ボスは怒りにワナワナと震えながら、悔しそうに燃えゆく建物を見上げる。

その視界の隅でキラッと何かが光った。


「ん?何だ……?」


次の瞬間、深々と2本の炎の槍がその男に突き刺さる。一つは目を穿ち、もう一つは腹部を貫く。

炎の槍はその姿を獰猛な肉食獣の顎のように変え、全身を丸呑みするかのごとく一気に燃え広がり、男は声にならない悲鳴をあげながらのたうち回り全身黒焦げになると……やがて動かなくなった。


「ぼ、ボス!?」


ゴロツキ達は何が起きたか分からず思考停止状態に陥っている。

彼らは一様に周りの炎に照らされ、空から見下ろしている私にもどこにいるのか手に取るようにわかる。

その混乱の中、いち早く冷静さを取り戻し、武器を抜き周囲を警戒する者が出始める。


「彼ら、邪魔ね。他の子が彼らに続くと厄介だわ」


「我は命じる火よ出でよ 火よ!汝は炎槍の姿を持つ猛り狂う獣の顎 触れたもの全て 貪食せよ!」


魔法が発動すると複数の炎の槍が彼女の前に生まれる。

警戒し始めた者達へ狙いを定め、魔法を発動する。


「|炎獣喰尽槍《サーヴァランス=フラーマ・プレンドル》!」


彼らに向け手を振り下ろす。


臨戦態勢のゴロツキ達は飛んできた炎の槍に貫かれたと思うと次の瞬間には次々と炎の獣に喰われ火だるまと化し、倒れていった。


「ギャァッ!」

「うぁあああっ!」

「熱いっ、あつい!ああぁッ……」


次々と短い悲鳴をあげ倒れていく。


「「「ひ、ヒィイ!?」」」


その凄惨な光景は残った者の抵抗心を徹底的にへし折り、まともな判断力を奪いさり、腰を抜かしただただ怯える者、神に祈り出す者、あらぬ方向へ向かって自己弁護する者、命乞いする者などなど、もはや統率がとれないただの烏合の集になり果ててしまった。


「この魔法、やはり見た者に与える心理的な影響は絶大ね。ふふふっ。あの子達、抵抗する心が完全にへし折れているわ。比較的少ない消費魔力であげた効果としてはとても良い出来ね。ふふ……」


眼下の様子を睥睨する。もはや誰一人抵抗する様子は無さそうだ。

荷車を押している者達は後ろを振り返ることなく一心不乱に前に進んでいる。


後はあれ(・・)の足止めをしないといけないわね。


「我は願う 火よ出でよ 火球となりて 爆ぜよ」


荷車の少し前の地面を狙い『火球』を撃つ。詠唱だけに留めて威力を減じたそれは、地面に馬車の車輪ほどの穴を穿ち、音と土煙を派手に上げる。


荷車がピタリとその場に止まる。


空から流れるように炎の尾を引き、優雅にその荷車の前へ降り立つ。


「あなた達、その荷物置いてどこかへ行きなさい?……命が惜しければ、ね」

「だ、誰だ!?あんた」

「あなた達のボスは死んだわ。殉じて死ぬというなら止めはしないけど?今なら見逃してあげる。それとも、この火事の犠牲者の一人に加算されるのが望みかしら?」


仮面の下から覗く口角を吊り上げる。

炎によって照らし出されたその表情は妖しく、冷徹だった。


「証拠はあるのか!?」

「……なら、戻って見てくれば良いじゃない」

「……俺がみてくる」

「「お、おぅ……」」


そう言うと彼は、よろよろとアジトの方へ向かって駆け出していく。


「残ったあなた達……、荷車から離れなさい?あと、そこのあなた。後からくる荷車の人達にも止まるように伝えてきなさい」

「こっ、この荷物は俺等にとって、とても大事なモノなんだ。もし、ここを離れて荷物が少しでも無くなれば組織から恐ろしい報復をされちまう、離れるわけにはいかねえ……」

「誰が、口答えしてもいいと言ったかしら?」

「せ、せめて、アイツが戻ってくるまで……」


「我は命ず火よ出でよ 火よ 炎の槍と化し 眼前の敵を貫け 火炎槍(ランフラー)!」


口答えしたゴロツキに向け、容赦なく魔法を放つ。


左肩に炎の槍があたると肩辺りの衣服が勢い良く焼け焦げ、炭化しボロボロと崩れ落ちる。露出した肩が広範囲に火傷を負っていた。


「ぎゃぁあああっ!?」


叫びながらごろごろと地面を転がりのたうち回る。


「あなたの意見は聞いてないの。さぁ、行きなさい。足は動くのでしょう?」

「うぅ……」


彼は痛みに顔を(しか)め、ボロボロと涙を流しながらフラフラと後続のいるアジトの方へ歩いて行く。


入れ替わるように先程調べに行くと言った男がしょぼくれて帰ってきた。


「そいつが言ってる事、本当だった。道の真ん中に燃え尽きた死体があった。多分……ボスだ。アジトも燃えて上の階が崩れ落ちて……。俺達、これからどうすればいいんだ?へへっ……」


男は自嘲ぎみに笑う。瞳孔が開き、目に光は無く焦点はあっていない。


「しょ、証拠に……、こ、これ持ってきたぜ。鞘に宝石が埋め込まれてるボスのお気に入りのダガーだ。いつもこれを腰に差していたよな?……これでお前らも信じるよな?」

「「あ、あぁ……」」

「ボスは死んじまったしよ……、このダガー、持ってきた俺が貰ってもいいよな?」

「「は?お前なにいってんだ……!?」」

「いいわね、それ。フフッ。欲しいなら持っていっていいわよ?」

「へへっ。ありがとうごぜえやす!」

「くっ……!」


男は大事そうにダガーを懐に仕舞い込む。


「アジトも燃えて、怖ぇボスも死んだ……この組織はもう、終わりだ。おれは抜けるぜ」

「俺には家族もいねえ。火事で死んだ事にして、名前を変えて遠い街で暮らすことにするわ。あばよ」

「な……!?まだ暗部の人らが生きてるかもしれねえぞ?そ、そうだ追手、追手が怖くねえのか?」

「お、俺も抜ける。田舎に帰る。借金の形にコキ使われてたが、この人が組織をぶっ壊してくれた。暗部がなんだってんだ!?逃げるには最高の機会よォ!今しかねえ!残りたければお前だけ残れよ!」


三人は足早にそこから離れていく。


「く、くそぉ……ッ!」


必死に説得して引き留めようとしていた男が、恨みの籠もった目でこちらを睨む。


「これから裏の世界でのしあがって行こうと熱く語っていたあの人に、俺ぁついていこうと決めていたのに!」

「はいはいご立派ね。だけどあなた達の事なんて正直どうでもいいの。ごめんね〜。うふふっ」

「あんたのせいだッ!あんたがアジトを燃やしたり、ボスを殺したりしなければ!俺の将来を滅茶苦茶にしやがってッ!殺す!殺してやる!」


男は腰の短刀を抜き、腰だめにして全力で襲いかかってきた。


反射的に目をきつく閉じる。


……彼らの抵抗する心は全てへし折ったのだと、慢心していたわ。そういえば、この荷車を押していた連中は先発して現場から離れていて、その後の惨状を目にしてない……それに時として人の恨み、憎しみの心はそれらを凌駕してしまうのだと、忘れていたわ。本当に迂闊(うかつ)だったわ。


ドッ!


体重の乗った刃物が肉に突き刺さる音が響く。


『刺された』と思ったその瞬間、私は何かに突き飛ばされ、地面に手と膝をつく。


「大丈夫ですか、姐さん!?」


きつく閉じた目を開くとそこには、覆面をした男の背があった。


「え、ええ……何ともないわ。……その声、なるほどあなたね?」

「へいっ、流石姐さん!分かりますかッ。へへっ、間に合ってよかったッ!」

「な、な、なんだお前ーーーッ!?」


短刀は身を護るように自身の前に翳した覆面男の左腕に突き刺さっていた。


トクン……。


「姐さんがそいつらと長々話されていたんで、何とか間に合う事ができましたぜ」

「おのれ!邪魔をす……」


その言葉を遮るように、覆面男の右フックが炸裂する。その一撃で男は吹き飛び、気絶したのか動かなくなった。


左手に刺さった短刀を力を込め一息に抜きとり投げ捨てる。


「いッてーーーッ!!」

「大丈夫?」


彼は口元を覆っていた覆面を大きく首元へずらし、はっ、はっ、と荒い息を吐きながら言葉を絞り出す。


「へっ、これくらい何でもありませんぜ?」


明らかに虚勢を張っているのがわかる。傷口から流れ出る血が腕を伝ってぼたぼたと落ち、地面が紅く染まっていく。


やだこの子、こんなに顔が良かったかしら?なんだか輝いて見える気がする……?うん、気のせい、気のせいよね?


「あなたの事、ただの雑魚かと思っていたけど……ちょっと見直したわ」

「あ、ありがとうございやす!」


チラッと彼の方をみると痛そうに左手を押さえている。


「あー、ちょっとあなた。その傷口見せなさい」

「うっす……」


彼が手を伸ばし、大人しく傷口を見せてくる。


「今からこの傷口を塞いで止血するわ。放置して悪化するのは嫌でしょう?熱いけど我慢するのよ?」

「へ、へい……」


ボソボソと魔法を唱える。

人差し指の指先に、親指と人差し指をくっつけた時にできる輪より小さい黄色の火球が生まれる。

それを彼の傷口になぞるようにゆっくりと動かす。


「ぐっ!?ぐぁああぁ……ふうッ!ふうッッ!」


ジュウウゥゥ……と、人の肉が焼ける音と嫌な匂いが辺りに充満する。


「とりあえず応急処置が済んだわよ。出血量から言って太い血管に傷が無さそうで良かったわ。熱かったでしょう?よく我慢したわね。偉いわ」

「へへっ」

「この傷口、後でちゃんと手当てしておきなさい。放置しておくと後で大変な事になるわよ?もし火傷跡を残したくないなら早めに大きな教会なり、何処か魔法で治療処置してくれる所に行くのね」

「……教会で治療して貰うのには大金がいるらしいんで……俺らにはそんな治療受けるのは、多分無理ですかね。この火傷は姐さんを助けられた勲章として残しますよ、ははっ、……」


その後の彼の様子を観察していると荒かった呼吸も落ち着いてきた。状況が落ち着いてきた所で、ふとあることを思い出す。


彼から離れて荷車に近づく。お金が入ってそうな袋が幾つか見えたのでその中から適当に一袋選んで口紐を解き中身を確認する。予想通り貨幣が雑多に詰まっていた。


これ、結構重いわね。私の細い腕じゃ、持ち上げるので精一杯ね……。


何とか持ち上げて荷車から降ろす。彼を呼び、袋の中身を確認させる。


「これでいいわよね。報酬」

「へい。大丈夫です。というか……これ、多すぎる位でさぁ!」

「依頼料として必要な分だけ中に残して、他は貴方達で分けて好きに使えばいいわ」

「へ!?……は、はい!ありがとうございます!」


彼は腕の火傷を暫く眺めたあと、痛みに顔を顰めながら覆面を鼻まで引き上げる。


「姐さん、そろそろ合図を出して貰ってもいいですか……?」

「そうね。私もそろそろ頃合いかな、と思っていたところよ」


その後私は上空に向けて『散華』を放ち、合図する。


続々と彼の部下達が集まってくる。弧を描くように集まった彼らに対して警告する。


「一つ言っておくけど、あんた達のボスの所へ戦利品を運ぶつもりなら、くれぐれも他人に怪しまれないように、食料品かお酒に偽装した木箱や酒樽にでも入れ替えてから、何回かに分けて運びなさいよね?めんどくさがったり、欲張って一度に大量に運ぶのは駄目よ?悪目立ちするから」

「がってんでさぁ!」


ほんとにわかってるのかしら、こいつら……。


「さ、あなた達、放置してある荷車の周りにはもう誰もいないはず。全部さっさと運んでしまって頂戴。グズグズしてると火事には野次馬やハイエナのようなコソ泥が集まって来て人目につくし、獲物が横取りされるわよ?」

「「「へいっ!」」」

「バルナタン、あなたは私の側に」

「へいっ」


ばらばらと数人ごと斑を作って荷車の元へ別れていく。

彼等から視線を外し、離れた所で燃え盛っているアジトの方を見る。


「ものが燃えている光景って私、大好き。情熱的でとっても素敵よね?。ずっと見ていても見飽きないわ。あなたもそう思わない?あははははっ!」

「そ、そうっすね。はは……。ちなみに、姐さん。この火事の後始末は……?」

「さぁ?私は何もしないわよ。うふふ。もし、この王都に夜警(火災予防・消火業務に対処する専門組織)があるならそろそろ動き出してもいい頃合いかしら?でもスラム街の一つや二つ、消えてくれた方が街が綺麗になる……と為政者は思ってそうよね。あはは!まぁ、火事の一つや二つなんとか出来ないような為政者だと、民衆も……ねえ?クスクス」

「すいやせん、難しいことは俺にはわかんねーす……」


彼と話していると、私達の横を彼の部下達が引く荷車が通り抜けていく。

遠くの方で、カーン、カーンと鐘を突く音が聞こえ始めてきた。


「さ、そろそろ私達も夜警に見つかる前に撤収しましょう。ぐずぐずしてると捕まっちゃうわよ?ふふっ。あははははははははは!」


夜の闇に彼女の笑い声が高らかに響き渡るのだった。


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