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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
21/49

猛者たちのバトルロイヤル②


「この中にサマンサという女性はいませんか?」


 帝国軍プランティス隊の介入でピリついた空気の漂う里。すぐにでも戦争が始まってしまいそうな空気感を察したボニィアが、拘束を解かれた人質たちへ声をかけた。


「はい、サマンサは私ですが」


 一触即発の状況に動揺を隠せない墓守の民たちをかき分け、ボニィアの前に姿を見せたのは綺麗な大人の女性。

 不思議そうに首を傾げながら歩み寄ってくるサマンサの顔立ちに、どこかノーマと重なる部分を見出したボニィアは一人深く頷くとサマンサの細い手を握る。


「あなたがノーマのお母様ですね」

「ノーマ、あの子は無事なの!?」


 ボニィアの口からノーマの名を聞くなりサマンサの態度は豹変、ボニィアの手を強く握り返し慌ただしく周囲をキョロキョロ見渡し始めた。


「どこ? ノーマは……」

「安心してください、今は安全なところで待ってもらってますがノーマは無事ですよ」

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……」


 安心した途端、サマンサは嬉し涙を流して木造の床に膝から崩れ落ちる。

 その姿に温かな気持ちにさせられたのか、サマンサに肩を貸してやるボニィアの顔が思わずほころんだ。


「ノーマのもとへ案内しますね」

「はい、お願いします」


 涙でぐしゃぐしゃになる顔で一生懸命笑ってみせるサマンサ。

 サマンサと彼女の一人娘ノーマのことは墓守の民たちも心配していただけに、中にはノーマの無事を自分のことのように喜び、涙ぐむ者までいた。

 そんな幸せな空間を引き裂くように、轟音と大きな揺れが民たちを襲う。


「帝国軍のやつら、皆殺しにする気かよ」


 山から飛んできた魔術攻撃は、木造建築が主な里を炎に包む。

 バチバチと仰々しい音をたてて、少しずつ里を喰らって大きくなる炎を瞳に映し、アバグネイルは冷や汗を流した。


「こちらです! 皆さんも早く!」


 ライフルを構え、炎上する里の中へ足を踏み入れる帝国軍の面々。

 誰の目にも明らかな危機的状況に、ボニィアはサマンサの手を強く引き、他の民たちにも大声で呼びかけた。

 しかし、墓守たちも腰抜けではない。若い男たちは槍や剣を構え、互いに鼓舞し合う。


「年寄りと女子供は避難しろ!」

「ちょっ、何を言ってるんですか! 魔術師もいるんですよ!?」


 戦えない民たちを逃し、彼らを守るように立ちはだかった墓守の男にボニィアが猛抗議。


「ここは俺たちの里だ。俺たちの手で守る」


 しかし、男は聞く耳を持とうとしなかった。

 彼だけではない。武器を手にした者たちは皆、里を喰らう炎にも負けないほど、瞳にメラメラと闘志を燃やしている。


「故郷だからね、大切に思う気持ちはわからないでもないが……私たちはどうするんだい? アバ」


 帝国軍もノエル一派も関係ない。里を壊し、不死の秘宝を手にしようとする不逞の輩を迎撃しようと、駆け出した男たち。

 その勇ましい背を、まるで嘲るような笑みで見送ったフェヴラーがアバグネイルに問いかけた。


「連中を相手にしてる余裕はねぇだろ。俺たちもノーマのとこに向かう」


 ボニィアと彼女に手を引かれたサマンサを先頭に、里を下層へと降りていく残された墓守の民たち。

 そんな彼らの背に視線を移すアバグネイルの言葉に、フェヴラーは大きく頷いた。


「私たちの目的は殺し合いでも人命救助でもないからね。それは正解だと思うよ」


 告げるフェヴラーの赤い瞳が捉えていたのは、女子供と共に避難する墓守の長老の後ろ姿。


「ああ、再生の十字架さえ手に入れりゃこっちのもんだ。その為の大ヒントを握ってんのは、間違いなくあのジジイだな」

「やはり君は、紛うことなき悪党だ」

「感情で動く善人より、利害で動く悪人のほうが信用できるだろ?」

「異論を唱える隙もないね」


 目的が明確なだけに、アバグネイルとフェヴラーの意見は上手いこと合致したらしく、二人は銃弾と魔術と雄叫びが飛び交い始めた里の中を急ぐ。

 崩れた足場の選択肢を捨て、安全なほうへ安全なほうへ。

 幸いなことに、ノエルが連れてきた山賊崩れの人間や魔族は帝国軍や墓守の勇士たちとの競り合いに夢中で、ボニィアが先導する避難民には全く気付いていない様子。


「この先の洞穴に──」


 しばらく走り、長老の家からはかなり下の層まで来たボニィアが嬉々として口を開いたその瞬間──。

 激しい音を立てて複数の女軍人や山賊崩れの男たちが上の層から、彼女たちの目の前の床に叩きつけられた。

 建造物や床の表面を破壊し、力なく倒れる軍人たちの飛んできた先にいたのは、ノエルが連れてきた豚面の巨人オーク。

 敵味方問わず、周囲の人間を全て手にした大きな棍棒でなぎ払ったのだろう。


「お姉ちゃん?」


 軍人たちが飛んできた衝撃で舞い上がった砂煙の中から、人間よりも遥かに鋭い聴覚を持つボニィアの耳にだけ届いた聞き馴染みのある幼い声に彼女は息をのむ。


「ノーマっ! 来てはいけません!」

「ノーマ? あそこにノーマがいるの?」


 頭上にはオーク、そして同じ階層には帝国軍の軍人。

 どう考えても子供がひょっこり顔を出していいようや現場ではなかった。

 しかしボニィアの忠告も虚しく空気中に消え去り、ノーマがそこにいると確信を得たサマンサは砂煙の中へ駆け出す。

 ────が、


「あぶないっ!」


 サマンサの体に飛びついたボニィアが、前へ進もうとする彼女の体を木の床に押し倒した。

 刹那、本来ならばサマンサがいた場所を砂煙の中から飛び出してきた一発の弾丸が疾る。


「お姉ちゃ──」

「動くな、ガキ!」


 少しずつ薄くなっていく砂煙の中に映し出された人影と、聞こえる声。

 木の床に伏せるボニィアとサマンサは、砂煙の中から現れた太い腕でノーマの首を絞める男の姿を見て顔を蒼白させた。

 息ができなくて苦しいのだろう。首をしめられて痛いのだろう。ノーマは瞳に涙を潤ませ、ガタガタ震えている。


「やめて、その子はっ」

「だったら不死の秘宝の在り方を言えよ!」


 あまりにも可哀想な我が子を見て、母親がじっとしていられるはずもない。

 無我夢中で飛びだそうとしたサマンサだったが、その腕をボニィアが掴む。


「危険です。迂闊に動けば、あなたもノーマもどうなるか分からない」

「でもっ! どうすれば……」


 今にも泣き崩れてしまいそうな、風前の灯火みたいな精神になんとか鞭を打つサマンサ。しかし、その声は弱々しく震えていた。


「だからさっさと言えばいいんだよ! 不死の秘宝はどこなんだ!」


 ノーマを人質にとられ、攻めあぐねるボニィアや彼女たちから数歩ばかり下がったところのアバグネイル。

 幼い命を助けたいのは誰もが思っていることだが、なにしろ策がない。


「不死の秘宝の場所は?」

「長老とその近くにいる人たちにしか知りません」


 ひそひそと囁いたボニィアに、サマンサはほんの少しだけ首を横にふる。


「リアムの野郎、散々コキ使いやがって! あんな魔族どもを引き入れるなんて聞いてねえよ!」


 何より、アバグネイルが恐れたのは男の目だった。

 崖っぷちに立たされ、後がない。そんな追い込まれに追い込まれた人間の目をアバグネイルは幾つも知っている。

 目の前の彼が、まさにそれ。この手の人間に理性や常識は通用せず、どんなことだってやる。


「おまけにあの豚面、人間を舐めきってやがる」


 今しがた自身を吹き飛ばしたオークのことを言っているのだろう。

 胸の中の苛々が募り、男は銃口を腕の中で非力にもがくノーマの頰につきつけた。


「いだいっ!」

「うるせぇ! 早く不死の秘宝の場所を言わせろクソガキ!」


 アバグネイルだけではない。喉を潰しかねないほどヤケクソで放たれた大声に、誰もが男の本気を肌で感じた。

 このまま放っておけば、彼は本当にノーマを撃ち殺す。


「長老様! お願いです、ノーマを!」

「むむぅ、しかし……」


 サマンサはがむしゃらにボニィアの手を振りほどき、長老の前で膝から崩れ落ちた。


「私からもお願いします! ノーマはまだ子供なのですよ!?」


 打つ手なしのボニィアも言い淀む長老に深く頭を下げる。

 なんとか……。なんとか……。

 なんとかして、ノーマを助けたい。ただその一心。


「それは……できぬ」


 悔しそうに唇を噛み、長老は首をゆっくり横にふって彼女たちを拒んだ。


「本当にこのガキ撃ち殺すぞ! クソジジイ!」


 それに誰よりも反応したのは、ノーマを人質にとる男。


「我々は預言者様の墓を守る墓守の民じゃ! その使命を全うするために命を落とすのならば、本も────」


 長老が言い終えるよりも早く、アバグネイルの拳が彼の頰にぶつかった。

 突如襲いかかった激痛と衝撃に老体は一瞬宙を舞い、木造の床に勢いよく転がる。


「わりぃ、今のは俺もちょっとカチンときたわ」


 長老が殴り飛ばされてざわつく周囲を尻目に、アバグネイルの冷ややかな視線が床に転がる老体へ突き刺さる。

 一歩、また一歩。自身のもとへ近付くアバグネイルに怯えもしたが、彼もまた里を治める立場ある人間。


「何をする!」


 アバグネイルの威圧に負けじと怒号をあげた。


「お前の一言にノーマの命がかかってんだろーが」

「貴様には関係ないことだ!」

「関係あるとか関係ないとか、そんな話じゃねーんだよ。墓守がどうこうとか、んなもん知るか」


 歩み寄ったアバグネイルの右手が長老の胸ぐらを掴み、力強く彼の体を持ち上げる。


「いい歳こいた大人が、テメェのくだらねぇプライドでガキを見殺しにするつもりかよ」


 凄い剣幕で迫るアバグネイルの言葉には、誰もが頷けたに違いない。

 しかし、どれだけ胸の内で賛同していようとも墓守の民たちが、首を頷かせたり同意の声をあげることはなかった。


(あの様子だと、彼は口を割りそうにないな)


 アバグネイルに迫られてもなお、口を割ろうとしない長老を横目にフェヴラーが小さく舌打ちをする。


(この状況は少し利用できるかとも思っていたが、ノーマが死んでしまっては元も子もない)


 左手を後ろに隠し、細い指先に炎を灯すフェヴラー。

 そんな彼女へ、アバグネイルの何か言いたげな視線が向けられた。


(君の言いたいことは分かるとも、あの手の追い込まれた人間っていうのは一番恐ろしいからね)


 いうほどの深い付き合いではないが、フェヴラーも馬鹿ではない。

 アバグネイルが何を言いたいかなど、少し考えれば分かることだ。

 今、ノーマを助けられるのは魔術が扱えるフェヴラーたった一人。それ以外の人間が動き、男を刺激しようものならノーマの命の保証はない。


 しかし、フェヴラーは首を縦にはふらなかった。


(少しでもあれがノーマから離れてくれればいいのだが、貴重な人質を簡単に手放すわけもないか)


 ノーマの首を太い腕でしめつけ、ピッタリとくっついている状況ではノーマを巻き添えにしかねない。

 万が一、チャンスが訪れた場合のために背中に隠した左手で魔術の準備を始めているが、フェヴラーは眉間にシワをよせて事態を見守ることにした。


「何やってんだ! いい加減に──」

「バカ、やめろ!」


 ついに痺れを切らした男が動く。

 振り返り、止めようと手を伸ばすアバグネイルだったが、男とノーマの姿は遠かった。

 獣人・ボニィアの身体能力を持ってしても確実に間に合わない。


 見守る人々の顔が青ざめた瞬間だった。

 男が拳銃を撃つよりも早く、男の頭を弾丸が貫く。

 頭蓋骨に穴をあけ、脳を砕き、弾丸は木の床へ突き刺さった。


「ノーマ!」


 すぐさま飛び出したボニィアが、力なく崩れ落ちる男の手からようやくノーマを救い出す。

 細い腕で一生懸命にノーマの小さな体を抱きしめるボニィア。未だおさまらない小刻みな震えが、ノーマの感じたとてつもない恐怖を物語る。


「もう大丈夫ですよ、ノーマ」

「お姉ちゃん……」


 ノーマの方からもボニィアの首に腕を回して、力いっぱい抱きしめた。

 そんな二人の後ろで、突如凶弾に襲われた男が力なく倒れる。

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