8.そのメイド、実は・・・
少しグロい表現?がありますので、ご注意を。
ーーーメイド視点ーーー
「はぁ」
とある山奥に密かに建っているログハウスで、1人のメイド服を着た少女が頬をつきながら、ため息をこぼす。
「……暇です」
するべき事は終わってしまった。
掃除・洗濯、ペットの世話に、裏手にある畑の野菜の世話。
後は、日が暮れれば夕食を作って、ペットと一緒に食べて、夕食の片付けをしてから、寝るだけである。
「主様……まだお帰りにはなれないのでしょうか」
窓から外を眺めながらそう呟く。
そこには、2つの犬小屋と2匹のペットが寝そべっていた。
1匹は黒いメッシュが入った焔の様に紅い毛並みの犬。
もう1匹は空の様に済んだ蒼色をした狼。
どちらも中型犬程の大きさで、私と同じく、主様に拾われてきた。
犬の方の名をケロベロスといい、ケル子と呼んでいる。別に、首が3つあるとかではなく、ただ単に2種類の眷属を召喚出来るから、主様がそう名付けた。
狼の方の名をフェンリルといい、リルと略して呼んでいる。神獣のフェンリルとは全く関係が無い。主様の趣味だ。
2匹とも、拾われてきた時は私と同じように周囲に怯え、助けられたというのに、愚かな事に、主様に牙を剥いていた。
それでも主様は、私やあの子達を優しく接して下さり、自分の身を削ってでも助けて下さった。
それからというもの、私達は主様に忠誠を誓い、こうやって主様が留守の家を護っている。護っているのだが……
「……暇です」
滅多な事に人がやって来ないのだ。山奥にあるのも然り、やって来たとしても、2匹の番犬、もとい、番狼が始末したり、追い返したりしているからだ。
だから私はこの家の維持をしている訳だ。
「主様、早く帰ってください。暇で暇で私めは死にそうです」
ぐてぇ〜っと机に突っ伏した。
窓から射す夕暮れ時の暖かな日差しのせいか、段々と眠くなってきました。
(夕飯がまだ……なの……に…………)
気付けばスースーと寝息をたてて、眠ってしまっていた。
『出来たぞ! ついに出来たぞ! 』
何処からか声が聞こえる。目を開けると、白衣を着た、髭モジャの老人が、声を荒らげて喜びを表していた。
『こいつさえあれば、私は……!』
何か言っているようだが、上手く聞き取れない。どうしてだろう……それに、この光景、見た事があるような……。
『おや? もう気が付いたのかね』
老人は私の手を掴み、上下左右にへと、何度も動かす。
『ふむ。動作には支障は無い、と。どうかね? 痛みなどは感じるかね?』
モヤモヤは解消されないままだが、痛みは無いので頷く。
『ほう! もう言葉まで理解しているのか! これは……』
私の返事に喜んだのか、老人は部屋の隅の方にぶつぶつと、独り言を言いながら向かっていく。
そこでようやく、私がこの部屋の中央に居ることに気がついた。
(ここは……)
見覚えがある。確かーーーー。私が生まれた場所だ。
『さぁ、後はこれで完成だ! 』
老人は手に注射器らしきものを持って、戻ってきた。
注射器を見た途端、本能が警報を鳴らした。私はそれに従って逃げようとしたのだが、何故か体が動かない。
そうしている間にも、どんどん老人は迫ってくる。
『おや? 明らかに怯え、恐怖の感情が見て取れる。これは早くしないと……』
私の目を覗き込む様に見た後、私の首に注射器を指した。
『さぁ、これで本当に完成だ。ふふっ、私の最高傑作の出来上がりだ!!』
私は襲い来る痛みに、意識が飛ぶのを堪えていたが、これを聞き遂げた後すぐに、意識を手放してしまった。
次に目が覚めた時は、また同じ部屋に居た。意識が飛ぶ前にあった痛みは既にない。
『素晴らしい! これがあの兵器か!』
『私が作った最高傑作です。お気に召しましたか?』
声がする方を向くと、あの白衣を着た老人と、豪華な服を着た禿げたおっさんが居た。何処かの偉い人なのだろうか。
『我が国に是非とも欲しい物ですなぁ!』
『左様でごさいますか』
興奮しているのか、偉い人の顔が赤くなっていた。それを薄気味悪い笑みを浮かべて聞いている老人を見て、凄く嫌な感じがした。
『でしたら、お譲りしますよ。友好の証としてね……ふひひっ』
『本当か!? これで我が国も救われる!』
どうやら偉い人はどこかの国の王様だったようだ。
『後ほどお送りしますので、先にお国にお帰り下さい。万が一があっては行けませんので』
『おお、そうだな。それでは先に失礼するとしよう』
そう言って、王様はこの部屋から出ていった。
『ふふふっ、はははははっ!? 馬鹿め! そんな簡単にコレを譲ると思ったのかね!? 私が年月を重ね、やっと作り出した兵器を!』
王様が出ていくのを見届けた老人は盛大に笑い、目に怒りを灯していた。
(先程から兵器って言ってるけど、どれの事なんだろう。)
この部屋には、幾つもの武器や道具が山のように積まれている。その内のどれかだろうと、私は思っていた。
『……それよりも、早くそのゴミを早く片付けない。邪魔です』
老人が私に命令する。
(ゴミなんてあったのだろうか? )
体が勝手に動く。どうやら、意識だけ戻っただけで、体までは自由が効かない状態らしい。
私が向いていた方向とは逆の方向を向こうと体動く。
(…………え?)
そこには、血の海が広がっていた。
『見せしめに、腕の鳴る傭兵達を雇ってみたが、手も足も出なかったな』
笑いを堪えながら言う、老人の声が聞こえた。
兵器って、
(え? 私の……こと? 私が、これをやったの?)
まだ理解が追いつかない。いや、認めたくないのだろう。
見るも無惨な光景で、吐き気を催す。
四肢は引きちぎられたのように体から離れていて、『傭兵』と言われていた男の目からは血が流れ出ていた。その近くには抉り取られた目が転がっている。
男の体には、胸元にポッカリと穴が空いており、何かに潰された心臓らしきものが、お腹の上に乗せられていた。
その死体が計12体。つまり、12人もの死体が転がっていた。
全員、同じように目を抉られ、四肢を千切れて、心臓を潰されていた。
『流石はーーーーだ。私の最高傑作。お前なら誰でも、殺せる』
老人が何か言ったのだが、私には届いていなかった。名前を呼ばれたような気がしたが、今は思考が停止していて、それどころじゃなかった。
思考が停止していても、体は勝手に動く。老人の命令には逆らえないようだ。
男の死体に近寄り手を伸ばす。伸ばした手が既に赤く染まっていて、本当に自分が殺したのだと、認識させる。
(いやっ!? どうして! うっ…)
死体を触りたくなくて、血で赤く染まった自分の手を見たくなくて、無理矢理視界から遠ざけようとするが、突如頭痛が起こり、それを阻止される。
私の体は勝手に動き、死体を掴んでは潰していく。そして、部屋の片隅にある焼却炉に放り込む。これの繰り返し。
その頃には私は現実を認めてしまっていた。
(私は兵器なんだ……殺戮兵器。兵器として生まれた何か。あはっ、最初っから私に自由なんてなかったじゃない)
私は全てを諦めた。
その後、私は先程の王様の国に送られ、手始めに、その王様を殺した。王様の後は貴族を国民を、片っ端から殺していった。
例え、子供でも、女でも、老人でも、妊婦でも、赤ちゃんでも、ペットでも……目に付いた生きるものを全て殺し尽くした。
この間の意識はハッキリとある。ただ、体がいうことが効かない。
泣き叫ぶ子供を捻り殺した時なんて、もういっそのこと自分を殺してと、心の中で泣き叫んだ。
どんなに抗おうと、私の体は勝手に動いて人を殺す。
私は、私は…………。
ハッと目を覚ます。いつの間にか意識が飛んでいたようだ。
また、また私は国を滅ぼした様だ。一体幾つ滅ぼせば私の体は止まるのだろうか。
『最高だよーーーー!!』
老人に褒められた。名前を呼ばれた。その事が嬉しいかった。だけど、何でだろう……凄く、苦しい。
『ふふふ、ゴミめ! 私に逆らうから滅びゆくのだ!』
そうか、私はもう、壊れてしまっていたのか。
『心』がもう、私には無い。最近、人を殺す事に慣れたのか、何も感じなくなってきた。
それじゃダメだとは、分かっている。分かってはいるのだけど、本当に何も感じない。
『ん? 遂に奴が動き出したか』
奴って誰だろうか。
『ちっ、勇者気取りのひよっこめが、調子にのりおって』
(勇者? 勇気のある者? 勇敢な者? たしかそう言ってたよね、あの人は。)
あの人、名前も知らない男の人。どこの国かは忘れてしまったけど、確かまだ心が残ってる時に殺した人。
その男は最後にこう叫んでたっけ。
「何故来ないんだ勇者、お前は勇者だろ。勇気ある者なんだろ。勇敢なんだろ。だったら助けてくれよ! それが勇者の仕事だろ!? って……あれ?」
今、声が聞こたような……って、え? 今の声って私の? 何で?
『おや? 誰の声かと思ったがーーーーの声だったのか。ちっ、意識が戻ったのか。めんどくさい』
(意識が、戻った?)
試しに手を前に出し、握っては開く。
思った通りに体が動いた。懐かしい感覚だ。
自分の思った通りに体が動く。私はもう、自由なんだって、そう思った。思ってしまった。
『ええい、動くでなくでない!』
老人の命令を聞いて、ピタッと体が硬直する。
老人は私の動きが止まったのを確認すると、何やらぶつくさ言いながら資料を漁り始めた。
多分、また私から自由を奪うつもりだって事は分かった。
硬直したのは一瞬だけだった。動かそうとすれば動かせた。
今が好機だと思い、後から老人に近づく。そして、手を……。
「私は自由だ! やっと、やっと自由になれたんだ!」
私は外に出て陽の光を浴びながら、叫んだ。
紅く染まった右手を天に掲げながら。
そこからは、人は誰も殺さなかった。
だけど、何度かは殺しかけた。
裏路地で襲われたから、無理矢理犯そうとしてきたから、殺そうとしてきたから……理由はちゃんとある。しかし、そのせいで人間が嫌いになった。
何故、殺すのを辞めたのだろうか?
ーーーーもう、心を失いたくないから。
気が付けば、私は犯罪者に仕立て上げられていた。
人々に怯えられ、さらには、子供にまで怖がれた。
『あっち行け化物! こっちに来るな!』
そう言って、石を投げつけてくる。
石が当たっても、痛くもないが、心にはくるものがある。
せっかく取り戻した心が、崩壊しそうになりながらも。
軍に追われた。私が一体何をしたって言うのだろうか。もうやだ、何でこんな目に……。
「私はただっ、自由に生きたいだけなのに!?」
そう叫ぶが、虚しく響き渡るだけだ。
「もうやだ……誰か私を殺してよ……」
何度かわざと捕まって、殺されてみたが、そこ度に周囲に死にかけた。体が勝手に動いたのだ。死という恐怖から逃れる為に。
そんな矛盾した思いを胸に抱きながら、私は今、とある山にある洞窟に立てこもり、壁を背に蹲っていた。
もう、何も信じたくない。人間なんて、大っ嫌いだ。
死にたい。死にたくない。殺して。誰か殺してよ!?
自由になる事の何が悪いっていうの?
ーーーー何も悪くない。
なら、何故私は自由になれないの?
ーーーー人を殺めすぎたからだ。
もう殺してないのに、何故?
ーーーー過ぎた過去は消せないからだ。
どうすれば消せる?
ーーーー死ねばいい。
なら殺してよ。
ーーーー無理。
どうすれば死ねるの?
ーーーー…………。
心の中で自問自答をする。
分かっていたんだ。もう取り返しがつかない事なんて。
そして、死にたくても死ねない事も。
私は作られた存在。人じゃない何か。
作られた時にプログラムされた『敵は殺せ』と『自滅禁止』のせいで殺されないし、死ねない。
「誰か、私を殺してよ……」
立てこもってからかなりの時間が経った。
何度目になるか分からい、同じ呟きをした時、その声は届いた。
『私なら貴女を殺せるよ?』
「え?」
かなり深くに潜った筈なので、人が来るなんて思わなかった。しかも、私を殺せる?なんて言う。
『ほら、私は……なんてゆうか、勇者? みたいな者だから』
ーーーー勇者。勇気のある者。勇敢な者。
それを思い出した時、私の目から涙が零れた。
何で零れたのかは分からない。だけど、やっと死ねる、そう思うと気が楽になって、自然と涙が零れてきたのだ。
『え、ちょ、何で泣いてるの!? 殺すなんて嘘だから!? だから泣かないで!』
あたふたとしながら駆け寄ってきた1人の少女。白髪で髪と同じ色の狼の耳を持った少女が、澄んだ蒼い瞳で私を見てくる。
目が合った。すると、心が洗われるような感じがした。
「私を……私を殺してくれるの?」
『そんな事しないよ』
やっとの事で捻り出せた言葉を否定された。
『私は貴女を助けに来たからね! だって勇気のあるだもん! 助けなきゃね!』
この私を助けに? 薄汚れて、人を数え切れない程殺してきた私を?
『ほら、泣かないの。大丈夫だから、ね?』
そう言って彼女は、私を優しく抱き締めてくれた。
「ぐすっ……わた、私は、人を殺した。数え切れない程の罪のない人を殺した! そんな私でも!!」
叫んだ。私は殺戮兵器だ。救われては駄目なんだ。そう思っても、涙が止まらない。
『大丈夫、それでも私は貴女を助けるよ? 貴女だって被害者でしょ?』
彼女は私の事を知っていた。老人が言っていた勇者気取りのひよっことは、この人の事だったのか。なら、知っていてもおかしくはない。
泣き付く私に彼女は名乗った。
『ほら、泣いてるだけじゃ何も始まらないよ? 私はユウナっていうの。貴女は? これから一緒に生きてみない?』
私は頑張って、涙を堪えて言う。
「私は、アイギス。人造生命体の殺戮兵器です。こんな私でも、人殺しでもいいんですか?」
『さっきも言ったでしょ? 貴女は、アイギスは被害者だって。アイギスは人殺しなんかじゃない。1人の女の子だよ! だからね、いいんだよ? 生きても』
嬉しかった。とてもとても、嬉しかった。勝手だけど、救われた気がしたんだ。
だから、だから私は、こう言ったんだ。
ーーーーお願いします。
「んっんん〜!」
椅子に座ったまま伸びをする。
「私とした事が、こんな所で寝てしまうとは……」
外を見ると、既に暗くなり始めていた。
長い間、寝ていた気がしたのだが、あまり時間は経っていなかった様だ。
「そらにしても、懐かしい夢でした。主様が恋しかったせいでしょうか?」
そう独り言ちると、夕飯がまだだった事を思い出す。
椅子から立ち上がり、キッチンに向かおうかとした時、視界の隅で何が動いた。
気になって、外をみると、2匹が尻尾を振っている。
2匹は人が嫌いだ。私は人ではないから、主様を除いた人全てを嫌っている。だから、尻尾を振っている相手がすぐに分かる。
「主様!」
私は、駆け足で玄関を出る。
主様は珍しく、2匹を愛でていた。
「珍しいわね。こんなに早く帰って来るなんて。それにその子達を愛でるなんて」
少し棘があるような感じになってしまったが、主様と目が合うと、そんな事はどうでも良かった。
「おかえりなさい主様」
微笑みを浮かべて、主様をお迎えするのがメイドの務めですから!
私の名前はアイギス、昔は殺戮兵器やっていましたけど、今は主様のメイドをやっております!
そして、私は今日も生きています!




