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令嬢は嗤う  作者: バーン
33/63

火種

待ち合わせ場所の校門の前まで来ると、4人乗り用の馬車が何台か停留している。


そこから少し離れた所に女生徒の人だかりが出来ている。よく見ると……サロンの人達だ。

彼女達の中心に紫髪のイケメンの男子生徒がいた。黄色い声がこちらの方まで響いている。

主催者のマドレリアもその輪にいつの間にか加わっており、始終上機嫌な様子が見て取れる。


私は小走りでその集団に近づき、今回の幹事をしている子に到着の報告をする。

向こうからマドレリアが彼に挨拶している声が聞こえてきた。


「テオドルフ様。本日はエスコートを引き受けていただき、ありがとうございます」

「私も貴女の催しに参加出来て光栄です、マドレリア様。フェルロッテから話を聞いた時には心が踊りました」

「まあ、お上手ですこと」


彼女の周りにハートが舞い散るような幻覚が見える。


後ろから袖が引っ張られ、声がかけられる。


「ご機嫌……よう……アルメリー」

「ご機嫌よう、リザベルト様。今日も素敵ね」


柔らかな笑顔を返してくるリザベルト。


「アルメリー……、少し顔が……赤い?」


(……朝の件、彼女にだけは正直に話そう。彼女が他の人に吹聴するなんて想像できないし、信頼できると思っている。それにリザベルトに対しては、できる限り隠し事はしたくない。)


他の人に聞こえないように、彼女の耳元で声を潜めて伝える。


「あのね……実は、ここに来る前にランセリア様とちょっと演習場の近くへお出かけしてたの。そこでお酒を勧められて……本当は遠慮したかったのだけど、断れなくて。……お酒臭いかしら?」

「かなり……近づかない……と、気づかない……から……大丈夫。でも……ランセリア……様と二人きり……だったのね……?」

「あ、正確にはランセリア様と侍女の方がいたわ。ごめん、この事はみんなには内緒にしてて?」

「わかった……わ」


一瞬、彼女の表情から元気がなくなったように見えたが、着ているドレスを褒めるとすぐに笑顔に戻る。


彼女と話していると、幹事の子がマドレリアに「サロンのメンバーが揃いました」と報告している声が聞こえてきた。振り向くと、良く通る声でマドレリアが音頭をとる。


「そろったみたいですね。では皆さん、順番に馬車に乗って下さるかしら?」


テオドルフが乗りこむ馬車へ誰が一緒に乗るかで一悶着あったが、結局マドレリアの鶴の一声で彼女とフェルロッテ、残りの一席は幹事の子が一緒に乗る事で決着したのだった。


乗り込み終わった馬車から順番に繁華街へ向けてゆっくりと走り出していく。





やがて繁華街の大通りに店を構える店のなかで一際(ひときわ)高級感のある『グロワール』に到着する。入り口の前で馬車が停まると、御者がおりて馬車のドアを開ける。店の給仕がエスコートし、彼女達が一人ずつ優雅に降りていく。


エスコートが終わった給仕に、テオドルフが名乗る。


「予約をいれていたヴァレールだ」

「いらっしゃいませヴァレール様。店内にご用意が出来ております。皆様お入り下さい」


給仕が恭しく店の扉を開く。


テオドルフが率先して店内に入っていく。それに続いて彼女達も店内に入っていく。


「さ、私達もいきましょう、リザベルト様」

「……そうね。……アルメリー」


二人もその後に続く。

彼は奥の部屋を貸し切りで予約しているようだった。

この部屋はサロンの人数がゆったりと入れるだけの広さがあり、四、五人が余裕で掛けることができる大きめの円形のテーブルがいくつか用意されていた。数人の給仕がそれぞれの席へグラスを置いてまわったり椅子を引いたりと、色々と動き回っている。


私達は店内に入るのが最後の方だった所為か、すでに殆どの席が埋まっていた。仕方なく空いているテーブルの席に座ろうとして、まだ立ったままだった隣の子の肩にぶつかる。

謝ろうとそちらを見ると紫髪の男子生徒。彼はこちらに振り向き、口を開いた。


「すまない、君。大丈夫か?」

「あ、いえ私の不注意ですみません……」

「おっと、アルメリーだったか!ははっ!」

「テオ……」


彼の名前を言いかけると、彼は私の唇に人差し指をそっと押さえて発言を止めさせ、

一呼吸分の時間を空けて指を離す。


「ここでは、『ヴァレール』と呼んでくれよ?」

「あの……その名前は?」

「ああ、偽名だよ。王都で遊ぶときは幾つか偽名を使い分けているのさ。その方が都合が良いだろう?俺の名前は有名すぎるからな。他の子達には校門の前で説明したんだが、……そうか、お前はあの時まだ居なかったか?まぁいいか。というわけで今日の俺は子爵家の三男坊、ヴァレールさ」

「なるほど……そうだったんですね、かしこまりました」


マドレリアが咳払いをする。


「アルメリーさん、皆さん着席していますのでそろそろ座って頂けます?」

「あ、はい……。すみません」


私が慌てて着席すると、マドレリアが大きく身振り手振りを交えながら話し始める。


「今までは、学院内だけの活動でしたが、私達のサロンは今日、活動範囲を広げました!」


パチパチパチパチパチパチ!!


メンバーの皆が一斉に拍手をする。周りに合わせて私も拍手をする。


「そこで今回は、このサロンがこれから何をしていくか、方向性を皆さんで決めようと思いますの。案を思いついた方は発言をしてくださいな」



テオドルフが手を挙げる。

「発言よろしいでしょうか?」

「どうぞ、テ……ヴァレール様」

「俺は、今回臨時で呼ばれただけで普段は生徒会の仕事もあり、正式なメンバーでも無いので……、その時々で都合が合えば参加する可能性がある程度の者と考えて欲しい」

「なるほど。では都合の合う時に、何かの講師としてお呼びさせて貰いますわ」

「俺が講師ですか?皆さんに自分が教えられる事はあまりないと思いますが……。政治や経済にもし興味があるのであれば、その方面でよければいくらか話ができるとは思いますが。でも、女性はこういったことはあまり興味が無いのでは?」

「あら、そんなことはありませんわ。素晴らしい案ですわ!」


他の子が質問する。


「それは、テオ……ヴァレール様が勉強会を開き、講師となって私達に手取り足取り教えて下さると言う事ですか?」


キャーッ!という黄色い声があちこちで上がる。


「えぇ、俺で良ければ喜んで協力しますよ。麗しき先輩方に教える機会なんて滅多にありませんからね」


またもや歓声が上がる。

マドレリアが満足げに話を続ける。


「では、皆さん。他に何か案はありますか?」


マドレリアがサロンのメンバーに問いかけると何人かが声を上げる。

マドレリアはそれを幹事の子にメモさせながら、話を聞いていた。


「繁華街でショッピングにグルメ、郊外で散策。練兵場で行われている訓練の見学。なるほど、色々なことがやりたいみたいですね。では皆さん、ご歓談を楽しみつつ、優先順位などをこれから決めていきましょう」


テオドルフがタイミングを見計らって手を鳴らすと、給仕達が奥からワゴンに乗せた飲み物を運んでくる。各テーブルに別れてそれぞれの席に用意されているグラスへ、手慣れた所作で飲み物を注いでいく。


マドレリアが音頭をとる。


「皆さん、飲み物は届きましたか?」

「「「はい!」」」


「それでは乾杯!」

「「「乾杯!」」」


皆がグラスを持ち上げる。あちこちでグラスを重ねる涼しげな音が室内に響く。


和気藹々(わきあいあい)とサロンでやりたい事についての話があちらこちらで花開く。


「やはり、私はテ……ヴァレール様の勉強会を最初にされるのが良いと思いますわ!」

「私も、私もー!」


「最近、ドレスを仕立てる新しいお店が何店か増えたそうです。行ってみたいですよねえ~うふふ」

「あぁ、それなら良い店があります。今度、紹介しましょう」


「王都の色々な料理のお店を巡り、味わってみたいですわ。素敵だと思いません?きっと至福の時間が約束されますわ!」

「魅力的ですね。私も実は行ってみたい所が……」


各テーブル事に色々な話題で盛り上がっている。


そこへ奥から美味しそうな匂いが漂ってきた。

給仕達が料理をワゴンに乗せて連なって出てくる。


彼等が各テーブルに料理を配膳し終わると、満を持して支配人が登場する。


「こちら、当店自慢のコース料理です。シェフが腕によりをかけて調理いたしました。皆様ご賞味、ご堪能くださいませ」


深々と礼をしてクルリと踵をかえし、ピンと背筋を伸ばし奥に戻っていく。それに続いて給仕達も一糸乱れず奥へ退出する。


隣りのテーブルでは早速、マドレリアが積極的に動いていた。


「ささ、テ……ヴァレール様。ここの料理は美味しいと評判ですの。良かったら、私が食べさせてあげますわ」

「ありがとう。それではお言葉に甘えて……」

「はい、お口を開いて下さいまし」


テオドルフが目を瞑って口を開く。

そこへ軽く料理を掬ったスプーンをよそう。


「うん、美味しい。これなら(うち)の料理人達にも引けを取らないな」


マドレリアに向かって爽やかな笑顔を返すテオドルフ。


顔がにやけて蕩けそうになっているマドレリア。


「こちらもどうぞ、ヴァレール様」


彼を挟んで反対側に座っているフェルロッテが、自分のお皿の料理をスプーンに掬って彼の目の前に持っていく。


「あぁ、わかったよ」


そのスプーンにパクッと食いつくテオドルフ。


「こいつも美味いな!」


笑顔になるフェルロッテ。


我慢出来無くなった他のテオドルフファンが彼のテーブルに殺到する。


「ははは。順番だ、順番。あいにく俺の口は一つしか無いからな」


相変わらずテオドルフ様は人気だなぁ。


「ここの料理、美味しいわ。ね?リザベルト様」

「……うん。とても……美味しぃ……」


小さな口で少しずつ食べる仕草が、とても愛らしい。


見ていると思わず顔が緩んでくる。


それにしても今朝、サンドイッチや焼き菓子をそこそこ食べたのに、まだまだ入るものなのね私のお腹……。


順に運ばれてくる料理が一段落して、デザートが運ばれてくる。


甘い物を食べ終わると、ゆっくりと……だが耐えがたい睡魔の魔の手が波打ち際の波のように、繰り返し襲ってくる。

睡眠不足、飲酒、楽しげな雰囲気、満腹感。複合的な要因が重なり、とても抗うことが出来なかった。

いつの間にか瞼が閉じていく。


「アルメリー……アルメリー」


リザベルトが起こそうと何度か腕を揺するが、一向に目を覚ます気配が無い。


「マドレリア……様、ちょっと……アルメリーが……調子悪い……みたい……なので、テラスに……連れて……いって……いい、ですか?」

「大丈夫ですの?」


心配そうに訪ねてくるマドレリア。

脇の下に頭を入れて持ち上げようとするが、脱力した人間は重く、非力なリザベルト一人では到底持ち上げることはできなかった。


「一人では大変だ。俺も手伝おう」


そう言って反対側から体を支えるテオドルフ。


「……う、うん?あ、え?テオ……いえ、ヴァレール様!?」


テオドルフ自身が持ちやすい姿勢にするため何度か体を動かした衝撃で目が覚める。


「ちょっとお待ちになって?ねえ、アルメリーさん」


心臓を鷲づかみする様な冷たい声がかかる。


「私のこんなに近くの席、あまつさえ隣りのテーブルにいたにもかかわらず、居眠りしてしまうとかありえませんわ……今日のお茶会は、あなたにとっては寝てしまうほどつまらなかったのかしら?」

「申し訳ありません、マドレリア様……」

「まぁ、そう言うな。楽しい席だ、俺に免じて許してやってくれ」

「……。まあ、ヴァレール様がそう言うのならば」

「アルメリー、もう自分で立てるか?それともこのままテラス席へ向かうか?」

「あ、もう大丈夫です。自分で歩いて行けそうですので」

「そうか、分かった。無理するなよ?」


マドレリアの冷やかな視線が突き刺さる。


このままここにいても、また居眠りしてしまうかもしれない。そうなればマドレリアの顰蹙(ひんしゅく)を買うだけ。せめて目のつかないところで大人しくしておこう。


「アルメリー……大丈夫?」

「リザベルト様、大丈夫です。心配してくれてありがとうございます。すみません、後で決まった事を教えて下さい」


その部屋から出ると、給仕に付き添ってもらいながらテラスへ移動する。

テラスは奥の部屋から少し離れた反対側にあり、直接見られる事はないだろう。

軒下の日陰の席に座り込む。


マドレリア様、優しい方だと思っていたのに、今日は当たりがきつかったわ。そりゃ、主催者の隣りのテーブルで爆睡とか失礼極まりないわよね。お怒りになるのもごもっともだわ。


それとも、やはりテオドルフ様の関心を奪った事が……?。それにしても今日はフェルロッテ様、やけに大人しかったような……。普段ならテオドルフ様のあんな態度をみただけで激高しそうなものなのに……。やっぱり我慢されてたのかな?


考えているうちに段々と思考がぼやけていき、やがて睡魔に身を委ねていくのだった……。



                  ◇



「アルメリー……起きて。お茶会……終わったよ」


肩を揺らされて、私は覚醒する。充分な睡眠がとれたお陰か、頭はとてもクリアだ。

リザベルトが私に覆い被さる様にして他人からの視線を遮る。

私の口の端から垂れていた涎を優しく拭きとり、身だしなみを軽く整えてくれた後、なぜか横に移動する。


彼女が移動すると、そこには仁王立ちのフェルロッテがいた。


「結局、貴女は最後まで戻って来ませんでしたね。表情にこそ出してませんでしたが、マドレリア様はお怒りだったと思います。たまにあなたの話題が出た時など、目が笑っていませんでしたわ」


フェルロッテが苦言を呈する。


「マドレリア様、お怒りでしたか……申し訳ありません」

「私に謝ってもどうしようも無いですわよ……」

「一応、彼に頼んでこの後もマドレリア様のお相手続けて貰ってるから、それで機嫌直して貰えるといいけど……あなたからも、できる限り早く許して貰えるように何とかしなさいね?」

「はい、フェルロッテ様」

「それと、話は変わるけどつい先程リザベルトから聞いたわ。あなた、今日この後も楽しそうな予定があるんでしょう?私も参加したいのだけど。いいかしら?」



お怒りのマドレリア様をなだめるため彼を使って配慮してくれた事とか、まるであたらしいオモチャを貰った子供のように目を輝かせて期待しているフェルロッテ。

この恩を少しでも返せるのなら、参加してもらうぐらいお安いことよね?と思う。それに、こんなキラキラした目でみつめられたら、うんと言うしか無いじゃない……。


「あ……、え〜っと。じゃあ最初は離れた席にいてもらっても大丈夫ですか?私がトイレに行くのを合図に、お手洗いに行って貰い、偶然会った風を装って一緒に出ましょう。そのまま皆に紹介する流れに出来るとありがたいのですが……」

「わかったわ。それでいきましょう。では先に入っておくから、お店の名前教えて貰えるかしら?」

「『ジルエット』というお店です」

「アルメリー、……そろそろ……私達も……移動しよ……?」

「ええ、行きましょう!」


マドレリア様には本当に申し訳なかったけど、お陰で充分睡眠がとれたわ!頭もスッキリして冴えてきた。次こそは絶対成功させるんだから!


そう固く決意をするのだった。

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