猛者たちのバトルロイヤル③
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アバグネイルにへし折られたライフルよりも、少しばかり銃身が長く軽量化されたライフルを握り、クリス・ナイトホークは満足げに微笑んだ。
木でできた手すりに足をかけ、上の層へと昇る階段の途中を絶好の射撃ポイントとした彼女。
谷を吹き抜ける強い風を読み、射程距離の伸びた新型で針に糸を通すような正確な射撃をしてみせる。
「最初は微妙な使用感だったが、数発の試し撃ちをした甲斐があった」
帝国人よりも腕が細い東方人のために制作されたライフルは軽量化に特化しており、銃弾が小さく殺傷能力は低いが、女性でも扱いやすく射程距離も長い。
「しかし、慣れれば我々でもここまで扱いやすいとは……東方人の男たちは大丈夫か?」
軽くなったボルトを素早く引いて空になった薬きょうを飛ばすと、薬きょうが地面に落ちるよりも早くクリスは次の銃弾を撃ち出した。
「今となっては、こいつの方が手に馴染む」
ひとしきり撃ちきったクリスは、数歩ばかり退がって待機していた女性軍人にライフルを投げる。
「弾を込めておけ」
「はっ!」
クリスの方から放物線を描いて飛んできたライフルを受け取ると、女性軍人は手にしていた予備の同型をクリスの方へ優しく投げた。
ライフルを手にしたクリスが、再び木造の手すりに足をかけ、猛禽のような目で炎上する里の中を上から下まで見渡す。
「これが、プランティス隊随一の狙撃手……ナイトホーク小隊長」
里の中で巻き起こる騒乱にかき消されてしまうほど小さな声で、女性軍人が呟く。
「観測手として同行した私の立つ瀬がないほど、この方は完成されている」
クリスから受け取ったライフルに弾を込める彼女は観測手として、狙撃手のクリスに同行をした。
本来、狙撃手が動く際には狙撃手と観測手の最低二人一組となるが、クリスには射撃の正確性ともう一つ圧倒的な視野の広さが備わっている。
同じプランティス隊の軍人として、噂程度には聞いていたクリスの腕前だったが、こうして直に見る彼女の痒いところに手が届く的確な射撃は想像以上のようで、ただただ呆気にとられていた。
「たかが数発の試し撃ちで、東方輸入の新型をあそこまでモノにするなんて……噂は誇張されていたわけじゃなく、この方は本物の天才だ」
軍服を着た仲間たちの前に立ちはだかり、幾多もの命を一瞬にして奪う豚面の巨人オークの姿を、クリスの目が捉える。
オークは全身を硬い表皮で覆われているため、殺傷能力の低い新型ライフルの遠距離射撃では致命傷を与えることはできない。
それを重々承知の上でクリスの放った銃弾は見事にオークの棍棒を握った右腕に当たり、攻撃の手を一時的に緩めさせた。
「ノエルのやつ、山賊を仲間に引き入れたか」
ノエル一派として戦っているオークやコボルトといった、魔族と呼ばれる生命体たちは人として扱われることがなく、せいぜい知能を持った人に近い動物止まり。
イノシシや犬が数多の配合と、魔力の変異により生まれた種族なのだから大きく間違ってはいないのだが、人と同じように意思を持つ彼らは自分を守るために大半が賊にたどり着く。
海賊に、山賊。魔族が大きな割合を占めるこの無法者たちに帝国軍も手を焼いていることを知って、ノエルは引き入れたに違いないと、クリスは一人納得していた。
「訓練生の頃から口の上手いやつだったが……敵にすると恐ろしいやつだ」
昔のことを思い出しながら、その表情は一切変えず冷ややかな目で次から次にノエル一派の人間や素早いコボルトに銃弾を叩き込んでいく。
一体、何人殺したのか。数えるのも忘れた頃、クリスの視界に見知った姿がぼんやりと映った。
「あいつら、ここを嗅ぎつけていたのか」
かなり下の層で指ほどの大きさしかないその姿は、ノエル一派の男に幼い少女を人質にとられて攻めあぐねるアバグネイルたちではないか。
「借りは返さないと気が済まないタチなんだ」
一目見て、アバグネイルたちが面倒ごとに巻き込まれているのが分かったクリスは銃口を彼らの方へ向けた。
新型ならば、アバグネイルたちのいる層は射程圏内。しかし的が小さ過ぎる。
そして、もう一つの懸念があったクリスは一旦ライフルをおろした。
「旧式では無理だろうな、この距離と風は」
「ナイトホーク小隊長?」
未だ戦争は激化の一途を辿る中、ライフルをおろしたクリスの背を見て首を傾げる女性軍人。
しかしクリスは決して狙撃をやめたわけではなく、今までの手すりに足をかける前のめりな姿勢をやめただけだ。
ゆっくりと木造の床に膝をつき、腰を落とす。本来、狙撃手はこういった方針の安定する姿勢を取るものだが、大した距離ではない狙撃の際にクリスは添えた左手だけで銃身を制御する。
だが今回ばかりは違うようで、ライフルの銃身をさっきまで自身の足をかけていた手すりに乗せて固定し、深く息を吸い込んだ。
(子供に当てるのは論外、しかし中途半端なところに当てれば返って危ない。一撃で仕留めるしかないというわけだ)
戦場で後方から撃つ際、致命傷は必須条件ではない。
とにかく体にさえ当てれば、こちら側の前衛部隊の手助けになる。
いつもとは違う、一撃での殺傷性を求められる狙撃に心を落ち着かせ、視界の中で風に揺れる人々の髪や服を見て風向きと強さを予測。
そして────甲高い銃声とともに、長い銃身の先から勢いよく銃弾が放たれた。
「借りは返させてもらう」
放たれた瞬間に狙撃の成功を確信したクリスが小さく笑って立ち上がる。
無論、銃弾は風に煽られて少しばかり軌道を変えられたものの、クリスの想像したコース通りに進んで幼い少女を腕の中に捕らえていた男の脳天を貫いた。
一瞬にして命を絶たれた男の腕の中から、無事幼い少女は救い出されて獣人の少女と抱き合っている。
嬉しくて泣いているのか。それとも、嬉しくて微笑んでいるのか。遠目に眺めるクリスには、検討もつかない。
その時、クリスの視界の隅でよく知る後ろ姿が動いた。
「ノエル?」
士官学校で苦楽をともにした彼女の親友、ノエル・ギャラックのものだ。
「どこへ向かっている」
長老の家から出てきたノエルは、何やら足を急がせている。
攻め入ったクリスたち帝国軍から逃げる、というのは理由の一つとしてあるのだろう。
しかしながらクリスには、とてもそれだけが理由とは思えなかった。
「たしかあそこはノエル一派の主要面子がいた占拠していた場所。ならばこの里の中心部か」
アバグネイルたちのことなど忘れ、クリスは必死に頭を回す。
「まさか、見つけたのか……?」
この里にやってきた部外者の目的は、広い視野で見れば全員同じ十の神器の一つ、再生の十字架である。
逃げる。それ以外に足を急がせる目的があるとするならば、ノエルは長老の家で見つけてしまったに違いない。
────墓守たちが長年守り続けてきた神器の大きな手がかりを。
「そっちの銃を渡せ」
ノエルから一切目を離さず、クリスが後方にいる女性軍人へ使っていたライフルを投げる。
「はっ!」
クリスから放られたライフルを受け取った女性軍人は、すぐに弾を込め終えたライフルを投げようとするが、それを待てなかったクリスが早歩きで詰め寄ってきた。
「そいつに弾を込めて使え、私はこの場を離れる」
「離れるとは、一体どちらへ」
女性軍人の手から強引にライフルを奪い取ったクリスは、すぐに踵を返す。
「決まっている、手柄を立てに行くんだ」
そう言って小さく笑うと、クリスは女性軍人に言葉を返させる暇など与えず戦火の中へ走り去ってしまった。




