決意
柔らかな陽光が窓辺から差し込み、小鳥の囀りで目が覚める。
見計らったようにメイドが寝室に入ってくる。身だしなみを整えて貰い、仕度が終わると他の人より少し早めに寮から出て学院の校舎に向かう。
小鳥が空を舞いながら囀り、今日も穏やかな一日になりそうと予感し、自然に顔がほころぶ。
校舎入り口辺りのいつもの場所までくると、アルメリーを静かに待つ。
あちらこちらで生徒達が朝の挨拶を交わすのが聞こえてくる。
「……様、待ってくださいよ〜!」
校舎の周囲に植えてある樹や花を見回して愛でていると、誰かを呼ぶ一際大きな声が聞こえ、そちらを振り向く。
そこには友人のアルメリーの姿と、彼女に子犬のようにまとわりつく制服を着た一人の少女がいた。
「あーっ!もう!離れなさい!みんな見てるじゃない!」
「だって、アルメリー様が悪いんですよ~?」
その光景にチクリと胸の奥が痛む。
アルメリーにあんなに密着して……。
彼女の隣は私の特等席だったのに……。
視線を落とし、彼女に声を掛けようかどうしようか迷っていると、あちらも気づいたようで向こうから挨拶してきた。
「リザベルト様、おはよう!」
「ぉ、おはよぅ……」
「アルメリー様、この方……あ~~~!?」
幼い顔つきの彼女がアルメリーの肩からひょっこりと顔を出して驚く。
「何をそんなに驚く事があるのよ……。昨日、あなたを助けたときに私と一緒にいたでしょーが!」
「あー!!いましたいました!でもやっぱりお二人が近づくルートなんて、もがっ!?」
アルメリーが急いで彼女の口を手で塞ぎ、空いた手で頬をつねる。
「あははー、この子ったら急に何をいいだすのかしらー。ねー?」
「いっ!?いふぁふぁふぁッ!!あーん、ありゅめぃーさみゃー、ごめんなふぁい!ゆるひて!」
「リザベルト様、この子、昨日助けたあと大食堂で私達の所に来たあの子よ。さ、ティアネット、あらためて自己紹介して?」
「リザベルト様、ティアネット・ガエル・フェルネです。よろしくお願い致します」
「ぁ……。ぁの子……ね?でも二人……すごく……仲いい……みたいね……。……ぅらや……ぃ」
「ごめん、最後の所が聞き取れなかったわ、もう一度言って貰ってもいい?」
「なんでも……なぃから……気にしなぃ……で」
やっぱり、私は私がきらい……。なんでこんな話し方しか出来ないんだろう……。
皆と同じように、普通に喋りたい……。
たった一日であんなに親しく……。一体何があったの……?
それに彼女と比べて……私、アルメリーと親しくなるのにどの位かかったかしら?
聞いてみる?いいえ、話していい事なら、昨日私を先に帰らせたりなんてしなかったハズだし、きっとアルメリーの方からいつか話してくれるわよね?待つことは私、慣れているもの……。
でも、このままだと……私の居場所……彼女にとられちゃうのかな……?
そんなのは嫌……!
私も彼女みたいに明るく……元気になりたい……。
変りたい……。お願い神様、私に勇気を下さい……。
「それで、相談なんだけど……。昨日あんな場面に出会したじゃない?一度手を差し伸べたなら、せめて状況が改善するまで付き合ってあげるべきだと思うの。だから今日からこの子も私達と一緒に行動させたいのだけど……どうかな?もちろんリザベルト様が良ければだけど……」
「……ぇ……ぁ、……ぅん。ぃいんじゃ……なぃ?」
「よかったぁ!ありがとうございます。リザベルト様!」
ティアネットは満面の笑みを浮かべカーテシーをして軽くお辞儀する。
笑顔は子供っぽくて可愛いし、なにか事情があるにせよ……この子自体は悪く無いわよね……きっと。
「これから……よろしく……ね。ティアネット……様」
「あ、私の家、リザベルト様よりめっちゃ格下なんで、様とか敬称なくていいですよ~」
「わかった……わ」
「こんな騒がしい子だけど、許してあげてね?ティアネットもあまり迷惑かけたらダメよ?」
お互いの紹介も終わり、三人で一緒に校舎へ入っていく。
意識していつもより半歩ほどアルメリーの近くに寄る。少し胸が高鳴る。
心臓の音が彼女に聞こえてしまわないかしら。
時折、ティアネットが話しかけてくる。それに応えるように笑顔を返す。彼女に負けないように私も頑張ろう……。
◇
校舎に入り、教室までのあまり長くない道のりの間、思案する。
問題は、私がキャスパーには警戒されていて、スリーズとは仲が良くない事。まともな会話になるの?うーんやっぱりこれってハードル高くない?……いえ、悩んでいてもだめだわ、ここまで来たら気合いを入れていかなきゃ!
廊下で彼女達と別れて教室に入る。室内を見回すと、目的の彼がいた。
スリーズ達はまだ来てないのでこの際、都合が良い。真っ直ぐキャスパーの所へ行き声をかける。
「……キャスパー様、少しよろしいですか?」
「ひっ!?あ、アルメリーィ?」
上擦った声で慌てて周囲を確認するキャスパー。あれ以降、彼はすっかり大人しくなってしまっている。
警戒レベルが1段階上昇したようなピリッとした緊張感が教室に走る。
ザワ……ザワ……。
「今度の日曜日は空いていますか?」
「あ、空いてはいるが……?」
精一杯の虚勢を張る彼。
「よかった!今度のお休みにお茶会を開くので、キャスパー様を招待したいのですが……」
「私を……だと!?テオドルフ様には許可を頂いているのか?」
「あ、そんなに心配されなくても……二人きりでは無いので、許可はとらなくても大丈夫でしょう?たぶん」
「うぅむ……しかし……女性だけの集まりではないのか?」
「キャスパー様以外にも、知り合いの男子に当てがあるので安心して下さい」
彼は少し悩み、周囲を伺う。教室にいるクラスメイトはまだ少なく、遠巻きに二人のやり取りの推移を見守っている。
キャスパーを連れていけなかったら、そもそも論で失敗なのよ!?こうなったら私がもっと積極的に行くしか無いわ……!
「……何か問題でも?」
彼の手を両手で柔らかく包み込むようにして持ち上げて、私より背の高い彼の瞳をまっすぐに見つめる。
キャスパーはみるみる頬が上気していき、空いた手でポリポリと顔を搔き、目をそらして軽く咳をする。
「……私以外にも、男子が参加するのだな?分かった、君の招待に応じるとしよう。詳細が決まったらまた教えてくれ」
「ありがとうございます。では、またご連絡しますね」
それだけ伝えると、踵を返し自分の席へ行き荷物を下ろす。すると教室の警戒感が解かれ、各々の会話が次第に戻っていく。
心配していたが、すんなり事が終わって拍子抜けだった。
キャスパーはテオドルフ様の事を今でも警戒してるから、多少体の一部が触れたとしても、勘違いして私に何かしてくる事はなさそうだわ。
後はスリーズ……ね。誰かに要らない事を吹き込まれる前に彼女へ声をかけないと。
そう思うと、居ても立っても居られなくなり、教室から飛び出て校舎の入り口へ向かう。
暫く待っていると、やがてサントノーレとフェーヴが来た。
「ごきげんようフェーヴ様、サントノーレ様。あら?スリーズ様はご一緒ではないのですね?」
「あらアルメリー様。あなたから声を掛けてくるのは珍しいわね?今日は雨でも降るのかしら?」
「スリーズ様はねー。ちょっと風邪を引いたんだよー」
「そうだったんですか。実はスリーズ様へ少しお話があって、お待ちしていたのですが……」
これはチャンス到来!?
「……あの、今日の授業が終わったら、スリーズ様のお見舞いに行ってもいいかしら?」
「え?あ、アルメリー、あなた正気!?私達、あなたとは色々あったわよね?」
「ええ。出会った時から、正直あまり良い思い出はありませんね……」
「まさか、スリーズ様が弱ってるこの隙に毒でも盛るつもりかしらっ!?」
「そんな事するつもりないわよ!?」
「何が目的なの?」
「だから、お話がしたくて……」
「本当の事を言いなさい!あなたは私達が嫌いなんじゃないの!?いえ、嫌いなはずよ!あなたの事を目の敵にしてるクリュエル様に命じられるままに、あんなことをしたのよ?」
「まあ、確かに……。でも、もう随分前のことだわ。最近は何もされてないし、そんなに気にしてないから」
「信じられないわ……」
「本当は私だって……いえ、なんでもありませんわ。うふふ……」
「本当は何よ?気になるじゃない!はっきりいいなさいよっ!」
「あの……フェーヴ様、サントノーレ様、ティアネットという子はご存知ですか?」
「ええ、知っているわ。その子がどうしたのかしら?」
「最近、何かおかしな事言うようになって距離を置いてるのよねー。ちょっと頭が心配かなー?」
「たまたま……その子と最近知り合いになってね。彼女に頼まれたのよ、貴方達とまた仲良くしたいからなんとかして欲しいって」
「あなたって……実は、面倒見がよい方?」
「スリーズ様のお見舞い、来てくれるのはいい事よねー?」
フェーヴは意外そうな表情を浮かべた後、ため息をつく。
「はぁ……。本当にそれだけなんでしょうね?あなただけなら断っていたけど、ティアが一緒ならまあ……いいわ。彼女とは知らない仲じゃ無いし。では、放課後連れていらっしゃいな。ここで待っているから」
「わかったわ。ありがとう」
ふと、サントノーレの目が少し輝いているように見えた。
「サントノーレ様、どうかしました?」
「あはは……いえ、何でもないのー。ティアがそう思ってくれてたのが嬉しくて……」
「……私だって、あの子が元に戻ってくれたら、その……ねぇ?サントノーレ様」
「前はもうちょっと大人しい子だったのよー?あまりべたべたしてくる子じゃなかったしー」
「確かに。あの子おかしな事言うようになってから急に身体とか触ってくる様になったわね……」
「え、あ、そうなんだ!?」
あの性癖は前世の影響だったのねー。道理で友人から避けられるハズだわ。
異常に密着してくるティアネットの事を思い出してぶるっと身震いする。
「あなたも身に覚えがあるのね……」
「あはは……」
辺りに予鈴が鳴り響く。
「いけない、もうこんな時間!それじゃ、放課後にまた!」
挨拶もそこそこに急いで教室に戻るのだった。




