懲役4000年の魔女②
赤色、黄色、緑色。彩り豊かな芝が陽光の下でキラキラ輝く。芝に残る昨夜ふった雨の雫が反射しているのだろう。
老朽化が著しい建物の中の錆びついた空気と打って変わって、海に囲まれた屋外の空気は新鮮だがしょっぱい。
「三号棟の爺さん、接触するなら自由時間の今か」
鉄打ち音が響く作業場から解放された囚人たちは、昼過ぎから二時間ほどの自由時間を楽しむ。
屋外のベンチで腕を組んで頭をかかえるアバグネイルのように陰でひっそり時間を過ごす囚人もいれば、ボールを蹴りあったり、木でできた円盤でピンを倒すスキットルズに興じるアグレッシブな囚人もいる。
監獄島に集うのは世界中の名だたる凶悪犯たち。十人単位で人を殺した殺人鬼もいれば、百人単位で女を喰らった強姦魔もいるなんてウワサがたつほどである。
しかしながら、娯楽に興じる彼らの姿には強烈な悪意の気配など微塵もなかった。
「たしか、この辺にいるって……」
二度、三度とアバグネイルは周囲を見渡す。
作業中、隣の作業台で同じように小槌で鉄を打っていた男性囚人にアバグネイルがダメ元で聞いてみたところ、リカルドという囚人は島の中でもそこそこの有名人だったようで返答はすぐにきた。
なんでも、自由時間中は屋外スペースの隅の方で孤独に本を読んでいることが多いのだとか。
最近収監されたアバグネイルは誰かと娯楽に興じる予定もなく、都合がよかったのかもしれない。
ベンチに座り、キョロキョロ首を回して探しているうち、ネジのように螺旋を描きながら天へ伸びるスピンツリーの木陰で芝に腰をおろし、読書に興じる老爺がアバグネイルの視界に飛び込んできた。
空気も悪く、飯も囚人の扱いも悪い最悪の監獄だ。ここで生き延びる老人は数少ないため、それがリカルドであることはアバグネイルもすぐに分かった。
「リカルドさんで間違いないか?」
姫様を寝取って収監されたとはいえ元帝国騎士。罪人としては、少々とっつきにくいのだろうかと不安半分だったアバグネイル。
「いかにも」
しかしこの無精髭を生やした白髪頭の老爺、元帝国騎士などという前情報に信憑性がないほどの極悪人面。
読んでいた本にしおりを挟み、老爺リカルドは猛禽にも似た鋭い眼で歩み寄ってくるアバグネイルを見上げた。
「聞きたいことがある」
アバグネイルも罪人。騎士感をバリバリに醸し出されるよりも、相手が悪人であればあるほど話しやすいようで、思わず笑みがこぼれる。
「おおよそ、お前さんの言いたいことは分かる。魔女サバト・フェヴラーのことだろう」
「サバト・フェヴラー?」
聞き覚えのない名前にアバグネイルは首を傾げる。パッと耳にした限りでは男か女か分かりにくい名だが、魔女というあたり女の名前なのだろうが────。
「夢の中に現れる白髪のエルフの名だ。お前さんも見たんだろう?」
リカルドは小さく鼻で笑い、再び本を開いて読書に興じる。
「……いるのか? あの女は」
ごくん、と唾を飲み込んだアバグネイルが神妙に問う。
「誰に聞いたのか、俺のところにくる若造は魔女に惚れ込んだやつらばかりだ。お前さんも夢の中で魔女を抱いて惚れ込んだクチだな」
遠巻きに囚人たちの楽しそうな声が聞こえる。
海からは潮騒が聞こえる。
リカルドの手がページをめくる音が聞こえる。
でもアバグネイルの耳が欲したのは、問いの答えただ一つだった。
「お前さんはいると思うかい? あんな絶世の美女が」
口を開かなかったものの、アバグネイルはリカルドの「絶世の美女」という女を表現する言葉に概ね合意したようで、腕を組み頭を深く頷かせる。
彼だけではない。サバト・フェヴラーの夢を見た囚人は皆、彼女の虜になる。色のない閉鎖された監獄島という世界に、鮮やかな極彩色を見い出すのだ。
「魔女は大量虐殺の罪で、この島の地下深くに収監されている」
ページをめくるリカルドの口元が薄気味悪く笑った。
「囚人、なのか」
「しかしながら俺たちとはワケが違う。彼女は懲役四千年の刑をかせられ、かれこれ五百年はこの島の地下にいるそうだ」
「四千年!? なんだよそれ、エルフってそんなに長生きなのか?」
アバグネイルの驚愕の声をあげようとも、リカルドはピクリともせず本を読む。
多分、これまでリカルドのもとを訪れた先人たちも同じような反応をしたに違いない。
「本当かどうかは自分の目で確かめるといい。この監獄の中で動き回ることがどういうことか、分かっているのならな」
そう言ってリカルドは、また嘲るように鼻で笑う。
「外出行動時以外に檻の外で囚人を見かけた看守には、発砲許可が降りている……だろ?」
リカルドの嘲笑に対抗し、老体を見下ろすアバグネイルの顔がにんまり笑うと、その遥か後方の空を人の二倍はあろうかという水辺の怪鳥が飛び去った。
「夜間の警備は薄いが、その分死人も多いぞ」
「それがどうしたよ爺さん。こう見えて俺は泥棒なんだ、欲しいものは美女だろうが黄金だろうが手に入れてやるよ」
「クク、ハハハハハ! 随分と威勢のいい若造がきたものだ。魔女がお前さんを選んだ理由もわかる」
「選んだ?」
読んでいた本を閉じると先ほどまでの渋い様子とは一転し、大口開けて高笑いをあげるリカルド。
随分と話し込んでしまっていたようで、自由時間の終了を告げる鐘の音が監獄島全土に響き渡った。
「二番シャワールームの三つめのシャワーは壊れて誰も使っていないが、その真下にある排水溝とタイルが外れやすくなっていてな」
スピンツリーの木陰で老体をゆっくり立ち上がらせるリカルドの言葉に、アバグネイルは監獄に戻ろうともせず立ち止まってジッと聞き入る。
「少しばかり狭いが、夜なら水も通らないから通りやすいそこを抜ければ地下へつながる道へ出る」
アバグネイルの隣を通過する瞬間、シワだらけのリカルドの手が激励するように彼の肩をポンと叩く。
「地下には魔女以外に囚人がいない。だから地下への道は、優雅だと思うが……それからはお前さん次第だ」
本を手に、さっさと監獄へ戻るリカルドの背を追ってアバグネイルも踵を返した。本当はもっともっと問いただしたいことはあったのだろう。
しかしそれを時間は許してくれなかったし、リカルドも口ぶりから察するに元々多くを語るつもりはなかったに違いない。
「イカレちまった爺さん、か。どこまで本気か知らねぇけど、ノってやろうじゃねえか」
ボサボサの髪をかきあげるアバグネイルの指に、潮風でベタついた黒髪が絡みついた。