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懲役4000年の魔女と、コソ泥な俺と。  作者: 師走 那珂
再生の十字架争奪編
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十の神器を追う者たち⑤


 森を抜けた先にある大きな川のほとりにある街は、いつになく人で溢れていた。

 山と川、二つの大自然の恩恵を授かるこの街は産物を帝国全土へ流通拠点としても知られるが、早朝から続く積み込み作業も終わり、街の人々は狩猟の前に一休み。

 そんな街全体の休憩ムードを引き裂くほど、張り詰めた空気の一団が街の通りを一つ塞いでいた。

 煉瓦を敷き詰め、煉瓦通りと呼ばれるこの通りは酒場や娼館へ続くことから、日が沈めば沈むほど賑わうのだが、まだ陽の高いうちから人が集まるのは極めて異質。

 道を塞いでいる一団が皆軍服を着用する女性軍人というのも相まって、華やかな彼女たちは街の中でも異彩を放っていた。


「小隊はほぼ壊滅、帰還したそなたら三人も重傷。ひどくやられたなぁ、ナイトホーク」


 皆が同じ軍服をまとう中、七人の騎士のみが着用を許される純白と黄金のローブを羽織り、そのフードを深くかぶった女が告げる。

 フードの下に見える白目と黒目が逆転したおぞましい眼で彼女が見下ろすのは、自らの前で跪くクリス。

 その右腕には木のギプスが雑に巻かれた包帯で固定されていた。


「そなたは、妾の顔に泥を塗るつもりかえ?」

「いえ、そのようなつもりは──」


 クリスが言い終えるのも待たず、白いローブの女は彼女の青アザや血痕が痛々しく残る顔面をブーツで一蹴。

 衝撃にクリスは体勢を崩しかけるも、なんとか踏みとどまった。


「妾の可愛い可愛いナイトホークや、まずは傷を癒すがよい」


 顔面を蹴り飛ばしたかと思えば、今度は自らも腰をかがめてクリスと同じ視線になると彼女の頰を優しく撫でる。

 白いローブの袖から出てきた女の手は緑色で指も異常なほど長く、人の手というよりはまるで植物の根のようだった。


「妾の命じたこともできぬなど、それは妾が注ぐそなたへの愛情を裏切る行為ぞ。次、そなたが妾を裏切るのであれば……妾は理性を保てるかわからぬ」


 女の指先は少しずつ伸び、クリスの細い首を締め付ける。

 徐々に強くなっていく締め付けは、ついにクリスの呼吸器官を完全に塞いでしまった。

 顔を真っ青にし、首を締め付ける触手とかした女の指を握るも、彼女の細い腕では引き剥がせない。

 いや、獲物を捕らえた蛇のように強固なそれを引き剥がすなど、成人男性だって無理な話だ。


「プラン……ティ……卿……」


 青ざめた顔で、途切れ途切れの言葉でなんとかクリスが命乞いをすると、触手は力を緩めて元の長さの指に戻る。

 ようやく解放され、激しく咳き込みながら地面に手をつくクリスを微笑で見下ろしながら、ゆっくり立ち上がる女。

 たとえ蹴られようと、首を絞められようと、軍人である限りクリスも誰も白いローブを羽織る彼女、ラウネ・プランティスに逆らうことは許されない。

 目の前で仲間が傷つけられても、誰一人として口を開かないのは、ラウネが軍のトップである騎士の一人だからだ。


「おお、危ない危ない。そなたの綺麗な首が折れてしまうところであったな」


 クスクスと小馬鹿にするように笑いながら、ラウネはクリスに背を向けた。


「妾は裏切りは好かぬ。そなたらも、命令一つできぬ愚かさを妾に見せてくれるでないぞ? そんなことをしようものなら、そなたらもまたノエルと同じ裏切り者となるからなぁ」


 白と黒が逆転したおぞましい眼が、煉瓦通りに集ったひとりひとりを睨むと、彼女たちは一様に息を飲む。

 彼女が本気になれば、人の十や二十を殺すなど容易くやってのけることを、ラウネの配下にいる女性軍人どもは知っているのだ。


「では引き続き、街を拠点にノエル一派と不死の秘宝の捜索を続けよ。この街にノエルの痕跡がある以上、あやつらも遠くへは行っておらぬであろう……ノエルよりも先に秘宝を見つけた者にはその者が望む褒美をなんでも与えよう」


 ラウネの言葉に、全員が「はい!」と揃えて答えて散り散りに消えていく。

 なんとか殺されずに済んだクリスもまた、ベレッタの肩に担がれて街の宿屋街がある最西端を目指した。


「まさか、騎士様が直接出向いてるとはな……ちょっとビビったぜ」


 軍人仲間が向かう方角とは全く別のルートを選び、旅商などが多く羽を休める宿屋街に出た二人。

 周囲に軍人が誰もいないのを確認した後、クリスを担ぐベレッタが言った。


「しっかし、キツい上官の下でお前も大変だなぁ」


 彼女もまた、クリス同様に傷だらけでボロボロのはずだが、その振る舞いは健常者そのもの。


「プランティス卿の逆鱗に触れ、絞め殺されてきた仲間を多く見てきた。この程度で済んだだけマシなほうだ」

「なにそれ、こっわ」

「あの方は部下を深く愛するがゆえに、その愛を裏切る者は容赦なく殺す」

「愛が重たいわ……」


 宿屋に入るとクリスは自らの足だけで立ち、二人で二階の部屋へと向かう。

 するとそこで待っていたのは、各々ベッドで体を休ませるマカとベレッタ。それから、二つのベッドの間で彼女たちを献身的に看病する黒フードをかぶったフェヴラーだった。


「礼を言わねばならんな、お陰で助かった」


 大きく安堵の息をもらすクリス。

 しかしそれも束の間、フェヴラーはフードの下の陰る瞳で熟睡するマカとベレッタを交互に見ながら、口を開いた。


「まだ助かったというには早いんじゃないかな。治癒魔術は身体の外的損傷を修復することはできても、内側へ入り込んだウイルスや内臓の損傷を復元するのは難しい」

「どういうことだ」


 くるりと踵を返してクリスの方を向くフェヴラー。そんな彼女に対し、クリスは鋭い視線と疑問を投げかける。


「魔術毒と呼ばれる現象が、彼女たちの肉体に見られるね」

「魔術毒? なんじゃそりゃ」


 フェヴラーの説明に首を傾げたのは、先ほどまで仮面で模倣したベレッタとしてクリスと共に行動をしていたアバグネイル。


「一般的に生命体全てが魔力を有しているが、その性質や量は十人十色。これによって魔術の適性が変わってくるのは知っているね?」

「ああ、士官学校で適正試験も受けた」


 身に覚えがあったのだろう、クリスがそう言って深く頷く。

 

「魔力を有した魔術攻撃を受けた際、時として知らない赤の他人の魔力が体内に入るわけだが……普通ならば自身のものではない異質な魔力を細胞が押し出すのだが、主に身体に深く傷を負い細胞が大きく欠損している場合に自分のものではない魔力が体内に残存することがある」


 得意げにペラペラと語られる言葉に、アバグネイルは思わず首を傾げた。


「普通ならば異物の侵入を検知した体内の細胞や魔力が時間をかけてでもそれらを体外へ放出しようとするのだが、希少な例として体内に入り込んだ魔力と自身の魔力が反応を起こす場合があるんだ。二つの相反する魔力が起こす反応は、毒のように肉体を内側からどんどん破壊していくことから『魔術毒』と呼ばれるようになった」

「じゃあ二人はっ!?」


 話は難しすぎて、ふわりとしか掴めていないにしろ、フェヴラーの言いたいことを把握できたクリスが真っ先に声をあげる。


「ああ、このままだと間違いなく死ぬだろうね」

「なんとか……ならないのか?」

「ある程度の細胞を復元はしているが、これは魔術で治癒することは不可能だ。でも、一つだけ方法がある」

「方法?」


 すると、クリスの問いにフェヴラーは小さく笑って答えた。


「なに、君は既に知っているんじゃないのか? 君たちも血眼になって探すそいつが、不可能を可能にする唯一の手段さ」


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