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令嬢は嗤う  作者: バーン
31/63

折衝

時を遡ること数日……。


その夜、月をよく見ている者がいたら違和感を感じたかもしれない。

月の中心に黒い影が一点。

煌々と光る満月を背に、眼下の町並みを睥睨する存在がいる事に。


「……あの辺りだったかしらね……?」


街並みに目星をつけ、一息に飛んでいく。


閑静な住宅街、貴族達の屋敷が建ち並ぶ一角。そこには見覚えのある、貴族の家はかくあるべしといった趣の二階建ての屋敷が建っていた。

空から付近を巡回する兵士達がいない事を確認すると、その建物へ近づき二階のバルコニーに音も無く降り立つ。推進用の火力を最小に絞り、手元に移動して照明の代わりとする。


扉の様な大きな窓に手を翳して小声で魔法を唱えると、キリキリ……カチャン、と音がして鍵が解錠される。両開きの大窓を開け、悠々と室内に入る。


「ふふふ……。さて、アレはどこかしらね?」


ろくに隠せそうな所もないシンプルな部屋。隠すとしても場所はクローゼットの中か天蓋付きのベッドの下くらいだろう……と目星をつける。ベッドの下を探すには這いつくばる必要がある。それは自分の美意識が許さないので、探すのはクローゼット一択。


少し探すだけで簡単に目的のモノは見つかった。


「素敵。これは(ジュルネ)が手に入れたモノだけど、私が有効活用してあげるわね。ふふ……ふふふ……」


モノを手に入れ、優雅にバルコニーに出る。暗い夜空を見上げ、思いを巡らせる。


そろそろ目的を遂行するための活動拠点と、私が寝ている間に手足となって動いてくれる手駒が欲しいわね……。私が輪廻の眠りについてからどの位年月が経ったのか分からないけれど、あの戦いで『我が主』が封印された当時、ザール王国なんて姿形もなかった。

……だとしたらあれから少なくても数百年位は経ってるのでしょう。あの時、我々に勝利した人類の英雄達も、すでにこの世を去っているはず。だけど、今の世にも彼らと同じような力を持った者達がいたとしたら……私の目的が露見すれば阻止されるかもしれない。

私はいまだ覚醒したばかり。焦ってはだめね。この体が、かつての力を取り戻すまでじっくり事を運びましょう。今日の所はこの『薬』で我慢……ね。



手元で照明代わりにしてた火球を背中に回し、バルコニーを力一杯蹴り上げる。軽く屋敷を飛び越え、眼下で小さくなった屋敷の屋根を見た辺りで火球の出力を一気に上昇させて噴射、炎の尾を曳き学院に向かって颯爽と飛び立つのだった。






数日後、エルネット主催の勉強会が行われた。勉強会が終わり二人と分かれ寮へ戻る。普段なら食堂で夕食を摂り、入浴を済ませた後は就寝時間まで、自室で授業の復習をしたりその日の出来事をアンとおしゃべりしながら過ごすのだが、頭を酷使し疲れ切っていた今日は、自室に戻ると猛烈な睡魔に襲われる。

朦朧とする意識の中、アンの手伝いで制服だけはなんとか着替え、そのままベッドに潜り込む。目を閉じると、私はすぐに深い眠りへ落ちていくのだった。





「……んー!」

手を上に突き上げ軽く伸びをする。

辺りが寝静まった深夜に彼女(・・)が目を覚ます。

彼女(ジュルネ)がいつもより早く睡眠を取ってくれたお陰で、枯渇していた魔力が回復し、身体に活力が満ちていた。どうやらほぼ全快近くまで回復しているようだ。


隣のベッドを見るとアンが眠っている。

この前みたいに起きてこられると面倒なので、念のため睡眠の魔法をアンにかけておく。

これで多少の事では起きてこないでしょう。


勉強机の引き出しから魔導具の仮面を取り出し、装着。ベランダに出て、例の飛行する為の魔法を唱える。


「……さて、と。あのやんちゃな子達の所に、ちょっとお邪魔しましょうか。ふふふ」


辺りを見回し、寮に明かりの灯っている部屋や見える範囲のベランダに人気が無いことを確認する。床を力一杯蹴り上げ、空中に身を躍らし推進用の火球の炎を後方に指向させ一気に出力を上げ、颯爽と夜の闇の中へ飛び立つ。


上空から治安が悪いとされている一帯を一瞥し、そこへ向けて飛行してゆく。先日『薬』を入手したあたりへ到着すると、軽やかに降り立つ。


「うぃ〜。もう飲めねえ……。はっ!?だ、誰だおめえ!?どこから来た!」


背後から慌てたような物音と共に声がする。


「あら、起こしてしまったかしら?ごめんなさいね。でも、あなたとここで出会えたのも何かの縁よね。私に少し協力して貰いたいのだけど、どうかしら?」

「へへっ……。協力ってナニするんだい?気持ちいいことなら喜んで協力するぜ。ぐへへ……。あんた胸はねぇが、よく見るといい服を着てるじゃねーか。どこかのお嬢様か?うら若い少女が、一人で夜更けにこんな所に迷い込んでくるなんてな……俺はツイてるぜ……ひっく。きっとその仮面の下も、お綺麗な顔をしてるに違いねぇ!」


男は股間を膨らませ、じりじりと近寄ってくる。


「あら、奇遇ね?私も丁度、精が欲しかったところなの。フフフ……」

「その若さで、なんて好き者なんだ!あんた将来いい女になるぜ。じゃあ早速お楽しみといくかぁ……ぐへへ」


飛行の魔法で消費し枯渇しかけた魔力を回復するために、少し獲物を探すつもりだったけど、たまたま降りたところに丁度良く居てくれるなんて……フフフ。これは手間が省けるというもの。

月明かりだけでも足元は充分見える。目立つのを避けるため、魔法は解除しておく。


「ここは通り沿いだし、誰かが通りかかるかもしれないわ?少し人目のないところに移動しましょう?」

「お、おぅ……。それもそうだな……折角、高貴なお嬢様がさせてくれるってんだ、こんな一生に一度あるかないかの機会、他のヤツに取られてたまるかってんだ……ひっく。いい所があるぜ、ついてきな……ぐへへ」


大人しく後をついていく。こういう貧民の巣窟と化した場所は住みついている輩の方が詳しい。

男は逃げられやしないかと不安げにチラチラと後ろを振り向きながらすすんでいく。少し進んだ所に、扉が半分外れかけている空き家があった。どうやらここが目的地らしい。

近くまでくると、無理矢理中へ連れ込まれる。私は大人しくそれに従う。


「へへへ……。ここなら奥にオンボロだがベッドもある。楽しもうや。ひっく」

「そうね、ここなら……良いかもね?」


奥の部屋に入るなり、男が急に近づき手首を掴んで引き寄せ、酒臭い息を吐きかけてくる。


「あらあら、我慢出来ないのかしら?」


男の股間に手を這わし、愛おしそうに撫で回す。


「お、おふっ……!?そう言うお前さんも我慢できねえんじゃねぇか?うへへっ」


私は短く魔法を唱える。


「んー、何ボソボソ呟いてんだ?……へへへ。ここまでついて来たんだ、逃しゃしねーぜ?」

「さぁ、始めましょう……んふふ……」

「な、何を……あ、あぁ……」


男は目が虚になり恍惚とした表情を浮かべ、ビクン!ビクン!と全身が脈動する。


「あぁ……いいわ……。あなたの精気が流れ込んでくる。あなたも気持ちいいでしょう?」

「何だ、これ……。何もしてねぇのに……あぁ、たまらねえ……。身体の中から全てが蕩けてしまいそうだ……」


しかし、しばらくすると異変が起きたのか、全身がガクガクと痙攣する。


「ぐっ!?があぁ……っ!何、だっ……これ。はぁ、はぁっ……!一体何をっ……!?」


男は空いた手で苦しそうに胸を掻きむしる。

何かに気づいた男は、慌てて一旦離れようと自分が掴んでいた手を振りほどこうとする。だがその意志に反するかの様にその手はまるで固定されたかの様にビクともしない。逆の手を使い指を一本づつでも外そうと試みるが一向に力が入らず、離す事が出来ない。


「も、もう、やめてくれ……。た、たすけ……許して……くださ……」


涙をボロボロとこぼし、鼻水とよだれまみれになった情けない顔で必死に訴えてくる。


「あらあら、ここに連れ込んだのは貴方(あなた)でしょう?それに、この私の一部になれるのだから、貴方……それはとても幸せなことだと思うわ?」


男の股間……膨らんでいた部分から何かが吹き出す音と共にその周囲が濡れ始め、じわりじわりと暖かさが広がっていく。その音は脈打つように続き、膨らみは萎える事なく更に起立する。


「あ、あぁ……うぇ……かひゅっ……」


男は呂律が回らなくなり、うわごとのように言葉にならない声をあげ、やがて一際大きく震えると地面に倒れる。


「あはっ。ちょっとやり過ぎちゃったかしら?」




カラッ……。

後ろから、ガレキの動く物音が聞こえた。

振り向くと、浮浪者が二、三人顔面を蒼白にしてこちらをのぞき込んでいた。


どこかでこの男の声を聞いてから、あわよくばおこぼれを貰おうとして、近づいてきていたのかもね……。


「ひ、ひぃいいい!!」

「うわぁああああ!」

「おたすけぇ!!」


直接目が合った浮浪一人は逃げようとして、振り向きざまに足がもつれ無様にこける。怯え、恐怖にガクガクと震える足には力が入らず、その所為でなかなか立つことができない。

他の二人はそいつを見捨て、我先にと必死で駆け出す。


暫く後、そこには上機嫌な菫色の長い髪の少女が佇んでいた。

二人分の精は成長途上の少女の身体という器には収まりきらず、漏れでた魔力が全身を淡く妖しく光らせ、建物と建物の間から降り注ぐ一筋の月の光に照らされたその現実感のない美しさは、まるで荘厳な絵画の一幕を思わせる。

だが、その足許に精気を根こそぎ吸いとられ、老人のように枯れ果てた骸が打ち捨てられているという現実、その異質な組み合わせは、ただそれだけで非現実的な光景を描いていた。




                    ◇




しばらく彼女は当てもなく彷徨う。スラムと化したこの一体は複雑に入り組んでいるためだ。先程までとは違い、奥へ進む毎に段々と道が荒れてきている。所々瓦礫や廃材等が散乱し放置されたまま。

足元の状態の悪化が酷くて、月明かりだけでは歩くのもおぼつかないようになってきた。

そのため火球を一つを自身の近くに浮かべ、照明の代わりにする。

わざわざこんな所まで来たのは非合法集団(裏の世界の住人)に用がある為。

まともなやり方では会えないだろうし、私にそんな悠長な事をやる時間は無い。手っ取り早く接触するには下っ端にでも見つけて貰う必要がある。そのためには自分から目立つしかない。


「……どうしましょう、迷ってしまったわ。供の者ともはぐれて、私、とても心細いですわ……。メオン!どこー、どこなのー!?」


世間知らずの娘が怖さを打ち消す為にやるように声を張り上げる。心細い令嬢を演じて様子を窺う。あの手の集団は得てして弱そうな獲物には喜んで飛びつくはず……。


移動しながら、何度も何度も居もしない従者の名を叫ぶ。通りをいくつか過ぎた頃、辺りから足音が近づいてくる。どうやら囲まれたみたい、ね……フフフ。


足を止め不安そうにあたりを見回す。


「だ、誰!?誰かいるのですか?メオン……貴方なの?」


暗闇に向かって問いただすと、数人が火球の明かりに照らし出されるように現れた。


「俺たちが、そいつを一緒に探してやろうかぁ~?へへへ」

「うへへ……」

「ひひひっ……」

「い、いえ、結構です!」


ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、じりじりと近づいてくる男達。


ふふふ……思った通り寄ってきたわ……。これが『鴨が葱を背負って来る』ってやつね。

あら?私、こんな諺、知ってたかしら?まあ、この際そんな事どうだっていいわ。


「そんなこと言わずにさぁ~。俺達とイイことして遊ぼうぜぇ~~!」

「お嬢ちゃん、震えてるのかい?俺達とお~っても優しいから安心しろって、なぁお前達ぃ~?」

「「「もちろんでさぁ、兄貴ィ~!!」」」


一斉に唱和する手下共。


コイツ達、ジュルネのアレで見たやつらね。たしか実力も大したことなかったごろつき共。


「んふっ……うふふ……!」

「何だコイツ?急に笑いだした!?」

「恐怖で頭がおかしくなっちまったか!?」

「どうします兄貴ィ!?」

「お、おちつけぇー!お前らぁ!」


明らかに動揺するごろつき達。


「あなた達の上に、ここら辺一帯を仕切っている親玉がいるわよね?私をそこまで案内しなさい、下っ端たちさん?」

「何だと!?」

「はぁ?テメェふざけた事抜かしてんじゃねえぞコラァ!?」

「オメェら!こんなガキに舐められるワケにはいかねぇ!ちょっと痛めつけて、分からせてやれッ!大人しくなった後はひんむいて好きにしていいぞッ!」

「「「流石兄貴!話しがわかるぅ!」」」

「はぁ……。これだから嫌なのよね雑魚は。実力差が分からない上に頭も悪くてホント面倒。……いいわ、相手してあげる」


道中で仕込んでおいた術式を解放するキーワードを唱えると、明かり代わりの火球が一気にふくれあがり、爆発する!

爆発で広がった炎が辺りを一瞬にして舐め回し、一瞬遅れて炸裂音が響き渡る。

衝撃波により吹き飛ぶゴロツキ達と大小様々な瓦礫、舞い上がる砂埃。表面が焦げ、あちらこちらでチラチラと燃えて燻り、煙を上げる廃材。


吹き飛ばされた兄貴と呼ばれた男が見たモノは、建物の壁まで吹き飛ばされ服が焦げ気を失っている子分達と、爆心地で不敵な仕草と表情でたたずむ仮面の少女と、彼女の髪と服が爆発で発生した渦巻く濁流のような激しい風に煽られ、はためいている姿だった。


「ば、馬鹿なぁ!?」

「少しは実力差ってモノがわかったかしら?これでも手加減してあげたのよ?ねぇ、まだやるのかしら?次は命の保障はないわよ。分かったら大人しく私の役に立ちなさい?」


兄貴と呼ばれた男は、仮面の奥で光る菫色の瞳に射すくめられ、早々に抵抗を諦め呟く。


「ったくよぉ……最近、全くついてねえぜ……」


服を軽くはたき、彼は立ち上がる。


「連れて行くのはいいが、後で俺らがボスからどんな目にあうか……」

「はぁ、そんなつまらない事で悩んでるの。そうね、気が向いたらあなた達に手を出さないようにクギを刺しておいてあげるわ」

「……はぁ。まぁなるようになれだ」


彼は苦笑し、遠い目をする。


「あんた、ついてきな。……お前ら、いつまで寝てんださっさと起きやがれッ!」


その怒号で気がついたのか、瓦礫から子分達がのそのそと起き出してくる。


彼を先頭に一つの集団となり、彼らの親玉が最近根城にしている建物を目指しスラムを進んでいくのだった。



                    ◇



「……ちょっとイイすかね?」

「おぅ、デポトワール区の。こんな夜分にどうした?」

「……どーしても、『ボスに合わせろ』と言う客人が居てですね……」

「……ボスはもうお休みだ。日を改めるんだな。自分のシマに帰ってクソして寝ろ」

「……」


目的の建物に到着したあと、子分の一人が門番と軽く問答する。その男が振り向き、へらへらと愛想笑いを浮かべる。


「……と、言う事らしいですが、どうしますかね?」

「あなた達じゃ話にならない訳ね。期待はしていなかったけど。まあいいわ、目的地にはこれた訳だし、ここからは私の用事だから、あなた達は自由にして結構よ?」


『精霊界にたゆたう火の精霊よ 古の契約に基づき我が呼び声に応えよ! 精霊界より炎を導に顕界し我が前に顕現せよ! |火精石竜召喚《アンザール=ヴォリット》!』 


魔法が発動すると、明かり代わりにしていた火球から炎が勢いよく噴出し、一般的な成人男性より一回りほど大きいサイズになると炎が形を変え、圧倒的存在感と質感を伴い明確な姿を現していく。


筋骨隆々な人型のシルエットの上半身と、爬虫類のような下半身、全身を覆う鱗に蜥蜴を思わせる顔、縦に長い瞳孔、片手に灼熱の槍を持ち、全身に炎を纏った宙に浮かぶ精霊がそこに顕れた。


「やれ」


彼女が短く命令を下すと、炎の精霊が間髪をいれず門番の男を力任せに殴る。大人が子供に暴力を振るったかのごとく勢いよく吹き飛び、閉まっていた背後の扉を突き破って全開にし、扉の破片と共に建物内に飛び込んでいく。

男の体はその勢いのままロビーを突っ切り、正面のカウンターを粉砕し、木材が次々とへし折れる大音響を響かせながら壁に衝突し、ようやくそこで止まる。

一瞬でロビーは大混乱に陥った。


「カチコミか!?」

「グエェ……」

「ギャッ!?」

「何だ?何だ!?」


彼女は火の精霊を従え、一人でズカズカと建物の中に入っていく。


「斬新で素敵な内装になったわね。うふふふ」


いち早く混乱から立ち直った一人が報告の為か二階へ駆け上がり、他の者は果敢にも侵入者に対峙する。


「てめぇ、どこのモンならァ!?」

「こんな事してただじゃおかねえゾ、オラァ!」

「覚悟出来てンだろォなッ!?」

「ここからただで逃げれると思うなよテメェ?ガキだからって容赦しねえぞッ!後でてめえを売春宿にでも売り飛ばして修理代にしてやらァッ!」


彼女を睨みつけ、ドスの効いた声で威嚇しながらロビーでたむろしていた男達が近寄ってくる。


「ああ、怖い怖い。怖くて私、建物ごとみんな燃やしてしまいそう……」


ねっとりと妖しく光る目。


回りこんだ男の一人が、隙を見て後ろから無言で飛び掛かる。


「ガッ!は……」


バキバキッと床板が割れる音と共に、こと切れる男の声が口から漏れる。

男は炎の精霊が振り降ろした拳の一撃に叩き伏せられ、頭から床にめり込んで痙攣していた。


「後ろから飛びかかれば何とかなるとおもった?ざ~んねん♡」


コロコロと笑う。

煽られたゴロツキ達のこめかみに、ビキビキッという音が聞こえそうなほど血管が浮かび上がる。


「これ以上舐められるわけにはいかねぇ、おぅ、一斉にかかるぞ!」

「「「おぉ!!!」」」


前後左右からゴロツキ達が少女に対し、一斉に飛びかかる。


『我は願う火よ出でよ 火球となりて 即、爆ぜよッ!』


卵サイズの火球が数個、弧を描くように彼女の周りに生まれ、数秒宙を漂った後、連続して爆発する。

至近距離での爆発に巻き込まれ壁まで吹っ飛ぶゴロツキ達。逆に爆発の中心にいた彼女には一切の傷も火傷も見られない。


「かぁッ!!」


大音量の一喝が、辺りに響く。皆の視線が一斉に声の主へ集中する。


「……お客人、そこら辺でやめてもらえんかの?お前達も下手に動くな」


二階から、低くドスの効いた声が聞こえる。


「あら、貴方がここの親玉かしら?」

「いかにも、ここら辺一帯を仕切っておる『エクリプスノワール』の頭領ディナルドである」

「私は……、イスティス」


お互い視線による睨み合いが続く。その張り詰めた雰囲気に威圧され、金縛りにあったかの様に、この場に居合わせた者は誰一人ぴくりとも動けない。

永遠に感じられた長いようで短い時間が過ぎ、やがてその初老の人物が口を開く。


「全く肝の座ったお嬢さんじゃ。儂の視線に対し、眉一つ動かさんとはな。ここへ、ただ暴れにきた訳ではあるまい。よければ二階へ来るがよい」

「ありがと。話が早くて助かるわ」

「ふん。これ以上暴れられて、無駄に壊されても構わんからな……」


階下の手下達へ片手を広げて見せる。


「このお嬢さんは儂と話があるようだ。お前達、大人しくしとれよ?」

「「「へい!」」」




階段を上り、廊下の突き当たりにある護衛が側に立っている大きな扉をくぐり、高そうな調度品に囲まれた部屋へ通されると、優に三人が掛けれそうなソファーを勧められる。

既に奥のアンティークソファーに座っている頭領の隣には、直立不動の側近が一人おり、こちらに警戒の眼を光らせている。


「……さて、こんな夜分にどの様な要件だ?」

「担当直入言うわ。あなた、いまの小さなシマのボス猿で満足してるの?もっと何倍も広げたくない?どうせなら、この街の裏を牛耳れるほどの勢いで。試してみたくはない?」

「ウチの仕切りが小さいシマだと?さらにオヤジをボス猿呼ばわり、テメェ何様のつもりだッ!?」


イキリ立つ側近を手で制し、


「ほぅ、これはこれは儂も舐められたもんだ。だが興味深い。話だけは聞いてやる」

「あなたが目障りだと思っている敵対集団を私が潰していってあげる。好きなだけシマを切り取るといいわ?」

「ほぅ……。それで?見返りに何を求める?まさか慈善事業ではあるまい?」

「私、手足となって動いてくれる直属の部下が欲しいの。それに足のつかない素材や物品の入手ルート。人目につかなくて、護衛付きの大事な物を保管したりできる隠れ家的な工房も欲しいわ。あと、潰した組織の~、溜め込んでいた金品の半分は成功報酬ということで貰うわね?」

「……ふむ。要求が大きくでたな。それで、儂がこの話を断ったらどうするつもりだ?」

「そんなの決まっているじゃない。これだけ大きな街だもの、他にも同じ様な組織は沢山あるのでしょう?だから手始めにここを燃やし尽くして、また余所を探して、ここのことを土産話として伝えてから、同じように提案してまわるわ?」

「ふぅ……決断する前に隠し事は無しにしたい。あんた、仮面を取ってくれねえかい?」

「ボスがこう言ってんだ!さっさと取らねえか!」

『グルルル……!』


イキリ立つ側近を手で制す。


「コイツ、気が短くてすまんな。あんたもそのペットをなだめてくれ」

「こら、いい子にしてなさい?今、大事なお話中なの」


優しく叱りつけると、精霊は頭を垂れ大人しくなる。


「一つ忠告しておくわ。この仮面の下を見た者は例外なく死体になるわよ?それでもいいのならとってあげてもいいけど?」

「そこがあんたの譲れない所か。わかった。もうそこには触れん。だが、儂も危ない橋を渡る事になる。あんたが本当に潰せるのか、覚悟と実力が知りたい」

「ここでのやんちゃだけでは足りないって訳ね。いいわ、仮面の下を見せない代わりと言う訳じゃ無いけど、やってあげる。で、どこのどいつが目標なのかしら?」

「儂らと縄張り争いをしている新興の『ランキュニエ・ベット』というならず者集団がいる。そこをまず潰して欲しい。……いつまでに出来る?」

「……私も忙しいからね。ちょっと間が空くかも。次に顔を見せる時には潰した土産しょうこを何か持ってくるわ。その後、納得するまで確認すればいいわ。後でそのならず者集団の溜まり場の地図を貰えるかしら?」

「わかった。後で地図を渡す。話が終わったら地図を描く間、少し下で待ってちゃくれねぇか?」

「いいわよ。あ、それとね、外で待っていると思うアイツらだけど、私にくれないかしら?」

「……さっき言っていた直属の部下の話か」

「そう。どうかしら?」

「あいつ達でいいのか?」


頭領は顔の前で手を組み、視線を外さずにしばらく黙り込む。


「あんたが奴等を潰した暁には……いいだろう」

「正式に私の部下になるまで、彼らにお仕置きなんてしちゃダメよ?」

「はぁー、仕方ねえな……。わかった、手は出さんよ。アイツ等も命拾いしたな。あんたの一声がなければ、ここの損壊の責任をとらせる所だ」


人差し指を下に向け、その指でテーブルをトントンと叩く。


「うふふふ……」

「ははは!」


「あ、そうだ。ここの修理費は、そのならず者集団の私の取り分で賄うといいわ。お釣りはいらないから。ふふっ。私から伝えたい事は終わり。お互い、良い関係を築けるといいわね」


席を立ち、部屋から出て行こうとすると、頭領から声をかけられる。


「……こちらから連絡したい場合は、どうすれば良い?相手によっては報復の可能性もある」

「……そうね、急ぎでないならあなたが用意してくれる工房にメモでも残しておいて。言っておくけど私は用心棒じゃないのよ?報復が怖ければ、あなた自身が傭兵か用心棒でも好きなだけ雇って自分達の安全を確保すればいいだけの話じゃない?」


話は終わったと言う風に片手を振り、精霊を従え颯爽と部屋から出て行く。




残された二人は扉が完全に閉まった事を確認すると、どちらからともなく声をかける。


「……ボス、あんな小娘の戯言、信じるんですかぃ?」

「……先程の話が成功すれば良し、失敗してもあのお嬢ちゃんの事など知らぬ存ぜぬでシラを切れば良い。なぁに、勝手にやってくれるんだ。こちらに損はない。違うか?」

「確かに……」

「あぁ、だかヤツの素性が知りたい。あのお嬢ちゃんが従えてた魔物、ありゃあどう考えても魔法だな。魔法が使えて、仕立ての良い服。どこかのお貴族様の令嬢……か?」

「どこの家の貴族かすぐに調べろ。あの髪の色は特徴的だ、すぐに分かるだろう。家が分かれば、脅迫、家族の誘拐、取れる手段は広がる。貴族と言うだけで信用、権力……。使い道はいくらでもある。背後にいるとちらつかせるだけでも儂の発言力は大きく変わるのだ。この先、何かあった時の保険は大事だからな……」

「はっ!」




階下に降り、未だピリピリとした雰囲気の漂うロビー。そこにあるいくつかのソファーのうち、無傷のソファーに近づくと、そこに座っていた男達は立ち上がり、そそくさと彼女から距離をとる。

空いたソファーの中心に可愛らしくちょこんと腰掛ける。


男達は遠巻きに彼女を見るだけで皆、押し黙っている。


暫く待っていると、軽く巻いた羊皮紙を持った側近が降りてきた。


「待たせたな」


地図を受け取ると、それを見ながら幾つか質問のやり取りをする。


「では、頭領によろしくと伝えておいてね」

「ま、精々頑張ってくれ」


お互い手を軽く振ると彼女は無人の荒野を行くがごとく、そのまま振り向きもせず建物を出ていく。


組織がもっと大きく脂が乗ってきたら、ディナルド……あなたの事、聞き分けが良いかわいいお人形にしてあげるわ……ふふふ。


そこで待機してた者達の兄貴と呼ばれた男を指差して、


「あんた達の事、話つけてきたわ。喜びなさい?近いうち私の直属の手下になるの。あんたらのボスからも直に通達があると思うわ。だから誰も手を出さないはずよ。私の配下(げぼく)になった暁には色々(・・)してあげるから。今から楽しみにしておきなさい?」

「!?」

「私の下につくの嫌なの?なら、今からでもアレ(・・)の責任取る?」


親指だけ立てて握り拳を作り、振り向きもせずチョイチョイと後ろの建物を指す。


「あ、いえ、配慮ありがとうございます……」

「一応、あなたの名前を聞いておくわ?」

「俺は、バルナタンと言います」

「じゃ、バルと呼ぶわね。あんた達、もう解散してもいいわよ」


一同はポカーンとした表情を浮かべるが、我に返った者から、会釈したり、手を振ったりとそれぞれ挨拶の様なモノをしては、ここからぽつりぽつりと離れていく。


帰りが大変ね。歩いて帰る訳にもいかないし……。


チラリと後ろを見る。

建物の中から何人かこちらを見ている気配がする。


後を付ける気満々ね。つけてきた手下を消すのは簡単だけど、今は信用を売る段階。

どうせ学院の門は夜中はガッチリ閉まっているからどのみち徒歩では戻れないし。

学院に戻るところだけ見られなければそれで良いわけだし。放っておきましょう。


飛んで帰るにしても、もう一人ぐらい探して魔力を補充しておかないと……。


そうだわ、どうせ潰すんだから一人ぐらい減っていてもいいわよね。


地図を頼りに早速ターゲットの縄張り周辺へと向かう。


途中で認識阻害の魔法を使い、追跡の目をくらますと先程の酔っ払いと同じように一人でぶらついていたチンピラを誘い、人目に付かない所に誘い込む。

そこで魔力を充分に回復した彼女は、悠々と虚空に飛び立つ。


翌日、黒焦げで身元不明の干からびた遺体が一つ、現場の周辺住民によって発見されたのだった。


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