プロローグ3
記憶を失った少女と異端審問官ファントム。二人の視点を交互に描きながら、徐々に作品世界が解き明かされていくという異世界転生ファンタジー。
意識朦朧としている設定なのでこの章だけ特殊な書き方になっています。
青い棘の花びらが、
濡れそぼった花びらが、
咲き乱れている、暗闇に。
白い膚のその下で、
またひとつの未来がひらめき、
産声を上げた。
しなやかな手足が
薄い胸元へと引き寄せられ、
唇の隙間から熱い吐息が漏れた。
まなじりにこみ上げる
泪。
思い出を夢に見るのか、
あるいは
これからその身に降りかかる
困難を予感して、
人知れず
震えているだけ
かもしれない。
いずれにしろ
目覚めの時は
近い、
そう思われた。
――音がする……。
今にも
消え入りそうな、
ひっそりとした
音が
する……。
小やみない
さやぎ、
吹き渡る風の
くすぐりが、
大きな波となって、
彼女の
心を
揺さぶった。
果てしなく、
とめどない、
揺りかごのように。
そこに
いるの……?
いつも……
どこにいても……
ずっと
そばにいてくれる……
あたたかな
そのまなざしで
まっすぐわたしを
見据えてくれている……
脳裡にひらめく言葉のさざめきに
洗われて、
深い睡りのヴェールが、
少しずつ、
着実に
引き剥がされていく。
薄い瞼が打ち震えると、
長い睫を割って、
まだ穢れを知らない
澄んだ瞳が
この世界に
目をとめた。
深い喪失感が
全身をかけめぐる
そんな気がした。
互いに
絡まり合い、
でたらめに錯綜する
森、その
奥深く。
頭上には
赫く染め上げられた雲海が
重く々々垂れ込めており、
闇の向こうから、
雷鳴のような低い地鳴りが
絶えることなく、辺り一帯に轟いていた。
不意に、
森の梢からいっせいに鳥の群れが飛び立ち、
周囲の空気が一変した。
次の瞬間、
人の悲鳴にも似た叫び声が上がったかと思うと、
それに呼応するかのように
あちらからも
こちらからも、
いっせいにけたたましい叫喚が沸き起こった。
そうして声の輪は、徐々にではあるけれど、
ゆっくり
ゆっくり
こちらに向かって
狭まってきた。
”畏怖”
自分が置かれている状況に気がついたとき、わたしの心を揺さぶった感情こそ、畏怖そのものだった。
彼らに自分の居場所を悟られてはならない、
なぜか
その想いだけが
確実に
わたしの胸を貫いていた。
――逃げなくちゃ……
でも、どこへ行けというのだろう……
あらためて周囲を見渡してみる。
――ここはどこ……?
どうやって、
いつの間に
ここに来たのか、
わたしには
いっさい
思いあたる
ふしがない。
色とりどりの棘の花に囲まれて
わたしは
なにをしていたのだろう。
起き上がろうと手足に力をこめて
みたものの
上手く体を
動かせない。
あの微睡みに浸っていれば、
戻れるかしら……。
あの
あたたかな
日常に……。
そんなときだった。
ほら
聞こえる。
あの
声が……。
――わたしを
呼んでいる……。
でも
誰が……?
――あの人よ……。
探しているに
違いない。
小さな胸に
みなぎる
熱い想い。
愛されていた。
それだけは
たしか。
――伝えなきゃ。
言葉を紡ごうとして
わたしは口を開いた。
思ったような声は出ない。
それでも、
わたしに
気づいてくれたなら……
それだけが
たったひとつの
救いに
違いない……
――想いが通じた。
叢を踏む蹄の音が
茂みのそばで立ち止まる。
ぼそぼそとなにかを呟く
低い聲。
やっと来てくれた。
そう思った
けれど、
次の瞬間、
わたしは
自分が犯した過ちに
気づかされた。
木陰から現れた
人影を見て、
わたしは言葉を失った。
逞しい上半身とは
相容れない
獣のような蹄の脚。
振り乱したたてがみからは、
曲がりくねった二本の角が
伸びている。
赤く輝く
ぎらぎらとした
瞳。
その双眸が
わたしを見つけて
いやらしく
嗤った。
吹き鳴らされる
高らかな角笛。
それは
目的のものを見つけたという
勝ち鬨に
他ならない。
嗄れた雄叫びが上がり、
獲物で藪を薙ぎ払う音が
たてつづけに
二度、三度。
異形の姿が
棘の花を散らした
その瞬間、
わたしの意識は、
遠く
深い
闇のまにまに
堕ちていた。
数年前に書いた異世界ファンタジーです。すでに完成していますので早めに更新しようと考えています。




