ゴール前のツバメ
よくは憶えてないけど、あれは冬休みの、全国大会が終わったころだったとおもう。
小学六年生だったおれたちは、U-12からU-15のチームへ上がれることを、何の疑いもなく信じていた。
同じ静岡県でも、清水のチームに押され気味だった育成年代で初めて全国ベスト4に入ったおれたちを、ゴールデンエイジと呼んで、クラブの大人は期待してくれていたし。
その主力が、トップチームの高速サイド攻撃を自己流で真似た、おれたち三人だってことは、決して自惚れなんかじゃなかったはずだから。
だけど、スポンサーの撤退だか倒産だかで、急に、クラブの消滅がささやかれはじめた。
おれたちが憧れたトップチームも、そこに至るまでの道筋も、何もかも消えてしまうと言われて、理解なんかできるはずもない。
おれはバカだから自治体の支援、とやらを信じていたけど。
利口だったコウが予言したとおり、結局誰も、おれたちのクラブを残すためのお金を出してはくれなかった。
あんなにもひとつに見えたトップチームの選手たちは、移籍先を探してあっという間に散り散りになってしまったし。
スタッフも、下部組織のコーチたちも、みんな新たな働き口へと去って行った。
おれたちといっしょに、U-15に昇格するはずだったやつらだって、新しくサッカーができる場所を探す道をえらんで。
そして、おれたちだけが、『静岡飛燕』のグランドに残った。
何の約束もなかったけど、三人とも、見てる夢は同じだったから。
おれたちはトップにまで昇格して、きっとあの『飛燕』のサッカーを継ぐんだ、と。
真新しいスタジアムで前年のリーグ王者を粉砕した、素早くて、誰にも止められない、そんな鮮烈なサイド攻撃はまるでゴール前にツバメがいるみたいだった。
だけど『飛燕』が消えれば、あのツバメも消えてしまう。
どんなスーパースターの個人技よりもイカしてたあのツバメを守りたくて、おれたちは練習を続ける道をえらんだ。
残したい──
そのすがたを見て、そう言ってくれたのは津田選手だけだった。
自分が残してあげられるのは、グリーンのユニフォームだけだと涙を流して。
いつか、ここからツバメがよみがえるように、僕らのツバサを継いでくれるようにと、そう願いを込めて、『フェニックスFC』という名前の育成クラブをつくってくれたひと。
おれたちの夢は、つながったとおもった。
だけど、単純に喜んだのはおれだけだったんだとおもう。
小、中学生のチームしかなかったクラブに、プロリーグを目指すトップチームが生まれ。
年々、選手は集まってきてくれたけど。
そこには、いちばん必要な仲間がいない。
ひとりは、中学から県外に出てしまって、芸能界入りなんかをしているし。
ひとりは、市内の別のプロクラブの下部組織に入ってしまって、それっきりだ。
ふたりともサッカーを続けてはいるけれど、それが変わらない夢を追ってなのかどうか、おれには分からなかった。
高校を卒業したら、ここがプロのクラブになったら、いつか津田選手が指揮官になってくれたら。
そしたら、あいつらは帰ってきてくれるかもしれないと、ずっとおもっている。
同時に、うちのサッカーにふさわしくない選手ならいらないとも、おもう。
ツバメはおれたちの夢だけど。
今の『静岡フェニックス』は、それとは違う仲間たちと育ててきたクラブだ。
ただ、おれがいい選手を見つけては誘い、仲間を集めてきたのは、このクラブを強くや大きくするためじゃない。
ツバメを、よみがえらせるため。
そんなおれの望みを心から理解し、共有し得るのは、あのふたりしかいなかった。
「きっと、帰ってくるとおもうぜ」
「えっ?」
ハッと、隣を見た。
運転する檜山さんは、前を向いたままだ。
また心の中を読まれたかとおもったけど、すぐに、それは津田選手のことだろうと気がつく。
「きっと、帰ってきてくれますよね」
おれは、ちょっと笑ってそうこたえた。
一翼だけじゃ飛べないことは、誰にだって分かるに違いないから。