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懲役4000年の魔女⑧


「あああぁぁぁっ!」


 血と肉片と鉄が弾けた右手を抑え、激痛に悶えるウルの悲鳴が地下監獄に響き渡った。

 飛散した鉄で顔を数ヶ所切り血を流しているが、そんな痛みは右手が吹き飛んだ痛みに比べれば些事。

 ウルは膝から崩れ落ち、何度も何度も断末魔に似た叫びを散らし続けた。


「ほれ、これでいいのか?」


 そんなウルをまるでいないもののように無視し、太い鉄格子の隙間から鎖に繋がれたフェヴラーの左手目掛けて黒い杖を投げ渡すアバグネイル。

 見事なコントロールで、黒い杖はフェヴラーの疲れきった左手の中へ吸い込まれていくように放物線を描いた。


「クソ、クソっ!」


 歯が折れんばかりにくいしばって痛みを堪え、左手で腰に差した剣を抜き取ると、ウルは一目散にアバグネイルへ飛びかかる。

 が、眉ひとつ動かさず拳銃を構えたアバグネイルは間髪入れず引き金をひく。

 彼の持つ拳銃は暴発などせず銃口から銃弾を吐き出し、ウルの腹を貫いた。


「クク……心にもないこと言いやがって、最初から信じてなんかいねぇじゃねえか……」


 地面に倒れた衝撃で剣を手放してしまったウル。

 これ以上無駄な足掻きは諦めたのか、肩の力を抜いてケタケタと笑い声をあげる。


「そんなことねぇよ、これでも昨日までは信じてたんだぜ?」

「昨日……まで?」

「ああ、そうとも。けどお前は嘘をついた」

「嘘、だと」


 うつぶせに倒れていたウルが自らの体を転がし、ゆらゆら揺れる松明の灯りに照らされた石造りの天井を見上げた。


「お前自分で言ってたじゃん、俺にあんな質問をされた時は平静を装うのも大変だったって」

「まさか、カマかけやがったのか」


 ウルの言葉にアバグネイルは少し前の彼と同様、嬉々とした笑みを浮かべて口を開く。


「ご名答。まあ俺も嘘ついてたからな、そこはお互い様ってことで」


 自身のもとまで薄ら笑いを浮かべながら歩み寄ってきたアバグネイルを見上げたウル。

 そんな彼の目に飛び込んできたのは、襟を手で引っ張ってはだけさせたアバグネイルの首の付け根で光る金色の首飾り。

 松明の灯りを反射して妖しく輝く首飾りは眼のようデザインをしており、決して洒落たものではない。


「実は俺ら、箱を開けるの初めてじゃねえんだよ」

「まさかっ!?」


 大声を出した勢いで、ウルの腹から赤い血が吹き出す。


「うぐ……神器、真実の……眼……」


 痛みに悶えつつ、ウルが口にした正解にアバグネイルはニヤニヤ笑った。


「フェヴラーみたいな美女とヤれるんなら、そんなもんどうでもいいと思っちゃいたが、神器ってすげぇよ。本当に嘘を見破ったり、全く違う人間に化けれたりさ」

「お前……何言って……」


 飄々としたアバグネイルの口振りで、少しずつ明らかになっていく奇妙な出来事の真相。

 一つは真実の眼を駆使したアバグネイルの奇妙な質問。

 そしてもう一つは、滅多に起きないはずの暴発がアバグネイルにとって絶好のタイミングで起きた奇跡。


「十の神器、『模倣の仮面』。こいつをつければ誰の姿だって模倣できる。たとえば、看守のクライスとかな」


 囚人服の中から見せびらかすようにアバグネイルが取り出したのは、目の部分だけがくり抜かれた真っ白な仮面。

 真実の眼と同じく、十の神器のうちの一つ『模倣の仮面』。


「そうか……俺の尻を叩いた時に細工した銃とすり替えたのか……」


 ウル自身が渡した拳銃に細工をされ、その後十分もしないうちに自分の持つ拳銃とすり替えられた。

 模倣の仮面を使い、実在する看守に化けた泥棒の手によって──。

 神器なんて反則技を使った超人的な手口に、ウルはただただ笑うことしかできずにいた。


「じゃあな、共犯者」


 模倣の仮面を懐に戻したアバグネイルの指が、再び引き金をひく。

 銃声は地下で何度も石の壁に反響し、額を撃ち抜かれたウルの全身は力を失った。


「見事、としか言いようがないね」


 ひと段落、と息をついたアバグネイルだったが、背後から聞こえるフェヴラーの声にすぐさま体を振り向かせる。


「どどどど、どうやって!?」


 アバグネイルが飛び上がって驚くのも、当然といえば当然。

 さっきまで檻の中で鎖につながれていたはずの彼女が、何食わぬ顔で黒い箱の中をあさっているではないか。


「この杖が秘める異能力さ。君に貸した『真実の眼』、『模範の仮面』と同じ十の神器のひとつ、『生誕の杖』のね」

「生誕の杖?」


 黒い箱の中から取り出したボロボロの黒いローブに袖を通し、白い柔肌を覆うフェヴラー。


「杖で触れたあらゆる物質に生命を与え、同じ質量と性質の肉体を使用者の意のままに造形する」


 彼女が淡々と話す途中、彼女の足もとへ錆びた鉄のような色をした蛇が数匹這い寄ってきた。

 それだけではない、手のひらほどある大きなカエルも彼女が収監されていた牢獄の周りをぴょんぴょん跳ねまわっている。

 「どうやって出てきたのか」。つまるところ、この鉄でできた爬虫類どもが答えなのだろうと、アバグネイルは一人納得した。


「しかし五百年ぶりの自由というのは、本当に清々しいものだ。まるで体が自分のものじゃないかのようにね」

「そりゃ五百年も繋がれてりゃな」


 五百年もあれば一つの時代が終わり、また一つの時代が始まることだってある。

 想像するのも恐ろしいような時間に、アバグネイルは苦笑した。


「どうやら君は大当たりのようだ。約束は果たそう」

「マジで!?」

「マジだとも。そんなことを聞くより、君の目には私が本当のことを言っているのが見えてるんじゃないのか?」

「おっと、それもそうだった」


 クスクス笑うフェヴラーの視線の先には、アバグネイルの首もとで妖しく光る真実の眼。

 これを着けている限り、アバグネイルの前で虚偽を図ろうものなら、その姿は赤く滲む。


「五百年も鎖に繋がれていたからね、私も溜まっていたところだ。君が望むなら、夜明けまででも相手してやろう」


 黒い箱の中に残されていた四つ折りの紙をローブの中に収め、シワをのばしながら着直すフェヴラーが艶めかしく笑った。


「え、痴じ──」

「魔女だ!」


 それから少し。ほんの少しだけ、二人の口は閉ざされる。

 アバグネイルの声を遮り、強く言い放ったフェヴラーの言葉は何度も何度も響き渡った。


「そんなことより、早くそれを返したまえ」

「お、おう」


 フェヴラーに指差され、思い出したように首の後ろへ手を回すアバグネイル。

 外した真実の眼を、目の前に立ち上目遣いで自分を睨むフェヴラーに手渡そうとした瞬間、


「私の中にはサキュバスの血も流れているんだ。多少は仕方ないだろう」

「ふぇ?」


 彼女の口から聞き捨てならない言葉が飛び出した。

 美しいエルフと淫魔サキュバスの混血。それが本当なら、これほど男を掻き立てる存在がいるだろうか。


「早く返せ!」


 そんなことを考えているうちに、アバグネイルの手から真実の眼は強引に奪い取られてしまう。

 不意な出来事だっただけに、フェヴラーの言葉が真実か否かはわからないまま。


「ちょ、待てって! 今の本当? 本当なんですか!?」


 真実の眼を取り上げるや否や、スタスタと出口のほうへ歩き去っていくフェヴラー。

 彼女の後を慌てて追い、鼻息を荒げるアバグネイルがしつこく問いかけるも、腹を立てた子供のようにそっぽを向いてしまって答える気はないという様子。


「頼む! 真実の眼、もうちょっと貸して! そんで今のもう一回ちょーだい!」

「あぁもう、うるさいぞ君は!」

「それ次第で、俺のモチベーションも大幅に変わってくるから! 頼みますよ魔女様ぁ」

「それくらい、真実の眼なんてなくとも君の頭で考えてみせることだね!」


 脱獄中にも関わらず大声をあげながら、一つ目の階段を登りきった二人。

 真実の眼を貸す気も、自身がさきほど口にした言葉についての言及も、全くする気がないフェヴラーの華奢な体をアバグネイルが後ろから羽交い締めにして足を止める。


「頼むってぇ」

「ええい、意外と女々しいな君は!」


 薄いローブ越しに久しぶりの柔肌の感触を愉しむアバグネイルと、彼の顔を手で抑えて引き剥がそうとするフェヴラー。

 そして、それを見つめる人影が一つ。


「魔女、檻の中へ戻れ」


 声と共にゆっくり近寄ってくる影に気付き、アバグネイルとフェヴラーは咄嗟に離れて身構えた。

 最初にアバグネイルが使った下水道から地下監獄へ入る道から、歩いてきたのは頭に二本の角を生やした金髪の少女。


「あれは……」


 拳銃を手にするアバグネイルの疑問に答えたのは、彼の隣で杖を構えるフェヴラーだった。


「厄介なやつに見つかったね。あれはキサラギ、獄長の右腕であり、人型最強の鬼蛮族だよ」

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