誤算
今日は待ちに待ったセドリックの誕生パーティの日。パーティは彼の実家の屋敷で行われる。学院から外出する必要があるのだけど、事前に寮長に招待状を見せて外出許可を取っていたのでスムーズに事が進んだ。
うちの両親はすでに自領へ戻っているから馬車なんていう贅沢な移動手段はない。幸いリザベルトからセドリックの屋敷の場所は聞いていたので、辻馬車か乗合馬車か何かに乗って近くまで行きそこからは頑張って歩いて行こうと思っていたのだけど、一番近くの停留所に行く途中で通りがかったリザベルトが私を見つけてくれた。彼女が自分の家の馬車に乗せてくれるというのでその申し出に甘えることにした。
二頭立ての馬車でドアには彼女の家の紋章が金属で刻印され磨きぬかれた銀色に輝いており、執事がドアを開くと豪華な室内に彼女とその両親がいた。スカートを摘み上げ軽く会釈をし、感謝の意を述べる。
「キャメリア男爵が娘、アルメリー・キャメリア・ベルフォールと申します。この度はリザベルト様のご厚意、誠に感謝いたします」
「君がアルメリー嬢か。娘が最近よく手紙をくれるようになったのだ。これは私達にも嬉しい事だ。その中に君の名が多く書かれている。良くしてくれてるみたいだな。屋敷にいた頃より娘が元気になったような気さえする。まぁ入りたまえ」
用意されたタラップと執事の手を支えに馬車に入る。室内は優に六人は座れそうなぐらい広い。
全員が着席したのを確認した執事がドアを閉め、御者席に着くとゆっくりと馬車を進め始める。
「……ふむ、そのベルフォールは領地の名前だね?君は領地持ち貴族の出か。ベルフォール領といえば確か、最近友人から頂いた果実酒があった。奴はあの地方の新興の商会が王都に入荷した物だと言っていた。『旨いから是非飲んで見ろ!』と言うもんだから、一口飲んでみるとそれはもう上品な味わいで、馥郁たる香りのするとても美味な物だった。その後、王都中を探させたのだが結局見つからなくてな。次の機会があれば是非購入したいものだ」
「……そうだ、もしかして君のお父上は領地で何か事業をしていないかい?」
「たしか特産品でお酒……果実酒か何かの事業をやってるとか言ってた様な気がします」
「そうかそうか!ならば今度直でウチに卸して貰えるよう交渉をするか……いや、事業が軌道に乗る前に既得権益を持つ輩からの妨害が入り経営が危機に陥る可能性も捨てきれんな……。よし、もし君のお父上に非が無く何者かの不当な妨害や邪魔により事業が脅かされるような事があれば、その時はあの旨い酒を守る為にも私が後ろ盾になることも吝かでは無いとお父上によろしく伝えておいてくれたまえ」
「は、はぁ、ありがとうございます」
移動中、馬車の中では彼女の両親が色々聞いてくるので、それに答弁するのが精一杯だった。
やがて目的地に到着する。市街地より少高い貴族の屋敷が立ち並ぶ王城近くの一等地の一角にこの国の宰相の屋敷はあった。
屋敷自体の大きさは道すがら見てきた他の貴族と遜色ないが他の華美な建築様式の建物とは違い、実用的で堅実・堅牢そうなものであった。
「同乗させていただき、ありがとうございました」
「よかったら、帰りも乗っていくといい。君との会話は楽しいし、まだまだ娘の事も聞き足りないからな。はっはっは!」
「では、ご厚意に甘えさせていただきます」
「アルメリーさん、また後ほどね。あなた行きましょう」
屋敷の前で招待状を提示すると門の中に誘われる。係りの者にパーティ会場として使われている二階の広い一室にエスコートされると、そこにはざっと見渡したただけでもすでに大体四、五十人ぐらいは居るように見える。
この機会を利用し少しでも自身の商会の利益になるよう虎視眈々とチャンスを狙っている商人達や、表向きにこやかだが周囲に本心を気取られないような話術を駆使し相手の旗幟や思惑を憶測・忖度しつつだが決して言質を取られないように流暢に会話する貴族達、美容法や流行・噂話をしながら身に着けた煌びやかな装飾品、ドレスのセンス、話題の豊富さなどをアピールしながらとにかく何かでマウントを取ろうとする夫人達、またその子息・令嬢達が招待されていた。
室内の全てのテーブルには生地の端に緻密な刺繍が入っている真っ白なテーブルクロスがかけてあり、廊下側に連なって設置されている長いテーブルにはバイキング形式で手が込んだ各種料理や色取り取りのスィーツが所狭しと並べてある。会場内に幾つか設置されている円形のテーブルには椅子が添えられていないため、これは取り皿やグラスを一時的に置く為に用意されている物だろう。
給仕達が客と客の間の空間を優雅に周り、飲み物を招待客に配って回っている。
私は早速長テーブルに近づき美味しそうなスィーツをいくつか皿に盛ってリザベルトのところに戻る。彼女が誰かを探してうろうろするので食べることを諦め、仕方無く追いかけているとやがてテオドルフを見つけた。令嬢に囲まれているので彼だとすぐに分かった。
「テオドルフ様も来ていらしたんですか?」
「おっ、アルメリーじゃねーか。あー、遅くなると色々あって面倒だからな。俺、アレはあまり好きじゃねーからな。さっさと来てたんだよ。それよりお前、セドリックから招待状もらってたのか?あーリザベルトも一緒か、ふふん、なるほど?」
「……ぃつも……ぉ世話に……なって……ますぅ。テオドルフ……さま」
「いいって。そんなの気にすんな。よかったな、いい友人が出来たみたいで」
「ぁ……!はぃ……」
「テオドルフ様~。そんな子達ほっといて何か食べましょう?」
「はは……分かった分かった。じゃぁなお前達!」
彼と取り巻きの令嬢グループが移動すると、その向こうに周りの子と談笑しているマルストンがいた。彼はこちらに気づくと駆け寄ってきて挨拶をしてくれた。
「こんばんは、アルメリー様。本日は普段の制服とは一味ちがって素敵なお召し物ですね。薄いピンクの光沢のある生地を基本にしたドレスですか。なるほど……全体的にフリルは少な目、ワンポイントに小さ目なリボンが散らしてあるのが可愛らしいですね。腰の後ろに同じ生地を使った大きいリボン……。王都の今の流行からは少し外れてますが、アルメリー様の髪の色やお顔に合っていて大変よくお似合いだと思います。でもぼくに少々少し手を加えさせて貰えればもっとこう……。そうだ!よければ今度ご一緒に王都で流行のドレスを見に……」
なんか変に商人のスイッチが入ってしまったのかしら?これは離れた方がよさそうかも。
「ま、また今度ね。それに、すぐポンとドレスを買えるほど手持ちが無いの。ごめんねー」
リザベルトの手を引っ張り彼からそそくさと離れる。
談笑している大人のグループを二つ三つ通り過ぎ少し進むとヴィルノーがいた。彼は子息達に囲まれている。皆熱い視線を向けており、酒の所為か頬がすでに紅い者もいる。相変わらず男の子にモテているみたいだ。
「ヴィルノー様、こんばんは」
彼の近くまできたので声を掛けるが、周りの男の子達から冷ややかな目で睨まれる。リザベルトはその視線から逃れるように私の陰に隠れる。もはや引きつった笑みしかできない。
「あはは……」
「これはアルメリー嬢ではないですか、こんばんは。その後いかがですか?あの集団から何かされてはいないですか?」
「ええ、これと言っては特に……。御心配ありがとうございます」
「それと訓練を見に行くという約束、委員会の仕事があってなかなか果たせなくて申し訳ありません。精霊祭さえ終われば時間が空くとおもうので……」
「自分の方はいつでもかまいませんので気に病まないでください。あとそちらの方は?」
「ぁ、ヴィルノー……さま。こん……ばんは」
「これは失礼、リザベルト嬢でしたか。あなたがここにいらっしゃるのは当然でしたね」
「ヴィルノー卿、いつまでその令嬢達と話しているのですか。早く魔法兵団と騎士団の新たな連携のあり方や戦術論議を戦わせましょうぞ!」
「すみませんアルメリー嬢。彼らが呼んでいるので、また今度ゆっくり話をしましょう」
「ええ、ではまた今度……」
彼らと離れ、また彼女の人捜しについていくとフェルロッテとエルネットが着飾った子息達に囲まれていた。私と目があうと彼女達は周りの人達に断りを入れ、その輪から抜け出してくる。
「丁度よかった。アルメリーが来てくれて。もうあの人達ったらしつこくてしつこくて……」
「こんばんは、フェルロッテ様、エルネット様」
二人に対し私達はカーテシーを行う。
「私達にまだ婚約者がいないからといって言い寄って来るの本当に鬱陶しいですよねフェルロッテ様。それに可愛い弟に変な虫がつかないように私が護ってあげないと……今の所は男の子達だけで固まってるので安心だけどね~」
ホントに安心ですかね……それ?
「ええ、本当に。多分、彼のお父様が招待した方々についてこられたご子息の方々でしょうし。私、無碍に扱うわけにもいかず、年齢も少し離れてる方ばかりで話が合わせづらくて大変でしたわ……」
「お二人とも見目麗しいですから、是非伴侶に……と思う殿方も多いのでしょう」
「ありがとうお世辞でも嬉しいわ。まぁ、私には心に決めた方がいますから……フフッ」
「でもアルメリー、よく招待状が手に入ったわね?彼はこういうパーティあまり好まないと聞いてたから、彼やそのお父上も必要最小限しか配ってないと思うのだけど……」
「リザベルト様から頂きました!」
「彼女から招待状を貰えるほど仲良くなったのね、本当によかったわ。サロンで引き合わせた時より表情が見違えるように明るくなってるし」
リザベルトは頬を少し赤らめ、ぺこぺことお辞儀をしている。
「あ、リザベルト様、そのドレスの花柄の刺繍素晴らしい出来ですね~。今度そのお店教えて貰えないかしら~?」
リザベルトはアルメリーの耳元で囁く。
「フェルロッテ様、『フェルロッテ様、ありがとう』、エルネット様、『また今度、お店の名前書いて渡します』だそうです」
「アルメリーったらまるで通訳ね。ふふっ」
「リザベルト様は筆談だと、とても流暢に話してくれるんですよ?」
「あら、そうなの?それは良い事を聞いたわ!」
などと談笑していると、入り口の方でファンファーレが鳴り響く。
『ザール王国、第一王子アルベール・リオン・ザール・ヴァレッド殿下、並びにアルエット公爵家令嬢ランセリア・アルエット・スフェール様のご到着』と係の者が高らかに名前を呼び上げ皆が会場の入り口に注目する。
アルベールがランセリアをエスコートし、会場に入ってくる。入り口周辺でたむろしていた人達は粛々と移動し、二人が通る為の道を作っていく。やがてアルベールが止まると招待客の主だった方々が次々と集まって挨拶に伺う。今はとても近づける雰囲気ではない。
テオドルフが嫌がってたのこれかーっ!?この家の使用人達を相当困らせたんでしょうね……。
挨拶が一段落した頃合いを見計らい演壇にセドリックが登場すると、いつの間にか演壇側に移動した金管楽器の奏者達が再び登場を盛り上げるファンファーレを鳴らし、人々の視線を演壇に集める。
『ご来賓のお客様方、本日はお忙しい中、私の為に集まっていただき誠にありがとうございます。細やかな催しではありますが、皆様方が楽しんで頂ければ幸いです』
短いスピーチが終わると楽団が演目を変えて先程より心が躍るノリのいい曲の演奏を再開する。
演壇からセドリックが降りてくるのに合わせ、私達は近くまで行ったのだがリザベルトはあと一歩が踏み出せないでいる。私は持っていたスィーツ満載の皿を近くのテーブルに置き彼女を励ます。
「リザベルト様、彼を最初に祝っちゃいましょう。頑張って!私がついてます」
そう言い彼女の背中を強く押す。不意を突かれた彼女がたたた、とつんのめるように前へ出てセドリックの腕に抱き着く。顔を赤くした彼女が二言三言囁き、何かを渡す。
セドリックはそれを受け取ると中身に軽く目を通す。どうやら手紙を渡したようだ。読み終わるとすぐにポケットにしまい込む。
その後、近くにいた人から順に一人づつセドリックへ祝辞を述べに行く。もちろん私も。
一通り挨拶が終わりアルベールが最後に祝う。
「誕生日おめでとう、我が友よ。今は生徒会でその力を遺憾なく発揮してくれているが、その経験と能力をもって将来さらなる飛躍を期待している」
「ありがとうございます。アルベール殿下。ご期待に添えるようこれからも鋭意努力していきたいと存じます」
皆の注目を集めたそれが終わり、皆それぞれの集団の会話に戻る。セドリックとアルベールも会話を楽しんでいる。ランセリアはアルベールに少し囁き、了承を得てそこを離れる。料理か飲み物でも取りに行ったのだろうか?それともお花を摘みに?
アルベールの周りに人が殆どおらず、逆に私は非常に近くにいる。これは……今がチャンスだ。強引に行くしかない!
会場内を縫うように移動し飲み物を提供している近くを通りかかった給仕のトレイから琥珀色の液体が入ったグラスの一つを奪い取るようにして中身を一気にあおり、男同士の会話に割り込む。
「アルベール様、お話があります。ちょっとこちらへ来ていただけますか?」
「あ、ああ……」
と半ば強引にバルコニーへと繋がっている全開に開放された近くの窓際へ連れ出す。
あまりのことにセドリックもあっけに取られている。
グラスに入っていたのは強めのお酒だったのか窓際までそんなに距離がなかったのにも関わらず急速に酔いが回り顔が火照る。足元もふらつき、躓きそうになったのを彼に支えられる。
「これはいけない。君は少し風に当たって酔いを醒ました方がいい。すぐそこのバルコニーまで行けるかい?」
「……はぃ、そこまでなら大丈夫……。ぃ、いけそうです~」
彼に軽く支えられながら大きく広いバルコニーに出ると日は沈みかけており空には星が瞬き始めていた。
心地よい風が頬をなでていく。バルコニーの手すりに体重を預け、少し体が落ち着くまで待つ。
「アルベール様、もう大丈夫です。失礼しました」
「そのようだな。もう問題なさそうだ」
「……ここは静かですね。室内の喧噪がまるで嘘みたいです」
「そうだな。室内の音は混ざり合い雑音と化して意味をまるで成さず遠い世界のようだ。それに比べかわいい君の声は良く聞こえるよ。ドレスもよく似合っている」
「かわいいだなんて、そんな照れます……。あ、今日はランセリア様とご一緒にこられたのですね」
「ランセリアは一応、私の婚約者だからね。彼女と一緒に行動するのはおかしいかい?」
「一応……ってそんな。アルベール様は、ランセリア様の事をどう思っていらっしゃるのですか?」
「彼女との関係は……第一王子としての義務だ。国の安定のために有力な大貴族との繋がりを内外に常に示さなければいけない」
聞きたかったのはそんなことじゃない!……でも私の質問が悪かったのかな。方針を変えよう……。
「ランセリア様は美しいですね。お二人はとてもお似合いだと思います」
「ありがとう」
「ダンスもお上手で、仕草や礼儀作法もお手本のように素晴らしいです」
「ああ、そうだな」
「魔力やそれを制御する能力もとても高いと思います」
「……それで?」
「欠点らしい欠点もなく、私から見たら完璧で理想的な女性にみえるのですが……」
「……君は、何が言いたいのだ?」
「何か……何処かお嫌いなところがあるんですか?」
彼は目を見開き、こちらを凝視する。手が震えているのを隠すように握りしめる。
「それを聞いてどうする?」
「聞かないと、教えてくれないと何も分からないじゃないですか!」
「く、クク……くははは!それはそうだな。私にそんなことを直接聞いてくる者など誰もいなかった。まったく面白いな君は。はははっ!」
「そんなに笑わないでもいいじゃないですかっ!」
笑われて恥ずかしくなり顔が真っ赤になる。
「ははは、すまんすまん……ははっ!」
笑いすぎて滲みでた涙を拭くといつもの毅然とした表情に戻る。
「……今の彼女は私の母に似すぎているのだ。もちろん顔形は違うのだが。昔はもっと……」
「アルベール様は王妃様と仲が悪いのですか?」
「まぁ……そうだな。私と母上の仲はあまりよくはない。正直、母上が怖い。いや正面から対峙した時、何かを切っ掛けに母に手をかけてしまいかねない自分が怖いのだ……」
「……そう、なんですね」
周りで誰も聞いてないからこそ言ってくれたのだろうか。本心を少し聞けたみたいで嬉しかった。彼の心の中にも人には言えない何か重いモノがあるのだろう。
「ランセリアと最初に会ったとき良く笑う可愛い子だと思ったよ」
「だが、年を追うごとに彼女が笑う回数も減り、彼女の仕草、佇まいなど完璧を目指すその姿勢が母に重なるように見えて来て……」
「……視界にもあまり入れたくない、ということですか?」
「……」
彼女の懸念してた通りね。ならやり方はあるわ!
「ランセリア様はアルベール様の事をとても慕っているし、大事に想っています。それだけは信じてあげて下さい」
「……わかった。覚えておこう」
「色々教えて下さりありがとうございました」
カーテシーをして軽くお辞儀する。
「もう月が出ているのか……」
ふとアルベールが囁く。彼の視線を辿り振り向くと空にうっすらと三日月が浮かんでいた。
それを見た途端、私は急に意識を失う。まるで糸が切れた操り人形のように体が倒れそうになった所を、アルベールが咄嗟に抱きかかえ支える。
「アルメリー君、大丈夫か!?」
抱きかかえられたまま首を垂れているので口角がつり上がっているその表情はアルベールからは伺い知ることは出来ない。追体験で記憶している「いつもの愛らしい表情」に切り替えると彼の方に顔を向ける。
「……ええ、私は大丈夫ですわ。ふふふ」
「アルベール様の胸に抱かれて、私はなんと幸せ者なのでしょう。うふっ」
「急に君が倒れたのでね。咄嗟のことだった。済まない」
「暫くこのままでいてもよろしいですか……?」
「さすがに私も婚約者のある身。いつまでもこのままと言うわけにも行かない。人の目もある。一人で大丈夫なら立ってくれるとありがたいのだが?」
「そ、そうですね。私ったら殿方にこんなに近くで抱きしめられて……もう自分の足でたてますから……」
彼が優しく腕をほどくと、顔を赤くして俯くと口角を吊り上げる。
ウブな仕草というのも新鮮ね……フフ。
顔を上げ、ちらりと室内をのぞくと円形のテーブルは全て片され、流れてくる曲調も代わり室内では舞踏会が開始されていた。それを見ながら談話している人達の隙間から長く綺麗なウェーブがかかった黒髪に、最新の流行に合わせたドレスを身に纏った美少女が誰かを探して歩いている様子が目に入った。
アナタの大事なアルベールはここよ……ランセリア。気付いているかしら?あなたと彼、関係が改善されるとこちらの計画的にちょっと困るのよね……。あなたは彼よりも私に意識を向けて貰わないといけないの。たとえそれがどのような感情であってもね……フフ……フフフ。
「アルベール様のお側にいれるこの奇跡的な瞬間に、1つだけ言いたいことがあるのです。聞いて頂けますか?」
瞳を潤ませ祈るように手を合わせて、真っ直ぐに彼の瞳を覗き込む。
「では……1つだけなら聞こう。言ってごらん」
「私、アルベール様のことが好きです。初めて見たときからずっと……っ!婚約者がいらっしゃるのは知っていますっ。でもっ!この心にだけは嘘を付きたくない!たとえ聞き入れてもらえなくても、この想いだけは知っていて欲しくて……っ!」
彼が私の両方の二の腕を掴み、口を開こうとした時、
「……そこにいるのはアルベール様ですか?」
室内から良く通る声でランセリアが問いかけ、しとやかに近づいてくる。
「……ああ、ランセリア。私だ」
背中を向けたまま回答するアルベール。
「誰かとご一緒なのですか?」
彼の返答を待たず確認しようと回り込んでくる彼女。そこには気まずそうな表情をしている彼と、彼に両手の二の腕を掴まれ、瞳を潤ませ祈るように両手を組み合わせた金髪の美少女がいた。
「あ、あっ……アルベール様ッ!?」
「ま、待ってくれ。違う、其方の考える様なやましいことなど私は何もしていない!」
「ランセリア様?」
わざととぼけた風に装い、首をかしげる。
「……ッ!私、お先に帰らせて頂きます!」
俯きわなわなと身を震わせた彼女は華麗にターンし、ドレスを纏っているとは思えないほどの早足で去って行く。その勢いに飲まれた人達が次々と道を開ける。アルベールはランセリアに向けて手をのばすが、暫く迷ったあげく、言葉を絞り出す。
「君の好意はありがたく思う。だが私には個人的な感情の恋愛など許されぬのだ。彼女との関係は王国の行く末にも影響する。私の一存で決められる事では無いのだ……すまない」
それだけ告げると彼女の後をいつも通りの悠然とした態度で追いかける。
……あらあら、あの子には少し効き過ぎたかしら。まだまだお子様ね……あははっ。それに王子様にはああ言われたけど、これは振られたのかしら?それとも今回の告白で少しは意識してくれるようになったかしら……?もし意識してくれるようになっていれば、それはそれで楽しみが増えるわね……うふふふふ。
室内がザワザワとざわめき立つ。
やるべきことは済ませたし、折角の祝いの席だもの。振る舞われてるお酒を少々頂くのもいいわよね。ランセリアとの関係は少しだけ悪くなったかもしれないけど後の事はあなたに任せるわ。頑張ってね「ジュルネ」。
何事もなかったように彼女は平然と室内へ戻る。室内の中央ではまだダンスが続けられていたがその周りではダンスに参加していない観客の間を、多くの給仕が透明に近い卯の花色、血のような濃い紅い色、琥珀色、薄い桃色……と、それぞれ違う色の液体が注がれたグラスをトレイに乗せ運んでいく。
周囲に気を配り、知った顔を避けつつ近くを通り掛る給仕のトレイに乗っているグラスを1つ手に取り、優雅に飲み干しては空になったグラスを違う給仕へ返す。色々な種類のお酒を飲み比べ、飲み干す度にうっとりとした恍惚の表情を浮かべる。
いつの時代も人が作るもので唯一価値があるモノはお酒だけ……。人間のお酒に懸ける情熱は侮れないわよね。この時代のお酒も中々美味しいわ。……ふぅ。体も火照ってきたし、なんだかとても眠くなってきたわね。少し残念だけどこの体ではそろそろ限界かしら?とはいえ変な所で寝落ちしてはジュルネに違和感を持たれてしまう。早く先ほどのバルコニーへ戻った方がいいわね。あそこなら気のせいで片付けられるでしょうし……。
少しふらつく足取りでバルコニーに戻り、その隅に移動して手すりと壁に挟まれた角に背中をもたれかけ体重を預ける。姿勢を安定させてから等間隔で並んでいる手すりの柱に片手を絡ませて意識を失っても簡単に倒れないようにする。睡魔に身を委ねるとすぐに意識が遠のいていく。
◇
盛大な拍手が沸き起こり、その大きな音で目が覚める。
「あっ……あれ?いつの間にか私、寝てた?」
どのくらい寝てたんだろう……。んー?ここはさっきまでいたバルコニーよね?私、移動したんだっけ?なんか端っこに来てるし……。私、お酒に弱いのかなぁ……。1杯しか飲んでないのに足元ふらふらするし……。あれ?そういえばアルベール様がいない。話の途中で私が寝ちゃったから困って室内に戻ったのかも。その際に手すりに寄りかかったままだと危ないからと、ここまで移動させてくれたのかな?まぁいいや。取りあえず、室内へ戻ろう。
壁に手を突きながらなんとか室内に戻る。
見知った顔がいないかと視線をうろつかせていたら近くの大人の貴族のグループが話しているのが耳に入ってきた。
「……やはりあの噂は本当で?」
「流石の第一王子も今回は失態を演じましたな?ランセリア様とダンスの一つも踊らず帰られるとは……」
「いやー、私としては第一王子も人の子だったと安心しておりますよ。ハハハ」
「……娘を王家へ嫁がせたい貴族は多いですからな。この機に我らの派閥から、王へ次の縁談の話を働きかけ始めますかな?」
「まだ破局と決まったわけではありませんぞ?慎重に見極めねば……」
えっ?何?なんのこと……?胸に不安がよぎる。
少し体を落ち着かせようと思い、壁にもたれながら演壇に目を向けると、そこに背が高く立派な服を纏った人が登壇し演説を始めた。
「本日は我が息、セドリックの誕生パーティにご参加下さり、誠に感謝致します。宴もたけなわではございますが、本日はここでお開きとなります。本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございました」
あの人がセドリックのお父上様。この国の宰相閣下。引き締まった体に厳めしい顔つき、眉間に深く刻まれた皺が仕事の苦労を物語っている。
私が寝てる間にもう帰る時間になっちゃったの?結局まだ私スィーツの一つも食べてないじゃない!まだ残ってるかしら!?
フラフラと頼りない足取りで廊下側に設置されている長いテーブルのスィーツを目指す。
道中、知り合いに合って挨拶などで邪魔されること無く目的地に到着。容器が空になり無くなっているモノもいくつかあったが、まだ半分以上の種類はなんとか残っていた。何種類かのスィーツを皿に盛り、さっそく空腹を満たしていく。
やはり宰相の主催するパーティともなれば素材や調理師のレベルが一段も二段も違うのか、どれもこれも美味しい。リザベルト招待状ありがとう!こんな美味しいものを食べる機会をくれて!うふふっ。私ったらなんて幸せ者なのかしら!
目を輝かせてスイーツをモリモリ食べているとリザベルトが近寄ってきた。彼女曰くセドリックと一通り踊って分かれた後、ダンスに興じている他の人にぶつかるのを避けるため壁の花となり、それからは目だけでずっと私を探すも会場内に私を見つけられなくて心細くなってたらしい。
「ごめんなさい、リザベルト様を一人にしちゃって。この機を逃すとアルベール様と直接話せる機会がないんじゃないかと思って……。次の機会なんて、いつ来るかわからないし……」
「うぅん。いぃの……。私、あなたの……そんな……ところ、すごぃ……と、思ってる……から」
手に持った皿が一旦空になると、彼女がそっと手を添えてくる。
「そろそろ……みんな……帰り始めて……ぃるわ……。私達も……帰り……ましょぅ?」
そう言われてもまだ食べたことのないスィーツに目が行ってしまう。一口くらい食べてみたかったが、彼女を放置した罪悪感から、断腸の思いで断念した。
会場の出入り口である大扉の前でセドリックが父と共に帰る招待客に挨拶を交わしている。
「セドリック様、用意されていたスィーツ、どれもとても美味しかったです。ご馳走様でした!」
「今日の……パーティ、その……よかった……です……セドリック様……も……素敵で……」
「主催者側として招待客に喜んでもらえたのなら何よりです」
貫禄のある笑顔で告げる彼の父。
「リザベルト、気を付けて帰りなさい。アルメリー君、これからもリザベルトの良き友人でいてくれることを願う」
「はい、セドリック様!」
「心配……ぁりが…とぅ……。気を……つけて、帰り……ます」
セドリック、あんたその台詞、彼女のお父さんですか!?
挨拶を交わして彼と別れたあと、帰宅する招待客達の馬車でごった返す馬車止めで彼女と馬車を待つ。
「今日は本当にいい日だったわ。美味しいスィーツを食べられたし、アルベール様とも直接お話ができたわ。これも全部リザベルト様のおかげよ!本当にありがとう!」
「私……も、初めて……ぉ父様と……ぉ母様の……付き添い……無しで……セドリック……様と会ぇて……手紙も……渡せて、嬉し……かった。……私の……ほぅこそ、感謝……してる」
お互い笑顔を交わし会う。そこへ後ろから彼女の両親が話しながら歩いてきた。
「アルベール様とランセリア様の間に、何かあったのでしょうか?ねえ、あなた?」
「私にも分からんよ。噂だけで軽挙妄動するのは愚か者のやることだ。詳細が分かれば直に私の耳にも届くだろうさ」
「あなた達は何か知らないかしら?ランセリア様のお家はこの国の大貴族のうちの一つなのよ。もしも何かあれば……」
「これ、滅多なことを言うものでは無い。どこで誰が聞いているかわからんのだぞ」
やんわりと窘められた夫人は、それ以降は口をつぐむ。
アルベールに私はランセリアのセールスポイントを訴え、彼もそれは認めていた。彼にもう一歩踏み込んで聞くことができたおかげで、彼女の懸念は自身の思い込みではなく的を得ていたのが確認できたわ。彼女が彼を慕っていて大事に想っている事を、信じてあげて欲しいとも訴えた。あとはこの情報を彼女に伝え、彼女自身に変わって貰えれば、全て上手くいくハズだった……。
一体、私が寝ている間に何が起きたの……?
やがて私達の乗る馬車が到着する。シャルール家の執事が洗練された流れるような作業で皆を馬車に乗車させ、ドアを静かに閉めると御者席に着席する。連絡窓を開け中の様子を確認し、主人の了承を確認した執事は連絡窓を閉めると馬に鞭を入れる。
月明かりに照らされた馬車はゆっくりと動きだし、屋敷の門を抜け、学院への帰路につくのだった……。




