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令嬢は嗤う  作者: バーン
30/63

勉強会

「今日も星が綺麗ね……」


夜空に輝く星を見上げ、独り言をつぶやく。


雲一つない空に満天の星空が広がっている。


目を瞑り、ここ最近の出来事をダイジェストで鑑賞する。


「この身体、まだ私が起きたい時に起きれないのが不満だけど、まぁそんな事はいいわ……んふふ。何やら昼の私(ジュルネ)が面白い物を手に入れたみたいね。丸ごとあの子に渡してしまうのもつまらないわ。幸い二つあるわけだし、片方は私が貰っておきましょう。ンフフ……。売るもよし、少し手を加えれば他の用途に使える素材にもなるし……」


使い道に思いを馳せていると、ふいに後ろから声がかかる。


「お嬢様、いつ起きられたのですか?」


チッ。いちいち感のいいメイドね……。大人しく寝ておけば良いのに……。

まぁ、ここは軽くあの子のフリをしておきましょうか。


「ちょっとお花を摘みに?」

「左様ですか。明日も授業があるのですから、あまり夜更かしせぬようにお願いします」

「そうそう。アン、この前の仮面はどこにしまったかしら?精霊祭の時に買ったじゃない?捨ててはないわよね?……ちょっと出してきてくれないかしら?」

「え、あれはお嬢様がお買い求めになられたものでは……いえ、何でもありません。だだ今お持ちします」

「私もいくわ。寝室よね?」


一緒に寝室へいき、ベッドに腰掛けて少し待つ。


「お待たせしました。こちらでございますね?」

「ありがとう。これよこれ」


指を鳴らしてアンの意識を強制的に刈り取り、傀儡モードに切り替える。


「あなたはそのまま朝まで寝ててちょうだい。あ、窓はそのまま開けておいてね?」

「……はい、お嬢様。では、失礼します」


意志の感じられぬ虚ろな瞳でベッドへ入り目を閉じたアンを見守ると、一応解除の為に指を鳴らし居間の方へ戻る。

机の引き出しから小刀を取り出して仮面へ上位古代語の文字列をガリガリと彫り終えると、魔法を唱える。


「火よ 虚像を結べ 幻影の理を円環となせ……施すは(すみれ)色 流麗たる長き髪と共に 其を装う者に与えん!『 幻影装衣 』(イク=ジオン)」  


仮面に彫った文字に魔力が宿り、仮面の端からゆっくりと魔法のベールに包まれるようにキラキラと輝いていき全体が柔らかな光に包まれた後、フッと光は消え失せる。


「この何処にでも売っている安っぽい仮面、私には相応しくないのだけど、まさか誰もこれが身につけた者の姿を『菫色の長髪と化粧』を施した姿に変える幻影魔法が永続付与された魔道具(アーティフィシェル)だとは思わないでしょうね。ふふふ……」

窓の外に広がる星空を眺め、眼を細める。


「さぁ準備も出来た事だし、夜の散歩としゃれ込もうかしら?……羽を生やして飛んでいくのが一番てっとり早いんだけど、あれって結構痛いし、根元の周囲の肌も荒れるし、服が破れるから却下ね。風系の魔法で直接飛ぶと言うのも、私の得意属性では無いからどうしても上手く出来ないのよねぇ。めんどくさいけどアレを使うしか無いかしら……」


ベランダに出て、魔法を唱える。


「我と我が四肢の届く範囲を支配下に 其を領土とし 空と風から独立せん。

 万物に与えられし大地と地の精霊との契を 限りなく薄く細く霞と化せ。

 火よ出でよ 我が領土へ火の円環を作れ。 

 猛る火よ舞い踊れ 我が意志に従い 力を解き放て! 『 飛翔炎舞(ラント=フラーダ) 』


体の周りに球形の結界が出来上がり、つま先でちょっと床を蹴るとまるでボールが跳ねるような感覚で結界ごと体が少し浮き上がって暫くして着地する。炎の輪は、私の意志に従い自在に火力が変化し、結界の周囲を滑るように移動する。


「うん、やればできるじゃない、上出来。今度、何かご褒美あげちゃおうかしら?……この魔法って働きかける所が多いから、発動したら魔力が殆ど枯渇しちゃうと思ったけど。意外ね、少しだけ余裕があるわ。……あの子(ジュルネ)がちゃんと魔法の練習してるおかげかしら?私が目覚めた時に比べたら、多少は魔力量が増えてるみたいだし。でも、こんなものではまだ全然だめね?……そうだわ、良い事考えちゃった!ねぇジュルネ?私からのご褒美、楽しみにしておいてね?んふふ……あはははは!」


辺りを見回し、寮に明かりの灯っている部屋や見える範囲のベランダに人気が無いことを確認して、颯爽と夜の闇の中へ飛び立っていった。




            ◇




あっと言う間に日々が過ぎ週末が訪れた。


午前中の授業も終わり、もうすっかり馴染んだティアネットを入れた三人で食事を摂る。


「はぁ~~。この後の事を考えると憂鬱ですねぇ……」

「教官の……サインは……貰った……?」

「それはばっちり貰ってきたわ!」

「勉強とか苦手~~。分からない所だらけなので教えて下さいね、お二人共っ!」

「ティアは気楽で羨ましいわね〜。ふふっ」

リザベルトも微笑む。


「でも、勉強だけなら空いている普通の教室使えばいいと思うんですが、なんでわざわざあそこまで行かないといけないんですかね?」

「あんまり他の生徒に見られたく無いとか?他に考えられるとしたら、魔法とかも使うのかも?」

「なるほど……?」


皿をつつきながら会話を交わし、楽しいお食事タイムは終わる。


「さあ、これからもうひと頑張り行きましょうか」

「……うん」

「はーい」




研究棟。各種研究資料を集めた資料保管庫と、生徒の魔法の練習場を兼ねた堅固に作られた学院内でも一際大きな建物である。


エントランスに(そび)え立つ威圧感が半端ない像達を横目に、使用許可書を受付の係員に見せるとすんなり入棟できた。


「奥の練習場で待つようにと、エルネット様から伺っていますので、そちらでお待ち下さい」


そう言われたのでそれにしたがい奥に進む。


練習場に入り、その脇に設置されている仕切りで区切られていない座学用スペースの適当な席に座り主催者を待つ。


暫くしてからエルネットが現れた。


「少し生徒会の業務が長引いてしまって遅れてしまったわ。ごめんなさいね?」

「いえ、私達もついさっき来た所なので」

「なら、問題ないわね?皆揃ってるみたいだし、さっそく始めるわよ」


勉強会はいきなり座学のテストから始まり、地理、歴史、紋章学、文章問題、魔法体系、基礎魔法理論、魔法薬学、等多岐に渡り、精神的に疲れてしまった。


「はい、お疲れ様。座学の方は後で採点して指導方針を決めて行くつもりよ。それで、あなた達がどうしてここに来て貰ったのか、何のためにやるのかこの際だから話しておきましょう。目的が見えているほうが、あなた達も勉強に身が入るでしょう?」

「あ、確かにそうですね?」

「なる……ほど」


ティアネットもこくこくと頷く。


「目的はズバリ、成績上位者に名を連ねてもらい生徒会へ入って貰う事よ」

「生徒会へ!?」

「あひゃあ!?」

「……!」


たしかに今のままの状況に甘んじていては当初の目的が果たせない所だったわ。『渡りに船』とはこの事ね?


「そ、そんな、無理ですよっ!?」


ティアネットは狼狽し、引きつった顔で真っ先に声を上げる。


リザベルトは瞳に決意の意志を込めて頷く。


「……頑張ります!」


彼女と頷き合って力強く宣言すると、ティアネットが私達を驚愕の目で見つめている。


「二人の意志は確認できたけど、残るあなたはどうするの?」


口角を上げて目を細め、ティアネットを見つめるエルネット。


彼女に皆の視線が集中する。雰囲気に耐えられなくなったのか、半泣きの様子で口を開く。


「が、がんばりますぅ……!」

「よろしい!まぁ、最低でも座学の内、魔法関係だけでも優秀な成績を取りなさい。魔法の実技の方が抜きん出てれば、あなた達も推薦が貰える可能性はないこともないわ?私としては、普通に成績で通過(パッセージ)して欲しい所だけどね?」


エルネットは、普段魔法の授業で的として使われている等身大の人形を指さす。


「では皆、隣の練習場へ移動して?用意ができたら一人ずつ、得意な魔法をあの目標に放ってみて?順番は適当でいいわ」


ひそひそと話し合い、ジャンケンで負けた私、リザベルト、ティアネットの順になった。


精神を集中し、詠唱する。


「我は願う水よ出でよ 水よ氷の針と化し 目の前の敵を貫き給え……」


私の周りにふよふよと出現した数個の卵サイズの水球が細長い楕円状に引き延ばされ、カチカチと急速に冷却され固まっていき鋭い氷の針と化した瞬間、勢いよく飛び出していき目標に吸い込まれるように深々と突き刺さる。


ドヤ顔でエルネットの方を見る。


「次の人の邪魔よ。早くそこから退きなさい」


そう言われて少し腹が立ったが、交代するリザベルトの笑顔をみたらどうでもよくなった。


「囲め囲め……魔力の盾よ 我が眼前の対象に……庇護を与え 敵の魔手から……護りたまえ……」


魔法の詠唱のように決まり切った文言なら、彼女はどもらず正確に発声する事が出来る。


彼女が魔法を放つと、目標の等身大人形はキラキラと一瞬輝く。


「アルメリー、もう一度、あの目標を攻撃してみて」


言われるまま私は魔法を放つ。


先程と同じように勢いよく目標に飛んでいくが、氷針は対象に当たる直前に見えない壁のようなモノに阻まれて数本は軌道が逸らされ、正面から衝突した氷の針は粉々に砕けちってしまった。


「なかなか優秀な強度の魔法防壁ね、流石はシャルール家の令嬢だわ。リザベルトさん、あれはどのくらいもつのかしら?」


「ニ、三分は……持つと……思います」

「うん、いいわね。実戦でも充分使える水準だわ。では次ティアネットも見せてくれる?」


「あ、あの私……放出系の魔法より、付与系の方が得意なんです。そう錬金術とか。授業で作った魔法薬の成功率が他の子より割と高くて教官にも褒められました。素材の手持ちが今は無いのでちょっと作れないんですが……えへへ」

「ふふふ。ここが研究棟でよかったわねティアネットさん?幸い、ここには素材が揃っているのは知っているわね?この中の物は自由に使って良いと教官達に許可も得ているわ。使った素材は後で一覧を書いて提出して貰えれば生徒会の方でちゃんと補充しておくから、安心して一つ何か作って貰えるかしら?」


エルネットが準備室の隣にある素材保管庫の前に行き、懐から取り出した鍵で扉を開け、ティアネットを手招きする。


「ふぁっ!?あぅ、わかりました……作りますぅ……」


油断してた本人がうなだれ、情けない声を上げる。だが、誘われるまま素材保管庫に入ったとたん、驚嘆の声を上げる。


「わぁーー!、なにここすごい。これまだ授業で使った事無いけど魔法薬学書でみたやつ!あ、こんなモノまであるんだ!?どれもこれも王都周辺では採れない貴重な試料や素材じゃないですか?見た事無いものもいっぱいあります、え、これはっ!?」


興奮した声が室内から響く。暫くするとそれも落ち着き、何点かの素材と空の透明な小瓶を持ってでてきた。それを机に置くと近くの棚にある調剤用の器具を取ってきて、机の上に使い易いように配置する。

てきぱきと必要なものを器材にセットし、素材をすり潰したりして薬効成分を抽出する準備を進める。


「なかなか手際が良いわね?」

「えへへ……なんか照れますね~~!」


そのまま抽出作業が終わるのを静かに待つ。

ある程度時間が経ち、抽出が終わる。

瓶に規定量の蒸留水を流し込んだ後、次に抽出した液体を注ぐ。


「万物に宿る秘められた力よ 今ここに結ばれ 治癒の力を開花させ給え……美味しくな~れ♡」


瓶の中の液体が混ざり合い魔力の光を帯びると、赤黒い液体が混ざりながらみるみる内に鮮やかに変色していく。瓶の中身の液体が全て透明感のある赤色に変色し終わると光は薄れて消え、瓶の中は凪の状態となり安定する。


「……よし!成功だわ!」

「えっと、んー……。私もあんな詠唱は初めて聞いたのだけど……最後のは一体なんなの?」

「授業で教わる魔法薬学書の薬って、美味しくないじゃないですか」

「たしかに飲み辛いのには同意するわ。『良薬は口に苦し』と言うし。普通、この手の魔法薬は我慢して飲むものだから」

「だから、私の世界の魔法の言葉……を詠唱に組み入れたら美味しくなるんじゃないかと思って……。今回、自由に素材が使えるという事なので試してみました!」

「ティアネットっ……!?」


(それ、その界隈のお店で提供される料理への付加価値、言うなれば只のリップサービスよね……?実際行った事ないから私もよく知らないんだけど……。)


私の心配をよそに、ティアネットはウィンクを返してくる。


(この子、何もわかってない……あはは……。)


「は?私の世界?……まぁいいわ。それで?」


(えっ……先輩、スルーしてくれた?)


「よかったら味見します?」

「いいわ、ちょっと待ってなさい」


すると、エルネットはスッと懐からナイフを取り出し、自らの手のひらをナイフで傷つける。


「う、ふぅッ!……さぁ、これでいいかしら?あなたの作ったそれ、頂いてもいいかしら?」


湧き出た鮮血が机の上にポタポタと滴り落ちる。


最初は驚いていたティアネットだが、己が何をするべきか認識し、すぐに駆け寄り小瓶を手渡す。エルネットは覚悟を決めた表情で瓶の中身を一気に飲み干す。


目を見開き、驚愕の表情を浮かべる。


「何コレ……!美味しい!?」


やがてエルネットの手のひらから滴っていた出血が止まり、傷が直っていく。


「効果は標準的なモノと遜色ないわね。ただ魔法薬としての完成度は『花丸』をあげちゃうわ。かつてこんなに飲みやすい魔法薬なんて無かったもの。こんなに美味しい魔法薬を作れるというのは貴重ね。これ、本気でやれば一日にどのくらい作れるのかしら……?」

「ちょっと試した事がないのでわかりません。今度、教官に試させて貰います」

「後で、と言わず今やってみれば?良い機会だもの。ちょっと限界まで作ってみたらどう?」

「えっ!?今からですか?」

「何?この会に参加しておいてやる気がないの!?」

「ひっ!?」

「……そうね、ではこうしましょう。本日生成に成功した魔法薬は生徒会が全て買い取ります。それならやる気がでるのではないかしら?」

「ホントですか!?が、がんばりまっす!」


完全に目が¥と化した彼女は全力で媚び始める。


「エルネット様~。成功率を爆上げできたり、先の授業で教わる魔法に関する知識とか技術(こつ)とか、何かあれば教えて下さい~」


上目遣いで、目をキラキラさせながら訴える彼女。


「うーん、そうねぇ……」


ティアネット、その質問ナイスよ!


「地道に努力するしか無いわねっ。これは私の経験則なんだけど、魔力が尽きるまで毎日魔法を使って練習を繰り返せば基礎魔力量は少しずつだけど確実に増やす事ができるわ」

「おぉ……そうなんですね、ありがとうございます!」

「あと、二学期からは魔法系の授業は一変するの。一学期の様子を見てた教官達が習熟度を判断して生徒を七段階の等級に振分けるわ。そこからは月ごとに各等級の生徒の入れ替えもあるの。だから常に上位の等級に在籍していれば、より多くのことを学べるはずよ?」


「「「はい!」」」


「いい返事ね。その返事に免じて一つだけ教えてあげる。と言ってもそろそろ授業の方でも教えて貰えるころかも知れないけど……」


彼女は一旦前置きして、コホンと咳払いをする。


「では基本からおさらいするわね。この世界では、魔法が発動するには万物に宿る精霊や神の御使いである天使といった超常の存在に力を借りる必要があるわ。私達とは違い、実体を持たない存在(かれら)に私達の声を届けるには魔力を帯びた声による『詠唱』が必要なの。

『詠唱』が発せられる事によって、水面に水滴が落ちて波紋が広がるように、あまねく世界中にいる『力ある存在』が応えてくれて私達の魔力を対価に魔法が発動し、あらゆる世の事象を書き換えていくの。ここまではいい?」


三人共頷く。


「あなた達が今までやってきたのは『詠唱』の部分だけ。何に力を借りるか、事象をどのように書き換えるかを導く道しるべの様なもの。詠唱だけでも魔法は発動するわ?だけど実はそれだけでは未完成なの。『力ある言葉』が乗る事で魔法そのものが強化され、一つの魔法として完成するわ」

「……あのー、質問なんですがー」

「何かしら?」

「教官は何で最初からこれを教えてくれないんですか?」

「この学院に来たばかりの子は基本的に魔法や魔力の操作が未熟の子がほとんどだから、最初は『詠唱』だけに知識を制限しておけば、たとえ誰かの魔法が暴走したとしても威力が制限されているから被害を最小限に抑えれるでしょう?あと『力ある言葉』が乗る事で消費魔力も増えるから、発動途中に魔力切れをおこし気絶しちゃって倒れて怪我する事も防げるわ。実際そんな事になると、本人も周りの人も困るでしょう?」

「あー、なるほどー。魔法の操作に習熟すれば暴走する事がなくなり、魔法を日々使う事によって基礎の魔力量も増える。基礎がしっかり安定してからならその強化法を教えても問題ない……なるほど理に適ってますね」

「そういう事よ。ただ私達生徒同士で勝手に教えるのは禁止とされているから、授業で習うまで我慢しなさい?この国では一応魔法も軍事機密の一種とされているから、後からバレたりしたら怖い人達が来るわよ?」

「「ひぇぇぇ……」」

「とにかく練習あるのみよ?では、貴女達はそのまま続けていて?私は隣りの準備室で先程の答案を採点しておくわ」




                       ◇




廊下に数人の軽快な足音がしたと思うと扉が勢いよく開かれ、颯爽と会長が登場する。ヴィルノーと執事達数人とを引き連れ、遠慮無く練習場に入ってくる。

執事の彼らはそれぞれワゴンを押して来ている。


「やあ、君達。エルネットはどこか知っているかい?そろそろ休憩時間かと思って差し入れを持ってきたんだか?」

「あ、アルベール様、ご機嫌麗しゅうございます。エルネット様ですか?となりの準備室に先ほど入られました」

「ありがとう、アルメリー君」

「やあアルメリー嬢。姉さんの授業はどう?辛いことはされてはいないか?」

「そんなに心配される事は何もないですわ。逆に私達が知らないことを教えて頂き、感謝してます」


ワゴンから美味しそうな香りが漂ってくる。ワゴンに乗っている容器には全て磨き抜かれた銀色のカバーが被さっているため中身が全く見えないが、中身は多分スイーツだろう。


午後からテストと魔法の操作で脳を酷使したため、身体が甘いものを欲している気がする。そのせいか視線がワゴンに釘づけになってしまう。


会長は軽く手を振りそのまま準備室に向かい、ヴィルノーはこちらに何か話しかけたそうにしていたが、踵を返し会長に続き部屋へ入り、最後尾の執事が丁寧に扉を閉める。

私達はそれを押し黙って見つめていた。


「……ふう。そういうことかー」

「何がですか?」


リザベルトも不思議そうに首を傾げる。


「エルネット様が私達の教師役を引き受けてくれた理由よ。アルベール様が働きかけたのね、きっと」

「え?なんでそんな事、アルベール様がする必要があるんですか?」

「……そこはよく分からないけど。学院内でリザベルトがセドリック様と一緒にいれる時間を増やすとか多分そんな所じゃない?一人なら気後れするだろうけど、私達が一緒なら安心とか考えたり、とか……?」

「えー?アルメリー様がどこかでフラグとか立てたりしたんじゃないですかー?」

「……フラグ……?なに……それ?」

「あー、なんでもない、なんでもないの!あははーっ。ホントなに言ってんだろねこの子は~!あはは~!」



後ろ手でティアネットの太ももをギュッとつねる。


「いっ!?」


(アルベール様とは今のところ何もないはずよね……。……よね?)


記憶を思い返してみるが……特に思い当たる節はないと思う。多分……。


「じゃー、私これから魔法薬作りまくりますんで、お二人は見てて下さいねー」


と言って太ももをさすりながら、保管庫から材料を持ってきて作業を始めたティアネットだったが、4本作成した段階で成功したのは2本。最初はお金に目がくらんでノリノリだったが、集中力がきれたのか3、4本目を連続で失敗し、そこで(あきら)めが入り「授業ではもっと成功したのに……。素材が勿体ないし……まだ時間はあるし……」と言い訳を始め、見てて可愛そうだったので慰めながら話しかけているといつのまにか他愛もない話を皆で交わす休憩モードに入ってしまったのだった。




                       ◇




「やあ、エルネット。そろそろ休憩時間だろう?差し入れを持ってきたよ」

「お待ちしておりましたわ、会長」


採点の手を止め、伸びをするエルネット。


執事達は空いているテーブルの上にテキパキと用意をし始め、卓上は所せましとスイーツが並び、みるみるうちに見事なティータイムのセットが出来上がった。


「待っていたのは、私よりこっちなのだろう?フフッ」


手の平で用意されたティータイムのセットを指し示す。


「まぁ、会長ったら……ふふ」

「頑張っている君の為にヴィルノーも連れてきたよ?」


アルベールが一声かけると、後ろで控えていた背の高い黒髪の青年が前にでてきた。


「まぁ、なんということでしょう!お心遣いありがとうございますっ!」


彼女は彼の近くまで椅子を引きずっていき、いそいそと椅子の上にあがって手を伸ばし彼の頭を抱きかかえヴィルノーの頭をなで回す。


「はぁ~。やっと半日ぶりに弟成分を補充できたわ~!これでこの後からの勉強会の指導も頑張れますわ~!」


彼女は至福そうに満面の笑みを浮かべている。


「エルネット、よければ折角のお茶が冷めないうちに召し上がれ」

「では、お言葉に甘えて……いただきますわ!」


椅子から降り、スイーツが用意されたテーブルに着席して早速食べ始める。


「流石王室御用達のスイーツ達ね。とっても美味しいわ~!ヴィルノー、よかったらあなたも食べなさいな~」


下品にならないギリギリのラインで姉はスイーツを頬張る。あまりの良い食べっぷりに驚いたヴイルノーが心配して声をかけ、お茶を勧める。


「姉さん、落ち着いて。スイーツは逃げないから。さぁ、これも飲んで」

「ありがとう。このお茶、とても良い香りがする。スィーツにも良く合ってておいしいわ~!」


エルネットがスイーツをある程度食べて一旦落ち着いたところで、アルベールが話を切り出す。


「で、どうだい?勉強会の方は?」

「座学の方は採点中なので……今は魔法の実技の方しか答えられませんが良いですか~?」

「ああ。かまわない、続けてくれ」

「リザベルト様はすでに実戦で使えそうな水準ですね!流石シャルール家の令嬢ですわ」

「他の二人は?」

「アルメリーさんは普通……いえ、見込みはあると思います。ただ期末試験までだと少し時間的に厳しいかもれしません。あとどれだけ成長が見込めるか……そこが推薦を受けれる鍵ですかね~?」

「ふむ、……なるほど彼女は少し厳しいか。それから?」

「最後のティアネットさんは錬金術が得意みたいでした。本人も言ってましたが付与魔法との相性が良いみたいですわ。怪我人が多く出るのが見込まれる実戦に近い期末試験や大規模演習などの際でも、回復系術士の数も限られてますし、事前に協力を得られればかなり助かりますわ。彼女の作る魔法薬は現時点ですでに価値があります。この先……より上級の高品位の物を作成するのに特化していくのか、効能の異なる各種魔法薬を幅広く作れる様になるのか、彼女の才能がどう伸びるのか、私個人としても見守って行きたいですね」

「弟以外に君が特に興味を惹く子が現れるとは、今日はなかなか珍しいことが起きたな。ふむ。その子に頼んで魔法薬の内製化ができたら色々と予算が抑えられるかもしれない。これはセドリックが喜びそうな案件だな。引き続き彼女達の報告、頼む」

「ええ、分かりましたわ」


二人の会話が途切れた所でヴィルノーが割って入る。


「姉さん、卓上のスイーツを全て一人で平らげるつもりかい?甘いモノを食べすぎると太ってしまうと聞くよ。できれば姉さんには今の体型を維持していて欲しいと思っているのだけどね?」

「あなたがそう言うなら、仕方ないわね〜~」

「せっかくのスイーツ達も残してしまうのもあれだし、勉強会に参加した彼女達にご褒美としてあげてはどうだろうか?」

「そうね、あの子達もそろそろ集中力も切れてくる頃だろうし、休憩にしてもいいわね。呼んできて貰えるかしら?」

「分かったよ、姉さん!」


扉に向かって嬉々として駆け出すヴィルノー。





「……教官が~。……なことがあって、私笑っちゃったんですよ~!」

「なにそれ、見たかった!」

「……ふふっ」


キャッキャッと話しをしてたら急に準備室の扉が開く。ヤバっ!?っと思い身構えたけど、部屋から出てきたのがヴィルノーで安堵する。


彼の方も寛いでいる私達をみて衝撃を受け一瞬、身体が硬直し唖然とした表情をしていたが気を取り直したのか、近寄ってくる。


「君達、中に入って一服しないか?」

「良いのですか?」

「姉上が、そろそろ休憩にしようと言われたから呼びに来たんだ。安心したまえ」


ニッコリと微笑むヴィルノー。


「えっと、ヴィルノー様。私達がサボっておしゃべりしていたの……見ました?」

「何の事かな?自分は呼びに来ただけで何も見てないし、聞いてないかな?」

「「ありがとうございます!」」




彼について準備室に入ると、そこには普段見たこともないようなスイーツの楽園が広がっていた。

執事の人に各種のスイーツを綺麗に切り分けて貰い、美味しい紅茶と共に舌鼓をうつ。


やがて座学の採点が終わり指導に復帰したエルネットの監督の元、(最初の内はアルベールやヴィルノーの参観があって気が散ったものの)私達は至福のひと時を味わった事で、放課後を知らせる鐘の音が聞こえるまで魔法の練習に集中して打ち込む事ができた。


ティアネットは調子を取り戻し、最後には自分の財布にぎっしりと詰まった銀貨と達成感を得て、自信がみなぎっていた。

私達は心地よい疲労感と共に確かな成長の手答えを感じて勉強会を終えたのだった。


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