糸口
「あ~もう、一向に見つからないわね~。探し始めてもう2週間よ?本当にあるのかしら?」
「お嬢様、誇張しすぎです。実質週末しか探しておりませんよ?」
「むーっ!」
ぷくー。頬をふくらませてアンを威嚇する。
「これだけ探したのに、なんで現物……ましてや情報すら手に入らないのよ。もー!!」
「色や大きさ、使用目的などが分かればある程度は絞り込みもできますが、やはり名前だけでは探すのも一苦労ですね……」
「それでも、一応は商業区のめぼしい所とか一通り当たってみたよね?」
などと話しながらいつの間にか繁華街の外れの方まで来ていた。
「……こうなったらちょっと危険だけど、あっちの方も探してみる?」
かつてヴィルノーに危険だから行かないように、と釘を刺された港湾地区の方を見つめる。
「王都の城壁の外側に広がるって聞いた貧民街に行くよりは安全よね……?」
「お嬢様、危険なのはどちらもあまり変わらないと思いますが。……私も帯剣しておりませんし、身の安全を保障出来かねます」
「あんまり深入りしないから……、すぐ逃げる事ができる所までならいいでしょ?そう!例えばあそこに見える酒場みたいな所とか!それに私、魔法だって使えるんだから!」
「授業の方は参観の許可が無いのでお嬢様の実力の程がよくわかりませんが、入学してまだ二ヶ月です。その魔法も、いざ実戦となったら即座に使えるのでしょうか?悪党は待ってくれませんよ?」
「うっ……!」
そうだった。魔法を使うには精神集中や詠唱などが必須で、初心者の私には魔法を発動させるために集中しやすい環境と時間がかかる。悪党は、授業で標的にする地面に固定された反撃してこない人形とは違うのだ。
「二週間探しても見つからなかったのです。ランセリア様にはあるがままの事を報告して、今回は諦めませんか?」
「で、でも……ッ!私……!」
ランセリアに折角頼られたのに、これを見事にこなせばきっと機嫌を直してくれるに違いない、頼まれたものが見つけられなくて悔しいという思いが、知らず知らず涙という形で溢れ返る。
それを見て根負けしたのかアンも態度を軟化させる。
「……仕方ないですね。では、あそこに見えている1軒だけですよ?私、体術の方は剣ほど得意ではありませんので、十分ご注意して下さいませ」
アンの同意を得て、勇気を奮い起こし足を進めていく。見るからにガラの悪そうな人達が出入りしてる酒場に大分近づいたという所で脇道から人影がスッと現れ、あわやぶつかりそうになり踏鞴を踏む。
「あっ、危ないじゃないの!どこに目を付けてるのよ!?」
「おっと済まねえな……っと。あれ?この前の嬢ちゃんじゃねーか?」
「あ、あんたは!」
「お嬢様、言葉遣いに……」
アンの突き刺さるような目が痛い。
「先日はお嬢様のために、窃盗犯を捕まえて頂き大変ありがとうございました」
「その事はもういいって。……で、こんなとこで何してんだ?ここら辺はあんたらみたいな、お上品な方々が立ち入るような場所じゃねえぜ?」
「あそこにある酒場で情報を集めようと思って……」
目と鼻の先にある酒場の方を小さな仕草で指さす。
「おいおい正気か?そんないい服着てあんなとこに行こうとしてたのかよ……。客層見れば自分達がどうなるかぐらいわかんだろ、普通……」
彼はやれやれといった仕草で首を振る。
「で、でも……商業区のめぼしいお店は大体探したわ!?もうここでは何の手掛かりも手に入らないのよ……!」
自分で言ってて少し泣きそうになる。
「あ~~!もう、分かった分かった。あんたは何か探してるんだな?よし、酒の一杯でも奢ってくれたら、探すのを手伝ってやってもいいぜ?ただしもっとまともな店で、だ」
彼に説得された私は、一緒に繁華街の方へ戻ると彼が贔屓にしてるらしい酒場『雲雀の踊り子亭』へ到着する。店内に入ると彼は空いていた隅のテーブルにドカッと腰掛け、私達にも座る様に促す。
そこそこ繁盛してるみたいで今の時間でも店内は賑わっている。これなら少し声を抑えるだけで私達の声は周囲の喧噪に掻き消され、他のテーブルの客に会話が聞かれることは無いだろうと思う。
全員着席すると彼は大声で女給を呼ぶ。その声に反応し、可愛い子が注文を取りに来た。
「あっ、オーレッドさん!いつもありがとうございますぅ~。今日はお早いんですね?」
「ティアナちゃん、今日も可愛いね~!」
「そんな~。まぁ、私が可愛いのはあってますけどぉ~!」
「いつもの一杯!それと何か、つまみになるようなもの三つ四つ適当に持ってきてくれ!」
「はーい、かしこまりましたぁ!」
暫くしてお酒が並々と注がれた木製のジョッキと何品か料理が運ばれてくる。
「お待たせしましたぁ~!ごゆっくりしていってくださいね!」
さっそく彼はジョッキのお酒を呷るように飲む。
「かァーッ!真昼間から飲む酒はうめぇーッ!しかも奢りとくらぁ!最高の気分だぜ!」
「それで……あの……」
「分かってるって。料理は適当につついていいぜ!あんたらの奢りだしな?」
「いえ、お嬢様がおっしゃっているのはそうではなく……」
「……何か探してるんだったな?こう見えても俺ぁ、あんた達みたいな良いとこのお嬢さんよりこの街の事なら確実に詳しいんだぜ?さぁ言ってみな?」
「えっと、『アルクアンシエル』というモノなんですが、名前しか分からなくて。あ、雨のあと空に架かる虹の事では無いですよ?」
それまでへらへらしてた彼が急に真面目な顔つきになり、声を抑え尋ねてくる。
「……そうか。で、なんでそれが欲しいんだ?」
「私の大事な人に頼まれたんです。だから探して手に入れようと思って。でも街中聞いて回ってるけど一向に見つからなくて……」
「一応確認しておくが、本当に欲しいんだな?」
「え?ええ……欲しいわ」
「それ……結構、値が張ると思うぞ?それでも欲しいなら……また夜にでも、ここに金を持ってくるんだな。連れて行ってやる」
「お嬢様、この話どう思われます?私は胡散臭いと思いますが……」
「別に俺の話が信じられないなら、ここに来なければいいだけだ。違うか?」
「アン、あれだけ探して全く手懸かりすら無かったのよ!?せっかく掴んだこの機会、失いたくないわ……!それにこの方は窃盗犯を捕まえてくれたし、先程無策であの見るからに怪しそうな酒場に行こうとした私を止めてくれたわ。結局、この人に二度も助けて貰った様なものだし……。だから信じたい、いえ信じるわ!」
「お嬢様がそう仰るなら……」
「週末なら、俺は良くここにいるからな。……まぁ、その気になったら来てくれればいい」
「それと、一つ忠告しておく……目的地の周辺は治安が悪いんだ。そんな上等な服を着てくるなよ?速攻で身ぐるみ剥がされるか、誘拐されるのがオチだ」
「忠告ありがとう、覚えておくわ」
私は徐にテーブルから立つとアンもそれに続く。彼女は巾着袋から幾ばくかの硬貨を取り出しテーブルにそっと置く。
「用事は終わったわ、そろそろ行きましょうアン」
「このくらいあれば足りるでしょうか?」
「ああ、ここの支払いならそれだけあれば十分だ」
彼と別れた私達は忠告を聞き入れ、繁華街の商店で平民用に売られている地味な服を一式、二人分購入する。寮での着替えは寮長に咎められたら誤魔化せないだろうと諦め、一旦服を屋敷へ置きに寄って学院へ戻るのだった。
◇
「ランセリア様!お待たせしました!」
休み明け、意気揚々と生徒会室に乗り込む。
精霊祭に向けて生徒会とのやり取りは粗方終わっていて本来なら特に用がないのだけど、委員長に無理矢理なんとか用事を作って貰ったのだ。
入り口を勢いよく開け、すぐ大きな声を出したモノだから生徒会室の皆の視線が集中する。
扉を開けるまではランセリアに『やっと報告が出来る!』とそれだけで頭がいっぱいだったため、改めて状況を認識すると恥ずかしくて顔がみるみる赤くなってしまう。
「ほう、個人的な私用で生徒会役員でもない者が勝手に生徒会室に入ってくるとは……偉くなったモノだな?」
「あっ!?いえ、済みませんでしたセドリック様!もちろん委員会の用事で来ました!」
「精霊祭も、もう今週末。もはや開催日を待つだけとこちらは認識している……そちらとのやり取りは、ほぼ終わったはずだが?」
と、素っ気ない態度でセドリックが言い放つ。怯まずに彼の元へ行き、委員長からの書類を机に置く。
「セドリック様、委員会からの書類です。ご確認下さい」
彼の反応を待っていると横から声が掛かってきた。
「アルメリー、後で私の方から出向くから終わったら準備室で待っていてくれるかしら?」
「あ、はい!分かりました!」
そのやり取りの僅かな間に彼は会長からサインを貰い、私に返してくる。
「この件は特に問題無いだろう。そのまま進めてくれ」
「ありがとうございます。では、失礼します」
書類を受け取り、生徒会室から退室すると抑えていたテンションが上がりスキップで準備室まで戻るのだった。
委員会の細々した残りの仕事を終わらせ、もう誰もいなくなった催事準備室の掃除を済ませて準備万端にしてランセリアを待つ。
暫くするとコンコン、とドアをノックする音が聞こえる。
「どうぞ、お入り下さい」
「失礼するわ」
入ってきたのは待望の彼女だった。
「よかったらお好きな所におかけ下さい、ランセリア様」
彼女のそばへ寄り、着席を待ってから話し始める。
「大変お待たせしました。喜んで下さいランセリア様!例のモノの有力情報が手に入りました!」
「そうなの?素晴らしいわアルメリー。流石ね」
「この二週間、週末のお休みを利用し繁華街のあちこちを聞き込みして周りました。そして、ようやく『アルクアンシエル』の所在を知っている方に出会えたのです!!」
「ですが、その方曰く売っているお店があるのがちょっと危険な所にあるらしくて、それ自体も値が張るとの事。欲しければ来週またお金を持って来るようにと、言われました」
「危険な場所なら……、無理していかなくてもいいのよ?」
「いえ、ランセリア様に折角頼って貰ったので、ここは友人として頼れる所を見せたいというか……折角手に入れた機会なんです。そこに多少の危険があるとしても、それで信用を勝ち取れるのであれば安いというもの。何としても成功させて見せますので期待してて下さい!」
彼女が少し目を広げて吃驚する。
「あなたがそこまで言うのなら……分かったわ。必ず手に入れてきてね」
「代金なのだけど、具体的に教えて貰ってないのよね?払えるかしら?」
「それでしたら多分、一応……なんとかなると思います」
「具体的な金額が分かったら教えて。後で必ず払うから」
「あなたには体を張って貰う事になるのだから、少しは色をつけて提示してもいいのよ?」
少し悪戯っぽく笑う彼女。
「私、ちゃんと正確に報告しますから!」
「ふふっ。では、待ってるわ」
「あ~~やっと笑顔が見れました!ランセリア様ってば、セドリック様の誕生日以降、少し不機嫌なご様子でしたので心配してたんですよ!」
「そうだったのね。私も最近、色々考え事があって……。でも、それももう少しすれば解決するかもしれないから、あまり心配しないでね?」
「なるほど……分かりました。私の方も状況をやっと報告出来ましたし、半分肩の荷が下りた感じがして大分気が楽になりました!あの、今日はこれで用件は……?もし、終わりならランセリア様、途中まで一緒に帰りませんか?」
ランセリアは急に何かを思い出したように服や手提げ袋を探し出すと困った顔をする。
「あっ、ごめんなさい。どうやら教室に忘れ物をしたみたいだわ。アリメリーは先に帰っていて?」
「なら、私も一緒に探しましょうか!?」
「ちょっと人に見られたくない私的な物なのよ……」
「そうなのですか……。では、お先に失礼します……」
準備室から一緒に出て廊下でお互い手を振って分かれた後、校舎の窓からしょんぼりと歩いて帰っていくアルメリーを見下ろし、その姿が見えなくなるまで見守る。一人残ったランセリアは軽く握った手を口元にあて、意識を思考の海へ潜らせる……。
アルメリーのさっきの言葉は……彼女がそんな風に考えていたなんて、ちょっと以外だったわ。
今まで私に友達になりたいと上辺だけつくろって近寄ってきた令嬢達の中に、己の行動で示してまで私の信頼を得ようという者は今まで居なかったわ。やはりアルメリーは彼女達とは……違うのかしら?
私は……ここまで好意を示してくれている彼女を、危険な目に合わせたいの?合わせたくないの?あぁ、分からない…分からない……分からない………。
堂々巡りをした思考はやがて一つの結論に行き着き、ランセリアが小さく呟く。
「いえ、やはり私をあのような惨めな気持ちにさせたアルメリーは、少しぐらい怖い目に会うといいのよ……。薬が無事手に入れば、許してあげないこともなくはないわ。そしてアルベール様と二人きりになれる様に手を回して……ふ、ふふふっ……あははははは……」
いつ終わるとも分からない笑い声が、誰も居ない廊下に響くのだった。




