猛者たちのバトルロイヤル④
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無事に助け出されたノーマが墓守の民の中にサマンサの姿を見つけると、ボニィアの手の中を離れて矢のようにサマンサへ飛びついた。
ノエル一派に攫われ、幼心にもう会えないかもしれないなんてことがわかっていたのだろう。
サマンサに飛びつくノーマの瞳から、嬉しさのあまり大粒の涙が溢れ出した。
親子の感動の再会。それを穏やかな気持ちで見守るボニィアやフェヴラーだったが、彼女たちとは対照的にアバグネイルは険しい顔で周囲を落ち着きなく見渡してた。
無論、フェヴラーやボニィア以外にアバグネイルの味方といえる者はいない。ならば一体誰が、こんな自分たちに手を貸すような真似をしたのか。
「何処から狙いやがった」
世の中に狙撃手は数いれど、これだけ正確な射撃を行える人材は数少ない。
その少数派のうちの一人を、アバグネイルは知っている。
あちこちから煙のあがる里を見渡し、ようやく遠目に見知った人影を見つけ出した。
「あそこか」
アバグネイルの視線の先、彼らよりもずっと上の層で長い銀髪を風になびかせていたのは、帝国軍プランティス隊のクリス・ナイトホーク。
一度対峙し、彼女の持つライフルを向けられたからこそアバグネイルは、この人間離れした距離からの精密射撃に合点がいったのだろう。
するとクリスはアバグネイルたち以外の何かを見つめるや否や、急ぎ足でその場を立ち去った。
「なんだ、あいつ」
遠目に姿を見ていただけで、厳密にクリスが何を見ていたのか。アバグネイルには分かるはずもない。
しかし、彼女の体が向いていたであろう方角に視線を移すと、そこには長老の家から何処かを目指して足を急がせるノエル・ギャラックの姿。
「まさかっ!」
ノエルも、クリスも、狙うものは同じ。十の神器が一つ、再生の十字架だ。
あちらこちらで火柱と雄叫びのあがる凄惨な戦場と化した里を駆ける二人の姿を見て、どうやらアバグネイルもクリスと同じ仮定にたどり着いたらしい。
「フェヴラー! こっちは任せた!」
ノエルが、長老の家で何か重大な手がかりを得たのではないか。
「君はどうするつもりだ」
「十字架の場所が分かったかもしんねぇ!」
「だったら私も────」
そう言って、フェヴラーが心配そうにアバグネイルのもとへ歩み寄ろうと足を踏み出した瞬間のこと。
二人の間に、人一人分の直径はあろうかという火球が勢いよく落ちた。
「くっ、魔術師か。面倒だね」
火球はそれだけに留まらず、二つ三つと上空から墓守たちへ襲いかかる。
「皆さん、逃げて!」
ボニィアの掛け声で血相を変えた墓守たちが慌ただしく洞穴の中へ向かうが、もう火球はすぐそこ。
これだけの大きさの火球が直撃したのでは、人間などひとたまりもない。
「分かったよ、そっちは君に任せることにしよう」
────が、突如展開された巨大な障壁に火球はぶつかり、空中で音をたててハジけた。
咄嗟に顔を伏せていたアバグネイルが恐る恐る顔をあげる。
目と鼻の先で焔々と燃える炎。その奥にいたのは、足もとから吹きあげる風に黒いローブを大きくなびかせ、杖尻でコンっと床を叩くフェヴラーだった。
「どうやら、この魔女に魔術対決を挑む魔術師がいるらしいからね」
風に煽られ、深くかぶっていた黒いフードが脱げると、火球が飛んできた先を嘲るような笑みで見つめるフェヴラーの顔が見える。
「死ぬんじゃないぞ、アバ」
上の層から自分たちを見下ろすノエル一派の魔術師たちを視界の中に捉えたフェヴラー。
そんな彼女の口からこぼれた言葉に、アバグネイルは思わず顔をほころばせた。
「分かってるよ、約束もあるしな」
「ああ、覚えててくれて嬉しいよ」
監獄島から逃げる際にしたあの約束を思い出し、炎越しにクスクス笑いあう二人。
「楽しみにしてろよ、サバト」
「サバっ!? ちょ、待ちたまえ!」
フェヴラーの呼び止める声も虚しく、バチバチと木を喰らう炎の音にかき消され、アバグネイルは上の層を目指して走り去ってしまった。
炎の熱さか。それとも恥ずかしさで火照ったのか。フェヴラーは顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「いきなり名前で呼ぶんじゃない……。嬉しくなってしまうだろう」
フェヴラーが、誰にも聞こえないような小さい声で呟いた。
「有象無象と思っていたんですがね、あれだけの魔力障壁を一瞬で展開できる魔術師殿がいたとは」
残ったフェヴラーをはじめ、ボニィアや墓守たちを見下ろす魔術師たちの中から一人の男性エルフが出てくる。
「おや、同志でしたか。ならば納得というもの、人間のように野蛮で不器用な種族にできる芸当ではありませんからね」
人間基準で見ればまだ二十代後半の青年といったところだろうが、エルフならばその限りではない。
個人差こそあれど、おおよそ三十歳から七十歳くらいまでのエルフは大抵若い青年のような容姿をしている。
傲慢な笑みでフェヴラーたちを見下ろす黒髪の彼もまた、そのくらいの年齢に違いなかった。
「それにあなたは何か、異質な魔力を秘めているようですね」
男性エルフの視線がフェヴラーをしっかり捉える。
「ほう、魔力が見えるのかい? 確か、魔眼とか言ったね」
「よくご存知で。私は大賢者ネスヴィルの三番目の弟子、毒炎のクオヴラ。ネスヴィルに教えを授かった者としては魔眼など基礎中の基礎なんですがね」
またも傲慢な笑みを浮かべ、フェヴラーを見下ろす男性エルフ。
ネスヴィルといえば、現代魔術に携わる者ならば必ず通る名前であり、現代魔術に革命をもたらした『大賢者』だ。
その弟子なんていえば、法螺でも事実でも常識ある魔術師なら顔を真っ青にして飛び上がる。
「さあ、聞いたことがないね」
しかしフェヴラーは知らないその名をケラケラ笑い、嘲った。
「ネスヴィルの名も知らないとは、あなた本当に魔術師ですか」
「その大賢者とやらがどれだけ偉いかは知らないが、それは君の功績ではないだろう? 今の君は虎の威を借る狐そのものだ」
小さく舌打ちし、嫌悪を隠そうともせず表情に出したクオヴラが右手を空高く振り上げる。
すると、彼の頭上に七色の炎が現れた。
「どうやら、あなたとは友達になれそうにない」
「友達になるつもりは毛頭ないよ。それに、大道芸ならよそでやってくれたまえ」
クオヴラだけではない。その脇を固める魔術師たちが手にした杖の先端を一斉にフェヴラーへ向ける。
「多方面からの魔術攻撃に対しては大きな障壁を展開しなければなりません。しかし、それには障壁自体の耐久性を犠牲にする必要があります」
得意げにペラペラと口を動かすクオヴラの頭上で、七色の炎が一点に集中。世にも珍しい虹色の火球と化した。
「果たして、これを防げますか?」
火球は見る見る大きくなり、魔術の知識がない素人でもそれが放たれた際の威力は一目瞭然。
人の背丈よりも遥かに大きな直径のそれが一度放たれれば、フェヴラーも彼女の足場も全てを焼き尽くす。
「防ぐ? なぜそんなことをしなければならないのかな?」
「強がりをっ!」
憤りをさらに煽るフェヴラーの言葉に痺れを切らしたクオヴラが虹色の火球を放つ。
それに合わせ、彼の周囲の魔術師たちも一斉にフェヴラー目掛けて火球を放った。
逃げられない。防げない。
そんなことは誰よりフェヴラーが重々理解している。
だからこそ、彼女は右手に握った杖の先を自分目掛けて飛んでくる虹色の火球に向けた。
「攻撃魔術で玉砕も無駄無駄ぁ! なにせ、私の魔術は有毒!」
顔いっぱいにシワをつくり、吐き散らすように言い放つクオヴラ。
「かすりでもすれば、私の調整した魔力があなたの体を破壊する!」
迫る虹色の火球に、フェヴラーの杖先が触れる。
「なるほど、彼女たちの魔術毒は君の仕業だったか」
勝利を確信したクオヴラ。しかしフェヴラーもまた、不気味に微笑んでいた。
フェヴラーも、里を形成する木造の床や柱も全て焼き尽くす。そのはずだった虹色の火球は、フェヴラーの杖に触れた途端に静止。
「なにを……」
「自分の魔力を調整するとはね、流石の私も思いつかなかった離れ業だ。しかし、それは決してできないからというわけじゃない」
空中で静止した虹色の火球。そこから生まれた虹色の炎の肉体を持った複数の鷹たちが、自らクオヴラ以外の魔術師が放った火球にぶつかり相殺していく。
「世の立派な魔術師たちの頭には、わざわざそんな姑息で地味な選択肢がなかったのだよ」
「馬鹿な、何故だ! なんで私の魔術を操っている!」
何十年も魔術師をやってきて、自らの放った魔術の支配権を奪われるなど体験したことがないクオヴラ。
それもそのはず、十人十色で性質が異なる魔力は自分だけのもので、魔術を奪う魔術など存在しない。あり得ない。
「どうやら、君の馬鹿な頭の許容を超えてしまったようだね。そこは詫びたほうがいいかい?」
「違うっ! 私は毒炎のクオヴラ、大賢者の弟子だ! 天才だ!」
「どこが?」
フェヴラーはケラケラと笑って、クオヴラを嘲る。
「魔術毒さえ利用すれば、魔力を有するどんな生命体も殺すことができる! その考えに至り、私は成し遂げたのだ! 毒炎を!」
「やれやれ、頭がいいのと突飛な考え方しかできないのはワケが違う。君は基礎的なことを見落としているんだ」
「基礎……的……?」
虹色の火球は分裂し、さらに多くの鷹へと生まれ変わっていく。
「当たらなければ意味はないということさ、そんなこと素人でもわかるはずなんだがね」
フェヴラーの持つ杖の尻がコンっと木造の床を叩くや否や、火球から生まれた虹色の鷹たちが一斉に羽ばたいた。




