日本代表選手・津田信夫
「現地って?」
「マンチェスターです。英語のサイト見てて、津田選手が帰国するだろうって書いてあるの見つけたって言ってました」
「あー、さすが国際大の学生は違うな。英字サイトなんて、よく見るよ」
エンジンをかけながら、さらりと流された気がして、おれはシートベルトを止めている腕をつかんだ。
「そーじゃなくてっ」
面倒くさげな顔で、檜山さんはジャージの右袖を一瞥した。
「あの国のメディアが言ってることなんか、嘘ばっかりだぜ」
「です、よね!」
あからさまにホッとして、手を離す。
「契約の延長がなきゃ、移籍先を探すことになるだろうが」
最後の『が』が、動き出した景色以上に、引っかかった。
「なるだろう、が?」
「日本に帰ってくるかもな」
ハンドルを握っているのがおれだったら、急ブレーキをかけていたかもしれない。
「か、えってくるって……」
他のチームに、と口に出すのもゾッとする。
でもまさか、イングランド一部のクラブでプレーしていた日本代表の選手が、こんな、アマチュアリーグのクラブになんか移籍してきてくれるわけがないし。
「うちが三部に昇格したことは、あいつにも言ってあるから」
「こここに戻ってくるかも、なんすかッ」
厳密にいえば、あのひとがフェニックスの選手だったことは一度もないから、戻るっていうのは間違いだけど。
心臓が、ダッシュの後みたいに、バクバクいってる。
前を向いた檜山さんのすまし顔が、何だか腹立たしい。
「まあ、今季の戦い次第だけど。もしS2に昇格したら、俺のライセンスじゃ無理だし」
「…………はい?」
ライセンスって、何だろう。
ふつうに考えたら、檜山さんが持っているのは、コーチや監督のできるライセンスだ。
「どっちにしろ、サポーターといい、スポンサーといい、足りないもんが多すぎる。あいつが現役をやめるなら、もう一、二年ねばるにも、金の方をどうにかしないとなー」
途中からは、ほとんどひとり言だった。
「え、現役やめるって?」
どうにも聞き逃せない言葉に眉を寄せたら、ナイショだと、人差しゆびを立てられる。
「あいつにとっては選手を続ける、イコール、レーマー監督の元で勉強しながら、クラブの資金を稼ぐことだって、言ってなかったか」
おれが首を振ると、檜山さんは笑った。
「ふん。かっこつけめ」
檜山さんの口から津田選手のことを聞いていると、おれは決まって、あるふたりの顔を思い出す。
おれといっしょに、彼ら、トップチームのサッカーに死ぬほど憧れて。
みんなが帰った後のグランドで、何時間でも練習を重ねた。
そして、揺るぎないツバメへの情熱で、津田選手の心を動かした、かけがえのない仲間。