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令嬢は嗤う  作者: バーン
17/63

目算

「……ううっ!」

帰路につく四頭立ての豪華な馬車の中、わずかに揺れる室内はただ沈黙が支配しており、そこに一人で鎮座するランセリアは瞳に涙を溜め、苦悩していた。

両親は急な案件で所領の方に出かけている為、今日の誕生パーティには参加していない。こんな弱々しい姿を親に見られなくてよかったと安堵すると共に、先ほどのバルコニーでのシーンが何度も脳裏に浮かんでくる。


バルコニーでのアルベール様とアルメリー。お互い魅力的な顔立ち、同じ金色系の近しい髪の色。背丈のある私と違い、小柄な彼女と彼の身長差はまるで物語から出てきたような理想的な恋人のように見え、不覚にもお似合いだと思ってしまった。

私の方がずっと一緒にいたのに……ずっとお慕いしてあの方の隣に相応しいのは私だと、今まで信じて疑わなかったハズだったのに。


……あれではまるで最近私が夢でよく見るあの場面の様ではないか。まさか夢のように告白があったのかしら……!?アルベール様の思いは……?憶測がどんどん悪い方へ悪い方へと考えて行ってしまう。

あの時、感情的になってすぐに帰るべきではなかった!二人の間で何があったのかもっとよく聞いておくべきだった……!明日、どちらかにホントは何があったのか聞いてみる?

いや、私からあんな別れ方をしたのだから今更聞けるわけが無い!

あの夢のみたいに私は、アルメリーを苛めるようになってしまうのかしら……!


青ざめ、寒空の下へ放り出された子供のように、両腕で自分の体を抱え込み学院に到着するまでずっと震えが止まることはなかった。




                 ◇




翌日の放課後、生徒会に精霊祭の進捗状況を報告にいった帰り際にフェルロッテから呼び止められる。

「アルメリーさん、週末のお休みに私達のサロンでお茶会が開かれるそうですの。あなたも一員なのだしリザベルトと一緒に参加しますわよね?」


ランセリアの方をちらりと見るが、我関せずといった風に黙々と書類仕事をこなしている。まったくこちらに興味を示さない。

会長から聞いたことを直ぐにでも伝えたいのだが、これだけ話しかけるなオーラを全開にされていると気後れして声をかけずらい……。


……私、避けられてる?……いや、仕事が多いだけよね……多分。


「分かりました、リザベルト様にも伝えておきますね。それでどちらでお茶会は開かれるのでしょうか?」

「それがまだ決まってないらしくて。とりあえず予定を空けておいてほしいわ。詳細が決まったらまた連絡するから」

「分かりました。では連絡お待ちしています」


丁寧に生徒会室を退室し、催事準備室へ戻るのであった。






「はぁ……」

「どうした、溜息などお前らしくない。仕事の手が止まっているぞ?」


セドリックが心ここにあらずといった様子のアルベールを窘める。


「……うむ、済まない。少し気分転換に外の空気を吸ってくる」

「わかった」


生徒会室からアルベールが出ていく。


「……なぁ、セドリック。お前の所のパーティの後から何か様子がおかしくないか?」

「…そうだな」

「兄貴に一体なにがあったんだ?……何か知らないのかランセリア?」

「本人に聞けば……!?」


普段あまり激高することがない彼女のトゲトゲしい反応に、気まずい沈黙の空気が流れる。


ランセリアが不意に席を立ち、マルストンの後ろに回り二つ折りの紙をそっと渡す。

紙を開くとそこにはこう記されていた。


『今日の仕事が一段落したら、後であなたに聞きたい事があるの。時間はあるかしら?』


わざわざこのような事をするのだからあまり周りに聞かれたくない事なのだろう。

彼女に分かる様にこくりと頷く。



パンパンと手を叩き、一人が席から立つ。


「はいはい皆さーん手が止まってますよ!集中集中!もう少し頑張ればキリのいい時間です。一旦そこで休憩にしてお茶にしましょう!」


とエルネットが発破をかける。

ランセリアは自分の席に戻り、他の皆は机の上の書類との格闘を再開するのだった。






生徒会の教室から少し離れた廊下で一人黄昏るアルベール。


「結局、あれからランセリアとは何も話せてないな……」


今年も例年と同じ予定だった。セドリックの誕生パーティに参加し、彼を祝いランセリアと婚約関係もこのまま変更が無いことを宰相の派閥へ広報する場の一つ、ただそれだけであったはずだ。


それが開けてみるとどうだ。まさか告白されるなど思いもしていなかった。常識的な判断力を持った令嬢なら例え恋心を内に秘めていたとしても行動に移すことは無い。そんなことをすれば親がどんな目に遭うか理解しているものだ。婚約者であるランセリアは我が国の四大貴族の一角。彼女の家を怒らせれば並の貴族程度、簡単に潰される。


それを一番誤解されかねないタイミングで、ランセリアに見とがめられ勘違いされたのだ。このままアルメリーは大丈夫なのだろうか?ランセリアの誤解を早めに解いておくべきなのだろうか……。だが聞く耳を持とうとしない彼女をどうすればいい……?

いや、彼女の性格ならすぐに親の力を使ってどうこう……とはしないはず。そんなことは彼女の主義に反する。何か事を起こすならまずは自分で行うだろう。ここはしばらく様子を見るか。

何も起きなければ彼女はそんなに怒ってはない証明になるし、時間がたてば彼女の機嫌も元に戻るだろう。もし何かアルメリーに仕掛けるようであれば私が仲裁し事態を収めれば済むだろう。


……アルメリー。不思議な子だ。彼女のことは弟から紹介された時から気にはなっていた。明るく元気な性格で魅力的な顔立ち。彼女にはなにか惹かれるものがある。あれほどの子なら親が無理してでも上流階級の集うパーティなどに参加させるのでは無いだろうか?それとも病気か何かで出られない理由が何かあったのだろうか?この学院に入学するまで彼女の事を耳にしたことが無いのが嘘のようだ。

入学早々、色々あったらしいことは耳に入っている。今は弟とも別れたらしいとも。


セドリックの誕生パーティで出会った彼女は最初ランセリアのことを褒めていた。ランセリアが私のことを今でも慕っていて大事に思っていることを伝えてきた。多分それは事実なのだろう。

その彼女がバルコニーで倒れそうになった後……豹変したように私のことを好きだと告白してきた。あの場で私以外に聞かれていれば、それは親共々身を滅ぼしかねない結果を生んでいたかもしれないというのに……。そもそも、それを理解していないのか……その自覚がなかったのか……?


一体何なのだ……彼女は。ランセリアの事を真摯に褒めたかと思いきや、自分の家の爵位をまるで気にせず天真爛漫に私のことを好きだと言う。今までこんな令嬢は周りに居なかった。どちらが本心なのか?知りたい。もっと彼女の事を知りたくなってくる。

この心を掻き毟られる様な知的欲求を満足させるために、やはり私の近くにおいて彼女の言動や行動をつぶさに観察する必要がある……。

それに比べランセリアはどうか?自己の主張はあまりせず、私の意見にはおそらく追従するのだろう。だがそれでは人形と同じ。王妃としてはそれが正しいのかもしれないが……。


「精霊祭が早く終わればいいと、これほど思う事になるとはな……」


一言つぶやいて遠くを見つめると彼は生徒会室に戻っていった。






八の鐘が鳴る。仕事を終わらせた生徒会役員達が挨拶を交わし一人、また一人と帰っていく。


「では、ぼくは当番なので少し三階を見回りに行ってきます。ランセリア様はどうされます?」

「私はここでもう少し見直し作業を進めておきます。暫くはかかるでしょうね」

「分かりました」




暫くしてマルストンが生徒会室に戻ってくると、室内にはランセリアが一人だけ残っていた。


「ただいま帰りました」

「おかえり。好きなところに掛けて?」


彼女の近くの椅子に腰掛ける。


「……それで一体、何の用件なんでしょうか?」

「さっき、私とテオドルフとの会話を聞いていたわよね?」

「は、はい」

「あの日、あの部屋にいくつかあるバルコニーの一つでアルベール様とアルメリーが二人きりで見つめあっていたのを見たのよ」

「そうなのですか!?」


それを聞いた刹那、催事準備室であの晩に二人きりで交わされた蠱惑的な記憶が蘇り、軽く衝撃を受けるが辛うじて平静さを装う。


「そこで……二人の間で本当は何が話し合われていたのかどうしても知りたいの」

「なるほど。ですが、それならお二人のどちらかに尋ねられてはいかがですか?」


ギリッっと唇を噛む彼女。


「直接聞いても……どうせ誤魔化すか、はぐらかすに決まっているわ……」

「ですが……」

「あなたの所、色々取り扱ってるんでしょう?何かこう、心に隠しているものを思わず漏らしてしまうような……そういったモノが欲しいのよ。何か良いものはないかしら?多少値が張ってもいいわ」


マルストンはあの晩にアルメリーに頼まれてからというもの、休みの度に王都の本店に入り浸っては仕入れ担当者達や古参の使用人などに広く話を聞いて情報を集めていたのだ。特に薬草や薬の種類や知識、合法・非合法問わず入手ルートなど出来る限りの噂話を聞き、いざという時に役に立てるべく準備を進めていたため、すぐに見当がつく。


「精神に作用する薬、ですね?用途により色々な種類があると噂では聞いたことがあります。ですが、そういった品物の多くは合法では無いため普通の店では入手できないかと」

「あら、そうなの……。この王都でも普通の店でなければ(・・・・・・・・・)手に入る、ということね?」


あえて言わなかった言外の思考を読まれた気がしたマルストンは一瞬、体が硬直する。

そして輪郭だけの黒く塗りつぶされた姿となった彼女の煌々と光る眼が、精神的な重圧を与えてきて身動きが取れない。まるで大蛇に睨まれ、逃れることすらできない矮小なカエルになった気分だ。


彼女が机をトントンと軽く指で叩く音がした。


「……はっ!?」


今のは幻覚だったのか、目の前に居るのは普段通りのランセリア様だ。


「私をそこら辺の頭がお花畑の箱入り娘達と同じと思わないで頂戴?これでも建国以来、貴族という魑魅魍魎の権謀術数を生き抜いてきた公爵家に連なる者。栄光あるこの王都にもそういった非合法な領域があることぐらい知っているわ」

「そ、そうだったんですか。ぼくは……あくまで噂で、そういうものがあると聞いて知っていたただけで……実際に販売しているお店かあるかどうかは……」

「安心して。何もあなたに探して来いと言うわけないでしょう?生徒会役員がそういった怪しいところに行ったと、いえ実際には行っていなくてもその付近で見掛けたと噂になっただけでも、会長の顔に泥を塗ることになるわ。私もそれは避けたいし……ね?」

「……では、どなたに頼むおつもりですか?」


目から光が消え仄暗いオーラを纏ったような圧倒的な威圧感を与えながら口角を上げるランセリア。それがマルストンの質問への答えだった。


私のアルベール様にあんなに近づいた子には……。そう、お仕置きをしなくてはいけないわ。あの子にちょっと危険な所へ行ってもらって少しくらい恐い思いをすれば自分の立場を弁え、行った行為を反省するのではないかしら……ウフフ。最悪、情報だけでも手に入れば、お父様の手の者を使ってもいいかしらね?……それも考慮にいれておきましょう。


「情報ありがとうマルストン。聞けてよかったわ。ふふふ……」


ゴクリと生唾を飲み込み、なんとか声を絞り出す。


「……では、ぼくはこれで失礼してもよいですか?」


威圧感が不意に消え、目を細め笑顔を浮かべる彼女。


「最後に一つ、教えて欲しいのだけど……。その薬は何という名前なのかしら?」


マルストンはその笑みに今まで見たことの無い底知れぬ恐怖の片鱗を感じ、額に脂汗がにじみ出るのだった。






委員会の仕事を終わらせ寮に帰ると、リビングの机の上に小包がおかれていた。


「アン、この小包は何かしら?」

「旦那様からですね。今朝届いておりましたのでそちらへ置いておきました」


開けてみると、いつもの通りの心配性な文面の手紙と割と高額な金額が記された証書が同封されていた。

「アン、手紙と一緒に来てたこれって何か分かる?」

「それは為替手形といって、この証書を発行したギルドか両替商などに持っていけば額面のお金と交換してもらえます。手数料はいくらか取られるそうですが……」

「えーっと……。えっ!?これってごっ……&%万円相当になるんじゃない?何これ……?」

「お嬢様、その『マンエン』という単位は何でしょうか?私、聞いた事がありません。諸事には割と精通していた自負があったのですが……。学院の授業で習ったものですか?」


つい思わずボロが出てしまった。もうこっちに大分慣れすぎて油断したわ。気を引き締めないと。


「……そう、そう、そうなのよー。この前習ったばかりのちょっと遠い国のお金の単位がこんな感じの発音で……」

「少し拝見させて頂きます」


そう言って、アンは証書を確認する。


「お嬢様……これは小遣いと言うにはあまりにも高額すぎますね。これだけあれば奥様が懇意にされている所で新しいドレスを一、二着ぐらいは仕立てる事ができるのではないでしょうか?……でも謎ですね。お嬢様、最近旦那様にお金の催促などされましたか?」

「お金なんて催促した覚えはないのだけど……?そこら辺はアンに任せっきりだし」

「ふむ……。仕方ありませんね。このような高額の為替手形、おいそれと送り返せるモノではございません。配達途中で事故が起きる可能性もございますし。これは私が厳重に保管させて頂きます」

「え?配達中に何か起こる事があるの?」

「こういった手紙や小包などのやり取りは王や有力な貴族でもない限り、基本的には交易を生業としている行商人の荷物のついでに送って貰うものです。あまり嵩張らなくて重量も軽いので馬車の空いてる場所を有効活用でき、ある程度まとめて持っていけば副収入としてそれなりの利益が見込めるのだとか。

行商人も冒険者などを雇って積み荷を守りますが、護衛代を渋る商人に当たってしまうと道中に運悪く盗賊などに襲撃された場合、積み荷が奪われその際に紛失する事もままあるそうです。

旦那様から送られる場合、手数料が多少割高になっても、信頼している良い商人を選ぶ事ができるのでほぼ問題なく届くのですが、こちらから物を送る場合は寮長に一任するため、商人は選べません。その先はその手のギルドに流れて仕事を割り振られて流れていくと予想されますので紛失や盗難にあう可能性も低くはなく、特に無くしても問題ない物だけ送る事にしておくのが無難でしょう」


盗賊が出るとか、この世界って案外治安が悪いのね……。いえ、私の認識が甘かったのかも。王都内は治安が良いからいつの間にか平和ボケしてしまっていたわ。弱い立場の人から、楽して稼ごうという輩はどこにでもいるんだ。想像してみよう。荷物を満載した荷馬車なんかとても重そうで速度も遅いだろうし、進路上で待ち伏せておけば多勢で取り囲んで楽に止めさせられるよね。

そうなれば後は護衛の冒険者頼みで抵抗するか、荷物を差し出すかの二択だけ。

もしこれが荷物の運搬にトラックとかが使われてたら、止めようと前に出ただけで轢かれて死んじゃうから襲おうだなんて考えないでしょうけど。

郵便物や商品が当たり前のように指定された宛先へ届くというのは、この世界を基準に考えたら実は凄い事だったのかもしれないわ。


「そうなんだー。たしかに道中何かあったら嫌ね。ならここに置いとくのが最善かしら?学院内は安全だし、寮には寮長の眼が光っているからそう簡単には不審者も侵入できないわ。何よりここにはアンがいるものね。任せるわ」

「お嬢様のご理解が早く助かります」


まぁ、手元にすぐ換金できるものがあるのはいいことよね?

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