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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
31/49

死んでもはなさねぇ⑤


「どうやら、少しは効いているみたいで安心したよ……キサラギ」


 石畳へ落下するフェヴラーの手が、自身の顔を掴んだキサラギの右手首を握る。

 崩壊した迷宮の天井は巨大な瓦礫と化し、次から次へひらけた青空に轟音を打ち鳴らして、石畳にいくつも突き刺さった。


「サバ……トォ!」


 全身をヒリヒリ駆け抜ける痛みに顔を歪め、キサラギが叫ぶ。

 二人分の血が赤々と舞い散る空中で、このままフェヴラーの頭を握り潰してやろうと右手を力ませようとしたが、力が入らない。

 右の二の腕を貫通した剣が、それを許さないのだ。


「フェヴラーさんっ!」


 そう大声をあげて、二人を追うようにひらけた天井から姿を現したのは、右手に剣を握るボニィア。帝国軍人の死体からくすねたのだろう。

 落下する瓦礫の上を素早く器用に飛びうつるボニィアは、矢のような速度でフェヴラーとキサラギに迫る。

 彼女もまた、アバグネイルの知らないところでキサラギとやり合っていたのか、傷だらけの体にムチをうって剣を振りあげた。


「うぜぇ……うぜぇうぜぇうぜぇ!」


 ボニィアの姿を視界の隅に捉えたキサラギは、思い切り右手をぶん回して容易くフェヴラーを投げ飛ばす。

 反動でキサラギの体は回転し、迫るボニィアの姿を充血した狂気的な目が睨む。


「はあぁぁぁぁ!」

「関係ねぇやつが、うぜぇ!」


 両手で握りなおした剣を鈍器のように叩きつけるボニィア。

 だが、刃は静止。あろうことかキサラギは、振り下ろされた剣の刃を素手で受け止めたのだ。

 当然ながら、刃がくい込むキサラギの左の掌は流血。

 しかし彼女に痛がる様子はなく、そのまま鉄でできた刃を握力で砕いてしまった。


「バカな」


 愕然としているボニィアを襲ったのは、右側からやってきた象の突進のような衝撃。

 骨は砕け、肩は脱臼し、とんでもない威力をもつキサラギの一蹴によってボニィアは砂煙に覆われた迷宮の石畳へ叩きつけられた。

 その後、すぐにキサラギの姿も広間を包み込む砂煙の中に消える。


「殺す、絶対殺す」


 見事に二本の足で瓦礫の上に着地したキサラギはまず、右の二の腕に刺さった剣を抜き取った。

 溢れ出す血や痛みなんて関係ないと言わんばかりに、今度は太ももを貫く剣を勢いよく抜く。


「サバト」


 一本一本、豪快に剣を抜いて血を噴き出したキサラギ。


「サバトォォォォォォ!」


 彼女の咆哮が、迷宮のジメついた空気を大きく震わせた。



 *



 広間に充満する砂煙で姿の見えないキサラギの猛々しい雄叫びを耳にいれ、恐怖心をこれでもかと煽られていたアバグネイル。

 震えそうになる手足に力を入れ、自分を騙す彼のボサボサの頭をフェヴラーの小さな手がポンと叩く。


「アレの相手は私がやろう、そもそもアレが追っているのは私だからね」

「フェヴラー」


 アバグネイルの胸の中に棲みつく恐怖心を知ってか否か、フェヴラーが小声でそう告げると微笑んだ。


「今回は前回の失敗を踏まえて、さらに多く五本の剣を刺してみた。アレを止めるにはもう一押しも二押しも必要みたいだがね」

「あの化け物、痛覚バカんなってんじゃねえのか」


 大きな瓦礫の陰に隠れ、声をひそめるアバグネイルとフェヴラー。


「けど効いているのは確かだ。彼女の力なら私の顔を握り潰してもおかしくはなかったが、それをしなかった」


 一瞬だけ、顔面を右手で掴まれているフェヴラーの姿を見ていたアバグネイルは「確かに」と、彼女の顔を見上げる。

 キサラギの握力に潰されてしまうことはなかったものの、フェヴラーの右目は潰されて開かず、血をだらだらと流していた。


「できなかったんだろうね。力を入れようとも体が言うことをきかなかった」

「あれだけやられりゃ、普通は死んでてもおかしくねえんだがな」


 アバグネイルは、やれやれと言わんばかりにため息をつく。


「それより、君のほうはどうなんだい? 十字架は見つかりそうかい?」


 岩陰からひょっこり顔を出して、徐々に薄くなっていく砂煙の中を覗き込んだアバグネイル。

 その中にひとつだけ、自らの足で立つ人影を見つけるや彼はすぐに顔を引っ込めた。


「もう少しだったんだがな、今となっちゃ手がかりは瓦礫の中だよ」

「そうか、それはすまないことをしたね」

「なに、迷宮の中にあるのはわかってんだ。それに、手がかりが皆無ってわけでもなさそうだしな」


 キョロキョロと辺りを見渡しはじめたアバグネイルを、隣で共に腰を屈めるフェヴラーは興味深そうに眺める。


「どうした? まだ何かあるのかい?」

「いた、あいつ……」


 そう言ったアバグネイルに視線を合わせると、砂煙が晴れていく先にいたのはノエル。

 小刻みに震えながらも起きあがれているあたり、崩壊で怪我こそしたが軽傷で済んだのだろう。

 その様子を岩陰に隠れながらジッと見ていると、二人の鼓膜をフェヴラーの名を呼ぶキサラギの咆哮が揺らした。


「呼んでるぜ」

「まったく、しつこさもここまでくると笑えないね」


 肩を落として呆れるフェヴラー。

 その時だった。二人の視線の先で、立ち上がったノエルが体を引きずって広間に繋がる通路へ向かう。


「ほらきた、やっぱりあいつ記憶してやがったんだ」

「どういう意味だい?」

「こんだけ複雑な迷宮の奥に隠された十字架を見つけるための手がかりなら、地図の可能性が高い。あいつはそれを頭の中に叩き込んでたんだろうよ」

「なるほど、それなら彼女を追えば十字架が」


 フェヴラーの言葉にアバグネイルは、「そうと決まったわけじゃねえがな」と告げて立ちあがる。


「右目、見えてないんだろ? やれるか?」


 まだ体を引きずるノエルは視界の中。

 少しばかり余裕のあったアバグネイルが振り向きざまに気にしたのは、やはりフェヴラーの潰れた右目だった。


「これくらいなんともないよ、君のほうこそボロボロじゃないか」


 しかし、心配を口にしたアバグネイルの体だってボロボロで、いつガタが来てもおかしくない。


「人のこと言えた義理じゃなかったな」

「お互い様だ」


 顔を見合わせてクスクス笑うアバグネイルとフェヴラー。

 ひとしきり笑い合うと、アバグネイルはくるりと踵を返して広間を後にするノエルを視界の中に捉えた。


「最後の一踏ん張りだ、死ぬ気でやってやろうぜ」


 言い残して立ち去ろうとしたその時、アバグネイルの右手首をフェヴラーの手が掴んで彼を止める。


「ちょっと待った、一つ確認しておきたいことがある」

「確認? わりぃけど、もうあの姉ちゃん行っちゃうから──」

「とっても重要なことだ」

「わかったわかった、手短に頼むぜ」


 フェヴラーの真剣な眼差しと物言いに負け、アバグネイルは前へ向かう気持ちを一旦落ち着けた。


「その、だね」

「なんだよ、十字架なら俺が勝ち取って──」

「そういう話ではない」

「じゃあどういう話だよ」


 急かされるのが少し腹立たしかったのか、フェヴラーは顔を膨らませて不機嫌さを露呈させる。


「だから、私の名はなんだ」

「記憶喪失ですか?」

「そうではない、いいから早く答えろ」

「マジで何の話してんの……フェヴラー、サバト・フェヴラーだろ? これで満足か?」


 ムッとした表情のまま、ゆっくり頷いたフェヴラーはさらに口を開く。


「そうだ、それが私の名だ。君はさっきから私のことをフェヴラーと呼ぶが、別れ際に異なる呼称をした」

「あー、したな。ごめん、俺行っていい?」

「呼称というのは統一させたほうがいい。でなければ、いざという時に混乱してしまう。うん」

「話を聞け、バカ」


 一刻を争う状況というのをわかっているのか否か。アバグネイルの話も聞かず、フェヴラーは一人で納得したように頷いた。


「だから、その……今後はだね」


 言いにくそうに俯いたフェヴラーだったが、アバグネイルの手首を掴む彼女の手は一層力を増す。


「なるほどな、分かったよ」


 だが、アバグネイルはそんな彼女の手を振りほどいた。

 まさかのことに驚きと失意で、アバグネイルを見上げようとしたフェヴラーだったが、そんな彼女の頭を抑えつけるように彼の手がのる。


「お互い生き残ったら、な? サバト」

「そ、そうか……君がそう呼ぶと決めたなら、別に私が拒絶する理由もない」

「素直じゃねえな」

「必ず生きて帰ってこい」


 まるで少年のような無邪気な顔で「お前もな」と言い残すと、アバグネイルはノエルを追って通路を目指した。

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