監督兼選手
「アンポンタン。おまえがあれこれ引っぱり込んだ選手と契約して、元の所属と折り合い付けてまわってんのは、誰だとおもってる。本人の意志だけで、ふらっと来たり去ったりできるもんじゃねーんだぞ。協会にだって、登録がいるんだ」
「……で、すよね」
そんな裏のことなんか考えてもみなかったから、顔にもそう書いてあるはずだ。
こちらを見てため息をついた檜山さんは、試合のできない専用グランドを見渡した。
「おまえがこのクラブのためをおもってくれてんのは、よく知ってる。おまえが居なきゃ、フェニックスは今でも自己満足の育成クラブでしかなかっただろうさ」
今では芝が生い茂って、広さ以外は立派なグランドも、元々おれの家のいらない土地だ。
「でも?」
続きはダメ出しだろうと、首をすくめる。
「でももくそもない。安請け合いしてシノブからこのクラブ預かった俺が、いちばん感謝してんだ。してるだろ、感謝?」
どこが、と突っ込んじゃいけない気がして、おれは勢いだけでうなずいた。
「おまえは、俺たちが目指してるサッカーもよく分かってる。誘って来やがる選手だって、いちいち的を射てるしな」
「だったら、目をつけた選手のはなしくらい、聞いてくれてもいいじゃないすか。減るもんじゃなし」
「減る」
「えー。減るって、時間が?」
ケチ、と呟いたら、ごんと頭を殴られた。
「おまえ、うちに何人プロがいるか、知ってるか?」
うち、というのは静岡フェニックスというサッカーのクラブチームのことだ。
今はまだ、日本サッカーリーグ三部のASリーグに所属するアマチュアクラブだけれど、みんなで、来季からのプロリーグ参入を目指している。
「檜山さんは、報酬ありますよねー?」
高校生と大学生を除いたら、社会人選手は十人もいない。
その内のひとりが、チームの監督を兼ねているこのひとだった。
「ぶぶー。俺の選手報酬は、ゼロ」
「プロの選手だったのに?」
それも六年前までのはなしで、三十五才を過ぎても現役を続けている選手は、あんまりいない気がしないでもないけど。
「いま、年寄りだから仕方ねーとかおもっただろ」
「ぎょえ。なんで、心の中が分かんのッ」
おもわず飛び上がった横腹を、おもいきりエルボーが襲う。
「否定しろ。誰が年寄り。そういうことは、五十メートルダッシュで俺に勝ってから言え。俺ほど監督の意のままに動く駒はいないぜ」
「そりゃ、監督本人だし」
真顔でのジョークは軽く受け流したけど、おれじゃまだ、選手としての檜山さんに全然敵わないことは事実だ。
「収入なくて、奥さんに逃げられたのかー」
「逃げられてねーての。ただの単身赴任だ」
「え、どっちが?」
十年以上も静岡に住んでいて、立派な家も建てた単身赴任なんて、聞いたことがない。
「嫁が女優じゃなかったら、俺だってあの時、プロとして働けるクラブに移っちまってたさ。シノブの感傷に付き合って、ガキのお守りを引き受ける余裕なんか、あいつの収入アテにしてなきゃ、あるわけねーし」
「檜山さんって」
なんだ、と横目でにらまれる。
「男から見たら、かっこいーかも」
旦那としてはいわゆる甲斐性なしだけど、とは口に出さないでおく。