精霊祭
「……皆も知っての通り、精霊祭とは精霊に祈りを捧げ、作物の豊穣を願うために毎年行われる都を挙げて三日に渡り開催される盛大な行事である。当学院ではその初日を学院生全員参加で祝うのが定例の行事となっている。
本日は色々な精霊に関する創作活動の展示や演劇発表など各学級ごとに各種催事などが例年通り開かれる予定と聞いておるし、わしも見て回るのが楽しみである。この日までに私の横に並ぶ生徒会及び精霊祭実行委員や、その活動に協力し尽力してくれた生徒諸君に皆で改めて感謝の意を込めて拍手を贈ろう」
全校集会という事で練兵場に集められた私達。快晴の空の下、高さ数メートルに及ぶ精霊像を背後にした学院長が音頭を取る。それを合図に練兵場に整列した生徒と教官達が一斉に割れんばかりの拍手をする。
皆の前に立ち、鳴り止まぬ拍手に今日まで頑張ってきた事が評価された気がして、達成感と共に恥ずかしいような嬉しいような感じがしてこそばゆい。
やがて学院長が片手をあげると、拍手が止み静寂が場を支配する。
「あー、本日は招待された父兄の皆様が午前中一部で行われる授業を参観しにこられるので、皆も出会った際は失礼の無いように気を付けて欲しい。それと……」
「えー、呉々もはしゃぎすぎて事故や怪我など起こさないように。わしからは以上じゃ」
朝礼台の様な形をした頑丈な木製の台から学院長が降りると、代わりに生徒会長が登壇する。
「生徒会長のアルベールだ。皆、楽にして聞いて欲しい。本学院で行われる精霊祭は君達の先輩に当たる方々の尽力や積み上げた信用・信頼によって、学院から自由を勝ち取ってきた。
その最たるものとして、本日は平日であるにも関わらず自由な外出が可能だ。寮の門限も無いに等しい翌朝の日が昇るまで、とされている。
だが、自由とは身勝手に振る舞って良いと言うことではない。街へ繰り出しても、当学院の生徒であることを自覚し、当学院の生徒として皆に良識ある行動を期待する。門限が事実上無いようなものだとしても、各々が常識的な判断に基づき、後夜祭に参加できる様に学院に帰ってくる事を望む。
もし何か問題が起きてしまえば来年度からそれを防ぐ為の罰則や規制が復活したり、新設されてしまう事にもなりかねない。将来の後輩達へこの伝統を受け継いで行く為にも、くれぐれも規律有る学院の生徒としての振る舞いを心しておいてくれたまえ」
そこで言葉を止め、生徒を端から端まで見回すとゆっくりと両手を広げる。
「ここに精霊祭の開催を宣言する!解散!!」
生徒達から大歓声が上がる。
バラバラと分かれていく生徒達。学級の展示当番は校舎に、演劇などの出し物をする者達は大講堂に向かう。それ以外の生徒は仲間同士で集まって行動し始めている。
実行委員である私もその大きな流れに乗って校舎の方へ向かう。
この日に向けて長いこと準備してきた。父兄参観のため授業を行う一部の教室を除き、昼の部は各クラス毎に展示や大講堂で劇などを披露する。
夜は後夜祭を行い貴族の子息・令嬢は大講堂でダンスパーティに参加し、平民出の生徒は練兵場に組んだ巨大な精霊像を燃やしキャンプファイヤーを行う予定だ。
どの学級がどこで何を行うのかはリハーサルなどを通して頭にバッチリ入っている。
そして満を持して精霊祭が始まるのであった。
実行委員である私も劇の順番の進行などのスケジュール管理、トラブル対応など委員の皆と忙しく立ち回る。
誰かと一緒に展示品を見て回ったり、劇を観たりする事が出来ないのが辛い。
リザベルトのクラスは展示をすると聞いていたが、実際に彼女がどんなモノを作ったのかじっくり鑑賞できないのが残念だった。
喧噪の中で慌ただしく過ぎていく時間。あっという間に日が暮れ、生徒は大まかに二つの方向へ移動する流れができてゆく。一方は大講堂へ、一方は練兵場へ。
実行委員は二手に分かれ、後夜祭の司会とその助手として参加する。私は練兵場側の担当になっており先輩の司会を少し後ろで見守っている。
「……みんなー!盛り上がってる-!?精霊祭の〆はやっぱりコレよね!目を開いてよーく見ててネ!」
先輩は右手を広げ、中指にはめた魔法の発動体である指輪を像に向けそれを突き出すようにして、詠唱を唱える。
「我は願い奉る猛り狂う炎蛇よ 我が前の像を燃え上がらせ給え!」
先輩の手の平から人の腕ほど太さの有る炎の蛇が勢いよく飛び出し、舐めまわすように精霊像を這いずり回る。木材で組み上げられた像はその蛇に触れた部分から次々に燃えだし、やがて像全身が赤々と燃え上がる。
「さぁみんなー!像を囲んで踊りましょ!形なんてこの際無視しちゃってー!好きに踊っちゃおう!」
その声に触発されて密集した人垣から一人、また一人と躍り出た生徒が輪を作り像を囲んで踊り始める。授業で習ったダンスを踊る者、盆踊りのような踊りをして周りを楽しませる者、それぞれ思い思いの踊りを舞って楽しんでいる。
予定されていた全ての催しがこれで終わり、ようやく実行委員としての役目から解放されたのだった。
キャンプファイヤーの順調な滑り出しを見届けた私は、その場から出来るだけ目立たないように抜け出す。
この会場で一際賑やかな一角が存在した。そこでは一人の男子を取り合う女性徒達の姿があった。
「マルストン君、私と踊りましょう?」
「いえ、私とよ!ね、いいでしょ?」
「わーたーしーが目をつけてたんだからー!もー!」
「あの、私も、お願いしたい……かな?なんて……」
等々、沢山の女生徒に手を掴まれ、胸を押し当てられ、服を引っ張られ、マルストンはもみくちゃにされる。
彼が王都で有名な老舗豪商の息子というのは既に周知の事実なのだ。普段から彼は生徒会に常駐してる事が多いので彼女達はあまり話す機会に恵まれないのだが、彼の家に嫁ぐ事ができたならば親共々一生楽に生きていけるのである。もし彼がダメでもその友人知人に紹介して貰えさえすれば今までより格段に良い生活を送れるのだ。
彼女達もこの機会を逃すまいと一生懸命になっていた。
そのマルストンは司会の助手として目の前にいたアルメリーを最初にダンスに誘おうと機会を伺っていた。だが、自身が行動を起こす前に群がってくる彼女達によって全く身動きができない状態に陥っていた。
僅かな視界の端で捉えていた彼女が会場からこっそり抜け出す事に気付いたが、彼にはもはやどうする事も出来なかった……。
◇
「……フェルロッテ……さま。アルメリーが……ぃません……」
「あら、本当ね?……あっ、テオドルフ様……」
フェルロッテがフロアの中央から戻ってきたテオドルフを見つけ声を掛ける。
彼がこちらに気付いていたのに、ダンスの相手をして欲しいという令嬢達が次々と群がって順番を巡る争いが巻き起こりまともに彼と会話が出来ない。
カッ、カッ、カッ……と苛立ちと共に靴音を響かせ、彼女が何事か呟くとその周辺の気温が一気に下がったのか、彼と周りに群がっていた令嬢達が身震いする。
「フェルロッテ様……」
彼の周りにいた令嬢達もやっと彼女に気がついたのか、おずおずと道を開ける。
「フェルロッテ、ちょっと寒いからそれヤメろって……」
彼に言われて魔法が解除されたのか、皆の体の震えが次第に止まってゆく。
「テオドルフ様、アルメリーを見かけませんでした?」
「アルメリーは実行委員だろ?こっちに居ないんなら、練兵場の方じゃ無いのか?」
「わ、わたし……委員の人、に……きぃて……きます」
「リザベルト、あなた一人で大丈夫?」
「ぁの人達……腕章……してる、から……分かり……ます。大丈夫……」
彼女はあぶなっかしい足取りで実行委員を探しに行く。
「大丈夫かしら……。見てるこっちが不安になるわ」
「じゃ、ひとまず問題ナシだな?お待たせ、可憐な君達。この冷えた体をダンスで温め直しててくれる子は誰かな?」
「私です!」
「私よ!」
「あわわ……私も……」
「あなた後から来たでしょ!私の方が先よ!」
「何よ!私の方が上手なんだから!」
毎度の事ながら呆れるフェルロッテ。視線をそらし、大講堂中央で踊る生徒達を少し羨ましそうに眺める。そこでは曲に合わせ何組もの生徒達がクルクルと華やかに舞っていた。
暫くして曲が終わると中央で踊っていた生徒達が休憩に入り、待機してた子達と入れ替わると同じ位にリザベルトが帰ってきた。
「委員の人に……聞ぃたら……練兵場の、方の……担当……らしくて……。最初の、挨拶……終わったら……その内……こちらに……くるんじゃ、ないか……って」
「でも、練兵場と大講堂の間は距離があるとはいえ、開始の挨拶を終わらせて歩いてくるにしても、余裕でここに着ける程の時間は経っているわよね?」
「ぁちらと、こちら……挨拶に、時間の差……そんなに……なぃと、思ぅし……見つから……ないの、おかしぃ……」
フェルロッテが辺りを見回すと、壁際でヴィルノーが会長と談笑をしているのが目に入る。
「リザベルト、こっちよ」
リザベルトの手を掴みズカズカと進んでいく。
「会長、ヴィルノー。二人共一緒に居てくれてよかったわ」
「どうした?何かあったのか?」
「アルメリーが……来なくて。心配……です……」
「アルメリー嬢が!?」
「フェルロッテ、詳しく話してくれないか?」
「ええ……アルメリーが実行委員で、練兵場の方の担当になってたの。まぁ、これは委員の方で決められてた役割だから別にいいの。問題はこれから先よ?
私達は、練兵場の方の挨拶が終わったらすぐにこっちに来るだろうと思ってたのよ。あの子も貴族の出だし、リザベルトや私達も大講堂にいるから。でも、いくら待っても一向に来ないから委員の子にリザベルトが聞きに行ったの。
その委員の子も気楽にその内こっちに来るんじゃないかって言ってたって……。でも練兵場と大講堂の間は距離があるとはいえ、歩いてくるにしても余裕で着ける程の時間は既に経っているのよ?おかしいと思わない?」
「それは確かにおかしいな……」
「自分が練兵場まで確認しに行ってきます!」
「練兵場の方にはマルストンが居るはずだ。見かけたら合流して何か知ってる事がないか聞いてみてくれ」
「分かりました!」
ヴィルノーを見送るとフェルロッテが一つ溜息を付く。
「……私はテオドルフ様を連れてくるわ」
ヴィルノーが大講堂を出て最短経路で練兵場に向かっていると、向こうから駆けてくるマルストンを見つけた。
「おーい!マルストン!」
その呼び声に気付いた彼は、ヴィルノーの前まできて止まり肩で息をする。
「はぁはぁ、ヴィルノー様、どうしてこんなところへ?はぁはぁ……大講堂の方におられるはずでは?はぁはぁ……」
「ああ、我々は大講堂の方にいたのだが、アルメリー嬢の姿が見えなくてね。こちら側にいた実行委員に聞くと彼女は練兵場側の担当らしく、挨拶が終わればそのうち来るのでは?という返事だったので暫く待っていたのだが一向に姿が見えないので、そちらに探しに行く所だったのだ」
「……そう、だったのですか。はぁ……はぁ……」
「それでなのだがマルストン、君は彼女の動向についてなにか知ってる事や気付いた事はなかったか?」
「はぁ………こちらの会場では、彼女は最初、はぁ……委員として司会の助手的な立場でその後ろに控えていました。司会の挨拶が終わり、はぁ……精霊像が盛大に燃え上がった時には、その場所にいました。はぁ……そして生徒達が輪になって踊り始めたとき、こっそりと会場から抜け出す彼女の姿を見たんです。
はぁ……追いかけようと思ったのですが、その間も無くぼくの所にダンスの申し込みが殺到してしまって……。最初は断っていたのですが、どうしても放してくれない子数人の相手をしてる内に彼女の姿を見失い、急いでこちらの方へ駆けてきたところだったのです」
「その行動は、確かにおかしいな……。取りあえず一旦皆と合流して対応を考えるとしよう」
「わかりました!」
大講堂前でヴィルノーを待つ一堂の所へ、ランセリアが優雅に現れる。
「アルベール様……こんな所へいらしたのね。中にいないんですもの、探しましたわ。それで皆さん、どうしてこんな所に?」
「ヴィルノーを待ってるんだ。マルストンがなにか知らないか確認してくると言って出て行ったからな」
周りの喧噪を余所に、皆沈黙して待っていると暫くしてヴィルノーがマルストンを連れて帰ってくる。
「どうやら彼が、会場の練兵場を抜けだす彼女を見かけていたようです」
「何!本当かマルストン!?それで、彼女は何処へいったのだ?」
「それが、その時ぼくは周りを囲まれ身動きが出来なくて、すぐに追いかける事ができなかったから……すみません、分からないのです」
「くそっ……!」
「彼を責めないであげて下さい。彼も有力な豪商の子、女生徒に人気があるみたいで……」
「……それで、これからどうするの?」
アルベールが手を広げ、リーダーシップを取る。
「では手分けして聞き込みをするとしよう。何か情報を掴んだ者は即座に、ここ大講堂前に戻る事とする。何も掴めなくてもある程度の時間が経過した時点で一旦帰投すること」
皆が、思い思いの方向へ散っていく中、唯一ランセリアはまるで散歩をするような雰囲気で大講堂の周囲を優雅に散策するのであった。
ある程度の時間が経ち、再び皆が合流する。集めた証言を纏めて要約すると「寮の方へ行くのを見かけた」「メイドと一緒に門の方へ向かっていた。街を挙げての盛大な祭りだし繁華街の方へ出かけたのではないか?」
という様なモノであった。
「アルメリー嬢は学院から出たのか?」
「どうやらそうらしいな……」
「あれからかなり時間も経っている。連絡用員として何人かここに残して探しに出るべきだろう。もちろん私も行こう」
早速動こうとするアルベールの手を掴み、踏み止まらせるランセリア。
「あなたは生徒代表なのよ?軽々しく動くべきでは無いし、学院にいないといけないわ。わかっているでしょう?」
「し、しかし……くっ!」
諭され、ろくに反論もできず悔しそうに黙り込み俯くアルベール。そんな彼を苦々しく見つめるランセリア。
「フェルロッテとリザベルトはここにいてくれ。俺が探しに出る」
「卿だけに任せるわけにもいかない。自分も出ます」
「ぼくも行きます!」
三人が声を上げると、アルベールが護衛に剣を出せ、と合図する。二人の護衛は一瞬ためらうも、鞘ごと差し出す。
「一応、念のために剣を持っていけ。三人とも」
護衛達の剣は二人に、自分が行く気だったため用意させていた煌びやかな装飾が施された剣を弟のテオドルフに渡す。三人は頷き剣を受け取る。
「店の使用人達を使ってでも探し出します!」
「あっ、ずりーなお前!」
「アルメリー嬢は私にお任せを!」
「頼むぞお前達!」
「頼むわね」
「頑張って!」
と言葉を交わし合うと、三人は学院の門をくぐり抜け王都の繁華街へ探索に出発するのであった。




