十の神器を追う者たち⑥
「十の神器、不死の秘宝」
それはあらゆる不可能を可能にしてみせる神秘の器だと、クリスはラウネから教わった。
形状、効能。実在か否かすら不明のそれを知る者は、皆こぞって求める。
ラウネを含めた帝国の七人の騎士やラウネを裏切ったノエルと同じく、目の前にいる魔女フェヴラーもその一人なのだろうと、クリスは確信した。
「さっきラウネも言ってたが、不死の秘宝って──」
「不死の秘宝、そうか。まだあれは伝承され続けていたのか」
聞き覚えのない言葉にアバグネイルが疑問を呈したが、腕を組み納得したように首を頷かせるフェヴラーの声にかき消されてしまう。
「ほぼ間違いなく、彼女たちのいう『不死の秘宝』と私たちの探す『再生の十字架』は同一のものだよ」
「再生の、十字架?」
今度はクリスのほうが、聞き馴染みのない『再生の十字架』という単語に疑問符を浮かべた。
「神器は人智を超えた異能力から神秘として扱われる場合が多い。六百年前くらいだったかな、私が再生の十字架を嗅ぎつけたのは、この地に伝わる『不死の秘宝』という伝承を聞いてのことだった」
「ろっぴゃ!? 何を言っているんだ、あの女は」
つい先日の話をするように出てきた想像もできない年数に驚きの声をあげるクリス。
勿論、アバグネイルにも彼女の驚きがわからないわけではなかったが、今はそれどころの話ではない。「まぁ、気にすんな」とクリスを諭し、フェヴラーに話を続けさせた。
「神器を追う際、最大の手掛かりとなるのが各地に伝わる伝承だ。当時の私には見つけることができないまま、あの檻の中に入れられたから半信半疑でまたここを訪れたのだが……どうやら当たりだったみたいで安心したよ」
既にアバグネイルとフェヴラーの手中には十ある神器のうち三つが収められている。
脱獄に左腕を失うほど苦労したといえ、あっという間に得たという感覚が拭いきれなかったアバグネイルだったが、フェヴラーの言葉でようやく神器を集めるというのがどれだけ困難か再認識したらしく、深く息をついた。
「乗りかかった舟だ。君がとても誠実な人間であることは既に私たちも知っている。協力関係を結ぶのなら、私は君を受け入れよう」
フェヴラーからの提案に、クリスは口を噤んだ。
神器さえ手に入れば、マカもベレッタも救うことができる。そして何より、取引とはいえ誠実に自分たちを助けてくれて治癒魔術まで施したフェヴラーやアバグネイルは信用に値する人物。
部下というより、仲間と呼ぶに近い彼女たちの命を救うためなら、何をしてもいいという覚悟はあった。
「いや、いい話とは思うが……手は組めない」
しかし、クリスは首を縦にはふらなかった。
考えに考えた結果なのだろう。その声は、先ほどよりも小さく細い。
「こいつらは私を信じ、ついてきてくれた大切な部下なんだ。助けるためなら何でもしてやりたいのは山々だが、こいつらの信頼に応えてやるのは軍人クリス・ナイトホークでなければならない」
クリスのギプスをつけていない左手が、徐々に拳を握った。
「私個人の判断で部外者と手を組むことは、許されない」
腕を組み、クリスの言葉に耳を貸していたフェヴラーは大きく頷き、その口を開く。
「馬鹿正直な人間は嫌いではないよ。ならば私たちは早急に立ち去ろう、いつまでも居残って君の邪魔になるのは本望ではないからね」
「今回は世話になった、この借りはいつか返そう」
クリスの隣を通過し、部屋の扉へ向かうフェヴラー。彼女の後をアバグネイルも追う。
「取引だっつったろ? 俺らはお前たちを本隊に合流させる代わり、負傷した仲間になってそっちの情報を探らせてもらう」
「しかし」
「お互い思うところはあるだろうが、俺らもお前らも何も見なかった。お前も腕が治ったら作戦に加わって神器を探すんだろ? その方が互いのためになる」
「わかった。その代わり、どちらが神器を手にしても恨みっこはナシだ」
先にフェヴラーが部屋を立ち去り、後から出てきたアバグネイルが部屋の扉を閉ざす瞬間に小さく笑う。
「当然だろ」
最後にそれだけ言い残し、クリスのもとをあとにしたのだった。
*
宿屋街がこの街の最西端というのもあって、森へ向かうのにさほど歩くことはなかった。
石煉瓦で建築された建物が軒を連ねていた街の風景は一変、歩けば歩くほど人の気配はなくなっていく。
「帝国軍と敵対する神器を追う集団、ノエル一派とかいったね」
思い出したようにフェヴラーが口を開いた。
「なんでもラウネんとこを裏切ったとか言ってくらいだからな、元軍人なんだろ」
「帝国軍、ノエル一派、そして私たち二人。現在確認しているだけでも、この地域に眠る『再生の十字架』を狙っているのは三つの組織だ」
「だな」
騎士が直々に出向き、その勢力も巨大な帝国軍。
そんな帝国軍を翻弄するノエル一派。
それに比べて自分たちときたら、魔女が一人と泥棒が一人の計二人。なんとも乏しい勢力だと、アバグネイルは苦笑する。
「これはあくまで私の推測に過ぎないのだが……」
帝国軍が駐在する街から逃げるように森の奥深くへ入っていく二人。
もはや彼らの視界に人の生活できるような空間はなく、葉と芝のグリーンや樹皮と土のブラウンといった自然色豊かな光景のど真ん中にいた。
「なんだよ」
いつになく頭を抱え、言葉選びに躊躇するフェヴラーの小さな背中を見てアバグネイルは首を傾げる。
「現時点で最も再生の十字架に近いのは、ノエル一派とかいう連中かもしれないよ」
「なぜ」。そう聞こうとアバグネイルの口が開かれた瞬間、彼らの進行方向で草むらが大きく揺れ動いた。
帝国軍にノエル一派と、神器を狙う連中でひしめく地域なのだ。すぐさま身構える二人だったのだが──、
「わぁぁぁぁぁ!」
草むらから飛び出してきたのは、少女。しかも、泣き喚いている。
「子供っ?」
予想だにしなかった十歳くらいの少女の登場に、アバグネイルが驚きの声をあげたのも束の間、彼女を追うように草むらから現れたのは二匹のハイエナだった。