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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
32/49

死んでもはなさねぇ⑥


 キサラギが叩き割った際の衝撃だろうか。通路の天井にも亀裂が走り、ポロポロと小石が石畳に落ちてくる。

 山そのものに風穴をあけたことで、迷宮全体が崩壊を始めているのだろう。


「くそ、早いとこ十字架を回収しねぇと……」


 やはり腹に抱えた傷が痛むのか、アバグネイルは通路の壁をつたいながら迷宮の奥を目指した。

 もう通路にノエルの姿はない。ノエルが記憶した地図の中身を知るわけもない。

 それでもアバグネイルが進めるのは、ノエルが残した血痕があったから。


「あちらさんも、ガタが来てるみたいだな」


 時折、血溜まりができているのは、おそらくノエルが立ち止まった痕跡。

 彼女もまた、先ほどの崩壊で負傷したに違いない。


 石畳染みつく血と等間隔に並んだ松明の灯りだけを頼りに、アバグネイルが奥を目指しているとふたたび迷宮全体が揺れる。

 アバグネイルが触れていた壁には亀裂が入り、天井から落ちてくる小石の量も増えた。


「おっ始めやがったか」


 広間でフェヴラーとキサラギが戦いはじめたのだろう。

 あの二人がやり合った結果、山に大きな風穴があいた。それは今度だって同じこと。

 下手すれば、迷宮が完全に崩壊しかねないと考えたアバグネイルは、痛む体を前へ前へと強引に進めた。


 その後も迷宮は地響きをたてて揺れ、広間から離れていっているはずのアバグネイルの耳にさえ破壊音やキサラギの怒号が聞こえてくる。

 大きくなっていく通路の天井にできた亀裂。そこから、アバグネイルの頭に一雫の澄んだ水が落ちてきた。

 頭上は山。おそらく山全体に広がる亀裂を、地中に染み込んだ雨水がつたってきているのだろう。


「知らねえ土地の、知らねえ山で生き埋めなんか御免だぜ」


 迷宮の奥深くに行けば行くほど湿気は多くなり、アバグネイルは何処かこの場所に監獄島の地下と似た雰囲気を感じていた。

 しばらく歩いただろうか。

 迷宮を進んでいくと、アバグネイルは先ほどとは別の広間に出た。


「これは……」


 そこで見たのは、人が三十人は並列しても昇れるような巨大階段と、その脇に置かれたおびただしい数の蛇の像。

 脇の蛇たちは皆、一様に口を開いて喉奥で燃える松明の灯りを吐き出している。

 まるで何かを祀る神殿のような。そんな不気味で神秘的な広間を前に呆然としていたアバグネイル。


「ほう、誰かと思えば……久しい顔だな」


 そんな彼に向かって転がされた声の主は、巨大階段を昇った先にいた。


「お前は……」


 百段はありそうな長い石積みの階段の頂上から、アバグネイルを見下ろす姿はノエルではない。

 しかしながら、彼は頂上に立つ老爺を知っていた。


「お前さんがいるということは、やはり魔女はここに」

「女のために脱獄とはな、若くねえんだから無茶もほどほどにしときな……リカルドさんよ」


 監獄島に収監されているはずの、リカルド・エバーノートだ。


「これはお前さんの知り合いか?」


 そう言って、リカルドが蹴飛ばしたのは力なく倒れるノエル。

 意識があるのか、ないのか。蹴飛ばされたノエルの体はゴロゴロと階段を転げ落ちていく。


「……ノエル」


 十中八九、リカルドの右手に握られた剣で痛めつけられたに違いない。

 途中で勢いをなくし、静止したノエルの痛ましい血塗れの姿を見て、アバグネイルは眉をひそめた。


「いい女だが、顔のアザがダメだ」


 対照的にリカルドは、ノエルの無惨な姿を鼻で笑う。


「多くの女を見て、多くの女を抱いてきたが、やはり魔女は別格。絶世の美女たるにふさわしい」


 クスクスと笑いくるりと踵を返すリカルド。

 その視線の先には、階段の脇に置かれたものより大きく、人の背丈をゆうに超える蛇の像だった。


「俺の目的は、あくまで魔女ただ一人。しかしその道すがら、いいものを見つけた」


 顔を不気味にニヤつかせるリカルドの手が、自分に向かって大きく開かれた蛇の口にのびる。

 蛇の喉奥からリカルドが取り出したのは、炎の灯りに照らされて煌々と輝く銀色のロザリオ。


「まさか」


 それが一体なんなのか。わからないアバグネイルではない。


「十の神器、再生の十字架。帝国にいる時は探し回ったものだ」


 リカルドは右手に握っていた剣を勢いよく地面に突き刺し、丁寧に両手でロザリオを自身の首に着けて振り返る。


「どうだ、似合っているかね」


 老いたシワだらけの首もとで輝くロザリオこそ、墓守の里に踏み入った誰もが望んだ十の神器、再生の十字架。


「似合ってねえっつったら、くれんのか?」


 冷や汗を流し、アバグネイルは精一杯の強がりを見せた。

 それを察したのか、リカルドは小さく笑いながら階段を降りてくる。


「欲しいのか? 再生の十字架(これ)が」

「欲しくなきゃ、こんな陰気臭い場所に来るわけねーよ」


 目は降りてくるリカルドと合わせながら、アバグネイルは周辺視野で何かを対抗する術はないかと必死に探した。

 そして見つけたのは、階段に転がる銀の剣。先ほど、ノエルが転げ落ちてきた際に彼女の手からすり抜けたものだ。


「不死身の力など、この老いぼれには過ぎたものよ。お前さんが取り引きに応じるなら、くれてやってもいい」

「取り引き?」


 地面に突き刺した剣を抜いた後、一段一段ゆっくり降りてくるリカルドを見上げてアバグネイルが問いかける。


「魔女だ。魔女を俺の女にする」

「まぁた、その話か」

「お前さんはもう実物を抱いたか?」

「とっくにな、サイコーだったぜ」


 すると何を思ったのか、リカルドは嬉々として高笑いの声をあげた。


「ハハハっ! では、もう用済みであろう。ならば俺の前に連れて来い」

「そうすりゃ、再生の十字架をくれんのかよ」

「元は騎士を名乗っていた身、約束ごとにおいては信用してくれて構わん」


 アバグネイルの中に棲みついていた恐怖も、焦りも、いつの間にか姿を消しているのに本人もようやく気付き、顔がほころぶ。


「そういや、姫様を寝取って監獄島にぶち込まれたんだっけ?」

「古い話だ」


 ケラケラと嘲るような笑い声をあげたアバグネイルの刃物のような鋭利視線が、リカルドを突き刺した。


「だったら学習しろよクソジジイ、人の女に手ェ出すもんじゃないぜ。ありゃ俺の女だ」

「傲慢な童め」


 自分を嘲るアバグネイルに憤りを覚えたリカルドが、剣を強く握って階段を駆け降りようとした瞬間──。

 最後の力を振り絞って起き上がったノエルの両手で握ったナイフが、リカルドの脇腹に深々と刺さった。


「不死の……秘宝は……」

「まだ息があったか、小娘」


 ノエルの弱りきった目が、リカルドを睨む。


「私の────」


 しかしリカルドは、彼女の最後の抵抗を嘲るように一蹴。

 虫の息だったノエルは、再び力なく階段を転げ落ちてしまった。

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