ラジオ収録後
子供のオレには、夢があった。
次代のツバメになるという、夢。
だけど、ひたすら階段を上がりさえすればたどり着けるはずだったツバメの巣は、脆くくずれて消え去った。
だったら、ツバメの巣ごと作ればいい。
そうおもえたのは、ツバメの復活を夢みる同志がいたからだ。
どんな道をたどっても、オレたちの目的地はたったひとつ──
そう信じて、オレはオレの道を駆けている。
* * * * *
シーン1
「ちょっと、航クン」
お疲れさま、とスタッフさんとあいさつを交わしてスタジオを出たとたん、左の脇腹をど突かれた。
「いてっ」
視線を落とすと、五分袖から出たとがった肘が離れていく。
「あのね、工藤五月。身長差考えてくれって、いつも言ってんだろ」
「あなたこそ、年齢差考えなさいよね、じゃなくて。ラジオであんなこと言っちゃって、どうする気なの。生放送じゃないとはいえ、あのまま放送されちゃうわよ」
オレよりも母親の方に年齢が近い彼女は、とびきり小柄で、怒っていても小鳥ていどの迫力しかない。
今日が月曜、ラジオの放送は火曜の深夜。
土、日は遠征で試合に行くことが多いから、自主練と決まってる月曜の午後は、早退して仕事をすることにしている。
「べつに、失言なんかじゃないよ。そろそろ、ハッパかけておかなきゃかな、とおもって」
彼女が怪訝に首をかしげるのは、いつものことだ。
現在、ASリーグで『静岡フェニックス』は昇格圏外の、七位にいる。
彼らがSリーグ二部に上がれるかどうかで、オレの卒業後の進路も、だいぶ変わってきてしまう。
「メールに添付されてくる写メを見てると、静岡県内の女子校の制服があったから。電波、ちゃんと届いてるんだな、とおもって」
それを、あいつが聞いてるかどうかまでは分からないけど。
タクママなら、オレがパーソナリティをしてるラジオの情報ぐらいは、息子に伝えてくれてるはずだ。
「女子校の制服って、航クンあなたね」
「集めたりする趣味はないから、安心して」
笑いかけたら、キッとにらまれてしまう。
「誤魔化さないのよ。例の件、まだ本決まりじゃないっていうのに。何が、お茶の色したクラブのセレクションを受ける? あなたはうちのタレントよ」
「社長も向こうも、オレがオトすよ。実際、もう歌って踊るアイドルは飽和状態だろ」
だから、スチールとCMのフィルムだけでしかすがたを見せないようなアイドルでも、これだけモノになった。
「まあ。あなたは社長のお気に入りだけど」
「工藤五月は、歌って踊るアイドルがいいんだよな。しかもガキが好きなんだろ。チビの担当に志願しちゃえば」
そうしないと、ますます歌って踊る人種と遠ざかるハメになるよ、とまでは言ってあげない。
彼女はなかなかに身軽で、言うなれば、とっても使えるタイプだ。
「あたしを追っ払って、若いマネージャーについてもらおうって腹ね。いいえ、航クンのことだから、甘いオトコの子を狙って」
「おおーい。なんの妄想だよ、そりゃ。オレ、早く帰ってトレーニングしたいんだけど」
「そう。車で送るわ。でないとまたタクシー使おうとしないでしょ」
ぴったりと横をついて来るのはそのためか、と合点がいく。
「駅から学校の寮まで、丁度いいランニングコースなんだよ」
だから、カーゴパンツにリュック背負って来てんじゃねーの、と目で訴えた。
「夜に、あなたに通りをフラフラされると、困んのよ」
「まだ夕方」
「夜よ!」
腕を組んで仁王立ちになってしまうと、頑として譲らないのが、工藤五月だ。
立ち足が本当にトリっぽいと、いつか言ってやりたい気がする。