画策
たしかに、今から電車に乗って最寄り駅に着くころには、完全に日は落ちてるはずだ。
夜道に備えてきたからこそ、オフホワイトの布サックなんだけど。
オレが事故にあったら責任は彼女にいくんだから、そうワガママも言えなかった。
窓から見えるビルに、西日が反射してる。
「けっこう、日も長くなってきたのになァ」
まだ衣替え前だけど、昼間はもう、とても学ランなんて着てられない。
「文句言わないの」
「そろそろ、プレミアリーグも最終節か」
「えっ?」
何のはなし、と問いたげな視線を見下ろす。
「なあ。先輩たちの番組のどれかに、代表の津田信夫がゲストに来るってはなしがないか、調べといて」
いちばん有りそうなのは例のサッカー対決企画だけど。
ないならないで、テレビ局内で遭遇ぐらいは、狙わないと。
「ねえ。代表って何の?」
こくり、と小首をかしげるすがたも小鳥のようではあるけど。
和むより、あきれの方が勝った。
「アンタ何年オレのマネージャーやってんの。サッカーに決まってんだろ。サッカーの日本代表」
「あら、そう。そんなのがあるの」
オレの白い目なんかものともせず、すぐに手帳を取り出してメモを取る。
ツーカーとはいかないけど、頼めばきっちりやってくれるから、オレにはそれで十分だ。
「で。何なのこのひととは、訊かないわけ」
「航クンにとって用がある人なんだろうな、とおもって」
ぱたん、と手帳を閉じて、黒目がちの瞳がオレをちらりと仰ぐ。
「じゃ、訊くわ。何なの、このひと?」
「現『静岡フェニックス』の代表」
「ええ?」
素直におどろく顔を見ながら、そういえば、代表の肩書をふたつも持ってる人なんだな、とおかしくなった。
「このひとがイエスと言えば、向こうの方は何とかなるとおもうんだ」
「事前交渉をするって、こと……?」
まるで悪事でもはたらくみたいに、語尾が何だか頼りない。
「人数がいるほど、はなしはややこしくなるからね。どっちにしろ、向こうに断わる余地なんかないはずだよ」
オレがほほえむと、オレのマネージャーは必ずうさんくさそうな顔をする。
津田さんの稼ぎで作ったクラブの経営は、ASリーグ昇格で、限界にきてるはずだ。
全国規模の遠征費用はばかにならないし、アマチュア選手だけじゃ上位も狙えない。
それでも、彼らはS2昇格を目指すだろう。
もう一度、S1の舞台で戦うため。
そして『飛燕』のサッカーで、今度こそ、日本一の栄冠を手にするために。
そのために必要なのは、資金だ。
それも、アテにできる金。
でなければ、何度だって、クラブは潰されてしまうだろう。
「心配しなくても、うまくやるよ。だって、オレたちの夢がかかってるんだから」
「航クンの夢より、そのためにどんな手段を使うのかが、心配」
さすが、五年も面倒をみてくれてる人だけあって、よく分かってるな、と苦笑が浮かぶ。
オレがアイドル事務所になんて入ったのも、すべてはその手段ってやつだ。
ただのサッカー選手には、クラブに対して何の力もないんだってことは、六年前の一件でよーく分かった。
それでも、津田さんが持てる力のすべてをかけて残してくれたものは、オレたちの手でぜったい形にして、次の世代に渡してみせる。
仲間集めなら、内匠に任せておける。
そばには頼りになる大人がついているし、寂しいくらいが、ナンパにも精を出すはずだ。
問題は、何よりも金だけど。
静岡市内に、すでにプロのサッカークラブ『ユニオン清水』が存在してる限り、新たなスポンサーなんか期待できないし、自治体の支援も受けられない。
だからこそ、オレは静岡に留まることなく、もっと広い世界に、可能性を求めた。
それからもうひとつ。
『ユニオン』には、真太郎という貸しがある。
ライバルチームの下部組織に入ってやがるオレたちの仲間を、そのままくれてやるわけにはいかない。
どこまでも、課題は山積だ。
だけど、津田さんの帰国報道を耳にして、解決の糸口が、オレにはたしかに見えてきた。