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懲役4000年の魔女⑤


「それを聞いてどうするつもりだい? こんな錆びついた島で働く、捨て駒の一つに過ぎない君が」


 面白がったり睨んだり、嘲ったり煽ったり。

 魔女という前情報もあってか、アバグネイルにはフェヴラーが何を考え、何を思っているのか見当もつかなかった。

 しかしながらひとつ、本気で看守を嫌悪していることだけは理解できた。


「だからだろ? こんな錆びた島の中じゃ、一発逆転の目はそうない。だから神器で俺の人生をひっくり返してやるのさ」


 手にするだけで人生を一発逆転。何十年と研究を重ねた魔術師さえ不可能な事象すら可能にする。

 そんなものを本気で信じているのかと、アバグネイルは疑問に思ったが、ウルの目と口ぶりは真剣そのもの。

 夢物語や与太話と聞き流すには、あまりに惜しかったらしく、アバグネイルは黙って二人のやり取りに聞き入った。


「たしかに君のいうよう、神器はそれに関わる全ての者の人生をひっくり返す。希望も絶望も私は嫌というほど見てきた。しかし変化とは、必ずしも本人が望むような形とはかぎらないよ」

「こんなところを出られるなら、なんだっていいさ」


 神器というものが実在する。

 そんな地に足もつかない前提を受け入れ、腕を組み二人の話を聞いていたアバグネイルだったが、何か悟ったらしく口を開く。


「話は大体わかったよ。フェヴラーとかいったな、おたくの頼みってのは没収品を奪い返してこいってわけだな?」

「いかにも、話が早くて助かるよ囚人」

「そしたら何でも言うこと聞いてくれる、と」

「そこまでは言ってないが、まあ君が望むなら仕方ない」


 下心丸出しのアバグネイルに「やれやれ」と言わんばかりに呆れるフェヴラー。

 しかし本当に頼まれてくれるというなら、背に腹は変えられなかった。


「だったら任せとけ、盗みなら得意分野だ」


 自信満々の笑みで答えたアバグネイルだったが、その後頭部をウルの平手が思い切り叩く。

 凶悪犯がはびこる監獄島で働く看守は肉体派が多く、ウルも例外ではない。

 制服の下で岩のようにゴツゴツした腕から放たれる平手はかなり衝撃が強かったようで、アバグネイルの体が前によろけた。


「アホ、俺の質問が途中だろうが」

「ったぁ! 叩くこたねぇだろ!」


 予想以上に痛かった後頭部を抑えて怒鳴るアバグネイルなど意にも介さず、フェヴラーに向けられたウルの口が開く。


「お前の知ってることを吐け、そうすりゃ神器を取り返すのも脱獄も手伝ってやっていい」

「ほう、そんなことをすればタダですまないのは君のほうだぞ」

「構わんさ、お前を脱獄させる時には俺もとっくに島を抜け出してんだからな」


 そう言いながら、檻の近くにあった木箱に腰を下ろして一息つくウル。

 やけに落ち着き払ったその瞳は、ただ一人フェヴラーだけを捉えていた。


「取引や命令なんて話じゃない。手を組まないかって提案してるんだ」

「手を組む? 囚人と看守が、かい?」

「そう言ったつもりだが」


 制服のポケットから取りだした、くしゃくしゃの煙草を一本咥えるウル。

 二度、三度とマッチをこすり、ようやく火をつけると白い煙を吐き出した。


「腕がたつとはいえ、そこのコソ泥は島に来て一年も経ってない。どうせ箱のありかもわからんだろ」

「没収品なら、中央棟の看守室の奥が物置きになってるだろ」

「アホか、こいつが収監されたのは五百年も前の話だぞ。ずっと同じ場所に置いてりゃ、邪魔もいいとこだ」


 どこにあるのかもわからず、見た目も中身も全くわからない。

 そんな条件で盗みなどできるはずもなく、アバグネイルは落胆混じりのため息を吐いた。


「君はどうしたいんだい?」


 腕を組み、頭を抱え始めるアバグネイルにフェヴラーが問いかける。


「まあ泥棒的なことを合わせてもらえば、内通者はありがてぇ話だよ」

「囚人である君が、看守を信じるつもりかい?」

「信頼関係どうこうじゃないさ。島のルールがある以上、俺が今こうしてることがあり得ない。つまりは、俺とおたくに利用価値があるから生かしてんだろ?」


 煙草をふかすウルが嬉しそうに小さく笑う。


「話がわかるじゃないか、アバグネイル。こっちはある程度合意してるみたいだが、どうする? 魔女」


 「はぁ……」と深くため息をつき、フェヴラーが重たそうに口を開いた。


「千年以上も昔の話だ」


 看守嫌いの本心は未だ居座っているが、妥協点を見つけて自分の中で折り合いをつけたのだろう。


「現代魔術が発展するよりも前、今ではロストマギアと呼ばれる術式も作用も現在と全く異なる魔術が存在した時代……ロストマギアを駆使して世界の真理に辿り着いた者がいた」


 四角に削った石を繋ぎ合わせて作った地面を見つめるフェヴラー。大方、その時代を生きた自分の今と変わらない姿でも思い出しているのだろう。


「世界の真理?」


 唐突に大きくなった話に、半裸で腕を組むアバグネイルは首を傾げた。


「未来も過去も、全てを見通す力が彼にはあったのだよ。そして世界の最初から最後までを悟った彼は突如姿を消し、そのまま何十年何百年の時が流れた」


 一呼吸置いて、また口を開くフェヴラーの曇り一つない、真剣な眼差しが檻の外にいる二人へ向けられる。


「預言者と呼ばれる彼の死はうわさ話の一環として私の耳にも入り、最も神へ近付いたとされる彼を祀る墓も世界中にあるが、その真相は未だ分からない」

「預言者……」

「でもね、なにも全てが未知のままというわけじゃない」


 想像もしていなかったほど壮大な話に、ウルは手にした煙草を吸うのも忘れて聞き入った。


「預言者の最期の地とされる神聖な場所で彼の描いた壁画が見つかった。そう、彼は遺したんだよ……自分が見た『森羅万象の大預言』と『鍵』を」


 最初は壮大な、自分たちには関係のないおとぎ話のようなものだと思っていたアバグネイルとウルの顔が蒼白に染まる。

 フェヴラーが話を進めるにつれ、その言葉の持つ意味を少しずつ理解し始めたのだろう。


「ロストマギアを内蔵した十の神器を統べる者にのみ、大預言への道は拓かれる」


 全てを話し終え、「ふぅ」と一息ついたフェヴラー。

 そんな彼女の視線の先で、石畳の地面に捨てた煙草をブーツの厚底で踏むウルが口もとをつりあげて笑う。


「なるほど、そりゃ国を挙げて探し回るわけだ。大預言さえ手に入れば、個人が世界を掌握できるも同然。捨て駒も……」


 嬉々として自身を指したその指を、今度はアバグネイルに向ける。


「コソ泥も、な」


 しかし、そんな彼とは対照的にアバグネイルは何食わぬ顔でゆらゆら揺れる松明の火を、ボーッと眺めていた。


「話がデカ過ぎるわ。どっちにしろ俺はエルフさえ抱ければ別にいいからさ、盗んだ後のことは任せる」

「性欲しか頭にないのか」

「男は皆、野獣ってこと。それで魔女様は世界を掌握して魔王にでもランクアップするつもりか?」


 だが、フェヴラーは小さく首を横に振る。


「そんな大層な理由じゃないよ、ただ親友との約束を果たしたいだけさ」

「何を今更、たったそれだけのために命張れるか。たとえ本当に約束があったとしても、自分にそう思い込ませてしまってるだけだろう」


 そう言って、立ち上がるウルが嘲笑った。


「私が所有する神器の中に『真実の眼』という首飾りがある。そいつは、つけてさえいれば人の言葉が真実か否かを見極められる代物でね……上手く脱獄できたのなら、そいつを貸してあげるよ」


 「自分は真実しか喋っていない」。暗にそう言っているのだろうということはアバグネイルにも、ウルにも分かった。

 分かったのだが、『真実の眼』を本当に所有していて、異能力が言葉の通りだとするのならば、それは逆に二人の言葉の嘘誠もフェヴラーに見抜かれてしまうということ。

 看守と、泥棒と、魔女。今日初めて実際に顔を合わせた三人の間には、当然ながら未だ疑心暗鬼がウロついているのだろう。

 地下監獄に、クスクス笑うフェヴラーの声だけが幾重にもなって反響した。


「おっと、あんまり長居し過ぎるのも危ないしな。俺はそろそろ檻の中に帰るとするぜ」

「どうするつもりだ? アバグネイル」


 大欠伸をしてフェヴラーに手を振り、地下監獄から立ち去ろうとしたアバグネイルの足を、ウルの言葉が止める。


「勿論やるけど? 今からってのは無理があるでしょ」

「そいつが聞けて良かったよ。檻までは連れていこう」

「そりゃありがたいことで……。それから俺のことはアバでいいよ、昔はそう呼ばれてた」

「ダチになるつもりはないんだがな」


 頭をかき、呆れたようなため息をつくウルの足が、出口の方へと進み始めた。

 その背を追うように、アバグネイルも歩みを進めようとしたが、思い返したように足を止めて踵を返す。


「フェヴラー、おたくもだぜ?」

「ふふ、分かったよアバ」

「よろしい」


 顔を綻ばせるアバグネイルにつられてフェヴラーも笑みを浮かべ、自身の檻へと戻っていく彼の後ろ姿を見送った。

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