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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
18/49

十の神器を追う者たち⑦


 顔を歪め、大粒の涙を流しながら必死に逃げる少女。

 潤んだ瞳の中に映るアバグネイルの姿を見て少し安堵したのだろう、見ず知らずの彼の後ろに隠れて上着の裾を強く握った。


「おっ、ちょ!」


 子供が獣に襲われているのだ。勿論、アバグネイルも守るつもりではいたのだが、盾にされるのは想定外だったらしく動揺を隠しきれない。

 よほど怖かったらしく、目も口もギュッと閉ざしてガタガタ震える少女をなだめるように、アバグネイルの右手が小さな彼女の頭の上に置かれる。


「そっちは任せるよ!」


 当然、その間にも腹を空かせたハイエナは小さな獲物目掛けて猛進。

 しかし、アバグネイルは少女をなだめるばかりで身構えることはしなかった。裾を強く握られているせいでまともに動けないというのもあっただろうが、彼は知っていたらしい。

 ハイエナと自身の間に割り込み、杖先に意識を集めるフェヴラーが守ってくれることを。


「もう大丈夫だ、泥棒のお兄さんと魔女のおばさんが守ってやるから」


 優しく告げ、震える少女の頭を撫でるアバグネイル。彼の言葉を向けられた少女は何も言わず、ただ怯えていただけだったのだが、意図とは反して彼らに背を向けるフェヴラーが不機嫌そうに顔を歪めた。


「おばっ!? 誰がおばさんだ!」


 突然アバグネイルの口から出てきた「魔女のおばさん」発言に対する驚きや憤りも杖先に集まり、それはやがて氷塊となって二匹のハイエナを襲う。

 死には至らなかったものの、脳天や腹を氷塊が直撃。そのまま尾を見せて茂みの中へと去ってしまった。


「言ったろ?」


 得意げなアバグネイルの顔を見て、ゆっくり頷くと少女は「ありがとうございます」とか細い声で言い、裾を握る手の力を緩める。

 怯えからか極度にいきすぎていた少女の呼吸も徐々に安定を見せ、全身の震えもおさまってきたのだが──、


「聞き捨てならないな。君は私のことを『おばさん』と呼称したが、この容姿を見ろ」


 不機嫌さを隠そうともせず近寄ってきたフェヴラーの様子に、少女はまたアバグネイルの陰に隠れてしまった。

 ムッと頬を膨らまし、自分の顔を指すフェヴラー。たしかに彼女の言うよう、容姿は若い女そのもの。


「自分の歳を考えろよ、お婆ちゃんって言われても間違いじゃないところをワンランク下げたんだぜ」


 しかしその年齢は分かっているだけでも千歳以上と、人間ではまずありえない年齢だ。


「確かに年齢だけなら、その子の百倍以上は生きているだろう。しかし、エルフやサキュバスであれば平均寿命も人間と大きく異なる。人間的な狭い観点で私を『クソババア』扱いするなど──」

「別にそこまで言ってねぇよ」


 ものすごい剣幕をアバグネイルに近付けるフェヴラー。

 深くかぶった黒フードがアバグネイルの額をかすったり、かすらなかったり。そんな至近距離でやりとりしていた二人だったが、その裾を少女が同時に引っ張った。


 ハイエナに襲われた怯え、とは違う。突然怒り出したフェヴラーへの警戒心でもない。

 しかし依然として彼女の表情は曇ったままだった。

 決して口数が大きわけではない少女のただならぬ様子に、アバグネイルとフェヴラーは互いに顔を見合わせて首を傾げる。


「お姉ちゃんが」

「ん、それは私のことかな? 君はどこかの性欲モンスターより賢くて助かる」


 そう言って顔をほころばせたフェヴラーが少女の頭を撫でしようとしたが、


「ううん」


 少女は大げさに首を振って否定した。

 まさかの反応にフェヴラーは小さな頭を撫でようとした手を止め、やさぐれた顔をアバグネイルのほうに向ける。


「もうどっちでもいいだろ、それよりその子の話聞けよ」


 呆れ混じりのため息をこぼしたアバグネイルも、口をへの字にして不機嫌さを露呈するフェヴラーも、無駄口はそれまでにして何か言いかけた少女のか細い言葉に耳を貸した。


「お母さんを探すの手伝ってくれてた、お姉ちゃんが……」

「お姉ちゃんが?」


 見ず知らずの大人たちを前に緊張しながら少女が言葉を吐き出すと、アバグネイルはゆっつに首を傾げる。

 つられてフェヴラーも、「どうかしたのかい?」と首を傾げた。


「……こっち」


 すると少女はフェヴラーのローブを引っ張り、自分の逃げてきた藪のほうへと二人を案内する。


「おいおい、ついてくのかよ」

「君はあんな幼い子の頼みを足蹴にしてしまおうとでも言うのかい? 少なくとも私にはまだ母性も良心も残されているよ」

「そりゃまあ、また襲われても困るが……」


 夜が迫る茜色の空の下、少女が二人を連れて向かったのは森のさらに奥。


「それにね、なにも母性や良心だけじゃないんだよ。あの子の身なりを見たまえ」


 フェヴラーの言う通り、二人の少し先を歩く少女の格好に注目してみると黄色や赤といった原色が目立つカラフルな装いに、頭には綺麗な花飾り。

 街では滅多に見ない、前衛的だが可愛らしい身なりをしている。


「随分可愛らしい子とは思うけど、それがなにか」


 問いかけたアバグネイルの視線の先にあったのは、蔑んだ顔で自身を見るフェヴラーの姿。


「君は、あんな子にすら欲情するのか。さすがに私もドン引きだよ」

「んなワケねーだろ、バカ」


 薮を抜け、大きな根を跨ぎ、奥へ。


「あの格好は、おそらく墓守の民だ」

「墓守の民?」

「その名の通り墓を守っている一族の総称だが、その起源は預言者信仰に由来する」

「預言者って、じゃあ……」


 さらに奥へ。


「ああ、前にも言ったが預言者は最も神に近づいた神域の人物として信仰されることが多く、彼を祀り讃える墓は各地にある。その墓を守っているのが、墓守の民さ」

「その子がいるってことは、近くに預言者の墓があるってことだろ?」

「あくまで可能性の話だよ」


 太い幹を持つ大木を曲がったところで、ヒソヒソ話していたアバグネイルとフェヴラーの目に森の中の景色にそぐわぬものが飛び込んできた。


「なんだありゃ」


 そう言って唖然とするアバグネイルの視線の先にいたのは、ロープを編んで作った網に包まれて大木の枝にぶら下がる獣人の女。

 その姿は心なしか、罠にかかっているようにも見えた。


「ノーマ! 助けを呼んできてくれたんですね!」


 網の中で窮屈そうに体を丸めた獣人の女は、優しく丁寧な口ぶりで嬉々として声をあげる。

 ノーマと呼ばれた少女はゆっくりと首を頷かせ、アバグネイルたちに目を向けた。


「彼女を助けてあげてほしい、ということか」


 話しの流れで口数少ないノーマの言いたいことがなんとなくわかったようで、フェヴラーは腕を組んで一人頷く。


「その、どちら様かはわかりませんが……降ろしていただけないでしょうか」

「別にそれくらいは構わないのだがね」


 腕を組み、網の中でもがく獣人の女を眺めてフェヴラーが口を開いた。

 決して人との会話が上手とはいえないノーマの頑張りは手に取るようにわかったし、フェヴラーもアバグネイルもそれに応えるつもりは山々。

 しかし、二人にはその前にどうしても確認しておきたいことがあったようで、先んじてアバグネイルが疑問を投げかける。


「そもそも、なんでつるされてんだよ」

「ええっと……それはですね……」


 網の中で顔を赤くし、恥ずかしそうにする女がさらに続けた。


「私もノーマもおなかが空いていまして、そこで木から落ちたロロポッカの実を見つけたと喜んでいましたら……」

「なるほど、罠にはまってしまったというわけか」


 どうしても最後が自分の口からは言いづらかった女に代わり、フェヴラーが付け足してやると女は真っ赤にした顔で目をそらす。


「ロロポッカ? ああ、そこの丸っこいのか」


 今は大木の根のところに二つほど転がる灰色の木の実こそ、腹を空かせた女を罠にはめたロロポッカの実。

 大きさは人の頭ほどと、果実類では大きいほうに分類されるが色合いゆえに見るものへ地味な印象を与え、アバグネイルのように初めて見る人間の食欲がそそられることはない。


「ロロポッカが生息する森では、エサ場の争奪戦がかなり激化するとも言われていてね。そいつは知る人ぞ知る森の珍味だよ」

「へぇ、こんなもんがねぇ」


 大木のほうへ歩み寄り、実を手にしたアバグネイルが興味深そうに様々な角度から眺めてみるも、やはりその地味な見た目を見て「食べたい」とは強く思えなかった。


「熟して落ちた実を狙うイノシシや鹿への効率的な罠として使われていたんだが、どうやらその文化は今も健在らしい」

「イノシシ用に仕掛けた罠に獣人の女が捕まってたら、猟師も腰抜かしちまうよな」


 面白そうにケラケラ笑うアバグネイル。

 自分の滑稽さは女自身が一番よくわかっていたようで、彼女は顔を真っ赤にして網の中で膝を抱えてうずくまってしまった。


「まったくだ、後で罠を仕掛けた猟師にも謝っておくことだね」

「おっしゃる通りです」


 呆れたと言わんばかりの氷上と口ぶりで、つるされた女のもとへ歩み寄るフェヴラー。

 網の中で小さく謝る女をよそに、まずはフェヴラーの杖を手にしていない左手が網に触れた。


「中にワイヤーを通して補強しているようだね、これでは君の牙爪をもってしても切れないのは無理もない」


 やけに硬いロープの下には金属を細長く加工したワイヤーを通しているようで、中の彼女がロープを噛み切ろうとした痕からはそれが露出していた。

 イノシシが暴れてもしっかり捕獲しておくための強力な網にしたのだろう。これでは刃も役に立つかは曖昧だと悟ったフェヴラーは右手で握る生誕の杖の杖先を網に近付ける。


「上手いこと着地してくれたまえ」

「え?」


 フェヴラーが口にした言葉の意図がわからないまま、生誕の杖が網に触れた。

 眩いほどの輝きを放ち、生誕の杖が捕獲していた網を同じ素材の肉体を持つ猫へと変貌させると網の中で固まっていた女の体は土の地面へ急転直下。

 背中を強く地面へ打ちつけてしまった。


「いったぁ」


 柔らかな赤毛に包まれた尾を振り、頭の上の大きな耳を小刻みに動かし、女は突然体を襲った痛みに悶える。


「お姉ちゃん!」


 女が解放されたのが嬉しかったのだろう。ノーマは喜びの声をあげ、地面に尻餅をつく女のもとへ飛び込んでいった。


「ご心配をおかけしました」


 丁寧な口調で告げると同時に、女は自分にしがみつくノーマの小さな頭を優しく何度も撫でる。


「あなた方も、助けていただいてありがとうございます」

「気にすんな気にすんな、それじゃあ俺らは先を急ぐんで」


 そう言って女の感謝に軽く返したアバグネイルの足が、森のさらに奥へ向かおうとした時、


「待ちたまえ」


 フェヴラーの声が彼の足を止めた。


「君たちは本当の姉妹、というわけではないね?」


 くるりと踵を返したアバグネイルの視線の先で、女とノーマの再会を見下ろすフェヴラーが疑問を投げかけた。

 確かにノーマは人間で、女は大きな耳と尾や牙爪が特徴的な獣人族。姉妹のように接しているとはいえ、彼女たちが血を分けた姉妹でないのは火を見るより明らか。

 しかし、わざわざそれを問う理由がアバグネイルには理解できなかった。


「はい、この子の母親が街で誘拐されてしまい、その場に立ち会った私がこの子を保護して母親を取り返すと約束したんです」

「街で誘拐? 何のために」


 ノーマの言っていた「お母さんを探すのを手伝ってくれた」というのとも辻褄は合うし、特筆して疑う余地もない女の言葉。

 だがアバグネイルが気になったのは、なぜノーマの母親が誘拐されなければならなかったのかという根本的な部分だった。


「それはこの子が『墓守の民』だから、そうだろう?」


 アバグネイルの疑問に答えたのは、女ではなくフェヴラー。


「それは……」

「アバ、私たちも手伝おう。こんな年もいかない少女が母親と離れ離れというのは、さすがの私も良心が痛む」


 フェヴラーの口から出た言葉に驚きを隠せない様子の女だったが、彼女を無視してフェヴラーが自分勝手に話を進めていく。


「魔女が、よく言うぜ」

「私も女の端くれということだ」


 クスクス笑いあう二人を複雑そうな顔で見つめるのは、ようやく強打した腰の痛みから解放されていた女。


「しかし、こんなことまで頼むわけには」


 段々と小さくなる声。

 その姿を見て、フェヴラーの笑みはより悪どいものと化した。


「どうかしたかい? 私たちが信用できないのかな?」

「いえ、そういうわけでは」

「それともなにか、君が狙う宝を独り占めできないのが嫌なのかい?」

「ふぇっ!?」


 どうやら嘘をつけない馬鹿正直な体質のようで、核心をつくフェヴラーの言葉に女は血相を変える。


「やはり、君もあれが目当てだったか」

「しししし、知りませんけど!? 不死の秘宝とか、ぜーんぜん知りませんけど!?」

「私はまだ不死の秘宝なんて言ってないが?」

「あっ……」


 真実の眼など使う必要もないほど焦り、顔を蒼白させる女。

 一応、フェヴラーの視界の中で女の姿が赤く滲むあたりは「知らない」と嘘をついたつもりなのだろう。


「とにかく、なにも知りませんから!」


 すると女はノーマの小さな体を抱き、大慌てで森の奥へと逃げていった。


「あっ、この野郎!」


 女を追い、アバグネイルが飛び出そうとした瞬間、女が逃げたほうから「ぎゃああっ」と彼女の悲鳴が飛び込む。


「まさかさっきのハイエナが!」

「かもしれないね、急ごう」


 互いに顔を見合わせ頷くと、二人は急いで声のしたほうへと走った。

 そして、たどり着いた先で見たのは────。


「お前、マジなにやってんの」


 動物用の罠にかかり、木からロープで逆さにつるされた女の姿。

 一度ならず二度までも、これほど低レベルな罠にかかるとは……。そんなことを思ったのだろう、アバグネイルは呆れ混じりのため息をもらす。


「お姉ちゃーん!」


 呆れて物も言えないといった様子の二人とは対照的に、つるされた女の下でノーマが涙を流しながら何度もジャンプして助けようとするが、背丈の低い彼女では届かない。


「どうすんの、これ」

「正直、相手をするのもバカらしくなってきたところだが……この子を放っておくわけにもいかないだろう」

「だな」


 二人が何より心配したのは、仮の保護者を失ったあとのノーマの安否。

 このまま放っておけば、いずれハイエナに食い殺されるだろう。そうでなくても、こんな幼い娘を残して誘拐されてしまった母親の不安は計り知れない。


「獣人の嬢ちゃんさ、俺たちと手を組むってんなら降ろしてやるよ」

「手を、ですか」


 なんとか気持ちを落ち着け、丁寧な口ぶりで歩み寄ってきたアバグネイルに返す女。


「おそらくノーマの母親を誘拐したのは、彼女が墓守の民と知る神器を狙った者の仕業だろう。私はそれをノエル一派と推測する」


 腕を組むフェヴラーが、慌てるノーマの頭に優しく手を置いて彼女をなだめた。


「ノエル一派、ですか。その人たちについては知りませんが、たしかにノーマの母親をさらったのは不死の秘宝を狙う輩に違いありません」


 逆さにつるされ、少しずつ頭に血が上っていく女はなんとか冷静を保つ。


「俺らもお前も、その不死の秘宝とやらを狙ってることには変わりねぇが、争奪戦にノーマやノーマの母親は関係ない」


 フェヴラーの手により、徐々に落ち着きを取り戻しているノーマ。

 その姿を見つめ、アバグネイルが告げた言葉に女は深く賛同し、彼の瞳をジッと見つめた。


「俺は無関係なやつを巻き込むようなどうしようもない連中から、あの子の母親を取り返したいが……そっちはどうだ?」

「はい、私もあの子の母親を助けたいのは紛れもない本心です」

「たったら、後のことはまた考えるとしようぜ、えっと……」

「ボニィア・ラカムです」


 つるされた獣人の女、ボニィアの様子を見ていたフェヴラーがアバグネイルに向けて首を頷かせる。

 彼女の告げたノーマの母親を助けたいという言葉に嘘偽りはないのだろう。そう確信したアバグネイルが、彼女の足首に絡まるロープをナイフで切った。

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