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令嬢は嗤う  作者: バーン
19/63

道草

次の休日、王都の繁華街へランセリアに頼まれた物をアンと一緒に探しに出掛けていた。『アルクアンシエル』という名前だけを頼りに、色々なお店へ入り聞き込みをしていくがなかなか手懸かりがつかめない。

店主によっては「空に架かる虹の事かい?そんなものは商品にできないねえ。ははっ!」などと返される始末。うーん。虹色の何かなのかな?


「アン、ちょっと疲れたわ。少し休まない?」

「そういうことであれば、丁度いいところがあります」

「丁度いい所?」

「この近くにキャメリア家所有のお屋敷があります。良ければ寄っていかれますか?セルジャン様もきっとお喜びになります」


セルジャンって誰だろう?アンが知ってると言うことは……古くからうちに仕えてる人なのかな?まぁ、ここは話を合わせておくのがいいわよね。


「いいわね!行くわ!」


入学前にたった一日だけ居た記憶がある、あのお屋敷。生まれて初めて馬車にのった興奮から学院までのルートなんか覚えてない。到着までそんなに時間がかからなかったから、それほど学院から離れてなかったと思う。この近くにあったんだ。


「こちらです、ついて来てください」


アンについて繁華街の大通りから少し歩くと段々と集合住宅の連なる住宅街になり、さらに進んでいくと閑静な住宅街に出た。やがて塀に囲まれた屋敷の前に着く。

正門に取り付けてあるドアノッカーでコンコンとノックをすると、暫くして門が開かれる。中から老紳士が現れて穏やかに挨拶する。


老紳士は髪も髭もほぼ白髪に代わり、整髪剤か何かで髪型をオールバックに固めている。顔には長い年月を現わすような深い皺が刻まれていた。キャメリア家の家紋を金糸で縫い込んだ黒色のベストを着こなし、首元には華美に見えない程度のジャボタイ。

茶色の半ズボンにアイボリーの靴下と黒のパンプスを履いていて、ご老体と思えないほど背筋がシャキッとしている。


「これはこれはアルメリーお嬢様、ようこそおいで下さいました。私、元気なお嬢様のお姿を拝見でき嬉しく思います」

「セルジャン様もお変わりなく」

「アンも元気な様で、なによりだ」

「こんなところでの立ち話などお嬢様に対し失礼ですね。ささ、中へどうぞ。いつでもおいでいただけるよう、室内なかは常に整えてあります」


老執事に続いて門をくぐる。セドリックのバカでかいお屋敷とは違い、そこには狭すぎず広すぎず、私のイメージと一致する貴族の家はかくあるべしといった趣の貫禄ある二階建ての屋敷が建っていた。


おおー、ここが私が目覚めた家かー。あの日はすぐ馬車に乗り込んだから外観なんて見てなかったのよね。



そのまま屋敷に入るとリビングに通され、二、三人は並んで座れそうなソファーに腰掛ける。それは腰がいつまでも沈みこんでいきそうな錯覚を覚えるふかふかなソファーで、私はまったりとくつろぐ。


「アン、街を歩き回ったから喉が渇いちゃった。何か飲み物が欲しいわ」

「かしこまりました。セルジャン様、厨房を少しお借りしますね?」

「お嬢様、ここは私が提供させて頂いてもよろしいでしょうか?アンもお供をして疲れているでしょうし……」

「え?ええ……そう?それならお願いするわ」

「アン。お前もそこに座ってゆっくりしていなさい」


おとなしく引き下がるアンと、やさしく微笑む老執事。

彼が厨房の方へ下がるとアンが彼の事を教えてくれる。



「あの方は昔からキャメリア家に仕えてこられ、旦那様の補佐や領地にあるお屋敷の全体を統括・管理等をなされておりました。私もキャメリア家に仕えるようになってからは、あの方に色々な事を教わりました。今はその仕事を後任の者へ譲られ隠居した後も、長年仕えてこられたセルジャン様への信任が厚く、旦那様が是非にと頼まれてこちらのお屋敷の維持管理をなされていると聞いております」


暫くしてお茶請けと共に紅茶のセットをトレイに載せて持ってくる。彼はテーブルに着いた二人の前にそれぞれティーカップを置き、直立不動の姿勢をとる。

喉が渇いていた私は早速カップに口を付け一口含むと、程よく冷まされていたので一気に飲み干してしまった。


「お代わりは如何ですか?」


コクコクと頷く。


二杯目に淹れて貰ったモノは先程より熱く、香りが際立っている。

アンに淹れて貰うお茶も十分おいしいのだが、このお茶はさらに薫り高く感じた。


「この香り、やはりセルジャン様の淹れたモノは違いますね。私もいつかこの域に届きたいものです……」


至高のお茶を頂き、恍惚とした表情でカップの中で揺らめく鮮紅色の液体を見つめるアン。


「つかぬことをお聞きいたしますが、こちらにはどのようなご用件で?」

「たまたま近くまできたの。少し休みたいと言ったらアンが屋敷ここの事を提案してくれたの」

「アン。……いい仕事をするようになったな。フフッ」

「ありがとうございます」

「お嬢様。私、旦那様が王都へ用が無い限りは一人で暇を持て余しておりますので、いつでもお立ち寄りください。見ての通り老骨故、深夜などに来られると少々困りますが。ふふ」

「これからは街へ出かけた時はちょくちょく寄らせてもらうわね!」

「左様でございますか。それは嬉しゅうございます。お嬢様のお顔を拝見でき、奉仕出来る事は誠に光栄でございます。そしてお嬢様の成長を見守っていく事ができる、これは何よりの生き甲斐になりますからな」


まるで孫を愛でるように、やさしく微笑む老執事。



アンとセルジャンの会話が弾み、私は聞き手に回りお菓子を平らげていく。銀食器の上に並べられたお菓子がなくなった頃、老執事が提案してきた。


「お嬢様、よければお部屋に寄って行かれますか?」


そう言われ、あることを思いつく。


「私の部屋より、アンの部屋が見てみたいなぁ~?」


あの悪趣味な部屋にはあまり近寄りたくない。それよりアンの部屋にとても興味がある。

予想ではきっと天井裏とかに彼女の部屋があって、入ってくるネズミとか小動物に「メルチ」とか「ぐり、ぐら」、「アルジャーノン」なんて名前を付けてペットにしたりしてるんだわ。


「お嬢様、お顔が悪人顔になっていますよ?」

「そ、そんなことないわよ~」


といいつつニヤニヤが止まらないのであった。


席を立ち彼女についていく。その部屋は二階にあった。ドアを開けて貰い部屋に入る。室内はあまり広くなかった。寝るための簡易ベッドが一つ、物書き用の机と椅子が一脚づつ、私物が入っているのだろうか?長めの大きい木箱と洋服箪笥が一つ。

部屋にはネズミが出てきそうな隙間も穴も無いし、埃一つ落ちていない。予想が外れ少し落胆する。


「アン、この箱には何が入ってるの?」

「学院に持っていくことが出来なかった私の私物でございます」

「見たい!私、アンの私物すっごく見たいわ!?」

「別にかまいませんが、大した物は入っておりませんよ?そもそも私物はあまり持っておりませんし、あってもその殆どは領地のお屋敷の方へ置いてきておりますので……」

「いいのいいの!開けるわねー?」


木箱を開けると最初に目についたのは無造作に置かれた剣だった。


「……剣?」

「これですか?」


アンは箱の中から剣を取り出すと鞘から剣を抜き放つ。


「どこにでもある普通の剣ですよ。旦那様の護衛をなされている我が師から一通り剣術を叩き込まれまして……。その修了記念という事で頂いたものです」

「アンって強いんだ!?」

「お嬢様の護衛を任せて頂ける程には。流石にこれは学院に持ち込むことは出来ませんでしたが」

「私もアンの師から腕前の程を聞いた事がありましたが、なかなか筋が良いそうです」


鞘に剣をしまい、木箱に戻すとアンはそのまま蓋をしてしまった。


「お嬢様。そろそろ疲れも取れたのでは?」

「そ、そうね。ええ、ばっちりよ。では行きましょうか」

「お嬢様、今日はお立ち寄り下さり嬉しゅうございました。またいつでもお越し下さい」

「わかったわ!今日はありがとうねセルジャン」



老執事に別れを告げ、繁華街に戻り聞き込みを再開するがこれといった情報は得られなかった。モチベーションが維持できなくなった私は寄り道することが多くなり、アンも途中から匙を投げたらしく、ついてくるだけになってしまった。

そうなるといつの間にか目的がこの前のお茶会で入手したお店情報の店舗巡りにすり替わってしまい、気が付いたら辺りは黄昏時になっており急いで学院の寮へと帰路につくのだった。




                 ◇




「アン、やっと休日よ!先週は成果が無かったから、今日こそは何か掴みたいわね!」

「成果……と言われましても、先週は途中から目的が変わっていたようですが……?」

「……」

「本日は本来の目的を忘れず、初志貫徹できるとよいですね?」

「あははは……。い、いいからいくわよ!」





繁華街へ繰り出す二人。街には人が賑わっている。


「今日は何を食べようかな~♪んふふっ」

「お嬢様、早速目的が変わってますよ?」


歩いているとドン!と対向から歩いてきた薄汚れたおじさんと肩がぶつかり、その衝撃でよろけてしまう。


「大丈夫ですかお嬢様?」

「人にぶつかっておきながら謝りもしないなんて……!」


沸々と怒りが湧いてくるが、そこへ美味しそうな屋台の香りが漂ってくる。頭はすぐにその香りで上書きされ、夢中になって屋台を探す。


「アン、あそこで売ってるのがすごく美味しそうなの!ちょっと買ってくるね」


目的の屋台を見つけた私はアンに一言告げ、そこへ向かう。

無表情のまま、目を細めてアルメリーを目で追うアン。そう、アンはすでに諦めの境地に立っていたのだ。街に出るとその度に際限なくあれやこれやをねだられまくった結果、飲食代が嵩んでしまっていた。最初は冷たく拒否出来るのだが、可愛くねだられるとつい財布の紐を緩めてしまうのであった……。


そんなことではいけない、と『散財を防ぐ』という建前でアンが小さめの可愛い巾着袋を作ってくれた。街に出る時に屋台の食べ物を三つ、四つ程度買えるだけのお金を入れて渡してくれているのだ。

アンに言わせれば巾着袋は本来、従者が持つものらしくできれば私に持って欲しくない……らしい。だから「目立たないように懐に入れて持ち歩いて下さい」と言われている。さらに買い食いについても、

「屋台の買い食いなど令嬢として相応しくない行為なので、いつかはやめて下さいね?」とあきれ気味に釘は刺されている……のだけど、こっちの味付けに舌が慣れてきた分、ジャンクフード的な屋台の食べ物の誘惑には脳がとろけて、私は抗うことができないのです。


歩きながら、すぐにお代を手渡せるように巾着袋を出しておこうと懐に手を入れる……が、無い。巾着袋が無い。


やられた……!

白昼堂々大通りで、犯罪を犯す人なんていないだろうと高を括って油断していた。まさかこんな目に遭うなんて。

でも、犯罪の被害に遭ったショックより私のお楽しみを奪った事は絶対に許されない……!


バッと後ろを振り向く。通りには女性客や子供が多く、薄汚れた中年男性は目立つ。すぐに見つけ指を差す。


「誰か!その男の人捕まえて!私の大事なモノが盗まれたの!」


人混みに紛れようとしてたそいつは、気付かれたと悟るやいなや急に走り出す。


「お嬢様はそこにいて下さい!」


すぐに追いかけるつもりでドレスのスカートをたくし上げようとしたが、それは即座にアンから制止されてしまった。流石アンね。私の行動パターンが読まれているわ……。

すぐに彼女が駆け出すが、走るのには向いていない靴を履いている所為か、なかなか追いつけないでいる。


やきもきしながら見ていると、急にそいつはスッ転び、怒鳴り声を上げる。


「いってぇ……!誰だ、足を引っかけやがったのは!?くっそ……邪魔だ、てめぇ!そこをどきやがれ!!」


起き上がったそいつは正面に立っていた人物をどかして尚も逃げようとする。その人物は正面から流れるように真後ろへと回り込み、器用にそいつの右腕をねじ上げる。


「いててて……!おい、放しやがれ!……あがっ!いででで!」


二人を中心に人垣が出来、アンがそこへ追いつく。


「この男で合ってるかい?」


アンがこちらへ向き、判断を仰ぐ。

私は思いっきり顔を縦に振り、肯定する。


「さぁ、私の主から盗んだものを返して下さい」

「へっ、何のことだか。言い掛かりは辞めてくれねーかなぁ?」


彼はそいつの腕をさらにねじ上げる。


「あががっ!いっ、いってぇえええ!!」

「さぁ、彼女へ盗んだモノを返すか、このまま腕をへし折られるのと……どっちがいい?選ばせてやる」

「分かった!返す!返すから、少し緩めてくれッ!」

「緩めたら逃げ出すんだろう?」


そう言いながらギリギリとさらに腕を締め上げる。


「いっ、いでででで……!クッ、クソがっ!これでいいんだろッ!」


男はアンの前へ可愛らしい巾着袋を放り投げる。


「ありがとうございます。どなたか存じ上げませんが、捕まえて頂き助かりました」


ペコリとお辞儀をすると、石畳の上の巾着袋を拾い上げパッパッと付いた砂を払う。


「お嬢様、取られたモノは回収いたしました。こちらへおいで下さいませ」


私ははやる心を抑え、少しでも上品に見えるよう歩いて近づく。彼の前まで来るとカーテシーをする。


「窃盗犯を捕まえて頂きありがとうございました。私、アルメリーと言います。もしよろしければお名前を伺っても?」


彼は頭をボリボリかきながら、ぶっきらぼうに答える。


「オーレッド・シャルマン。しがない傭兵さ。よろしくな可愛いお嬢さん達」


ボサボサの焦げ茶色の髪に無精髭をだらしなく生やしており、顔つきから判断して三十前半のような雰囲気。くたびれた服に皮鎧、腰には剣を履いている。

本人も言ってるとおり、漫画やゲームに出てきそうな如何にも傭兵という出で立ちをしている。


「物は返したし、もう良いだろ!?いい加減放しやがれ!」


体をねじりながら思い切り逃げようとしてたそいつは不意にパッと手を放された為にバランスを崩し、つんのめってこけてしまう。だがすぐに体勢を立て直すと、


「次合ったらてめぇ、覚えてろよ!!」


と負け惜しみを吐くと脱兎の如く走り去る。


「もう悪さはすんなよ~~」


彼は間の抜けた感じで手をひらひらさせその後ろ姿を見送る。


「あっ!?なんで解放してしまうの!?犯罪者よ?逮捕して処罰されるべきよ!」

「スリでも捕まれば、罰は鞭打ち六打~十打ほど食らうんだ。何度も打たれると皮膚は裂け、大変な苦痛が伴う。そんなのかわいそうだろ?今回はヤツも少しは痛い目にあったし、結局モノが戻ってきたんだから良いじゃないか。許してやれよ」

「え?犯罪者って捕まったら裁判にかけられて、有罪が確定したら牢屋に何年か入る事になって、そこで更正させるんじゃないの?」

「あのな、軽犯罪程度で裁判が開かれる分けないだろ?現行犯なら即有罪だ。それにその牢屋で何年もの間、犯罪者を国が衣、食、住の全てを面倒みてやるのか?そもそも法を犯した奴等にそんな情けをかけてやる必要がどこにあるんだ?牢屋の数や国の予算だって余裕があるわけじゃ無い。牢屋の数をいたずらに増やすよりもっと優先順位の高い事に予算を割いた方が、国にとっても有意義ってもんだろ?平和ボケしてるお嬢さんは知らないかも知れないが、この国でどれだけ犯罪が起きてると思ってんだ?軽犯罪なら鞭打ち程度でさっさと処理して行かないと一月ひとつきも経たない内に詰め所や牢屋が犯罪者で溢れかえっちまうわ」


うっ……。やってしまった。この世界では私の常識は非常識なんだったわ。詳しく無いことにはあまり首を突っ込まない様にしないと……。


彼も彼でなんだか……微妙な表情をしている。


「まぁ、そういうわけでこれからは気をつけるんだな。アルメリーお嬢ちゃん」

「う~、分かりました。言い合いしても多分勝てそうに無いので、今日の所はあなたに免じてあの者の所業を許します」

「そっか、お嬢ちゃん物わかりが良くて助かるぜ。じゃぁな!」


そう言い放ち、颯爽と立ち去っていく。


「アン、なんだか食べる気が失せちゃった。それも今日は持ってて。私が持ってるより安全でしょう?」

「ですが……いえ、かしこまりました。責任を持ってお預かりします」

「さあ、気を取り直して聞き込み開始よ!」

「流石でございます。お嬢様」


先週行ってなかったエリアの雑貨屋や薬屋など、色々と聞き込みをしていったのだが結局『アルクアンシエル』に繋がる情報は得られず、今回も無駄足に終わってしまったのだった。




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