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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
20/49

猛者たちのバトルロイヤル①


 墓守。崇める預言者の墓の近くに集落をつくり、守衛の義務を自らに課した者たちは、いつからかそう呼ばれるようになっていた。

 一度足を踏み入れれば、方向感覚を奪ってしまうほど広大な森をおおよそ三日から四日歩き続けて、ようやく見つかる彼らの里はまさに秘境。

 生半可な知識や体力では森に喰われ、今まで『不死の秘宝伝説』を嗅ぎつけた者たちが里にたどり着くことはなかった。

 そうやって、自然と共に歴史を紡いだ墓守たちは預言者の墓と十の神器の一つ、『再生の十字架』を守り続けた。


「リアム、もう手荒な真似は……」


 一足先に墓守の里へたどり着いた軍服の女が、占拠した長老の家の前で悲しそうに告げる。

 綺麗に整っていたはずのその顔では、大きく赤いアザが痛々しく存在感を放つ。


「歩き疲れただろ? ノエル姉さんは少し中で休んでて」


 弟のリアムに背中を押され、長老の家の中へ入っていくノエル。

 彼女の懸念は、長老の家の前に並んで跪かせた目と口を塞がれている墓守の人質たちだった。

 計六人、街の方に出向いていた墓守を男女問わず適当に拉致して森の奥地で拷問。その時の傷は痛々しいほど彼らに残っている。

 しかし、奇跡的に死亡者はいなかった。まだ幼い娘のいる墓守の女サマンサに男たちの手が伸びたところで観念し、彼らは自らの里の場所と行き道を吐き出した。


「もうこれ以上、害のない人たちを巻き込むのは私もあなたも本望じゃないはず」


 長老宅の大きなベッドに腰掛けたノエルの声が、彼女に背を向けたリアムの足を止める。


「ノエル姉さんは自分の体のことだけ考えてればいいんだよ! 夜な夜な吐き気に襲われてるのも、少し走っただけで息が切れるのも俺は知ってる」


 拳を強く握り、吐き捨てるように飛び出したリアムの怒号にノエルは言葉を失ってしまった。

 自分の体を着実に蝕み、地獄へ引き寄せる毒の進行はなるべく悟られないよう振舞っていたつもりのノエルだったが、どうやらリアムは全てお見通しだったらしい。


「何より、ノエル姉さん自身が一番よくわかってるだろ。もう俺たちに時間はない」


 少しずつ不自由になっていく体に、迫る死をひしひしと感じていたノエルは何も言い返せず口を閉ざした。

 リアムの言うよう、赤いアザが手の甲や脚のふくらはぎにも侵食した彼女の体はもう悲鳴をあげており、一刻の猶予も残されていない。


「何をしたって、不死の秘宝を手に入れるしかないんだ。もう引き返す道なんてない」


 そう言い残し、長老の家を出ようと簡易的な作りの扉を開けた瞬間、耳障りなカラスの鳴き声が飛び込んでくる。

 一羽ではない。何十羽という大群が里の中で一斉に鳴き始めたのだ。


「なんでカラスなんか、さっきまでいなかったはず」


 渓谷の中にある墓守の里は高低差を生かし、吊り橋で家と家を繋いだ縦に長い作りで、その姿は里全体が空に浮かんでいるようにも見える。

 長老の家の前に立つリアムが見上げれば家があるし、見下ろしても家がある。そしてその頂上から最下層まで、群れをなす何十羽ものカラスたちが鳴き散らかす。

 誰の目から見ても、極めて異様な光景。


「これは一体……」


 長老の家の前に並べた跪く人質を一つ下の層から心配そうに眺める墓守の民たちも。


「なんだ、こいつら」


 人質にライフルの銃口を向ける者たちも。


「気持ち悪い色の鳥だな」


 里を制圧させる為にリアムが放した豚面の巨人オークや、槍を持った二足歩行の犬コボルトといった魔族たちも。

 彼らは、例外なく突如群れをなした銀色のカラスを気味悪がった。


「カラスなんかに見惚れてないで、さっさと秘宝の場所を吐かせろ!」


 リアムの怒号に叱咤され、背筋を凍らせた一人の男が右手に持った拳銃の銃口を人質の後頭部に突きつける。


「不死の秘宝の場所を吐け! 十秒につき一人ずつ殺していくぞ!」


 強く放たれた男の言葉に、一つ下の層に集められた墓守たちはざわつき始めた。

 仲間の命か、それとも墓守が守り続けてきた歴史か。


「あれは、決して人の手に渡ってはならない! こんな真似をされたとて、我々が守るべきは先代より守り抜かれた墓守の歴史だ!」


 墓守たちの中心で、長老が選んだのは歴史だった。


「殺せ」

「はっ!」


 リアムの冷酷な処刑宣言と共に、男が目の前で跪く人質を谷底へ蹴落とす。

 目隠しされていても、突如全身を襲った浮遊感で自分の状況が分かったのだろう。人質の男は断末魔と共に深い谷底へ真っ逆さま。

 見守っていた民たちが背筋を凍らせ、顔を蒼白させたその瞬間────カラスたちが翼を騒々しくはためかせ、一斉に羽ばたいた。


「まったく、無茶な作戦をたてるものだ」


 カラスの羽ばたきで動揺に包まれる里の中に、呆れ混じりのため息をつきながら姿を現したのは土色のペガサスに跨った黒いローブの魔女、フェヴラー。

 カラスたちのそれより遥かに大きな翼をはためかせ、空を駆けるペガサスは谷底に蹴落とされた男のもとへ一直線に向かう。


「誰だ、何者だあいつは!」


 一瞬の間に姿を現し、見たこともない伝説上の生物の背に乗り落下した人質の男を助けたフェヴラーに怒りの声をあげるリアム。


「何者だって、そりゃあ魔女ですよ」


 ペガサスを付近の吊り橋につけ、両腕でキャッチした男の体を空中に建てられた木造の床に降ろすフェヴラーを眺めながらケラケラ笑ったのは、彼を蹴落とした張本人ではないか。


「お前、裏切ったのか」

「裏切る? 滅相もない」


 ノエル一派。そう呼ばれる集団の中で共に戦い、見慣れた男のまさかの言動に動揺を隠せないリアム。

 その動揺がじわじわと憤怒に変わる頃、手にした拳銃を隣にいた一派の男に向けた男はまた面白そうに笑った。


「お前の味方になったつもりなんか、一度もねぇよ」


 放たれた凶弾が、人質に銃口を向けていた一派の男の命を喰らう。

 上空を覆うカラスの大群。ペガサスに乗った謎の女の登場。そして、仲間だと思っていた人間の裏切りという異常事態の連続にリアムは悔しそうに下唇を噛み、腰に差した鞘から剣を抜き取る。


「そいつを殺せ! この場にいる全員、殺してでも不死の秘宝を見つけ出せ!」


 リアムの怒号とともに、その場にいた男たちの銃口が仲間を撃ち殺した裏切り者へ向けられた。


「わりぃけど、お前らの相手すんのは後だよ!」


 すると男は吐き捨て、その場にいた人質を一人ずつ計二人両脇に抱え下層めがけて大ジャンプ。

 宙にいる今こそ、撃ち殺すならば絶好のタイミングなのだが、銃口を向けた一派の男たちの頭上から突然現れた剣が降り注ぐ。


「なんだこれは! 何が起こってる!」


 あり得ない現象の連続に、焦りを隠せないまま銀色の剣に貫かれて負傷していく男たち。

 頭上にばかり気を取られた視線と、降り注ぐ鋭利な刃を潜り抜け、長老の家の前に残った人質たちのもとへもう一つ急速接近する影が一つ。


「はじめるなら、何か合図が欲しかったです!」


 そう言ってフェヴラーの登場から少し遅れて現れたのは、獣人の娘ボニィア。

 刃の雨を潜り抜け、残った人質を抱えると彼女もまた下層めがけて大ジャンプ。無事、下層に着地すると大きく安寧の息を漏らした。


「これで人質は全員みたいですね」


 下層の方で最初に蹴落とされた人質の男を連れ、ボニィアたちと合流したフェヴラーが彼女の言葉に深く頷き、一緒にいた男も満足そうに頷いて自らの顔に手をそえる。

 一派を裏切った男が自身の顔にはりついた模倣の仮面を引き剥がすと、姿を現したのはアバグネイル。

 ようやく剣の雨もやみ、上空を覆うカラスがいなくなった頃、一つ下層の広場を見下ろしたリアムは思わず絶句した。


「誰だ……お前は……」


 その姿が面白かったのだろう、アバグネイルはケラケラ下品に笑い、剣の雨から生き残ったリアム率いるノエル一派の者たちを見上げて口を開く。


「名乗るほどのもんじゃねえさ、通りすがりの魔女とコソ泥と獣人だよ」

「舐めやがって……墓守だろうがなんだろうが構うか、全員殺せ! 俺たちの邪魔をする奴らは皆殺しだ!」


 アバグネイルの挑発的な態度に煽られ、里の中にいた一派の人間や魔族が一気に騒ぎ立て、動き出した。

 その瞬間、里の中に響く人と魔族のざわめきをかき消すように無数の蹄鉄が大地を蹴る音が転がり込む。


「この音は?」


 大軍が迫る不吉な音はアバグネイルたち三人にも想定外だったらしく、ボニィアの額から頰に冷や汗が流れ落ちた。


「どうも私たちは、死神かなにかに憑かれているみたいだね」


 ボニィアとは対照的に、不吉な音の正体を何となく把握したフェヴラーが呆れたように笑う。

 このタイミング、この数。ノエル一派やアバグネイルたちと同じように彼女たちもまた、不死の秘宝を嗅ぎつけたに違いない。


「死神ねぇ、魔女と泥棒にはおあつらえ向きなんじゃねぇの?」

「それは言えてるかもしれないね」


 状況でいえば最悪。そんな中でも笑い合える二人の感性が、ボニィアには少しだけ恐ろしくもあった。

 山の中から騒々しい蹄鉄の音と共に姿を現したのは、アバグネイルたちの想像通り帝国の軍服をまとった女性軍人たち。

 その先頭で一際目立つ白馬にまたがっているのは、白いローブに身を包む騎士ラウネ。


「帝国軍プランティス隊……」


 外から聞こえる喧騒に引き寄せられるかの如く、長老の家から出てきたノエルが小さく呟いた。

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