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懲役4000年の魔女⑩


「なんでこの分厚さの岩盤を砕けるんだよ!」


 片足を失った巨人の体は大きく傾き、叫ぶアバグネイルと慌てて何か策を練るフェヴラーの体も次第にバランスを保てなくなる。

 二人の足が巨人の手から離れ、大地へ真っ逆さま。

 しかし、寸前のところでアバグネイルがフェヴラーの体をライフルを持った腕で強く抱き寄せ、巨人の指にしがみついた。


「時計塔だ! もう片方の腕で時計塔をぶん殴れ!」


 監獄島にそびえ立つ最も高い建物、時計塔。

 アバグネイルの言うその姿を視野に入れるや否や、フェヴラーは「彼の言う通りにしろ」と巨人に命を下した。

 彼女に従順な首のない巨人は、二人をすくい上げていた手とは逆の左腕で時計塔を殴打。だが、ここでも問題点が一つ。


「おっそ!」


 その体躯のスケールゆえか、動きが異常に遅い。


「仕方ないだろう! これだけの巨体だぞ!」

「んなこと言ってたら、あいつ登ってくるって!」


 アバグネイルとフェヴラーが視線を地上へおろすと、そこには倒れゆく巨人の体に飛びつくキサラギの姿。

 指先で岩を砕き、めり込ませる強引かつ豪快なクライミングで、二人との距離をぐんぐん縮めていく。

 短時間で何度も見た規格外の追跡者に、身を打ち震わせていると、巨人の体が轟音と共に衝撃で激しく揺らいだ。


「ナイス!」


 アバグネイルの言う通り、巨人の左拳が時計塔に突き刺さったのだ。

 喜びの声をあげ、フェヴラーを肩に担いだアバグネイルは時計塔との架け橋になった巨人の左腕に飛び移り、その下り坂を一気に滑り降りる。

 なんとも爽快な滑走はすぐに終わり、時計塔に到着したアバグネイルは勢いあまって内部に投げ出されてしまった。


「いててて」


 怯んでいる暇などあるはずもなく、すぐさま起きあがるアバグネイル。

 その目の前では、勢いのあまり放り投げてしまったフェヴラーが樽に刺さっているではないか。


「んんー!」


 頭から樽に突き刺さり、ローブがはだけて露わになった美しい曲線を描く白い尻。そしてバタつかせる程よい肉付きの足。

 逃げなければならないという使命感を忘れさせるほど、官能的なその尻をアバグネイルは思い切り引っ叩いた。


「んー!」


 どうやらそれに怒ったらしく、フェヴラーの美脚は一層速くバタバタ動き出す。

 赤く自身の手形のついた彼女の尻をゆっくり眺めていたい。そんな気持ちがアバグネイルの中にもあったが、下心さえも引き裂く咆哮が巨人の方から聞こえた。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」


 アバグネイルが踵を返すと、そこには自分たちが渡ってきた巨人の左腕の付け根に立つキサラギ。

 咄嗟にライフルを構え、アバグネイルの真剣な眼差しが走ってくるキサラギを捉える。

 腹に二本の剣が刺さっても膝一つつかなかったような化け物だ。生半可な狙いでどうこうすることはできない。


「くたばりやがれ!」


 そう判断したアバグネイルが慎重に狙いを定め、彼女の頭目掛けて弾丸を放つ。

 狙いは正しく、弾丸はキサラギの顔面へ向けて飛び出したのだが、人間離れした動体視力と反射神経が彼女自身の上半身を大きく反り返らせた。

 しかし、弾丸は見事にど真ん中を狙っていたらしく、キサラギの頬をかすって青空へと旅立つ。


「ぐっ!」


 弾丸が顔面をかすった衝撃でキサラギの足はもつれ、そのまま体幹を崩した彼女は巨人の左腕から地上へ真っ逆さまに落ちていく。


「よっしゃ!」


 命を取るまではいかなくとも、これはこれで成功。

 そう言わんばかりに、大きなガッツポーズを決めていたアバグネイルの背後で、またもやフェヴラーの足がバタついた。


「わかってるわかってる」


 ライフルを壁に立てかけ、フェヴラーの体を樽の中から引っこ抜いてやると、彼女の白い素肌に付着していたのは体力の黒い粉末。

 それに加えて鼻を突き刺すような猛烈な匂い。樽の中に詰め込まれているのが、火薬だと気付くまで時間は要さなかった。


「助けを求める女の尻を叩くとはなにごとか! 君には情といいものがないのか!」

「綺麗な尻だったからつい、な」


 フェヴラーを火薬の樽から引っこ抜くと、しきりに辺りを漁るアバグネイル。


「そっ……そんな安い褒め言葉で機嫌を直すような女と思ってくれるなよ」


 五百年以上聞いていなかったストレートな褒め言葉に顔をほんのり赤くし、フェヴラーはまんざらでもないよう。

 そんな彼女の姿など気にもとめず、周辺を漁っていたアバグネイルが、ついに探していたそれを見つけ出した。


「あったあった」


 満足気に頷くアバグネイルの隣に寄り添ったフェヴラー。雑多に積み上げられた荷物の奥に見えたのは、壁に立てかけられた小型の木船。


「なんだいこれは、船?」

「本来は船の手配もウルの役目だったんだが、あいつ地下に直行してきただろ? だからこいつを使うんだよ」

「なるほど、それを知っての時計塔か。考えたね」

「まあな、ここは臨時港に近いのもあるから予備の船くらい置いてるはずだ。それに……」

「それに?」


 興味深そうにアバグネイルの指先を追うと、彼の指が向いたのは先ほどフェヴラー自身が上半身を突っ込んでいた火薬入りの樽。


「予想外の拾い物もあった。あんな化け物もいることだし、こいつでさっさと島を出ようぜ」

「それには同感だね。どうする? このまま臨時港に向かうかい?」


 杖を握るフェヴラーが、雑多に置かれた荷物の上に足をかける。

 しかし、アバグネイルは彼女の言葉に対して大きく首を横に振った。


「いや、臨時港は固められてるはずだ。ルートは別に用意するから、とりあえずその船を鳥とか自由のきくやつに変えといてくれ」

「ふふ、わかったよ」


 アバグネイルの機転が、どんな脱獄計画を発案したのか。

 それが楽しみで楽しみで仕方ないフェヴラーは、彼の言う通り生誕の杖で木船を同じ質量の大鷲に変貌させる。


「それとこっちなんだが……火薬みたいな粉を一つの生物に変えられるか?」

「ああ、可能だよ」

「じゃあこいつは馬だ。もう一つ樽を見つけてくるから、二頭頼む」


 そう言って、アバグネイルは急いで物置きと化した時計塔を駆け回る。



 *



 時計塔を破壊させたアバグネイルの考えのうちの一つに、塔の下層部の独房の破壊も含まれていた。

 作業時間も自由時間も与えられず、檻の中で貧しい飯を与えられていただけの凶悪犯たちは、さぞ鬱憤が溜まっていることだろう。

 それら凶悪犯たちは、二人にとって都合のいい混乱を生む最適な人材だったのだ。


「おい! 独房の連中が外に出たぞ!」

「撃って構わん! 見つけたら殺せ!」


 作業場を中心に暴動を起こしていた囚人たちの沈静化を終えた看守に、また新しく仕事が追加される。

 作業場と倉庫の鎮火作業。それから、時計塔の破壊により独房から出られるようになった数名の凶悪犯の沈静化。

 まさに大混乱と化した監獄島の中を、看守たちが叫び声と共に走りまわる。


「時計塔を封鎖しろ! やつら、まだ中にいるはずだ!」


 できる限り多くの人員を急ごしらえで集め、時計塔の前で包囲網を作ろうと看守たちが動き出す。

 ようやく頭数も揃い、各々にライフルが手渡されようとした瞬間、時計塔の出入り口となっている扉が勢いよく開いた。


「撃て! 撃てぇ!」


 中から誰が出てくるのかなど関係ない。とにかく殺せ。

 そう言わんばかりに放った看守の声にあわせ、慌ててライフルを構えた看守たちが開かれた扉目掛けて発砲。

 しかし中から飛び出してきたのは、人を乗せていない真っ黒な馬。

 看守たちの放った銃弾が黒い馬を捉えたその時、火薬によって精製された馬の肉体が大爆発。

 悲鳴も、断末魔も、瓦礫も血肉も、爆発はあらゆるものを呑み込んだ。


「今だっ!」


 声と共に、時計塔の上層階から飛び出してきたのは、先ほどと同じ火薬でできた一頭の黒い馬に跨るフェヴラーとアバグネイルだった。


「あっち! 二号棟のほうに頼む!」


 先頭で手綱を握るフェヴラーの細い腰に手を回すアバグネイルが、二番シャワールームのある二号棟を指す。


「ああ!」


 芝を燃やす火に触れないよう、小刻みに進行方向を変えながら二人は怪我人たちを尻目に二号棟へ急ぐ。

 監獄島の中に馬などいるはずもなく、島の誰よりも速い彼らは他の看守が駆けつける前に二号棟の内部へ入った。

 するとすぐに見えてきたのは、最初にアバグネイルがフェヴラーのいた地下監獄へ向かうために使った二番シャワールーム。


「手綱を離せ! 飛び降りるぞ!」

「また君は急に!」


 文句を口にしながらも、言う通りに手綱を離したフェヴラー。

 彼女の腰をギュッと強く抱いたアバグネイルが、そのまま彼女を連れて馬から飛び降りる。

 全速力で走っていた馬から飛び降りたのだ。無論、何事もないわけがなく床に転がった二人の体はいたるところにアザや切り傷をつくった。


「どうする気だい」


 自分よりも大きなアバグネイルの体に守られ、傷の量は彼よりも少なく済んだフェヴラーが問う。


「伏せろ!」


 が、悠長に答えている時間などアバグネイルにはなかったようで、すぐさまライフルを構えてシャワールームへ突進する黒い馬を撃ち抜いた。

 前例通り、撃たれた馬は周囲を呑み込んで大爆発。

 伏せていたフェヴラーも、寸前で身を小さく屈ませたアバグネイルも、爆風に飛ばされないようなんとか持ち堪え、顔をあげる。


「大成功。フェヴラー、島の外を迂回させた鳥をこっちに回してくれ」

「なるほど、下水道から海に出ようという魂胆か。わかったよ、君に私の全てを賭ける」


 そう言って笑うと、フェヴラーは指笛を鳴らして外にいる木船から作った鳥を呼び込んだ。

 シャワールームへ続く水道管を破壊したお陰で水が吹き出し、火の一つたりとも残っていない水浸しの通路を二人の急かす足が駆け抜けていく。


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