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懲役4000年の魔女⑦


 慌てて作業場の鎮火と、囚人たちの沈静化にあたる看守に見つかることなく、なんとか倉庫へたどり着いたアバグネイル。

 道中で両手首を拘束する錠を外した釣り針のような特製の鉄串の先端を、倉庫の大きな扉を閉ざす人の頭ほどの錠前に刺し込むこと一分弱。

 見事な手際で、容易く解錠してみせた。


「よし」


 小さく喜びの声をあげながら、扉を少しだけ開いて中に入る。

 当然ながら真っ暗闇の倉庫内でマッチを擦り、小さな灯りをつけると、それを頼りに広大な倉庫の中をウロチョロし始めた。

 歩くたびに舞い上がるホコリにくしゃみをしながら、その最奥で彼が見つけたのは黒い革製の箱。フェヴラーが収監された時に没収されたという、彼女にしか開けられない箱だ。


「あとはこいつを地下に持っていけば……」


 拳ほどの厚さにも関わらず、縦幅は成人女性の身の丈ほどある長方形の箱を担ぎ、来た道を通って倉庫を出ていくアバグネイル。

 しかし、何か思い出したように突然彼の足が止まる。


「おっと、忘れるとこだったわ」


 彼が思い出したのは、計画の中に含まれていた倉庫の着火。

 陽動の材料は、一つでも多いほうがいいとアバグネイルが考案したものだったが、張本人が今の今まで忘れてしまっていたらしく、慌てて踵を返した。

 倉庫の中に積まれた施設を補修するための木材の中から、乾燥しつつ薄い燃えそうな板を探し出し、倉庫の中央に持ってくると、灯りに使っていたマッチを板の上に投げ捨てる。

 さらにもう一本、まだまだもう一本。換気も悪くジメジメした倉庫の中では着火に手こずり、結局マッチ箱の中が空になるまでマッチを擦り続けた。


「これでなんとか」


 ようやく板の上に赤々と燃える火が灯り、安堵の息をもらすアバグネイル。

 木造の倉庫だ。今はまだ彼の腰ほどしかない火柱は、いずれその全てを呑み込むだろう。

 しっかり用事を済ませたアバグネイルはくるりと踵を返し、軽快な足取りで倉庫を後にした。


 フェヴラーが待つ地下監獄への道のりは、前回のシャワールームの排水溝を使った経路は見送り。

 ウルの入ってきた中央棟の裏手からつながる正規のルートを目指し、箱を肩に担いだアバグネイルは足を急がせる。


「やってるみたいだな」


 中央棟に近づくにつれ、見えてきたのは囚人たちを収容する一号棟。

 そこにはアバグネイルの想像通り、騒動に乗じて暴れ出す囚人たちとライフルを構えて彼らを威嚇する看守たちの姿があった。

 中には血を流して倒れる射殺された囚人の姿も見えるが、凶悪犯である彼らにとってそんなことは日常の一部なのだろう。

 誰も動じず、誰も怯えず、汚い言葉の数々を吐き捨てて看守に負けじと威嚇するガラの悪い囚人たち。


「もうしばらく、そうしててくれよ」


 しかし、囚人を人間と思っていない看守の引き金にかかった指は軽く、何十人死傷者が出ても事態を収束させることを優先するだろう。

 こうして暴動が激化しているのも時間の問題であり、アバグネイルもそれを重々理解して一層自身を急かした。

 おそらくは、今から十分後くらいまでにかけてが暴動のピークなのだろう。いつもならダラダラと賭けや拷問と称した囚人イジメに興じたり、居眠りをする看守で溢れかえる中央棟に見える人影は少ない。


「ウルのやつが誘導頑張ってくれたみてぇだな」


 小さく笑みをこぼすと中央棟の裏手に回り込み、本来なら独房を兼ね備えた時計塔に繋がる連絡通路に入ると、脇に施錠された鉄の扉が現れた。

 事前にウルに知らされた通りの、錆びついて鉄の際色よりも赤茶色の方が割合を占める古い鉄の扉に巻かれたチェーンと小さな南京錠。

 これぐらいならば細々と鉄串で解錠するよりも破壊したほうが早いと考えたのだろう。

 アバグネイルはウルから貰った拳銃でしっかりと狙いを定め、南京錠を撃ち壊した。


 今の銃声で何人か気付いたかもしれない。

 そんな一抹の不安はあったが、万が一駆けつけたとて相手をしてやる余裕など彼にはない。

 大急ぎで鉄の扉を封じるチェーンを外し、老婆の叫び声のような軋む音と共に鉄の扉を開くと、目の前に現れたのは地下監獄と同じ壁掛け松明で照らされた下り階段。

 何もかもが計画に準じて進むのが、たまらなく快感だったに違いない。アバグネイルは顔にシワが残りそうなほど、にんまり笑みを浮かべて階段を駆け下りた。


 上から地響きと共に聞こえる男たちの大声を耳に入れながら見知った道を選び、階段を見つけては下を目指す。

 段々遠のいていく地上の声が一切聞こえなくなった頃、


「随分派手なことをしているみたいだね」


 フェヴラーの声がアバグネイルのもとに転がった。


「せっかくの脱獄記念日だ、派手にいきたいだろ? それとも、派手なのはあんまり好みじゃなかったか?」


 ようやく最下層にたどり着いたアバグネイルの足が、ゆっくりフェヴラーのいる牢獄に近付く。


「少なくとも、好きなほうではないよ」

「おっとマジか……。じゃあ、こうしよう! 島を出たら今の失点無くすくらいの静かなデートコース用意するからさ! な? な?」

「ふふ、わかった。せっかくの脱獄記念日だ、これくらいは大目にみよう」

「よかったぁ」


 檻の前でホッと胸をなで下ろすアバグネイルを見て、フェヴラーは可笑しそうにクスクス笑った。

 これほどまでに女としての自分を求めるアバグネイルが、可愛くて可愛くて仕方なかったのだろう。


「さて、箱を」

「そうだそうだ、忘れるとこだった」

「まったく君は……性欲しか頭にないのか」


 呆れるフェヴラーの視線の先で、アバグネイルが肩に担いだ箱を石畳に下ろすと何やら彼女の口が小さく動き始める。

 しっかり耳を澄まさなければ聞こえないほど細い声が唱えているのは、アバグネイルが知らない言葉。

 何処の国の言葉なのか。何を言っているのか。そんなこのを考えていたのも束の間、彼女の呪文に呼応するかのごとく箱が大きな音をたてて開いた。


「うおっ」


 フェヴラーの呪文に聞き入っていたアバグネイルが、自らの足もとから突如鳴り響く解錠音と自ら開く箱に飛びあがって驚く。


「その箱の中に黒い杖があるだろう? それを檻の間から私のほうに投げてくれ」

「あ、ああ、これか」


 箱の縦幅がやけに長かったが、その原因こそフェヴラーのいう黒く長い杖に違いない。

 そんなことをふと考えながらアバグネイルが箱の中に手を伸ばしたその瞬間、


「触るな」


 地下監獄の最下層で幾重にも反響したウルの声が、その手を止めた。


「ウル、なんでここに」


 アバグネイルが驚きの声をあげるのも当然。本来ならウルは今頃、船の手配のために裏手の臨時港へ向かっているはずなのだから。


「なんでって、そりゃお前が一番分かってるだろ」


 腰のホルスターに納めていた拳銃を抜き取り、その銃口を箱の前で膝をつくアバグネイルへ向けるウル。


「勘が鋭いのか、アホなのか。あんな質問をされた時は平静を装うのも大変だったが、どうやら後者だったらしい」

「まさか、お前……」

「まさかもなにも、自分で言ってたよな? お前が俺なら、魔女の神器をぶんどって独り占めするって」


 五百年の時を超えてようやく開いた黒い箱を見て、喜びを抑えられないウルの顔に笑みが浮かんだ。


「ご名答、その通りさ」


 歓喜と欲望渦巻くウルの笑みと、今にも銃弾が飛び出してきそうな銃口を向けられ、アバグネイルの輪郭を冷や汗がつたう。


「利用価値のなくなったコソ泥なんか、このまま撃ち殺してもいいが……頑張ってくれた褒美だ。神器から離れろ」

「この期に及んで情けかよ」

「無駄口を叩くのは構わんが、自分の状況をわきまえろよアホ」


 その場で立ちあがり、真剣な眼差しでウルをしばらく見つめた後、アバグネイルは深くため息をついた。


「撃たないよ、お前は」

「はぁ?」

「一週間の付き合いだったが、俺は信じるぜ……ウル」


 小さく微笑んだアバグネイルの手が、彼の足もとで開く黒い箱の中へのばされる。

 その瞬間、アバグネイルの言葉とは裏腹に、ウルの指が力む。


「この島の看守が、そんな安っぽい言葉で感動するとでも思ったか」


 呆れ果てた様子で銃弾を撃つウル。その銃口から飛び出した弾丸は、箱の中の黒い杖を握ったアバグネイルの頭を吹き飛ばす。

 ────そのはずだった。


 ────が、吹き飛んだのはウルの右手。

 握っていた拳銃が暴発したのだ。



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