1.逃れられないのは…
いきなりですが、友達視点です。
ーーー友達視点ーーー
夏の日差しの強いある日の午後1時30分を過ぎた頃、とある喫茶店にて2人の少女が向かいあわせで座っていた。
1人は腰の辺りまで伸びた艶のある黒髪の背の高い少女。白いワンピースに白い靴を着ている。
一見するとモデルみたいなのだが、悲しことに、胸が無い。それはもう、服の上からでも分かるほどのまな板だ。本人曰く、「手のひらサイズが丁度いい」らしい。
もう1人は肩まで掛かったプラチナブロンドの少女。背は向かえに座る少女よりも低いが、胸はある。多分だがCぐらいある。
こちらはこちらでモデルみたいなのだが、身長が幾分か低いのが残念だ。
「あれから1年か〜早いねぇ」
そう呟くのは妹耶の親友である、十神舞那である。
「だね。既にプレイ人数100万人は超えたみたいだよ?」
「え、マジで?」
「うん、マジで」
「ほぇ〜」
「後、どこの店でも殆ど売り切れ状態らしいよ」
そんなに人気があるのか、未だに売り切れ続出なのだそうだ。
「ほーー」
「ねぇ、ちゃんと聞いてるの?ねぇ?」
気のない返事にイラッとくる妹耶。
「聞いてるってば〜〜」
「本当に?」
「本当だって〜〜、それに暑いじゃん?場所移ろうよ〜なんでこんな猛暑の中、外で駄弁ってるのかな〜〜」
今日は記録的猛暑で茹だる様な暑さを誇っている。そんな中で駄弁っているのだから、話半分になるのも仕方の無いことなのだ。
「それもそうだね。なら家来る?ここからなら舞那の家よりは近いし、冷房完備してるよ?」
「うぅ〜、何もしないよね?何もしないならお邪魔するよ」
悩んだ挙句に、確かめるように聞く。
「えぇー、別にいいけど、少しだけ、駄目かな?ね?」
強請るように上目遣いで舞那を見つめてくる妹耶に「うっ」と、なりつつも断る。
「やだ!」
「少しだけでいいから、ね?痛くしないから」
「ちょ!?何をする気!?駄目だからね!駄目!絶対!!」
「む〜、仕方ない、今回は諦める」
「いや、もう諦めて」
冗談なのか本気なのかわからないから、つい本気にしちゃう。それに期待も…はっ、してないからね!?
これは舞那しか知らない事なのだが、実は妹耶は百合なのだ。自分よりも身長が低くて可愛らしい少女が好きな様で、舞那はよく襲われかけている。
1度、親に向かって「おたくの娘さん、百合らしいですよ?」と言ってやりたいと思ったのだが、自分が働いている所の社長に、なんて言えるはずもなく…。
「もう、本当にしないでよね?」
ジト目で妹耶を見つめながら言う。
「わかったってば、もう、少しぐらいいいじゃん…」
最後の方は聞き取れなかったが、多分ロクなことではないだろうから、知らぬ存ぜぬを貫く事にする。
このやり取りはいつもの事だ。
その後、会計を済ませ、早足に妹耶の家に向かった。
「ただいま〜、さぁどうぞどうぞ、上がって!」
喫茶店から徒歩で5分、妹耶の家に到着。
「ふぃー、暑かったー。あ、おじゃしまーす」
律儀に靴まで揃えて上がり、妹耶の部屋に行く。
その足取りに迷いはなく、まっすぐと妹耶の部屋に向かう。そして、扉を開けると冷房が効いているのか涼しい風が部屋から流れ込んできた。
そのまま部屋に入り、ベッドにぽふっとダイブする。
「ふぅ、涼し〜い。動きたくな〜い」
ゴロ〜ンと、人様のベッドの上に寝転がる舞那。ダブルほどの大きさを誇るベッドで右にゴロゴロ〜左にゴロゴロ〜っと転がり、そのままベッドの中央でうつ伏せの状態で止まる。
「すぅ〜、はぁ〜いい匂い。いつ嗅いでもいい匂いだなぁ」
ちゃんと洗濯もされており、心落ち着く薔薇の香りと、ほのかに香るお日様の匂い。
これが気に入っているのは他人には言えない、特に妹耶には言えない秘密事の1つだ。
「お茶入れてきたよー」
「ふにゃ!?」
半開きだったドアが開き、妹耶が入ってくる。
匂いを嗅ぐのにのめり込んでいた舞那は、不意打ちをくらい、変な声を出してしまった。
「何よふにゃって、猫じゃあるまいし…て、また寝転がってるの?」
呆れたような目を向けられ、サッと目を逸らす。
「まぁいいけど、あまりぐちゃぐちゃにしないでよね?シワがよるから。はい、お茶」
妹耶はお茶を差し出した後、私の隣に腰掛けた。
「はーい。あ、ども」
何とか誤魔化せた様だ。出されたお茶を受け取り一息つく。
「そういえば、初めてあった時もこんな感じだったね」
「そうだったけ?」
「そうだよ。あの日助けられた後にここに連れてこられて、お茶を出してくれて…」
「嗚呼、あったね、そんな事も」
「あったのよ」
「確か」と、思い出しながら舞那は語る。
4年前のあの日、秋も終わりだと云うのに、まだ残暑が厳しい頃、私は男3人に絡まれていた。
「そこのお嬢ちゃん可愛いね、僕達とイイことしない?」
「お前ロリコンかよ。まぁたまにはいいけどさ。可愛いし」
「お嬢ちゃん怖くないからこっちおいで、気持ちいい事をお兄さん達としよ?」
などと言っているが、私は怖くて全く聞こえていなかった。
「ほら、怯えてるじゃないか。もっと優しく誘わないと…」
「るせぇ、いざとなったら攫っちゃえばいいんだよ」
「そうだな」
「お前ら…はぁ、ま、いっか」
男達がジリジリと私に近寄ってくる。
「ひぃっ!?」
私は情けない声を出して後ずさる。
自分より大きな男が3人も獲物を見るような目で迫ってきているのだから、まだ幼かった私にとっては軽いホラーみたいなものだ。
「さぁ、怖くあらへんよ」
(いや、怖い!誰か助けて!)
声にならない叫び声をあげ、さらに後ずさろうとするが、足が絡まり、尻餅をついてしまう。
その間にも男達が近付いてくる。
あ、もうここで私の人生は終わるんだな、そう覚悟した時だった。
「何やってんのあんたら、男3人掛りで女1人を、しかもまだ幼い娘を寄って集って」
声が響いた。
「ア゛?誰だテメェ…お?」
「なんや?お前さんも混ざりたいってか?」
「よく見たらえらいべっぴんやな、優しくしたるから君もお兄さん達と一緒に行こうや」
男達の言った通り、美人が居た。腰の辺りまで伸びた黒くて長い髪。白くて所々にフリルが付いたワンピースを着ていて、白い靴を履いていた。オマケに靴下まで白だ。顔は整っており、まるでビスクドールの様に綺麗で美しい。
1つ残念な所を挙げると、胸がない。それはもう、残念な程に。
「嫌だね!あんた達みたいな変態に誰がついて行くもんですか、馬鹿なのですか?あ、ごめんなさい、ゴミでしたね!ふふっ」
そして、少し性格が悪いみたいです。
「舐めてんのかゴラァ?」
「調子乗ってんじゃねぇーぞこのアマ!」
男達が殴り掛かる。
「軽いし雑ね」
一言呟き軽く避ける。
「ちっ、当たらねぇ、クソ!」
男達の攻撃が更に雑になる。力任せの雑な拳や蹴りが飛び交う。
その中をまるで木の葉のようにひらりひらりと避けていく姿を見て思わず「綺麗」と呟いてしまった。
聞こえていたのか、美人さんはニコリと笑う。
「もういいかな?そろそろウザイよ」
「何言って…っ!?」
いつの間にか男が1人、大きな音と共に、アスファルトを背にして空を眺めていた。
「がはっ!?」
「なっ!?お前何しやがった!」
「クソがっ!」
もう1人の男が掴みかかろうと手を伸ばす。
そして次の瞬間には同じ様な音を鳴らしながら天を仰いでいた。
「ぐへっ!?一体…なに、が」
「あと1人ね」
「このアマァァァふざけるな!!」
最後の1人が懐からナイフを取り出し、美人さんに向けて振るう。
「危ない!」
咄嗟に叫んでしまった。が、時既に遅かった。
叫んだ時には、からんっとナイフが落ちる音と、ドサッと、崩れ落ちる男の姿があった。
早業だった。これまでもそうだが、今のは本当に何をしたかがわからなかった。いや、動いたのか自体分からないほど早かった。
「ほぇ…」
「大丈夫だった?私の名前は妹耶、貴女は?」
惚けていると、美人さん…妹耶さんが心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「はっ!?あ、いえ、大丈夫です。あ、えと、舞那っていいます、はい」
「舞那ちゃんか〜可愛い名前だね!年はいくつかな?」
更に顔が近付いてくる。
「はぅ…15、です」
「へー15歳か…え、15!?その見た目で!?」
「は、はいぃ…こんな見た目ですが、15歳です、はい」
「私と同い年じゃない!?」
「え?妹耶さんって私と同じ15歳なんですか?え?もっと年上かと思いました」
同い年だと知り、お互いにビックリしあう。
「もっと下かと思ってた…まぁいいわ、とりあえず、家に来ない?喉渇いたでしょ?」
そう言われ、喉が渇いた事に気づいた舞那。
どうやら、極度の緊張と残暑のせいで喉が渇いていたらしい。
「あ、ありがとう、ございます。でも、いいんですか?知らない人を、家に上げても」
「大丈夫よ、今は私だけしか住んでないし、ここで知り合ったのも何かの縁だと思わない?」
そう言い、花が咲くかのような笑顔でニッと笑う。
「はぅ…お、お言葉に甘えて…おじゃま、します」
相手は同じ女性だと云うのに、ついついキュンと来てしまった。
手を引かれ、歩く事3分。どうやら結構近くだったようだ。
「ここが私の家。まぁ親のだけどね」
苦笑いしつつ言っているが、確かここって、高級住宅街じゃ…。
「遠慮せず上がって上がって!」
手を引かれ、家の中に入る。
中は広く、清潔感が保たれていた。
「私の部屋で待ってて、お茶入れてくるから。2回に上がってすぐ右側の部屋だから」
妹耶さんはそう言って、奥へと消えて行った。
「…お、おじゃましまーす」
恐る恐る上がり、言われた通り、妹耶さんの部屋へ向かう。
「ここかな?」
扉に、【〜妹耶の部屋〜】と書かれたネームプレートがぶら下がっているので、ここで間違いないだろう。
扉を開けると、甘い匂いがする。誘われるように入ると、ローズの香りが鼻いっぱいに広がり、ドクンドクンとしていた心臓が落ち着き、
ああ、これでもう大丈夫なんだなって、本当に思えた。
「お茶持ってきたよー」
「ひゃい!?」
突然後から声をかけられて、奇声を発してしまう。
「何よひゃいって。落ち着いた?」
「す、すいません。えと、はい、落ち着きました。いい香りですね、これ」
「でしょ?あ、これお茶ね」
「ありがとう、ございます」
渡されたお茶を飲む。冷えているのに飲みやすく、それに懐かしく感じるような味だ。
「ふぁ……おいしいです」
「どういたしまして。それよりもずっと立ってないで座ったら?ほら、ベッドに腰掛けて」
といい、妹耶さんが自分の隣をペシペシと叩く。ここに座れと言ってるみたいだ。
「は、はい、失礼して…」
舞那も腰をかける。硬過ぎず、柔らかすぎない、ちょうどいい硬さの座り心地だ。
「あ……あれは」
扉の方を向いて座って、壁際に並んだ表彰やらメダルやらが目に入った。
「あれ?あれはね、私が取ってきたものよ。実力でね!」
「ほぇ…」
橋の方から見ていくと、全部違うやつだった。
「これ、全部違うやつなんですか?」
「そうよ」
ドヤ顔で肯定し、「右側から順に」と続ける。
「空手10段、柔道10段、合気道皆伝」
「え?ちょ、ちょっと待って!」
「ん?どうしたの?」
「いや、どうしたの?じゃなくて、え?これ、全部そういった最高位のやつなの?」
「そうだけど?」
あたかも、それが普通じゃない?的な感じで首を傾げる妹耶さん。いや、普通じゃないから、それもう、化け物だから!!
「そ、そうなんだ…」
もう、他に言葉が見つからないよ……。
その後、たわいもない話をして、既に時計の針が6時を回っていたので、舞那は帰ることにした。
「お邪魔しました。また来てもよろしいでしょうか?」
「はい、また来てください。それからもう敬語は使わないでくださいね?同い年なんですから」
「はい、善処します。それではまた」
私は踵を返してドアに手をかける。
「あ、ちょっと待って!」
戸を開けようとしたら妹耶さんに呼び止められた。
「えと、なんでしょ…んっ!?」
振り向くと、目の前に妹耶さんの顔があり、そのまま……。
「んんっ…ぷはっ、え?、も、妹耶、さん?」
私は唇を奪われました。
呆然と立ち尽くす私に妹耶さんは舌をチロリと出し、妖艶な雰囲気を纏わせて、悪戯っぽく笑う。
「逃がさないから、ね?ふふっ覚悟してよ?」
「……っ!?」
同性であるはずの私の胸がドキュンとなってしまった。
「それじゃあ、またね?」
これが私と妹耶が初めて出会った日の話である。
話を終えた時には時計の針は5時を回っており、だいぶ話し込んでいた様だ。
「ほぇ〜そういえば、そんな事もあったねぇ」
「あったのよ!もう!」
ぷくーと頬を含ませる私の顔は多分紅くなってるだろう。だって、あの時のことを思い出してしまったのだから。
あれ以来、妹耶を意識していまうように…。
「しかも、あの後、本当に逃げられなかったし…なんで高校が同じでクラスまで同じなのよ…」
「それはね、コネで調べて、実力で同じ高校に入って、コネを作らせる代わりに同じクラスにしてもらったんだよ」
「それ、犯罪なんじゃあ」
時に真実とは残酷である、とはこのことだろう。
「大丈夫よ。もう時効だわ!卒業してるし」
「それは、そうだけど…」
「それに、逃がさないって言ったよね?」
「きゃっ!?」
妹耶はそう言うと私を押し倒した。
「ふふっ」
そして、顔がどんどん近付いて来て…そして、吸い寄せられるかのように唇と唇が絡まる。
暫くして、長いような、それでいて短いような濃厚な時間が終わり、お互いに頬を染めたまま見つめ合う2人。
「そんなんだから本気にしちゃうんだよ…」
舞那からボソッと呟かれた言葉は、妹耶の耳には届いていた。
「これからもよろしくね?」
妖艶でいて、何処か不安気な表情で聞いてくる。
私が返す言葉は決まっている。
「はい、こちらこそよろしく」